●
「座りなよ。そんなに怖い顔をしてちゃ、折角のお茶会が台無しだろ?」
警戒の色を隠せない撃退士達を尻目に、クローディア達はさっさと席につく。
あまつさえ、既に決めていたらしい注文を行う程の緩みっぷりだ。
「そうよ、貴女達も早く座りなさいな。お茶会は皆で楽しむものよ?」
そう言って無邪気な笑顔を見せながら、アリスも着席を促す。
それに釣られるように、ユイ・J・オルフェウス(
ja5137)がアリスの隣に腰を下ろした。
「アリスさん、クローディアさん、お久しぶり、です」
ユイは、アリスがヴァニタスとなった瞬間に居合わせた一人だ。
「その声、覚えているわ! お久しぶりね。アリスは、あれから本をたくさん読んでいるのよ」
人間だったアリスに、ユイは本の暖かさを説いた。
部屋に居ながらにしていくつもの世界を知る事ができ、作り手や登場人物達の心が伝わってくる本が、ユイは大好きだ。
だからこそ、そんな暖かみを知る事でアリスに人である事の幸せを知ってもらいたかった。
しかし其れはアリスにとっての幸せではなく、結局は物別れに終わったのだ。
だが、ヴァニタスとなった少女の笑みに陰りは無い。
むしろ以前よりも幸せそうに見えた。
覚えていてくれた事、幸せそうな事、其れが嬉しくて、はにかみながらもユイは笑った。
「嬉しい、です。お茶会、してみたかった、ですから。今でも、仲良くなりたい、そう思ってる、です」
「あら? なら、今日からアリスと貴女はお友達ね! 嬉しいわ、アリスの初めてのお友達よ!」
少女達は互いに手を取り、仲睦まじい姿を見せる。
まるで旧知の友人達が再会したかのような仲の良さに、クローディアが少し顔を顰めて嫉妬した。
「おや? それならアリス、ボクはなんなんだい? 君の初めての友人はボクじゃないのかい?」
「あら? クロはアリスの旦那様でなくて?」
クローディアは恥ずかしそうに顔を伏せると、押し黙った。
ちょろい。
「……聞いていたよりも、とても幸せそうで何より、ですね。こうして面と向かって逢うのは初めまして、ですね」
なんだかんだ言いつつ公衆の面前で惚気あう仲の良い悪魔達を見て、微笑ましいものを感じながらファティナ・V・アイゼンブルク(
ja0454)が自己紹介した。
「エルちゃんは私の義妹なんです。この前は私の大事な妹達と友人を見逃してくれてありがとうございました。妹がもう一度貴女と話したがっていましたよ、アリスさん」
ファティナもまた、童話戦争に参加した一人である。
その時に、彼女の大切にしている義妹が失踪し、一時期は精神的に大分滅入っていたものだ。
しかし彼女が生きていると解り、救助派が秘かに敵地に乗り込み作戦を敢行。
部隊が壊滅していく最中、エルを確保した友人達が撤収時にアリスと遭遇。
本来ならば敵である友人達を、アリスは見逃してくれたのだ。
其れによって、ファティナの大切な者達は、無事に帰還の途に就く事ができたのだった。
「あら、貴女がお姉さんなのね。確かに、その銀髪はよく似ているわ。とても綺麗ね」
互いに握手を交わして席に着く。
が、クローディアはまたしてもご機嫌斜めだ。
「アリス……やっぱり君、見逃したんだね? あの後、ボクとリルティがどれだけアルトゥールに……ああ、はいはい、解ったよ。でも、もう危ない事はしちゃ駄目だよ」
前回の戦闘の結果で、クローディアにとってはとばっちりと言っても過言では無い叱責をアルトゥールから受けたのだ。
そこはかとなく抗議するものの、やはりアリスに押し切られ尻に敷かれてしまうのである。
ちょろい。
