●
天に輝く星々の一つ一つが、漆黒のキャンバスにその存在を主張し合い、煌びやかな叙事詩を描き出す。
神話世界を駆け抜けた英雄達が、死して尚、過去の栄華を誇り異彩を放ち続けている。
彼らの存在を、地上から姿を消してしまった当代に於いても、そうであって欲しいと願う人々の祈りによって其の場所に縫い付けているのだ。
現実は残酷だ。
其処に一切の希望は無く、奇跡などと言うまやかしも虚しい妄想でしかない。
まさしく人の夢と書いて儚い、と読むように全ては遠き幻想の夢物語だ。
だが、だからこそ人々は求めて止まないのだ。
何者にも縛られず、何者にも囚われず、ただ自らの在るがままに時代を駆け抜け、絶対的な勝利をもたらす英雄の姿を。
「リリィ先任軍曹に、続けえええ!!」
七種 戒(
ja1267)の勇ましい鬨の声が上がる。
天空に座す英雄達の武勇にも劣らぬ勢いで、此処、蔵門湯攻略戦に七騎の戦士が集った。
黒き衣装に身を包み、黄金の仮面をつけし盟主、リリィ・フォレスト先任軍曹。
久遠ヶ原変態界に異名を轟かせ、ありとあらゆるエロスに精通するスペシャリストたる『這い寄る変態』。
彼らと同じく黒装束に身を包み、小さな胸を募る希望に焦がす自称淑女、戒。
そして、明らかに浮いている場違いにも程がある少女、黒百合(
ja0422)。
皆、それぞれに目的を有しての参加である。
軍曹は少女達との甘いアバンチュールを求めて。
変態達は桃源郷の記録を収集する為に。
戒は覗きと言う行為によって得られるであろう少女達のひと味違った側面、及び其処に付随する背徳感、そして魂の律動を。
黒百合は難攻不落の要塞攻略、そして守護に当たるであろう強者との戦いに惹かれて。
目的は違えど、手段は同じ。
故に、彼らは即席の同盟を組んだのだ。
「それにしても、あの戒ちゃんがこちら側に来るとは驚きでござる。常々、一般人にしておくには勿体無いと思っていたでござるよ」
戒の日頃のアレでソレなお姉様っぷりは変態界の中でもそれなりに有名だ。
「うむ、然り。これでどこぞかのムダ毛が伸びていて鬼道忍軍であったならば、迷わず我らの仲間にスカウトしていたところよ」
などとのたまい、熱い視線を投げかける変態達。
日々の行動を反芻しながら、思わず戒は視線を逸らした。
「女王様系幼女……イイ! ぼっきゅん、辛抱たまらんとですたい!」
片や黒百合の方はと言うと、これまた日頃のドSな態度と言動、更にはその端麗な容姿も相俟ってドMな変態に大人気である。
「幼女の生足! もう此処が桃源郷でいいYO!」
ハァハァと荒い吐息を隠そうともせず、果敢にローアングルから攻める変態を足蹴にし、黒百合は宣言する。
「英雄となりたい者は一歩前ィ、後世に語り継がれる英霊となる者は手を上げろォ! いくわよォ!」
その踏まれた靴の下では、既に魂があの世に逝ってしまいかねない表情で変態が賛同の声をあげていた。
彼らの業界ではご褒美である。
とは言え、いつまでも踏まれたまま悦に入る時間的余裕もない。
華の時間は短いのだ。
たった数刻のチャンスをもぎ取るには、行動に移さねばならない。
かくして月下の英雄達は、罠だらけの戦地へと足を踏み入れるのだった。
その頃、蔵門湯外周では鷺谷 明(
ja0776)が警備隊によって連行されていた。
温泉の最終防衛ラインたるレールガンに独自の改造を施そうとしたところ、センサーと監視カメラに察知され、不審者として捕えられたのだ。
流石に警備は堅い。
しかし、そのまま終わる明ではない。
警備室に着いてからが彼の独壇場である。
自分の友人達が、覗きなどという卑劣な犯罪に手を染めようとしているかもしれない。
もし本当に実行しようとしているならば、この山中に張り巡らされた二重、三重の罠の数だ、そう長くは保たないだろう。
ならば自分の手で彼らに引導を渡し、凶行を止めてやるのがせめてもの友人の務めと思えばこそ、と。
見事に美談に昇華させ、警備隊長の信用をもぎ取り、トラップ及び電磁砲の発射パネルの操作、更には監視カメラの使用許可を得るのだった。
明は、例え相手が人間であろうとも容赦はしない。
山中を駆る変態達にとって、最悪の敵であると言えよう。
こうして、一夜限りではあるが蔵門湯の魔王が降臨する事となった。
所変わって蔵門湯女露天風呂。
「露天風呂なのじゃー♪」
「温泉っ♪ 温泉っ♪ 美肌に豊胸♪」
開口一番、歓声を上げたエレオノーレ(jz0046)とRehni Nam(
ja5283)は一番乗りとばかりに湯殿を駆け、浮き輪を装備したまま温泉へと飛び込んだ。
盛大に水飛沫があがり、甲高い嬌声が響き渡る。
「エレオノーレさん、それーなのです!」
きゃっきゃと温泉にはしゃぎ、エルとお湯を掛けあうレフニーは、はぐれ悪魔と比べて年相応の少女らしい体型である。
本人としては、とある部分について物足りなさを感じているようだが、今日は其の為に来たと言っても過言ではない。
なんといっても、この温泉の効能には美肌効果に豊胸効果も含まれているのだ。
なればこそ、その小さな全身を以て吸収し尽くさねばなるまい、と気合も充分だ。
久遠ヶ原学園は不条理の塊だ。
有る者はとことん有るが、無い者はとことん無い。
誰が決めたか、嗚呼、悲壮なる胸囲の格差社会よ。
