●
市街地を、一陣の疾風と為りて駆け抜ける。
過ぎ行く光景には、かつて誇った観光都市としての美しさなど微塵も感じられなかった。
残された瓦礫から僅かに推して量れる程度の面影。
其れが、今の魔窟となって久しい神戸という街である。
「(……あの植物園から始まって、もうすぐ2年。終わらせなきゃ)」
退廃に彩られた町並みを横目に、水枷ユウ(
ja0591)は最早義務とすら感じられる程の感慨を得る。
遡る事、二年前。
初めての依頼はこの地だった。
あの時は、まさかこうなるとは思ってすらいなかった。
刻んだ少女の名は、今も背負っている。
紡がれた因果の糸は、未だこの地を支配し続いている。
断ち切らねばならない業の一つと言えた。
とは言え、感傷に浸る間は、そう有りはしない。
今回の作戦は、何よりも速さが求められている。
少なくとも現在は、過去を振り返り、立ち止まっている場合ではない。
此処より未来に在るものの為にも。
その想いは、この戦いの事前に遭った作戦で偵察部隊を救助する事が出来なかった機嶋 結(
ja0725)、夜姫(
jb2550)、アリア(
jb6000)の3名に強く現れている。
「(自分の尻拭いくらい……自分でやらないと、ですね)」
小さな身体に秘めた苛烈なる炎を静かに燃やす結。
「(あの時の失敗、此処で取り返さなければ……)」
強い責任感と共に悲壮なまでの決意を込める夜姫。
「(この地を奪還する為に命を懸けた人達の事、私は忘れません……)」
失われたモノへの後悔と贖罪を背負い進み征くアリア。
それぞれが、先の作戦で犯した失敗を何らかの形で悔い、状況を好転させ、挽回しようと気負ってこの作戦に志願した。
情報が無く、不利な戦いを強いられるという現状を憂うが故に。
其れこそが、護れなかった者達への、命を賭して戦いに挑む仲間達への、自分達が為すべき事なのだ、と。
しかし、彼女達は決して孤独では無い。
背負った物を共有し合う仲間が、直ぐ側に在る。
結の隣には、戦術部の盟友たるマキナ・ベルヴェルク(
ja0067)と大炊御門 菫(
ja0436)が居る。
「……案ずるな。無ければ、己の手で道を切り拓けばいい。先人達は皆、そうやって歴史を紡いできた。私達が為べき事はひとつ、だ」
幾つもの辛酸を味わい、絶望し、苦悩に暮れ、その都度、努力と不屈の意志で乗り越えて来た菫には、結の気持ちが解る。
「……ええ、解っています。この地に、止められた時を取り戻す。その為に、私達は今、此処に居る」
行く先を確りと見据える少女に、頼もしいな、と一つ声を掛けると、菫は僅かに微笑んだ。
そう、この先の何処かに、因縁浅からぬ仇敵が待ち構えているのだ。
菫の迷いを嘲笑うかのように斬り捨てたアルトゥール。
結に恥辱を与え、心を土足で踏みにじったギネヴィア。
それら過去の幻影に、現在の自身の答えをぶつけねば、未来へと進めない。
だからこそ、こんな場所で躓くわけにはいかない。
そんな二人に、マキナはただ静かに寄り添うようにして突き進む。
戦場に於ける彼女にとって、言葉は必要無い。
終焉をもたらす破壊者たらんとするマキナには、終わりの先にこそ求めるモノがあるのだと信じ、歩を止める事はありはしない。
故に、彼女に迷いなどなく、凜と傍に在る事こそが、自らの背を預ける者への確かな信頼の証だと言えた。
強い結束と、堅く結ばれた絆。
其れこそが、人の身たる彼女達の最大の武器と言えるのだから。
ドオォォォォォン――……!
