●2012年、新春
その年の幕開けは、どこまでも晴れ渡る見事な青空で始まった。
「晴れて良かった」
黒髪の健康的に焼けた肌をした振袖の少女、緋伝 瀬兎(
ja0009)は、眩しそうに目を細めた。
目指すは餅…の前に一応お参りだろうか。
大好きな弟が、一緒に来られなかったのは残念だがお祭りという単語に心は躍る。
「早く早く、お祭りお祭りー!」
はしゃぐ瀬兎に急かされるのは、佐倉 哲平(
ja0650)。こちらは袴姿だ。
二人は、迷子になっていた瀬兎が半ば強引に哲平を誘い一緒に初詣に向かう事になったという奇妙な縁同士だった。
「そんなに急がなくても、餅は逃げないだろ。まだついてもないんだから」
「やる事は沢山だもん。お参りして、籤引いて、お餅搗いて、沢山食べないと!」
苦笑気味に、哲平は瀬兎の後をついていく。
「わかった。付き合うといった以上は、とことんだ」
二人で引く籤が、大吉と凶となる事も、≪女難の兆し≫と不吉なあどヴぁいすを貰う事も、この時点ではまだ解らない。
向かう先に、朱塗りに注連縄の架かった鳥居が見えてくる。
逸る気持ちを抑えて、二人は向かうのだった。
●
「新年ぢゃ、めでたい☆ よく来たのぢゃ皆の者」
吐く息も白い寒さだが、永遠のなんちゃって15歳アリス・ペンデルトンは今年も元気そうだ。
「今日は、急な誘いに多くの者が乗ってくれて嬉しいのぢゃ。いつもは授業で使う神社ぢゃが、本日は初詣専用の貸切なのぢゃー☆」
『おぉー!!』
アリスがノリのいい生徒と盛り上がっているのを横目に、レイラ(
ja0365)は、奥に見える社殿の方に視線を送る。
こんな処にお社があったなんて……。
入学をしてもうすぐ半年、それでもこの学園には知らない場所や施設が沢山ある。
「どんな神様が奉られているのでしょうね」
詳しい人が居れば聞いてみよう。巫女の衣装を着ている参加者に聞けば解るだろうか?
餅搗きの会場は、社務所の前の少し開けた場所に道具を持ち込んで行われる。
当然、まずは運ぶ所から始まる訳なのだがこれが中々大変だ。
神社の敷地の外、アリスが乗り付けたワゴンから、荷物を下ろし、石段を昇り、境内に運ぶ。言うのは易いが、いくら撃退士とはいえ、一苦労な仕事だ。
「先生、車運転出来たのですね」
「うむり、トラックのドリフトだって披露出来るのぢゃ☆」
暴走トラック魔女の宅急便。なにそれこわい。
一瞬過った単語に苦笑したのは、既に参拝を済ませた柳津半奈(
ja0535)だった。
「それはともかく、こんなイベントを開いて頂いた先生には感謝していますのよ」
「うん、初詣ってあんまりした事ないけど、皆でっていうのは楽しいね」
並木坂・マオ(
ja0317)もうんうんと同意する。頷きにあわせて、大きめの帽子がずり落ちてきたのを、きゅっと被りなおした。宝物の帽子だから、新しい年も一緒に迎えたい。
「うむり、開いた甲斐もあるというものぢゃ」
「それで、何を運んだらいいのかな?」
二人とも荷物運びを手伝いにやってきたのだ。周りを見れば他にも手伝いの指示を待っている参加者が見える。
「これを境内までぢゃ☆」
示されたのは、トランク目いっぱいに積み込まれた荷物。
これだけあれば、50人の胃袋もきっと満たされるだろう。だけど、問題はその量を運ぶという事で。
「……沢山荷物がありますわね。でも、皆で運べば丁度いい食前の運動になるかもしれませんわ」
「じゃあ、あたしが車から降ろしちゃうからさ、キミは手伝ってくれる人に担当を任命しちゃって」
「ふふ、承知しましたわ」
画して、準備が始まったのだった。
「よいっしょっと」
「それで最後だよ、お疲れ様旦那」
どすっと、肩に担いだ臼を下ろしたフラッペ・ブルーハワイ(
ja0022)に、使い捨てのカイロを差し出したのは空亡 晦冥(
ja1947)だ。
随分と空気が冷えてきた。予報違わずと言った所か。
「ボクは平気だから、ペルが使うのだ」
どうせこれから、杵を叩く叩く叩く叩く叩くリロード叩く叩く叩く叩く叩くリロード。
「餅搗きで熱くなるのだ!」
脳内シミュレーション完了! 例え杵でもガンマンが握れば、それは銃! 本人がそのつもりなんだから、銃なのだ!
