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マスター:虚空花
シナリオ形態:イベント
難易度:普通
参加人数:25人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2013/06/26


みんなの思い出



オープニング

●道化は甘く誘う
 藍色が混ざった闇の空には、ぽっかりと丸い月が浮かんでいた。
 街灯よりも優しい光に照らされるドレススカートのような赤いテント。
 巨大なテントからは、歓声と拍手喝采の嵐が漏れ聞こえた。
 ここはサーカス。
 まるで夢のような楽しい空間。
 灼熱の輪をくぐるライオンに、三輪車で綱渡りをするサル。
 全ては観客のため、見る者を喜ばせるためにあるかと思われた――が。
 幸福なひとときは、絶望へ誘う『餌』でしかなかった。

***

 まだ昼の暑さが残る初夏の夕刻。
 閑静な住宅地に赤いランドセル。
 学校で友達と喧嘩した美奈子は、くさくさした気分で帰路を歩いていた。
 きっかけは些細な事。
 それでも、一度大きく膨らんだ嫌な気持ちは、なかなかおさまらず。
 どろどろとした自分の醜い塊を友人にぶつけるだけぶつけてしまったことを、彼女は今になって後悔していた。
 膨れ上がった怒りは時間とともに自己嫌悪に変わる。
 仲直りがしたいと思った。
 だけど今更、なんと言えばいいのか。
 初めて友人と正面からぶつかった美奈子は、どう対処していいのかわからなかった。
 ――そんな時、彼女は『それ』と出会う。
「あれ……昨日は空地だったような気がするけど……」
 広い空地に突如現れた真っ赤なサーカステント。
 嫌でも目立つその場所に、吸い込まれるようにして近づいてゆく美奈子。
 すると、サーカスの入り口に佇むサルのピエロが、美奈子に一枚のチラシを手渡した。
 ただ、流れ作業でチラシを配っているようだが、美奈子はなんとなく、救いの手がさしのべられたように思えた。
「……サーカス、入場無料。始まりは明日の夜8時? ちょっと遅いな……でも」
 きっかけを掴んだと思った。 
 子供にとってあまり遊び場のない町にサーカス団がやって来た。
 友達との仲直りの架け橋になってくれるかもしれないと思った。
「ありがとう! ピエロさん」
 美奈子はサルに向かって礼を言うと、来た道を逆走した。
 今ならまだ、教室にいるかもしれない。
 このチャンスを逃したくはなかった。
 
 ピエロの顔が禍々しいものに変わっていることなど、彼女は気づかなかった。

●現実のあるべき姿
「今月に入って、もう数えきれない件数の行方不明者が出ています」
 見事な曲線美をスーツにおさめた女性――斡旋所の職員は言った。
 向かいには、スレンダーな眼鏡の女性。久遠ヶ原の教師を務める彼女は、職員から渡されたファイルをのぞきこむ。
 資料にある行方不明者は、年齢も性別もさまざまだった。
「……サーカス、ですか?」
「ええ。ある日突然、空地や公園などに、サーカステントが現れるそうです。次の日には忽然と消えているようですが」
「それが天魔の仕業だと?」
「警察では当初、誘拐事件で追っていたそうです。が、複数の行方不明者とサーカスが繋がった途端、手に負えないと判断したようでして。車の跡もなく、客ごと姿をくらますサーカスというのは、どうも『現実的ではない』ということで、こちらに依頼が来ました。
 ですが、これが天魔の仕業だとしたら、敵は複数いると思われますし、人数が欲しいと思いまして――先生にご相談を」
「なるほど、そういう事情ですか……わかりました。生徒達に呼びかけてみましょう」
「お願いします」
「それにしても、『現実的ではない』だなんて……まるで天魔が架空の存在のような言われようですね」
「アウルを駆使し、超常的な力を扱う撃退士や天魔は、一般の方からすれば非現実のように思えるのでしょう。彼らからすれば、テレビの中の世界なのかもしれません。しかし、現場を見れば……現実じゃない、などとは言えないでしょうけど」
「連絡をくださった方は、新米刑事さんですかね。多くの事件を追っていれば、おのずと天魔の事件に遭遇することもあるでしょうし」
「……いつかその方も、『現実的ではないもの』に遭遇するのでしょうか」
「知らない方が幸せではありますけどね。さて、その一般人の『普通の現実』を守るために、私達も頑張りましょうか」
 教師は目礼すると、ファイルを手に身を翻すが――斡旋所を一歩出た途端、彼女の顔つきが真剣なものへと変わる。
 それは、嫌というほど辛い現実を見てきた目だった。


