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踊る、踊る、銀の刃が。
廻る、廻る、黒の刃が。
其の様相を例えるならば、可視化された暴虐の竜巻、と言ったところか。
「……あれを放置したら、堕天使達が巻き込まれて細切れにされてしまいそうなの。なんとかしないと、なの」
異様な光景を目にし、橋場 アトリアーナ(
ja1403)は保護対象への影響を懸念する。
今回の任務は割り当てられた地域を捜索し、神器及び三柱の堕天使の捜索・保護を行う事にある。
勿論、手掛かりが無い場合もあるだろうが、場所が特定できていない以上、人海戦術を用いて事に当たるしかない現状。
そう言った経緯で南西部に広がる森の捜索へとやってきた撃退士達であったが、早々に自分達以外に先客が居る事に気が付く。
其れが、今、目の前で大鎌を振るうディアボロ、グリム・リーパーだ。
捜索を打ち切る事も出来ないが、さりとて此れを放置する訳にもいかない。
其処で北側と南側の二班に別れて、対死神対応へとやってきた訳だ、が。
「あれでは迂闊に近づく事もできませんね」
と、機嶋 結(
ja0725)が所感を述べる通りに、大鎌で斬り飛ばされた木々が飛び散り、地面に散乱している。
ディアボロにはダメージはないだろうが、撃退士にとっては落下してくる樹木片は危険極まりない。
また、足場の悪さも無視できない。
総じて、相手に有利と言える。
「ディアボロが居るのでしたら内容が内容だけに、其れを監督する悪魔もいるかもしれませんね」
ファティナ・V・アイゼンブルク(
ja0454)が探索用に阻霊符を発動させながら、予見すべき危険について警鐘を鳴らす。
で、あれば尚更先兵たる死神を撃破しておくに越した事はない。
「そうですね、戦いが嫌だと天界・冥界双方から去られた方々です。彼らが争いを否定するならば、護られて然るべきですし、私は元々そういった方々の為に、と此処まできました」
強引に森を切り拓いていく死神を見据えながら、神月 熾弦(
ja0358)は討伐を訴えた。
「急ぎましょう。もし、堕天使達がこのエリアにいるのならば、あの音に恐怖を抱いているはずです」
戦槍斧を手に熾弦は先頭に立つ。
その隣に居るイアン・J・アルビス(
ja0084)は、しかし今回ばかりは慎重だ。
「悪魔ですか……できれば戦いたくない相手ですね。速く片付けられるといいんですが。……まぁ、やりましょう」
捜索も大事だが、仲間の安全も大切である。
チームの盾として、仲間を危険な目に遭わせたくはない、と言う想いから多少消極的になるのも仕方の無い事ではある。
だが、彼は撃退士だ。
やらなければいけない事は解っている。
最悪の場合は自身が犠牲になってでも、と言う決意を秘めて。
「なんともはや、厄介なことで……。しかし、撃ち貫くしかありますまい」
木々で射線を塞がれ、こちらは足場が悪いのに対し、あちらは浮遊でお構いなし。
明らかに不利な状況に、字見 与一(
ja6541)は不満の一つも言いたくなるが、しかしどうしようもない事だ。
セルフエンチャントで能力を強化すると、宣戦布告の狼煙を上げる。
かくして、戦端は開かれた。
「あぅ! 透過ができませんわ。なるほど、そういう事ですわね。面白くなってきましたわ、ご挨拶に参りましょう」
木々に躓いたギネヴィアが、顔から地面に盛大に突っ込んだ。
鼻を押さえながら透過が出来なくなった意味について考えた結果、撃退士の到来を悟る。
退屈していた所に、降って湧いた玩具の存在に、悪魔は歓喜した。
そうして翼を広げると、戦闘が開始されたと思わしき北側に向かって移動を開始するのだった。
