「間に合いました……!」
デイモニックトラックの一台に神月 熾弦(
ja0358)が光の鎖を放つ。鎖は幾重にもトラックのタイヤに絡みつきその動きを封じる。
「……子供」
熾弦とは別のトラックを狙うユウ(
ja0591)は僅かに眉を動かしたが、そのまま躊躇わずに術式を起動。
その途端にトラックの正面に冷たい輝きを放つ正八面体が出現した。
それは周囲の熱を奪いディアボロの体をも急速に凍結させていく。低温による収縮で車体が歪んだのか金属部分が悲鳴を上げる。
「……刹那の冬を」
直後、正八面体が奪った熱を解放して爆発。衝撃でトラックに張り付いた不定形の部分が千切れ飛ぶ。露出し、脈動するコア。
そこにアウルの矢が連続で突き刺ささると、ゲル状のディアボロがグズグズと溶解していった。
ユイ・J・オルフェウス(
ja5137)がトラックに駆け寄ろうとするが――。その時、凄まじいエンジン音が響いた。
●
「お花……お花の気配が……?」
明日香 佳輪(
jb1494)が振り返る。視線の先、無人と化した芦屋の街路は何故か緑に覆われていた。それも、蠢く緑に、そして蠢く毒々しい花の群……。
「ううん、違う……これは……」
明日香は蒼褪めぶつぶつと独り言をつぶやき始める。
それは、確かに間違いなく花などでは無かった。
アルラウネ――植物型のディアボロの集団である。
「ちっ、面倒なのが来やがった」
黒夜(
jb0668)は吐き捨てると、手をかざす。接近していた一体が見えない力に殴られたように仰け反り、潰された体表から液体を撒き散らす。
一方、明日香の方はというと、間近までアルラウネが迫っているのに蹲って、何やら呟き続けるだけだ。
「違うっ、あのお花は違う……偽物、ニセモノッ……うーっ!」
黒夜はそんな明日香の様子に舌打ちしつつも、再びアウルの弾丸を放って彼女を援護しようとするが。
「潰して、サキノハカ、潰してェッ!」
明日香の周囲から光が溢れた、と思う間も無くその中から飛び出した漆黒の召喚獣が蔓の鞭を振り上げたアルラウネにブレスを吐きつけた。
奇声を上げるアルラウネ。
「なんだ、ちゃんと戦えんのな」
敵に隙が出来たのを見て、黒夜はアウルを温存すべく大剣を構え直すと闇雲に花粉を撒き散らすアルラウネの頭部に刃を叩きつけた。
頭部を砕かれた仲間が倒れ込むのを見て、他のアルラウネは仲間を呼ぼうとする。
「これ以上面倒を増やさないで欲しいですね!」
そのアルラウネの喉を鈴・S・ナハト(
ja6041)が剣で貫く。もがくアルラウネに周囲の撃退士も攻撃を集中させる。
「楽しくなって来た!」
その様子にアドレナリンの分泌量が上がったのか、cicero・catfield(
ja6953)も大鎌を振り被るりアルラウネが繰り出した蔦ごとその体を袈裟懸けに切断して叫んだ。
「さあ、次はどいつだ!」
その彼の眼前を巨大な鉄塊が疾走していった。
●
計三台のトラックは西を目指して走り始めた。
コアを破壊され、絶命したトラックは三匹。
だが、三台が攻撃を振り切って阪神高速三号神戸線へ次々と乗り上げて行った。
元より速度制限? なにそれ魂より力になるの? な連中だが、遮蔽物の無い高速に乗られると追跡は難しい。
「正義と自由の国アメリカの軍人が、民間人を見捨てるわけがなかろう! ムハハハハハハハ!!」
市街地からトラック三台を猛追して来たのは複数のトラック。
勿論運転しているのは撃退士たち。その、先頭のトラックを運転しつつ哄笑しているのがヴァルデマール・オンスロート(
jb1971)である。
彼は予め、港湾部に留められた複数のトラックを撃退士が使えるように鍵をこじ開け配線を繋いで強制的にエンジンをスタートさせていた。
「ひよこども! 勇者になりたくばついてこい!! この儂がカーチェイスの何たるかを教えてやるわ!」
「ワクワクして来た!」
Ciceroもやる気を漲らせていた。
ほどなくして、先頭のトラックが最後尾のデイモニックトラックに追いつく。
「一人でも多くの子供たちを救わなければ……」
トラックの屋根の上に飛び乗ったファティナ・V・アイゼンブルク(
ja0454)の詠唱と共にアスファルトの表面から不気味な手の様なものが突出し、蠢きながらトラックに掴みかかる。タイヤの擦れるイヤな音が響き、目に見えて速度が低下するした。
「追いついたわ。これ以上好き勝手できると思わないことね」
真っ先にデイモニックトラックの上に飛び乗った月影 夕姫(
jb1569)はランスを構えて、穴を開ける。
「くっ!?」
だが、夕姫のランスが穿った穴からラミアがするりと這い出して来た。そのまま彼女に噛みついた敵は彼女の血を啜る。
「大丈夫か!?」
Ciceroも続いて飛び移ると、大鎌でラミアに切り掛かる。そして、その尻尾の先端を切り飛ばした。
激痛に叫ぶディアボロ。
「これでも受けてみなさい!」
至近距離から魔法弾を放つ夕姫。絶命したラミアの死体は高速道路にぐしゃりと叩きつけられた。
●
一台目の制圧は完了したが、残る二台はなおも走り続け住吉南町の周辺に差し掛かっていた。それでもヴァルデマールの運転技術の賜物か、何とか距離が少しだけ縮まった。
ユイの詠唱に合わせて道路から生えた正体不明の蠢く手が車体に掴みかかる。