そんな、亭主関白ならぬかかあ天下状態なクローディア陣営を興味深そうに見つめながらグラン(
ja1111)が紳士的に挨拶をする。
「初見ですが、報告書でその業は知っています。悪魔と下僕であるはずのヴァニタスとは一線を画したお嬢さん方の関係は気になるところでしたが、なるほど、そう言う事でしたか」
そういって、柔らかく微笑ってみせた。
其れに応えるかのように、アリスはクローディアの腕を取るとぎゅっと抱きつき、微笑み返す。
「恋人同士よね、クロ?」
「いや……、だからほら、公衆の面前でだね……、ああ、はいはい、解ったよ、もう。恋人だよ、うん」
今からとてもシリアスな話題をしようと言うのに自重しないアリスに赤面し、たじたじになりながらも、クローディアも返す。
いいのか、悪魔の威厳。
「それにしても敵対勢力の一員と優雅にお茶会か。凄い状況だな……」
あっ、と言った次の瞬間には胸の内をダイレクトに誤爆する、そんな巷で噂の男の娘誤爆神、高野 晃司(
ja2733)である。
マイペースに席につき、紅茶を頼んだ後、不意に緩んだ気持ちがぽろりと口から漏れたのだ。
「ご、誤爆!」
しかし悪魔達は気にした様子はない。
むしろ、笑っているくらいだ。
それにしても、悪魔陣営の緩さもさることながら、撃退士側の緩さも半端ではない。
席に着いた4名は各々好きな物を注文したり、エルへのお土産を頼んだり、とフリーダムだ。
一般人を人質に取られているようなこの状況下での、余りにも高い適応能力。
それでいいのか、撃退士。
生真面目な久遠 仁刀(
ja2464)は頭を抱えながら席に着くのだった。
「……(大勢の人質……厄介)」
戦闘人格発動中の風鳥 暦(
ja1672)もまた、冷静を装った表情で着席するものの内心は現状の打開策で頭がいっぱいだ。
かくして、悪魔と撃退士は折衝のテーブルに集った。
●
「さぁ、質問をどうぞ? ボクの利害に一致する部分に関しては何でも答えるよ」
撃退士を見回し、悪魔が質問を促す。
其れを受けて先に口を開いたのは仁刀だ。
「質問の前に先にそちらのお願いとやらから話してくれないか。内容如何によっては俺達の手に余るかもしれないからな。そうなったら、あんたも困るんじゃないか?」
こちらの意のままに聞き取れる情報に限りがあるからこそ、相手の口から勝手に漏れてくる情報は少しでも欲しい。
先に意図を掴む事が出来れば、仁刀達にしても対策や有効な質問を出しやすい。
そういう狙いから、悪魔の腹を探る。
「ボクのお願いは君達の質問の後だよ。君達は、最後にそのお願いに飛びつく事になる。絶対に、ね」
だが、悪魔も巧妙に真意を秘匿し、尻尾を掴ませない。
「(これ以上、無理に突っ込んで機嫌を損ねられても拙いな……)」
仁刀は小手調べを早々に切り上げると、素直に質問に入った。
「なら聞くが、『ラインの乙女』と言ったな? 恐らくニーベルングの指輪序夜、ラインの黄金に出るローレライの事だと思うが」
ラインの乙女、その単語の意図するモノが仮に其処から出ているとするならば、乙女達が護るべき『黄金』、即ち何かを得ようとする目的があるはずだ。
「ラインの黄金を守る乙女に喩えたのは、アルトゥールの企みにも『黄金』があるからなのか?」
鋭く、刺すように其の本質を問う。
仁刀の射抜くような視線を受けて、悪魔はくつくつと笑った。
「中々詳しいね、確かに黄金はあるよ。其れは多くの人間の魂、こう言えば解るかい? 其れを糧にして得る事の出来る絶大な力、其れを成す為のゲート群の構築が目的だね」
ただのゲートでは意味が無い。
京都での天界勢力の大規模なゲートですら、人類の抵抗に合い、規模を縮小したのだ。