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「ちっ、無作為に樹を切り倒すとか無茶してくれるぜ」
木々を切り飛ばす敵を避け、南側の捜索にやってきた千葉 真一(
ja0070)は悪態をつきながら手掛かりを探る。
向こうは派手にやっているが、こちらはそうもいかない。
地道に少しづつ捜索範囲を広げ、手掛かりを見つけるしかないのだ。
「大犬座の星の名を持つ、か。……怪我でもして動きが取れなくて、とかでアレに巻き込まれてなきゃいいんだけどな」
ぼりぼりと頭を掻き、考えたくもない最悪の事態を追い払おうとする。
なんか、ちょっと犬っぽいかも。
「ああ、派手にやっているみたいだね……確保を急がないと。さて、……どこにいるのやら」
真一と組んで捜索に当たる鳳 覚羅(
ja0562)もまた、広すぎる範囲に辟易していた。
堕天使の保護に対して執心する真一に対して、覚羅はどちらかと言えば神器の確保に興味があったが。
たかが一つの武器に、戦局を覆す程の力が秘められているとはどうしても思えない。
が、人間側にとっては藁にも縋る程に手に入れたい魅力があるのだろ。
「ん? 敵の進路が変わったね。あっちは戦闘班の居る方かな。このままじゃ包囲されるんじゃない?」
木々の根や、草をかき分け生活の痕跡を探していた覚羅だったが、ふと気が付けば伐採音が遠ざかっていく。
その全てが戦闘班の居る北方面へと移動していた。
嫌な予感がする。
捜索はしやすくなった、と言えるだろうが。
「これだけ探していないんだ。他のエリアに移動した可能性もある。居るか居ないか解らないものよりも、今は仲間の危機を救いに行くべきだぜ!」
分断される戦線に危機感を持った真一は捜索を打ち切り、仲間の救援を推した。
確かにこのままでは埒が明かない。
其の論も理には適っている。
二人は示し合わせて捜索を打ち切ると、北へと転身、援護へと向かった。
「身体が痺れて……」
邪視を正面から受け、動けなくなった与一に死神の鎌が振り降ろされる。
「させませんよ!」
その一撃を何とか間に合ったイアンが受け止め与一を庇おうとするが、巨大な其の刃を捌ききる事はできず、二人揃って斬られてしまう。
一撃が重い。
彼が動けるようになるまで庇い続けるのは難しいかもしれない。
易々と木々を貫通してくる敵はいいが、撃退士側はかなりの苦労を強いられていた。
前衛職は切られ、散乱した材木により安定しない足場の確保。
後衛職は不規則にならぶ木々の合間を縫う射線の確保。
それ故に、常に良いポジションを確保する為、動き続けなければならないのが辛い。
これで麻痺などで動けない者が出た時は悲惨だ。
フォローに行こうにも、向かえない場合すらある。
「動きさえ止めれば!」
ファティナの召喚した無数の腕が死神に絡みつき、その場に縛りつける。
通常なら此れで一気に畳み掛けられる所だが、分散された火力の結集に躓く。
射線を確保できた与一が魔法を撃つが、しかし弱い。
敵に致命的な傷を与える程ではない。
そうして、仕返しとばかりに死神の周囲に炎の球が形作られていく。
「ちょ! こんな場所で火なんて使わないでくださいよ!」
与一の制止の声が上がるが、敵にとっては知った事ではない。
無造作に放り投げられた炎弾は、しかし束縛の影響で与一を外れ、その後方に着弾。
乾燥した草に、火の手が上がった。
「此処は危険ですね。失礼しますよ」
イアンが動けない与一を抱き上げ、その場の離脱を計る。
余談だがお姫様抱っこである。
「好き勝手、暴れてくれますね。踏み荒らされる者の気持ちを貴方も味わうといい」
が、そんな騒動の隙をついて側面から迫った結が、大剣の斬撃を以て代価を要求する。
暴虐の代償は、其の左腕。
巨大な剣が、軽々と腕を跳ね飛ばす。
