●ポップでキュートな
「な、なにゆえ開始早々、検閲なのじゃね!?」
家庭科室にエレオノーレ(jz0046)の慌てふためく声が響いた。
誰だって調理実習に来て早々に、したり顔で工事用ヘルメットなんぞ渡された日には不安を覚えずにはいられないだろう。
いったい何が始まるんです? と聞き返さずにはいられない程には。
其れが無くともエレオノーレの料理に関する悪名を聞き及んでいる数名は、最初から材料と器具に関しては検査する気満々であったが。
「こんな所にドリルがありました。……いったい、何に使う気だったのでしょう?」
作業台の上に準備された機具類から近衛 薫(
ja0420)が取り出したるは、チョコ粉砕作業を想定したと言う小型の電動ドリルである。
端正な顔立ちに、上品な仕草で頬に手を当て、思案顔の其の姿は、とても絵になる。
片手に持っているのが、無骨な電動ドリルでさえなければ、だが。
「こっちには、用途不明の妖しげな薬品類がありました」
調味料の棚にさり気なく用意されていた小さな瓶を発見した篠宮さくら(
ja0966)が、おっとりした声音で報告する。
さらさらとした黒髪が愛らしい、ほわんとした天然そうな少女だが、中々鋭い所に気がつく。
「あら、この大量の絵の具は何に使われるおつもりなのでしょう?」
そう言って神月 熾弦(
ja0358)がかき集めたのは、茶色の水彩絵具だ。
「こっちは砂糖と書かれた容器の中身が片栗粉になっているぞ! どうなっているのだ、貴様の常識は!」
やけに似合う割烹着姿で、ぺろり、この味は片栗粉! 等とやっているのは自称吸血鬼、ラドゥ・V・アチェスタ(
ja4504)だ。
探せば探すほど、ぽろぽろと出てくるお菓子作りとは無縁なはずの品々。
「やっぱりエレオノーレさんの用意した物は信用できないよ!? 僕、絶対エレオノーレさんの食材は使わないからね!」
過去、エレオノーレの暴走被害にあったらしい七海 マナ(
ja3521)は、同じ轍を踏まぬよう慎重だ。
賢明な者は、失敗せぬよう、自分で用意できる物に関しては準備し、持参してきていた。
ラドゥは初心者が多いから失敗してもいいように、と食材を多めに持ってきていたし、さくらも温度計を準備する等、用意周到だ。
氷雨 静(
ja4221)は、わざわざレシピを検索して纏めていたり、製菓用ではなく、板チョコを持ってくるあたり、拘りが感じられる。
スグリ(
ja4848)にしてもお菓子作りは初心者ながら、事前に書籍で予習したり、完成後に使おうと可愛らしい包材を準備する辺りやる気満々だ。
特徴的に跳ねた銀色の前髪の一部を、ぴょこんぴょこんと震わせ、ご機嫌である。
そして乙女チックな所は雪成 藤花(
ja0292)も同じで、天真爛漫な彼女らしい愛くるしい趣味のラッピング資材を持ってきていた。
年頃の少女としては、やはりこういうイベントは気になるのだろう。
仕草の一つ一つに、繊細な女性らしい心配りと、恋愛と言う甘い響きに憧れる少女の横顔が見てとれる。
そうして別な意味でヤる気満々なのが、鷺谷 明(
ja0776)その人である。
彼が持参してきた食材は、エレオノーレに負けず劣らずの奇々怪々なゲテモノ系の数々であり、本当にチョコ作りに使うのかと目を疑いたくなるような品々である。
いつもと変わらない黒い微笑みが、意図が読めず不気味だ。
それでも、なんだかんだと言いつつ、皆、チョコレート作りを成功させるべく、一生懸命なのだ。
だから食材や器具の検閲も厳しくはあるが、失敗せぬよう入念に行うし、やるからには美味しい物を作りたいから、材料や方法にも拘るのだ。
