●ギネヴィアの罠
沈黙が、場を支配する。
否、実際には無音ではない。
付近の山中ではアルラウネやラミアといったディアボロを相手に、多数の撃退士達が死闘を繰り広げ、本隊を目的地であるゲート入り口に届けようと奮起している。
しかし、其の喧騒すら今は遠く、別世界に切り離されてしまったかのような異様な空間が、其処に広がっていた。
ギネヴィアとクローディア、二柱の悪魔を中心として。
誰もが考える。
何が最善なのか。
護るべきものは何なのか、を。
そうして、己の中に答えを見つけ出していかねば動けない。
命という、代替の利かないモノが絡んでいるのなら、尚更。
真っ先に行動したのは、黒百合(
ja0422)だった。
「私、頭悪いから難しい事柄は苦手ェ……。だからァ……、目の前の敵を叩き潰すゥ、それだけよォ」
単純明快な、故に一番『前に進む』という事に関しては適した答え。
狙撃銃を取り出し、照準を合わせる。
目標は悪魔ではなく、この戦域の奥の奥。
道を塞ぐように立ちはだかりし大剣と盾の姉妹人形。
均衡を崩し、時を動かす弾丸が、空間を切り裂きながら戦場を駆けた。
虚を突かれた形となったスノードロップは躱せず被弾。
だが、遠目に見て傷を負ったようには思えない。
「あらァ……威力が削がれたかしらァ?」
疑問に感じはしたが、明確な答えは出せない。
もう少し様子を見る必要があるだろうと、ひとまずの結論を出し、次弾の準備に入る。
黒百合によって動かされた時の流れは、撃退士達に行動を促す。
其の行為によって、ギネヴィアがどう動くのか。
誰にも断言できるような事ではない。
だが、そのまま立ち止まり続けるよりは余程ましな選択と言える。
「(あの時の失敗が無ければ、こんな状況には……)」
特に、神戸ゲート攻略戦にとって重要なファクターとなり得た偵察部隊救出戦に於いて、失敗の憂き目にあったファティナ・V・アイゼンブルク(
ja0454)にとって、現状の打開は自身の使命とも捉えていた。
黒百合に視線が集中する最中、素早くクローディアの背後へと駆けていく。
無論、アリスの事は気にはかかる。
しかし、今は自らの過去の責任を取りたいのだ。
前へ、前へ。
ピンを引き抜き、斜面へと発煙手榴弾を投げつける。
間を置かず、大量の白煙が噴出し、山頂側の視界から覆った。
奇襲を受けた乱戦時に確認した見えざる狙撃手を警戒してのものだ。
其れが、今、クローディアに出来るファティナの最大限の気持ちの現れと言えた。
次いで、久遠 仁刀(
ja2464)が飛び出す。
仁刀も目的は第二要塞の突破のみだ。
故に、彼は手に作りだした雷剣に無尽光を注ぎ込むと、進路上の機雷全てを薙ぎ払うかの如く、振り抜いた。
直線に伸びた剣のオーラに触れた瞬間、激しい音と火花を散らして機雷が爆ぜていった。
其れにより確保された道を、山頂に向かって進んでいく。
だが、其れに慌てたのはクローディアだ。
「何をする気だ! ボクは邪魔をするなと言ったはずだ!」
対峙するギネヴィアに隙を見せぬよう、慎重に体勢に気をつけながら、背後を征く撃退士達に真意を問う。
が、対するギネヴィアは寛容な姿勢を示した。
「あら、わたくしは別にいいですわよ。それより、わたくしもやはりアンリエッタの命は惜しいですわ」
其の言葉を受け、クローディアも向き直る。
「わたくしのアンリエッタと、貴女のアリス、交換しませんこと? なんでしたら、先に貴女のアリスを解放して差し上げてもよろしくてよ。圧倒的に優位なのは、わたくしなのですから」
言うが早いか、アリスを自分に向き直らせると、その瞳を覗き込みながら何事かを囁いた。
「……さぁ、お行きなさい、わたくしの可愛いお人形さん。行って、わたくしのお人形を取り返してくるのよ」
ギネヴィアの緋色の瞳が、怪しく輝く。
「……どういうつもりだ?」
クローディアが疑念を抱く中、ギネヴィアはあっさりとアリスを解放し、その背を押した。
ギネヴィアの周囲に、薔薇の花弁が舞い散る。
「貴女のアリスがそちらについたら、貴女はわたくしのアンリエッタを放す。簡単な事ですわ」
あくまでも交換だ、そういった態を繕う悪魔だが、其れでは何故、先にアリスを解放したのか。
何の策もなしに、人質の先渡しを行うのだろうか?