「……ボクは、こっちなの」
結の動きに合わせ、対になる側から距離を詰めたアトリアーナは、左の瞳に宿した緋光を爛々と輝かせ、大鎌を伝い死神の頭上へ。
終焉を告げる裁きの槌を、其の頭蓋へと振り下ろした。
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「天・拳・絶・闘、ゴウラ……って、うおおっ!? おいっ、変身シーンが終わるまで待つのが悪役の基本だろ!?」
ぎりぎりで避けた炎弾が、真一の後方で爆発し、炎の海を作り出す。
森での遭遇戦、死神の初手である。
「はいはい、じゃあボクが時間稼いであげるから、ちゃっちゃと変身終わらせてね」
真一の抗議を受けつつ、覚羅は死神へと肉薄する。
「おう、助かる! 天・拳・絶・闘、ゴウライガっ!!」
死神が覚羅に集中している隙に無事に光纏を終えた真一は、覚羅の援護へと駆けた。
鋼糸と戦輪を駆使し、中距離戦を仕掛ける覚羅であったが、場所が場所だけに有効打を与えにくい。
「ボクとしては君達の相手をしている暇はないんだけどね」
なかなか進展しない戦況に苛立ちを覚える中、真一が死神へと突っ込む。
「喰らえっ! ゴウライパー……あっ」
対して、敵の邪視。
真一は麻痺った。
おすわり状態である。
死神さん、鎌を振り上げご満悦。
ちょっとやばいぞこれは。
「……やれやれだね」
流石に一撃でやられはしないだろうと踏んだ覚羅は、次で真一ごと斬り倒されるであろう木の位置を予測。
その死角まで移動すると、起死回生の技を準備する。
大きく横に薙ぐ死神の鎌がフルスイングされる。
そうして、予測通りに木々を巻き込みながら、真一を吹っ飛ばした。
「貰ったよ、此処からなら当てられる!」
純白の光を纏った一撃が、死神へと迫る。
たった今、振り下ろしたばかりの右腕へと食い込むと、大鎌ごと斬り飛ばした。
大きく仰け反った死神から、炎弾がカウンターで繰り出される。
「しまっ――」
避けようとするが、遅い。
炎弾の直撃を食らった覚羅は、火を纏いながらごろごろと地を転がった。
跳ねた炎が、周囲の草に燃え移っていく。
その様を見ながら、敵はゆっくりと残された左腕で大鎌を拾い上げた。
第二ラウンドの幕開けだ。
「アトリさん、よく頑張りました! はぐぎゅー!」
「ティナねーさま、苦しいの」
義姉の洗礼を受けながら、もだもだと抵抗を試みるアトリアーナを、
「本当によくやってくださいましたね」
と、更に頭を撫でる熾弦。
仲の良い銀髪姉妹達とその友人の光景。
「大丈夫でしたか?」
「……いえ、ありがとうございます」
こちらもお姫様抱っこから解放された与一と、安否を確かめるイアン。
少し危なげな空気を感じなくもない。
敢えて何が、とは言わない。
そんな仲間達とは少し離れて、結は独り馴染まない。
「そんな事よりも、速くこの場を離れた方がいいのではないですか? 直に、火の海で逃げ場がなくなりますよ」
淡々と、職務の遂行のみを目指す。
その目的は神器の確保。
悪魔根絶の為の切り札として。
「そうですね、参りましょうか。その前に、皆さんの傷の手当をさせてください」
結の抗議を受け、熾弦が慌てて仲間の治療に入った。
その間、真一達から連絡を受けた与一が、二体の死神が自分達の方に向かってきている事を告げる。
真一達も交戦中で、援護を欲しているようだ。
後方は火の海、前方は敵によって切り開かれた森。
左手側からは敵の援軍と、窮地の仲間達。
総合的に判断して、撃退士達はこのエリアに神器及び堕天使は居ない、と判断するに至った。
ならば敵の包囲を突破し、仲間と合流した後に撤退すべきであると。
そう決めた所で、撃退士達の間を、一陣の風が吹き抜けていった。
