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「ありのまま今、起こっている事を話すのですよ! ゲート攻略準備していたら男の娘コンテストが開催される事になったのですよ!」
マイクを手に、トレードマークの犬耳カチューシャをぴょこぴょこ揺らしながら、ドラグレイ・ミストダスト(
ja0664)が会場をトコトコと走り回る。
「そんな訳で、早速審査員の皆さんにインタビューするのですよ♪」
唐突に堕天使によって齎された『第一回チキチキ男の娘コンテスト』は、あまりのカオスっぷりに驚愕をもって迎えられた。
しかし、流石に混沌に慣れた学園生。
既に順応し、楽しむ余裕すら産まれている。
……これが若さか。
「なんでこんなコンテストを開いたのです? 正直びっくりなのです!」
堕天使を恐れずマイクを向ける。
「我輩、博愛主義者故に。可愛いと言う感情に於いて天魔も人も区別なし。即ち、これ正義である」
しかし可愛いと言いながら純粋に少女ではなく男の娘を指定しているあたり、特殊な紳士を想像してしまいそうになるが言わぬが華である。
「それでどうですか? 審査員としては参加者は中々良い感じです?」
「うむ、ドレスアップ中故、まだ何とも言えぬが……君を見ている限りとても期待できるのである」
そういって、さっとドラグレイの尻を撫でた。
「わ、わふぅ! おさわりは禁止なのですよ〜!」
さっと身を引くドラグレイ。
どうやら貞操の危機を感じ取ったようだ。
此の侭では貴腐人達が狂喜乱舞する掛算に発展しかねない。
戦略的撤退すべきだ。
それに、彼もコンテストに出場するのだから着替えが必要である、が、
「あ、写真撮影はしてもいいですか?」
記者魂としてこれだけは外せない。
カメラを取出し許可を取ろうとした所で、
「……ちょっと待った」
闇夜を溶かしたような漆黒のドレスに、パリッとした真白の白衣を上着に纏ったユウ(
ja0591)が乱入してきた。
かような男の娘コンテストに、少女たる彼女に何の用があろうか?
「……クールとバナナオレでおなじみ、飛び入り審査員のユウ。よろしく」
なるほど、クールブレイクしに来たらしい。
だが、予期せぬユウの登場に、舞台袖で出場男の娘の最終チェックを行っていた牧野 穂鳥(
ja2029)は盛大に狼狽える事となる。
急造の舞台を破壊しかねない勢いで柱に噛り付き、ニ・ゲ・テ、と視線で訴えかける。
事前にデロの空気を感じ取った穂鳥は、わざわざシャツにジーンズ、ダウンジャケットと、色気も華もない地味ーで動きやすさ(逃げやすさ)重視の服に変えてきたくらいだ。
そんな戦場に、あんな可愛らしいかつ逃げにくそうな衣装で、更には敵の真横に陣取るなど、デロってくださいお願いしますと言っているようなものである。
なんとしてもユウのデロだけは回避しなければ、とぐぬぬるが、当の本人はどこ吹く風。
近くのスーパーから拝借してきたバナナの木箱にちょこんと腰掛け即席の追加審査員席とすると、例の如くバナナオレを飲んで一息。
「……肩の力を抜くことも大切。特に、こういう時は」
穂鳥はガックリと項垂れた。
こうなったら是が非でも仲間に優勝してもらうしかない。
きゅぴーん、と穂鳥の目が光った。
其れは撃退士側一人目である浪風 悠人(
ja3452)に注がれ、
「……さぁ、浪風先輩。爪の先まで綺麗にしましょうね。……清潔感、大事!」
「……ちょ、マキノさん? 少し迫力が怖いんだけど……、い、いえ、なんでもない、です……」
有無を言わさず悠人の手を取ると、爪を磨き、トップコートを塗っていく。