互いに敵同士である限り、其処に信頼関係などあるはずがない。
アリスを回収した後、ヴァニタスの首をはね飛ばす事すら、撃退士達には可能である。
撃退士達に何か在る、そう思わせるには充分と言えた。
「いいの? アリスちゃんいないと私ら動いちゃうぜー?」
因幡 良子(
ja8039)は率直に疑問を口に出して問うた。
誰もが思ったが、声に出して言うには憚られた言葉だが、直感で動ける良子だからこそ言えたのかもしれない。
「ええ、構いませんわよ? わたくしのお人形が、貴女方如き家畜に敗れるはずがありませんもの。何匹群れようとも、豚は豚ですわ。交換まで、こちらに余計な邪魔はさえしなければ問題ありませんわ。わたくし、いつでも其れ、殺せるように狙ってますわよ?」
そう答えると、ギネヴィアは手にした白銀の剣をつきだし、アリスの背に狙いをつける。
良子はクローディアを見た。
変わらず、手を出すな、と顔に書いてある。
「(ボクとギネヴィアの問題だ、か。何とも寂しい言い方だね。本音では助けを求めてくれてると嬉しいんだけどね……。まぁ、仕方ないね、要塞突破に走ろうか)」
一抹のわびしさを感じる良子であったが、こうなっては仕方ないと割り切り、仲間達と山頂を目指す。
対してアリス救出を画策していた撃退士達はギネヴィアの言葉を受け、いち早く動き出す。
「(美少女のピンチとあらば助けねばなるまいて〜)」
ハッド(
jb3000)はダークフィリアで『潜行』状態になると、そのまま秘やかにギネヴィアの死角へと忍び寄り、機を窺う。
其の動きに呼応し、鳳 静矢(
ja3856)はギネヴィアの側面へ移動し、狙撃銃を構えて威嚇した。
Rehni Nam(
ja5283)、ユイ・J・オルフェウス(
ja5137)も静矢の位置へ駆けつける。
彼女達二人は、アリスとクローディアがアルトゥールを裏切り、学園側に帰属する際の事件に、大きく関与していた。
故に、他の者には無いある種の責任のようなものを感じていた。
本来であれば、クローディアとアリスは撃退士達の敵である。
人と比べ、圧倒的な力と勢力を誇る悪魔陣営に属して居るならば、余程の事が無い限り戦地で死ぬような事もないだろう。
だが、引き摺り込んでしまった。
人に害為す天魔と戦う、人類の守護者たる撃退士陣営へ。
決めたのは本人達かもしれない。
しかし、その決意をもたらしたのは間違いなくレフニーとユイの言葉と行動なのだ、と。
「私が好きなのはHappy END。BAD ENDなんて……認めるものですか!」
だからこそ、死なせない。
死なせる訳にはいかないのだと、レフニーが吼える。
「私はもう、目の前で失いたくない、です!」
守ってみせるのだと、ユイが叫ぶ。
そんな二人の想いに応えるべく、自らの矜持を賭し、青柳 翼(
ja4246)もアリス救助へと参戦する。
「(さて、助けるにはどう動くべきか……)」
とは言え、状況は単純ではない。
一歩間違えれば全てを失いかねない。
仲間はギネヴィアに対して奇襲からの攻撃を狙っている。
ならば、翼の執るべき道は一つと言えた。
「僕もBAD ENDは好きじゃなんだ、だから……!」
ギネヴィアから離れたアリスを抱きかかえ、安全圏に運ぶ事。
その為の機会が訪れるのを慎重に待つのだった。
「ギネヴィアにはディアボロがいますが……貴女には僕らだけの筈。アンリエッタの身柄はアリスさんの命綱。絶対に失うわけには行かない筈……ですよね」
あっさりとアリスを解放したギネヴィアの行動に疑問を感じた陽波 透次(
ja0280)は、クローディアの元へと駆けていく。
このまま交渉が上手くいくとはどうしても思えなかった。
敵が何かを仕掛けてくる、そんな予感がした。
だからこそ、クローディア側の切り札とも言えるアンリエッタを、アリスが安全圏につくまで確保し続けるよう提言する。
同じ様に違和感を感じた若菜 白兎(
ja2109)も、クローディアに拘束されているアンリエッタを目指す。
いざと言う時の為に審判の鎖で縛り、武装解除させておく。
最悪の事態を想定するならば、備えておいても無駄にはならないだろう。
その場の全員の視線がアリスへと注がれた。
全てはアリスが行動した時、歯車が回り出すのだから。
アリスとクローディアを助けたい。
其の想いを同じくする者は多く居る。
しかし、其れは撃退士達の今回の作戦を全体から俯瞰して見れば、あくまでも副次的なものでしかない。
為すべきは第二要塞を突破した先に在る。
其処を履き違えてしまっては、何の意味もない。
言ってしまえばたった一つの命の為に、数万もの神戸の人々の命を救う機会を逸する事は、絶対に在ってはならない事態なのだ。
故に、撃退士達は駆ける。
或る者は小事と斬り捨て、或る者は葛藤し、或る者は仲間を信じて。
「(気の毒だとは思います。……でも、自分は未熟者なんです。この土地に住むたくさんの人達の命背負うのだって、いっぱいいっぱいなんです)」
夏木 夕乃(
ja9092)は想いの丈をぶつけるようにファイヤーブレイクを撃つ。
炸裂し、火の雨となって地へと降り注いだ火球の欠片は、其の範囲内に巻き込んだ機雷を連鎖誘爆させ、消し飛ばす。
爆風が、蟠った想いを吹き飛ばしてくれるなら、どんなに楽だろうか。
今は目の前の敵に集中する事で、夕乃は忘れようと努めた。
「(見苦しい……。そんなに大切ならしまっておけばいいのに)」
走り抜けながらフルオートで銃弾を撃ち、機雷を駆逐していくソーニャ(
jb2649)は、にらみ合う二柱の悪魔に言い様の無い不快感を感じていた。