リプレイ本文

●エンターテイメントの舞台裏
 初夏の某日。時間は午後七時ちょうど。
 空地でサーカスの開演するまで、あと一時間というところだ。
 ライトアップされたサーカステントには、早くも観客が少しずつ集まり始めている。
 観客とは名ばかりの、撃退士の集団なのだが。
 集団誘拐となんら関連があるらしいテントは、ドレススカートのような――普通の赤いテントだった。
 その実態がどういうものかを、これから彼らが暴くのだ。
 そのために集った撃退士たちは、あくまで一般人のふりをしてテントに近づく。
 撃退士の貫禄を隠し、ただの客に見えるよう――。

(建物ごと敵勢力を薙ぎ払ってやるぜ)
 先陣を切ったのは、建礼門院・入道二郎(jb5672)だ。
 だが、気合いが入っているのは、何も彼だけではない。
「観客の純粋な好奇心を食い物にするとは許せないね、殲滅してやろうじゃないか」
 亜星(jb2586)も不敵に笑い、赤いテントの切れ目を持ち上げた。
 情報は少ないもの、サーカス団員がディアボロだということは、既にわかっているようなものだ。
 大勢の観客を短時間で消すなど、物理的にありえないことなのだから。
 用意された赤いテントは予想以上に分厚い。防音も兼ねているのだろう。
 消すのは歓声か悲鳴か。
 そんなことに気を留めることなく、観客は続々と会場入りする。
「これ以上の被害……、食い止める……」
 亜星同様、覚悟を口にしたのは、霧谷 レイラ(jb4705)だった。
 だが思惑など人それぞれであり、
 瀬波 有火(jb5278)は「夏だ! 夜だ! サーカスだー!」と、楽しむ気満々だ。
 中には、
「サーカス……観た事ないですの」
 などと初々しい者もいた。
 クリスティン・ノール(jb5470)である。
 サーカスといえば、物珍しい芸を見物する場所だが、ディアボロが何を行うのか、気にならなくもなかった。
 倒してしまえば、もう二度と見ることもないのだから。
 そういった気持ちは、何もクリスティンだけでなく、
 リースヒェン・ミュラー(jb6168)も「サーカスとか凄く楽しみっ」と、テントに潜り込む。
 ある意味、喜んで見せるのも任務の一環(?)であり、不自然ではないのだから。
 彼らは、思い思いに足を進めた。
 そんな光景を上空から観察するエメラルドの瞳。
 小さなヒリュウだった。
「ポチ、何か見える〜?」
 白虎奏(jb1315)は、空に飛ばした召喚獣の目を借りて、テントの周囲を偵察する。空から見れば、風船のような赤いテントには微かな違和感があり、首を傾げる。
 だが、視界を共有することで見つけた『それ』を、罠だと気づくのは、少しあとの話だった。


 シンプルなテント。その中は、サーカスと言うだけあって、さまざまな道具が置かれていた。
 万国旗が飾られた天井には、綱渡りに使うらしい、太いロープ。
 ロープをのぼるためには、梯子を使うのだろう。椅子がついた高い梯子も設置されている。人が座るにはやや小さい椅子だ。
 ロープのさらに上空には対のブランコがぶらさがっており、そこで何が行われるかは一目瞭然だった。
 円形ステージには、久寿玉のように大きな丸い玉が二つと、等間隔でフラフープに似た輪っかも設置されていた。これもまた、お馴染みの道具である。
 可愛くラッピングされた箱やバルーンアートで装飾されたステージは、おもちゃ箱をひっくり返したようにも見える。

「夢を届けるのがサーカスでも、これは悪夢を孕んだサーカスですね」
 織宮 歌乃(jb5789)は、あまりに手の込んだセットを見て、そっと溜め息をつく。
 幸せいっぱいの世界の裏には、どんな秘密が隠されているというのか。考えただけで胸が悪い。
「楽しいイベントは、所謂“釣り”って奴かな?」
 夢香・アルミナ・皐月(jb5819)も、少しむすっとした顔で舞台を見つめる。
 ステージにはまだ、役者がいない。開演ぎりぎりまで出てこないのかもしれない。
 見たいような、見たくないような、相反する気持ち。
 だが、どんな気持ちであろうと、サーカスは開演する――。
 