とある変態に言わせれば、乳あらずんば女にあらず、などという格言すら存在するらしい。
一概に全ての女性陣がそうであるとは言わないが、だとしても有るにこした事はない、という答えに至る者は少なからずいるものだ。
大は小を兼ねるものである。
特に成長期の多感なお年頃である少女にとっては、割かし大問題なのだ。
「はいはい、温泉で浮き輪もって騒いじゃ駄目よー」
そんな少女の秘めた苦悩を知ってか知らずか、きゃっきゃとはしゃぐエルとレフニーを、程よく均整のとれた肢体を惜しげもなく披露するほろよいお姉さん、雀原 麦子(
ja1553)が注意する。
しかしよくよく見れば、彼女の手には麦から作られる大人な飲み物が握られていた。
どうやら本人が一番騒ぐ模様である。
「まぁ、何はともあれエルちゃんの帰還と温泉のお礼を兼ねて、乾杯ー♪」
ざぶーん、と湯船に腰を下ろすと、お盆を浮かべて早速一缶目に突入。
満天の星空を肴に一気に飲み干すのであった。
「ぷはぁ〜、この一杯の為に生きてるわね♪」
そう言うと、どこからともなく二缶目を取出し、プルを開け口をつける。
いったいどこから取り出したというのだろうか。
乙女はいろいろと秘密のある生き物であるからして、其処にツッコミをいれるのは野暮と言うものだ。
しかしこのお姉さん、麦飲料の所為か絶好調である。
「豊胸希望の娘はいるかな? たっぷり効能をすり込んでみたらどうかな? なんなら、お姉さんがお手伝いするよ〜」
そう言って両手をわきわきしながら少女達を見回すのだ。
「エ、エルは遠慮しておくのじゃ!」
折角、障害を排して温泉に来たのだ。
セクハラ三昧されては敵わぬ、とばかりにエル達は逃げ出す。
「あらあら、冗談なのになぁ」
その背を残念そうに視線で追いながら、麦子は三缶目を取り出すのだった。
「紹介しますね、この娘が妹のネアちゃんです。あとエルちゃんもいるのですが……今は取り込み中ですね。で、こちらがお友達のシヅルさん」
女が三人寄れば姦しい、と言うがファティナ・V・アイゼンブルク(
ja0454)達の集まりはまさに其れを体現したかのような賑やかさである。
「あ、えっとギィネって言うのだ……宜しくお願いします……のぜ」
照れ屋のギィネシアヌ(
ja5565)が、ファティナの影に隠れながら恥ずかしそうに自己紹介する様は、どこぞの小動物じみた可愛らしさがある。
そんな微笑ましい銀髪姉妹を眺めながら、これまた見事な銀髪の少女、神月 熾弦(
ja0358)がおっとりとした優しい笑顔で応じた。
「エレオノーレさんとギィネシアヌさんは、ファティナさんの『妹』でしたね。エレオノーレさんとは顔を合わせていますが、ギィネシアヌさんは初めましてです」
一通り挨拶を済ませた三名の銀髪少女達は、交友を深める意味でも背中の流し合いへと向かう。
しかし三人が横に並ぶと、悲しい事実が浮き彫りになる。
格差社会の波は此処にも訪れたのだ。
ファティナと熾弦は均整のとれたプロポーションで、モデルと言っても差し支えない程のスタイルの良さである。
特に熾弦は最終兵器とも言える熟しきった禁断の果実を保持しており、隠されたタオルの上からでもどれ程の威力を秘めているか憶測するに容易い。
ファティナも熾弦とまでは言わないまでも、その身に似合っただけの大きさを秘めており、充分に発育していると言えるだろう。
では、ファティナや熾弦よりも頭一つ分背の低いギィネシアヌはどうだろうか?
どこまでも平らな新天地である。
言い換えれば始まりの朝に赤き陽が昇り、地を希望の光で照らすかの如く、いつかその地平にも実りの花が咲くこともある、のかもしれないという希望的観測は残されている。
「(ネアちゃん……不憫です)」
そんな妹のぺたんこな胸を見ながら、ファティナはひっそりと涙するのであった。
この温泉の効能で少しでも成長する事を祈りながらギィネシアヌの背を流し、赤面しながらも為すがままの妹を堪能する。
「ティナ姉さん、手つきがちょっと怪しいのだぜ!?」
されど、これが銀髪姉妹の洗礼である。
長女の意向には逆らえないのであった。
「ネアちゃん、可愛い! はぐぎゅ〜」
哀れギィネシアヌ轟沈、ハグ死である。
妹を仕留めた長女、満足そうな表情のまま、徐に隣を見やる。
熾弦の美味しそうなメロンちゃんが目に入った。
ほわん、とした熾弦がキケンな視線に気が付き、きょとんと小首を傾げる。
次いでファティナの視線が何処に注がれているのかを理解し、自らの其れを見返すのだった。
余りにも迂闊な行動と言えよう。
動物は本能で危険を察知したとき、咄嗟に逃げるものなのだ。
そういった意味に於いては、熾弦の本能は怠け者である。
「シヅルさんは形といい大きさといい……何をしたらこんな……えいっ♪」
言うが早いか、ファティナは後ろから熾弦に抱きつくとメロンに手を伸ばし、その触感を充分に味わいにかかる。
「ぁんっ……!? いきなり驚かせないでください。声をかけて頂ければ助かります」
熾弦は最初こそ驚いたものの、後は意に介さず為すがままだ。
さながら王者の貫禄とも言えようか。
これには幾多の妹達を仕留めてきたファティナも驚きを隠せない。
期待したような反応が返ってこないのだ。
恥じらいはどうした!?