ズキリ、と訴える心の痛み。
其の正体がどこからくるものなのか。
解らなくて、見ていられなくて、目を背ける。
目前に群がる魔の傀儡を薙ぎ払う事で、もやもやしたものを振り払うように。
「アリス嬢を救うのは貴女であるべきです。故にこそ、冷静に私たちを利用してください」
レイル=ティアリー(
ja9968)は駆け抜け様に、クローディアにエールを送る。
状況が許せば、レイルも騎士としてアリスの救助に参戦していたのかもしれない。
しかし、彼には仲間を無事に山頂へ、ひいては其の先にある神戸ゲート内へと送り届けるという使命があった。
手を貸したいという気持ちはあれど、叶わぬ現状から、せめてもの助力として言葉を贈る。
余裕を欠いた心では、成せるものすら取りこぼしてしまいかねないと言う事を理解しているから。
彼女達の立場に同情を示す者も居れば、複雑な想いを抱く者も居た。
「(ここを落とせば、神戸の人間達は助けられない。……だから、私は選び執る。少数の犠牲で済むと言うのなら……、より天秤が大きく傾く側を救う為に)」
義姉であるファティナの背を追いながら、アイリス・L・橋場(
ja1078)は行く手を遮る機雷に銃弾をばら撒き、破壊していく。
言葉は無い。
だが、僅かな迷いはある。
それでも、命の一つ一つが等価値であるならば、より多くを救うのが英雄なのだ、と。
自らの掲げる正義、その道をブレる事なく突き進むべく、走る。
其の胸に刻んだ、亡き教師、杠 虎鉄(jz0072)の言葉に従うように。
ギネヴィアは虎徹を天魔根絶主義者へと押したてた仇敵、そしてクローディアは虎徹を殺害した張本人である。
其のどちらも積んだ悪行は、人類側からしてみれば、決して許される事ではない。
クローディアの起こした童話の再現、其の片鱗に触れた事のある雫(
ja1894)の胸中は穏やかではない。
西宮ゲートで対峙した折も、クローディアは多くの撃退士を殺し、人々を救おうとした雫達を薙ぎ払った。
「(私情は挟まない……)」
何度も反芻するように心の中で呟くが、真にクローディアに危機が訪れた時、動けるかどうか。
其れは雫にも、そうなってみなければ解らなかった。
因果応報という言葉がある。
己の為した行いは、必ず自身に返ってくる。
言わば、今回のこの状況は、クローディアに対する報いとも取れた。
複数の数奇な因果が絡み合い、現状をより複雑怪奇なものへと落としていく。
「やれやれ、こういう複雑なのは勘弁してもらいたいね」
肩を竦めながらアサニエル(
jb5431)は進む。
難しく考えず、楽に生きていけないものかと考えるが、今は声をかける時間も余裕もない。
儘ならぬ状況を憂うように、機雷へと攻撃を放つ。
豪快に弾け飛ぶ魔の眷属が、少しでも心の憂さを晴らすように、と。
「(ふむ……、ならば私は見えざる敵を追いましょう)」
尾をふわふわと揺らし、山中を駆る銀狐のような出で立ちのミズカ・カゲツ(
jb5543)は、要塞突破へと専念する。
愛刀『鋭雪』を引っ提げ、闘気を解放すると、山頂近辺から来る射線を元に位置を割り出しにかかった。
アリスの救助に当たる者、要塞突破の為に障害となる目標を討ちに行く者、そんな仲間達を信頼するからこそ、自らは敢えてサポート役へと徹する。
見えざる狙撃手は、時に大軍の足を止める事すらある。
不意に穿たれる銃弾は、後衛職には脅威だ。
だからこそ、誰かが盾となり、剣となって討たねばならない。
「(目標の二体へはかなりの戦力が向かっているな。なら、僕は狙撃手を抑えるか)」
山頂へと向かう仲間達を目で追いながら、天宮 佳槻(
jb1989)も山林に潜むスナイパーに対処する事を決断する。
目前に迫る機雷を、魔法で破砕し、その爆風に紛れるようにして木々の影へ。
上手く隠れながら、高所に陣取る敵を目指した。
動き出した仲間達に倣うように、エレオノーレ(jz0046)と森野 百合(jz0128)も本来の目的へと戻る。
即ち、第二要塞突破である。
「……仕方ないのじゃ。後はクローディアと、他の者達に任せるのじゃよ。今は、先を目指すのじゃ」
進もうとするエルの袖を、鏡極 芽衣(
ja1524)がぎゅっと掴んだ。
「エル姉様……」
久しぶりの実戦が神戸ゲートへの殴り込みとなった芽衣は、自分の力量に不安を感じていた。
姉と慕うエルの役に立てないのではないか、足を引っ張ってしまうのではないか、と。
それでも、エルを手伝いたくて、拳を握りしめ、決意を固めた。
心の迷いが口から漏れるのをぐっと堪え、笑顔で送り出す。
「いってらっしゃい、エル姉様。私にも出来る事、頑張りますね」
「うむ、任せたのじゃよ、芽衣。いってくるのじゃ!」
破壊された機雷の隙間を縫うようにして、エルと百合はそれぞれ別方向へと走り出す。
其の背を見送りながら、芽衣は新たに現れた機雷を破壊した。
「さぁ、行きますよ!」
必要の無い存在などと言うものは、あり得ない。
必ず、其の者が背負うべき業というものがある。
たとえ小さな小さな力でも、芽衣は精一杯、戦場を駆けた。
「やっと、か。思いの外、時間がかかったな」
前へ向かって進み始めた撃退士達を、やれやれ、といった仕草で送り出した後、フィオナ・ボールドウィン(
ja2611)は其の殿へと就いた。
それぞれの事情があるのは解るが、些か目の前の事しか視えていないように感じた。
故の、殿。
「敵地で増援による挟撃を考えんなど自殺行為も甚だしい。後詰めは任せてさっさと片付けてこい」
誰にとも無く呟き、不敵な笑みを浮かべる。