どばーんと効果音でも聞こえな程の爽やかさ。熱さ。
「そうか、じゃあ寒くなったら言ってくれ」
相方は無駄に元気と体力が有り余ってる。誰より知っているのは、晦冥だ。
置いて行かれそうな程元気なのが、自分の愛する人なのだから。
けれど、折角の初詣。
(夫婦らしい事のひとつ位は……と、思うのも旦那だからなのだが)
無理強いはすまい、そう思った矢先。
指先に暖かな感触。
いつの間にか下がっていた視線を上げるとそこには笑顔のフラッペが晦冥の手を、自分の手で包み込んでいた。
「旦那……」
「そういえば、少し寒くなってきたのだ! だから、少し温まっていくのだ」
温まるも何も、フラッペの手の方が暖かいのだと言うのは野暮だろう。
暫しの間、二人は仲良く新年の時を刻むのだった。
荷物が運ばれてくるのと同時進行で、搗いた餅を入れる為のお汁粉と甘酒を温める準備も進められる。
社務所の奥に仕舞ってあった会議机を凄い勢いで組み立てるのは、大谷 知夏(
ja0041)だ。華やかな衣装を選ぶ者が多い中、彼女は動き易さを重視してジャージ姿で参加していた。
それもこれも、お汁粉と甘酒を心置きなく堪能するためであり、
「ふっふっふー♪ 甘酒とお汁粉の為に、働くっすよ! 超働くっすよ!!」
誰に聞かれなくても、答える程だ。
そのお陰で、あっという間に設営は完了する。それでも彼女は止まらない。
多分、お汁粉と甘酒を胃に収める迄は止まらないのだろう。
「うむ、それだけ頑張れば、さぞや旨いものにありつけそーぢゃな☆」
「あ、先生! お汁粉の為ならもう、鍋に飛び込みそうになる勢いっすよ!」
その例えはよく判らないが、とにかく溢れんばかりの情熱だけはよくわかる。否、それしか判らない。
「大体良いぢゃろう、大谷くんありがとーぢゃぞ☆」
いつの間にか神主が着るような狩衣に着替えたアリスが、いつもの魔女帽子をぴこぴこ動かしながら知夏を労う。
ジャージもさる事ながら、並ぶとなんだかコスプレのように見える。
「新年一発目の吉凶を占って欲しい者は後で来るといいのぢゃよ〜☆」
生ける七不思議は、ノリノリで生徒を促すのだった。
●拝殿
初詣という事なのだから、例え他に目的があったとしても、皆一度は拝殿に詣でる。
願う者も居れば、誓う者も居る。
――鈴の音と拍手が響く。
新年という節目に、神前にて自分の心と向き合い、気持ちを新たにするのだ。
羽生 沙希(
ja3918)も皆に倣い、まずはお賽銭―奮発して百円玉だ―を投入れる。
しゃらんと鈴を鳴らして、まずは二礼。
ぱんっ、ぱんっ…。
沙希の纏う、紅色に小さな花が描かれた振袖は、故郷のママが送ってくれたものだ。
決して裕福な家ではない。この振袖もママのお下がりで、だけど沙希の為に丁寧に裾上げがされていた。
ママはごめんねって言うけれど、こんなに温かい振袖は他には絶対無い。
だから願うのは、
(自分と家族、そして新しく出来た学園の友達。みんなの一年が健康でありますようにっす!)
健康でありさえすれば、あとは自分次第。
一礼して、新しい一年に踏み出すのだった。
学園には多くの留学生が在籍している。そしてその多くが、初詣という風習自体が初めてなのだ。
そして、セシル・ジャンティ(
ja3229)と雨宮アカリ(
ja4010)の二人も今年が初めての初詣となった。
セシルは美容院できっちりと振袖を着付けて貰い、アカリは念の為にピストルを用意したように、各々万全の体制で臨んでは来たのだが、やはり初めて触れる文化では戸惑う部分もある。
そこで、その二人の友人の案内役を買って出たのは、百嶋 雪火(
ja3563)だ。
「お二人とも着物綺麗ね♪ よく似合ってるわ」
そう笑みを浮かべる雪火は、ワインレッドの着物に白いショールを合わせて、黝い髪をさらりと流す。なかなか清艶な姿である。
そんな彼女から褒められると、やはり嬉しい。
「ふふ、ずっとお着物に憧れていたのです」
「それにしても……着物にしても、イベントにしても、日本のお正月って盛大ねぇ」
途中で見かけた正月飾り、お節料理は重箱にみっちり、そしてこの振袖の装いだ。長く異国の戦地で暮らしていたアカリからすると、それは華やかに映った事だろう。
「まずは参拝ね。やり方はさっき言った通り。それから、お賽銭だけど、45円分出してくれるかしら」
「45円?」
事前にちらりと読んだ作法には、そんな記述は何処にもなかった筈だけど。
疑問顔のセシルに、雪火は悪戯っぽく微笑んで、
「しじゅうごえん―つまり、『始終ご縁がありますように』って意味で奉納するのよ」
「……ギャグ?」
「語呂合わせ。韻を踏んで意味を重ねるのも、立派な日本の文化なのよ」
アカリの言葉に雪火がぴしりと訂正を入れる。
その鋭さに一瞬冷やりとする。嗚呼、うっかり親父ギャグって言わなくて良かった。
「なにかしら?」
「素敵な風習だと思いを新たにした所よぉ」
そんな二人のやり取りに、セシルは今年の一年もきっと素敵になる予感を感じ微笑むのだった。
今年一年の縁起の為に神様のご機嫌取りでもしておきましょうかねぇ……?