轟音が響いた。
腹の底にまで届くような大気の振動。
ゲート入り口を目指し、廃墟と化しつつある街を抜けた先に在ったものは、何も無いだだっ広い空間――、否、その先に巨大な何か、が在った。
黒く鈍く光沢を放つボディを持ち、不気味な威圧感を発する底知れぬ大穴を撃退士達に見せる其れは――、
「……ッ! 大砲、だと!? なんてものを作りやがった……!」
血のような緋の光纏を迸らせ、臨戦態勢に入るルナジョーカー(
jb2309)。
「ルナさん、待って! 空を……、皆、伏せて……!」
我先に駆け出そうとする友人を制止し、エナ(
ja3058)が叫んだ。
そう、眼前に砲台が在ると言うことは、先ほどの轟音は発砲音だと考えるのが筋。
この広い空間が、例えば砲弾の試射による影響だとするならば、撃退士達が立っている場所は、つまり、彼の砲台の最大射程、という事。
潸々と、鋼の雨が降る。
鋒矢陣形故に密集していた撃退士達に、それらを回避する術は無い。
満遍なく、容赦なく、隙間なく、全てに対し平等な暴虐を振りまくのだ。
着弾した砲弾は瞬時に炎を噴き上げ、周囲を焼き払う。
何かを焦がす嫌な臭いが、悲鳴が、怒号が響いた。
「酷い有様ですね……」
初手の砲弾をシールドで防いだ鈴代 征治(
ja1305)だが、他に防御の姿勢を取れた者は少なく、周囲の被害は甚大と言えた。
特に物理的な攻撃に弱い後衛職、カオスレートに天界の影響を受ける者は軽いとは決して言えない手傷を負った。
砲弾の能力による『温度障害』も一部の者を除き、ほぼ全員に付与された。
出鼻を挫かれた形となり、幸先が悪い。
状況は芳しくないが、引き返す訳にはいかない。
撃退士達には、前進するという選択しか無い。
前方には巨大な砲身が横一直線に並んで3つ。
「あの砲台が目的の第一要塞守備の要か……流石に素直には通してもらえそうにないね」
鳳 覚羅(
ja0562)が苦笑しつつ呟くが、その瞳は笑ってはいない。
どこまでも冷静に、どうすれば最短で破壊できるかを分析している。
大砲の近辺には、指揮を執っているものと見られる堕天使ラヴィーエルと、ヴァニタスやっちー、特殊ディアボロの1919号の姿。
それら以外に敵の姿は認められず、砲台までの道は全くのフリーと言っても差し支えない。
どこかしら誘われているような不自然な違和感を覚えるが、罠を疑って足踏みしていては、そのまま砲弾の餌食となるだけだ。
「元より不利な戦いだと覚悟はしてたけど、壮絶な事になりそうだね……。アリスちゃん、堕天使達の足止めに協力して貰っていいかな?」
戦況を冷静に分析した青柳 翼(
ja4246)は、最大の障害を堕天使と定めると、砲台破壊までの時間稼ぎ要員としてアリスに助力を願った。
アリスが前に出るとなれば、当然、其の恋人たる悪魔クローディアもついていく事になるだろう。
普段から危険な戦闘は避ける傾向にあるクローディアだが、戦わざるを得ない状況に追い込めば、戦力としてある程度の期待が出来る。
ただし、万が一アリスに何かあった場合は、其の怒りの矛先は撃退士側に向きかねない為、細心の注意が必要になろうが。
其処まで計算した上での強かな翼の打算であった。
無論、協力を得られるのであれば、アリスの身は自身の持てる力の全てを使って護衛する所存である。
「……ええ、解ったわ。少し怖いけど、やってみるわね」
「ちょっ、アリス!?」
そうして、翼の目論み通り、アリスは助力を約束した。
クローディアの殺意の込められた視線が痛いが、今はとやかく論議している場合ではない。
説得をアリスに任せると、体勢を立て直しにかかる。
「ひとまず、空と地で分散して攻めるべきじゃな。固まっていては、良い的じゃろうて。エルは空から征かせて貰うのじゃよ」
クローディアと同じく、はぐれ悪魔であるエレオノーレ(jz0046)は、空と地からの同時侵攻を提唱した。
砲台が空から来る敵を狙えば地が、地から来る敵を狙えば空が、それぞれ安全圏となる。
どちらかが先に目標にとりつき、破壊する事を優先しよう、というのだ。
その言を聞いたアイリス・L・橋場(
ja1078)は、エルに空輸を依頼した。
「エルさん……私も……連れて行って、下さい」
其の瞳は血のように紅く輝いている。
戦場でのアイリス……、否、本来の彼女の姿、と言える証だ。
「ふむ……、解ったのじゃよ。では、共に征くのじゃ」
言うが早いか、エルはアイリスをひょい、とお姫様抱っこすると、翼を広げて空へと飛び上がった。
「はむぁ!? エ、エルさん……?」
「なんじゃね? 背負うと飛ぶのに邪魔なのじゃよ。暴れて落ちると危険じゃし、回収できぬでの。大人しくしておるのじゃよ」
アイリスの抗議を華麗にスルーし、ばっさばっさと侵攻を開始した。
「まぁ、あれはあれで一理あるね。アリスが行くって言うなら仕方ない。ボク達も空から行こうか」
エル達を追うようにクローディアもアリスを抱えて飛ぼうとするが、
「待って、クロ。先に皆の手当てをしないと」
そう言って、クローディアと同じく翼を持つ者達の元へと向かい、範囲回復魔法を使う。
カオスレート差で負傷の酷かった天使のアリア、久原 梓(
jb6465)、スピネル・クリムゾン(
jb7168)、物理的な攻撃に対してやや難のあるスピネルの兄、ジャスパー・クリムゾン(
jb7167)、そして悪魔であるインレ(
jb3056)の傷が、塞がれていく。
空中から攻める一団が侵攻の準備をしている最中、地上から征く班もまた、体勢を整えたものから駆け出していく。
最初に飛び出したのはアニエス・ブランネージュ(
ja8264)と森野 百合(jz0128)だ。
「やぁ、(デロ)先生、一緒の前線とは奇遇ね。今日は、(デロるのを)期待してるわよ」
百合、奥に居る1919号を指さしながら、いい笑顔でサムズアップ。
アニエスは一瞬きょとん、とした後、
「ああ、よろしく頼むよ」
とだけ挨拶し、周囲の警戒に専念する。
「……側面、建物の影に何か居る」
「こっちも見つけたわ」
程なくして、アニエスは来た時の位置では見えなかった建物の影に、1m程度の大きさの球体のようなものが浮いているのを確認した。
牽制射撃。
ドォォォォン――……!