「つかんだ、です……!」
ユウが手にアウルを集中させる。
「ど、どうする、つもり、ですか?!」
ユウはちらりとユイを見て。
「纏めて吹き飛ばす……面倒だし、中にディアボロがいるかもしれない……」
「そんな……」
ユイが駄目です、と言おうとした時。ファティナの手が優しくユイの肩に置かれた。
「ティナ姉さま……わかった……」
その様子を見た熾弦がにっこりと笑う。
「それでは、行きましょう」
もがく不定形のディアボロにファティナの剣と熾弦のハルバードが振り降ろされた。剥き出しになったコアに、ユウの弓が突き刺さる。車体を覆っていたゲル状の物が溶ける。
真っ先にコンテナに駆け寄るユイ。
しかし、さっきの事があるので迂闊に扉を開ける事はしない。案の定、扉の隙間から鋭い爪の生えた手が突き出される。
咄嗟に飛び下がったユイは、続いて扉を破壊して現れた巨大なラミアの胴体に手をかざす。直後アウルの氷の槍がラミアを串刺しにした。
●
二台目が無事破壊されたが、その隙に三台目は更に西進する。撃退士側のトラックも一台追跡に当たっていたが、今度は追いつく事が出来ずどんどん離されていく。こちらのトラックを運転している撃退士は運転技能持ちではないのかもしれない。
さて、唐突だがこのディアボロの目的は神戸ゲートへの人間の移送である。勿論生かしたままでなければならない。
それ故、進路の先に大型のダンプカーが進路を塞ぐように横になって停車しているのを認識した時、デァボロは速度を緩めて停止するしかない。そして、そのトラックの背後からグラン(
ja1111)が現れる。トラックは、すかさず扉を開きディアボロを出撃させた。
「いやはや……中々の数ですね。ですが……」
うぞうぞと這い寄って来る群にアウルの竜巻を叩きつけるグラン。数匹が巻き込まれ朦朧となる。
「ここから先には何者も通さん……この身は盾であるから。決して倒れぬ騎士の気概、見せてやろう」
グランと共に先回りしていたリチャード エドワーズ(
ja0951)が渾身の一撃でアルラウネの頭を叩き潰した。
ここで、トラックがゆっくりと動き出す。中の家畜に被害を与えないよう低速でダンプカーを押しやろうという魂胆だろう。
「行かせませんよ」
咄嗟にグランが放った雷の刃が不定形のディアボロを感電させ、その動きを一瞬封じてしまう。
「ぐっ!?」
しかし、同時にグランが呻く。アルラウネの花粉を吸い込んでしまったのだ。
「やらせんっ!」
グランを助けに入り奮戦するリチャード。しかし、一体を刺し貫いた時、彼の体も麻痺させられる。
「なんの、これしき……!」
剣を支えにして立ち続けようとするリチャードに鞭が振り上げられた――。
「あいつもニセモノッ!!」
その振り上げられた蔦に、黒い体表のここかしこからこの世界のものではない、異形の黒い花を咲かせた黒いヒリュウが襲い掛かり引き千切った。
「ムハハハハハ! 待たせたな!」
トラックを停車させたヴァルデマールが、ハンドガンでアルラウネを攻撃、全身に弾丸を受けたディアボロが倒れる。
背後から援軍が到着したからには、残りのアルラウネにも勝ち目はなかった。
●
「愛と漆黒の堕天使さん! 漆黒はわりとどーでも良いので愛について語りましょう!」
アーレイ・バーグ(
ja0276)はそういうなり何か、どどんと置いた。彼女の先にはラヴィーエルが泰然自若と構えている。
「成る程……それはよい心がけであるが、我輩一つだけ許せないことがあるのである……」
ギン! と金銀オッドアイ(勿論バリバリのカラコン)を光らせる堕天使。同時にその体がゆらり、と動く。
「……お二人とも退がって下さい!」
久遠 冴弥(
jb0754)は召喚していた布都御魂に命令を下す。
「漆黒がどうでもよいとはどういう了見であるか!」
召喚がその剣の如き角を構え敵の方へ突進。しかし、ラヴィーエルはこれをあっさりと回避した。
「中々やるではないか……我輩の漆黒の翼……の塗装をうす〜く剥離させるとは。大したものであるな?」
勿論、嫌味である。
「しかし、我輩戦い二回も侮辱されたのである……自慢の翼を『えーマジ白黒ー?』『キモーイ』『白黒が許されるのは中学二年生までだよねーキャハハハ!』とか言われ、その翼を無残に毟られたのである……これは幾ら我輩でも見逃せないのである」
え、私たちそこまでしてねーよ、といいたそうなアーレイと冴弥を無視して何やら殺気を放つ堕天使。三人の背中に冷たいものが流れる。
その実力は冴弥の召喚獣を避けたとからも明らかだ。
「コンテストではお世話になりました」
次に、浪風 悠人(
ja3452)がハルバードを構えて前に進む。
「おお! 誰かと思えばコンテストの眼鏡(男の)娘では無いか! 今日はノーマルであるか。そちらも中々……」
ちょっと蒼褪める悠人。だがここで怯む訳にはいかない。
「副賞の手紙は読ませてもらいました。ここは無血開城という訳には行きませんか?」
「愚問である。幾ら眼鏡娘の頼みでもそれはダメである」
「やはり……」
やるしかない、と悠人は目で冴弥と合図し合った。
もう一度、純白の召喚獣が堕天使に攻撃。
「またであるか……」
面倒そうに回避するラヴィーエル。そこに悠人がハルバードで打ち掛かった。
