●15:30
車の走っていない高速道路は午後の日差しを受け、遠くの景色を霞ませていた。
白昼夢染みた光景に、異形のもの達が佇んでいる。
「なんで、動かないんだろうー?」
「さぁ。でも、明らかに組織的な配置だし、いつまでも留まっていてくれる保障は無いわね」
月村 霞(
jb1548)の言葉に、フェイン・ティアラ(
jb3994)はこくりと息をのんだ。
「一斉に市街地へ動き出したら、間違いなく大きな被害が出る」
同じく、遥か先の街の方角を見ていた強羅 龍仁(
ja8161)は、そう応え、咥えていた電子煙草をポケットにしまった。
並行して動いてる作戦の為に、寡兵しか動かせない。――それでも。
「どういう意図によるものだとしても、あの街のような悲惨な光景には二度とさせない」
一夜にして、灰塵と化した街。同じ四国だ。そして、同じ天界の手によるものだ。
まだ記憶に浅い、持ち主の居ない―焦げた人形。
シェリア・ロウ・ド・ロンド(
jb3671)は堅い覚悟を持って、依頼に臨もうとしていた。
目的地まで凡そ16キロ。
視界の先まで伸びる道には複数のサーバントが居て、それを撃破しながら走破しなければならないと考えると、決して短い道のりではない。
悪夢を払う矢となるべく、彼らは東へ駆けだした。
●15:32
――カァッカァッ!
「任せてくださいっ!」
威圧的に響く鴉の声。
それに怯む事無く、六道 鈴音(
ja4192)は一気に敵集団に踏み込んだ。
高速道路という見通しの良い戦場。それはどちらにとっても不意打ちはし難い舞台であった。
しかし、その分気兼ねなく踏み込めるという事でもある。
(鴉が1匹、兵士が4体。全部、巻き込むなら……今っ!)
素早く符を引き抜く。愛用する霊符は仄かに赤い燐光を帯びて、鈴音の意思に応えた。
「深淵の眠りにつきなさい―六道冥闇陣!」
コゥッ! その瞬間、敵陣の足元にアウルの輝きが一瞬走り、其処から生じた黒い霧によって封じられた。
そして一瞬ののち、霧が晴れ、4体の敵が深い眠りに落ちていた。
「一匹逃しましたっ」
「一匹なら、問題ないわ」
上空に逃れた為、眠らずに済んだ鴉が一羽。
鈴音を狙わんと滑空してくる。だが、光の軌跡がそれを阻んだ。
「悪いわね、護る為の技術が一番得意なのよ」
バサリ、と落ちるサーバントに、トンファーでもう一撃叩きこみ確実にその命を、『壊し』た。
残ったのは、眠り落ちた敵のみ。絶命させる事は、造作無かった。
「ごめん、ねー…」
無抵抗な敵を斬った事に、フェインは少し後ろめたさを感じたのか、物言わぬサーバントに謝罪の言葉を口にした。
その背には、ふわりと揺れる白い翼がある。堕天使だ。
彼にとっては、サーバントも少し前まで同じ世界で生きるモノだったのだろう。
と、その頭に暖かなモノがぽふりと置かれた。
「大丈夫か?」
見あげると、龍仁が大きな手で頭を撫でていた。
「ありがとうー。うん…少し、考えちゃったけど、ボク達が頑張らないとねー…っ」
「そうか…、無理はするなよ」
「急ぎましょう。素早く…けれど慎重に」
シェリアの言葉に促され、全ての敵を仕留めた事を確認し、再び東へと走り出した。
その後も鈴音の符術による睡眠は、良く効果を発揮し、事前情報により警戒していた赤熊にも殆ど反撃させる事無くほぼ無傷のまま3戦目を終えた所で、龍仁は休憩を提案した。
●15:43
スタート地点から5キロと少し。
傷は無くともこれ以上走り続ければ、判断力の低下や意識に濁りが生じるかもしれない。
前後の安全を確認し、龍仁の提案で短めに5分の休憩を取る事になった。