羞恥心は迷子です、その辺から探し出してきてください。
「触られるだけというのも不公平ですし、こちらも触って問題ないですよね?」
更に予想外な獲物の逆襲である。
いつもは揉む側であったファティナが、揉まれる側に回るという食物連鎖の逆転。
慣れていない食べられる役割と言うものは、眠っていた少女の羞恥心を揺さぶり起こし、普段は絶対にお目にかかれないであろう姿を描き出す。
「やっ、ちょっとシヅルさん!? 私、こういうのは、その、慣れていないので……!」
ぐにぐにと形の良い其れが手の動きに合わせて歪み、熱を帯びて桃色に染まり、珠の汗が浮かぶ。
時折漏れる声は甘く、甲高く、心に響く柔らかさ。
彼女の某妹が見つけたら、発狂しかねない長女キャラ崩壊の図が其処には在った。
「温泉に来れるのも、久しぶり、です」
ユイ・J・オルフェウス(
ja5137)は温泉の端っこで身体を洗っていた。
普段から人見知りなユイにとっては、例え同性であったとしても一緒にお風呂というのは恥ずかしいものなのだ。
視線のやり場にも困るし、自分に対して向けられる視線も気になって仕方ない。
キレイ好きな性分もあって、普段よりも泡多めに身体を隠すかの如くごしごしと洗う。
その度に、いい匂いのするしゃぼん玉が浮かび上がり、ユイの周りをふわりと舞った。
虹色に煌めく泡に、ユイは楽しそうに息を吹きかけ、夜空へと送る。
ゆるゆると昇ったしゃぼん玉は、一定の高さまでいくと、唐突に弾けて消えていった。
星の光を反射しながら消えゆく泡沫の刹那の輝きが妙に綺麗で、ユイはどうしてもここ最近に参加した戦いを思い返さずにはいられなかった。
山頂から俯瞰した風景に映る深い木々の合間に、時折小さな光が浮かんでは消えていく。
蛍火だ。
今日の旅行も、実のところずっと言い損ねていたあの時のお礼をエルに言いたかった事もあるのだ。
ユイにとっては、悲しい事ばかりが起こりすぎた。
小さな少女の身には、中々に割り切れない事ばかりだ。
それでも、感傷に引きずられて立ち止まる訳にもいかない。
残酷な現実は何時も急にやってくるものなのだから。
そう、このように。
「ふぬぉぉおお!? そ、其処を退くのじゃーっ!」
ユイと同じく泡だらけになったエルが、物凄い勢いで床を滑ってきた。
「えっ? えっ! えっ!?」
慌ててきょときょとと周囲を見回すが、退路なし。
そうこうしている内に、第三種接近遭遇的邂逅を果たす。
かぽーん、と桶が転がる音が響き、ユイは盛大に尻もちをついた。
転んだ勢いで泡が吹き飛び、色々な部分が丸見えである。
主に、ユイに覆いかぶさるようにのびているエルに。
「はふぅ……い、痛いのじゃ……。君、怪我はないかの? すまなかったのじゃ、はしゃぎすぎた……ってどうしたのじゃね!?」
頭を押さえながら起き上ったエルが見たのは、顔を真っ赤にして泣きそうになるユイの姿であった。
「ごめんなのじゃ! い、痛いのかの? どこじゃね? い、いたいのいたいのとんでけーなのじゃー!」
問題点は痛みではないのだが、其処に気が回るべくもないエルはユイの周りをおろおろとするばかりだった。
「……いいお湯ですわね」
一部、騒がしい方向を気にしながら郭津城 紅桜(
ja4402)は呟いた。
騒動の主、はぐれ悪魔を見ながら何か言いたげに唇を震わせるが、言葉は出てこない。
呟いた台詞とは裏腹に、蟠った想いが悶々と心に積み重なって、紅桜の表情は僅かに暗い。
「折角の温泉なのに何考え事しているのかしらねぇ?」
そんな紅桜を、友人の鈴原 水香(
ja4694)が背後からこっそりと忍び寄り、ぎゅっと抱きしめた。
他人よりも大きく発育している紅桜の胸が、水香の腕の動きに合わせてふにふにと形を千変万化させる。
「な、何をするですのっ」
人目を憚らず、悪戯っぽい手つきで身体をまさぐる友人に悲鳴を上げながら紅桜はもがいた。
しかし足掻けば足掻くほど、余計な場所に手が触れますます酷い有様になるものだ。
水香としては、浮かない表情の友人を景気づけのつもりで抱きついたつもりではあったが、思いのほか反応が面白い。
此処は本腰を入れていぢる所存である。
「あら? もしかして豊胸効果を期待しているの? あんなのは所詮都市伝説よ。それにそれ以上成長してどうするのかしらねぇ?」
紅桜のメートルの壁を突破したという其れを不思議そうな表情でつつく水香。
程よい柔らかさが手に心地良い。
「べ、別にそんな期待はまったくしておりませんわ。むしろ邪魔なくらいですわよ。だ、だからそんな触ら……」
大きければ大きい程、良いと言うものでもない。
むしろ、邪魔な事も多々あるのだ、と紅桜は言う。
その意見には水香も同意する。
「そうよねぇ、これ以上成長しても邪魔なだけよねぇ。効果あるか分からない豊胸効果より自然体が一番よ」
しかし悪戯は止まらない。
普段、クールな紅桜の羞恥に頬を染め慌てる姿は、中々にくるものがあるのだ。
「も、もうっ! い、いい加減に、やめ……あっ」
水香の気が済むまで、紅桜は玩具にされるのだった。
「あー、生き返るー」
湯船にざばん、と腰を下ろし、市川 聡美(
ja0304)はくつろいだ。
ふよふよと身体を湯に預け、冷えた心身に染み込むような熱さを楽しむ。