しかし、ラヴィーエルはこの連携をもあっさりと避けた。
「くっ……!」
悠人は悔しそうに言うと、全力跳躍で一気にラヴィーエルから距離を離した……筈であった。
「……なっ!?」
「どこへ行くであるか?」
跳躍で間合いを取った筈の悠人の顔に、ラヴィーエルが息がかかる距離まで顔を近づけた。
「驚いたであるかー?」
ラヴィーエルは余裕を見せつけるかのように、敢て反撃せず再び悠人から離れた。その圧倒的な速さに撃退士たちの間に緊張が走った。
この人数では勝てない。そう判断した冴弥は咄嗟に語りかける。
「あなたの愛は、大人と子供を区別するのですか? その線を引く愛を本気で愛と呼ぶのですか?」
「何を言うかと思えば……我輩の守備範囲は老若男女を問わないのである。当然、ロリもお姉さまもロリババアで合法ロリもどんと来いであるッ!」
一瞬ぽかーんとなる冴弥。しかし気を取り直して。
「いえ、そうではなくてですね……つまり、子供は駄目でも大人からは魂を奪って良いのかという……」
「当然である」
「……!」
堕天使の冷酷な声。
「何を勘違いしているのであるか? 我輩があの手紙を渡した理由はあそこに書いた通りである。ようは家畜を絶やしては収穫の効率が下がるということであるな」
「くっ……」
余りの言葉に沈黙する冴弥。
「なーんちゃって」
「!?」
と、思ったらまた雰囲気をコロリと変えたラヴィーエル。
「ちょっとマジになったらすぐ言い淀むとはまだまだであーるー。やーい騙されたー」
冴弥は無言だ。表情は見えないがかなり怒っているようだ。
しかし、気がつけば一応この堕天使は話に乗って来ているようだ。上手く話題に釣られたのか、もともと戦う気が無かったのかは定かではない。しかし、こうなったらチャンスを逃す手はないとばかり、アーレイは畳み掛けた。
「漆黒が外せないのは良く解りました! お詫びにこのODENをいかがですか?」
だが、堕天使はチラリとそれを一瞥して。
「……ちなみにそのODENはどこで買ったのであるか?」
「え? 普通に芦屋市郊外のコンビニで買いましたが?
すると堕天使は大きく溜息をついて。
「どうせなら、静岡産の黒おでんに黒ハンペンが良かったのである……」
「漆黒だけにですか?」
ニッコリと笑うアーレイ。しかし微妙にイラッと来ているようだ。
それでも気を取り直して、今度は酒をすすめるアーレイ。
「まあまあ、ここは寒空の下カップ酒で体を……」
と、今度は酒を取り出すアーレイ。
「吾輩酒はボルドーのキャンティしか飲まないのである」
ちなみにボルドーはフランスでキャンティはイタリアだ。
「……」
まだ、アーレイは微笑み続けている。しかし、彼女が片手にもったカップが鋭い音を立てて粉々に砕けた。
「きゃー我輩こわいのであるー、あ、でもそのファッションは中々であるぞ。誉めてあげるのである」
「漆黒だからですか」
とアーレイ。
「漆黒だからである」
と堕天使。
「……」
かなりキているアーレイを宥め、今度は鷺谷 明(
ja0776)が語りかける。
「まあまあ……ラヴィーエル、とりあえずはまあ、愛について語ってみせい。小一時間ばかり」
「ほほう……それは我輩と二人っきりで。という意味であるか?」
またもや語調を変えて視線を鷺谷に移す。
この時、鷺谷の脳裏に出撃前に雪風 時雨(
jb1445)が言った言葉が甦った。
――実はラヴィーエルが悪魔アルトゥールの本命で
「そう言えば、角を曲がった所にある公園に公衆便所があったであるなー」
――む? 皆、尻を押さえてどうした?
再び甦る時雨の言葉。
鷺谷が微笑みを絶やすことは無い。だが、流石に少し引き攣ったようだ。
「今更怖気づいても遅いのである。誘い受けとはマニアックであるな……」
ジリジリと鷺谷に迫らんとするラヴィーエル。その目つきときたら凄まじくイヤらしい。
「さあ……一時間と言わず一晩中でも語り合うのである」
だが、ここで仲間の危機を救うべくアーレイが再度攻勢に出る!
「では語りましょう! 愛とはなんぞや?! と言いますか……気付いてしまったのですよ。この戦域に来て胸揉まれる以外の事をやってないと!」
思いっきり胸を張るアーレイ。揺れた。何がとは言わないが。
「ほほう。……これは中々の迫力であるな」
コロリと態度を変え今度は自分の方を向いたラヴィーエルにアーレイは言う。
「やっぱり男の人はおっぱいに興味があるのでしょうか……」
「当然である。それ(おっぱい)には男のロマンが詰まっているのである」
「……その割にはさっき鷺谷さんに迫っていましたよね?」
「別に我輩男女のどちらかにしか愛を注がないといった覚えはないのである」
「どうでしょう? その辺についてゆっくり語り合うというのは……あ、カップ酒、一個割っちゃいましたけどお代りありますよ?」
そう言って次のカップ酒を差し出すアーレイ。
ラヴィーエルは今度は躊躇せず手を伸ばした。
「時に眼鏡娘。処理した無駄毛はその後どうであるか?」
酒を飲みながら、語りかけるラヴィーエルに悠人はコンテストの感想を答えた。
「勝ったのは嬉しかったですが……複雑な気分ですよ。今でも……」
結局、ラヴィーエルには戦う気があったのかなかったのか? あるいは撃退士たちを罠に嵌める心算だったのかそうではないのか?