刹那、被弾した球体が爆ぜた。
「……機雷!? まだあるかもしれない、皆、気をつけて!」
アニエスの警告が飛ぶ。
やはり、一筋縄にはいかないらしい。
「来い、エルダー」
久瀬 悠人(
jb0684)が召喚したストレイシオンの特殊な効果が、周囲に居る撃退士達に適用されていく。
真正面から降ってくる砲弾や、側面から不意をついてくるかもしれない機雷に対する防備を堅めたのだ。
悠人の、自分の身ならず仲間達への冷静な気配りは、こういった場面に於いては後々の戦況に大きく有利に働く事が多いと言える。
守護の意志を示す悠人を見ながら、レイラ(
ja0365)は逆に必滅の意志を現す。
誰かが先駆けの剣となりて立ちはだかる敵を討たねばならぬならば、自身がその身を捨ててでも、明日へと続く道を紡ごう、と。
壮絶な闘気が解放され、レイラの身から湯気の如く立ち昇った。
「奪われた日常を取り戻す。その為には……アレは邪魔だ」
旅団【カラード】の長たるリョウ(
ja0563)もまた、討ち手としての矜持を見せる。
黒衣を翻し、先陣を征く撃退士達の後を追って砲台を目指す。
剣執る仲間が多い中、征治は盾持ち防御力を高める。
白と黒の綯い交ぜになった光――ケイオスドレストが征治の身体を覆った。
其の力は、一人でも多くの仲間を救う為に。
普通である事を誇る彼の、普通の日常を護る為の力だ。
そんな彼らが進軍を開始した頃、
「そろそろであるな。いきなり見つかってしまったのは想定外であるが、投入時である。やっちー?」
「はーい、博士!」
ラヴィーエルの命を受けたやっちーが、大きく手を振り下ろした。
合図を受けたボンバー・ボンバー達が、次々と左右の建築物内部から飛び出し、体勢をいち早く立て直して進軍を再開した撃退士の先頭集団へと飛来していく。
その数、計9体。
そうして、
ドォォォォン――……!
