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「隣、いいかい?」
相手の返答を待たず、はぐれ悪魔クローディアは椅子へと腰掛ける。
眼下で繰り広げられる人形劇を鑑賞するにあたって、一番の特等席である其処へ。
「あら、久しぶりですわね。それで、裏切り者が何の用ですの? わたくし、貴女のお相手をしている暇はありませんわよ?」
そう言いつつも銀髪緋眼の悪魔ギネヴィアは、愛用の剣を取り出すと威嚇程度に見せつける。
どうしてもと言うなら相手になる、そういった無言の圧力を発しながら。
「おっと、ボクは君の素晴らしい作品を観に来ただけだよ。それと、あれの引率、かな?」
クローディアは両腕を上げて戦意の無い旨をアピールした後、家屋の影に隠れて様子を窺がっている撃退士達を指し示した。
ギネヴィアの表情が曇る。
「……厭らしいですわね。わたくしのモノに、汚い手で触れるつもりかしら」
剣を手に、ギネヴィアが立ち上がる。
其れをクローディアが手で制しながら着席を促した。
「おっと、待って欲しいな。君、アンリエッタの姉妹作りにご執心なんだろう?」
含みのある笑みを見せながら、問いかける。
「それとあれと、どう関係あるのかしら?」
ギネヴィアは明らかに不機嫌だ。
「アンリエッタの姉妹に連ねるなら、美しさと強さ、その双方を兼ね揃えていなければいけない。違うかい?」
「勿論ですわ、わたくしが求めているのは至高のお人形ですもの」
その言葉を聞いて、クローディアの表情が意地悪く歪んだ。
「だったら、まさか君の完璧なお人形が家畜如きに敗れるわけないよね? あれに負けるようじゃ完璧には程遠い。違うかい?」
気位の高いギネヴィアは、製造したディアボロの、特に気に入った個体に関しては並々ならぬ執着を持つ。
自身が思い描く完全無欠の乙女を求めているからだ。
故に、ギネヴィアにとって自分の作品の欠陥は見逃せない汚点である。
其処をクローディアはついたのだ。
「……安っぽい挑発ですわね。いいですわ、受けて立ちますわ」
果たして、目論見通りギネヴィアは椅子に腰かけると、その時を待った。
自身の作品が、至高であると証明される其の瞬間を。
「……あまり眺めていたい光景ではないな」
そう言いながらも、鳳 静矢(
ja3856)の視線は、屠り合う二体のディアボロから離れる事はない。
その一挙一動、些細な変化すらも見逃すまいと目に焼き付け、感じたことを呟いていく。
辛い戦いだからこそ、目を沿背けずに全てを拾い上げ、終わりへと導いてやる。
静夫は勝つ為に、冷静であろうとした。
しかし、全員が全員、そうと言う訳ではない。
「子供達に親を殺させ、今度は兄弟で……? あの悪魔はどこまで人を、命を弄べば……!」
過去、二度に渡りギネヴィア自身、或いはその惨劇の軌跡と対峙したファティナ・V・アイゼンブルク(
ja0454)は怒りに震える声で感情を吐き出した。
貴族としての矜持、撃退士としての信条、過去から現在に至るまでに得た絆や記憶。
それら自己を構成する全てが、現在、此処で起きている事象に対して拒絶を示す。
今すぐ、どんな手段を用いてでも止めてやりたい。
そう、心が逸る。
「気持ちは解るが、万全を期す為に我慢だ」
ファティナを気遣いながら、静夫が穏やかに宥める。
「そうですね、今は……耐える時です」
久遠 冴弥(
jb0754)も静夫を支持し、兄の友人であるファティナに声をかける。
「(余興……、人の命を使って、ですか。しかも姉弟同士を争わせるとは)」
ファティナにそうは言ったものの、冴弥は出発前にクローディアから聞いた彼女達家族の噂が耳から離れない。
弟の境遇が、僅かながらも自分の其れと重なるから。
自分の兄と、あの姉は違う。
だが、本当に自分の兄が冴弥の事を、ほんの一時たりと疎まなかった事があるのだろうか?