事実だけを述べるのなら、この後ラヴィーエルは撃退士たちと語り続けた。ゲートのコアが破壊されるまで。
●
ゲート展開により人気の無くなった市街地北西部にてレイラ(
ja0365)は不定形のディアボロと対峙していた。
「まさかお一人でこの私に立ち向かうとは、常識的に考えて無謀です」
ラヴィーエルの試作品こと1919号はデロデロと身体を広げていく。
その不定形の体はレイラの周囲を多い尽くしつつあった。
「確かに私だけでは敵わないかもしれません。しかし、それならどうして……あなたは一向に私に攻撃して来ないのですか?」
「……それは、私が常識的に考えて紳士だからです!」
クワッと目を見開く1919号。
いや、不定形の身体にはコアらしき球体があるだけなので目とか多分無いのだが、それはそうとしか表現出来ない。
「その格好、常識的に考えて淑女的ではないでしょうっ!」
怒鳴る1919号。
そう、レイラの格好ときたら凄まじい。何しろ下着の上から直にスーツを身につけ、おまけにそのスーツが胸元を強調するような代物と来ている。
(どうやら、効果は抜群のようですね)
ここまでは自分の狙いが当たっていると判断したレイラはいよいよ本題に入る。
「提案があります。私と楽しいデロ時間を一緒に過ごす代わりに、接客1分につき人質一人解放する交渉をします」
すると1919号はデロデロと体を蠢かせ。
「……仮にも常識的な紳士であるこの私がそのような手段で……デロデロ……」
「あっ……くっ……そう言いつつその触手はなんですか……?」
そんなこんなで、撃退士たちがラヴィーエルと歓談し始めたのと時を同じくして芦屋の一角に極めて扇情的な光景が繰り広げられることになった……。
●コア破壊作戦
ゲート破壊班はラヴィーエル対応組が彼の相手をしている隙に進軍。前回の激戦の部隊となったゲート設置場所と思しき団地の棟へと突入を開始した。
「辿り着いたわよ! この前は失敗したけど、今度は負けないんだから!」
愛用の剣を掲げ、元気よく鬨の声を上げるチルル。リベンジする気満々である。
一方、時駆 白兎(
jb0657)は巨大な斧を構えたクローディアと会話していた。
「……ラヴィーエルの相手は十分手が足りていたようですからね。クローディアはコアをお願いします」
「元々ボクはそのつもりだったさ……何よりアレの相手はしたくない……」
クローディアはさっき、対応班を離脱させる際にもちゃっかり人垣の後ろに隠れていたのだ。
ゲートは、団地最上階の一室に展開されていた。見た目の大きさはそれほどでもないがかつての住人の家具が残されたその部屋に充溢するケタ違いの瘴気が、こここそが地獄への玄関口である事を明確に示している。
「突撃ー!」
だが、先頭に立つ雪室 チルル(
ja0220)は、臆する事無く愛用の大剣を構え、先陣を切ってゲートへとダイブした。
ゲートの内部は、極彩色の光が揺らめく空間に、大理石のような白い床や柱、会談が出鱈目に配置された異様な空間だった。
その空間の中、白兎が抽出した三人の忍軍が大理石を足場にして進む。更にその彼らの側をスレイプニルに騎乗した時雨、そして悪魔クローディアがコアを探して彷徨う。
「……しかし、広大であるな」
時雨がぼやく。
「当然だろう? そう簡単に攻略されるような構造にはしないさ」
ホバリングしていたクローディアがそう応じた時、忍軍からの切迫した声が時雨の光信機に響いた。
ヴァニタスが出現したのだ。
「やっちーでーす!」
ラヴィーエルのヴァニタスである山之内和利は、前回と変わらぬ露出の多いフリフリ衣装を纏い、内部の空間に浮かぶ石の床の上でキラッ! とかキメていた。
『それで、コアは見つかったのですか?』
忍軍から連絡を受けた白兎は真っ先に確認する。しかし、忍軍はゲートコアは未発見である旨を伝えた。
「いずれにせよ、ここで彼奴を抑えればコアの破壊は容易であろう」
そう言って騎乗のまま敵に向かう時雨。
「!? まさか君、一人で……?」
とクローディア。
「お気になさらず、女性を守るのは男子の本懐。クローディア殿は存分に力を振るわれよ!」
時雨は騎乗でオルトスG38をやっちーにつきつけた。
「我が相手ではご不満があろうが、しばしお相手して頂く!」
味方の忍軍三名が、コア探索のため、更に先に進んだのを確かめた時雨はやっちーに向けて発砲した。
「当たらないでーす!」
それを回避したやっちー。その手からアウルの弾丸と思しき光球が連続して放たれた。
「何の……っ!」
スレイプニルに騎乗したまま回避行動に入る時雨。しかし、的が大きい分そう容易ではない。数発が時雨に直撃。時雨とスレイプニルは近くに浮いていた足場に叩きつけられた。
何とか起き上がろうとする時雨。だが、その足場にやっちーが飛び移って来た。
「あらあら? あっけないですねー」
手に魔力を集中させるやっちー。
「ボクを忘れるなんて、心外だね」
だが、直前でクローディアの振り被った漆黒の斧がやっちーに向かう。
「きゃー!」
ふざけた声を上げながらその一撃を軽く躱すやっちー。クローディアは苦笑する。
「やれやれ……はぐれになって、おまけにアリスに魔力を分け与えている状態じゃあこれが限界か、判ってはいたけどね」
驚いたのは時雨だ。
「クローディア殿!? 何をしておる、早くコアを叩かれよ!」
再び深い溜息をつくアリス。
「はぁ……君たち人間は賢いのか愚かなのか解らなくなるよ。いいかい、あのヴァニタスはラヴィーエルから直接魔力を与えられているんだよ? 本来なら全員で当たっても足りないかもしれない相手だ」