マニキュアは塗らないのが拘りのひとつだ。
今回、悠人の選択した衣装は長袖の白いセーラー服に、膝上丈のプリーツスカート。
足元は黒ニーソにローファーで絶対領域を演出、と清楚な女学生を演出している。
と、すればここでマニキュアを塗るなど、其処だけが異様に目立ち、全体の印象を大きく損ねてしまうのだ。
かと言って、何もしないというのも問題である。
故に、トップコートのみを塗るのだ。
穂鳥に爪の手入れをされながら、悠人は天を仰いだ。
「(……俺、なんでこんなところに居るんだろう。……なにやってんだよ、もう)」
絶望感がひしひしと。
胸にはPADを仕込み、更には女性用下着すら身に着け、腋や腕、足のムダ毛処理すらもしたと言うのだ。
浜風の強い会場で、こんなミニスカートがめくれてしまえば、其れこそいろいろと見られたら終わってしまうものが公開されて後悔する事必至である。
そう言った類の羞恥(周知)プレイだけは回避する所存。
もじもじと恥ずかしそうにスカートの裾を抑えながら、悠人は戦場へと飛び出していった。
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「……バナナオレは?」
「「「クール!」」」
ユウの掛け声と共に審査員とドラグレイで記念撮影。
と、言うのは名ばかりで、実質は敵の資料作成兼、病室で血涙を流しているであろう某友人へのお土産である。
なんだかんだと言いつつ、ユウは敵味方関係なくバナナオレを配布。
瞬く間に堕天使、ディアボロ、アリスがバナナオレ教の信者と化す。
「美味なのである」
「私の身体が真っ黄色に染まりました、常識的に考えて紳士です」
「……いつも紅茶ばかりだったけど、世界にはまだまだ美味しい飲み物があるのね」
そんな、和気藹々とした審査員陣であった。
「わふぅ、参加者の準備が出来たようなのですよ! 私もそろそろ準備に行ってくるですよ♪」
「……ん、いってらっしゃーい」
とは言え、既に現場は男の娘達の熱い戦場と化している。
審査員達は緩くても構わないが、敗北した場合約束されたデロが待っている参加者はそうもいかない。
背水の陣だ。
ドラグレイと入れ替わるように、悠人が会場入りした。
「二番、……浪風、悠人……です」
恥ずかしそうに赤面しながら名を告げる。
強風で捲れそうなスカートを必死に抑え、出来る限り清楚な印象を与えるように丁寧な喋りを心がける。
「……ほう、眼鏡っ娘であるか」
審査員4名が悠人の周りに集まり、ファッションチェックが始まった。
「浪風先輩は大丈夫そうですね。次、小田切先輩ですから頑張って……、と言わなくても大丈夫そうですね」
穂鳥は小田切ルビィ(
ja0841)の女装姿を見て溜息を吐いた。
「――勝ちに行かせて貰うぜ。お色気部門(?)は俺に任せな……!」
其れに呼応するように、ルビィも胸を張り自信を覗かせる。
妖艶。
まさに其の一言に尽きるであろうその姿は、濃紺の着物に紫と青緑のグラデーションが鮮やかな打掛の現代風花魁姿。
前結びにされた藍色の帯が男の嗜虐心をくすぐり、非現実へと誘う。
目元と唇に注力して施されたヴィジュアルメイクがより一層の幻想を纏わせ、蠱惑の笑みを印象付けさせる。
花魁結現代風アレンジに刺された胡蝶蘭の簪が凛と咲き、ルヴィそのものが彼の花の持つ意味を体現しているかのような艶姿。
細部に拘り、煙管、扇、紅い和傘と小物も用意し、一分の隙もありはしない。
「ちょっと失礼しますね、先輩」
ルビィの衣装のチェックを行いながら、大きく開かれた胸元や背中にはそっと視線を逸らす年頃乙女穂鳥。
「おっと、悪いね。どうしても後ろの方は手が回らないからな。牧野が着付け出来て助かるぜ」
