●研究院<祓>研究所〜北側
北裏口門を出て周囲の警戒にあたっていた撃退士達は、新手の天界軍の接近を察知し臨戦態勢に入った。
敵の主力は遠目にも一際巨大なサイクロプスが2体、そして血のような赤い骨格で形成されたスケルトン多数。
それだけでも相当な戦力であるが、さらに指揮官と思しき天使と、大盾を背負いその傍らに影のごとく寄り添う女シュトラッサーの姿を目にした撃退士達の間に緊張が高まった。
「まさに四面楚歌ってところね‥‥さぁ、やるわよ」
六道 鈴音(
ja4192)は己に言い聞かせるようにいうと、いつでも魔法攻撃を放てるよう身構えた。
「先行隊の人達はかなり消耗しているし、出来るだけ負担を軽く出来ればいいんだけど‥‥」
先に到着しサーバント群の波状攻撃を食い止めていた学園撃退士達の身を案じる日下部 司(
jb5638)。
彼らはスキルもほぼ使い果たし生命も消耗している。
増援として新たに駆けつけた司ら10名が戦いの帰趨を決する要なのだ。
「防衛戦、んでもって状況は芳しくないって感じか」
恙祓 篝(
jb7851)も周囲の状況を見回してぼやく。
「‥‥でもま、やらなきゃならないのは分かってんだ。気合入れて行こうか」
「見た目は少女ですが、騎士団の一員ならば相応の力を持つのでしょう。油断せずにいきましょうか」
夜来野 遥久(
ja6843)が仲間達に注意を促した。
「従者までついて御苦労なこった、悪いがさっさと帰ってもらうぜ!」
遥久と肩を並べる月居 愁也(
ja6837が気勢を上げる。
親友である遥久と共に立つ戦場。
相手が天使だろうが使徒だろうが負ける気はしない。
「今のところ、天使が直接指揮を執っている敵部隊はこの方面だけですね‥‥」
森田良助(
ja9460)は敵の意図を読もうと思考を巡らせる。
この方角から研究所の敷地内に侵入するならば北裏口門を抜ける必要があるが、その広さはスケルトンが1体ずつ順番に通れるかどうかという程度。天使だけなら空を飛んで壁を越えられるだろうが、さすがにそこまで無謀な真似はしまい。
となれば、敵の狙いはサイクロプスを使い強引に壁を破るか、阻霊符を持った撃退士部隊を全滅させるかどちらかと予想される。
「どちらもさせませんよ。ここから先へは一歩も通しません!」
撃退士達が装備した魔具や遠距離魔法が届くぎりぎりの距離まで接近した時、ふいに天使の少女が進軍を止め、自ら地上数mの高さにふわりと浮き上がった。
「メルは――じゃない、我は『焔劫の騎士団』が一柱、『光閃緋弓』メリーゼル!」
両手を腰に当て、小さな身体から精一杯の大声で名乗りを上げる。
「この場に一般人や重体者がいたら退避なさい。時間の猶予を与えるのですっ」
「‥‥‥‥」
撃退士達は半ば呆れて天使の少女を見つめた。
既に研究所周囲では血で血を洗う激戦が繰り広げられているさなか、こいつは一体何を考えているのか?
こちらの士気低下を狙う策略か、それとも天然のお人好しか?
「やれやれ、お優しいこった」
先頃富士市防衛の依頼に参加し重体を負った郷田 英雄(
ja0378)は思わず苦笑をもらした。移動に難があるため、外壁内側にかけたハシゴの上に乗り、そこから友軍を援護射撃する構えだ。
むろん退避するつもりなど毛頭ない。
重体だろうが関係ない、腕も脚も動く。何より心が疼く、『焔劫の騎士団』を名乗る天使どもにこれ以上四国で好き勝手をされるのは。
「騎士道精神も結構だが、まずはてめぇの命を心配しろ」
先に戦っていた撃退士達も同じ思いなのか、魔具を構えたまま、その場から動く者は誰1人いなかった。
「焔劫騎士団‥‥バルシーク殿と同じですか」
遥久は先の依頼で交戦した同騎士団所属の天使を思い返した。
彼は単独だったが、いま目前にいるメリーゼルは使徒と直衛のサーバントを伴っている。
つまり同じ騎士団員でも天使としての実戦経験は浅いと推測できる。
「だからといって油断は禁物だが、使徒と引き離せば好機は見えるかもしれない」
「天使どもが‥‥ふざけやがって」
水無月 望(
jb7766)が吐き捨てるように呟いた。
はぐれ悪魔である彼にとって元より天使は気に食わぬ相手であるが、天界兵器の実験で街ひとつ消滅させた陣営の一員が個人的な「騎士道」など持ち出しても虚しく響くばかりだ。
「どこまで自分達の安っぽい正義を振りかざせば気がすむんだ‥‥。胸糞悪さを通り越して反吐が出る」
その一方で、黒百合(
ja0422)は緊迫した戦場の空気も忘れたかのように、
「あの可愛いらしい天使様はァ‥‥美味しいのかしらねェ‥‥♪」
金色の瞳を細めて妖しげに微笑んでいた。
●サーバント群、強襲!