「むぅ……」
そう言われては黙るしかない時雨。
「ま、芦屋解放に協力して、ついでに君たちを助けたとなれば少しはボクへの評価も上がるかもしれないだろ? アリスのためさ。ボクも戦うよ」
時雨は考える。ここでヴァニタスを足止めすれば、他のメンバーによるコアの破壊が容易になる。
「かたじけない。援護する故、存分に力を振るわれよ!」
二人はやっちーへと向かって行った。
●
一方、白兎たちの班も、やっちー遭遇の連絡の直後に敵の大群に包囲されていた。一際大きな足場に一行が乗った時、周囲から多数のアルラウネとラミアが湧いて来たのだ。
「ストレイシオン、僕らを守れ!」
白兎が咄嗟に召喚したストレイシオンが陣形の中央で魔力を纏う。
「さあ、どんどんかかってきなさい!」
最前衛ではチルルが愛用の大剣を振るい、迫り来るディアボロを片っ端から斬り伏せていた。
だが、やはり数が多すぎた。ラミアの爪が側面から斬りつける。
だが、チルルはそれを自身が生み出した氷の盾で防ぐ。
「やっぱりあたいってば鉄壁ね!」
「コアまで温存したかったのですが……!」
白兎は、何とか戦線を維持すべ自身の使役する竜に命じた。普段は穏やかなストレイシオンの眼に狂暴な光が宿る。
凄まじい咆哮を上げた竜は敵陣に飛び込み、無差別に攻撃を加えて暴れ回った。
「今です!」
白兎の指揮に従い忍軍が動く。忍軍が得意とする攪乱攻撃で敵の一部を怯ませた。
「道を開くわ!」
チルルは眼前のアルラウネの意識が朦朧としたのを見て、一旦飛び下がってから大剣の切っ先にアウルを集中させる。
「さあ、避けられるなら避けてみろー!」
踏み出したチルルの足が床にめり込む。そのままチルルは身の丈を越える刃の切っ先を敵の集団に向かって一直線に突き出した。
凄まじいエネルギーが解放され、その進路上の敵を白く輝く光の奔流に飲み込んでいった。
やがて、光雪の様な微かな光を残して消え去る。
撃退士たちは一直線に敵の包囲網に出来た隙間を突破して、更に奥を目指すのだった。
●
先行していた忍軍から、ようやくコアらしきものを発見したと一報が入った時、それまでは隊の人混みを壁にして温存を図っていた三人が、突出した。
「ヴァニタスも抑えられている……今が好機ですね……」
機嶋 結(
ja0725)にはやっちーの相手をしているクローディアを気遣う感情など一切なかった。むしろ、共倒れになってしまうのが、悪魔という存在を心底憎悪する彼女の偽らざる本音だ。
結のすぐ側を走るのは【戦術部】の同輩である鬼無里 鴉鳥(
ja7179)。そしてその後ろで二人に守られるのが彼女たちの対コア破壊要因であるマキナ・ベルヴェルク(
ja0067)だ。
「見えたぞ」
黒いマフラーの下から鴉鳥が言葉を発して、一点を指す。そこには結晶体とも光球とも見える異様な輝きを放つ球体が大理石の柱に囲まれて鎮座していた。
「……やはり、そう簡単には行かせてくれそうにありませんね」
マキナが苦笑する。
コアのある地点へ通じる階段や足場には、無数のディアボロが蠢いていた。
「問題無い。参ろう」
真っ先に駆けだす鴉鳥。彼女は手近にある幅の広い大階段に一っ跳びで駆け上がると、蔓の身内をしならせて襲い掛かるアルラウネ側を駆け抜ける。
振るわれる蔓の鞭。だがそれは鴉鳥の体を殴打する直前、何かに絡められたように空中で固定される。
いや、蔓ばかりか本体であるアルラウネの肉体までが、何かに縛り上げられたように表皮が絞られる。
アルラウネを無視して跳躍しようとする鴉鳥と、アルラウネの間に何かが煌めき――ディアボロの肉体が鋼糸に切り刻まれた。
苦痛に咆哮するアルラウネが最期に見たのは、冷たい目でブラストクレイモアを振り上げる銀髪の少女だった。
●
チルルや白兎も追いつき、撃退士たちはコアまで後一歩と言う所まで迫っていた。
だが、ヴァニアタスが居ない状況でも事はそう簡単には進まなかった。
――残されたB班も、上層階にて有り得ないほどのディアボロの大群と接触。撤退叶わず全滅。
これは、前回の芦屋ゲート攻略戦の際の報告書の記述である。
この言葉に偽りは無く、今回ゲート内で待ち受けていたディアボロの物量は正に桁違いであった。
しかも、ゲートと言う事もあり一定数が常に補充され続けるのだから始末が悪い。
「……っ!」
ラミアが全力で振り抜いた尻尾による一撃を、アウルを纏った結の大剣がギリギリで受け切る。結のブーツがガリガリと石の床を擦過した。
「鴉鳥さん……!」
自分の攻撃の隙を補うために奮戦してくれる結に応えるべく、鴉鳥は大太刀を引き抜く。
その刀身に、膨大な量のアウルが収斂、刀身を黒曜石の如く煌めかせた。
「任せろ。斬天刃が奥義、見せてやる」
鴉鳥の立つ方向を南とすると、東の方向では、鴉鳥のアウルとは対照的な白い光がその輝きを増していた。
「さあ、ブリザードキャノン二発目! 行くわよっ」
言うまでも無くチルルだ。
「雪室さん……!」
再びストレイシオンに無差別攻撃を命じていた白兎が叫んだ。
仲間の縁業を受けて、黒と白の閃光がその輝きを増していく。
「虚空……斬!」
「いっけー!」
丁度十字砲火の形で放たれた二発のアウルの奔流が群がるディアボロを薙ぎ倒しながらコアへと向かう。このままコアに直撃すればよし。そうでなくとも、一気に数を減らせる筈だ。
「わあー格好いいー! 博士が見たら大喜びですねー!」
白と黒の光が交わる丁度その地点に、突如ヴァニタスが出現した。
いや、圧倒的な速度でそこに着地したのだ。