そう言って穂鳥に微笑みかける。
「い、いえ……どうかお気をつけて」
強烈なまでの色香にたじたじにされる穂鳥であった。
「……三番、小田切ルヴィ、参ります」
くるくると和傘を回しながら、ルビィが入場する。
舞うようなどことなく雅な歩行で、ゆったりと中央に進み。
そうして、審査員席の方に足を投げ出すように座りながら、扇と煙管を取出し退廃的な色香を演出する。
哀しげな泡沫の微笑。
憐憫を誘う流し目に、審査員の1919号は雷で撃たれたかのような衝撃を受けた。
「これは辛抱堪りません、常識的に考えて紳士です」
掴みは上々だ。
我慢できないとばかりに、我先にとファッションチェックへとやってくる。
ルビィはここぞとばかりに着物の下、ガーターベルトに差したデジカメへと手を伸ばした。
「流石ですね、小田切先輩。あの様子だとお色気票は固そうです」
ぐっ、と穂鳥は拳を握りしめガッツポーズ。
やはり手間を掛けただけあって、評価されるのは嬉しいところなのかもしれない。
「さぁ、次は時駆さんですね。無駄かもしれませんが……、貞操は守ってくださいね?」
舞台裏に視線を戻せば、既に時駆 白兎(
jb0657)の準備が完了していた。
ふんわりとしたフリルに包まれた砂糖菓子のような妖精の姿が、其処には在った。
オフホワイトのゴスロリ風ドレスは膝上丈のミニ。
真っ白なストッキングに同色のガーターリングを重ね、絶対領域を作り出す。
服装だけではなく細部にも拘り、左手には白い手袋を。
右手には敢えて何もせず、白いマニキュアのみを爪に塗る程度。
足元は小さな白薔薇の装飾が取り付けられた白のハイヒール。
其れは、『白薔薇の妖精と白竜』と言う一つのテーマを基に選択された衣装だった。
「まぁ、金の為ですし、精々やれるだけ頑張りますよ。……万が一の場合は皆さんを犠牲にしてでも逃げますけどね」
えっ?
「なんでもないですよ」
あ、はい。
「それにしても、可愛らしいですね。素材が良いからでしょうか?」
最早敏腕男の娘コーディネーターと化した穂鳥、可愛らしい白兎の姿を愛でる。
「コスチュームプレイの写真でしたら、10枚5000久遠からですよ」
其れを軽く受けた上で、白兎、例の如く商売開始。
いったい、どんなに荒んだ少年時代だったというの。
黒いわ、この子!
「四番、時駆 白兎」
白い霧が舞台に満ちる。
其れをかき分けるように、白兎が召喚獣・エルナと共に現れた。
ストレートに伸ばされた銀の髪がふわりと揺れる。
右眼には、印象的に視線を引く白薔薇の眼帯。
薄化粧で素材本来の持つ魅力を充分に引き出したその姿は、愛らしい妖精そのもの。
右肩に乗った白竜のエルナが、そっと主の頬を舐めた。
其れに、微かに微笑みを返す。
「……童話の登場人物みたいです」
アリスが、ほう、と息を吐いた。
こちらも掴みは上々だ。
「いよいよトリですよ、ドラグレイ先輩」
「普段から女装してますし……是非とも優勝はしたいところですね♪」
ドラグレイは穂鳥の趣味げふんげふんもとい、提案により、魔法少女と化していた。
穂鳥補正により動く度にきわどい部分が見えるように調整された薄紫とオフホワイトのフリルたっぷり魔法少女服は、どこまでもあざとくお色気票と可愛い票狙い。
いつもの犬耳カチューシャに、さらに犬の尾に白い手袋を装着し、小物としてマジカルステッキも装備。
素朴な疑問なんですけど、犬の尻尾の装着方法はどうなってるんですかね?
え、企業秘密?
はい。
「いいですか? アピール時は可愛くターンです!」
穂鳥先生、熱血指導。
あれっ、一番力が入ってませんか?
