●期待の星たち、集う
「君たち、ほんっっっとに頼んだよ!」
悲壮な顔をした遊園地スタッフが、集まった代理役者たちに土下座する勢いで頭をさげる。
ことの始まりは、戦隊ショーの役者が食中毒で全滅したこと。
たまたま通りかかった撃退士が、久遠ヶ原学園の生徒に呼びかけて代理役者を集めたのだ。
「事情が事情だけに喜んでいいのか微妙な感じだな」
などと苦笑する千葉真一(
ja0070)だが、かなり乗り気である。ヒーロー気質の彼は、間違いなく適任だろう。
「詳しくは分かりませんが『清涼戦隊タンサンジャー』と言うショーを行うのですね。戦隊物の作品……多少は知識があります」
シャドウストーク・アートルム(
ja7820)も、合宿任務と聞いて目を光らせる。淡々とした口調だが、役目がある喜び。
「子供……は心の振れ幅が大……人より大きいか……ら、いい経験になりそ……う」
静かにやる気を漲らせている日比谷日向(
jb5893)。そんな姉を見て、
「ふむふむ、ここはやるしかないですわ! 姉さま、頑張りましょうですの!」
日比谷ひだまり(
jb5892)も気合いが入る。姉と一緒であれば、なんだって楽しいのである。
「うう……君たちごめん。報酬は少ないけど……本当に頼むよ。じゃ、これが衣装と台本だから。この際、何したっていいからね!」
そう言って、衣装を手渡すスタッフは、かなり泣きそうだった。
だが、何をしても良いと言われて、テンションが上がらないわけがない。
梅ヶ枝寿(
ja2303)は、ここが腕の見せどころと言わんばかりに司会役のマイクを握る。
「アドリブ実況ならなんでも放送部にお任せ☆っつーの? いっくらでも盛り上げてやるしフォローもすっから、安心して思いっきり暴れてこいや」
が、自信たっぷりな寿とは対照的に、衣装を受け取った高橋野々鳥(
jb5742)は恥ずかしそうにしている。
とはいえ、
「はじめて着るレオタードの感触にまずドキドキ! ひええ〜こんなピッタリしたのなんだか恥ずかしいな〜。でも仮面で顔隠しちゃえば無問題! がんばってヒーローになるぞー」
早くもピチピチレオタードを着用している。
なんだかんだ、全員がやる気なのである。
即興で作られた役者たち。だがこれから彼らは、ちょこっと伝説を生むことになる。
●舞台もある意味、戦場
お昼をすぎた頃。
快晴の特設ステージは、満員御礼だった。
さすがは今旬の特撮『タンサンジャー』である。
役者たちは台本を覚えきれない代わりに、舞台袖で大雑把な流れを打ち合わせする。
短い準備時間で、出来ることは限られていた。
「子供たちに夢を与えるステージだ。ぶっつけでも全力でやるしかないぜ!」
緊張が高まる中、真一が皆に呼びかける。右手を差し出すと、他の役者たちも、躊躇いがちに手を重ねた。
全員の気持ちがシンクロした瞬間――と思われたが。
「ねえこれ似合ってる?」
ピチピチレオタードをこの上なく気に入った野々鳥が、司会のお姉さんに相槌を求めながら横切る。
開演三分前。役者たちから、緊張は消えた。
***
「よいこのみんなー! こーんにーちはー☆ 今日はタンサンジャーに会いにきてくれてありがとー! 」