やっちーは、その場で自身の周囲にアウルによるものと思しき障壁を展開。そこに衝突したアウルの奔流はスパークしつつ、障壁に弾かれ、防ぎきられてしまう。
「……!」
やはり、二人で押え切れる相手ではなかったと結は人知れず唇を噛んだ。そもそも肝心のコア破壊に人手が足りな過ぎる。
結は救出班に人手が割かれた事に対しての忸怩たる想いが込み上げてくるのを感じた。
「念の為伺いますが……、雪風さんとクローディアさんはどうしました?」
白兎がストレイシオンに防御を固めさせながら、尋ねる。
「あ、コンテストの高得点者の子―! 元気でしたかー?」
やっちーの方は前回の死闘()を覚えていたのか白兎に笑いかける。
「……質問に答えて下さい」
「秘密―!」
この言い方では良く解らないが倒されたと見るべきか。
何れにしろ、状況は悪化している。
今の十字砲火で多くのディアボロが倒れたが、相変わらずゲートから一定数が湧き続けているのだ。
一方、撃退士の中には負傷した者やアウルを使い果たした者もいた。
「やはり、やるしかないですね」
最後列にいたマキナがどこか他人事の様に言う、この乱戦であってもマキナはほとんど疲弊していない。
だが、それは、彼女の役目がここからだからなのだ。
マキナと結の視線が合った。
それまで普段以上に厳しい表情だった結の表情が僅かに緩む。
「……任せましたよ?」
マキナは頷き、一気に駆けだした。
「道を開くぞ。結殿、マキナ殿」
鴉鳥の渾身の虚空斬がやっちーの周囲を埋めるディアボロの群に穴を開けた。
そこをマキナが一直線に駆ける。やっちーがそれを迎撃しようとするが。
「おぬしの相手はまだ我だ!」
空間の彼方から、騎乗姿の時雨が現れた。
「もー折角見逃してあげたのにー」
ぷうっとぶりっこらしく頬を膨らませたやっちーがアウルの光球を放つ。
「スレイプニル、すまぬが堪えてくれ……!」
時雨の叫びに応え、彼のスレイプニルは正面からその一撃を受け止めた。威力は凄まじく、時雨も無事では済まない。
それでも時雨スレイプニルから飛び降りた。そしてそのまま全力でケリュケイオンをやっちーに叩きつける。
効果は無い。それでも、マキナからやっちーの注意を逸らす効果はあった。
「あー! ずるーい!」
軽く時雨を弾き飛ばしたやっちーは、今度こそマキナを狙おうとコアに駆けよるマキナの前に移動した。
だが、マキナに手を伸ばしたやっちーが見たのは輝く光の斬撃――光の力を纏っている筈なのに、怨嗟に狂う亡者たちの声なき叫びだった。
「いったーい!」
時雨を打ち払った直後で、完全に虚を突かれたやっちーは流石に怯む。その隙に、マキナは遂にコアをその拳の届く位置に捕えた。
「さっさと……破壊なさりなさい……!」
結の呼びかけ。【戦友】たちのアシストに感謝してマキナは練り上げた持てるアウルの全てを黒い炎に変じさせ、手に集中させる。
それでも、彼女一人なら、まだやっちー速度によって抑え切れただろう。
だがこの時。
「最後のブリザードキャノン! 防げるものなら防いでみろー!」
チルルであった。彼女は突き刺さしたショートソードを足場に全力跳躍で、コアの上から飛び降りつつ切っ先に最後のアウルを込めていた。
「エルナ! 白き揺り籠より来れ!」
更に、白兎もこの好機を逃さず自身が使役する純白のヒリュウ、エルナを召喚。自らのアウルを付与して目標に向かわせる。
「え? えー!?」
やっちーなら三人同時に攻撃することも場合によっては可能だったかもしれない。しかし、三人が全くバラバラの咆哮から、しかもチルルは奇襲。エルナは空中に突然出現しての襲撃だったので、やっちーは完全に虚を突かれた形となって動きが止まってしまう。
――その致命的な一瞬の後、三方向から攻撃されたコアが悲鳴のような音を立てて軋んだ。
●
無人と化したビルの谷間を、数体のディアボロが隊列を組んで整然と進む。時折、アルラウネが蔓を打ち付け壁面を砕く。ラミアの方は長い体を伸ばして壁面にいる何者かを狙っていた。
だが、壁面にいる人間たち――忍軍は回避に徹して、容易には攻撃を受けない。時折、牽制か、あるいは挑発か魔具が投擲されディアボロを傷つける。
だが、この段階では両軍とも小競り合いに徹しており、このまま勝負はつかないかに見えた。
事態が急変したのは、元々狭かった道が更に縮まった時である。リョウ(
ja0563)の号令と共に、忍軍は素早く散る。
ディアボロたちの視線が一点に集中する。そこには、右手に黒い炎の如きアウルを集中させたリョウの姿があった。
「今回の誘導は……まあまあか」
リョウのアウルは徐々にその形を変え、遂には複数の細長い槍のような形に収束していった。その槍が振り被られ狭いビルの谷間に密集してほぼ一直線に並んだ敵の群に投擲された。
ひしめく敵の集団に対してに雨あられと降り注ぐ黒炎の槍。貫かれた敵は瞬時に炎に包まれて火だるまと化してのた打ち回った。そこに両壁から忍軍が止めの攻撃を加えて、敵を掃討していった。
「負傷者は?」
リョウがそう周囲の撃退士に確認した所で、背後から誰かが声をかけた。
「お疲れ様ね」
にっこりと微笑んでいるのは、アリス――クローディアのヴァニタスとなった少女だ。
「お怪我をされた方はいる?」
彼女の主であるはぐれ悪魔クローディアによるとアリスの能力は撃退士で言うアストラルヴァンガードに近いらしい。
「いや、俺は大丈夫だ」
リョウはそう言うと彼自身がここまで受けた傷を、自らのアウルを用いることで治療する。だが、中にはアウル使い果たしている者や、治療の術式を所持していない者もいた。
アリスは彼らの治療に回った。
「連絡はまだかしら……?」