  
 午後八時。
 時間きっちりに、アコーディオンの音色がオープニングを飾った。
「これが話題のサーカスやね……」
 アニタ・劉(jb5987)は目も眩むような、光の渦にのまれそうになる。
 光源はアウルなのか。酔うほどの照明がステージを照らす。
 そして現れた、二匹のピエロ。小さなサルは、ステージに上がるなり、パントマイムなどをして、おどけて見せる。
 一見、ただのピエロだ。
「……これが……さーかす? なかなか、楽しいものですね……」
 ミルシェ・ロア(jb6059)は、ステージのピエロたちに魅入っていた。
 だが、元は人かと思うと、攫われた人達に思いを馳せ、心が痛んだ。
 離れた席で蓮城 真緋呂(jb6120)も、苦い思いを噛みしめる。
(集団誘拐された人は……もう……? これ以上被害を増やさない為にも、きっちり殲滅しなくちゃね)
 なんだか、ステージを素直に楽しめる気がしなかった。舞台が面白おかしいほど、巧妙な罠に見えて、ゾッとする。
 だがここは、観客として任務に徹しなければならない。
 笑えないものも、笑うしかない。
 が、その一方で……。
「動物虐待はシュミじゃないが――。ともあれ人生初サーカスだ!」
 マクシミリアン(jb6190)はフリをするまでもなかった。
 そこだ、いけ! いくんだ! ――ハイテンションな声が飛ぶ。
 適材適所、というものがある。任務に乗じて楽しんでいるだけなのだが。
 そんな彼の視線の先では、サルのピエロが取っ組み合いの喧嘩をしている。
 客席がいっせいに同じ対象を注目する中、千年 薙(jb2513)は他と異なり――探るように凝視していた。
 サーカスを統率する存在が何なのか。それを見つけるために、不穏な動きを見逃したくはなかった。
 だが、進行はサルのジェスチャーで済まされ――司会役らしき者が現れる気配がない。
 それだけでも不自然極まりなく。
 相手がディアボロなら、誰が親玉なのか。どうやってそのテントが作られたのか――真実を見極めるために、薙は観察を続ける。
 その傍らで、亜星の背中から、白野 小梅(jb4012)がぴょこんと頭をのぞかせる。
 最初は自分から「サーカス? みたーい!☆」と参加したはいいが。
 あとからディアボロ退治と知ってビクビクしながらついてきた小梅。テントに入る前から、親友の袖に張り付きっぱなしだった。


 舞台は団長がいないまま、ライオンが炎の輪をくぐり、パンダが玉乗りをする。
 緊張する者、死者を悼む者、ここぞとばかりに楽しむ者、テント内でさまざまな思いが交錯する中、サーカスステージは時間が経つにつれ、華やかさを増していった。
 今この場にいる観客を楽しませるために――。
 本当にそれだけなら良いのだが。
 焦らされているようで、皆の緊張感が募る。
 逃走防止のため、さりげなく出入口を塞いで座っていた神谷 愛莉(jb5345)は、兄の袖をぎゅっと掴む。
「行方不明の人ってなくなってるのかな? 死体見るより辛いよね、望みにすがりたくなっちゃうもん」
 考えるだけで悲しい。
 目の前に絶望の根源がいるというのなら、すぐにでも倒してしまいたかった。だがまだその時ではない。焦ってはいけない――そうは思っても、サーカスが長引くほど辛かった。
 そんな妹を落ち着かせるように、兄の神谷 託人(jb5589)は、妹の頭をそっと撫でた。
 
***

 サーカス内で焦りが生まれ始める中。
 外を守る撃退士たちもまた、辛抱強く待ち構えていた。
「動物達だけが敵とは思えませんわね……常に周辺警戒はしておきませんと……」
 ルフィーリア・ローウェンツ(jb4106)が懸念を呟くと、周囲は無言で同意する。
(戦闘始まったら僕も入らないと)
 待機組とはいえ、アルクス(jb5121)も常に臨戦態勢でいた。
 ディアボロがすぐそこにいるのなら、いつ戦闘が始まってもおかしくはない。
 むしろ、今もまだ演目が続いているという、この状況が不安で――やはり、焦りを覚える。
 焦れったいのは観客席だけではない。
 ただ、あまりに何もなさすぎると、本当にただのサーカスではないか、という可能性まで考える。
 なぜなら、ただの餌にしては、全てが凝りすぎていた。
 この大がかりなセットを、ディアボロだけで運営するには無理があるだろう。
 誰が用意して、
 どうやって客を連れていくのか――突き止めなければならない。
「サーカスを利用して人間をさらう、か。……ちっ、気に入らねぇな」
 風雅哲心(jb6008)は、苦々しく吐き捨てる。
 同族であるがゆえ、許せないこともある。
 哲心の余裕のない呟きに、エイネ アクライア(jb6014)も腕を組んで頷く。
「『さあかす』なる物に興味はあるでござるが、人に仇為すとなれば興味の範囲外でござる!」
 とはいえ、興味があると言ってしまっているのだが。
 幸福な時間があるなら、それにこしたことはない。だがそれが、何のためにある時間かを考えると、気が滅入るものである。
(面倒くせぇ……が、それ以上に胸くそ悪ぃ)
 アカーシャ・ネメセイア(jb6043)は鬱陶しい気分を晴らすように、タバコの紫煙を吐き出した。