そんな心持で参加を決めたのは、黒百合(
ja0422)だった。
普通に参拝しようと思っていたが、すぐ隣で45円の話を聞いて少し迷う。
「そうねぇ……素敵な標的に出遭えるっていうのも、縁よねぇ?」
誰にとも無く呟いて、10円玉を4枚追加する。いつもより多いんだから、ちゃんとお願いの方も頼むわよぉ?
ちゃりんっ…パンパンッ。
(いっぱい皆殺して蹂躙虐殺粉砕出来る一年になりますようにぃ)
――その為に、この学園に来たって事になってるんだから。
その隣、一見普通の制服姿の生徒に見えて、顔迄すっぽり覆う全身黒タイツという一度会ったら絶対忘れない格好をしている参加者が居た。
「今年一年の安全祈願と、学園の繁栄を願って…」
見た目は異常だが、心は優しく紳士的な鮫島 玄徳(
ja4793)その人だ。
知り合いはなく、一人のんびり参加と思っていた玄徳だったが、ついさっき元気な振袖の集団(うち一人は男であったが)に挨拶された。
その皆の笑う姿を思い出し、人知れず微笑む。
願わくば、皆で幸せになれるように、と。
良い運は皆で共有しよう、悪い運は皆で小分けにしよう。
そう思いながら、お御籤のある社務所へ足を向けるのだ。
皆が思い思いに拝殿を後にする中、かなりの長い時間その場に留まっている人物が居た。
その名を思わせる、淡い桜と小梅の振袖が可愛らしい少女だ。
その少女―桜子(
ja0400)は一心に祈っていた、――恋愛成就達成を!
「今年こそ…良い恋愛が出来ますように…っ、良い人に逢えますように…っ!」
桜子の祈りは続く。
(彼氏が出来たら? ラブラブでイチャイチャな関係になってあんな事やそんな事、あっだめっそれ以上は…)
「…初詣…一人…寒いのは心の方でしょうか……、びぇーん! 来年こそは…来年こそはっ」
頑張れ桜子。負けるな桜子。きっと来年こそは……うん、希望を持つ事は大事だよね。
●当たるも八卦
拝殿の横。
普通の神社ならお守りを売っている社務所では、アリスが用意した籤の結果に多くの人が一喜一憂していた。
話のタネにと用意したすぺしゃるお御籤なのだが、予想以上に希望者が多く、てんやわんやという状態であったが3人の手伝いのお陰で漸く落ち着いてきた所であった。
その一人、巫女として、社会勉強が出来ると早くに運営の手伝いを申し出たのは或瀬院 由真(
ja1687)。
バイトでも巫女をしているだけに、緋袴捌きも堂に入ったものである。実家は寺だけども、それはそれ。
一方、他の二人はどちらかと言えば、巻き込まれたに近かった。
『撃退士たるもの何時いかなる時も戦いに備えるべし』という、とても立派な心掛けを元に、TOPを考えた結果、
「うん、巫女装束でいこう」
となった為、巫女さんちょっと手伝ってとばかりに借り出されたのは桐原 雅(
ja1822)。
愛想が無いと自分では言うのだが、きりっと締まった表情と黒髪は巫女装束によく映えていた。
ほんわかとした笑顔の由真と並ぶと、丁度好対照に見えるから尚更かもしれない。
そして、最後の一人は、
「やっぱり振袖が多いですね。いいですけど、見せる相手がいないし、そもそも着れないし〜」
言葉とは裏腹に、やはり華やかな姿が気になる様子の羽鳴 鈴音(
ja1950)だった。
彼女の場合は、ぷらりと一人で見て回っていた時、あまりに由真と雅が大変そうだったので、内気な彼女にしては珍しく自分から手伝いを申し出たのだ。
極、小さな声で。聞こえなかったのなら、それはそれで良いという位の大きさで。
けれど、
「助かるよ!」
と、雅に引っ張られ、由真に笑顔で歓迎され後に引けなくなったという形でずるずると。
柄ではないけど、たまにならこんな事もいいかもしれない。
「あのさ、アリス先生のスペシャルな占いってここでいいのかな?」
そこへやってきたのは、褐色の肌に涼やかな菫の瞳をした少女、ソフィア・ヴァレッティ(
ja1133)だった。
説明が必要そうな相手とみて、一番勝手の判る由真が笑顔で答える。
「はい、お御籤ですか?」
「うん、それそれ。へぇ、これを振ればいいのかな? それじゃ、試しに一つやってみるよ」
