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マスター:小鳥遊美空
シナリオ形態:ショート
難易度:難しい
参加人数:6人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2012/11/15


みんなの思い出



オープニング



 何時頃からだろう?

 気が付いた時には世界の中心は私ではなく、弟になっていた。

 両親は私の事を可愛がり、欲しいとねだる物は何でも与えてくれた。

 自分でも甘やかされて育ってきたのだと、そう思う。

 あの頃は其れが当たり前で、恵まれていたなどと言う事には気がつきもしなかった。

 私は我慢と言う言葉も知らずに、当然の日々を享受して生きてきたのだ。

 そんな私の日常が狂い始めたのは、弟が産まれてきてから。

 病院で弟を見た時、猿みたい、そう口走った私を両親は叱った。

 初めての事で驚きもしたが、それ以上に悲しかった。

 私の知らない人達に変わってしまったようで。

 でも、本当の豹変は其れからだった。

 私の弟には病気があったのだ。

 其れも何万人に一人と言う天文学的な確率の難病が。

 内心、喜んだ。

 早く●ねばいいって。

 そうすれば私の大好きだった両親に戻ってくれると、そう信じていた。

 だけど現実は私の思い描いた世界よりも、ずっと残酷で。

 容赦ない事実を嫌と言う程、押し付ける。

 友人達は口を揃え、弟さん、早くよくなると良いね、と私よりも弟の肩を持つ。

 そんなのは友達じゃない。

 私を見てくれないのなら要らない。

 父は治療費を捻出する為に一日中家を空け、他人に頭を下げまくる。

 家に蓄えられていた貯蓄は徐々に尽き、アパートに引っ越す事になった。

 そんなのは父親じゃない。

 私を見てくれないのなら要らない。

 母は午前中パートに出て、午後からは弟に付っきり。

 料理や洗濯や掃除すらせず、お姉ちゃんなんだから、と私に押し付ける。

 そんなのは母親じゃない。

 私を見てくれないのなら要らない。

 どうして皆、私を見てくれないの?

 どうして弟ばかりに構うの?

 ねぇ、何故?