 テントの中では、拍手と、歓声が続く。
 ――――いつになったら、彼らは本性を現すのか――――
 だが罠は、もっと意外な形で進行されていた。

「サーカスってことは、団長とか…いるかな? 警戒して、損は無し〜ってね。ねぇ? ポチ――」
 ヒリュウを飛ばして、偵察を続けていた奏が――突然「あ!」と、声をあげる。
 奏の声は、今にもぷつりと切れそうな緊張の糸にふれ、その場がシンとなる。
 仲間の合図を今か今かと待ちわびていた山科殊州(jb6166)は、思わず武器を構え――移動用の車がないか、探っていたロベル・ラシュルー(ja4646)も振り返る。
 全ての視線が注がれて、奏は少し居心地が悪そうに笑った。

「……紐、ですか?」
 殊州が確認すると、奏は頷く。
 奏が気づいたこと。それは、サーカステントの足元をぐるりと巡っている太い縄だった。
 まだ少しだけ明るい時間に上空から見た違和感の正体は、テントの後部にある尻尾の存在であり。
 赤いテントに紐が巻きつけられていると気づくまで、時間がかかった。昼間であれば、もっと早くに勘ぐったのかもしれない。ちなみに尻尾は、サーカスに巻きついた縄の余りである。
 しかも『今』見たものは、それだけではなかった。
 
 ――――テントの裏に、翼の生えたライオンがいる。

 奏は、ヒリュウの目で見たことを伝えた。
 テントに巻きついた太い縄。
 その縄の端を銜えて、足踏みする二頭のライオン。
 それらが何を意味しているのか。

 アカーシャは身近なテントのすそを持ち上げた。
 テントは足元のシートまで一体化している。
「テントごと運ぶ気ですわ」
 ルフィーリアが告げると、待機班は急いでテントの裏に回った。
 奏の言う通り、サーカスの裏では、尻尾を銜えたライオンが足踏みしていた。
 大きな翼を軽く動かして、準備体操をしているようにも見える。
 火の輪くぐりを先に終わらせたライオンたちは、今にも羽ばたかんと、馬のように前足を上げていた。
 ディアボロのそりは――いまだ激しい歓声に包まれるサーカスをどこに運ぼうと言うのか。
 
 幸福の終わりと悪夢の始まり。
 サーカスは外側だけでなく――その内側も、変化を見せ始めた。


●とある道化の戯れ
「おっかしいな……携帯が繋がらない……」
 定期的に待機組へ状況報告していた真緋呂は、いっこうに繋がらない携帯を不審に思う。
 まさか外で戦闘が始まろうとしているなどとは知らず。
「誰も出ないって、いくらなんでもおかしいですね。ちょっと見てきます」
 アニタが席を立つと、
「では、私も」と歌乃も続いた。
「お兄ちゃんしかアスヴァンいないもん、外と中双方怪我人出たら回復出来るようにしておかないと」
 愛莉が袖をひくと、兄の託人も無言で立ち上がる。
 宴もたけなわ――というところで席を立った四人は、外に出るなり、身を強張らせた。
 静かすぎた。
 入口にも、周辺にも、誰もいない。
 その不自然さに慄いた四人は、テントの裏側に回って状況を把握する。
 携帯に出られるはずもなかった。
 ライトアップがまばゆいテントの裏側では、余興のために体を張ったライオン二頭が、牙をむきだしにして本性を露わにしていた。
 胴体よりも大きな翼を広げた獅子が、撃退士たちの空を翔けている。
 気の抜けない状況。
 そのうち、助走をつけたライオンの片方が――サーカスの秘密を暴いた者たちめがけて急降下する。
 