「では、占いたい事を思いながら、そう箱を逆さにして…棒が出てきたら番号を見せてくださいね」
――しゃかしゃか…
「ど、どうかな?」
「19番……凶ですね」
≪足元注意、頭上注意、食過ぎ注意ぢゃぞ≫
凶自体の意味を知らずとも、内容を見ればあまり良くないのは一目瞭然であった。
そんなに注意ばかり言われると、やっぱりちょっと凹む訳で。そんなソフィアを由真と鈴音が慌てて励ます。
「あちゃー、悪いの出ちゃったよ……」
「あんまり、気にしない方がいいですよ。ただの占いだし」
因みに、己の結果も同じ文字が書かれていただけに、鈴音も人事ではなかったのだ。
「あれ! 鈴音先輩だ! わぁ、あけましておめでとーです♪」
「あ、ほんとだー! おめでとうございますー」
つい、自分のお御籤を思い出して暗くなっていた鈴音は、名前を呼ばれてはっと顔を上げた。
「おめでとうございますよ。ユキさんは可愛い格好してますねぇ」
そこに居たのは友人の羊山ユキ(
ja0322)と櫟 諏訪(
ja1215)の二人だった。3人は同じ部活の顔なじみでもある。
「えへへ、ありがとーございます♪」
はにかむユキ。文化祭の時に用意した赤い振袖は、白いショールをあわせてぬくぬくあったか冬バージョンになっていた。ふわふわのツインテールに共布赤いリボンが実に似合っている。
「お御籤引きたいんだけど、鈴音さんにお願いしていいのかなー?」
学年は一つしか違わないが、鈴音との身長差はゆうに50cm近い諏訪が少し屈むようにしながらお御籤箱を触りながら尋ねる。
「ん、いいですよぉ。諏訪さんには特に悪い結果が出るように祈っておきますねぇ。冗談ですけども」
うわっ酷いなー。じゃあ、それに負けない位気合入れないとねーと、楽しそうな笑みを浮かべてお御籤箱を取りあげると、ユキに一つを渡して同時に、いざ運試し。
――しゃかしゃか…
数字を受け取った鈴音がそれぞれの前に、結果の書かれた籤を裏返して渡す。
「わ、ちょっとドキドキしますね」
「だねー、じゃあ…せーのっ!」
えいっとひっくり返して、内容を検めると―?
結果は、『吉』。
「わぁ! 吉でしたよ、吉! ……諏訪先輩はどうでしたか?」
自分の内容もだけど、諏訪の方の結果も気になったりする訳で。ちらりと伺うと、気付いた諏訪は見えるように紙をぴらりと反してくれた。
「あれ、諏訪先輩も吉ですね♪」
「みたいだねー。あ、でも内容はちょっと違うねー。あどヴぁいすは≪急がば廻る前に、振り返ってみるのぢゃ≫?」
「こっちは、≪ラッキープレイスは星の見える場所ぢゃ≫だよ☆」
そう言うと二人で、お互いのを見比べてあれやこれやと一喜一憂して、解釈を披露する。
どんな結果でも、受け止めて向き合えれば、それはきっと糧になる。
漸く、お御籤を希望する人がひと段落した社務所では、対応にてんてこ舞いだった手伝いの3人も漸くの休憩に入る所であった。
「お疲れ様です、もう私一人でも大丈夫ですからお餅を食べてきて下さい」
「あ、本当? なら、そうしようかな」
すっかり巻き込まれた雅は、由真の言葉にほっとしたように首を廻す。
大混雑の中、二人に任せて逃げるのも心苦しかったのだが、もう此処まで人が落ち着けば大丈夫だろう。
「そういえば、まだ試されてないですよね。お引きになりますか?」
微笑みながら由真が差し出したのは、お御籤箱。
「平時から自分の運の無さは実感してるんだけど……」
それでも今度こそと、期待をするのも人情というもので。
――果たして、結果は…
からり…。
「あ…」
「大吉ですね、おめでとうございます♪」
≪望みの種は既に手の中なのぢゃ≫
今は追う背にも、並べる日が来るに違いないのだ。
●餅つけば
千葉 真一(
ja0070)はある事を、並々ならぬ決意で狙っていた。
集合時間よりも早く到着し、餅米を蒸したり、道具を運んだりと、準備から手伝いポジショニング取りも抜かりは無い。
「準備は良いようぢゃな〜! では、これより餅つき大会を開催するのぢゃ〜〜!!」
そう、全てはこの時の為に!
真紅のマフラーが翻り、掲げた獲物は弧月を描いて、白霞を二つに斬り裂く。
「一番槍ならぬ一番杵、行かせて貰うぜ!!」
ぺったん!