「いつも失敗しているわけでは無いと言い訳してるエルちゃんが成功出来るようにがんばろうね!」
若干余計な一言が混じってはいるが、狼耳に民族衣装を着たコスプレ姿の男の娘、権現堂 幸桜(
ja3264)が朗らかに声をかける。
女性に対して免疫の無い彼が編み出した対女性耐性向上用コスプレらしいが、その女性と違わぬ愛らしい外見は諸刃の剣でもある。
存外に、女性同士はボディコミュニケーションが多いのだ。
自爆にならぬ事を切に願わずにはいられない。
「じゃーかーらー、失敗なぞしないのじゃー!」
ムキになったエレオノーレの説得力の無い抗議が家庭科室に響くが、全員が軽くあしらいつつ、確認作業を終えた。
形から入る、という言葉がある。
文字通り、先ずは格好からそれらしく振る舞う事である。
長い髪を纏め、三角巾とエプロンを装着したエレオノーレ達は見かけだけでもパティシエールに近づいたような気がしないでもない。
手を洗い、持ち寄った材料や器具を分けると、それぞれの班に分かれた。
藤花、薫、さくら、スグリは、エレオノーレと一緒にトリュフのリベンジとデコレーションチョコレートを。
マナ、静は料理上手というラドゥの元、少し凝ったトリュフに、酒ボンボンを作るという。
幸桜は熾弦に手伝って貰いながら、大量のアマンドショコラを用意するそうだ。
そして、明は一人、北国で降ったというピンク色の雪に着想を得て、何やら怪しげなホワイトチョコを制作する予定らしい。
皆、それぞれの想いを胸に、チョコ作りを開始した。
●誰が為の
「ところで、君達、作ったチョコは誰にあげる予定じゃね?」
生クリームとチョコを混ぜながらエレオノーレが尋ねる。
問いかけながら、何気ない仕草で投入しようとした怪しげな液体入りの瓶を、さくらがさっと取り上げた。
のほほんとしてそうに見えて、なかなかに鋭い。
「こっちの材料で一緒に作りませんか?」
やんわりと、にこやかな笑顔ではあるが何故か有無を言わせぬ名状し難き迫力がある。
「わたしもわからない点はレシピ見てるし、なるべく忠実に作ったほうがいいかも?」
さくらに続き、エレオノーレと同じくチョコ作り初挑戦の藤花にすら余計な物を入れないように、と釘を刺される始末だ。
「馬鹿者が。先ずはレシピどおりの物を作れるようになってからにしろ、話はそれからだ」
ラドゥの鋭い叱責も飛んでくる。
「エレオノーレさんそれは入れちゃダメだって!」
「エルちゃん、それは入れちゃダメだよ?」
マナと幸桜のツッコミも手厳しい。
皆、自分のチョコ作りに熱中しつつも、エレオノーレの行動には目を光らせているらしい。
だが、そこは年頃の乙女達。
やはり、恋の話題という物には敏感である。
まだ知り得ぬ恋の甘さを夢想する少女達は、青春真っ盛りだ。
「わたしはまだ、手の込んだものを差し上げる相手もいませんから。日頃お世話になっている先輩達に配るつもりです」
少し、はにかんで藤花が答える。
「私も特別に想いを込めて渡したい相手がまだいないので、お世話になっている方に差し上げます」
そう言って柔らかく微笑むのは熾弦。
「ボクは渡したい人もいないから、エレオノーレのお手伝いだけかな」
甘い物が大好物なスグリは、どうやら自分用のようだ。
「私も、まだあげるような人がいなくて。エレオノーレさんのお手伝いです。……でも、いつか私にも、特別なチョコを渡す人ができたらいいな、なんて」
さくらもまだ、特定の相手がいないらしい。
頬を薄桃に染めながら、照れくさそうに笑う。
「特別な人……はまだいませんね。恋に恋しているみたいな感じです。なので、私もお世話になってる人達へのお礼、です」