アルトゥールは、決して撃退士を侮っている訳ではない。
慎重に慎重を重ねて組み立ててきたのだ。
三箇所同時展開により横一線に並ぶ横長のゲート群は、敵対者を拒み、悪魔陣営に豊穣の実りを約束するだろう。
「三つのゲートと言いましたね? どういった悪魔が参加するのですか? ゲートを開くには、悪魔かヴァニタスが必要なはずです」
ファティナが、間髪入れずに問う。
敵を知れば、自ずと対抗策も見つかるものだ。
其れに、それ程のゲートを展開するとあってはそれなりの者が出てくるのだろう。
そうなった場合、何の予備知識も無しに飛び込むには余りにも危険と言える。
「それぞれのゲートを形成するのは、アルトゥール、リルティ、そしてボク。更に、それぞれのヴァニタスが一体づつ、補佐として就くね」
つまるところ、一ゲートにつき一柱の悪魔と一体のヴァニタスがペアになり守護するのだと言う。
悪魔だけでも手に余ると言うのに、ヴァニタスと連携を取って襲ってこられたらひとたまりもない。
何かしらの策を練る必要があるようだ。
「あの、ラインの乙女、っていうのの規模はどのくらい、ですか? 例えば、このくらいのディアボロがいる、とか」
ユイの頭の中には、先の京都の事件があった。
ゲートが開き支配されたあの街には、多くの兵――サーバントが居た。
と、するならば、用意周到なアルトゥールもまた、それなりの数の兵隊を準備しているのではないだろうか。
返答次第では、撃退士側も相当数の戦力を集めなければ、太刀打ち出来ない。
「主力はラミア、そしてアルラウネだね。数はボクも正確なところはわからないけど、相当数準備されているようだよ」
アルトゥールは今回の作戦を遂行するに当たって、最初は山の上にある植物園、次に村にある児童養護施設を、そうして最後に一つの街をアルラウネで襲撃した。
それらは全て、ディアボロによる都市包囲戦を想定しての作戦だった。
徐々に範囲と規模を拡大し、撃退士の出方と兵隊としてのディアボロの動きのデータを収集したが、戦争を起こすには脆弱すぎると感じたそうだ。
村を襲撃した時点で其れを感じていたアルトゥールは、都市内部の室内戦を想定し、ラミアの投入を検討。
そのデータ採取として、和歌山県の沿岸部の街を選んだ。
そこで得られた戦果に満足したアルトゥールは、リルティに命じてラミアの増産作戦を敢行したと言う。
クローディアの口から紡がれた言葉に、ファティナと仁刀は愕然とした。
彼女達はその戦いに参加していたのだ。
だと言うのに、真実を見抜けなかった。
上辺だけしか視えていなかったのだ。
無理もない話だが、その戦いで犠牲になった命を思うと、どうしてもやり切れない想いがこみ上げてくる。
「……規模は解ったわ。……私からの質問は、計画が発動する場所。……何処でするの?」
暦が、無表情のまま問いかけた。
其の相貌からは、底知れぬ冷たさが感じられる。
「詳しくは言えないけどね、神戸、芦屋、西宮の三都市を結ぶゲート群、とだけ答えておくよ。発動前に潰されては、ボクの利害には一致しないからね」
悪魔の口から洩れた地名は、比較的大都市と言っても過言ではない場所だ。
大阪などの巨大都市のベットタウンと、大勢の人が訪れる観光地を兼ねた其の場所にゲートを建てられた場合、予想される被害は恐ろしい事になる。
そして、神戸は奇しくも、最初のアルラウネ事件があった場所でもある。
「なるほど、では私は『ラインの乙女』作戦の棋譜を聞いておきましょうか」
暇そうなアリス達と、テーブルナプキンを折り、動物を作って戯れていたグランが手を止め聞いた。