数体が爆ぜた。
アニエス、百合、悠人、レイラ、マキナ、リョウ、征治が巻き込まれ、被弾する。
初手の砲弾を受けた時のダメージが激しかったアニエスは、悠人のストレイシオンの恩恵を受けていたにも関わらず、耐えきれずに意識を落とした。
その様を、空から征くエルとアイリス、クローディアとアリスが歯痒く見送る。
はぐれ悪魔二体はそれぞれにアイリスとアリスを抱きかかえている為、迎撃する手段を持ってはいなかった。
人道的にどうなのだ、と問われれば議論の余地が残る所ではあるが、仲間が倒れたからと言って、其れを救助する為に人手を裂く余裕は、今の撃退士達には無い。
むしろ今回に関しては、最後まで走り抜け、目標を駆逐する事こそが、最大の救援とも言えた。
故に、地に伏したアニエスを誰も助け起こそうとすらせず、唯只管に先を目指して走った。
それこそが、正しい選択なのだ、と自らに言い聞かせるようにして。
早くも見える前線崩壊の兆しを感じながら、アスハ・ロットハール(
ja8432)は左手奥側に見える愛妻、メフィス・ロットハール(
ja7041)に対して心の中で謝罪した。
「(今居ぬ友の為に、まずは楔、か。スマン、メフィス……今回は、守れん)」
友に託されたモノの為にも、なんとしても要塞を突破しなければならない。
その為には、如何に愛妻と言えども、場合によっては見捨ててでも進まなければ――、
「ふぅん、機雷ってわけね。……邪魔ね、まとめて吹き飛ばしてあげる!」
鬼嫁メフィス、凄惨さすら感じられる程の微笑。
前言撤回。
むしろアスハが置いてけぼりを食らう可能性。
いや、むしろ頼もしいよ? ……うん。
安堵? しつつ、無数の黒羽根を伴った黒霧を展開させ、アスハは右翼より前進する。
アスハに続き、翼とメフィスも進軍。
前方に残された機雷に対し、遠距離攻撃を行う事で誘爆を狙い、駆除した。
これで今、見える範囲には機雷の類いは確認できない。
とは言え、これで終わりだと考えるには、甘いと言えた。
警戒に警戒を重ねるが故に、自然と戦列は中央へと寄っていく。
堕天使は其れを見て、目論み通りだ、と言わんばかりにほくそ笑んだ。
●
桐生 直哉(
ja3043)は桝本 侑吾(
ja8758)に対して縮地を使用した。
侑吾の脚部に、嵐のようなアウルの奔流が溢れ、移動力が飛躍的に上昇する。
「すまない、助かる。さって、どこまで保つかな、俺が。……行ってくる」
「ああ、いってらっしゃい。俺も、直ぐに追いつくから」
縮地の効果で爆発的な移動力を発揮し、駆けていく侑吾の後を直哉も追った。
其れを待っていたかのように、再びビッグキャノンが其の猛威を振るう。
ドオォォォォォン――……!
右と左の二門から弾が発射され、撃退士達の陣形の左右ぎりぎり中央寄りを狙って着弾する。
落下した砲弾は、爆ぜ、熱く煮えた液体をまき散らした。
その効果は『腐敗』。
撃退士達の防御力を、ゆっくりと、しかし確実に奪っていく。
そして、砲弾の脅威は付与された特殊効果のみではなく、無論、火力としても其の力を遺憾なく発揮する。
「クソッ……、俺は……二度と同じ過ちを繰り返したく……、ないっていうのに……」
弱さを嘆き、ひたすら強さを求めた男、ルナジョーカーは、高火力の物理攻撃を前に頽れた。
薄れゆく意識の中で最後に見たのは、同じく倒れ伏す友人、エナの姿。
彼女も同じく、物理的な攻撃に対して脆い。
幼さすら感じられる少女の身には、砲弾などと言う禍々しい凶器には耐えうる事ができなかったのだ。
何も護れなかった、何も出来なかった、そんな無力感。
だが、それでも仲間は進む。
倒れた仲間の無念を糧に、犠牲を背負い、未来を信じて進み征く。
「当たる、ものかッ!」
着弾に合わせて全力跳躍し、回避した水無月 神奈(
ja0914)が撃退士の集団から頭一つ分飛び抜けて先頭に躍り出た。
地上が攻撃されたと言うことは空は安全圏と言う事だ。
アリアがスレイプニルに騎乗して先導し、その後をエルとアイリス、クローディアとアリスが続く。
「うふふ、楽しいねぇ♪ 攻め甲斐があるよねっ♪」
無邪気な笑みをジャスパーに対して見せながら、スピネルは地上の惨劇を俯瞰する。
一歩間違えれば、自分達がああなっているかもしれない。
其れでも、大好きな兄と一緒ならば、どこだって楽しい。
ジャスパーもジャスパーで、
「ああ、あの堕天使を地に引き摺り降ろしてやる」