両軍が対峙したまま1分ほどの沈黙の後。
「‥‥あなた方のお覚悟は分かりした。ではこちらも全力を上げてお相手するのです!」
あどけない顔を険しく引き締め、地面へ降下するメリーゼル。
それを合図のようにサーバント群が動き出した。
2体いるサイクロプスのうち1体は天使の側に残り、もう1体が骸骨騎士、及び骸骨兵どもを従える形で前進してきた。
サイクロプスが怪力以外にこれといった攻撃手段を持たない、逆にいえばそのパワーがなまじの武器や魔法など必要としないほど恐るべきものであることはよく知られている。
敵サーバントの中で遠距離攻撃手段を持っているのは、おそらく骸骨兵の中でも弓を装備したタイプだけだろう。
撃退士達は骸骨兵が弓の射程内に入る前に遠距離魔法で先制攻撃をかけようとするが。
一瞬早く、メリーゼルが上空へ向けて矢を放った。
魔力で形成された「矢」は撃退士たちの頭上に達したところで無数に分裂し、広範囲にわたり流星雨のごとき魔法攻撃が降り注ぐ。
その一撃で、先に戦っていた撃退士のうち深手を負っていた数名が力尽きてばたばたと倒れた。
馬型サーバントに跨がった骸骨騎士がサーベルを振りかざし疾駆する。
騎士のうち1体は長槍兵を率いて突撃、もう1体は弓兵を指揮し射程距離に達したところで一斉に矢を浴びせてきた。
そして骸骨兵の間からぬっと上半身を現したサイクロプスが、重々しい足音を立て大股で近づいて来る。
敵が向かうは裏門の(研究所側から見て)右側の壁。
裏門の左手には測定用プールがあるが、右手は屋外実験場として開けたスペースとなっており、ここにサーバントの大群がなだれこめば研究所の建物までほぼ一直線だ。
「作戦どおり行きます。攻撃開始!」
鈴音の合図と共に、サーバント迎撃の準備を整えていた撃退士達が炎系の魔法を一斉に発動した。
篝は敵の先陣を切る槍兵の一団に狙いを定め、先程のお返しとばかりファイアワークスを放った。
「喰い散らせっ!!」
花火のごとく色とりどりの炎がまき散らされ、赤い骸骨兵どもを焼く。
「虎穴に入らずんば虎児を得ず、ってね!」
味方の炎魔法に巻き込まれないよう注意しつつ前進した司は、目前に迫った槍兵どもめがけディバインランスを振るい、目にも止まらぬ翔閃の三連撃。
号令をかけた鈴音自身、骸骨騎士を狙い魔法を放った。
「吹き飛ばしてやるわ! 六道赤龍覇!!」
彼女が片手を空に掲げるやいなや、真紅の龍を思わせる火柱が立ち上り、そのまま巨大な炎の渦と化して骸骨騎士とその周囲にいた槍兵達を呑み込んだ。
撃退士から炎の一斉攻撃を浴びた骸骨騎士と配下の槍兵は混乱状態に陥るが、すぐ態勢を立て直し突撃してきた。焔劫騎士の配下だけあり、奴らは通常のスケルトンより幾分強化されているようだ。
その後方からは隊列を組んだ弓兵たちも盛んに矢を射かけてくる。
だが鈴音は次のカードを用意していた。
持参のホイッスルを吹き鳴らすと、打ち合わせどおり司をはじめ前衛で戦っていた撃退士達が素早く後退する。
効果範囲に味方がいなくなったことを確認後、鈴音は六道冥闇陣を顕現させた。
どこからともなく黒い霧が湧き起こり、槍兵達を包み込む。
数体の骸骨兵ががくりと地面に膝をつき倒れた。
指揮官の骸骨騎士が馬上から叱咤するような声で喚くが、魔法で眠らされた兵士達はピクリとも動かない。
眠りに陥らなかった骸骨兵に対して、鈴音は召炎霊符を投げつけた。
「死にかけてる人はお下がりくださいよっと」
敵の吶喊攻撃が鈍ったのを幸い、篝は重傷で動けなくなった友軍撃退士を素早く後方へ運ぶ。
良助のライフルが火を吐き、戸惑う骸骨兵達を嵐のような弾幕が襲った。
それを機に撃退士達は本格的な反抗に転じた。
今倒すべき敵は戦闘をよそに外壁目指して一直線に進むサイクロプス。