其の意図する所は、悪魔の真意の在り処を探る事にある。
クローディアにとって上位に当たるはずのアルトゥールに翻意し、敵である撃退士に情報を漏らすには何かしら理由があるはずだ。
棋譜を知る事で、何か得られるものがあるかもしれない、そう踏んでの問いである。
「神戸にはアルトゥールとボクのアリス、芦屋にはリルティとアンネリーゼ、そして西宮にボクとポチ、だね」
その答えに、その場に居た撃退士達は違和感を覚えた。
これほどアリスを溺愛しているクローディアが、別のヴァニタスと組むと言う異質な光景。
通常ならば、自分の相方と組んで戦う方が連携も取りやすいはずである。
其処に今回のお願いの意図をグランは見出した。
互いに、不敵に微笑い合いながら心の奥に秘めたモノを探り合う。
「クローディア嬢はアリス嬢と仲が良いようですが、『ラインの乙女』では一緒ではないんですね」
「……まぁ、エレオノーレの事があるからね。悪魔の事情ってやつさ」
エルは悪魔を裏切った存在だ。
その言葉の意味する所を鑑みれば、何かしらの不和の要因があるように見て取れる。
グランは礼を言うと、自分の出番は終わりだとばかりに、アリス達との折り紙遊びに戻った。
そうして、最後に晃司の番となる。
仲間達の質問が終わるまでアリス達とスイーツを堪能していた晃司は、口の端にクリームをつけたままである。
あざとかわいい。
「じゃあ、俺からはこの『ラインの乙女』と言う物語が、長作であるかどうか、を聞こうかな。これ以降、何らかの作戦があるのかって言う意味で」
目的がゲートを開き魂の収集にあるのなら、その先に目指す何かがあってもおかしくはないのではないか?
晃司はそう考えたのだ。
「アルトゥール自体は、天界勢力へのけん制を考えているみたいだけどね。まぁ、為し得たとしても本格的衝突は無いんじゃないかな」
だとしても、悪魔アルトゥールの活動拠点としては機能するらしい。
それほどに、彼の地の地理的要素は魅力的なのだろう。
「さて、これで君達の質問はおしまいだ。それじゃあ、ボクのお願いを聞いてもらうよ」
有無を言わさぬ迫力でクローディアが告げる。
その内容次第では、撃退士達にとっては容認し得るものではないかもしれない。
だと言うのに、先に情報を提示し、要求を後回しにする。
それでも、撃退士が受けざるを得ないと言う溢れ出る自信の在り処がなんなのか。
撃退士が固唾を飲んで見守る中、悪魔が口を開いた。
「ボクの要求は一つ。『ラインの乙女』時のアリスの身の安全の保障さ。不戦協定だよ。対価は、西宮ゲートの無血開城さ」
曰く、撃退士はアリスに対して一切の戦闘行為を行わない。
見返りとして、撃退士が西宮ゲートの内部到達時、クローディアは一切の戦闘行為をせず撃退士達にコアを委ねる。
釣合のとれていない命の天秤である。
「まぁ、君達だけでは決められないだろう? 学園に持ち帰って吟味すると良い。だけど、これは破格の条件さ」
確かに数万人規模に及ぶ人々の命と、ヴァニタス1体の身の安全の保障、其れを考えれば美味しい話ではある。
だが、それ故に不可解すぎて撃退士達は疑念を持つのだった。
「さて、この件はこれで終わりさ。後は、お茶会を楽しむとしよう」
しかし、クローディアはこれ以上話す事は何も無い、と言わんばかりに会話を打ち切ると有無を言わせぬ迫力で終了を宣言する。
腑に落ちないものの、藪蛇を突くのは怖い。
結局、夕刻までお茶会は続き、双方何事もなく、帰路に着いたのだった。
茜空に虫の音が響く。
秋の足音が聞こえてくるようだ。
もうじき、嵐の季節が訪れようとしていた。