子供たちが戦士の登場を心待ちにする中――舞台に登場したのは寿だった。
弁当を食わず、かろうじて生き残った司会のお姉さんも、緊張のせいか、開演寸前で倒れたのである。
おかげで舞台には、司会のお兄さんただ一人。
それでも放送部在籍は伊達じゃない。
「みんな、たくさん乗り物には乗ったー?」
「ジェットコースター! 三かいのったー」
「ボクは五かいー」
寿の軽妙なトークに、子供たちは早速食いついている。
同時に、ママたちの視線も熱い。若いお兄さんが大好きだという視線だ。
ある意味、お姉さんが登場するよりも良かったかもしれない。
夢いっぱいの子供たちと、奥様方の現金な視線を一身に受けとめて、寿は『お兄さん』らしく司会を進めた。
そして場がじゅうぶん和んだところで、寿は舞台袖に向かって目配せをする。
始まりの合図。
ここからが本番だ。
「ここでお兄さんからしつもーん。みんなはタンサンジャーの誰が好きかなー?」
「ぐりーん!」
「ぴんくー」
「いえろー」
「あれ? 誰か今、ピンクって言わなかった? タンサンピンクはいないよー。あとレッドの声が聞こえないけど」
「れっどもすきー!」
「たぶん、すきー」
「そっかぁ、じゃあ――」
と、その時。
突然、舞台から一番遠い客席が騒ぎ出す。
――――闖入者の登場。
羊の着ぐるみをかぶったアートルムが客席を徘徊していた。
傍らには、木の怪人――日向もいる。
「ヒ……ヒヒヒッ! なぁおい、旨そうな……こどもたちが沢山いるじゃ……ねぇか!」
木の怪人日向が迫力満点に言うと、羊のアートルムは慌てて首を振る。
「そんなんじゃ、だめだよー」
かなり棒読みのアートルムは、優しい羊を装って子供たちに近づく。
「おやおや、こんなところに子供たちが沢山いるぞー。一緒に遊んでくれる子はいないかなー」
一見、愛らしい羊だが、テレビで見て、既に怪人を知っている子供たちは戦々恐々だった。
だが、保護者の目は輝いている。自分の子供を選んで欲しいらしい。
なんだか妙な視線に圧されながらも、怪人たちは保護者をスルーし、小さな兄弟たちの手をとった。
幼児の兄弟は目を丸くしつつ、怪人に手を引かれて舞台にあがる。
「僕と一緒に来てくれてありがとう。嬉しいなー」
相変わらず棒読みのアートルムは、良い羊を装うが。
それも束の間。
舞台に上がった途端、羊は狼に変わる。
「これで君たちを食べることができるからねー」
狼に豹変したアートルムを前に、客席から悲鳴が上がり――さりげなく羊の着ぐるみを舞台袖に投げ入れた寿も大声で叫ぶ。
「わあ、狼の怪人だ! 大変だ、みんな逃げて!」
ゲストの兄弟たちは、寿と一緒に慌てて舞台を降りようとするが――そこを木の怪人が立ち塞がる。
「逃がさないぞ、ウッヒッヒ」
絶対絶命のピンチ。
お兄さんは、舞台袖をちらりと見ては、
「どうしよう! こんな時、タンサンジャーがいてくれたら!」と叫ぶ。
すると、寿の言葉を合図に、BGMがフェードインしてくる。
タン、タン、タン、タン、タンサンジャー!
ジャン、ジャン、ジャン、ジャン、ジャンケンダー!
弾けてタンサン!
強いぞタンサン!
ジャカジャカジャカジャカジャカジャカジャカ、ジャン!
タンサンジャー!