先ほどまでの人懐っこい朗らかな笑顔とは打って変わり、少し寂しげな笑みを見せる静。
(……私なんかに、恋人ができる訳ないじゃない。この嘘つき)
思春期の心は複雑だ。
胸に秘める想いは自虐的な自己否定。
こんな自分が誰かに好かれるはずがない。
そう思いつつも、心のどこかではもしかしたら、と淡い期待を抱いてしまう。
だからこそ、楽しげに、朗らかに、あれやこれやと未来を夢見る事の出来る少女達に、羨望を抱く。
胸の奥で燻る、幾多の広がりを見せる可能性に期待せずにいられないのだろう。
「わたくしも、いませんね。……ただ、日頃の感謝の気持ちを内緒で練習して渡す、それが素敵だと感じたので参加いたしました」
薫にも相手がいない。
だが、秘してその胸の内にある想いを紡ぐ、その行為に何かしら思うところがあったらしい。
優雅な仕草でチョコを混ぜながら、穏やかな微笑みを湛える。
少女達が仲良さげにガールズトークに華を咲かせる最中、居心地の悪さを感じる自称吸血鬼が一人。
(しくじったか……、嫌な予感はしておったが流石にここまで女子ばかりとは思わなんだ……)
無言でチョコを混ぜながら、男が自分と明しかいないという状況に思うところがあるらしい。
実際には、数名男の娘という新人類も混ざっているのだが、そこには気がつかない意外と奥手な男の子である。
そして気がつけば注がれるガールズの視線。
その意味する所は、誰にあげるの? である。
「……な、何だその視線は!? わ、我輩はあれだ。何時も我輩の為に励んでいる下僕共に美味しいチョコを食べさせてやろうと思ってだな……」
どこぞのツンデレキャラのようにそっけなく、しかしながら深い下僕とやらへの愛を語りだす。
その溺愛っぷりや、家族愛にすら近いものを感じる。
「うわぁ、まるでお母さんみたいですね!」
例の如く、ぽろりと幸桜が余計な一言を吐く。
「だ……誰がお母さんかっ! 今の言葉、撤回を要求する!」
そしてこのツンデレ自称吸血鬼の反応である。
騒々しいながらも、和気藹々とした時間が流れていった。
●内緒の
「わからぬ事があれば聞くがよい。我輩、博識な吸血鬼であるが故」
ラドゥ達の班は盤石だ。
「あ、あの作り方……教えてもらえる……かな?」
マナがおずおずと尋ね、ラドゥが其れに答え、静が慣れた手つきで仕上げていく。
料理に慣れた者の多いこの班は、拘りに拘った凝ったチョコができあがっていった。
マナが作ったのは三種類。
「やっぱ海賊って言ったら財宝でしょ!」
そういって円形に固めたチョコを金色の紙で包み、金貨に見立てた物を、手製の宝箱に詰めていく。
こちらは海賊志望のマナらしく、海賊酒場の来店者に配るようだ。
だが、よくよく見ると、1セットだけ星形に固められたチョコがあった。
「おや、マナ。それは何用じゃね?」
目聡く見つけたエレオノーレが、ニヤニヤしながら質問する。
「こ、こっちのチョコはその……内緒です……」
真っ赤になって照れながら隠す様子を見るに、どうやら特別なもののようだ。
他にも作ってるから、と言わんばかりに、寮の仲間に渡すトリュフや、お酒好きなマスターの為に作ったという酒ボンボンを見せる。
なかなかに初々しい。
静は蜂蜜ガナッシュとココアパウダーコートを施したトリュフチョコを作ったようだ。
見た目も店で売っているような品と遜色がない程の、綺麗な仕上がりとなっている。
「ふん、万能の吸血鬼たる我輩にかかればチョコレート作りなど造作もない事よ」
そういって、作ったチョコを渡す相手に合わせて違うラッピングをしていくラドゥ。
彼が作ったのは、赤ワイン、洋酒、蜂蜜を使った3種類のトリュフに、余った材料を用いて出来た生チョコだ。