 ――ねぇ、寂しいよ。





「さぁ、選びなさい? 貴方達に選択の余地をあげる」

 そう言って少女の姿をしたモノは微笑った。

 長い銀糸の髪が柔らかな月の光を透き通らせ、幻想的な煌めきを放つ。

 心さえも凍てついてしまいそうな玲瓏たる満月の下、爛々と強い意思を宿す紅玉の瞳の色から、どうしても目が離せない。

 其の姿は、童話に登場する姫君の如き清艶さと気高さをもっていた。

 晩秋の夜の冷気が、一段と身に染みる。

 在る者にとっては希望に、在る者にとっては夢に、在る者にとっては悪夢に終焉を齎そうと言う。

 漆黒の翼を広げた銀髪緋眼の少女の姿をした絶望の権化が、其れを為そうと言うのだ。

 其処に慈悲は存在しない。

 どんなに懇願しようとも、どんなに慟哭しようとも、全てはこの悪魔の掌の上なのだ。

「あらあら、こんな簡単な事も選べないのかしら? 悩むまでもないのではなくて?」

 悪魔が悪戯っぽい笑みを浮かべながら、少女と少年に剣を向ける。

「お願いします、命だけは助けてやってください! 私達にとっては二人とも大切で、選ぶことなんて出来ない!」

 親が地に頭を叩きつけながら許しを乞う。

 其の姿はとても無様で、浅ましくて、滑稽で。

 無駄と知りつつも縋らずには居られないのだろう。

 だが、そう――、

「我儘な家畜共ね。それじゃあ天秤自体に代償を払って貰うしかないわね」

 そんな親達の葛藤は、この悪魔にとっては甘美なる喜劇でしかない。

 子供達に更なる苦痛を植え付けるべく、残酷な要求を親に突き付ける。

「どっちも選べないと言うなら、貴方達が死になさいな。そうすれば見逃してあげるわ。さぁ、どうするのかしら?」

 真っ先に少女が叫んだ。

「やめてよ、もう充分よ! ●すなら弟にして! そうすれば皆が幸せになるの! 元の生活に戻れるのよ!」

 追従するように少年も呟いた。

「お父さん、お母さん、お姉ちゃん、今まで皆、ありがとう。……ボクを殺してください。ボクはもう長くないから、だから、大好きな皆の為に死にたいです」

 そのどちらも素直な想いだ。

 一緒に暮らしてきた家族だからこそ解る。

 姉の孤独も、弟の負い目も。

 だからこそ、親には居た堪れないものがある。

 結局は其のどちらにも応えてやる事は出来ないのだから。

 ただの我儘になってしまうかもしれない。

 其れでも生きていて欲しい。

 今は無理でも、いつか笑い合って。

「本当にごめんな。……私達を●してください。だから、どうか子供達に未来を返してやってください」

 親達の言葉が、子供達の心に重く、鈍く残響する。

 其れは現在を否定した在りもしない未来への拒絶。

 押し付けられた枷が、心に圧し掛かる。

 許されざる非現実的な仮定に。

「そろそろいいかしらね。貴女達の表情、今、とても素敵な色に染まってましてよ?」

 絶望に歪む子供達に、白銀の剣をかざし悪魔は微笑んだ。

「何故ですか! 私達を殺して下さい、そう選んだはずです!」

 両親の悲痛な叫びが木霊する。

 しかし、悪魔を信用してはいけない。

 人と悪魔とでは、所詮違う生き物なのだから。

「ええ、子供達は死ぬわ。だけど生まれ変わるのよ。わたくしの玩具としてね。光栄な事よ、喜びなさい」

 子供達の胸に十字の傷が刻まれていく。

「お願い、止めて! だったらどうして選ばせたりなんて! 最初から答えが決まっていたと言うなら!」

 変貌しつつある少女と少年を満足げに見守りながら、銀髪緋眼の悪魔ギネヴィアは答えた。

「絶望に染まる瞳ほど、わたくしの心を掴んで離さないものはありませんわ。どんな宝石よりも、よ。この子達なら、わたくしのアンリエッタを超える事が出来るかしら?」

 そうして、子供達は物言わぬ人形と化した。

 生きていた時と何ら変わらぬその姿からは、生気こそ感じないものの、精巧なビスクドールと言っても過言では無い程に名状し難い気品のようなものが感じられる。

 ギネヴィアは、其れに相応しいと思われるドレスを着せてやると少女の髪にエリカの髪飾りを、少年の髪に桔梗の髪飾りを添えてやった。

「貴女達への手向けは『エリカ』と『桔梗』ね。良い出来だわ。さぁ、壊し合いなさい? 最後まで立っていた方をわたくしのコレクションに加えてあげる」

 人形の瞳の色を覗きこみながら感嘆の吐息を吐くと、悪魔は立ち上がり、二体で戦い合う事を命じた。

「ああ、そうだわ、わたくしとした事が忘れていましたわ。貴女達、そこの家畜共の望みよ、始末しておきなさいな」

 人形達がカタカタと動き出す。

 その手に握られしは、白銀の槍と杖。

「……其れでも私達はお前達を愛してる」

 白銀の得物を緋色に染め、人形達は終わる事無き闘争を開始する。

 当てもなく、意思もなく。

 その様を、悪魔だけが見守っていた。





「『選択の魔女』と呼ばれる悪魔が居てね。ギネヴィアって言うんだけどさ」

 集まった撃退士を前に、はぐれ悪魔クローディアが状況を説明する。

 芦屋ゲートの近隣の都市の住宅街で、ディアボロ同士による戦闘が確認された。

 その傍らには悪魔とみられる銀髪緋眼の少女の姿が確認できたと言う。

 ラインの乙女との関連も疑われる為、芦屋ゲート外郭に残存する学園の撃退士戦力に討伐と調査の依頼が回ってきたと言う訳だ。

「彼女はボクと同じ、余興好きな悪魔でね。遊びの形式に拘る所は共感がもてるよね」

 しかしギネヴィアは悪魔の階級でいう所の『準男爵』の爵位を持つ貴族だと言う。