舞台に颯爽と登場する、レオタードに仮面の信号色戦士たち。
現れるなり彼らは、早速名乗りをあげた。
「喫茶店の香り、タンサングリーン」
腕を組んで振り返るタンサングリーン、真一。
「弾ける情熱、タンサンレッド!」
しゃがみこみ、空に向かって手をかざすタンサンレッド、野々鳥。
「スカッと爽やか、タンサンイエロー! ですわ!」
ピースから仮面の瞳をのぞかせるタンサンイエロー、ひだまり。
クールにポーズを決めたところで、決まり文句。
「「「清涼戦隊、タンサンジャー!!」」」
破裂音が轟き――炭酸水に見立てた水しぶきが、舞台両端から噴射される。
涼しげな水滴を浴びて、観客席から、ワアッと歓声があがった。
客席上空をシャボン玉が飛ぶ。
呼吸のあった決め台詞に派手な演出。
客席は拍手喝采だ。
「おのれー。現れたな、タンサンジャー」
既に棒読みキャラが板についている狼アートルムに、真一グリーンはビシッと指を差す。
「子供たちは返して貰います」
「酸っぱいビームをくらいやがれですのー!」
ひだまりイエローの先制攻撃。
輪切りレモンで装飾された水鉄砲から水が飛び出す。
「うーわー」
「ぐはっ」
怪人たちがイエローの攻撃で悶えている隙に、寿は子供たちを戦士の後ろに移動させる。
続けてグリーンもトルコアイスに見立てた鞭を怪人にお見舞いする。
ただし、撃退士が扱うと、小道具でも凶器だ。
軽く振るだけで激しい鞭が炸裂し、怪人たちを打ちつけた――と、思われたが、素早く光纏した狼アートルムはそれを回避する。
木の怪人日向もすれすれでかわすと、伸びた枝を振り回して仕返しを目論むが。
負けるものかと、野々鳥レッドの手榴弾が炸裂し、派手な火薬音が響く。
手榴弾をまともに受けて、動けなくなる木の怪人。
今だ! とばかりに、グリーンは木の怪人の枝をがっちり掴む。
動けない木の怪人相手に、レッドはさらに手榴弾を掲げた――が。
「――わ、ちょ、す、すっぱ! なにするのイエロー!」
「うっかり、誤射っちゃったですのー」
木の怪人を二人がかりで倒していた最中、イエローの水鉄砲がレッドの顔面に直撃した。
芝居とはいえ、大事な姉がいじめられていると思うと、ひだまりの手が勝手に動いていた。
被害は客席にまで及びかけるが、客席をかばったグリーンの仮面にも酸っぱい液が直撃する。
ちなみに水鉄砲の中身は、本当に酸っぱい。
仮面の隙間から入った酸っぱい液が、二人の顔面に沁みた。
グリーンとレッドは激しく悶えるが――暴れた拍子に、その手足が狼の怪人に直撃する。
酸っぱい液は、さらなる被害をもたらしていた。
だが、アートルムは、反撃したくなる気持ちをぐっと堪え、「やられたー」とその場に倒れる。
――――空気(タイミング)を読んだのである。
絶妙な対応だった。
木の怪人も「うぉぉおん」と泣きながら舞台袖に引っ込むと、息をのんで見守っていた子供たちは、喜びの声をあげた。
だが、話は次の段階に移ろうとしていた。
平和を守った戦士たちはゲストの兄弟たちと軽くコミュニケーションをとっていた。
兄弟たちは嬉しいひとときを過ごした後、客席に帰ってゆく。
戦いは終わったかに思われた。
――――が。
ふいに、どこからともなく暗い声が響く。
「よくもよく……も仲間をやっ……てくれたなぁ……。ああ、重い……重くて黒くて……歪んだ私の力を受けるが…いい」
スピーカーの演出で、地の底から響くような声の後、炭のように真っ黒な枯木が舞台袖からズッシズッシと現れる。
テレビでは、CGで木の怪人がラスボスに変身するところだが。
そこは着ぐるみのご愛嬌ということで、日向が黒い枯木として再び登場。
その名も――怪人クライクライ。
強敵の出現。
だが、平和を取り戻したと思い込んでいる戦士たちは和やかに談笑している。
一歩、また一歩と近づいてくる敵に気づかない戦士たち。
客席の子供たちは「ダメー!」「そこに怖いひとがいるよー!」と、注意を呼びかけるが、戦士たちは一向に気づかない――フリをする。
クライクライは不敵に笑いながら、戦士たちに黒い枝を向ける。
「嘆き……痛み……苦しみ……負の感情こ……そが私の力。受けるがいい……」
クライクライは、無防備な戦士たちに『恐怖の暗黒ビーム』を放った。
実際はこれもフリだが、演技が本気すぎて、またもや光纏している。
無意識に生み出された日向の小さな札が戦士に向かって飛んでゆき――。
札は、戦士たち(イエロー以外)にぶつかると爆発した。
グリーンとレッドがよろけ、イエローもそれに合わせてよろける。
「く、くそっ……まさか木の怪人も変身を残していたのか……」
必死で役に集中する野々鳥だが、かすかに涙が滲んでいる。
(本当に)痛恨の一撃だった。
戦士たちは、クライクライの強烈な攻撃を前になすすべもなく。
危機的状況に、会場は思いのほか静かだった。
子供たちは祈るような姿で、真剣に見守っている。
そんな時、寿お兄さんが、一歩踏み出す。
「大変だ! このままだとタンサンジャーがやられちゃう! でも、みんなの応援があれば……きっとタンサンジャーはもっと強くなれるよ! みんなの声が力になるんだ! 力を貸して!」
寿が煽るように呼びかけると、客席が湧いた。
「応援してるよ、タンサンジャー!」
「まけないでー! いつも大すきだからー」
「おれもいっしょにたたかうぞおっ」
がーんばれ! がーんばれ! がーんばれ! ――がんばれッ!