道路の小脇に座ったフェインが、ストレイシオンの紫檀を還そうと木製の腕輪を振れた時、霞と雪月 深白(
jb7181)がやってきた。
「…? 還すの?」
「うんー、休ませてる間ヒリュウで偵察して貰おうかなってー」
「それ、きみのアウルがもたなくならない?」
「えっ?」
キョトンとするフェインに、鈴音も足を投げ出した状態で話に加わった。
「冥闇陣、全然回復してくる気配ないですよ。やっぱ小休憩入れてても、走って移動して、戦闘してだと、スキルの回復までは難しいと思いますよ」
「そっかー、じゃあ朱桜を呼ぶのは控えた方良いかもー」
「活性化していないのなら、余分に力を使う事になるしな。なに、こいつにまた頑張って貰おう」
龍仁の言葉に、紫檀はクォンと応え返した。
「そうだ、これ。皆の分持ってきたの」
「……これ、ひんやりして……気持ちいいよ」
そう言って差し出したのは、スポーツドリンクと濡れたミニタオル。
二人とも、全員分を用意していたのだ。
「これは助かるな。あんぱんもあるが、それはもう少し疲れた時にするか」
微笑を浮かべて龍仁が早速口を付けようとするのを、霞が袖を引き待ったをした。
「体が冷えすぎるから、一気に飲んだらダメだよ」
「あぁ、そうだな」
軽く口に含んでゆっくり飲むといい。言われたとおりに口に含むと、やや温んだ甘い液体が、心地よく喉を潤していく。
「…足とか、腕とかに当てると…いいの」
そう言って、深白もぽすんとその場に座りタオルを当て始めた。
「深白のタオルもひんやりしてて結構気持ちが良いですね」
その腰のベルトは僅かに緩んでいた。
短時間での休息を十分にする為の工夫だ。こういう小さな努力が積み重なって行くのが連戦というものでもある。
逆に、積み重ねられなかった懸念点もあった。
「此処まで、殆どの敵を眠り落として倒せましたけれど、その分情報が足りませんわね」
「うん…、鴉さん以外は眠ってたから…熊さんもすぐ寝ちゃってて、拍子抜け……かな?」
二人の言葉に、龍仁も頷く。
「まだ蛙とも交戦していないしな。ともかく、なるべく範囲で戦闘時間を抑えて進もう」
そう、口にした所でフェインと鈴音がそれぞれ時計を片手に立ちあがった。
どうやら、5分の休息は終わりのようだ。
●
「紫檀、天雷ノ風!!」
フェインの願いに応え、竜が放つ雷のブレスで一瞬視界が白く染まる。
ブレスに当たれば麻痺させる事が出来る範囲攻撃。だが、命中率はやや悪いのと、直線のみである為、当然打ち漏らしが発生する。
無傷の黒い兵士が竜を打たんと凶刃を上段に構え振り下ろした。
しかし、それは霞の旋棍により阻まれる。
そこで、敵が奇妙な動きをした。
攻撃を阻止されたにもかかわらず、その黒兵は後退したのだ。
「何?」
ふと、霞は打棒にじわりと黒い染みがあるのに気付いた。
何か意味がある筈―そう考えた刹那、上空から鋭く滑空して来た白い凶鳥の嘴が浅く腕を裂く。
体勢を立て直した所へ、更に槍を構えた黒兵がその獲物の切っ先を捻じ込もうとしているのが見えた。
―避けられないっ。
キンッ
「少しはこちらの相手もして貰おうか」
辛うじて割り込んだ龍仁の剣が、槍に穿たれるのを防いだ。
阻まれて尚敵の狙いは霞から変わっていないのは、黒で塗りつぶされた顔であっても疑いようが無かった。
「うふふ! どこへ行くの? 君の相手は私だよ」
「ガァッアアッ」
深白の忍刀に裂かれながら、赤い毛並みの獣がやはり霞に狙いを定めて、その口を大きく開いた。
一瞬の間隙。
ゴウゥッッ!!