あの姉が抱いたような憎悪を、苦しみを、背負っていた、或いは現在も抱えているのではないだろうか?
そう考えると、一刻も早く止めてやりたい想いに駆られてしまう。
どうしようもない歯痒さを感じながら、生死を賭けた姉弟喧嘩の行く末を見守る。
「(……死んだ両親の目の前で、姉弟が殺し合う)」
姉の突く槍が、弟の腕を抉る。
弟の放った魔法が、姉の肌を焼いた。
「(……違うわ。家族っていうのは、こんな形じゃない筈)」
其れは、ある種、霧原 沙希(
ja3448)の願望。
過去より来たる歪な愛の象徴。
ギシギシと、心が軋む。
報われる事の無かった自身の其れが、時を超え、再び鎌首をもたげ沙希を見ている。
悲鳴を上げるように、一切合切を否定する。
ぞわり、と沙希の身体から無尽光が沸き上がった。
もう、見たくなんてない。
今すぐ飛び出して破壊し尽くしたい。
そんな沙希の想いを代弁するかのように、Caldiana Randgrith(
ja1544)が急かした。
「まぁ、戦力分析が必要ってのはわかるが……。短めに頼むぜ? 私は我慢が利くタイプじゃねぇんだ」
銃を手に、いつでも行けるとアピールする。
確かに、頃合いだろう。
「……そうだな。いい加減、悪趣味に付き合うのもうんざりだぜ。行こうか、終わらせに、な」
小田切ルビィ(
ja0841)が愛用の刀――鬼切の鯉口を切り、開戦を告げた。
其れを合図に、雄叫びを上げた沙希が真っ先に飛び出していった。
●
「派手な喧嘩してやがるぜ! こいつぁ、混ざるしかねぇだろ?」
沙希の突撃を援護すべく、キャルディアナの銃が火を噴いた。
目標は少年人形・弟の間接や脇腹などの部位破壊。
速射によって放たれた銃弾が、見事に脇腹を貫いた。
少年の華奢な身体が悲鳴を上げる。
「……嫌。もう、見たくない」
沙希の身体から溢れ零れた黒い液体が、武器に纏わりつき、破滅的な一撃を少年に叩き込む。
瞬間、沙希の口から苦痛の声が漏れた。
彼女の技の発動には痛みが伴うのだ。
「(……全身が痛むけど、それ以上に、心臓が、心が、軋む様に痛い)」
少年の呻きも、自分の痛みも、全部、全部、全部無視して全力を出し尽くす。
終われ、終われ、終われ、と迅速な終焉を目指し、望み。
「直ぐに楽にしてあげますから……」
想いを同じくするファティナの召喚した無数の腕が、少年の身体に纏わりつき、その場に留めさせる。
時間をかけさせない。
「――桔梗とエリカの花言葉は『変わらぬ愛』と『孤独』。それがお前達を象徴する物って事か……」
ケイオスドレスを纏ったルビィの、出逢い頭の封砲。
黒光を煌めかせた衝撃波が、少年の身体を焦がす。
其れでも生き足掻こうと、少年は回復魔法を使用し、自身の傷を癒した。
様子見の時には見られなかった行動だ。
「はっ、持久戦って事かよ? 上等じゃねぇか!」
キャルディアナの深緑の瞳が、爛々と輝く。
其の髪色と同じ金の焔が、ゆらゆらと燃えた。
「……いこう、天叢雲」
召喚したストレイシオンの蒼白い鱗に覆われた首筋を撫で、冴弥は少女人形・姉の前に立ち塞がった。
天叢雲の特性で、味方の撃退士達に防御効果が付与される。
「その服装では動きにくかろうな」
同じく、少女の足止め役を担った静夫が目にも止まらぬ速さで駆け、避ける事を許さぬ高速の一撃を居合抜く。
キィン、と金属と金属がぶつかり合う音。
後手に回った少女は回避する事を諦め、武器で受ける事を選択した。
僅かの力比べの後、勝った静夫の剣が少女を裂く。
しかし、威力を削がれた其れは、浅い。
返す刃が静夫に突き刺さり、体力を奪う。
今し方つけられたばかりの傷が、瞬時に回復した。