京都の激戦から日は浅く、休む間もあまりなかったのだ。
今日くらいはリフレッシュに費やしたいところである。
「いーち、にー、さーん……」
ぼぅ、っとしながら無意識に数字を数える。
傍から見れば、急にどうしたんだろう、といった感じだが、本人は気が付いていない。
数え終えてからやっと正気に戻る程度には、温泉の程よく気持ちのいい暖かさの虜だったようだ。
「はっ! あまりに気持ちよくて、幼少の頃、おばあちゃんに『100数えて風呂につかりなさい』を思わず実践してしまった!」
小さい頃からの癖と言うものは、ついつい出てしまうものなのだ。
三つ子の魂百まで、と言うくらいである。
湯につかりすぎて少しのぼせてきた聡美は、女場から出ると男女共同スペースを目指して歩きだす。
温泉の後の楽しみと言えば、なんと言っても牛乳であると聡美は思う。
腰に手を当て、オトコマエに一気飲みするのだった。
「ぷはぁ! やっぱり、これだよねー」
所変わって蔵門湯男露天風呂。
温泉についた時にはそれなりに居たはずの男子生徒の数は、今や片手で数えられるほどしかいない。
そんな周囲の環境を別段気にするでもなく、神楽坂 紫苑(
ja0526)は独り酒を嗜んでいた。
「温泉ねえ? たまには、いいか……」
都会とは違い綺麗に澄んだ空に光る星々と、木々の隙間を彷徨うように揺れる蛍火を肴に、普段は中々味わえない日本の風情と言うものを楽しむ。
「気のせいだろうが、皆、元気だな? 蛍もいて、良い雰囲気だ」
何処か物憂げな相貌の青年は中性的な容姿もあって、妙な色気を醸し出し非常に絵になる光景だ。
美人と評しても問題ないであろう紫苑が、ふぅ、と杯に注がれた酒を飲み干し熱を帯びた吐息をつく度に、歓喜の鼻血を垂れ流す影が男湯にあった。
魔法少女プリティ・チェリー(
ja2549)である。
何故、男湯なのに貴様がいる、というツッコミや、折角の温泉すら楽しむ事ができない紘人まぢ不憫とか、そういった類の苦情は抜きにして、チェリーである。
だが、その他諸々の事情を加味したとしても、チェリーが男湯に存在すると言うことは最早軽犯罪に等しいレベルだ。
主に思春期真っ盛りの青少年的配慮な意味で。
多感なお年頃である男子生徒達にとって、チェリーは禁断の果実なのだ。
神がかつてアダムとイブに禁じた其れのように、彼女もまたイケナイ一輪の花。
見る者の心を籠絡し、深みへと堕としめる魔性の色香。
そんなトラップに引っかかった哀れな犠牲者が一人。
そう、男湯第三の男、我らの久遠ヶ原蹴球界のヘディングの貴公子である。
任務に行くたびに、何故か臀部を負傷する掘られ癖がついた貴公子は、怪我の療養を名目に今回の旅行についてきていた。
そうして、必然とも言えるタイミングでチェリーのハニートラップに遭遇したのである。
本来の彼ならば即座に反応し、正義を為さんと立ち上がる場面だ。
だが動けない。
そこには悲しい事情があった。
現場は男湯、女性は居ないはずであった。
しかし、夜風に乗って響く『やだ、また胸おっきくなったー?』だの、『やぁん、触っちゃだめー』だの、妙に妄想を掻き立てる女性陣の嬌声の数々。
更には薄いタオル一枚で身体を隠し、可憐に頬を羞恥やら妄想やらで赤らめ、ぴんくいオーラをまき散らすチェリーの謎の色気。
今、此処で立ち上がれば男としていろいろとまずい問題が明るみになるのだ。
故に立てない。
立ってはいけないのだ。
悶々と悩む若き少年の苦しみは、余人の知る所ではない。
これもまた、青春の一ページなのだ。
それでも、我らのチェリーはそう言うぴんくオーラには目聡い。
まるで貴公子の苦悩を見透かしたかの如く毒電波を受信すると、一瞥し言い放った。
「『あ、貴公子君は半径50キロ圏内に近寄らないでね☆』」
天使のような小悪魔チェリースマイル。
あざとい、ほんとうにあざとい。
だが、飢えた狼に其れはあまりにも過酷な餌と言うものである。
「も、もう辛抱たまらん!」
貴公子は激怒した。
必ず、かの悖徳没倫のチェリー(のセキララな姿)を覗かねばならぬと決意した。
エロスに対しては、人一倍に敏感であったのだ。
本能のまま、駆けだす。
疾れ、エロス!
野獣と化した貴公子が飛び上がり、チェリーに躍りかかった。
「『ちょっ! ちょっとからかっただけじゃない!』」
完全に不意打ちを食らった形となったチェリーは、対応が遅れ、逃げそこなう。
あわやデロるか、そう思われた矢先、横合いから放たれた桶が宙を舞い、貴公子の顔面に直撃。
もんどりうった貴公子はそのまま風呂場の堅い床に不時着。
嫌な音を立てながら転がり続け、柵に激突して静止に至る。
桶が飛んできた方向を見やれば、背後に紅蓮の炎を燃やしてドス黒い笑顔のまま仁王立ちする紫苑の姿があった。
「邪魔しやがって、いい度胸だな? 折角の風情が台無しだ。……覚悟できているだろうな」
彼もまた、エロスに敏感な一人であったらしい。
貴公子の蛮行に即座に気が付くと、平穏を乱す者に鉄槌を下すべく立ち上がったのだ。
「『助かったよ、ありがと☆ さて、と。ふふふ……チェリーを襲おうなんて……死ぬ覚悟は出来てるんでしょうね?』」
ゆらり、とチェリーが立ち上がり、陰惨な笑みを浮かべ武器を手に取る。
貴公子の命は風前の灯だ!
