「どうして知夏だけいれてくれないっすか!」
山頂の、ひときわ明るい陽射しを受ける遊園地のエントランスで、ウサギの着グルミを着た少女は憤慨する。
向かいには、遊園地の出入り口を塞ぐ男子学生。
日本刀を杖に仁王立ちする男子学生は、眉間を寄せて言った。
「遊園地は現在封鎖中ですので、本日の営業は……」
「それは知ってるっす! でも、他の人達は通して、どうして知夏だけ入れてくれないっすか!」
ウサギの着グルミから幼い顔をのぞかせる少女、大谷知夏(
ja0041)は、抗議しつつ、エントランスの向こう側にビシッと指をさす。
そこには知夏と同じくディアボロ退治に赴いた久遠ヶ原の生徒達が七人ほど。
依頼を受け、目的地までスムーズに辿りついた撃退士達だが――いざ入園というところで、知夏だけ足止めを食らっていた。
理由は単純かつ明快である。
「着ぐるみを着ているということは、あなた従業員でしょう? 速やかに避難してください」
「これは知夏の普段着っす! パーソナリティっす!」
男子学生の指摘に、知夏がウサ耳を立てて主張していると、
「その人、本当に撃退士だよ」
知夏の前にエントランスを通った片瀬集(
jb3954)が柵の向こうからぽつりと言った。
長い黒髪に赤い瞳を持つ少年が一言置いて背を向けると、男子学生はきょとんと目を丸くする。
「本当に?」
「本当っす〜」
「でも風船も持ってるでしょ?」
「すみません、その風船は天魔対策なんです。通してあげてください」
男子学生がなおも疑いの目を知夏に向ける中、見かねた同行者――樋熊十郎太(
jb4528)が、エントランスの向こう側から駆けつけては、水風船を持ち上げて見せる。
左目に痛々しい傷を持つも、好青年な十郎太が説明すると、見張り役の少年はようやく納得して門を開いた。
「十郎太先輩と恭弥先輩が爆弾を作ってくれたのは良かったっすけど……とんだ勘違いをされたっす」
腰にぶらさげた対大蛇用の爆弾を持ち上げて、知夏は複雑な顔をする。
爆弾とは言っても、喫煙所の灰皿の水を風船に入れたものである。
「大谷さん、お疲れ様でした」
悔しげな顔をする知夏に、長い黒髪を一つに結わえた少女、吉岡千鶴(
ja0687)は苦笑する。
「遊園地内では二手に分かれて捜索するんですよね?」
(復学して最初の任務だけど……皆の足を引っ張らない様に頑張らなきゃ)
千鶴はそう心中で呟きながら意志の強い目を周囲に向けると、十郎太は頷く。
「組み分けは移動中に決めた通り――A班は武田さん、吉岡さん、鴉乃宮さん、片瀬さん。B班は大谷さん、雫石さん、来崎さん、それに俺、ということで。回る場所は――」
「入口でガイドを貰ってきたっす!」
知夏は三つ折りのマップを全員に手渡す。
「隠れるところはそう多くなさそうだけど……逃げ込める場所があるとしたら、ミラーハウスくらいだね」
気だるげな瞳をした少女、来崎麻夜(
jb0905)は、肩にかかった長い黒髪をはらいながら言う。
「なら、ミラーハウスに行ってみますか」
年のわりに大人びて見える少年、雫石恭弥(
jb4929)が提案すると、知夏や麻夜、十郎太も同意する。
「だったら、俺達はミラーハウスとは無関係な場所を捜索するよ。他は結構目立つアトラクションみたいだから、隠れる場所はそうないと思うけど……もしかしたら地面に潜ってるかもだしね」
集がジャケットに手をつっこんで眠たそうに言うと、少女めいた風貌の少年――鴉乃宮歌音(
ja0427)も頷く。
「そうだね。隠れ場所がないからって、いないとは限らない……か」
「えっと、ミラーハウスの反対なら、東側だね! 遊園地だしっ、ばばーっと解決して、『お礼に』ってことで遊べたりしないかな? なーんて」