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「結さん!?」
その場に居た全員から声が上がる。
吹き抜けた風は黒い翼を広げ、瞬く間に孤立していた結を捕えた。
長い銀の髪が風に揺れ、煌々と輝く緋色の瞳が撃退士達を見回す。
「汚らわしい手で……私に触れないで!」
其の姿から、悪魔と判断するのに、時間はかからなかった。
結の喉から、悔しげな声が漏れる、が。
「いいですわね、貴女。その瞳、ぞくぞくしますわ。其れに、素敵な手足です事。わたくしの好みですわよ、貴女」
悪魔はそんな事を気にするでもなく、白くしなやかなその指で、結の頬を撫でまわした。
武器を握っていた結の義手は、初手に斬り飛ばされている。
何も抵抗できない悔しさに、結は血がにじむ程に唇を噛んだ。
「何者、なの?」
アトリアーナが警戒しながら尋ねる。
下手に動けば、結の命が拙い。
今は兎に角時間を稼いで、救出の案を考えねば。
「初めまして、ですわね。わたくし、ギネヴィアと申しますわ。見ての通り、悪魔でしてよ?」
俗に、『選択の魔女』、『人形師』などと揶揄される陰湿な女悪魔だ。
熾弦とファティナには、彼女の作った人形との交戦経験がある。
「貴女が、杠教諭の……」
漏れる呟きに、答えはない。
悪魔は他の撃退士など意に介せず、結だけを愛でつづける。
「さぁ、選びなさい? わたくしの玩具として連れ帰られるか、このまま無様に死んでいくか」
そういって結の腹にその腕を突き刺し、内臓を素手で掴むと、愛おしそうに撫でる。
小さく呻きを上げ、耐える結の首筋にそっと唇を這わせ、舐めあげた。
「誰が……あんたなんかに……ッ!」
必死に意識を保つが、人間が耐えうる限界を超えている。
最早、精神力の問題だ。
そうして、悪い事は更に続く。
木々を斬り倒し、増援が現れたのだ。
撃退士達に逃げ場はなくなった。
悪魔の命を受け、死神達が鎌を振るう。
「くっ、なら!」
イアンが悪魔にタウントを使用する。
仲間を見捨てる事は出来ない。
ならば僅かでも隙を作り、結を奪還。
任務を放棄し、北に抜けて逃げるしかない、と。
ちらり、とアトリアーナに視線を送り、意図を知らせる。
が、全てはイアンが耐えられなければ意味がない。
死神からの集中攻撃を受け続けた挙句に、
「そう言う、安っぽいの。好みではありませんわ」
イアンの居る場所の真下から、無数の蔓が生え伸び、絡みつく。
絡みついた蔓についた棘が、イアンの身体に食い込み、無数の傷をつけた。
銀の盾を以てしても耐えきれない衝撃。
イアンの血を吸った蔓は、最後に一輪の紅い薔薇を咲かせ、そして弾けた。
そのままイアンも倒れる。
無理をしすぎたのだ。
「皆さん、頑張って! どうか耐えてください」
熾弦が仲間を癒し、どうにか鼓舞するが、どうにかなるような状況ではない。
アトリアーナが、与一が、邪視を貰い再び麻痺する。
其れを庇ったファティナが、死神の鎌の餌食となって倒れていった。
次々と倒れ、絶望的となっていく戦力差に、打つ手立てはもうない。
与一が、熾弦が、相次いで死神の鎌の餌食となる。
そんな様子を、悪魔は愉快そうに観覧しながら、結の身体をひたすら愛でていた。
結に意識は、もう無い。
全滅、と言う言葉が脳裏に浮かぶ。
眩い閃光が、東の空から上がった。
「あの光は……、どうやら遊びすぎたようですわね。お仕事の時間ですわ。また、遊びましょうね」
その光を見たギネヴィアは結を放すと、配下の死神に追従するように伝え、いそいそと東の空へと向かい、飛び立っていった。
残されたアトリアーナは、其の背を見送る事しかできない。
今はただ、拾ったこの幸運を噛みしめなければ。
意識を失った仲間達を一人づつ担いで、戦線の離脱を開始した。