好戦的な笑みを見せた。
戦場の空気が、彼を鼓舞している。
ジャスパー達よりも低空を飛びながら、インレは地上の戦闘を見ながら疑問を感じていた。
初手、三門の砲台から弾が発射された。
しかし、二発目は左右の二門のみであった。
また、機雷は左右から現れ、撃退士達を中央へ、中央へと誘導するかの様に追い立てているかのように思えた。
だが、それらの違和感を伝えようにも、砲撃の音や爆発音で声は地上に届かず、通信機器も、光信機を申請していなかったが為に使用出来ず、知らせる術がなかった。
杞憂で終わればいいが、と願いながら、インレは先を目指した。
地上では既に三名が脱落したものの、自己回復スキルを使いながら、撃退士の進軍が続く。
されど、またしても機雷群が左右の建造物から出現し、撃退士達の行く手を阻んだ。
中央砲台の射線へと固めようとしているかのような意図を感じずには居られないが、いったい何の為なのかまでは視えてこない。
不気味なものを感じながらも、進むしかないのだ。
直哉が、
「まったく、何だって言うんだ……」
アスハが、
「ふむ……、数だけは多い、な。何か、切札を隠し持っている……のか?」
翼が、
「とは言え、能力さえ解ってしまえばそこまで脅威では無いですよ。誘爆で敵同士の相討ち、狙えませんか?」
戦場を駆けながら機雷を撃ち抜いていく。
「道を造るぞ、続け!」
「そっちは任せましたよ」
リジェネレーションの効果で失った生命力を回復させながら、菫と結が機雷を除去し、安全を確保する。
其の道を、マキナはひたすらに駆けていく。
戦術部の息の合った連携が光る。
「邪魔よ、消えなさい!」
メフィスの黒炎を纏った不死鳥が機雷を焼いた。
一度犯した失敗は、二度としない。
アニエスの犠牲を無駄にしない為にも、撃退士達は先手を打って処理に当たる。
結束すれば何も怖くない。
撃退士達は、徐々に態勢を盛り返していった。
●
鋼の咆哮が響いた。
またしても、右と左の二門のみ。
着弾地点も先の砲撃と同じく、撃退士陣営の左右ぎりぎりを狙ってのものだった。
炎が噴き上がり、撃退士達に襲いかかる。
初手と同じ『焼夷弾』のようだ。
「来い、ランバート! 召喚士舐めんなよ、こらっ!」
流石に、『腐敗』の効果中に砲弾を食らい続け、『温度障害』状態のまま進軍するのは分が悪い。
スレイプニルを召喚した悠人はクライムで騎乗すると、縮地の効果で先頭を行く先輩の侑吾に追いつくべく駆ける。
行かせはすまい、と道を塞ごうとする最後の機雷をレイラの扇が貫き、爆砕させた。
これにより、まだ機雷が隠れている可能性があるとは言え、砲台までの道は完全にフリーとなる。
此処に来て、神奈が動いた。
二度に渡る中央砲台の不発と、近づくにつれ聞こえる低い唸り声のような駆動音。
誘導するかのような機雷群の動きと、左右の砲弾の狙い。
それらから導き出された答えは、一つ。
何かしら高威力の範囲攻撃が準備されている可能性。
引き付けられて撃たれれば、一網打尽にされかねない。
動物的直感とも言える予感を胸に、神奈は全力移動を以て砲台との距離を詰めた。
まさかの単騎特攻。
これには、堕天使もヴァニタスも1919号も想定外であった。
神奈が器用に堕天使達を避け、中央砲台の側面をとる。
「……曲がれッ!」
渾身のウェポンバッシュが砲身へと叩き込まれる。
が、期待した効果は得られず、不動。
触れたからこそ解る。
異常なまでの魔力の収束と、其の熱を。
死地に赴いたからには、最早出来る事は一つ。
「避けろぉぉぉッ!」
少女の叫びに反応した撃退士達が、左右に回避行動をとる。
しかし、間に合わない。
中央砲台に溜められた魔力が、一つの砲弾に込められ、戦場を薙ぎ払う一条の光となって放出された。
それは、単独で飛び出した神奈を援護する為に正面から突っ込んできていた侑吾と、百合を巻き込み――、
「負けるものかッ!」
背後の百合を庇い、侑吾はシールドを顕現させ、暴虐の奔流に身を委ねる。
その間にも、逃げ道など無いとばかりに、左右の砲台からも砲弾が発射され、散った撃退士達を襲った。
中央砲台のファイナルブラスターの奔流が止んだ時、百合は意識を失って倒れ、侑吾も満身創痍で立っているのもやっと、の状態と言えた。
「やってくれたであるなぁ!」
ラヴィーエルは目論見が外れ、怒りを露わに神奈へと迫る。