 其の能力を侮る事は決して出来ない。

「彼女のエスコートはボクがするよ。君達には荷が重いだろ? ディアボロの殲滅をよろしく頼むよ」


リプレイ本文


「隣、いいかい?」
 相手の返答を待たず、はぐれ悪魔クローディアは椅子へと腰掛ける。
 眼下で繰り広げられる人形劇を鑑賞するにあたって、一番の特等席である其処へ。
「あら、久しぶりですわね。それで、裏切り者が何の用ですの? わたくし、貴女のお相手をしている暇はありませんわよ?」
 そう言いつつも銀髪緋眼の悪魔ギネヴィアは、愛用の剣を取り出すと威嚇程度に見せつける。
 どうしてもと言うなら相手になる、そういった無言の圧力を発しながら。
「おっと、ボクは君の素晴らしい作品を観に来ただけだよ。それと、あれの引率、かな?」
 クローディアは両腕を上げて戦意の無い旨をアピールした後、家屋の影に隠れて様子を窺がっている撃退士達を指し示した。
 ギネヴィアの表情が曇る。
「……厭らしいですわね。わたくしのモノに、汚い手で触れるつもりかしら」
 剣を手に、ギネヴィアが立ち上がる。
 其れをクローディアが手で制しながら着席を促した。
「おっと、待って欲しいな。君、アンリエッタの姉妹作りにご執心なんだろう?」
 含みのある笑みを見せながら、問いかける。
「それとあれと、どう関係あるのかしら?」
 ギネヴィアは明らかに不機嫌だ。
「アンリエッタの姉妹に連ねるなら、美しさと強さ、その双方を兼ね揃えていなければいけない。違うかい?」
「勿論ですわ、わたくしが求めているのは至高のお人形ですもの」
 その言葉を聞いて、クローディアの表情が意地悪く歪んだ。
「だったら、まさか君の完璧なお人形が家畜如きに敗れるわけないよね? あれに負けるようじゃ完璧には程遠い。違うかい?」
 気位の高いギネヴィアは、製造したディアボロの、特に気に入った個体に関しては並々ならぬ執着を持つ。
 自身が思い描く完全無欠の乙女を求めているからだ。
 故に、ギネヴィアにとって自分の作品の欠陥は見逃せない汚点である。
 其処をクローディアはついたのだ。
「……安っぽい挑発ですわね。いいですわ、受けて立ちますわ」
 果たして、目論見通りギネヴィアは椅子に腰かけると、その時を待った。
 自身の作品が、至高であると証明される其の瞬間を。

「……あまり眺めていたい光景ではないな」
 そう言いながらも、鳳 静矢(ja3856)の視線は、屠り合う二体のディアボロから離れる事はない。
 その一挙一動、些細な変化すらも見逃すまいと目に焼き付け、感じたことを呟いていく。
 辛い戦いだからこそ、目を沿背けずに全てを拾い上げ、終わりへと導いてやる。
 静夫は勝つ為に、冷静であろうとした。
 しかし、全員が全員、そうと言う訳ではない。
「子供達に親を殺させ、今度は兄弟で……? あの悪魔はどこまで人を、命を弄べば……!」
 過去、二度に渡りギネヴィア自身、或いはその惨劇の軌跡と対峙したファティナ・V・アイゼンブルク(ja0454)は怒りに震える声で感情を吐き出した。
 貴族としての矜持、撃退士としての信条、過去から現在に至るまでに得た絆や記憶。
 それら自己を構成する全てが、現在、此処で起きている事象に対して拒絶を示す。
 今すぐ、どんな手段を用いてでも止めてやりたい。
 そう、心が逸る。
「気持ちは解るが、万全を期す為に我慢だ」
 ファティナを気遣いながら、静夫が穏やかに宥める。
「そうですね、今は……耐える時です」
 久遠 冴弥(jb0754)も静夫を支持し、兄の友人であるファティナに声をかける。
「(余興……、人の命を使って、ですか。しかも姉弟同士を争わせるとは)」
 ファティナにそうは言ったものの、冴弥は出発前にクローディアから聞いた彼女達家族の噂が耳から離れない。
 弟の境遇が、僅かながらも自分の其れと重なるから。
 自分の兄と、あの姉は違う。
 だが、本当に自分の兄が冴弥の事を、ほんの一時たりと疎まなかった事があるのだろうか?
 あの姉が抱いたような憎悪を、苦しみを、背負っていた、或いは現在も抱えているのではないだろうか?
 そう考えると、一刻も早く止めてやりたい想いに駆られてしまう。
 どうしようもない歯痒さを感じながら、生死を賭けた姉弟喧嘩の行く末を見守る。
「(……死んだ両親の目の前で、姉弟が殺し合う)」
 姉の突く槍が、弟の腕を抉る。
 弟の放った魔法が、姉の肌を焼いた。
「(……違うわ。家族っていうのは、こんな形じゃない筈)」
 其れは、ある種、霧原 沙希(ja3448)の願望。
 過去より来たる歪な愛の象徴。
 ギシギシと、心が軋む。
 報われる事の無かった自身の其れが、時を超え、再び鎌首をもたげ沙希を見ている。
 悲鳴を上げるように、一切合切を否定する。
 ぞわり、と沙希の身体から無尽光が沸き上がった。
 もう、見たくなんてない。
 今すぐ飛び出して破壊し尽くしたい。
 そんな沙希の想いを代弁するかのように、Caldiana Randgrith(ja1544)が急かした。
「まぁ、戦力分析が必要ってのはわかるが……。短めに頼むぜ? 私は我慢が利くタイプじゃねぇんだ」
 銃を手に、いつでも行けるとアピールする。
 確かに、頃合いだろう。
「……そうだな。いい加減、悪趣味に付き合うのもうんざりだぜ。行こうか、終わらせに、な」
 小田切ルビィ(ja0841)が愛用の刀――鬼切の鯉口を切り、開戦を告げた。
 其れを合図に、雄叫びを上げた沙希が真っ先に飛び出していった。