班行動が決まるなり、既に天魔討伐後のことを考えている天真爛漫少女――武田美月(
ja4394)の、短い赤毛のポニーテールが跳ねる。
だが夢いっぱいに瞳を輝かせる美月とは逆に、恭弥はげんなりした顔をする。
「蛇って好きじゃないんだよなぁ……気持ち悪いし」
「こうした場所に入られると厄介だね。あ〜、面倒くさい……狩るけどね」
ブルーな恭弥同様、集も億劫そうに呟いていると、
「――あの! そこの人たちっ」
ふいに、短髪の少女が、慌てた顔で手を振りながらやってくる。
「……キミは?」
麻夜が訊ねると、突然やってきた少女は弾む息を整えた後、
「私も撃退士で……高橋泉って言います! よければ私も、同行させてください!」
溌剌とした声で答えた。
***
「高橋さん……どうかしました?」
遊園地内でディアボロの捜索が始まる中、一人そわそわしている泉に千鶴は訊ねる。
泉は自ら希望して、ミラーハウス以外を回るA班に加わっていた。
「えっと、こんな時にアレなんだけど……実は、大事な鈴を失くしてしまって」
「鈴?」
集が何となしに訊くと、泉は頭をかきながら説明する。
「えっと……母から貰ったもので……」
「大事なものなら、早く見つかるといいねっ」
寂しげな顔をする泉に、美月は励ますように言って、メリーゴーランドを囲む扇型の柵に座る。
――――が。
「あれ? なんかこの柵、ぷよっとしてる?」
美月が妙な感想を述べると、歌音も扇型の柵に触れる。
「ほんとだ、柔らかい……」
「――今すぐそこから離れたほうがいいよ」
美月や歌音が不思議な顔をする中、集がおもむろに阻霊符を取り出し発動させた。
――直後。
「わあっ! なになにっ!?」
扇型の柵が高くあがり、美月は慌てて飛び降りる。
「……うそでしょう?」
口に手を当て愕然とする千鶴。
いつしか門のように高くなる楕円の輪。
五人の頭上に影を作ったそれは――。
遊具の柵などではなく、地中に半身を埋めた大蛇の一部だった。
地中から頭を起こした大蛇は、撃退士に気づくなり、慌てて逃亡をはかる。
――が、素早く戦闘態勢に入り、その身に黒い光纏を宿した集が、大蛇に向かって掌をかざした。
「一撃で石化してくれると助かるんだけど……ねっ!」
淀んだオーラに包まれる大蛇の頭。
集の周囲に砂塵が舞いあがり、それはつぶてとなって大蛇にぶつかった。
砂の洪水を受けた大蛇は、奇声をあげ、身悶えるが――うねる巨体は、集の目論見通り、端から徐々に固まっては――石像と化す。
「胴体の近くにはメリーゴーランドがありますから、外を向いてる頭を攻撃しましょう!」
千鶴が叫び、撃退士達はそれぞれ、頭の高さにある巨大な蛇頭を見あげた。
***
――――A班が大蛇との戦闘を始める少し前。
ミラーハウスに到着したB班では、恭弥が研ぎ澄まされた聴覚を操り、ディアボロ捜索を進めていた。
「……特に気になる音はなさそうだな」
「知夏の生命探知でも、それらしきものは引っかからないっす。けど一応、ミラーハウス内も確認するっすか?」
智夏が訊ねると、十郎太は逡巡し答える。
「そうですね。念には念を入れましょう。大谷さんと来崎さんは、中をお願いできますか? 敵がいつ外へ出ても対応できるよう、俺と雫石さんで待機しています」
「わかった」
「行ってくるっす!」
「了解」
十郎太と恭弥が待機を決めると、知夏と麻夜はヤニ爆弾を手にミラーハウス内へと突入した。
「どこもかしこも鏡づくしっす!」
「ミラーハウスだからね」
阻霊符を手に、ミラーハウスを進む智夏と麻夜。