チェーンソーが唸りをあげ、強烈な一撃が袈裟に振り下ろされる。
「生かしては返さないのである!」
そのまま、返す刃で逆袈裟にもう一撃。
「ぐぅっ……!」
×の字を描くような傷を受け、神奈は刀を地に立て、息も絶え絶えの状態となる。
血が止めどなく溢れ、赤い水溜まりを形成していく。
しかし、堕天使達の怒りは収まらない。
「処刑でーす!」
更に側面から、ヴァニタス襲来。
巨大な戦斧が、容赦無く叩きつけられる。
どうにか急所を避けるものの、二連撃を受け、遂に神奈は血溜まりに沈んだ。
それでも、まだ生きている可能性はある。
堕天使達の目的が要塞の守備というのであれば、其の要たるビッグキャノンは是が非でも護らねばならない対象だろう。
と、するならば砲台に攻撃を加えることで堕天使達の注意を引き付ける事ができるのではないか。
悠人は銀と蒼の双剣を手に、中央砲台へと駆け寄り、斬りつけた。
鈍い感触。
流石に、固い。
ならば、と闘気解放状態のレイラが、砲台の攻撃を受けて傷だらけの身体で突貫し、貪狼の一撃を見舞う。
確かな手応えと、僅かながらの生命力の回復を実感する。
侑吾も悠人に負けては要られないと、身体を引き摺りながらも砲台に辿り着き、レッセクーラントによる苛烈な一撃を見舞った。
が、そこまでだ。
「オイタはいけませんね。常識的に考えて、其れは紳士の行動ではありません」
レイラにとっては芦屋以来となるディアボロ・1919号との邂逅。
被弾し続けた二人の身体を、しなる鞭のような触手が襲いかかり、容赦無く叩き付ける。
侑吾とレイラの意識は、そこで途絶えた。
「ん、ここが正念場。攻め時だよ。機を逃すべきじゃない」
ユウは全力移動を行使し、一気に間合いを詰める。
砲台を通り越し、その背後へと回り込むと、中央と右側のキャノンを巻き込む形で禍夢風を放つ。
「……おやすみなさい、永遠に」
大砲の形をしているとは言え、やはりディアボロ。
睡眠状態へと誘う風を受け、其の駆動を休めた。
好機が到来した。
ユウに続けとばかりに、直哉、リョウが駆けつけ、中央の砲台へと攻撃を加える。
「……刺し穿て、黒雷槍!」
リョウの擲った黒き雷を纏った槍が分裂し、中央砲台とそれを護衛する1919号に降り注ぐ。
雷槍の一撃を受けた砲台が内部で爆発を起こし、瓦解していく。
漸くにして一つ目を沈黙させたのだ。
「ええい、数が多いのは厄介であるな!」
自慢のディアボロが討たれたという事実は、博士としてのラヴィーエルの自尊心を大きく傷つける。
このままでは済まされない。
だが、一度ひっくり返った戦況は、最早どうしようもない段階まで来ていた。
●
慢心からか、砲台の傍から離れようとはしなかった堕天使、ヴァニタス。
より多くの得物を狙い、進路を調整する為に使用された砲台と機雷。
それらの攻撃を耐え、砲台へと辿り着いた地上の撃退士達。
其のお陰で、空中から侵攻した撃退士の一団は全くの無傷の状態で砲台近辺へと到達した。
ラヴィーエルが其の存在に対し危機感を覚えたとしても、現状、地上の敵対戦力への対応に追われている以上、どうする事もできない。
「こんなものは壊してしまいます」
いち早く左側の砲台に取り付いたアリアが攻撃を開始する。
砲台の破壊を邪魔させない為にアスハは全力移動すると、やっちーをその場に釘付けにすべく、文字通りバンカーを用いて杭を打ち込むのだった。
「貴様の相手は、僕だ」
「あら、私も忘れて貰っちゃ困るわね」
アスハと時を同じくして駆けつけたメフィスが、やっちーに牽制攻撃を仕掛けながら隣に並んだ。
翼も追いつき前線ラインを形成していく。
空から降下する撃退士達の事もあり、このままでは如何に堅牢な防御力を誇るやっちーと言えど、拙いかもしれない。
1919号が援護に向かおうとするも、
「どこにいくつもりだい? 砲台破壊までは大人しくしていて貰うよ」
魔力を帯びた剣を手にした覚羅が斬りかかり、進行を阻んだ。
「せめて女の子が相手なら、まだやり甲斐があったものを……。常識的に考えて紳士です」
悔しげに1919号の不定形な身体が揺れた。
「ええい、鬱陶しいのである! ビッグキャノン、全て薙ぎ払うのである!」
業を煮やした堕天使は、自らを巻き込む事すら厭わず、砲台に至近距離爆破を命じた。
其れを受け、破壊の為に取り付いていた直哉、アリア、悠人を巻き込むように焼夷弾が撃ち込まれる。