「派手な喧嘩してやがるぜ! こいつぁ、混ざるしかねぇだろ?」
 沙希の突撃を援護すべく、キャルディアナの銃が火を噴いた。
 目標は少年人形・弟の間接や脇腹などの部位破壊。
 速射によって放たれた銃弾が、見事に脇腹を貫いた。
 少年の華奢な身体が悲鳴を上げる。
「……嫌。もう、見たくない」
 沙希の身体から溢れ零れた黒い液体が、武器に纏わりつき、破滅的な一撃を少年に叩き込む。
 瞬間、沙希の口から苦痛の声が漏れた。
 彼女の技の発動には痛みが伴うのだ。
「(……全身が痛むけど、それ以上に、心臓が、心が、軋む様に痛い)」
 少年の呻きも、自分の痛みも、全部、全部、全部無視して全力を出し尽くす。
 終われ、終われ、終われ、と迅速な終焉を目指し、望み。
「直ぐに楽にしてあげますから……」
 想いを同じくするファティナの召喚した無数の腕が、少年の身体に纏わりつき、その場に留めさせる。
 時間をかけさせない。
「――桔梗とエリカの花言葉は『変わらぬ愛』と『孤独』。それがお前達を象徴する物って事か……」
 ケイオスドレスを纏ったルビィの、出逢い頭の封砲。
 黒光を煌めかせた衝撃波が、少年の身体を焦がす。
 其れでも生き足掻こうと、少年は回復魔法を使用し、自身の傷を癒した。
 様子見の時には見られなかった行動だ。
「はっ、持久戦って事かよ? 上等じゃねぇか!」
 キャルディアナの深緑の瞳が、爛々と輝く。
 其の髪色と同じ金の焔が、ゆらゆらと燃えた。

「……いこう、天叢雲」
 召喚したストレイシオンの蒼白い鱗に覆われた首筋を撫で、冴弥は少女人形・姉の前に立ち塞がった。
 天叢雲の特性で、味方の撃退士達に防御効果が付与される。
「その服装では動きにくかろうな」
 同じく、少女の足止め役を担った静夫が目にも止まらぬ速さで駆け、避ける事を許さぬ高速の一撃を居合抜く。
 キィン、と金属と金属がぶつかり合う音。
 後手に回った少女は回避する事を諦め、武器で受ける事を選択した。
 僅かの力比べの後、勝った静夫の剣が少女を裂く。
 しかし、威力を削がれた其れは、浅い。
 返す刃が静夫に突き刺さり、体力を奪う。
 今し方つけられたばかりの傷が、瞬時に回復した。
「(やはり、ドレインか)」
 舌打ちし、距離を取る。
 援護とばかりに、冴弥の雷撃が戦場を貫いた。
 少女に命中。
 麻痺の効果が発動したのか、それ以上の追撃は無い。
「助かるな、ありがとう」
「いえ」
 感謝の意にそっけなく返答し、少女に向き直る。
 今、必要なのは他の仲間が少年を討つまで、足止めし続ける事だ。
 二人は頷きあうと、方やサイドを取るべく、片や真正面から迎え撃つべく行動に移った。