「紫檀、お願いっ」
霞と、それを庇うように立っていた龍仁、更にはその後方で術の発動するタイミングを計っていたシェリアにも届かんとする業火が、獣の顎門から放たれた。
けれど、暗い紫蒼の竜が主の意図を正確に汲み翼を広げ立ちふさがる。護る事を得意とするストレイシオンだが、全てを無力化するには力が足りない。
不測の事態で、連携を挫かれた。
けれど、攻めを耐えきったら流れはもう一度こちらに来るもの。
ひたりと獣を見据える瞳がある。
炎に晒されても、反らされる事の無かった瞳だ。
この炎は、自らが止めなければいずれ罪無き人々に降りかかる兇刃。
それを払う力を持つ事を望む。
強く。勁く。
ふわりと銀糸の髪が黄金の光染まり、内から生じた力の奔流に翻る。
交差させるように両手に構えた美しい細工の旋棍を、細い輝きが螺旋状に巡り先端に、集う。
「いい加減、大人しくなさい!」
ゴウッと、解き放たれたアウルは、金の輝きを散らしながら強い風を巻き起こすと、直撃を受けて、赤熊の巨体がぐらりと揺れた。
耐えきるかという所で、バランスを崩した赤熊がズシンと倒れ落ちたのだ。
「一気に、行きましょう」
シェリアの瞳はもう倒れた獣を見ていなかった。
敵はあと7匹。
止まってなど、いられないのだ。
●15:56
「連戦で万全を期す為にもしっかり休憩しましょう」
先程の戦闘の功労者の、有無を言わさぬ笑顔で提案に逆らう人等居なかった。
少しでも回復をと、各自お弁当やカロリーブロックを口にし、霞が配ったスポーツドリンクで喉を潤す。
「アンパン…甘くて、美味しい…」
言葉少なに、深白は餡の甘さをかみしめる。
最初の休憩に比べ、皆疲労の色が濃い。
戦闘もさる事ながら、全力疾走での移動もじわじわと体力を落とすのだろう。
「さっきの黒兵の動き、どう見る?」
「マーキング、……ターゲットの共有って事かも」
あの黒い染みを受けてから、一斉に霞が狙われたように思えた。
今、トンファーを改めてもその痕跡は認められない。
ならば、やはりスキルによるものか。
熊にしろ、鴉にしろ、一体一体は、思った以上に弱い。それでも、無傷という訳にはいかないし集中攻撃を受ければそれだけ消耗する。
赤熊の火炎は範囲攻撃であった事も、忘れない。連戦だからこそ、立ち回りを逐一修正していくのだ。
「とにかく、数を減らさねばならないのは、当初の作戦と変わらないか」
「そうだねーっ、急がなくっちゃ…」
目的地まで、あと9キロ。
●
通算で8戦目に入った所で、ついに一番の警戒する相手がいる事に気付けたのは、その巨体故だった。
青蛙―報告によれば、素早く、広範囲に状態異常のスキルを使ってくるという相手だ。
構成は、白鴉が4匹と赤熊1体、そして黒兵が8体。そして青蛙が2匹。全部で15体。
報告にあった最大の敵集団はこいつらだろう、フルコースの敵陣。
(勿論、他にも同数の集団が居ないとは限りませんけどねっ!)
こうなると、睡眠を使いきっているのが悔やまれる。
「けど、やるしかないですね!」
「コメットを仕掛ける、併せられるか?」
「勿論です!」
「わかったよー」
「私は数を相手にするのには向かないし…デカブツ押さえに回るから、その間に他を潰して」
「じゃあ、私は蛙さんかな? うふふふ、楽しみ!」
敵もこちらに気付いて臨戦態勢を取っている。
龍仁の詠唱により具現化した無数の隕石が、ゴッガガッと敵集団へと叩きこまれ、立ちあがる事を困難にした。
さらに、彼らの倒れ伏した地面がひび割れ、赤い耀きが立ち上がる。
十分に練り上げられたアウルが、鈴音の掲げられた手に合わせて、高く高く吹きあがった。
「ケシズミにしてやる! 六道赤龍覇!!」
ゴゥッ! まるで風に煽られる様に螺旋を描いて炎の渦となり、炎に巻かれた兵士達が次々に動きを止める。
「キュイ!」
そして、朱桜が最後の雷のブレスを放ち、上空に居た鴉を2匹地上へと叩き落とす。
しかし、敵の数が多い。
炎を切り裂くように、黒兵の矢が降り注ぐ。