そうして、燃える炎をかき分け、堕天使が猛威を振るうのだ。
「欲張りは許さないのである! 芦屋で諦めておけばよかったであろうに。であれば、死ぬ事もなかったのである!」
最高にイカした音を立てながら、チェーンソーがきゅるきゅると肉を引き裂いていく。
「それでもッ、俺は……!」
直哉が不撓不屈で特殊抵抗を底上げするものの、受けた傷が深すぎた。
少年の願いは虚しく潰え、血の海へと沈んでいく。
アリアもまた、チェーンソーの強烈な一撃の前に意識を失った。
元を質せば二人とも天界に属した天使とは言え、ラヴィーエルは冥魔に墜ち、カオスレートが−へと転じている。
屠り合う事を宿命づけられた天と魔のカオスレート差はアリアの祈りを打ち砕くのに充分な威力を発揮したのだった。
「しつこい男は嫌われますよー!」
やっちーは包囲を突破し、ラヴィーエルと合流する為に翼へと斬りかかった。
重たい戦斧の一撃が叩きつけられる。
凶悪な破壊の衝撃は、あっさりと翼の意識を奪った。
「次はお前達ですー!」
そのまま、やっちーはロットハール夫妻に向けて横薙ぎの一閃を放った。
「ぐ、ふっ」
アスハにとってはかなり痛い斬撃。
本来、ダアトは最前線に立って前衛として戦うには不向きな職業と言える。
それでも彼は立ち続ける。
危険な賭けと解ってはいても、命を対価として張る鉄火場へ。
そんなアスハを、メフィスは確りと支えた。
「ほら、まだよ。こんなところで倒れてる場合じゃないでしょ?」
「ああ、解ってるさ……、まだ僕はやれる」
血を拭い、立ち上がる。
「さぁ、よくもやってくれたわね。覚悟なさい!」
メフィスの炎がやっちーを焦がす。
「こんなの、虚仮威しですー!」
「……本命はこっちだ。貫け、バンカーッ!」
炎に気をとられたやっちーの側面から、アスハがパイルバンカーの一撃を叩き込んだ。
空薬莢の音が響くと同時に、やっちーが踏鞴を踏んで仰け反る。
其の隙をマキナは逃さなかった。
静かに忍びよる肉食獣のようにやってきたマキナは、一気に距離を詰め、其の牙の射程圏内にヴァニタスを捕捉する。
師より賜った秘術『黒夜天・偽神変生』により終焉を齎す力を具象化した銀色毛並の猛獣は、限界を超え、更なる終焉という概念を可視化させる。
――即ち、秘術『偽神変生・羅刹天』。
獲物を逃さぬ、驚天動地の六連撃……!
たまらず、ヴァニタスが吹き飛ぶ。
そして、そのまま意識を失った。
じわり、と血が広がっていく。
「……やっちー!」
常に飄々としていた堕天使の相貌が、鬼気迫るものへと変貌した。
悠人は堕天使の注意がヴァニタスに向いているのを良い事に砲台を攻撃し続ける。
だが、背後から不定形な身体を活かして覚羅を抜き去った1919号が迫っていた。
悠人の傷ついた背中に痛恨の一撃。
悠人は気絶した。
「博士、助手殿を連れて交代を。この場は常識的に考えて紳士のこの私が殿を勤めます故!」
1919号が撤退を進言する。
ラヴィーエルはそれを素直に受け取った。
「止む無し、であるな。死ぬなよ、1919号」
「御意」
されど、みすみす逃す程、撃退士は甘くない。
「ラヴィ、ここで死んでもらうよ!」
降下したクローディアの渾身の一撃。
「覚悟してちょうだい!」
反対から、アリスの攻撃が飛ぶ。
「当たらぬのである! 今はお前たちの相手をしている場合ではないのである!」
しかし、堕天使はそれらを軽く躱すと、やっちーを回収し、早々に離脱した。
後には、未だ健在のビッグキャノンが二門と、特殊型ディアボロの1919号だけが残された。
勢いに任せ、撃退士達は砲台へと乗り込む。
「エルさん……いって……きます」
アイリスが上空より降下する。
錬気で底上げされ潜在能力に、落下する勢いすら利用した威力の底上げ、そして、
「……Lumina Lunii」
暗赤色のオーラがアイリスを包み込み、漆黒の影が剣に纏わりつく。
輝く緋眼は砲台を見据えて。
己の抱く歪んだ正義を、理解される事のない想いを、それでも突き進む覚悟を込めた信念の一撃を目標へと叩き込む。
少女と砲台が交錯した刹那、轟音と共にビッグキャノンの一つが爆ぜた。
「よくやったのじゃ、流石アイリスじゃよ!」
義姉妹の戦果を褒めながらエルも降下する。
1919号と残りの砲台を巻き込むように、煉獄の炎を顕現させた雨を降らせた。
次いで、空中班の面々が降り立つ。
「存外、呆気ないもんだったな」