子供たちの声がどんどん大きくなり、ショーの周囲を歩いていた通行人まで、何事かと振り返る。
熱狂的な声は、鼓膜を破りそうな勢いで激しくなる。
「みんなの応援がタンサンジャーの力になる……僕たちはまだ戦える!」
声援に押し上げられるようにして立ち上がるグリーン真一。
「……そ、そうですわ。ここで敗けるわけにはいかないですの。わたくしも、レッドに力を送るのですわ!」
ひだまりイエローもふらふらと立ち上がり、
「力を合わせて、戦うんだ!」
(ちゃんと応援してくれるかなー)と内心ドキドキしていた野々鳥レッドも最後に立ち上がる。
三人の戦士たちは、互いに頷きあった後、武器を重ね合わせた。
「「「3つの力を1つに合わせ、今必殺のタンサンスプラッシュ・ボンバー!!」」」
トルコアイスを砲身に見立て、水鉄砲のトリガーを引くと、飛び出す手榴弾の砲弾!
――――必殺バズーカ!
強力な一撃を受けて、クライクライは舞台袖近くまで飛んだ。
「強い想いで……私の暗い力が消えていく……ぐふっ、私の負け……だ。今まで……すまなかった」
「は、反省したなら問題ねーのですわ!」
イエローが許すように言うと、クライクライは回転しながら退散した。
子供たちの口から「やったぁ!」と喜びの嵐。
そして最後には、今までずっと転がっていた狼のアートルムもむくっと起きあがり、
「覚えてろよー」
と、やっぱり棒読みな捨て台詞で舞台をひっこんだのだった。
***
「終わったあー! いい経験だったー!」
役者仕事を終え、赤いレオタードを脱ぎ捨て万々歳する野々鳥。
ショーの後は握手会などもあり、ひっぱりだこの役者たちはクタクタだったが、達成感で気分爽快でもあった。
「頑張ったね、『ひぃ』」
日向はひだまりを労うように頭を優しく撫でる。
感激したひだまりは、活き活きとした顔で日向を見上げた。
「やっぱりひだまりのヒーローは姉さまだけですわっ」
ちなみに、あれだけ台詞が棒読みだったアートルムだが、本人にはその自覚がなく、静かに達成感を噛みしめながら移動の準備をしている。
真一も幸せな顔で放心していた。
「君達、本当に良かったよ! 殺陣も演技も、スタント顔負けだったね!」
役者たちが羽を伸ばす控室に、遊園地のスタッフがやってくる。その手には、抱えきれないほどのお菓子やお弁当、飲み物が。
「これは、観客からの差し入れだよ。まだ他にもあるんだけど――今日の舞台で感動したって」
言って、スタッフは殺風景な部屋にテーブルをセッティングする。
撃退士たちは疲労を吹き飛ばす勢いで祝杯をあげた。
ほんのり幸せなひととき。
こうして即興劇団員の活躍により、遊園地スタッフの首は繋がったのである。