それを合図に、他の杵を構えていた生徒も次々に振り下ろされ、ぺたんぺたんと心躍る合奏が始まった。
「あんまりこういうことしたことねーからなぁ…」
そう言いながらも、小さい体でしっかりと杵を振り下ろすのは、七瀬 晃(
ja2627)だ。
「結構上手いけどな」
そう言いながら餅を返すのは、ついさっき一番杵をとった真一。トップバッターを取ってみたかっただけだからと、晃に譲ったのだ。
ぺたんっ、返し、ぺたんっ、返し。
モチ米はみるみる内に、艶々でふわふわのほんのりと甘い香りのする、見るからに美味しそうな搗き立ての餅へと変貌を遂げる。
じゅるり。
「もう良いかな、よっと」
真一が臼から大きな餅の塊を、片栗粉を張ったバットへと落としこむ。成形を担当するメンバーの所へ急いで持っていけばOKだ。
「旨そう。一足お先に、頂きまーす」
「あっ」
止める間もなく、晃が塊に手をを伸ばした―が、当然。
「あちちっ」
「ったく、ちゃんと汁粉になって食べれるから待てって」
慌てて手をひっこめた後輩は、苦笑するがどこか憎めなくもある。弟が居たらこんな感じかなと何とはなしに思うのであった。
――カシャッ ぺたんっ カシャッ ぺたん
餅搗き会場の一角で、シャッター音と餅を搗く音が交互に聞こえてくる。
「これなら可愛い姿も驚きの映像もいくらでも撮影できるかな。ふふふふふ」
その笑みは、にやりとにたりを足した様な会心の笑み。
データは逐一クラウドストレージに送ってるから、メモリ不足になる心配は無い。まさに万全!
「そんな事言ってるけど、もやちゃんも綺麗なんだよっ」
ファインダーの向こうで、餅搗きしている仲間を応援していた紫の振袖の少女―栗原 ひなこ(
ja3001)が、リボンのついた大き目のコサージュを揺らして振り返る。
折角の初詣、髪だって下し、気合いを入れてきたのだけども。
カメラを構えていた、五つ紋付大振袖の―違った意味で気合いの入った―斐川幽夜(
ja1965)と、
「うんうん、ひなこさん斐川さんは絶対綺麗で可愛いでしょう〜」
感嘆の溜息を零す、ファティナ・F・アイゼンブルク(
ja0454)。彼女も紺に白の花紋が広がる振袖を着ている。
専門店で借りてきたものだが、柔らかな白銀髪によく映え姿勢が良い事もあるのだろう、初めてとは思えぬ品の良い佇まいに見えた。
「なんだかあたしが一番お子様っぽいかも…変じゃないかな?」
少しだけ心配になって、男子の方に尋ねてみる。
普段元気いっぱいの少女が見せるそんなに仕草の可愛さは、撃沈必至なのである。であるが、
「ちょっと休憩しようかー」
「なんかコツが判ってきたかも」
餅搗き経験者の二階堂 光(
ja3257)に、初心者の桐生 直哉(
ja3043)が教わりながら搗いていた所為か、不幸にも聞こえなかったらしい。
「お前、手、冷えてるな」
不意に直哉の手を、光が握る。熱い眼差しはどこか真剣さを含んでいて。
「な、なに?」
「俺が暖めてあげようか」
熱っぽい声音。
――実に不幸な事だ。
「ちぇすとー! こんなに可愛いひなこさんを無視するとは何事ですか! 褒めなかったら殴ります」
ずびしっ! カシャッ
「うわぁ、ちょっ、ドッキリだって知ってるよねーっ」
ドッキリを仕掛けるのはファティナも知っていたから、一緒にそれに『乗る』つもりだったのだが。
事情が変わった。
「わっわっ、ファナちゃん良いってばっ。 あたしのタイミングが悪かったんだから〜っ」
ちょっと聞いてみたくなっただけなのに、こんな騒動になるなんてとひなこが慌てて仲裁に入る。
「タイミングって何の話だろ。それにしても、いつもと印象違って見えるけど三人ともよく似合ってるし、華やかで綺麗だな」
やってる事はあまり変わらないんだけどと笑う直哉。光も同意する。
尋ねた問いの答えが、意図せず返ってきた。ひなこは一瞬きょとんとしたが、嬉しそうに微笑んだ。
花はそれぞれ魅力があるのだ。
「うん。良い絵が取れたし、お汁粉も確保出来そうだ」
一部始終を動画に収めた幽夜が、五杯目の汁粉を空にして頷くのだった。
一方別の臼でも餅搗きの音に紛れて、シャッターを切る音が聞こえてきた。
「あ、兄さん。そこの袋からスポーツドリンク出してもらえるかな?」
「あぁ、皆に配ると言っていた奴だね」
餅搗きをする妹に、携帯のカメラを向けていた鞍馬 真治(
ja0015)は、妹―鞍馬 理保(
ja2860)に言われた通り、持参した紙袋からドリンクを取り出して並べる。
「ふぅ、餅搗きしてたらやっぱり熱いし、喉が渇くね」
防寒対策としてダッフルコートにマフラーをしてきた理保が、ぱたぱたと襟元に風を送りながら手渡されたドリンクで喉を潤す。