 キャルディアナの銃声。
 直後、沙希の咆哮が木霊する。
 痛みを振りかざし、振り下ろし。
 少年が息絶えるまで、拳を休めようとはしない。
 強烈な攻撃によって、少年の服と体はボロボロだ。
 其処に剣を手にしたファティナも加わり、杖を持つ手を攻撃する。
 カウンターで撃たれた魔法がファティナを焼いたが、構わない。
 そのまま、一気に切り落とす。
 ぽろり、と呆気ない程に右腕が堕ちた。
「……冥魔にも心は残る筈。何か言い遺したい事はあるか……?」
 哀れな少年にルビィが声をかけたが、しかし返答はない。
 ただ、虚ろなその顔が、無機質な瞳が何かを訴えるのみだ。
 喋れないのだろう。
 其処から何かを感じ取ったルビィが、
「――せめて、苦しまずに逝け。……仇は俺達が取ってやる……」
 トドメとばかりに、少年の心臓があると思わしき場所を、貫いた。
 蒼い炎が少年の身体を包み込み、灰へと帰していく。
 少年の瞳は、燃え尽きるその最後の時まで、撃退士達をじっと見ていた。


「さて、楽しい喧嘩も終いだな。Lebewohl Puppe」
 少年人形を討ち取った撃退士達が少女人形討伐に加わり、包囲する。
 先手をとったキャルディアナのストライクショットが少女の注意を逸らし、その隙を吐いた沙希の攻撃が脇腹に突き刺さる。
「遅れました、大丈夫でしたか?」
 ファティナが静夫と冴弥の身を案じながら参戦し、マジックスクリューを撃つが、少年の置き土産の『温度障害』が思いのほか利いて、少女に当たりはしなかった。
 返礼とばかりに、少女の槍が沙希を突き、体力を奪った。
 ちまちまとやっていては埒が明かない。
 火力を集中させ、一気に堕とす必要がある。
「さぁ、終わりにしようか……!」
 其れが解る静夫は、滅光の力を以て少女に斬りかかる。
 魔を屠る光の刃の強力な一撃が炸裂した。
 ルビィも続いて、封砲を撃つ。
 其の隙に、冴弥は布都御魂を召喚し直し、武器を双剣に持ち替えた。

「どうやらとんだ失敗作だったみたいだね、ギネヴィア?」
「……そのようですわね」
 決着がつきつつある戦場に、冷たい一瞥を投げかけながらギネヴィアは呟いた。
 直視に堪えない。
 本来であれば撃退士が参戦してきたと同時に、彼らの排除に向かったのだろうが――、
「(クローディアも相手では、わたくしも無傷と言う訳にはいきませんわ)」
 ただ、悔しげに自身の人形の醜態に、唇を噛む。
 一度は姉妹に加えるに相応しい、そう判断したからこそ、尚の事。
 そうして、決着の時は来た。