休止中のハウス内は薄暗く、合わせ鏡によって幾重にも見える空間は、不気味でしかなかった。
二人は鏡の迷路を彷徨い、何度も行き止まりにぶち当たりながらも根気よく進むと――そのうち鏡ではない『それ』に遭遇する。
出口が近いのだろう、やや明るい場所で『それ』を目にした知夏は声にならない悲鳴をあげた。
「どうしたの、大谷さん」
知夏の後ろから続いた麻夜も『それ』を目の当たりにし、絶句する。
血のように赤い洞窟だった。
それは牙を広げた何かの口腔であり、知夏と麻夜を今にも飲み込まんと迫る。
「……天魔なの?」
「と、とりあえず、早く秘密兵器を使うっす!」
智夏と麻夜は同時にヤニ爆弾を赤い口腔へと投げつける。
すると、奥から「わあっ」と、聞き覚えのある声が。
少しして、赤い口腔の奥から足音とともに人影が現れる。
知夏と麻夜が構えていると――現れたのは、外にいるはずの恭弥だった。
「もうちょっとで、ヤニかぶるところだった……二人とも、何やってるんだ」
「恭弥先輩、蛇のお腹にいたっすか?」
「何の話だ? それにしても、なんだか物々しい出口だな」
「……これ、出口なんだね」
麻夜は溜め息を落とす。
「あ、千鶴ちゃん先輩から電話っす!」
無駄に凝ったアトラクションのせいで微妙な空気に包まれる中、智夏は仲間の着信に応じるなり、顔色を変えた。
***
「全員揃うまで、石化が解けないといいけど」
遭遇と同時に大蛇を石像に変えた集が呟く後ろで、歌音がクロスボウに込めたアウルの矢を蛇頭に向かって放つ。
続けて、リボルバーを高く持ち上げた美月も発砲し――石像の額に二つの亀裂が走った。
「大谷さんに連絡しました!」
そう告げた千鶴も魔法書を広げる。
桜の花弁がふわりと舞い、千鶴の背後に浮かび上がった幾つもの矢が、蛇頭に降りそそぐ。
だがいずれも、かすり傷にしかならなかった。
「……四人だと厳しいか」
頑強な石像を前に、歌音が苦言を漏らしていたその時。
突如、美月や千鶴の間から現れた鎖の鞭。
それは波打つように伸びて、蛇頭をうちつけた。
「いい具合に石化しているね」
振り返れば――後方には、鎖鞭を手にした麻夜を筆頭に、駆けつけたB班の撃退士達。
到着して間もないながらも、恭弥がアウルの弾丸を撃ち込み、十郎太も白く輝く大鎌を振るった。
「く、全力疾走があだになりましたね」
かすり傷ばかり増える石像を見て十郎太が言うと、
「コツコツ倒すっす!」
知夏も洋弓の弦を弾き、光矢を放つ。
だが、そうこうするうち本来の色を取り戻し始める蛇頭。
生身を取り戻した大蛇は、撃退士達を見ても逃げることはなく、その目に怒りを宿して奇声をあげた。
蛇の胴体は曲線を描き、撃退士達を囲む。
ミラーハウスのハリボテとは比べものにならない大きな口腔を広げ、牙を見せつける大蛇。
口から伸びた舌先が撃退士達へと近づいた時、片瀬が双槍――黒曜と白夜を両手で交差するように振るった。
歌音も弓を構え、千鶴も魔法書を広げる。
放たれた無数の光矢は、撃退士達を囲む蛇の胴体をかすめては――弾ける。
「もう! 動くと当てられないよっ!」
拳銃で蛇頭を狙うも、当て損ねた美月が膨れていると、斜め後ろにいた知夏が一歩前に出る。
「とにかく動きをとめるっすね!」
知夏の周りから現れた聖なる鎖。
それらに絡みつかれた蛇頭は、小刻みに震え出し――口を開けたまま動きを止めた。
「相手が毒蛇なら、顎の膨らみには毒があるはずだ! 今のうちに毒腺を破壊しましょう」
再び動けなくなった蛇の下顎に向けて、恭弥が弾丸を放つ。
大鎌から拳銃に持ち替えた十郎太も、恭弥とは反対側を狙い撃ち――蛇の両顎から禍々しい色の液体が噴き出した。
「うわ、こっち近づくな! 気持ち悪い!」