「ま、待った! は、話せば解る! 話せば解るから! そ、それにチェリーほんとはおとk……アッー!」
余計な一言は死を招く。
「『うふふふ〜生まれてきたことを後悔なさい!!』」
「忘れられない夜にしてやるよ」
ドS二人組の苛烈で容赦ない責め苦もとい、お仕置きもとい、ご褒美タイムが始まった。
●
儚げな蛍の光が幻想的な舞を披露し、まるで御伽の世界に来たかのような錯覚を感じる一方、ぶんぶんと執拗に纏わりつくヤブ蚊が聴覚に齎す煩わしさが現実世界へと意識を繋ぎとめる。
そんな、蔵門湯山中某所。
容赦なく血を吸われ、既に全身が痒くてたまらない迷彩服姿の久遠 栄(
ja2400)。
その対面の茂みには、涼しい顔で待ちの姿勢を崩さない宇田川 千鶴(
ja1613)。
どうやら千鶴は蚊に襲われていないようだ。
流石に女子だけあって、その辺の対策は準備万端と言う事か。
ぼりぼりと腕や足をかきながら、栄はヘッドセットと携帯電話を握りしめ、不審者の動向を探る。
気分的には、既に温泉に帰りたい。
女湯に続く道はカモフラージュで隠したし、男湯に誘導する罠も仕掛けた。
山中にはかなりの量のトラップが設置されてると言う。
それらの過酷な罠を、覗きをするような姑息な輩が潜り抜けてくるかという疑問点も残る。
もしかしたら全ては無駄な作業かもしれないのだ。
ちらり、と栄は千鶴が居るであろう茂みを見やった。
どうやら彼女には、必ず来るという何かしら確信めいたモノがあるらしい。
千鶴は蛍火の灯が届かぬ闇の先に何かを見通さんと、じっと一点を見つめ続けている。
蚊の立てる羽音以外は何も聞こえぬ静かな茂みの中、未だ来ぬ変質者に待ちくたびれた栄は温泉へと思いを馳せた。
「(何故、女湯に行くのだっ! 彼女たちの邪魔さえしなければ大きな夢が待っているというのに……っ!)」
栄もやはり、オトコノコである。
ベクトルこそ違えど、そこはかとなくあれでそれな思いも抱いていた。
しかし、そんな幸せな幻想を打ち砕く轟音が山中に響いた。
思いのほか近い。
どうやら待ち人が来たようだ。
千鶴と栄の間に緊張が走る。
栄は正確な位置を確認しようと五感と研ぎ澄ませるが、爆音によって騒がしくなった山中で其れを探るのは至難の業だ。
千鶴も手製の捕獲用ロープの罠とピコピコハンマーを握りしめ待機するが、やはりどこから来るか解りづらい。
と、その時、盛大な破砕音が千鶴の真上から響く。
「しもた、上や……!」
対人地雷で吹っ飛ばされてずたぼろになった戒がお空から降ってきたのだ。
「ど、どいてどいてどいてぇぇぇぇぇ!?」
どけと言われてどけるものではない。
彗星と化した戒の勢いは止まらず、そのまま真下の千鶴と頭と頭で濃厚なキスを交わすのだ。
まさしく、あなたが星(欲し)いと言わんばかりに。
熱烈な邂逅に、戒と千鶴は悶絶し、互いに地を転げまわる。
激しいのがお好きなようで。
「い、今の音は!? おーい、大丈夫……っと、うわっ!」
突如響いた悲鳴に慌てた栄が茂みから飛び出すと、ほぼ半裸状態となった『這い寄る変態』の濃い面々が無駄に良い肉付きの身体を揺らしながら突貫してくる所であった。
千鶴の安否は気になるが、今はこの暴走する男共を止めねばならない。
栄は強力な鳥もちをつけた矢をつがえ、狙いを定めた。
「ここを抜けられると思ったかっ」
しかし忘れてはいまいか?
この山中は、対覗き魔対策に幾多の罠が仕掛けられているという事実を。
ぽちっ。
「えっ?」
嘗て、とある戦場で猛威を振るったという凶悪なブービートラップが発動する。
いくつもの棘を球体に生やしたスパイクボールが左右から飛来。
変態だけでなく、栄すらも巻き込み侵入者に襲いかかる!
「そぉい!」
綺麗にハモって躱す四馬鹿と、其れに習う栄。
しかし避けた先の大地には二重のトラップ、恐ろしき剣山地獄パンジステークが控えていたのだ。
「そぉい!」
あわや落ちるという所を、四馬鹿と栄はスクラムを組んで肉の橋となり、ぎりぎりの所で落下を回避する。
ハジメテの共同作業である。
五人、手を取り合って死地を脱し、立ち上がる。
奇妙な連帯感が産まれたような気がしたのもつかの間、闇を切り裂いて赤く燃え吼ゆる鉄の塊が山中を駆け抜ける。
レールガンだ!
超加速された鉄塊は、変態と栄の区別なく襲いかかる。
「ちょっ、俺は覗き魔じゃないぞ!」
されど味方であると識別するようなものもなく、栄は変態達と共にいるのだ。
撃ち手である明にはそんなの関係ない。
其れに、たかが電磁砲の一発や二発や百発、誤射で済む範囲だ。
死人に口なし、である。
ひゅんっ、ひゅんっ、と鉄塊のつるべ打ちが降り注ぎ、現場は阿鼻叫喚地獄と化す。
変態達と栄は互いに協力し合いながら、安全圏を求めて駆けだすのだった。
どうしてこうなった。
相方の栄が蔵門湯の洗礼を受けている頃、千鶴は戒と楽しい鬼ごっこに興じていた。
「待つんや! アホな事を考える娘はお説教や!」
唸るピコピコ☆ハンマーが地を粉砕し、土砂を飛び散らせる。
滑稽な見た目に反して、思いのほか威力があるようだ。
そこはかとなく年下の友人に対する哀(愛)が感じられる。
対する戒は、囮にしようと考えていた変態の面々とも、軍曹ともはぐれ、計算外の事態に割とピンチだ。
「待てと言われて待つ観察者なんていないのだ……!」
少しでも時間稼ぎになれば、と予め用意してきた自分の写真を張り付けた被り物をそこらの木の枝にひっかけ、囮とする。
が、それらは何の躊躇も迷いもないピコハンの一撃を以て、容赦なく破壊されていった。
なにそれこわい。
「大人しくせぇへんなら仕方ないわ。影縛させて貰うわ!」
ちょこまかと逃げ回る戒に業を煮やした千鶴は、遂に最終手段に出る。
気持ち手加減したような気がする影縛の術が戒を襲い、その動きを捕えた。
だが、彼女は忘れてやいまいか?