その間に、真治は搗き上がった餅を適当なサイズに分けて汁粉の鍋の所へ運ぶ為の盆に乗せていく。
その様子をみて、ふと普段と同じ制服に白衣を着た姿の兄が気になった。
「兄さんは寒くないの?」
「白衣は意外と暖かいですからね」
朗らかに笑うと、一杯になった盆持ちあげる。
「理保の分もお汁粉持ってきますよ」
そう言って鍋に向かう兄を見送くった理保は、今更ながら兄妹の作業役割が逆じゃないかと思われてないか、赤い顔で周りを気にするのだった。
お汁粉目当てに、餅搗きに参加をしていたのは楠 侑紗(
ja3231)と、その同行者の頭崎 妖(
ja4096)。
妖の方は、my臼、杵を持ってくるという気合の入れようだ。
「旨い餅を作ぜ〜!」
ぺたんぺたんと旨い餅を作るべく、手に馴染んだ杵を搗き下す。
侑紗はというと餅の返しを担当していたのだが、
「お餅相手とて、容赦はしません。そんなにフカフカしても、ダメなものはダメです」
じーっと、表情の起伏が薄く見える眼差しでお餅を見つめながら淡々と返していた。
何といっても、この初詣の為に毎年見ている『炬燵で蜜柑で元旦名物駅伝』という鉄板正月スタイルを犠牲にしたのだから、手など抜けようもない。
勿論、明日は箱根路を見るのだけども。
「それにしても、袴良いですね」
「来年は侑紗も着てくればいいよ。きっと似合うし」
「そう……ですね」
来年もこんなイベントがあるなら参加したいかもしれない。駅伝が生で見れないのが難点だけれども。
余談だが、アリスからたんまりとお年玉を巻き上げるという目的を実行しようとした妖は、お年玉袋に冬の特別課題なる宿題をたんまり追加されたとか。
その頃、次々と搗き上がる餅を入れる汁粉とアツアツの甘酒の鍋の置かれたスペースでは―。
「振袖で、こう言う事をするのはちょっと緊張しました」
そう言ったのは、伊那 璃音(
ja0686)だ。淡桃の滑らかな地梅の咲く振袖が、一層の楚々とした印象の彼女をより引き立てており、似合っている。
しかし、餅突きや汁粉等の賄いをするには、汚さないかやや不安になるのも当然だろう。
そこで璃音は、割烹着と襷を使い少しでも邪魔にならないよう工夫をしてきたのだ。それでも、やっぱり不安は残るのだけど、
「ふふ、それも何か楽しいですね」
「滅多に出来る事では無いからの〜」
「あ、アリスさん」
一瞬の間。
その辺に頓着の無い生徒も居るのだろうが、璃音はそれには当てはまらない。だとすれば――
「…あああっ先生でした! ごめんなさいっ」
年齢不詳は自他共に認める所だが、それに伴う誤解がこれだ。勘違いしたままの生徒も少なくは無いのだろう。
「ふぉっふぉっふぉ、見た目で判断してはいかんのぢゃゾ☆ それにしても、お汁粉の方は大体OKそうぢゃの」
「甘酒の方も、大体終わりですねー」
そう答えたのは天羽 マヤ(
ja0134)だ。手元の大鍋の甘酒は殆ど無くなっていた。
「天羽もちゃんと楽しんでおるかー? 色々と手伝ってくれたのは随分助かったのぢゃが」
「ご心配なくっ、お御籤で大吉も貰っちゃいましたしねー」
マヤはゴミ箱をあちこちに設置したり、甘酒の給仕を買って出たりと、所謂裏方として参加していた一人だ。
ちなみに、アドヴァイスは≪猫が幸運を呼ぶ≫らしい。
「こうやって人の役に立つのも、楽しいですからっ」
「そうだな」
マヤに相槌を打ったのは、やはり裏方として参加していた巌瀬 紘司(
ja0207)だ。
「大体皆に餅は配り終わったようだぞ」
だが、手にした盆には、搗き立ての丸い餅が並んでいる。
「これは?」
「お前も、食べてないだろう? これは、給仕係の分だそうだ」
見れば最後の餅搗きをしていたメンバーが、笑顔で手を振っている。
「わっ、美味しそう。今お汁粉をよそいますね」
「じゃあ甘酒も用意しますねっ。ここで裏方を選んだのも何かの縁ですし、一緒に食べませんか?」
袖すり合うも他生の縁。
「それならもう一人、一緒に裏方をやっていた奴が居たんだが……何処に行ったかな」
紘司が首を捻る。
「じゃあ、その方の分も取っておきましょう」
「うむ、おぬし達は他人の事を想える心を今年も忘れるでないゾ。あと、お御籤を担当してくれた者も連れてくるから入れてあげてほしーんぢゃ」
アリスの提案で、片付けが始まるまでの間、裏方同士のちょっと遅い休憩が始まるのだった。
●
『今年もよろしくお願いします』
そう、声を揃え挨拶をしあったのはブレイバーズで馴染みの面々。
別に誘い合った訳じゃないのだけれども、来てみて出会えば、やっぱり仲間と話したくなるもので。
着崩れを直せる場所があったら良いと、飲食物のスペースの隣に簡易休憩所を用意していた沙 月子(