 最初に狙われたのは哲心だった。
 素早く闇の翼を広げた哲心は、高く飛翔し、直撃を免れる。
 ライオンは再び助走をつけようと空を目指すが――。

「落ちぬなら
 落として見せよう
 獅子眷属!」

 相手の思い通りにはさせまいと、エイネは紫電を纏わせた刀腹でライオンを叩き落とす。
 攻撃をまともに浴びたライオンは、テントにぶつかってバウンドし、地面に落ちた。
 すると、仲間がやられたことを不快に思ったのか。
 空を翔けていたもう一頭が、同じように撃退士めがけて落下した。
 象牙のように突き出た牙が、殊州の頬をかすめ――ガチリ、とライオンの口が合わさる。
 ほんの少し遅ければ、頭蓋骨ごと噛み砕かれていたかもしれない。
 だが、安堵する暇もなく――エイネにやられたライオンが口腔を開いては、奏に迫った。
 懐に飛び込んできたライオンを、ヒリュウが迎え撃つ。
 ――だが。
 逆に弾き飛ばされたのは、奏とヒリュウだった。
「あっぶないなぁ、もう!」
 奏はそう叫ぶもの、大事にはいたらず、すぐに体勢を整える。
「逃げようったってそうはいかねぇ。―――雷光纏いし轟竜の牙、その身に刻め!」
 ライオンの片方が背を向けて羽ばたくのを見て、哲心も飛翔し、空から回りこむ。
 荒ぶる雷を纏わせた刀が、ライオンの片翼を切り裂いた。
 哲心の刃をまともに食らったライオンは、黒い羽を降らせながら、地面に激突する。
「すーちゃん!」
 動けなくなったライオンに、愛莉はストレイシオンを向け――さらに託人も加勢する。
 そして、アウルのナイフに貫かれた狂悪な獣は、身震いをしたあと、ゆっくりと横たえたのだった。

 片割れを失くしたライオン。
 テントを吹き飛ばす勢いで咆えたそれは、まるで死者を悼むように――眉間に深い皺を刻みながら、撃退士に食らいつこうとする。
 だが、連携がなければ、もはや撃退士の敵ではなかった。
 残された獣は、闘牛のように突進する――が。
 上空でその時を待ち構えていた殊州が、小脇に抱えたアサルトライフルを連射する。
 直線的で読みやすい動き――あとはタイミングだけだった。
 獲物を追いかけるようにして放たれたアウルは、徐々に距離をつめ、敵に辿りつく。
 弾丸を受けたライオンが、一時的に足を止めた。その時。
 殊州は続けて魔法書を広げるが――それよりも早く、アカーシャが双剣の刃を光らせる。
「てめぇ……今までどれだけ『人』を喰いやがった!」
 ずっと、ずっと胸の奥で燻っていた思いを吐き出しながら、アカーシャは金と銀の長剣を振るう。
 もう誰も死なせたくはない――迷いのない一撃。
 だが、それでもなお、崖っぷちのライオンは足掻き、なりふり構わず暴れてみせる。
 口惜しいほど強い生命力。
「――アカシックレコーダーの力、見せます!」
 一刻も早くこの悪夢を終わらせたい。その一心で――アニタは、歌乃に『風の烙印』を纏わせる。
 連携するのは、ディアボロだけではない。
「これが軽気功です……ではご武運を」
 風を味方につけた歌乃は、静かに頷き刀を構えた。
「赤き獅子の娘が、歌う刀を以て参ります」
 舞うような斬撃に、ライオンから血しぶきが上がる。
 それでも立ち上がろうとする闘争本能を――――珠州は炎じみたアウルをもって制した。