因縁に固執する者が多い中、持たざる自分がフォローに入ってやろう、というさりげない気遣い。
しかし、容赦はない。
「さぁ、私の道を空けろ、有象無象の雑兵共め」
飛び出してきた機雷に、炎の序曲。
出陣の軍歌が高らかに破滅を謳った。
●断罪の薔薇
迷いなく、躊躇なく、其の一歩を踏み出した。
アリスが、ギネヴィアとクローディアの、ちょうど中間地点へと踊り出す。
そうして、時は動き出した。
「闇」
ハッドが、短く光信機に呟く。
作戦開始の合図だ。
「我輩はバアル・ハッドゥ・イル・バルカ3世。王である!」
名乗りを上げ、ギネヴィアの背後から強襲したハッドは、テラーエリアを展開し、周囲を闇で覆った。
瞬間、撃退士達の火線が集中する。
静矢の狙撃、しかし、手応えはない。
透次も続くが、やはり当たった感触はない。
仲間が仕掛けたのを見て、翼は方向転換し、ギネヴィアの対処に向かう。
そのまま影縛りの術を試すが、やはり手応えがない。
「やめろぉおおおおっ! 何をやってるんだ、貴様ら!?」
クローディアの絶叫が響いた。
だが、
「彼女は私達にとっても大事な仲間だ、放っておけるか!」
静矢はクローディアを一喝し、黙ってみていろと言う。
その間、闇で狙いが外れるのなら、とナイトヴィジョンを装備したレフニーがヴァルキリージャベリンを擲った。
CR補正を纏った魔を討つ白槍は、闇を貫き、ギネヴィアを穿った。
「くぅっ、やってくれましたわね、豚ァ! これは、充分に敵対行為ですわね? 自らの犯した罪への贖い、ゆっくりと味わって逝きなさいな!」
傷を負った箇所を庇いながら、ギネヴィアが闇を抜け出す。
その先には、無防備に背を晒すアリス。
「アリス、逃げろぉおおおおお!」
クローディアの悲痛な叫びが木霊する。
が、アリスは不動。
そのまま、ギネヴィアの剣がアリスの心の臓を貫き、絶命へと至らしめる。
怒りに震えるギネヴィアは止まらない。
アリスの遺体を蹴り飛ばすと、レフニーへと襲いかかる。
「其の命、頂きますわよ!」
レフニーの身体に茨の蔓が巻き付いた。
其の棘が、身体に食い込み、血を啜る。
養分を吸った茨は、緋色の薔薇を咲かせ、そして散った。
同時に、レフニーは力なく倒れ伏す。
意識は既に無かった。
「ごちそうさまですわ」
対して、ギネヴィアの傷は塞がり、完全に元通りとなっていた。
どうやら、レフニーから生命力を奪ったらしい。
「ああああああああ!? アリスッ!」
クローディアの絶望の喚声。
我を忘れて、アンリエッタを放し、アリスを抱えると空へと飛翔し、安全圏へと避難する。
どんなに叫ぼうと、どんなに喚こうと、どんなに泣こうとも、死した者が生き返るはずもない。
それでも、ユイは叫ばずには居られなかった。
「そんな……、アリスさん……!」
呆然と、覚束ない足取りでクローディアとアリスの元へと走って行く。
しかし、今、最大の問題は、自由の身となってしまったアンリエッタだ。
白兎の武装解除は間に合わなかった。
アリスを失い、クローディアも役立たずとなった今、アンリエッタだけでも行動不能にしなければならなかった。
「大人しくしててなの!」
白兎の審判の鎖がアンリエッタを縛り上げる。
幸い、要塞突破を目指す撃退士達もまだ近くに居た。
気がついた者が戻り、対処に当たる。
「……アンリエッタ。似ている……」
小さく呟いた機嶋 結(
ja0725)の声は、戦場の空気に溶け、かき消えていった。
思い起こすのは、かつて刃を交えた折に交わされた言葉の意味。
貴女は私を、満たしてくれますか?
そう願ったリコリスの少女の切なる叫びを。
痛みが、死が、其の絶望に塗れた生という名の永劫の牢獄から救い出す、唯一無二の手段であると言うならば。
今、片膝をつく絶望の成れの果てを、解き放てるのは自分達しかいない。
決意を固め、ぎゅっと剣を握りしめる結の肩を、そっとマキナ・ベルヴェルク(
ja0067)が叩いた。
言葉は不要。
ただ、己の拳のみが、解っている、と答えを示す。
灰銀毛並みの狩猟者が、獲物へと疾駆する。
黒夜天を纏い、暴虐の体現者と為ったマキナの腕から繰り出される秘術・封神縛鎖。
逃れる事を許さぬ黒焔の鎖がアンリエッタを束縛する。
マキナは結に振り返ると、こくり、と頷いてみせた。
戦友の好意を、結は素直に受けた。
其の意志に、行動を以て応える、と。
「感謝します」
結はアンリエッタへと肉薄し、其の手に宿した光を叩き込む。
CR+5まで昇華された穢れを知らぬ滅魔の白光は、容赦なくアンリエッタを貫き、深手を負わせた。
が、倒れない。
因果の鎖が、リコリスの少女に戦い続ける事を強要する。
「妄執の虜、か。無様だな」
悪魔によって運命を翻弄され、復讐を誓った少女・水無月 神奈(
ja0914)は其の様を侮蔑した。
手にした刀身には、討魔の聖光。
其の恩恵はCR+5。
金色に輝く右の瞳は、抗い続けるヴァニタスを捉え、外す事はない。
刹那、振り抜かれた斬撃は光の軌跡を残し、少女を袈裟に斬る。
アンリエッタの左腕が斬り飛ばされ、胴体に深刻な傷をつけた。
しかし、まだ立ち続ける。
「言わんこっちゃないね」
行き掛けの駄賃だ、とばかりに良子はアンリエッタに魔法を撃つ。
CR差の効いた一撃が傷を抉るが、まだ耐える。
機会を逃す手は無い、そう判断したレイルもシャインセイバーへと得物を持ち替え、不吉を纏う東風の一撃を見舞う。
痛烈なCR+5の攻撃は、ヴァニタスの残された右腕を斬り飛ばし、身体の中程まで抉る、が。
「まだ立ち続けますか」