「……安らかに、眠りな」
 少女の槍が、ルヴィを貫く。
 だが、それよりも早く、ルビィの刀が少女の胸を貫いていた。
 蒼い炎が噴き上がり、少女を灰へと帰していく。
 戦いは幕を下ろしたのだ。
 否、
「神器の件以来ですね。まだあちらとばかり思っていましたが……、この時期にここに来た目的はなんですか、ギネヴィア! まさか、悪趣味を披露する為にここに来ている訳ではないのでしょう?」
 むしろここからが本戦だ、と言わんばかりの勢いでファティナが吼えた。
 触発され、他の仲間達も口を開く。
「――高見の見物たぁ、良い御身分だな? ……この借りは高く付くぜ?」
 嫌悪感と怒りを感じていたルヴィが啖呵を切り、
「気にいらねぇ……選択させた後は放り投げかよ。優雅にお茶なんぞ啜って良いご身分だなぁ、おい」
 キャルディアナもそれに続く。
「選択の魔女……貴様の選択に絶望を回避する選択肢はあるのか?」
 静夫の問いが重ねられた。
 沙希と冴弥は、仲間達の様子を静かに見守る。
 万が一戦闘になるならば撤退するにせよ、応戦するにせよ、援護しなければ、と。
 しかし、その場に居る撃退士達が感じたのは、一様にクローディアに対する不信感であった。
 ギネヴィアの相手をする、と言った彼女が、戦わずに一緒になってお茶を飲み、戦闘を鑑賞していた。
 敵と談笑していたのだ。
 戦場での不信は、命の危険に直結する。
 誰も口には出さないが、最悪のケースは想定して然るべきだ、と。
「はぁ……、口の利き方のなってない家畜ですわね? 死にたいんですの?」
 ギネヴィアが肩をすくめ立ち上がる。
 無礼許すまじ、と剣に手をかけた、が、
「やれやれだね。だけど『準男爵』様にしては、ちょっと気が短いんじゃないかな? 下賤の者の戯言くらい、聞き流す程度の寛容さがあってもいいと思うけどね?」
 クローディアが手で制し、其れを止めた。
「あとでボクからきつくお灸をすえておくからさ。此処はボクの顔に免じて矛を収めて欲しいな」
 忌々しげに顔を歪めた後、ギネヴィアは剣から手を放し、渋々引き下がった。
 口ではこのはぐれ悪魔に敵わない、そう感じたのだろう。
「まぁ、いいですわ。家畜共に慈悲をくれて差し上げますわ。元々、わたくし神器なんて物に興味はありませんの。あれは『家』を用意させる為に、義理で赴いただけですわ」
 其れを誤魔化すかのように、撃退士達の質問に答えていく。
「わたくしと、アンリエッタ、そして姉妹たちが住むに相応しい『家』、海の見える素敵な洋館。其れが、『神戸』にあるんですのよ」
 それはつまり、神戸の地を支配する悪魔アルトゥールの指揮下に入る、と同義である。
「絶望を回避する選択肢? 前提を間違えてましてよ。彼女達は皆、わたくしのものになる為に生まれ変わるのですわ。始まりは絶望でも、終わりは幸福ですわよ」
 自分のものになるのは、光栄な事なのだ、とギネヴィアは言う。
 結局のところ、彼女に目を付けられた時点で回避する事など、叶わないのだ。
「……そういえば、花の髪飾り、貴女が付けているのです? 何故?」
 ファティナが更に質問を重ねた。
「生まれ変わる前の名など、穢れきっていますわ。わたくしのものになったからには、其れに相応しい名をつけませんと。でも、過去を否定するのも無粋ですわ。だから、彼女達に相応しい花の名を送るんですのよ」
 其処まで答えると、ギネヴィアは身を翻した。
 もう話す事はないだろう、と言わんばかりに。
「さて、御機嫌よう、家畜共。今日は失敗作の処分、ご苦労様でしたわ。機会があれば、わたくしの最高傑作を見せてさしあげますわ。ですけど、わたくし、忙しいんですの。これで失礼しますわ」
 そうして、彼女は去っていった。
 その後ろ姿を、撃退士達が悔しげに見送った。

 姉弟達の灰は集められ、両親と共に埋葬された。
 沙希は事件後、近所の住民に彼女達家族の真実を尋ねて回った結果、両親の愛が確かに存在していた事を知った。
 ほんの些細なずれが、彼女達を苦しめていただけなのだ。
 もっと会話する時間さえあれば、誤解を解消し、解り合える事ができたのだろう。
 その事実に、仄かに嫉妬する。
 そして、自己嫌悪。
 今はただ、彼女達の冥福を祈ろう。
 彼女達が、死後、和解できるように。


依頼結果

依頼成功度:普通
MVP: アネモネを映す瞳・霧原 沙希(ja3448)
 撃退士・鳳 静矢(ja3856)
重体: −
面白かった!:12人

Silver fairy・
ファティナ・V・アイゼンブルク(ja0454)

卒業 女 ダアト
戦場ジャーナリスト・
小田切ルビィ(ja0841)

卒業 男 ルインズブレイド
笑みを流血に飾りて・
Caldiana Randgrith(ja1544)

大学部5年22組 女 インフィルトレイター
アネモネを映す瞳・
霧原 沙希(ja3448)

大学部3年57組 女 阿修羅
撃退士・
鳳 静矢(ja3856)

卒業 男 ルインズブレイド
凍魔竜公の寵を受けし者・
久遠 冴弥(jb0754)

大学部3年15組 女 バハムートテイマー