「(やはり、ドレインか)」
舌打ちし、距離を取る。
援護とばかりに、冴弥の雷撃が戦場を貫いた。
少女に命中。
麻痺の効果が発動したのか、それ以上の追撃は無い。
「助かるな、ありがとう」
「いえ」
感謝の意にそっけなく返答し、少女に向き直る。
今、必要なのは他の仲間が少年を討つまで、足止めし続ける事だ。
二人は頷きあうと、方やサイドを取るべく、片や真正面から迎え撃つべく行動に移った。
キャルディアナの銃声。
直後、沙希の咆哮が木霊する。
痛みを振りかざし、振り下ろし。
少年が息絶えるまで、拳を休めようとはしない。
強烈な攻撃によって、少年の服と体はボロボロだ。
其処に剣を手にしたファティナも加わり、杖を持つ手を攻撃する。
カウンターで撃たれた魔法がファティナを焼いたが、構わない。
そのまま、一気に切り落とす。
ぽろり、と呆気ない程に右腕が堕ちた。
「……冥魔にも心は残る筈。何か言い遺したい事はあるか……?」
哀れな少年にルビィが声をかけたが、しかし返答はない。
ただ、虚ろなその顔が、無機質な瞳が何かを訴えるのみだ。
喋れないのだろう。
其処から何かを感じ取ったルビィが、
「――せめて、苦しまずに逝け。……仇は俺達が取ってやる……」
トドメとばかりに、少年の心臓があると思わしき場所を、貫いた。
蒼い炎が少年の身体を包み込み、灰へと帰していく。
少年の瞳は、燃え尽きるその最後の時まで、撃退士達をじっと見ていた。
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「さて、楽しい喧嘩も終いだな。Lebewohl Puppe」
少年人形を討ち取った撃退士達が少女人形討伐に加わり、包囲する。
先手をとったキャルディアナのストライクショットが少女の注意を逸らし、その隙を吐いた沙希の攻撃が脇腹に突き刺さる。
「遅れました、大丈夫でしたか?」
ファティナが静夫と冴弥の身を案じながら参戦し、マジックスクリューを撃つが、少年の置き土産の『温度障害』が思いのほか利いて、少女に当たりはしなかった。
返礼とばかりに、少女の槍が沙希を突き、体力を奪った。
ちまちまとやっていては埒が明かない。
火力を集中させ、一気に堕とす必要がある。
「さぁ、終わりにしようか……!」
其れが解る静夫は、滅光の力を以て少女に斬りかかる。
魔を屠る光の刃の強力な一撃が炸裂した。
ルビィも続いて、封砲を撃つ。
其の隙に、冴弥は布都御魂を召喚し直し、武器を双剣に持ち替えた。
「どうやらとんだ失敗作だったみたいだね、ギネヴィア?」
「……そのようですわね」
決着がつきつつある戦場に、冷たい一瞥を投げかけながらギネヴィアは呟いた。
直視に堪えない。
本来であれば撃退士が参戦してきたと同時に、彼らの排除に向かったのだろうが――、
「(クローディアも相手では、わたくしも無傷と言う訳にはいきませんわ)」
ただ、悔しげに自身の人形の醜態に、唇を噛む。
一度は姉妹に加えるに相応しい、そう判断したからこそ、尚の事。
そうして、決着の時は来た。
「……安らかに、眠りな」
少女の槍が、ルヴィを貫く。
だが、それよりも早く、ルビィの刀が少女の胸を貫いていた。
蒼い炎が噴き上がり、少女を灰へと帰していく。
戦いは幕を下ろしたのだ。
否、
「神器の件以来ですね。まだあちらとばかり思っていましたが……、この時期にここに来た目的はなんですか、ギネヴィア! まさか、悪趣味を披露する為にここに来ている訳ではないのでしょう?」
むしろここからが本戦だ、と言わんばかりの勢いでファティナが吼えた。
触発され、他の仲間達も口を開く。