この山中は、トラップの宝庫であるという事実を。
ぽちっ。
「さぁ、観念……えっ?」
戒の動きが止まるのと、千鶴が対人地雷を踏むのはほぼ同時であった。
夜空に花火の如く打ち上がりながら千鶴は後悔する。
そうして、落下地点に在る者を見て更なる絶望感に打ちひしがれる。
「ど、どいてどいてどいてどくんやっ!」
逃走中の栄が振り返るのと、千鶴が栄に衝突するのはほぼ同時であった。
嗚呼、歴史は繰り返される。
「……黒百合さん、そっちの趣味があったの?」
爆発音を聞きつけてやってきた神喰 茜(
ja0200)が、若干引き気味に問いかける。
何連コンボするのか、と問いかけたく成る程に鬱陶しい罠の連鎖で変態達と離れ離れになった黒百合は、山中でまさかの友人との邂逅に狼狽えた。
「なっ! ち、違うわよォ! 神喰ちゃんこそ、こんな所で何してるのよォ……」
しかも、あらぬ誤解を掛けられているとあれば一大事だ。
本来ならば変化の術を使って他者に化けるつもりだったが、其れを為す間もありはしなかった。
このままでは、今後の風評被害に繋がりかねない危機である。
「私? 私はほら、変態退治。折角だから、斬らせてもらおうと思って♪」
そういって笑顔で刀を見せる茜も大概アブナイ人だった。
結局のところ、二人は目的を同じくする貉であったのだ。
「あら、なぁに? 同じ事を考えてたじゃないのよォ……。こっちも貴女達みたいなのと戦えると思って来たのよォ! だから、そんな趣味なんて断じてないわァ!」
アブナイ趣味、完全否定。
黒百合は安堵した。
これでどうにか誤解を解くことができると。
しかし安心するのは未だ早い。
「あら、そう? それなら、遠慮なく♪」
納刀状態から高速の抜刀術による衝撃波が空間を切り裂き、黒百合に迫る。
躱しきれなかった風の刃が、黒百合の胴を浅く傷つけた。
「ちょ、ちょっとォ! いきなりご挨拶じゃないのよォ!」
黒百合の抗議も聞く耳もたず、茜は追撃の一撃を叩きつける。
「折角の温泉を蹴って来たんだから楽しませてよね♪ 大丈夫、加減はするから!」
その一撃を、アウルの力を瞬間的に体内で爆発させる事で得た身体能力を以て、寸でのところで避けきった黒百合。
こうなったらとことんヤるしかない。
「上等よォ! 後悔しても知らないわよォ!」
戦闘狂二人による割と本気な殴り合いが始まった。
「空には星、地には自然と蛍火……風情だと言うのに。やることが覗きたぁ、全く無粋であるな」
麻生 遊夜(
ja1838)は悲哀を帯びた視線を戒に送った。
「いや、これには深いワケが……」
戒は絶望した。
かくも楽園への道は厳しく険しいものなのか。
既に、体力的にも精神的にも限界が近い。
だと言うのに、またしても壁が立ちはだかるのだ。
「……もはや何も言うまい、ここで眠るといい」
容赦なく撃ってくる遊夜の銃弾を、戒は木を盾に凌ぐ。
だが相手が撃ってきているのは面制圧に長ける散弾だ。
そう長くは保たない。
憂慮すべきは其れだけではなく、他の罠や電磁砲にも警戒せねばならない。
あまりにも無慈悲だ。
この世に神は存在しないのだろうか?
否、そんな事はない。
きっとどこかに居るのだ、デロの神は。
「あんた……背中がガラ空きだぜぇ」
遊夜は戦慄した。
確かに、今まで自分と戒以外には誰もいなかったはずなのだ。
しかし気が付いたら背後に何かが居た。
「ちぃっ、誰だ!」
振り向き様に銃弾をお見舞いする。
だが、撃った瞬間には移動していた。
「リリィ先任軍曹ッ!」
戒が援軍に歓声を上げた。
「やれやれ、こんな事してっから拒否られンだろうに……。愛でるべき花を自分で枯らしてちゃ世話ないっすよ、先任軍曹殿!」
遊夜は、二対一では不利だと舌打ちしながら下がる。
こうなっては、事前に設置した罠に誘い込むしかない。
悟られないように、と細心の注意を払いながら引き寄せる。
「麻生君、君にはわかるまい! 彼女達こそは、この世に咲いた可憐な華。しかし、その美しさは期限つきなのだ! 其れを今、愛でずしてどうする!」
対して軍曹は遊夜の銃弾を器用に避けながら、トリッキーな動きを見せ徐々に間合いを詰めてくる。
追いつかれればデロるのは必至だ。
「そんなもん、解りたくもないな。俺にとっちゃ愛でる花は一輪あればそれでいい」
遊夜にとって、愛すべき花はこの世にたった一輪である。
軍曹のように、多くの花を必要としないのだ。
「花は見られてこそ育つものなのだ! 実に少女とはそういう生き物なのだよ! 見られて育つ、褒められて育つ、愛されて育つ! 他者あってこそなのだ!」
されど恐ろしきは、妄執に囚われし欲望の使徒である。
彼の目的を達する為の集中力は侮り難く、数多の罠と幾多の矢弾を潜り抜け迫ってくる。
遊夜は覚悟した。
かくなる上は、道ずれにしてでも食い止めるしかない。
全ては、温泉にいる少女達のささやかな平穏の為に。
「チェックメイトだよ、麻生君! デロの海に沈むがいい!」
「いいや、違うな。ステイルメイトさ。残念だったな、ここから先は通行止めなのさ」
ぽちっ。
山中に巨大なキノコ雲が生じた。
「ぐ、軍曹ーッ!」
軍曹は星になったのだ。
爆発と共に降ってきた黄金の仮面を抱きしめ、戒は決意する。
「軍曹、貴女の犠牲はムダにしない……! 私が必ず桃源郷に至ってみせる……ッ!」
残念淑女の孤独な戦いはまだまだ続く。
「この空気は……まるで戦場じゃないか」