外壁前は一角巨人を目指して突撃する撃退士と、それを阻もうとする骸骨兵との間で乱戦状態となった。
そのさなか、良助はいったんライフルの銃口を下げ、北の方角から戦闘を見守りつつ自らも弓による遠距離支援を行うメリーゼルを睨んだ。
●光閃緋弓
外壁前で仲間の撃退士とサーバント群の激しい攻防が続く間、戦場を迂回し北へと向かう一隊があった。
「名乗られた以上、直に返すが戦の作法か」
リョウ(
ja0563)をはじめとする対天使・使徒チーム。
サーバント迎撃も重要だが、奴らを指揮する天使を直接叩けば敵軍を早期撤退に追い込むことが出来る。
ただしメリーゼル、及びその女使徒は共に実力未知数の相手だけにリスクも大きいが。
「俺じゃ役不足かもしれんが、足手まといにならない様やらせてもらう。よろしく頼むな」
「こちらこそだ」
望の言葉に答えつつ、気配を殺して慎重に進む遥久。
やがて天使の方も接近する撃退士に気付いたか、魔力の矢を番えた弓をこちらへ向けてきた。
「旅団【カラード】が長、リョウ。天界の将メリーゼル、お相手願おうか」
「望むところなのですっ」
いったん弓を下ろし、メリーゼルが頷いた。
「ところで『光閃緋弓』とやらは使徒の陰に隠れて弓を撃つことしかできないのか? かの猛将ダレスは俺達十数人相手に一歩も引かなかったぞ?」
「メリーゼル様、敵の挑発に乗ってはなりません」
明らかにむっとした表情の主を、女使徒が窘めた。
「弓使いには弓使いの戦い方があります。どうぞお心を乱されることなきよう」
「‥‥分かってるのです、クミコ」
クミコと呼ばれた女使徒は手にした錫杖を撃退士達に向けた。
「人数はそちらの方が多いですね? ならば我らが『主』に加勢したとて卑怯者呼ばわりされるいわれはありません」
彼女の言葉を受けたようにサイクロプスが唸り声を上げた。
(自分の使徒に諭されるとはな‥‥やはり実戦経験は浅いか)
「初めまして。ですがどうぞお引き取りを」
表向き礼儀正しく声をかけながらも遥久は望と目配せし合い動き出した。
彼らの役割はメリーゼルを孤立させるため、使徒を挟み撃ちにすることだ。
天使が構え直した弓が緋色に輝き、凄まじい矢の連射が撃退士達を襲い始めた。
さらに突進してきたサイクロプスが大木のごとき両腕を振り回し、当たるを幸い殴りつけてくる。
そんな中、良助は回避射撃で味方の被害を抑えると共に、自らは射点を変えつつメリーゼルを狙撃する。
「遠距離攻撃はこっちも得意なんだよね」
狙撃手の存在に気付いたクミコが錫杖を振ると、オーラのような半透明の光がメリーゼルを包み込む。何らかの防御魔法らしい。
「さてと、少しばかり俺達と遊んでもらうぜ。天使の犬」
使徒の注意を逸らすべく、望が挑発したその時。
「無礼者!!」
なぜかメリーゼルの方が激昂してこちらに矢を射かけてきた。
「クミコを侮辱する輩はメルが許さないのです!」
だがその一瞬に出来た隙を見逃さず、陰影の翼で空から忍び寄っていた黒百合が肉迫する。
隼突きの一閃を繰り出した後、天使が弓を持っている方の手にワイヤーを絡みつけた。
「――!」
空いた方の手にショートソードを召喚し、とっさに反撃するメリーゼル。
だがすかさず背後に周り込んだ黒百合は闇遁の2連撃で追い打ちをかける。
「素敵な悲鳴を上げなさいィ、可愛い天使様ァ‥‥♪」
「あぅ‥‥っ」
これはさすがに効いたらしく、苦しげに動きを止めた天使の少女を黒百合は背後から羽交い締めにした。
「まァ、天使を堕とすのは悪魔の役目だからねェ‥‥♪」
天魔に対して恨みは尽きないが、それはそれとして、あたかもお気に入りの人形を手に入れたような気分で、思わず少女の首筋へそっと口づけする。
「な――!?」
我に返ったメリーゼルは華奢な身体にも似合わぬ腕力で黒百合の手を振りほどき、背後に飛び退いた。