アリスの問いにリョウは無言で首を振った。
リョウは遊撃隊を率いて散発的に襲ってくる敵の群を誘導して誘い込み、確実に数を減らすべく動いていた。
人質の救出が成功すれば、本陣に後退して守備に徹する計画だったが、今の所その連絡は無かった。
「ゲートもまだ、健在なのですね……」
ゲートの展開による赤く染まった芦屋の空を見上げ、アリスが言う。
「クローディアが心配か?」
リョウが問う。
「いいえ……クロは、もう私と繋がっているわ。何かあればすぐに解るもの」
そう言ってからアリスは神戸への高走駆道路がある方――デイモニックトラックが走り去った方向を見つめる。そちら側ではアリスと面識のある撃退士たちが戦っている。
「もう一度、哨戒に出てくる」
リョウが槍を再度活性化させた時。
ぱりん、と。
赤い空が割れた。
●
一体どれほどのデロ時間が過ぎただろうか。
「く……ん……はっ! そ、そこは……っ! そ、それ以上……!」
「常識的に考えて、ここからが本番でしょう。デロデロン……」
「あ……ああっ……」
明らかに、危険な状態だった(倫理的な意味で)
だが、頭がフットーしそうなレイラも、1919号も止まらない。やがて、遂に一線を越えそうになった時。
「何をしている!」
その場の雰囲気を一気に正常に戻すような凛とした冷たい怒声が響く。そして、建物の上から飛び降りて来た水無月 神奈(
ja0914)が一刀のもとにレイラを拘束している1919号の体を切断した。
「……大丈夫か」
レイラを近くのベンチに寝かせ尋ねる水無月。しかし、レイラに外傷は無いようだ。
「は……っ! 1919号さんっ、子供たちは? 一分につき一人ですよっ!」
正気に戻ったレイラは、慌てて聞く。
「常識的に考えて何の事か解りません……あ」
惚けるつもりではなく、本気で忘れていたらしい。だが、水無月が。
「……心配するな。さっき、トラックを追っていた班から連絡があった。無事トラックを確保したそうだ」
「出血大サービスですね。我ながら紳士な対応です」
「明らかに忘れていましたよね……?」
とレイラ。だが、その彼女を水無月が制した。
「……後は任せて貰おう。さて、断っておくが私は時間稼ぎなどするつもりも無いし……お前を逃がすつもりも無い」
明確な殺気を込めてディアボロに刃を向ける水無月。
「1919号。お楽しみはここまでである」
突如、頭上からした声に一同は振り返った。そこにはやっちーを抱えてぱたぱたと飛ぶラヴィーエル。
彼はゲート崩壊後、脱出して来たやっちーを素早く確保、そのまま撤退しようとしていたのだ。
「常識的に考えて仕方が無いですね」
1919号は跳躍したかと思うと空中で海月のように体を広げ、ラヴィーエルたちを包み込んだ。
「逃がすつもりは無い!」
すかさず、剣にアウルを集中させラヴィーエルに叩きつける水無月。
「常識的に考えて淑女ではないですね」
これに対して1919号は体を傘の様に広げて、アウルの閃光を防御した。
水無月の攻撃は直撃した。
しかし、それは1919号の不定形部分の一部を蒸発させたに留まった。コアを攻撃しようにも、まだまだコアを守る不定形部分は分厚い。
水無月は歯噛みしつつ、悠然と飛び去って行く悪魔たちを睨むしかなかった。
●
炎の雨が、降った。
突如放たれたそれは息絶えたアルラウネの骸を焼き尽くし、次いで撃退士たちにも襲い掛かる。
ユウは険しい表情を見せ、咄嗟に氷の壁を展開して煉獄の矢を防ぐ。同時にユイも急いでアウルの壁を作り出した。
「……アンネリーゼ」
ユウが呟く。
銀髪を揺らしながら、ゆっくりと炎の向こうから歩み寄るヴァニタス。
「……調子に乗ってくれた」
その表情は相変わらず冷静だ。怒りを隠しているのか、それとも本当にこの状況を何とも感じていないのか冷えたオッドアイの双眸が撃退士たちを見据えた。
「アンネリーゼ。その目の色、瓜二つの容姿……貴女は人間であった時、何という名前だったのですか……?」
真剣な眼で眼前のヴァニタスを見つめるファティナ。その返答は……
「……やらせない」
ユウは、咄嗟にファティナの前に飛び出すと、氷の壁でアンネリーゼが返答代わりにファティナに放った火炎を受け止めた。
ほぼ同時にアンネリーゼの背後に黒夜が回り込む。
「正直ヴァニタスの相手はしたくねーが……仕方ない」
黒夜の手から三日月を象ったかのような刃が放たれる。アンネリーゼに着弾したそれは瞬く間に無数の黒きアウルの鎌となり、ヴァニタスを、その周囲の道路のアスファルト毎切り刻む。
「こいつがヴァニタスか! なんだかワクワクするな♪」
cicero・catfieldも、今こそ死と隣り合わせの戦いを堪能すべくシルバーマグの弾丸を凄まじい速度で発射した。
「……鬱陶しい」
しかし、ヴァニタスは全身を襲う刃にも、穿つ弾丸にも動じなかった。悠然と両手から火炎を放ち、二人の撃退士に浴びせた。
この時、ユウが声を出さず仕草だけで合図をする。同時に、学園生と共にトラックに乗り込んでいた遊撃隊がアンネリーゼを取り囲むように集中攻撃を仕掛けた。
無論、ここまでの交戦でヴァニタスの広域焦土化火炎呪法の脅威は周知されている。各員は散開して少人数でのグループを作り、反撃の隙を与えない波状攻撃を実行。
だが、アンネリーゼ大して苦にした様子も無くそれらの攻撃を捌いていく。
「……アンネリーゼ……あなた……」
ここで、ユウが更に後方からアウルで飛距離を増した矢を放つ。アンネリーゼに飛来する矢はその周囲を氷に覆われた槍と化している。
「……何? 良く、聞こえない」