倒れず、震える両足で抗い続けた。
混迷する戦場に危機感を覚えた黒百合は、失敗に終わったアリス救出班の面々を支援する意味も込め、ギネヴィアに対してニンジャヒーロー、という名の挑発を行った。
「あはァ……貴女のお人形ォ、ここでバラバラ解体処分にして肥溜めに漬けて晒し者にしてあげるわァ……。素敵な光景でしょうねェ……。どうォ、貴女達も一緒に眺めてみないィ♪」
そう言って、狙撃銃のスコープ越しにアンリエッタの方を覗き込み、撃つ振りをする。
が、悪魔は乗らなかった。
「後で殺してあげるから、そこで待ってなさいな、嫌らしい雌豚さん」
ハッドの攻撃を華麗に回避し、アンリエッタの救援へと向かう。
先ず、邪魔になると判断した白兎を茨の棘で絡めると、一気に生命力を絞り上げた。
相反するCRを持つ白兎にとって致命的な一撃となり、意識を奪い取られる。
そうして、漸くにしてアンリエッタの元へと辿り着くが、
「なぁに、これ? わたくしのお人形たる者が、とても無様ですわね。……興醒めですわね、もう要りませんわ」
その姿を認めるや否や、救助の取り止めを決定した。
其れに激怒したのは、結である。
「……ギネ、ヴィア!」
アンリエッタの真意を汲むからこその憎悪。
過去、弄ばれた記憶も相まって、其の憤怒たるや筆舌にし難い。
「あら、貴女……、やはりいいですわね、その瞳。またわたくしの玩具になりに来ましたの? 良いですわよ、また、手足をもいで愛でてあげますわ」
対してギネヴィアは飄々とし、意にも介さない。
結の形相が鬼のものとなる。
が、マキナは結を其の背に隠すように庇うと、ギネヴィアと対峙した。
「本来、選択とは自らの意志で選ぶ物。故に、貴女の選択には従わない。――貴女を倒し、終わらせる。それにこれ以上、貴女に結を玩弄させるつもりもないので」
マキナが戦場で言葉を発する事は、口数の少ないこの少女にとっては珍しい事と言えた。
全てに対し、行動で答えを示してきた。
だからこそ、声に出して伝えられた其の言葉は、偽りなき誓い――、ギネヴィアに対する挑戦状でもあった。
しかし、嘲笑う悪魔は、実に卑劣な手段に打って出る。
即ち、マキナの篭絡である。
「貴女も良い瞳をしていますわね。わたくし好みでしてよ。……でも、其の言葉は万死に値しますわ。なら、そんなに好きな貴女のお友達とワルツを踊るといいですわよ」
一気にマキナとの間合いを詰めると、抱きすくめ、其の瞳を覗き込む。
緋眼と獣瞳が見つめ合う。
僅かな時間の後、あっさりとマキナは墜ちた。
ギネヴィアから反転すると、結に襲いかかる。
獣の一撃が、結を貫いた。
「くっ……、マキナさんに何をした! 答えなさい、ギネヴィア!」
結が叫ぶが、無論、返答は無い。
悪魔を引き離そうと、翼、透次が攻撃を加えるが、悉く回避され、当たらない。
事態はますます混乱を加速させていった。
「クローディアさん……、アリスさん、は……」
ユイが、息も絶え絶え、といった態で問いかける。
返ってくる答えは、なんとなく解っている。
それでも、聞かずには居られなかった。
「……死んださ。君達のお陰でね。ほんと、馬鹿だよね。ボクはどうかしてたよ」
ゆらり、とクローディアが立ち上がる。
其の手には、戦斧が握られていた。
ふらひらと、ユイはアリスの遺体に近寄り、抱いた。
「そんな……、折角、友達、なれた……です。これから、いっぱい、いっぱい、皆で……、遊んだり……、それで、それで……、思い出、たくさん、たくさん作って……」
言葉が詰まる。
気持ちがいっぱいで、溢れて。
「ああ、それももうできやしない。信じたボクが……、信じようとしたボクが、一番愚かだったのさ」
クローディアは翼を広げると、戦場へと戻って行った。
其の背からは、不吉な物しか感じられない。
「こんな……、こんなのって、あんまり、です……。私、ただ、皆で笑っていたかった、です。アリスさん達と、もっと、もっと……」
少女の嘆きは静かに響き、涙がアリスの頬を濡らした。
●絶望と希望の姉妹人形
後方の異変は直ぐに前進する撃退士達の知る事となった。
このままでは挟撃されかねない。
しかし、仮にそうなったとしても、どちらか一方を駆逐し、対処する他無い。
ならば、そのまま目標に向かって突き進むのが最善手と言えた。
万が一後方から悪魔が追って来た場合は、フィオナが請け負い、時間を稼ぐと明言している。
だからこそ信頼し、為すべき事を成しにかかる。
黒百合がスノードロップを狙撃し続けて解った事が一つあった。
それは、二体の人形は互いに互いのダメージを共有し、肩代わりしているのではないか、というものである。
得た事実を元に、撃退士達は臨機応変に対応していく。
「一秒でも早く終わらせます! 行きますよ、アイちゃん」
「はい……、ティナ、姉様……」
ファティナのマジックスクリューがスノードロップに突き刺さる。
しかし、やはりダメージは見受けられない。
だが、『朦朧』状態までは肩代わりできないらしい。
アイリスは義姉がスノードロップを行動不能にしたのを確認すると、マリーゴールドへと駆け、薙ぎ払いの一撃で穿つ。
鋼と鋼の交錯。
鈍い手応えと共に、マリーゴールドの負傷を確認した。
やはり、耐久力はマリーゴールドが上のようだ。
だとすれば、防御力に難のある大剣使いのダメージを、盾使いが肩代わりしている、と憶測するには充分であった。
即ち、スノードロップへの集中砲火こそが、早期殲滅への近道である、という答え。
仁刀は『ハクロウ』の鯉口を切ると、其の刀身に陽の光を収束させる。