「は、破廉恥な真似は許しません! メルの玉のお肌に触れていいのはクミコとアル姉様だけなのですっ」
黒百合は小首を傾げた。
クミコとはあの使徒の名前だろうが――。
「アル姉様って誰? まさかアルリe」
「イヤぁー! それは言ったらダメなのですぅ〜!!」
何故か顔を真っ赤にして斬りかかってくる少女天使。
「メリーゼル様!?」
「おっと、あなたのお相手は我々です」
主の許へ駆け寄ろうとするクミコを遥久と望が挟撃する。
2人で交互に斬撃をかけ、徐々に天使から引き離していく戦術だ。
攻撃魔法は不得手なのか、女使徒は大盾を掲げて防戦一方に回る形となった。
「くっ‥‥!」
「俺が嫌いな者はな、命を軽々しく弄ぶ奴と‥‥てめぇら天使どもだ」
大剣に怒りを込めて、望が渾身のスマッシュを叩き込んだ。
使徒だけにクミコの防御も固いが、己の身を守るのに精一杯でなかなかメリーゼルの側に戻れない。
『構いません。おまえはサイクロプスを連れて研究所の方へ行きなさい』
クミコの心に、メリーゼルの念話が直接語りかけてきた。
『メリーゼル様!? しかし、それでは』
『彼らの狙いはメル達の分断です。ならば、それを逆手に取るまでなのです』
『‥‥畏まりました』
サイクロプスが咆吼を上げクミコの援護に向かってきた。
遥久と望が警戒して攻撃の手を緩めた隙をつき、クミコが走り出す。
「なにっ!?」
使徒が主を見捨てて遁走する――あり得ない光景に我が目を疑う2人の撃退士だが、彼女がサイクロプス共々研究所の方を目指していることを悟るなり、直ちに後を追った。
直衛サイクロプスをマークしていた愁也が巨人の足元を狙い薙ぎ払いをかけるが、これはクミコが放った防御魔法に無効化されてしまう。
愁也もまた遥久らと共にサイクロプス追撃に移った。
「さあ、メルは逃げも隠れもしません。どこからでもかかってくるがいいのですっ」
その場に残った撃退士達と対峙し、メリーゼルは再び緋色の弓を召喚した。
「――良い闘志だ。前言は撤回しよう」
リョウもまた槍を構え、アウルで生成した黒雷槍を投擲する。
「だが、俺達にも譲れないものはある。ここは通さない。お引き取り願おうか」
「誇り高い人類の騎士よ。メルの初陣に相応しい相手なのです!」
間一髪でアウルの黒槍をかわしたメリーゼルが、カウンターの一矢を放ってきた。
リョウは空蝉でこれをやり過ごし、さらにアウルの槍を投擲する。
「悪いけど僕は正々堂々やる気なんてさらさら無いよ」
潜伏スキルで背後から接近した良助がダークショットの銃撃を見舞う。
「キャハハハ! あなた気に入ったわァ、私のモノにしてみせる!」
黒百合は後方からライフルによる支援射撃を行いながらも、隙あらば武器を持ち替え接近し、先刻と同じ隼突きと闇遁のコンボを加えた。
3人の撃退士を相手に回し、天使の白銀の甲冑がたちまち朱に塗れて行く。
だがメリーゼルは怯む様子も見せず、ますます輝きを増す緋色の弓から矢を放ち続けた。
●壁際の死闘
対天使・使徒チームがメリーゼル達と戦っている間も、研究所北側の外壁前ではサーバント群と撃退士達の戦闘が続いていた。
(メリーゼル達の足止めをする皆も心配だけど、こっちはこっちでかなりキツイかな)
共に戦う仲間達を大声で励ましながら、司はちらりと思った。
天使や使徒との戦いがどうなっているか気がかりだが、こちらでも緒戦の範囲攻撃を生き延びた骸骨兵達が弓や槍で妨害してくるので、あちらの様子はスマホの連絡を通して知るより他術がない。
そして敵主力のサイクロプスは既に壁際まで到達していた。
『ウゴォォォォ!!』
咆吼と共に巨人が体当たりすると、強固な外壁全体がグラリと揺れた。
通常のコンクリート壁より頑丈な建材で作られ、阻霊陣で守られた外壁はそう簡単には壊れないはずだが、こんな力任せの攻撃を受け続ければいつまで保つか知れたものではない。