7つに分けられ包装されたチョコが、彼のまめさを物語っている。
幸桜と熾弦の班も、二人揃って料理上手な為、何の問題もなくできあがった。
熾弦がミルクとストロベリーの二種類でコーティングしたアマンドショコラを作り、包んでいく。
「僕の愛情いっぱいでおいしくなれ♪」
終始ご機嫌で鼻歌を口ずさみながらアマンドショコラを作った幸桜。
おまじないしながら作る姿はもはや女の子そのものである。
「女装中は心も女の子になりきってるんだ♪」
男部分はどこいった。
そうして作ったチョコを2個ずつ包み50セット用意していく。
ここでも乙女らしさを発揮。
残り数個と言う所で、赤面しながら何かを呟き包装していく。
降り注がれる皆の視線と、何を言っているのかと立てられる聞き耳。
気がついた幸桜の慌てっぷりは筆舌にし難い。
「な、内緒です! あ、愛情を込めてただけです……!」
いろいろと否定するところがますますもって怪しい。
そして問題のエレオノーレ班である。
藤花は初心者にしては、なかなか上出来の完成度だ。
デコペンで可愛らしくデコレーションされたチョコは、見るからに女の子している。
薫は見た目同様、そのチョコも上品に仕上がっていた。
ラム酒と、ラム酒につけ込んだフルーツを使ったガナッシュをセンターに用いたトリュフは香りもよく、見た目も綺麗だ。
さくらは薫と同じ物を作ったが、上かけに色々と用意していた。
アーモンド、ココア、粉砂糖、抹茶。
それらを振るい、仕上げていく。
「粉砂糖って、雪みたいで綺麗ですよね……ふふ」
こちらは4色が綺麗に並び、目でも楽しめる作品だ。
スグリも予習してきた通りのチョコができあがり、初心者にしては良い仕上がりになった。
一部透明な中身の見える箱に緋と翠の紙でチョコを包み、その上から黒の包装紙と銀のリボンを施すというエレオノーレをイメージしたらしい拘りの包装資材を準備していた。
そういう、外見にも気を遣う所は、やはり女の子だ。
肝心のエレオノーレはと言うと、衆人環視の中、容赦ない総ツッコミの嵐のお陰で、どうにか見た目も味もまともなトリュフが完成していた。
奇跡的といっていいだろう。
そして、最後にこの男、鷺谷 明である。
明が開発した暗黒料理体系は、闇鍋を基盤に産地不明のゲテモノ系食材をふんだんに使用した最強のゲロマズ調理法、らしい。
そして今回それを用いて作られたのが、題して『天界逝きフロレセントピンクホワイトチョコ』なのだ。
とある料理評論家曰く、
「メメタァという擬音が似合う蛙、蛍光ピンクの今まで見たことの無い葉菜、燦然と虹色に輝き『私は体に悪いですよ』と主張する大鰻、それらが合わさり絶妙なる不協和音を構成している」
という、どこからツッコミを入れればいいのかわからないほど、盛大にボケ倒した材料の入手経路不明な混沌チョコなのだ。
無論、其れを食する勇気のある者などいなかった。
明にしてみれば、満足のいくできだったらしい其れは、後ほど職員室に差出人不明で届けられる事となる。
其れが、一連の大惨事を巻き起こす事件へと発展するのだが、また別の話である。
熾弦が作ったホットチョコレートティーが全員に振る舞われ、大皿にそれぞれの作ったチョコレートが並べられる。
折角作ったのだから、と試食を兼ねたお茶会が催された。
一口頬張る事に、カカオの香りと、ほどよい甘さが口内で融け合い、やんわりと身体と心に染みていく。
未知なる恋も、きっとこんなに甘く儚いものなのだろうか。
一生懸命作ったチョコを渡した時の相手の反応に思いを馳せながら、少女達のお茶会は続くのだった。