ja1773)の元に、一人二人と仲間が集まったのは、日頃からの結束力の賜物かもしれない。
「苦しくないです?」
そう、月子に声をかけられたのは、慣れない衣装に戸惑うイアン・J・アルビス(
ja0084)。そして、その隣でくすりと穏やかな笑みを浮かべたのが兜みさお(
ja2835)だ。
「確かに初詣は初めてですけど、和服を着せられるとは思いませんでしたよ」
「結構お似合いですよ」
着物での参加ではなかった二人だが、月子の所にやってくる人の晴れ姿を見ていると、やはり着てみたかったと話題にもなるものだ。それを何処からとも無く聞きつけた顧問が差し出したのは二人分の着物。
「水に落ちたぢゃとか、墨を被ったぢゃとか、パイまみれぢゃとか……まぁそういう事態を見越して用意したのぢゃが、平和に終わりそうぢゃからな! 役に立って良かったのぢゃ」
と、何処かほっとした言葉を出した顧問は、何故か森浦 萌々佳(
ja0835)に抱えられていた。
赤と白の艶やかな振袖、そして小脇にはアリス・ペンデルトン。
「新年早々アリス先生に会えるなんて〜……幸せですね!」
だきゅり、ぎゅっぎゅ。
平和でも カオスひと匙 ぶれいばーず。
「確かに……、森浦さんのお御籤の結果≪迷わず突き進めば叶う≫は早くも的中ですね」
「俺も一番杵取れたしな、幸先良いね。≪人を想えばなお良し≫だっけ」
幸せそうな萌々佳の言葉にイアンと、餅を搗き終わった真一が答える。
そんな仲間の言葉に、
「私も……叶うかな?」
そう、遠慮しがちに願うのは最年少の若菜 白兎(
ja2109)だ。
人見知りをしがちな白兎は、まだ学園にあまり馴染めず心細く思いながら、それでも餅搗きに参加したいとまごついていた所、丁度お汁粉を月子に届けに来たイアンに見つけられたのだ。
手を引かれたその場所で、白兎の為にと小さく食べやすいお餅を用意してくれたのは、気配り上手な月子と萌々佳。そして、真一とみさおにはお御籤を引くのを手伝って貰えた。
そんな仲間の優しさが嬉しい。
自分から声をかける勇気は、まだ無い。でも、いつか。
いつかは、その優しさを与えられる側に行ける様に。≪視線を一歩だけ前に≫。
ちなみに、メンバーでは萌々佳と真一が大吉、みさおと月子が中吉で、そして白兎とイアンが吉だった。ここで、凶が出ない事に逆に不安を覚えたのなら、大分女神様の教育が行き届いている証拠だろう。
「あら、もう休憩は終わりですか?」
休憩中、かなりマニアックな図書の話題で盛り上がったみさおが、アリスの飲み終わったコップを片付ける。
「うむ、折角着てくれたのに、慌しくてすまんのぉ。皆はゆっくり楽しんで行くのぢゃぞ☆」
「あっ、待って!」
萌々佳の腕を逃れ、去りかけたアリスを月子が慌てて引き止めた。そして、徐に鞄を漁り始める。
「何処にしまったっけ? あれっ? はわわ、見つからない!?」
にゃーと鳴きながら鞄を漁るが見当たらない。絶対に入れた筈なのに、どうしてこういう時に限って見失ったりするのだろう。
「月ちゃん、はい」
そう言って萌々佳が渡したのは、月子のカメラ。
「さっき魔女萌え! って言ってカメラ貸してたっけ」
返す前にアリスが現れ、ここでは語り尽くせぬ怒涛の交流の末忘れていたと言う。魔女萌えは今年も無敵のようだ。
一瞬の間の後、へたり込む月子。そんなやり取りに笑いあう仲間。
そのカメラには、今年の英雄達も、きっと楽しく過ごせるに違いないと予感させる記録が沢山収まるだろう。
その頃、境内の一角の開けた場所に只ならぬ空気、戦いの気配とでも言うべきものが漂っていた。
「ふ、このわたくしにここまでさせるとは、貴様やるなっ!」
「まだ、まだ届かないというのっ!」
かたや、可変ロボの出てくるアニメの軍服に、ゴム製のマスク(製品名:なりきりBIG「O」厚化粧)といういでたちのアーレイ・バーグ(
ja0276)
対するは、ファンタジーな冒険アニメに出てくる、可愛い羽根を持った『商売上手なシルーフ』の格好(ちょっと寒い)といういでたちの柴島 華桜璃(
ja0797)。
アーレイの『日曜朝8時半に脈々と続く系譜の文様の絵がかれし』羽子板が唸りをあげると、羽根が弾丸の如く打ち出され華桜璃に襲い掛かる。
その姿からは、有明で3日間の戦場を駆け、オフ会、徹カラと強行軍(主にアーレイ主導)をした身とは思えぬものであった。
恐るべき、日本の文化。
でも、お祭り衣装=コスプレという間違った文化認識だからなっ。
一方、ごく一般的な羽根突きを行う者たちも居る。
華やかな振袖姿の少女達が楽しげに羽根を突く姿は、まさに旧き良き正月と言った風合いか。
墨壷と筆をもって、敗者には容赦の無い洗礼を与えるのは、赤地に黒の模様が描かれた振袖のアイリス・ルナクルス(