カオスレート+5を誇る魔に必滅の未来を告げる夜明けの剣。
放たれたる『旭光』の一閃は、大剣使いを経由して、盾使いに致命的な負傷を与えた。
半分に迫る勢いでもがれた生命力は、今までの累積ダメージもあって、最早瀕死といって差し支えない。
そんなマリーゴールドの様を見ながら、ソーニャはスノードロップへライフルの射撃を加える。
盾使いに新たな傷が増えた。
そうして、ソーニャは気がつく。
ボロボロになっていく作り物の身体に。
何かを愛しても、其の身を捧げても、省みられる事なく、報われる事なく散ってゆく多くのものに。
今、見ている、覚えている、背負っている、彼女達の献身、其の健気さと美しさに。
傍らの愛せなかったものを。
不快の正体に気づいた時、ソーニャは悲哀を感じた。
できれば、気がつきたくはなかった。
そんな報われない全ての絶望に終止符を打つべく、夕乃はファイヤーブレイクを撃ち放った。
火の雨が容赦無く姉妹人形に降り注ぎ、焦がしていく。
そうして、レイラ(
ja0365)がやってきた。
闘気を解放し、纏ったオーラは死を喚ぶ破壊の権化。
スノードロップへと肉薄し、全力の一撃を撃ち込む。
「花のように散りなさい」
聖女の如き微笑み。
されど、その実態は死神。
限界を超えた破滅の連弾が繰り出される。
撃ち付けられる『荒死』による死の舞は、五連撃。
スノードロップの急所を撃ち貫く。
瞬間、マリーゴールドの少女の髪飾りが散り、その場へと倒れた。
蒼い火が少女人形を包み、灰燼へと帰していく。
最後に垣間見た其の表情は、微笑っていた。
レイラ渾身の一撃は、マリーゴールドを滅しただけでは止まらず、余剰分のダメージをスノードロップに残した。
行動できない大剣使いに、尚も撃退士達は畳みかける。
闘気解放状態の雫が一気に間合いを詰め、鉄塊と評すべき其の無骨な大剣を以て、止めの慈悲を与えた。
ぼとり、とマリーゴールドの首が落ちる。
其の表情もまた、解放された喜びからか、微笑んでいるように見えた。
蒼い炎がマリーゴールドの身体を燃やしていく。
こうして、目標は達成された。
機雷も、道中に撃退士達が駆逐したもの、殿についたフィオナと芽衣が専属で駆逐してくれたものを含め、ほぼ壊滅。
短期決戦を見事やってのけた撃退士達は、後方を振り返る事なくゲート目指して突き進んでいった。
仲間達が目標の二体とやり合っている頃、ミズカはベロニカの少女人形と対峙していた。
ミズカは闘気解放状態を維持したまま、縮地を以てベロニカとの間合いを詰めていく。
木々の隙間を縫うように迫るミズカに対して、ベロニカは射線を上手くとれないでいた。
故に、彼女はチャージショットによって障害物もろとも薙ぎ払う作戦に出る。
其の時点で、ミズカの目論見は概ね達成していた。
ミズカ単独を狙わせる事で、目標を狙う撃退士達への被害を抑える事が出来る。
其れに、ミズカばかりを気にしている所為か、別方向から迫っている百合には気がついていない。
百合のアイコンタクトに、ミズカは頷く。
同時に、ベロニカのチャージショットが放たれた。
木々を薙ぎ倒し、ミズカの脇腹を抉っていく。
「くっ」
思わず、呻きが漏れる。
だが、構っている場合ではない。
先に、百合が仕掛けた。
韋駄天斬りによる疾風の一撃。
ミズカに気をとられていたベロニカは、奇襲を躱せず直撃を受ける。
そうして、ベロニカが百合の方向に振り向いた瞬間、ミズカは肉薄し、薙ぎ払いの一閃で『スタン』状態にさせた。
「ナイスおっぱい!」
百合の賛辞が飛ぶ。
こうなっては、遠距離仕様で耐久力に難のあるベロニカには、打つ手はない。
ミズカのトドメがベロニカに刺さり、無に帰した。
彼方を見れば、本隊も無事に目標を駆逐していた。
ミズカと百合も本隊に合流すべく、移動を開始する。
同じ頃、佳槻はアスチルペの少年人形を相手に奮戦していた。
ミズカと同じく、木々を盾に間合いを詰める戦法をとっていた佳槻だが、苦戦を強いられる。
弓のベロニカと違い、アスチルペのアンチマテリアルライフルは、木々を容易く貫通してくる。
更に、佳槻は魔法を専門に扱う後衛職であり、物理に対する耐性、射程と手数の違いから思うように進めないでいた。
だが、こちらも佳槻がアスチルペの気を引いた甲斐もあって、本隊への被害は零。
そして、上空から迫るエルへの注意も皆無であった。
「時間が惜しい、短期決戦を仕掛けるのじゃ!」
エルからの意思疎通によって、攻め時を悟った佳槻は木々を盾にするのを止め、猛然と山林を走る。
「援護します!」
エルの突撃に合わせ、佳槻は蟲毒を仕掛けた。
無数の蛇の幻影が少年人形に絡みつき、『毒』を付与する。
蛇に気をとられたアスチルペはエルを迎撃できず、最大火力の『煉燐華葬』の発動を許してしまう。
エルを中心とした広範囲に、煉獄の炎が燃え猛り、爆ぜた。
瀕死のアスチルペは毒に苦しみながらも、抗おうと足掻く。
しかし、背後を取った佳槻の鎌鼬の一撃により、其の役目を終え、灰となって消えた。
「大丈夫ですか?」
「むぅ……、流石に、ちと重い、かの。本隊と合流すれば回復もして貰えようがの」
自爆技を使い軽くない傷を負ったエルを、佳槻は助け起こすと本隊との合流を目指し歩き出した。
●罪の在処
本隊が目標攻撃を開始した頃、静矢は救助失敗を受け止め、早々に考え方を切り替えた。
こうなっては、本来の目的を果たす事が最優先である。
ギネヴィアの対応も他に任せ、脅威となり得る狙撃手の対応に動き出す。
狙撃銃を持つ静矢ならば、遠くからでも渡り合う事は可能である。