 ***

 待機班がディアボロと対峙していた時分。
 戦闘などまるで他人事のように、サーカスの見世物は続いていた。
 今にも落ちそうな、おぼつかない足どりで綱を渡るサル。
 細い縄を器用に歩く小さなピエロは、白すぎる歯を見せて笑う。
 滑稽を売りにしているにしても、表情に乏しい笑顔はどこか恐ろしく。
 からくり人形のようなそれは、ケタケタと笑い、今にも落ちそうになりながらも、なんとか綱を渡りきる。
 もう一匹のサルは、足を滑らせた――――と見せかけて、紐にぶらさがる。
 観客を喜ばせるためというより、本人が楽しんでいるようだ。
 片手で紐にぶら下がったサルは、そのまま大車輪でぐるんと回る。
 目を回すほど回転を繰り返したサルに、なんとなく拍手を送る撃退士たちだが。
 存分に勢いをつけたサルは――。
 いきなり、客席に向かって飛んだ。
 まさかの襲撃だった。
 戦闘を意識していた撃退士でさえ、対応に遅れる。
 大車輪の反動で飛んできたサルは、観客席のど真ん中に向かって落下するが――直撃寸前で亜星が召喚獣――スレイプニルを呼んだ。
「アル!」
 上演中から目を光らせていたことにより、素早く反応できた亜星は、先制攻撃を阻止し――アルの黒い鎧に、サルが衝突する。
 小さなピエロは、弾き飛ばされても軽やかに体勢を立て直し――牙をむいた。
 長い時間かけてようやく現した、ディアボロの本性。
 今まで人間相手なら、上手くいっていたのだろう。不意をうたれた亜星よりも、サルのほうが驚いたようにあとずさる。
 恐怖の声を聞くつもりが、なぜ、反撃されたのか。高知能の天魔であれば、撃退士だと気づくところでも、相手は知能の低いディアボロだ。サーカスの遊びは覚えても、状況を判断する脳力は備えていなかった。
 だが、本能的に敵と悟ったサルは、これまでよりもいっそう歪んだ顔で笑う。
 他の団員たちも、次々と顔つきを獰猛なものに変えた。
 亜星を襲ったサルは、四肢で飛ぶようにステージまで駆け上がると、するすると梯子をのぼり、瞬く間に綱渡りの紐にぶら下がる。
 再び回転の反動を利用するつもりなのだろう。
 だが、戦闘のプロに同じ手は何度も通用しない。
 サルがぶらさがった綱は、突然、ぷつり――と切れる。
 傍らには、弓を構える少女の姿があった。
 外の事情を報告にきたルフィーリアだが――こちらで戦闘に加わろうとは。
「すばしっこいお猿さんですわね。大人しくなさって下さいな」
 サルの遊戯を奪ったルフィーリアは、皮肉をまじえつつ微笑む。
 サルは切れた綱に片手でぶらさがり、回転しながらステージに降りると――今度は三輪車に飛び乗った。
 滑稽にも小さな三輪車を一生懸命こぐ小さなピエロは、お返しとばかりにルフィーリアに向かって直進するが。
 亜星の後ろでこわいこわいと言っていた小梅が前にでては――アブロホロスの魔本を広げ、高く飛翔する。
 魔本から放たれた風と水の刃は、サルに直撃し、吹っ飛ばした。
 小柄な見た目の通り、あまり力を持たないサルは、たった一撃で動けなくなり――さらにルフィーリアが、和弓の弦を弾く。
「サーカスなのでしょう? ご遊戯なさって下さいな?」
 ルフィーリアはそう呟くも――サルの息はすでに途絶えていた。


 綱渡りのサルが、開戦の火蓋を切った直後。
 もう一方のサルの相手をしていたのは、ロベルだった。
 死角から不意をついたロベルは、片刃の曲剣で見事な斬撃をくりだす。
 だが、反射神経の良いサルは、咄嗟に側転して攻撃をかわした。
 サルはそのまま、梯子を駆け上がろうとするが――。
 レイラが炸裂符を放ち、先に天上のブランコを破壊すると――落ちてきたサルに片刃の斧を振るう。
 レイラの斧は敵の首すれすれの場所をかすめ――サルは後ろに跳び退く。
「我もサーカスとやらに、混ぜて貰えぬか」
 薙の放ったアウルの矢が、もう一方のブランコを狙う。
 ブランコは片方の紐だけでぶら下がった状態になり、さらにクリスティンが、空中から残った紐を切りつけた。
 ブランコの小さな椅子がステージに落ちて、カツンと音を立てる。
 入道二郎も高い梯子を手甲の鉤爪で崩す。
 これでもう、遊具に頼ることはできない。
 撃退士に追い詰められたサルは、身近な三輪車にまたがり、突進する。
 死に物狂いで三輪車をこぐサルだが。

「おい手前、こっち来んなよ! うお、誰かいねえのか? ヘルプヘルプ!」
 戦闘する気があるのかないのか、別のメンバーをひたすら応援していたマクシミリアンがたまたま通りかかり――その背中にサルは衝突した。
「わぁ――――おッ!」
 ディアボロの三輪車に弾き飛ばされたマクシミリアンは、回転しながら天井を突き破り、夜空に消えた。
 ちなみに、場所は変わり――。

「ねえ、美奈子ちゃん、流れ星!」
 サーカステントから近い住宅街。
 某撃退士の彗星を見かけた小学生が、空に向かって指をさす。
「見た見た! すごいね。サーカスは追い出されちゃったけど、いいことありそうだよね、敦美ちゃん」
 近所の小学生二人は、つい先日喧嘩したとは思えない仲の良さで手をつなぎ、自宅への道を走った。
 夜空で、マクシミリアンの星が光る。
 ――――ちなみにその後、彼は無事に久遠ヶ原に帰ったという。