「わかったのですよ♪ 可愛くターンするのです♪」
そしてその場でターンする。
穂鳥のハートがターンッ(銃声)された。
「五番、ドラグレイ・ミストダストなのです♪」
ちょこまかと子犬のように走りながら、ドラグレイが入場した。
くるくると服装をアピールしながら、中央でターン。
「リリカルマジカル〜♪ 一生懸命世界の平和を守るのですよ♪」
わんっ、わんっ、という鳴き声が聞こえてきそうな笑顔。
穂鳥が舞台袖でGJです、と言わんばかりにサムズアップした。
「ふむ、ケモナーが滾るであるか」
堕天使が唸る。
どうやら期待できそうだ。
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全ての審査が終わり、五人の男の娘達が舞台上に並ぶ。
追加審査員であるユウから、やっちーの点数がつけられた。
「完成度には文句なし。恥じらいが足りないのが残念。7点」
合計点数28点。
中々の高得点だ。
やっちーが当然です、と言わんばかりにドヤ顔になる。
続いて、悠人の点数が発表された。
堕天使9点、1919号7点、アリス8点。
既に24点の高評価。
ユウの評価ですべてが決する。
「7点。衣装選択はオーソドックス、だがそこがいい。そろそろ戻れない場所に踏み込んでるんじゃないかな」
合計31点。
あっさりとやっちーを打ち破った。
絶望のデロエンドを回避したのだ。
「「……ちっ」」
やっちーと1919号の舌打ちが漏れた。
だが、撃退士側は安堵の吐息だ。
が、悠人はがっくりと項垂れる。
勝ったのは嬉しい。
嬉しいのだが、素直に喜べない複雑な男の娘心である。
YOU(悠)、認めちまいなよ、楽になるぜ。
決着はついたが、優勝が決まるまで終わらないのがこのコンテスト。
続いてルビィの番だ。
「7点。異国情緒を感じたのである。しかし最早男の娘の領域を逸脱し、芸術の域であるな。『娘』というには、であるな」
1919号10点、アリス7点、ユウ8点。
合計32点。
1919号から最高の評価をもぎ取り、あっさりと悠をも抜く。
優勝狙いのルヴィは、してやったりの表情だ。
そうして、白兎の評価。
「9点。王道である。召喚獣との触れあいによる動はとてもよいのであるが、ただ、白一色なのが野暮ったく感じたのである。別色のアクセントが欲しかったであるな」
1919号7点、アリス8点。
「8点。意欲は他より低く見えるが、自分を貫く姿勢にクールを感じた。ヒリュウを絡めた演出は高評価」
なんとこちらも合計32点。
ルヴィと並ぶ高評価だ。
最下位が加速するやっちーは独り、床殴りを開始した。
それはさておき、ドラグレイである。
堕天使10点、1919号7点、アリス8点。
「7点。さすがは現在進行形男の娘。犬耳へのこだわりも◎。優勝を目指す理由が少し消極的かな」
ラヴィーエルから最高評価をもぎ取り、まさかの合計32点。
3人が一挙に並ぶ結果となった。
やっちーは拗ねて退場した。
しかし、これでは優勝が決まらない。
そう思われた時、神風が吹いた。
一歩前に出ていたドラグレイに風が吹き付ける。
ふわり、とスカートがめくり上がった。
「8点」
1919号の評価が1点あがった。
「……ふむ、優勝はドラグレイ嬢であるな」
かくして、決着はついた。
「約束通り人質と……副賞である」
ドラグレイに、堕天使から謎の封筒が渡された。
「中身は後でのお楽しみである。我輩、愉しかったのである。近いうち、また逢う事になるであろうな」
いえ、どちらかと言えばあまり会いたくはないです。
ドラグレイがインタビューを試みるが、堕天使は其れを辞し、ゲートへと帰っていった。
「……いったい、なんだったんだろうな、あいつら」
誰かのつぶやきが、夕闇に溶けて消えて行った。
尚、後日某クールが盗撮した男の娘写真をどうしたかは明記しない。