そうして、移動を開始した其の背に、背後から痛烈な戦斧の一撃が突き刺さった。
完全に油断していた。
まったくの想定外であった。
クローディアは、味方であるはずの静矢を攻撃したのだ。
「死ね! 死ね! 死ね! このゴミめ!」
マキナのようにギネヴィアの能力によるものでもなく、完全にクローディア個人の意志として攻撃しているのが一目瞭然の状態と言えた。
「何をする! 討つべき仇はギネヴィアではないのか!?」
不意打ちによる背後からの一撃で負ったダメージが重く、静矢は体勢を整えるのもやっと、といった態で理を説く。
しかし、返ってきた答えは、論理的といえるものではなく、感情論でしかなかった。
「絶望っていうのは、初めから信じていなければなりようもないのさ。ボクは今、どうしようもない虚無感と絶望に支配されてるよ。ボク自身の愚かさにね」
その緋色の瞳には、撃退士への憎しみが宿っていた。
「少しでもお前達みたいな家畜の言う事を、信じようとしてたボクを、ボクは許せないよ。どうして! どうして手を出した! 何故だ! 何故アリスを殺した!」
曰く、信用しかけていた撃退士への絶望が、ギネヴィアへの憎しみに勝った、と。
だからこそ、気持ちを裏切られた悲哀が、クローディアを激情に駆り立てるのだ、と。
「間違っている! 殺したのは私達じゃない、ギネヴィアだ!」
静矢の論は最もだ。
しかし、其の原因を作ったのは、紛れもなく撃退士達の行動である。
クローディアの脳内では論点がすり替わり、原因を作った撃退士達こそがアリスを殺したのだ、となってしまっている。
最早、言葉による説得は不可能だ。
人類側すら裏切ったはぐれ悪魔に、行き場など無い。
殺処分するのみである。
そんな様子を、ギネヴィアはさも面白い見世物だ、と言わんばかりに眺めていた。
クローディアと撃退士、マキナと結。
それぞれの感情を、運命を弄び、愉悦を得る。
「(状況は最悪ですね……、でも、今は……!)」
結は何よりもまず、アンリエッタへのトドメを優先した。
マキナの攻撃を甘んじて受け、無理矢理すり抜ける。
其の手に、再び光を宿して。
「……おやすみなさい」
アンリエッタの胸を貫いた白光が輝きを失った後、其の手に握られていたのは赤く染まった肉の塊。
ぐしゃり、と握り潰す。
「……抗う心あらば……いつの日に、か……、ありが、とう」
アンリエッタは、結にもたれるように倒れると、蒼い炎を噴き上げ、使命を終えた。
今際の際の表情は、安らかなものであった。
ヴァニタスの最後を見届けた神奈は、ギネヴィアの対応を他の者に任せると、クローディアを止めに走った。
「(哀れには思うが、な)」
感情が邪魔をして、他の者ではクローディアを斬れない懸念があった。
だからこそ、割り切れる神奈が行く。
あえて、嫌な役目を背負う為に。
残されたギネヴィアは、刃向かう撃退士達の殲滅に入った。
「さて、待たせましたわね、家畜さん達。わたくしの邪魔を散々して下さった罪、償って貰いますわよ? 今、最高に気分が悪いんですもの」
最高傑作を壊された怒りをぶつけるように、翼へと茨の蔓を巻き付ける。
「せめて、一矢……報いたかった……」
生命力を吸われた翼は、力なく倒れ伏した。
次いで、透次にも茨の魔の手が迫る。
だが、
「残像です、そう簡単には当たりませんよ」
驚異的な加速を見せた透次は、スクールジャケットを結界の代償として捧げ、ギネヴィアの攻撃を回避した。
「……小賢しいわね」
予想外の機動に、ギネヴィアは臍を噛む。
しかし、攻撃を回避したとは言え、その場には戦闘不能となって倒れた仲間達が居り、そのまま戦闘を続けるのは、彼らの命が危険と言えた。
「時間を稼ぐ、担いで走れ!」
フィオナがギネヴィアに牽制攻撃を加えるが、
「鬱陶しいですわね、家畜風情が!」
翼を広げて飛び上がり、回避する。
「ふん、たかが人一人に怖じたか? 無様よな」
其れをフィオナは嘲笑し、降りてこいと言わんばかりに挑発した。
その間に、透次は白兎や翼を抱えると、本隊方面に向かって離脱を開始する。
撤退を支援すべく、アサニエルが殿と合流し、コメットをぶっ放した。
「纏めて薙ぎ払うよ。巻き込まれない様に注意さね!」
CR+5の堕天使の攻撃に、流石のギネヴィアも躱せず直撃を喰う。
「天界の眷属め……! ほんとうに目障りですわね!」
地に叩き落とされたギネヴィアが体勢を整えた時には、既にアサニエルとフィオナは透次達を庇いながら本隊への合流を始めた後だ。
此処に来て、ギネヴィアは悟る。
「遊びが過ぎましたわね。まさか七姉妹の内、五姉妹もこの地で失うとは思いませんでしたわ」
最早、第二要塞は陥落したのだ、と。
と、するならば、もはや傷心を慰める術はひとつ、と言えた。
「(お願い、ユイ。クロを止めてあげて)」
不意に、声が聞こえた気がした。
「アリス、さん?」
助けてあげて、と。
そう、聞こえたような気がした。
「アリスさん、言ったです。私、クローディアさんの事、止める、です……!」
これ以上、誰かが死ぬのはどうしても嫌だった。
ユイは決意を固めると、クローディアを追って戦地へと舞い戻った。
「やめるのである〜」
ハッドの攻撃がクローディアの背に突き刺さる。
静矢も抵抗するが、クローディアが止まる気配はない。
「墜ちろ!」
神奈の殺す勢いで放たれた極光の一撃は、クローディアの顕現させた本の壁と衝突するものの、打ち破って本体を貫く。
「ぐはっ!?」
強烈な一撃に、クローディアから呻きが漏れると同時に、吐血した。
しかし、それでも止まらず、静矢を斧で切り続ける。