「――高見の見物たぁ、良い御身分だな? ……この借りは高く付くぜ?」
嫌悪感と怒りを感じていたルヴィが啖呵を切り、
「気にいらねぇ……選択させた後は放り投げかよ。優雅にお茶なんぞ啜って良いご身分だなぁ、おい」
キャルディアナもそれに続く。
「選択の魔女……貴様の選択に絶望を回避する選択肢はあるのか?」
静夫の問いが重ねられた。
沙希と冴弥は、仲間達の様子を静かに見守る。
万が一戦闘になるならば撤退するにせよ、応戦するにせよ、援護しなければ、と。
しかし、その場に居る撃退士達が感じたのは、一様にクローディアに対する不信感であった。
ギネヴィアの相手をする、と言った彼女が、戦わずに一緒になってお茶を飲み、戦闘を鑑賞していた。
敵と談笑していたのだ。
戦場での不信は、命の危険に直結する。
誰も口には出さないが、最悪のケースは想定して然るべきだ、と。
「はぁ……、口の利き方のなってない家畜ですわね? 死にたいんですの?」
ギネヴィアが肩をすくめ立ち上がる。
無礼許すまじ、と剣に手をかけた、が、
「やれやれだね。だけど『準男爵』様にしては、ちょっと気が短いんじゃないかな? 下賤の者の戯言くらい、聞き流す程度の寛容さがあってもいいと思うけどね?」
クローディアが手で制し、其れを止めた。
「あとでボクからきつくお灸をすえておくからさ。此処はボクの顔に免じて矛を収めて欲しいな」
忌々しげに顔を歪めた後、ギネヴィアは剣から手を放し、渋々引き下がった。
口ではこのはぐれ悪魔に敵わない、そう感じたのだろう。
「まぁ、いいですわ。家畜共に慈悲をくれて差し上げますわ。元々、わたくし神器なんて物に興味はありませんの。あれは『家』を用意させる為に、義理で赴いただけですわ」
其れを誤魔化すかのように、撃退士達の質問に答えていく。
「わたくしと、アンリエッタ、そして姉妹たちが住むに相応しい『家』、海の見える素敵な洋館。其れが、『神戸』にあるんですのよ」
それはつまり、神戸の地を支配する悪魔アルトゥールの指揮下に入る、と同義である。
「絶望を回避する選択肢? 前提を間違えてましてよ。彼女達は皆、わたくしのものになる為に生まれ変わるのですわ。始まりは絶望でも、終わりは幸福ですわよ」
自分のものになるのは、光栄な事なのだ、とギネヴィアは言う。
結局のところ、彼女に目を付けられた時点で回避する事など、叶わないのだ。
「……そういえば、花の髪飾り、貴女が付けているのです? 何故?」
ファティナが更に質問を重ねた。
「生まれ変わる前の名など、穢れきっていますわ。わたくしのものになったからには、其れに相応しい名をつけませんと。でも、過去を否定するのも無粋ですわ。だから、彼女達に相応しい花の名を送るんですのよ」
其処まで答えると、ギネヴィアは身を翻した。
もう話す事はないだろう、と言わんばかりに。
「さて、御機嫌よう、家畜共。今日は失敗作の処分、ご苦労様でしたわ。機会があれば、わたくしの最高傑作を見せてさしあげますわ。ですけど、わたくし、忙しいんですの。これで失礼しますわ」
そうして、彼女は去っていった。
その後ろ姿を、撃退士達が悔しげに見送った。
姉弟達の灰は集められ、両親と共に埋葬された。
沙希は事件後、近所の住民に彼女達家族の真実を尋ねて回った結果、両親の愛が確かに存在していた事を知った。
ほんの些細なずれが、彼女達を苦しめていただけなのだ。
もっと会話する時間さえあれば、誤解を解消し、解り合える事ができたのだろう。
その事実に、仄かに嫉妬する。
そして、自己嫌悪。
今はただ、彼女達の冥福を祈ろう。
彼女達が、死後、和解できるように。