生き残りの骸骨兵、特に弓兵が固まっている場所を狙い篝がクレセントサイスを発動、魔法が生み出した無数の刃に切り刻まれた骸骨兵がバラバラの骨となって地面に崩れ落ちる。
また重傷で動けなくなった者、敵に包囲されピンチになった味方の救出も篝の担当だ。
カオスレートの関係上、天界側との戦闘は彼にとって要注意。
残り少なくなった骸骨兵が赤毛の少年を狙い攻撃を仕掛けてくるが、そんな時は器用に逃れ、逆に弱っている敵を見つけ次第、ナイトウォーカーの力にCRを上乗せした圧倒的な攻撃力でとどめを刺していく。
司は倒れた骸骨兵には目もくれず前進、ようやく壁に再度の体当たりを喰らわそうとするサイクロプスの近くへたどりついた。
「悪いけど、足止めさせて貰うよ」
一角巨人の足を狙ってウェポンバッシュを繰り出すも、相手の巨大さゆえ弾き飛ばすまでには至らない。
当初は壁の上から援護射撃に徹していた英雄も、その頃には門から出てサーバント対応の仲間達へ合流していた。
痛みを堪え、感覚を確かめる様に包帯だらけの体を動かしながら、
「泣き言言ってる暇はない。もう一踏ん張りして貰うぞ」
傷だらけの友軍撃退士、そして己自身を大声で鼓舞する。
眠っている骸骨兵は無視し、瀕死の敵には容赦なくとどめを刺した。
「はッ、手前らじゃあ燃えねェな。斬る価値もない」
自らの姿を怖ろしく見せる幻覚スキルで敵兵を束縛、銃撃で生命を削り取っていく。
その頃になると骸骨兵はほぼ全滅し、余力を残した撃退士はサイクロプス攻撃へと向かうことができた。
「壁の破壊」のみを命令されているのか、サイクロプスは撃退士を見向きもしない。
またその図体の大きさから攻撃を当てるのは容易いが、そのくせ単眼など致命的な部位への攻撃は激しく頭を振って巧みに逸らすから厄介だ。
「これ以上壁には近寄らせないわよ」
体当たりのためいったん壁から離れたサイクロプスに対し鈴音が異界の呼び手を召喚、虚空から出現した無数の腕が単眼巨人の動きを封じる。
すかさず司が巨人と壁の間に割り込んだ。
「日下部さん!?」
「大丈夫。まあ見ていて下さい」
魔法の効果が切れたサイクロプスが、再び猛然と突進してくる。
だが壁の前には司が――。
「これでも喰らえっ!」
生と死を分ける一瞬のタイミング。
目前に迫った巨人の単眼を狙い再度のウェポンバッシュ。
ランスを深々目玉に突き立てられた巨人が悲鳴を上げ、仰向けに転倒した。
撃退士達が駆け寄り、サイクロプスに再び起き上がる余裕を与えず集中攻撃で息の根を止めた。
「ふう。これで何とか‥‥」
鈴音が胸をなで下ろした時、スマホに対天使班からの緊急連絡が入った。
――2匹目のサイクロプスが、使徒と共にこちらに向かっている。
●終わりなき戦い
大地を揺るがし進撃してきたサイクロプスが、先に倒れた同族が壊しかけた壁へと突進した。
直ちに迎撃態勢を取る撃退士達だが、今度は勝手が違う。
単眼巨人の背後にピタリとついたクミコが防御魔法を発動し、巨人サーバントを半球状の光の膜で包み込んでいるのだ。
クミコ本人を直接攻撃しても、大盾により防がれてしまう。
怪力一辺倒のサーバントと防御に特化された使徒。天使に比べれば格下の相手だが、両者に組まれると実に攻め辛い。
そこへサイクロプスを追ってきた愁也、遥久、望、そして途中で対天使戦から離れた良助も合流した。
突進してきた勢いそのままに単眼巨人が外壁にタックルをかます。
鈍い音を上げて外壁にヒビが走った。
「遥久、背中貸せ!」
愁也が叫ぶや、前に走り出た遥久がすかさず身を屈めた。
その背中を踏み台にして高々とジャンプ、魔法の防御膜を突破した愁也が巨人の肩に槍を突き立てぶら下がるような格好で留まった。
「させねえよ!」
振り落とされないよう注意しながらよじ昇ると、武器を剣に持ち替え巨大な単眼めがけ鬼神一閃!