野生の観に従い浴衣姿のままで外に出てきた六道 鈴音(
ja4192)を待ち受けていたのは、同じく嫌なものを感じてやってきたレグルス・グラウシード(
ja8064)と多種多様な罠であった。
時折、自分達の居る場所とは違う方向から響く爆発音と閃光が、否応なく覗き魔達の存在を肯定する。
「すごい罠の数だなあ……さすが、噂どおり」
夜道を一歩一歩、罠を回避して進みながらレグルスは感嘆の声をあげた。
難攻不落を謳う要塞化された山中は、味方にする事が出来れば頼もしい事この上ない。
しかしながら、此処の罠は敵味方区別なく唐突に襲ってくる類のものである。
少しでも気を抜けば、食われてしまうのは自分達なのだ。
この世界は弱肉強食、油断も隙もあったものではない。
「連中はこの要塞を前にしても心が折れなかった猛者達、油断できないよ」
鈴音は間近に迫る轟音と何者かの絶叫に身構えながら、レグルスに注意を促した。
暗い山林を眩い閃光が走り、仮初の昼を作り出す。
作り出された光の中に、レグルスははっきりと四つの影を視認した。
「うわっ……本当にいるんだ、温泉を覗こうとする人って」
レグルスは鈴音と互いの死角を庇い合うように態勢を整えると、来るべき変態との接触に備える。
かくて現れた『這い寄る変態』の面々は、大事な部分を葉っぱのみで隠したほぼ裸族であった。
戦場の熱気が見せたひと時の幻か、その異様な光景はある種の既視感をすら覚える。
だが、これは現実だ。
こうしている間にも、彼の変態パレェドはやってくる。
アレに飲み込まれてはひとたまりもないのは明白なのだ。
背後に控える温泉で平和なひと時を楽しんでいるであろう生徒達の為にも食い止めなければならない。
鈴音の放つ魔法が先手を取り、夜を征く。
しかし直線的なその魔弾は、歴戦の(覗きの)猛者たる変態達にとっては児戯に等しい。
各方面に散開すると、螺旋を描くように間合いを詰めてくる。
闇夜に無駄に肉付きのいい筋肉が踊り狂うフェスティバル。
初夏の夜の悪夢が始まった。
「ジェットトリプルアタック!」
数々の猛者をデロき海へと屠ってきた魔の軌道が描きだされる。
その幻惑的な動きを前に、レグルスは鈴音を庇って一歩進んだ。
女の子は守るべきものだと、そう信じているのだ。
例え其れが、自らを犠牲にするものであっても。
「覗きをしようなんて人には、僕だってちょっと容赦はしません!」
手にした武器に、星の煌めきが収束する。
解き放たれた白光がモノクロの世界を映しだし、くるくると回る影絵を追うかのような刹那のメルヒェン。
レグルスは白き得物を、黒きケダモノに向かって振りぬいた。
残念、渾身の一撃は空振りした。
世の中、そんなものである。
「戦闘はハジメテかい? ケツの力を抜けよ」
「可愛い顔してるじゃないのYO! かぁいくしてあげようNE!」
レグルスはデロった。
敗因は、非リア充のキモチと執念を理解できなかった事である。
リア充には決して解らぬのだ。
身近に非リア充がいると言うのに。
変態の魔手は鈴音にも伸びる。
「浴衣! 浴衣でござる! うなぢでござる! はだけた裾から見える白いふとももでござる!」
「その胸、紛う事なきひんぬー! そうかそうか、鈴音たんも巨乳効果に釣られてきたのか。だが、敢えて言おう! ひんぬーはイイ!」
余計なお世話である。
かくて鈴音もデロった。
敗因は浴衣で変態達の煩悩を挑発しすぎた事である。
如何に消耗している四馬鹿と言えど、当たらなければどうという事はない。
そして目の前にある餌が魅力的であればあるほど、彼らは潜在能力を発揮するものなのだ、多分。
「残念だが、時間がない。お前達、行くぞ! 軍曹殿とも合流せねばなるまい」
一通りイロイロと堪能した四馬鹿は二人をその場に残すと、いよいよ迫ってきた温泉へとラストスパートをかけていった。
「叶わない夢はない! 桃源郷まであと少しだぞ! がんばれ」
鈴音は遠のく意識の中で、最後の力を振り絞って呟く。
変態というベクトルであったとしても、自分の信念を貫き通すその背に、最大限の賛辞を贈った。
●
「エルちゃん、やっと捕まえました! さぁ、覚悟してくださいね。私はこの為に此処に来たと言っても過言ではありません」
ハグ魔ファティナはエルの捕獲に成功した。
「はーなーすーのーじゃー! これでは百合が居ても居なくても変わらないのじゃよ!」
もがくエル、無駄と知りつつも最後の抵抗を試みるも既に旗色は良くない。
「エルちゃんが勝手に居なくなったりするから悪いんです。大丈夫……、けが人ですからね。優しくします」
しかし、容赦なし。
数々の妹達を屠ってきたハグ殺しのファティナの本領発揮である。
仮にも銀髪姉妹の末妹として勘定されているエルに、回避する術はあんまりない。
「エルちゃーん! おかえりなさいなのだ!」
更には前方からギィネシアヌも抱きついてくるというサンドイッチ状態。
最早、年貢の納め時だ。
唯一の救いは、ギィネシアヌの胸がまな板で、おっぱいによる窒息死が死因としては回避できる点のみであった。
「はふぅ……、温泉で癒されに来たはずじゃと言うに、逆に体力を消耗するとは何事なのじゃ……」
ため息を吐くエルの隣で、興味津々、といった風に神喰 朔桜(
ja2099)が覗き込んでいる。
「どうしたのじゃね、朔桜。何かおかしな所でもあるのかの?」
エルの背に生えた悪魔の翼が珍しいのだろうか?