麻痺して動けない上、連撃により頭を支えきれなくなった蛇が、恭弥の頭上に口を開けたまま落ちる。
「あぶないっ!」
だが、咄嗟に恭弥を突き飛ばした美月が、身代わりとなって、蛇の口にすっぽりと包まれた。
蛇が力なくふらふらと頭を持ちあげると、ついでに美月も高く上がっていく。
「わーっ! おろしてよっ」
大蛇が口を閉じてしまい、はみだした細い足首がじたばたする。
「どうしよう……武田さんが飲み込まれてしまいます」
「相手が調子を取り戻す前に、なんとかしないといけないね」
狼狽する千鶴の横で、麻夜が思案顔で呟いていると、
「……これを使いますか――雫石さん!」
ひらめいた十郎太が、蛇に向かってヤニ風船を二つ投げると――先輩の意を汲んだ恭弥が、高くあがった風船を狙い撃った。
弾けた風船から琥珀色の液体が飛びちり、蛇は大きなクシャミをする。
クシャミとともに放り出される美月。
落下の最中、翼を開いた十郎太が、素早い身のこなしで美月を受け止める。
美月が無事救出されるのを見て、再び戦闘態勢に入った麻夜の目が蒼い光を帯びる。
「キミは寒さに強かったりするのかな?」
麻夜が背負う骨組みだけの黒翼が氷のそれに変化した時、蛇の周囲に黒い羽が舞った。
急速に凍りついた蛇は、夜の冷たさに支配され、瞳を閉じる。
眠りに落ちた蛇を見て、今度は美月が拳銃を十字の槍に持ち替える。
「お返しだよっ!」
勢いよく跳ねた美月は、これまで以上に気合いの入った十字の槍を、大きく振り下ろした。
***
「探し物はまだ見つかりませんか? 高橋さん」
恭弥は地面に飛び散ったヤニをバケツの水で流しながら、泉に訊ねる。
ディアボロ退治の後、撃退士達が事後処理に励む中、泉はいまだ鈴を探していた。
「……このあたりだと思うんですが……何度探してもないんですよね」
泉はタニウツギの木から手を離しては、脱力気味に溜め息をつく。
「おっかしいなぁ。ここじゃないのかなぁ」
探しながらも、半ばあきらめかけていたその時だった。
「……あの、撃退士さん?」
ふいに、穏やかな女性の声が響いて、箒を手にした撃退士一行はいっせいに振り返った。
「あらあら、皆さん撃退士さんなのね。ごめんなさい」
「あ! あの時のお婆さん……」
突然現れた和服の老人を見て、驚いた顔をする泉。
「どうかしたんですか? あれから怪我とかしませんでした?」
泉が駆け寄ると、老人はどこか照れくさそうに苦笑する。
「ありがとう。でも大丈夫ですよ。おかげさまで、私はなんともありません。――それよりあなた、これを探しているんじゃありません?」
老人が掌を広げてみせると、そこには緑の紐で結ばれた赤い鈴があった。
泉の目がこれでもかというほど大きくなる。
「うそ! ……これ、ずっと探してたんです!」
顔を輝かせる泉に、老人も破顔する。
「まあまあ、とても大切なものなのねぇ。もしかして、大切な人からもらったものなのかしら?」
「はい! 実はこれ……母の形見なんです。……私の母は、ディアボロに襲われた後遺症で長生きできなくて……だから、とても大切なものなんです!」
「……そう。じゃあ、今度こそ決して失くさないようにしないとね」
「はい! もう絶対、失くしたりしません! ……て、あれ? この鈴……こんなに綺麗だったっけ?」
「最初からとても綺麗な鈴でしたよ」
「……ま、いっか」
老人の言葉に、泉がなんとなく納得していると、
「あれ? お婆さん……それって……」
老人の後ろにいた千鶴が、和服の袖からのぞく赤い鈴を発見し、首を傾げる。
すると、老人はさりげなく赤い鈴を袖の内にしまい、千鶴に向かってひと差し指を口にあてた。