怪物の目玉に深々と剣を突き立てると、柄を握り締めたまま飛び降りる。
自重に任せて目玉を抉り、切り裂きながら地上に着地した。
「――やったか!?」
手応えは充分だったはず。
だが致命傷を受けたはずのサイクロプスは、何事もなかったかのように壁への体当たりを続行していた。
「無駄よ」
大盾から覗くクミコの目が嗤う。
「彼には一切の『痛み』を遮断する魔法をかけたわ。命の炎が燃え尽きるまで、ただ与えられた任務をこなすだけ」
それだけ言い残すと、踵を返して元いた北の方角へ駆け出した。
それ以上使徒に構ってもいられず、良助は巨人の背中にダークショットを撃ち込む。
他の撃退士達も残るスキルを総動員してサイクロプス攻撃に移った。
「まだまだ‥‥なのです」
明らかに重体レベルのダメージを受け、ふらつきながらもなおメリーゼルは立っていた。
甲冑姿の足元に、全身から流れ落ちた血だまりが広がっていく。
対するリョウ、黒百合もかなりのダメージを負っている。
ここまで来てしまえば、後はどちらかが殺るか、殺られるか――お互いが最後の決断を迫られる状況となっていた。
膠着した戦況を破ったのは、研究所の方から駆け戻ってきたクミコだった。
瀕死の重傷を負った主の小さな身体を、有無をいわさず抱きかかえる。
反射的にリョウが投げつけた黒焔槍を大盾で食い止め、そのまま女使徒は南の方角へと走り去った。
「‥‥クミコ‥‥あの壁、は‥‥」
「ご安心下さい、彼が破壊しました!」
苦しい息の下から消え入りそうな声で尋ねるメリーゼルの言葉に、主を抱きかかえて走りながら答えた。
「メルは‥‥お役に‥‥立てた? アル姉様の‥‥」
「はい! きっとアルリエル様もお喜びになるでしょう」
両手がふさがっているため、クミコは瞳から溢れる涙を拭うこともできない。
「なら‥‥よかった、の、です‥‥」
ふっと微笑むと、天使の少女はそのまま深い眠りに落ちた。
「取り逃がしたな‥‥」
天使と使徒が走り去った方角を睨み、リョウはぽつりともらした。
「まぁいいんじゃないの? またチャンスは来るわよ。そう、殺さなくてよかった」
メリーゼルの返り血と己の血、両方に塗れた黒百合がにんまりと笑う。
「――あの子、いつか私のモノにするんだもの。ウフフ‥‥」
彼女の唇には、あの天使の少女の柔らかい肌の感触が微かに残っていた。
研究所の前では、自らが破壊した壁にのしかかるようにしてサイクロプスが絶命していた。
「くそっ。天使の撃退には成功したってのに‥‥!」
悔しげに呟く愁也。
壁の破壊された部分はおよそ幅5mほど。研究所内から資材を運び出し応急のバリケードを築くことは可能だろうが、その間に新手の天使軍が侵攻してきたら守り切るのは難しい。
鈴音はスマホを取り、後方の指揮所に状況を報告した。
間もなく指揮所から新たな指示が下された。
『現状で外壁部の防衛は極めて困難と認む。諸君は研究所の敷地内に後退し、適当と思われる場所に新たな防衛ラインを構築せよ』
<続く>
(執筆担当:ちまだり)