「あんたは少しくらい楽しませてくれるのかしら?」
堕天使との対峙前に撤退されたジャスパーは不完全燃焼、とでも言いたげに1919号に剣を叩きつけた。
ジャスパーの指示を受けたスピネルが、1919号の死角からサイドアタックを仕掛ける。
スピネルの雷剣が突き刺さり、先のエルの緋雨で『温度障害』を負っていた1919号は対抗判定に失敗し『麻痺』して動けなくなった。
つまり、逃亡が不可能となったのだ。
「くっ……、こんなところでこの私が……、常識的に考えて紳士にする所業ではありません」
とは言え、目標はあくまでも砲台の破壊である。
邪魔するものがなくなった今、撃退士の勝利は揺るがない。
夜姫、インレの攻撃が最後のキャノンへと突き刺さり、 梓の魔法攻撃が、カオスレート差による補正を含んで穿たれる。
砲台に対してユウがかけたスリープミストの眠りが解けた。
しかし、次の発射までに片をつければ問題無いとばかりに、火力が集中される。
その一方で、負傷者達の回収も進められる。
征治は堕天使撤退後、アニエスやエナ、ルナを助け起こし安全圏へと運んでいく。
「これで、終わりだ!」
菫は魔具を一度収めた後、余剰の無尽光を脚部に凝縮させ、爆発的な瞬発力を以て踏み込む。
不規則な軌道を宙に描きながら、白銀の槍を再活性化し、砲台を貫けと飛翔する。
そのカオスレートの恩恵は+8。
砲台とのカオスレート差は10に達し、得られる補正は実に2倍の威力へと昇る。
断罪せし審判の月光を前に、耐えうる術は最早無い。
己の犯した過ちを悔いながら、ただ滅ぶべし。
最後の砲台が、爆散した。
残された1919号に、手立て無し。
既に包囲され、退路もなく、あとはせめて安らかな死を願うばかりであった。
●
「……散々、であるな。1919号、良き作品であった」
やっちーを抱えながらラヴィーエルが哀悼の意を表す。
撃退士達は第一要塞を突破し、第二要塞へと向かっていった。
「あそこは天然要塞であるし、ヴィア嬢の管轄であるからして、大丈夫であろうが……、やっちー、少し休憩したら、様子を見にいくのである」
「はい、博士ー。でも、ごめんなさい……。1919号の事……」
しょぼくれる助手に思わず頬ずりしながら、堕天使は答えた。
「なぁに、形あるものはいつか滅びるのである。今回が良い例であるな。しかし生きている内はいくらでも作れるのである。今はそれを喜ぶのである」
「はい、博士ー!」
「先任軍曹殿達は無事に任務を果たしているようでござるな」
にょっきりと、建物の影から黒タイツの怪人が姿を現す。
「ぼきゅ達の出番もいよいよって事だね」
にょっきりと、建物の影から黒タイツの怪人が姿を現す。
「我ら『這い寄る変態』最大の見せ場もいよいよ、か」
にょっきりと、建物の影から黒タイツの怪人が姿を現す。
「ぶっちゃけ、これが成功したら、夢にまで見たモテ期到来だよNE!」
にょっきりと、建物の影から黒タイツの怪人が姿を現す。
彼らは一様に、全身黒のタイツを身につけており、顔の部分に空いた僅かな穴から下卑た表情が窺い知る事ができた。
特筆すべきは其れだけでは無い。
何を思ったか、胸部タイツが円形に切り抜かれ、そこから素肌と剛毛の生えた乳首が露出していた。
そして四名それぞれに、ある特殊な部位に穴が空けられ、特徴的な物体がはみ出していたのだ。
一人は腹に穴が開けられており、そこから敵を刺突す剣山のような腹毛が。
一人は腋に穴が開けられており、そこから腰まで届く密林のような腋毛が。
一人は臑に穴が開けられており、そこから天を突く習字筆のような臑毛が。
一人は鼻に穴が開けられており、そこから獲物を喰らう牙のような鼻毛が。
曰く、それぞれを四郎冠者(腹毛)、三郎冠者(腋毛)、次郎冠者(臑毛)、太郎冠者(鼻毛)と言う。
久遠ヶ原学園の一部に、其の名を轟かせる『這い寄る変態』とは、彼らの事であった。
「はぁ〜……、これで俺もモテモテ、かぁ。彼女、できるかな……」
「きっとできるでござるよ、『久遠ヶ原の亀甲縛り師!』」
「貴公子、だ!」
彼ら変態4人に、自称『久遠ヶ原蹴球界のヘディングの貴公子』を加えた5名は、百合の依頼を受け、とある任務を遂行中であった。
それこそが、今回の作戦の秘策とも言える肝心要の任務である。
主力部隊であるエル達が第一要塞を突破したのを確認すると、安全が確保された道を使って、隠密行動で後を追うのだった。