 微妙なハプニングはあったもの。
 三輪車を再び走らせたサルは、薙に向かって突進した。
 その威力を見せつけられただけに、三輪車だからと軽視はできない。
 一時的に着地していた薙は、攻撃を無理に受け止めようとはせず――翼で飛んでかわした。
 獲物を仕留め損ねたサルは、急ブレーキをかけると、振り返りざま歯を見せて笑う。
 撃退士一人を夜空の星にしたことで、どうやら自信をつけたようだ。
 だが、そんな余裕も束の間のこと。
 入道二郎がストラスクローの爪で強烈な一撃をお見舞いし――三輪車ごと吹っ飛んだサルの中心を、薙の弓が貫くと――敵は絶命した。

 ***

 狂暴化したパンダは、ショーが戦闘に変わっても、玉乗りをやめなかった。
 大きなビーチボールのような玉に、二足で乗っかったパンダは、愛らしく見える反面――バランスが良すぎて気味が悪い。
 まるで人のような体の使い方に――否、人でも難しいだろう――器用すぎるディアボロを警戒して、撃退士たちはすぐには手が出せないでいた。
 玉の上にいるパンダが動き始めた時、一体何が起こるのか。
 だが、敵は意外とシンプルだった。
 ゆらゆらと、一か所に留まることをやめたパンダは、足を小刻みに動かして玉を転がした。
 だが、単純ながらもその機動力は優れており、撃退士たちはパンダをかわすために、ほうぼうに散った。
 鬼ゴッコのように、忙しなく逃げ惑う撃退士たちは、反撃する暇がない。
 大物がいないか探っていた鷹群六路(jb5391)は、敵に振り回される撃退士たちを見て、居てもたってもいられなくなり――パンダの足元に手裏剣を放つ。
 六路の無数の刃は、パンダの肢にうまくヒットし――玉乗りのバランスが崩れる。
 チャンス――と、有火の瞳がキラリと光る。
「スポットライトが呼んでいる……有火☆ONステージ!」
 ステージに飛び乗り、びしっとポーズを決めた有火は、西洋騎士のごとく槍で、パンダを薙ぎ払おうとする。
 だが、運がいいのか悪いのか、パンダはバランスを崩した拍子に転んでしまい、槍は空回りした。
 かわりに、地べたを這ってうずくまるパンダ。
 クリスティンは、翼で滑空し、勢いをつけた両刃の長剣をパンダに振り下ろした。
 真っ二つまではいかないもの――剣は、起きあがろうとするパンダの背に傷を刻んだ。
 さらに、悲鳴をあげるパンダに、アルクスは葬送に相応しく、夜想曲と名のつく技を送る。
 氷漬けになるパンダ。
 完全に温度を奪われたそれはもう、動くことはなく。
 玉乗りが上手なパンダとの活劇は、こうして幕を閉じたのだった。
 これで終わりだろうか――――アルクスは周囲を見渡す。
 すると、最後の団員が、撃退士と相対しているのが見えた。


 獰猛さを全身で表現する最後のパンダは、時折咆哮をあげながら、撃退士に太い鉤爪で挑んだ。
 動きが早く、見るからに強力な武器を振るうパンダに、撃退士たちはなかなか苦戦していた。
 このままでは、らちが明かない。
 こちらのパンダは、玉乗りなどせずとも機動力に優れていた。
 真緋呂は爪をかわすため姿勢を低くして踏み込むと、サンダーブレードで一閃――――狙うは四肢。
「……痺れていいのよ?」
 稲光のような刃は、パンダの後ろ二本の肢を切裂き、機動力を削いだ。
 もう動けない――知能が高ければ、諦めを知るはずの現状でも――本能のみで動くディアボロは、他の団員と同じく諦めが悪い。
 近づくなとばかりに爪を振り回すパンダは危険を孕み、容易には近づくことができず。
 なら、遠くから――――と、ミルシェは上空から弓を構える。
「……その、魂に……救済を、そして……戻りましょう。本来の……流れの中に……」
 異質な存在を自然な姿へ還そうと放たれた矢は、一筋の光となって獣を貫いた。
「やっぱり、人を傷つけるモノは倒さなきゃ、だよね」
 夢香もアサルトライフルの照準をあわせ、対象の眉間を狙い撃つ。
 巨体は動きを止め――天井に渾身の力で咆哮を轟かせる。 
 まるで救済を求めるように鳴くパンダを――。
「死に抱かれ、闇へ沈め」
 異形の僅かな灯火は、リースヒェンの雷刃によってかき消されたのだった。

 ***

 遊戯と乱闘を終えた舞台は、寒々しいほど静まりかえっていた。
 大人も子供も連れ去る、決して許せない存在はいなくなった。
 だがしかし、
(行く先に……救いのあらんことを……)
 ミルシェは救いきれなかった死を悼む。過去はもう覆せないのだから。
 大勢の犠牲者を思うと、やりきれない気持ちが残り――そして、最後まで払拭できなかった疑問。