「ダメージは軽微ですわっ、畳みかけましょう」
檄を飛ばしたシェリアに立て続けに別の兵士からの矢が飛来し、細い体を貫いた。
「ターゲットされたのかっ」
「構わず、戦ってくださいま…」
その言葉は、最後まで発する事が出来なかった。
ぐらりと傾ぐ身体を、黒い刃が貫いていたのだ。
もとより、強力な武具で体力を奪われて居た彼女は、敵からの総攻撃に耐えきる事が出来ずその意識を手放した。
「シュリアさんっ!」
「回復する、援護を頼むっ」
龍仁がシェリアに駆け寄り、その背後を霞が護る配置に着く。
炎に焼かれ尚動く巨体、その前にヒュンと愛用のトンファーを構え直し、霞は立ちふさがる。
狙いは未だ、シェリアのようだ。
二つの首を持つ異形の熊は、その身を黒く焦がしながらも、凶悪な爪を振るった。
(勢いにのって押し切るべきね)
熊の踏み込んでくるタイミングに合わせて、身を低くし、くるりと体を反転させる。
流れるように、ステップを踏むと熊の側面に回り込み。
動きを止める事なく、旋棍を強く回転させ双頭の後頭部めがけて一閃を打ちこんだ。
ズガンッ! 衝撃音と共に熊は横転した。
絶命はまだしていない、それでもこれで決着だ。
「少し、大人しくしてて」
深白とフェインは一番厄介とされた大きな蛙の前に居た。
てらりとした皮膚は青紫に斑で、見るからに有害そうな風体をしている。
大きく口を開いたかと思うと、巨体がさらに膨れ上がる。その瞬間、青蛙から青い煙が噴き出る。
「ッ―」
咄嗟に口を手で覆い、バックステップで距離を取る。
それでも僅かに吸い込んだ毒素が、目と鼻を刺激した。
(体が…上手く動かないーッ! 麻痺毒…)
フェインがその場に崩れ落ち、辛うじて耐えきった深白はその笑みを一層深くした。
「酷いことするねっ、お返ししなくっちゃ」
すらりと伸ばした手の平に、ヂヂヂと雷が剣の形が作られていく。
それに気付いた蛙は大きな手で少女を潰そうとする。
僅かに蛙の手が、雷刃よりも早く少女に届きそうに見えた。
けれど、少女にとっては最初から『視えて』いた未来。
「―それには、当たらないよ」
ほんの半身を反らして、熊からの攻撃を躱す。
これは、ご褒美だ。その耳の横を通り過ぎる衝撃を静かに見届けたなら、あまりにも無防備な相手を見る事が出来る。
「――じゃあね、ばいばい」
バヂィィ!!
白雷の閃光が、全てを白く染め上げた。
全員が疲弊していた。
少数での連戦、一人が抜け落ちた時の負担増加は勿論、シェリアを抱えて走る事になりどうしても進軍速度が落ちた。
工程は残り僅か。
死力を振り絞って、目標地点を目指し進む。少しでも、早く前へ。
●16:20
最後の地点に辿り着いた時、敵は其処に居なかった。
最悪の事態を連想し、嫌な汗が背筋を流れる。
「間に合わなかった…の?」
膝が震えるのは、疲れの所為だけではないだろう。
崩れ落ちそうになるフェインを、がしりと大きな腕が支えた。龍仁だ。
「まだ、決めつけるのは早い。ギリギリ間に合ったようだ」
促す視線の先。
見れば高速道路の柵の向こう、数十メートルの所に異形の集団が居た。間違いなく、此処に居たであろう集団だ。
「近くの病院にいる部隊に応援をお願いします。シェリアさんにも、早く手当てが必要ですし」
最後の集団がもし、最大級の戦力であった場合自分達も倒れるかもしれない。
携帯を取り出し提案する鈴音に、一同は頷いた。
その間に龍仁は、全員に回復を施し、残りのメンバーは少しでも使えるスキルを活性化し直す。
「応援OK出ました。このまま待機していても良いそうですが…」
「一般人の避難もまだなのよ。絶対に止めるわ」
「…これで最後、なら倒れても、平気…かな」
問うた鈴音も、答えた彼らと同じ目をしている。そう、これ以上連戦が無いのなら戦える。
戦って見せる。
そして、誰からともなく、市街地へ迫るサーバントへと走り出した。
その後、合流した援軍が到着した時には、誰もが疲労困憊で立っていられないものも居たが、幸いにも一般人の被害は出ずに済んだという。