ja1078)の役だ。
そして、着ている振袖に負けない程に青い顔で審判をするのは、大崎優希(
ja3762)
羽根突きの前に飲んだ甘酒で、見事にひっくり返ったのが、まだ尾を引いているらしい。
そして、羽子板を構えるのは緋色の振袖の美人。名を七海 マナ(
ja3521)という。
「むー…戒さんもっかい!」
軽いウェーブがかった金髪を結い上げ、項から伸びる白い首元も艶かしい…、男の子である。
可愛くむくれるマナ(どう見ても女の子)にアイリスが墨を塗る。
男爵なお髭をぬりぬり。
美女的な風貌と相俟ってなんとも可笑しくて可愛い。
「あは、ファイトですよ」
「かわいこちゃんに囲まれて、パワーMAXになった私の力を食らうといいんだぜー」
アイリスの応援に応えたのは、必殺の清純派スマッシュを羽子板で決めたマナの対戦者、七種 戒(
ja1267)の方だった。
黒地に金龍が粋に躍る振袖がカッコいいのだが、言葉の端々から欲望がだだ漏れている。
こちらは、ほっぺにばってん印が塗られていた。
その敗因は、マナの『ナマ足悩殺攻撃』に見事に嵌ってというあたり、実に業が深い。
そのやりとりに、くすりと笑っのは、赤桜が黒地と黒髪に良く映える振袖の綾時 月(
ja2149)
ついさっきまで遠巻きに皆を眺めていたら、アイリスに引っ張られて、墨を塗る共犯にされてしまった。
引かれた手は冬空にも暖かくて、温かくて。暗澹たる願いを持つ身に優しく染み渡る。
「さっきはお御籤の結果に泣いていたのに、もう復活されたのですね。お姉様」
月の指摘に、3人分のうめき声が合奏する。
「お御籤は、皆『凶』でしたものね、あう」
「お…、思い出したくないんだぜ」
「うぅ、今年こそ素敵な恋愛に…」
仲のいい仲間達、皆揃って引いたお御籤。揃って凶を引き当てた。
嬉しいやら、悲しいやら。いや、恋愛運に強い願いを掛けていた誰かは凄く落ち込んだりもしたわけなのだが。
「いいなぁ、お揃い」
一人、吉を引き当てた優希が逆に残念がったが、吉の方が運勢は良いんだぜ?
だってほら、1000久遠もお賽銭で投げたじゃないか……紙飛行機にしたのが悪かったのかもしれないけど。
ともあれ、どんな結果でも、仲間達との日々がずっと続けば良い。
あどヴぁいすは、≪人生楽あり苦もありぢゃ≫
「っていうか、全員凶だったら大分ショックなんだぜ…?」
そんな戒のもっともな台詞が、晴れ渡る空に消えたとか何とか。
●祭りの後に
冬の陽の傾きは早い。
いまだ雲一つない空が、紅く染まっていくと同時に空気はより一層の寒さを見せていた。
後片付けがあらかた終わった頃合いを見て、アリスが参加者を社務所前に集めた。
「少ないが、これは先生方のお年玉ぢゃ」
一人ひとりに小さいポチ袋が配られると、あちこちから歓声が上がった。
「ポチ? 日本の伝統的な名前だよね?」
「さんぽちゃん、それ違う」
受け取ったぽち袋をしげしげと見ているのは、十二単――を休憩所で動き易いように着付けし直して貰った犬乃 さんぽ(
ja1272)だ。確かに正装には違いないが、時代考証が千年ばかり古かったようだ。
「女の子は、やっぱり軽装なんだ…よく似合ってる、可愛いよ」
その隣に居るのは、羽突きの激闘を繰り広げていた華桜璃だが、こちらはこちらでコスプレなので来年の初詣でさんぽが正しい衣装の認識を出来たかは微妙なところだ。
「やー、皆の衆お疲れぢゃゾ〜☆ 皆のお陰で楽しい正月になったのぢゃよ。
それでは、今年も一年元気で楽しく過ごすのぢゃゾ☆ 解散!」
アリスの解散宣言に、参加者達は三々五々友人知人と話しながら境内を降りて行く。
ある者はこの後クラブ棟で新年会があったり、カラオケで二次会をしたりするのだろう。
留まって立ち話をしていた者も陽が落ちるのに合わせて姿を消した。
数刻前、賑やかだったのは嘘の様な静謐さが境内を支配する。と、拝殿の前に人影が一つ。
手を合わせ、静かに願うのは壬生 幸慶(
ja3080)だった。
「去年はあまり人に恵まれなかったからな…。今年は何かしらの縁でもあるといいけどな」
「なんぢゃ、帰っておらんかったのか」
ぎくりと振り返れば、アリスが箒を持って立っていた。
「アリス先生……いえ、ゆっくりお参りしたかったので」
果たして理由はそれだけだったのか。
そうか、とアリスもそれ以上は追及しなかった。
ずっと裏方に徹していた優しい青年と共に、星の瞬き始めた夜空を見上げる。
願わくば――…
「今年は良い年に出来るといいのぉ」
「はい」
どんな運勢も、どんな願いも、自分次第で変えていける。
良い年に出来るように、努力する事が一番の開運方法に違いないのだ。
そうして、今年の初詣は終わるのだった。