既に静矢の根性は2回使用され、最早後がない。
そんな最中に、ギネヴィアが参戦した。
ハッドに対し、茨の棘を巻き付けて生命力を吸収しにかかる。
「誰が王ですって? ほら、もう一度言ってみなさい? わたくしに、聞こえるように。なんとか言ってみなさいよ、身の程も弁えない雑魚風情がっ!」
初手に闇を撒かれた事を根にもっていたのか、ハッドに対して厳しく当たるギネヴィア。
其の苛烈な勢いの前に、ハッドは生命力を吸い尽くされ、血の海へと沈んだ。
このままでは三つ巴の果てにその場に居る撃退士達が殺されかねない、そう判断した黒百合は、ギネヴィアへと狙撃を試みた。
しかし、外れる。
「あら、貴女……、さっきはとても素敵に謳ってくれましたわね。良いですわ、其の挑戦、受けましてよ」
だが、黒百合の存在を思い出したギネヴィアは、先ほどの挑発の甲斐? もあってか引っかかり、追撃に入った。
「あらァ……光栄だけど、良い声で啼くのは貴女の方じゃないかしらァ?」
そのまま、牽引するように黒百合は後退した。
リジェネレーションをかけながら、結は後退した。
マキナがすかさず追ってくる。
普段から同じ戦場に立つ事も多く、友人として接しているからこそ、其の実力を知る結は慎重になった。
無論、慎重になる理由の一つには、マキナを傷つけたくない、そんな感情も含まれている。
「(……捨てたはず、なのですけどね)」
自嘲気味に笑うが、いつまでもこうしている訳にはいかない。
「本来の貴女は、強い人のはずです。あんな女の言いなりになっていいはずがありません。いい加減、起きなさい……!」
拳を剣で受け、カウンター気味に渾身の右ストレートをマキナの頬に打つ。
意識のあるマキナであれば、絶対に食らわないであろう其の攻撃を、甘んじて受けた。
マキナのどこかに、抗う心があったからこそ、かもしれない。
踏鞴を踏み、仰け反る。
次の瞬間、マキナの意識は正常に戻った。
「……私、は?」
確認するように問うマキナに、結は安堵の吐息を漏らした。
「行きましょう、目標は完遂です」
全体の作戦は成功した。
現状の戦力ではギネヴィアを討つ事は叶わないだろう。
そう判断すると、結はマキナを連れて山頂へと向かう。
いつか絶対に討つ。
その誓いを新たにして。
気絶した静矢に、何度も何度も斧を振り下ろす。
其の命が、途絶えるまで。
クローディアの動きが止まる事はない。
「そんな事、アリスさん、望んでない、です! 彼女の最後の言葉、思い出して!」
最後の一撃を加えようとした所で、ユイの絶叫が響いた。
そう、アリスが最後に望んだのは、撃退士として人々を救う事、である。
クローディアは、彼女の最後の望みを裏切ったのだ。
「……ボク、は」
クローディアの動きが止まった。
好機を得た神奈は、すかさずその首を叩きおとした。
絶命。
「クローディアさん!?」
ユイの絶叫が響いた。
だが、どうしようもない、仕方のない事だった。
エル達本隊と合流した這い寄る変態達は、無事に任務を終えた事を告げる。
今回の神戸ゲート攻略戦、『operation:Pentagon』は、通常であればエル達の本隊が、ゲートから出陣してくるであろう敵主力部隊を引き付け、その間に最低でも囚われた人々を救助する手はずだった。
初手の偵察部隊失敗を受けて立案された本作戦は、主力を陽動として使い、敵の目を向けさせる事で、手空きになるであろう警備を少数精鋭がかいくぐり、敵施設の詳細をリアルタイムで外郭の救助隊に送信。
円を描くように配された人海戦術による包囲網を徐々に縮め、平地戦にて敵主力を足止め。
其の間に別働隊でゲートコア破壊と市民の救助を行う、というものであった。
しかし、目論見は外れ、まさかの敵主力引きこもり、という事態に直面する。
このままでは、要塞突破時に置き去りにしたギネヴィア達が作戦に気がつき、根底から崩されかねない危険性すらある。
「……命惜しい者は此処で帰るのじゃ。エルは……このまま、突入するのじゃ。死にに征く戦いに、無理して付き合う道理はなかろうて」
故に、エルは死地へと赴く選択を執った。
神戸の明日を拾う為に、其の礎となって散る。
誰かがしなければならない事であった。
「何言ってんのよ、可能性が僅かでもあるなら其処に賭けてみるのが人間ってもんでしょうが。あたしゃ行くわよ、どこまでも。人間の意地って奴、見せてやるわよ」
されど、百合も、他の仲間達も去ろうとはせず、共をすると言う。
撃退士達の多くは此処までの連戦で疲弊し、何人かのリタイアを出している。
特に神戸ゲート内部の構造を知り、裏切り時に仕掛けたという秘策をちらつかせていたクローディアとアリスの死亡は、かなりの痛手となった。
更にゲート内という不利な状況の最中、コア前のアルトゥール率いる敵主力に、背後からギネヴィア・ラヴィーエル率いる部隊で挟撃されれば、ほぼ確実に全滅するだろう。
其れでも、可能性を信じてついて行くと言うのだ。
「まったく、死にたがりばかりじゃな……。ならば、征こう! 歯牙持つ戦士達よ、其の矜持、今こそ示すのじゃ!」
かくして、エル達は神戸ゲートへと突入を開始した。
ゲートの入口は、皮肉にも最初にこの植物園を襲った悲劇、其の犠牲者達の霊を慰める為に作られた施設の中に作られていた。
悲しき墓標は、ただ静かに聳え、鎮魂を謳うのみ。
吸い込まれるように飲み込まれていく撃退士達の隊列は、新たな犠牲者として其の碑に名を刻むのだろうか。
囚われた魂を解放する者になるのだろうか。
今は、まだ知る術もない。