ぱたぱたと、合図をするように羽を震わせながら、エルが問う。
「……こうして一緒にお風呂に入る機会とかなかったけど、エルちゃん、結構胸おっきいんだね」
しかして返答は予想外のおっぱいであった。
やはり、豊胸温泉。
胸についた女性としての二つの武器は、それなりに気になる所なのだろうか。
「べ、別にエルのはどうでもよいじゃろう!? それにほれ、君の方が大きいじゃろうに!」
最近になって、胸を見られると言うことは恥ずかしい事である、と学習したエルが慌てて胸元を隠し、返す刃で朔桜のモノについてつつき返した。
確かに双方を比べてみれば、僅かながら朔桜の其れの方が丸みと重量感が上のように見える。
だからと言って、朔桜は其れを恥じらうでも誇るでもなく、ただ在るがままに圧倒的存在感を顕示し、涼しい顔で受け流すのみである。
「ん? 私は如何でも良いんだよ。別にそう言う相手がいる訳でもないしさ」
などと世のひんぬー淑女や、思春期の男子諸兄が聞けば卒倒しかねない事をさらりと言ってのける。
これがおっぱい的な意味での王者としての貫禄や余裕というものなのだろうか。
「それはそうと、エルちゃんにはそういう相手はいるの?」
王者、尚も手を緩めず更に追撃。
「居る訳ないじゃろうに!? それこそ、君はどうなのじゃね、朔桜!」
女性同士が集まると、自然とそういう話になるのは必定とは言え、攻められる側はたまったものではない。
そんなエルをからかう様に、秘やかな乙女達の男子禁制トークが繰り広げられていった。
隣で揺れるアニエス・ブランネージュ(
ja8264)の大山塊を盗み見ながら、嵯峨野 楓(
ja8257)はため息を吐いた。
胸囲の格差社会恐るべし。
同じ女性として産まれてきたと言うのに、かくも神の悪戯とは残酷なものなのだろうか。
湯で火照った身体を夜風に曝して冷ましながら、俯瞰した下界に広がる美しき自然の共演を楽しむアニエスのプロポーションは、楓から見れば喉から手が出る程に羨ましい大人の色香である。
「心頭滅却すれば貧乳も巨乳にっていうんだよ!」
もしかしたら、自分もこの温泉の効能であの『ないすばでぃ』が手に入るかもしれない。
そう思えば思う程、楓は全神経を胸に集中して祈らずにはいられなかった。
だが、そんな付け焼刃の精神論でどうにかなれば、世の中のひんぬー少女達は苦労しない。
どうしても他人の其れと比べては、もっと虚しい気分に落ち込むだけだった。
かくなる上は、大きい人に大きくなる方法を直接問うしかない。
そうしてご利益を授かるべく、さり気なく揉……触りたいのだ!
ちょうど近くに、瑞々しいメロンのように成長した其れを保持するアニエスが居る。
やらぬ手はなかった。
楓が行動に移そうとしたその時、不意に夜空に大輪の華が咲いた。
花火だ。
突然のサプライズに少女達は皆、空を見つめ歓声を上げた。
悲劇の狼煙とも知らずに。
上空には花火の光、地には止まらぬ爆発の連鎖。
「うぉっ、なになに? あれがもしかして蛍の光? キレイ〜♪」
都会育ちな並木坂・マオ(
ja0317)が壮絶な勘違いと間違えた知識を蓄えていく最中、夜空に散る鮮やかな閃光の合間を縫って、五条のラインが地へと降り注ぐ。
「流れ星? あ、そうだ。願い事しなくちゃ。最強になれますように!」
息つく間も無い天空のショウタイムに、マオはわくわくしながら食い入るように見つめている。
その純真無垢なる瞳が、やがて絶望と羞恥に染まるとも知らずに。
高速で落下する流れ星と思われたモノが、楽園の地平に近づくにつれ、徐々にその姿を鮮明に現す。
あれはなんだ? 鳥か? 星か? 否、人だ!
そう、彼らこそは久遠ヶ原にその名を轟かせし『這い寄る変態』。
既に衣服ははぎ取られ、葉っぱのみが大事な部分を覆っている状態。
要するに、温泉突入準備万端である。
気が付いた時には既に遅し。
豊満な肢体を惜しげもなく夜風に曝していたアニエス、星に願いを、蛍火に祈りを託していたマオ、巨乳に魅入られし貧乳娘、楓。
ちょうど山側に位置していた彼女たちの前に、変態達は落下した。
刹那、轟音が響き割れた床の欠片が飛び散る。
誰もが死んだ、と判断せずにはいられない程の衝撃。
だが、次の瞬間には土埃を舞わせながら四つの影が飛び出した。
「メロンちゃんひゃっはー!」
変態がアニエスに襲いかかった。
「ひんぬー眼鏡っ娘ひゃっはー!」
変態が楓に襲いかかった。
「黒髪ロングひゃっはー!」
変態がマオに襲いかかった。
「ここが俺たちのアヴァロンか!?」
いいえ、天国経由地獄逝きです。
阿鼻叫喚地獄の幕開けである。
「ど、どいてどいてどいてー! いや、むしろ受け止めてぇー!?」
四条の彗星もとい変態から遅れること数十秒、我らの戒が落下してきた。
「って、お姉さま!?」
その先には、豊胸効果で少し大きくなった気分でご満悦のレフニー。
戒、本日二度目の頭と頭の濃厚なキスである。
「ごふぉっ」
レフニー、KO。
流石の戒も最早起き上る気力なし。
戒は薄れ逝く意識の中、楽園の光景をしっかりと網膜に焼き付けた。
手に触れたレフニーのちっぱいが、妙に柔らかく気持ちいい。
ふにふにレフニー南無。
そうして、微笑って逝ったのだった。
変態達が一掃され騒動が片付き、静寂を取り戻した温泉宿。
涼やかな風が吹く窓辺に腰掛け、エルは蛍火を楽しんでいた。
その隣に、そっと清清 清(
ja3434)が腰掛ける。
泣きそうな、笑いそうな、いろんなモノが綯交ぜになった表情で。
そうして、ただ一言、精一杯の笑顔でささやいた。
「おかえりなさい」
エルは其れを静かに受け止め、返答した。
「ただいまなのじゃよ。あと、これはエルからもじゃな。おかえりなさいなのじゃよ、清」
後日、久遠ヶ原の裏世界で、『温泉宿盗撮録』なるものが発見された。
編集者は不明で、パッケージに一輪の白百合の紋章が描かれているのみである。
これらは全て回収され廃棄されたが、あの警備を潜り抜けて撮影を敢行した猛者が居た事を記録しておく。