そう聞き返したアンネリーゼの手から煉獄の炎を纏った火炎が放たれる。空中でそれは激突して、相殺……いや、氷の槍を蒸発させた炎の槍がユウに向かう。
「……私と、キャラ被ってる」
アウルで生み出した氷の障壁により、直前で火炎を受けるユウ。
「……こっちのセリフ」
だが、アンネリーゼの火球は氷の壁に着弾した瞬間爆発し、強烈な衝撃でユウを弾き飛ばした。
「ユウさん!」
熾弦は倒れたユウに駆け寄る。
「今、治療します!」
倒れたユウを抱き起して、アウルの光を傷口に送り込む。アウルの供給を受けたユウの皮膚は少しずつ火傷を修復していくが、ユウは気絶したままだ。
「……もしかしたら、貴女があの子の後悔の理由なのかもしれない。だけど、これ以上私の妹たちを傷つける事は許しません!」
ファティナは二人を守るべく、倒れたユウに代わって後衛から遊撃隊と共にアンネリーゼへの波状攻撃を再開した。
「……なら、纏めて片づけてあげる」
突如、ヴァニタス周囲の空気が高熱で揺らめく。それまで以上の火勢で攻撃しようというのだろう。
動揺して、いやその高熱に怯み遊撃隊が思わず飛び下がる。
「友達、も、仲間、もこれ以上、絶対に傷つけさせたりしないです」
ユイの術式により、アンネリーゼの周囲の焼け焦げたアスファルトから無数の手が出現して、敵を掴む。
「……無駄」
だが、ヴァニタスが軽く手を振っただけでその軌道の手はバターを焼き切られ消滅していく。
「……心配ない。苦しませたりしないから」
アンネリーゼが炎を撃退士たちにたたきつけようとした瞬間である。グランが何かを手に持って前に進み出た。
「良いのでしょうか? そんなことをすれば、これも燃えてしまいますよ?」
とグランが呼びかける。グランが持っているものを見るヴァニタス。
「……何のマネ?」
グランの取り出したそれにも、ヴァニタスは眉一つ動かさない……が、周囲を覆う炎が微妙に、そう微妙にその火勢を弱めた……ような気がする。
「いかがでしょう。祭典も近いことですから……」
脈ありとみて、なおもその女性向け同人誌を薦めるグラン。だが、一旦目の色が変わったかに見えたヴァニタスのオッドアイが再び冷たい光を放ち、煉獄の炎が全ての撃退士を焼き尽くすかのごとく燃え上がった。
「何故です!?」
グランが叫ぶ。
「……このカップリングは 無 い 」
どうやら結果としてアンネリーゼを怒らせてしまったようだ。どうする撃退士たち!?
「おや、アンネリーゼ嬢はこんな所まで来ていたであるか」
助手のやっちー、1919号を抱えて優雅に道路へと降り立ったラヴィーエルは身構える撃退士たちを無視してアンネリーゼに歩み寄り、彼女の視線の先にあるグランの本を一瞥した。
「ふーむ、このカップリングは……」
緊張の一瞬!
「ありですね! 博士!」
「常識的に考えてありです」
「うむ、ありであるな」
この言葉にピクリとアンネリーゼのこめかみが動いた。
「……聞き捨てならない」
「ほほう? それはじっくりと話し合う必要があるであるな」
極めて自然な動きで術式を解除して踵を返すアンネリーゼ。その身体を飛行の準備をしたラヴィーエルが抱えた。
「それでは撃退士の諸君。ちゃおである!」
「敵からの情報ですか……けっこう、こちらに情報を流す天魔っているのですね。どうせ自分の目的のためでしょうけど。これも天魔の性質というわけなのですかね?」
飛び去って行くラヴィーエルたちを見て、ナハトが誰にともなく呟いた。
●
撃退士たちの本陣はにわかに騒がしくなった。
トラックを撃破したメンバーが子供たちを連れ帰ったのだ。
身元確認や負傷者の治療。また、芦屋のゲートが破壊されたことの連絡など、やるべき事は多い。
ゲートが展開されていた団地の棟は倒壊を免れていた。
やっちーは、天魔に有利なゲート内部で撃退士たちを迎撃するためにディアボロの多くをゲート内部に配置していた。
このために建物自体は戦闘の余波を受けずに済んだのである。
ちなみに、やっちーはコアが破壊された直後にディアボロたちを撤収させ、自身も素早くゲートから脱出していた。
ゲート破壊まで呑気に語っていたラヴィーエルに掴まって、西の方へと飛び去って行ったとの事であった。
この後、1919号ともう一人のヴァニタスであるアンネリーゼもラヴィーエルに回収されたと撃退士たちが報告して来ていた。
「良かった……無事だったのね」
「アリスさん、無事で、良かった、です……」
ユイとアリスは挨拶を交わした。
「ねえ……アリス、その、ボクは……? こう、結構ボロボロなんだけど……」
「あら。クロが無事なのは別に解っていたもの」
「ひどいよボクのアリス!」
「お二人の、絆、ですか? クローディアさんも、無事で、良かったです」
「いや……絆は絆だけど……やっぱり何か納得いかないよ……」
何だかんだで、和気合い合いと会話する撃退士とヴァニタスとデビル(ただしはぐれ)。
一方、そんな彼女たちを、あるいは取り逃がした悪魔たちが向かったであろう神戸の方を向いて水無月は苦々しげに呟く。
「他の誰が見逃そうと……私は忘れないし、許さない。過去の罪はいずれ必ず清算させる」
……それは、この戦いに参加したどの冥魔に向けられた敵意だったのか。
「……割り切らなければ、勝つ事など難しいのに」
冷たい視線を向けるのは、結も同じだった。
その視線は悪魔ばかりか、とりあえずは無事を喜び合うトラック対応班の全員に向けられていた。
「甘い方ばかりね」
冷たく言い捨てて、踵を返す結であった。
ともあれ、芦屋のゲートそのものは破壊された。
(代筆 : 稲田和夫)