 ――――これだけの仕掛けを誰が用意したのか。
 ――――そもそも、統率していた天魔はどこにいるのか。

 長い時間かけて任務を遂げた撃退士たちは、テントが連れて行かれるはずだった夜空を見あげた。
 ――――ふと、夜空をよぎる一匹の鴉。
 誰の目にも留まらなかった鴉には、頭が三つあり。
 明るみであれば異形だと気づくそれが、夜に紛れて羽ばたき、移動した先は――サーカスから随分離れた高層ビルの屋上だった。


「おやおや、失敗したのですか? それは残念ですねぇ」
 スーツを纏った悪魔の耳元で、鴉はカア、と一声あげる。
 悪魔はステッキでシルクハットの軽くそり上がったつばを押し上げる。
 性別のわからない中性的な顔は、残念とは口ばかりの笑みを貼りつけていた。
 ペインティングのような派手なメイクは、マジシャン――もしくはピエロのようだ。
「あの子たちを仕込むのに、けっこうな時間がかかったんですけどねぇ……まあ、代えなんていくらでもいますけどねぇ……ふふふ」
 悪魔は楽しげに、地上を見おろす。
「さあ、次はどんな遊びをしましょうか」
 魂の回収よりもその過程に愉悦する悪魔は、高層ビルから飛び降りると、どんな手品を使ったのか ――地上に着地する前に、煙となって消えた。
 深くなった闇の空では、巨大な鴉が月を目指して飛んでいた。


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: 地震、雷、火事、兄貴!・白虎 奏(jb1315)
重体: −
面白かった!:14人

良識ある愛煙家・
ロベル・ラシュルー(ja4646)

大学部8年190組 男 ルインズブレイド
地震、雷、火事、兄貴!・
白虎 奏(jb1315)

大学部2年121組 男 バハムートテイマー
汚いは褒め言葉・ザ・忍者・
千年 薙(jb2513)

大学部4年250組 女 鬼道忍軍
撃退士・
亜星(jb2586)

小等部6年1組 女 バハムートテイマー
Standingにゃんこますたー・
白野 小梅(jb4012)

小等部6年1組 女 ダアト
月光を切り割くモノ・
ルフィーリア=ローウェンツ(jb4106)

大学部6年194組 女 ダアト
小さな参謀・
霧谷レイラ(jb4705)

大学部1年325組 女 陰陽師
撃退士・
アルクス(jb5121)

高等部2年29組 男 ナイトウォーカー
バイオアルカ・
瀬波 有火(jb5278)

大学部2年3組 女 阿修羅
リコのトモダチ・
神谷 愛莉(jb5345)

小等部6年1組 女 バハムートテイマー
撃退士・
鷹群六路(jb5391)

大学部3年80組 男 鬼道忍軍
繋ぐ手のあたたかさ・
クリスティン・ノール(jb5470)

中等部3年3組 女 ディバインナイト
撃退士・
神谷 託人(jb5589)

大学部2年16組 男 アストラルヴァンガード
絆は深まった?・
建礼門院・入道二郎(jb5672)

大学部8年137組 男 ナイトウォーカー
闇を祓う朱き破魔刀・
織宮 歌乃(jb5789)

大学部3年138組 女 陰陽師
新世界への扉・
夢香・アルミナ・皐月(jb5819)

大学部2年211組 女 インフィルトレイター
撃退士・
アニタ・劉(jb5987)

大学部3年218組 女 アカシックレコーダー:タイプA
勇気あるもの・
風雅 哲心(jb6008)

大学部6年138組 男 アカシックレコーダー:タイプB
撃退士・
エイネ アクライア (jb6014)

大学部8年5組 女 アカシックレコーダー:タイプB
惨劇阻みし破魔の鋭刃・
アカーシャ・ネメセイア(jb6043)

大学部6年199組 男 アカシックレコーダー:タイプB
花に降る・
ミルシェ・ロア(jb6059)

大学部3年108組 女 アカシックレコーダー:タイプA
あなたへの絆・
蓮城 真緋呂(jb6120)

卒業 女 アカシックレコーダー:タイプA
弾雨の下を駆けるモノ・
山科 珠洲(jb6166)

卒業 女 アカシックレコーダー:タイプA
撃退士・
リースヒェン・ミュラー(jb6168)

大学部4年142組 女 アカシックレコーダー:タイプB
フェミニストな交渉人・
マクシミリアン(jb6190)

大学部3年205組 男 アカシックレコーダー:タイプB