●結成! 恋する乙女を応援し隊
早朝の久遠ヶ原学園――中等部。
校舎の陰から頭をのぞかせる少女が六人。
串団子のように頭を並べた少女達は、年や雰囲気は異なるもの、皆それぞれ真剣な顔つきで一点を見つめている。
視線の先には、中学三年生にしては幼い少年、山中凛の姿があった。
今回、桜園春歌の依頼により『大事なアレ』を取り戻すべく集った少女達は、ターゲットを確認するなり互いに頷きあう。
『大事なアレ』とは、春歌の想い人――山中凛を王子様ルックに合成した写真のことである。
「あれが春歌さんのスキな人だねっ」
最初に口を開いたのは、武田美月(
ja4394)だった。
美月の頭上で、短い赤髪のポニーテルが常に揺れている。今にも動きたきたくてウズウズしている。
「……予想以上に小さい」
そう呟いたのは、桃色ツインテールの少女、平野渚(
jb1264)だ。
落ち着いた口調だが、そのオッドアイの瞳は美月同様、好奇心で輝いている。
「今回の依頼、絶対なんとかしてあげたいよね……個人的に、わかるんだよね、今春歌ちゃんが感じてる危機感」
マリー・ベルリオーズ(
ja6276)は、内心をダダ漏れさせながら、柔らかな金糸の髪をかきあげる。
複数の人格を有する彼女だが、今はエリザという勝気な女性が表に出ていた。
そんなエリザの言葉に、桐生水面(
jb1590)も同意する。
「とかく面倒な依頼やけど……まぁ受けた以上はなんとかせんとあかんな」
言って、水面は気合いを入れるように鮮やかな緑の髪を頭上でしっかりと結ぼうとするが――上手くいかず、麻倉弥生(
jb4836)の手を借りる。
「それでは、まず最初に……どなたから始められますか?」
指先まで洗練された和装の弥生は、水面の髪を自身の櫛で整えながら、誰となく訊ねる。
すると、弥生の言葉に誰よりも早く挙手したのは、まだ九歳という奈浪澪(
ja5524)だった。
「澪が最初でもいいかのう? 良い案があるのじゃ!」
長い黒髪に笑顔が眩しい澪は、トートバックからのぞく裁縫セットをちらりと見ては、くふふと企むような顔をする。
「ええんとちゃう? 小さい子のほうが、相手も油断するかもしれへんし」
水面の言葉に、異議を唱える者はいなかった。
●作戦その一・出会い頭はハプニング満載!
運動部の朝練でもなければ、登校にはまだ早い時間。
桜園春歌の想い人、山中凛は、ジョウロ片手に中等部の庭内を歩いていた。
朝露で光り輝く花々をうっとりと眺めていた凛は、ひと通り花壇に水をまき終えると、教室に戻ろうとするが――。
その時だった。
ふいに、向かいから歩いてきた少女とぶつかってしまい、軽くよろめいてしまう。
しかもぶつかった少女は、倒れかけた拍子に、ちゃっかり凛の上着を掴んでいた。
凛の胸元からブチブチブチと弾ける音。
上着のボタンが千切れた音だった。
「すみません、先輩……」
凛が慌てて飛び散ったボタンを拾い集めていると、ぶつかった少女は、謝罪しつつ鞄から裁縫道具を取り出した。
「上着のボタンが取れてます。すぐに澪が縫って――」
「わあ、これは大変だ。それちょっと借りてもいいですか?」
「いや、澪が――」
「僕、こういうの得意なんです」
凛は有無を言わさずニッコリ微笑むと、少女の手からするりと裁縫道具を借りて、針に糸を通し始める。
そして――。
「す、すごい……」
まるで機械のように練達な動きで針を操った凛は、あっと言う間にボタンの縫い付けたのだった。
「裁縫道具、ありがとうございました! じゃ」
あまりの素早さに目を点にする澪を残し、軽やかにに去ってゆく凛。
陰から見守る少女達も唖然としていた。
●作戦その二・どうせなるなら、親切な人に!
予鈴が鳴り、いったん解散した少女達。
各自授業で忙しい中――今度は元気っこ美月が、山中兄と同学年である利便性を生かし、短い休み時間で『本』の攻略を試みる。
「――君、なんかスゴイ本持ってるね! ちょっと見せてよ」
美月は廊下を歩いていた山中兄の行く手を遮るなり、両手を合わせて言った。
人懐っこい俊は見知らぬ美月に突然話しかけられても全く動じることはなく、素直に本を差し出す。
「別に構わないけど。はい、どうぞ」
「ありがとう! ……ふむふむ、なるほどっ! すごーく面白い本だね……これってどこで買ったのかな?」
美月は本の中身を見るフリをしながら、さりげなく俊に訊ねる。
「ああ、それは落し物でさ、職員室に届けようとしていたところなんだ」
「そうなんだ? だったら、ちょうど私も職員室に用があるし、今ならトクベツに、持ってったげるよ!」
「ほんと? それは助かるな。悪いけど、お願いしてもいいかな?」
「うん、わかった! じゃあ、私が責任持って届けておくねっ」
美月の申し出を素直に受け入れた俊は、片手を挙げて「悪いね」と一言告げると、忙しそうに去っていった。
あっさり目的を達成した美月は、相手の姿が見えなくなったところで、本を胸に飛び跳ねる。
「やったぁ! ゲットしちゃったっ」
満面笑みで本を改めて確認する美月だが。
表紙には「それゆけ! 脱・リーマン」の文字。
次の瞬間、美月は魂の抜け殻と化した。
●作戦その三・嘘も方便? ひとのせいにしちゃえ!
昼休み。
長い休み時間を利用して、次に凛少年との接触を試みたのは、エリザだった。
中等部の庭を歩いていたエリザは、一人ベンチでパンを頬張る凛を発見する。
人付き合いが苦手だという凛は、外で花や木を見ながら食事をとるのが好きらしい。それは、春歌のリサーチによるものだった。
「ねぇ、君……山中凛くんだよね?」
エリザが笑顔で近づくと、凛少年は少し警戒しつつも、逃げたりはしなかった。
「……えっと、僕に何か用ですか?」
「うん。ちょっと、隣いいかな? 少し話があるんだけど」
「……どうぞ」
会話の場を持つことに成功したエリザは、見えない所で不敵に微笑んだ後、まずは自己紹介を始める。
「初めまして、私はマリー。マリー・ベルリオーズって言うんだ」
「はあ……それで、用件はなんですか?」
訝しげに問われて、エリザは単刀直入に話を切り出す。
「あのさ、君……数日前に写真拾ったよね? ちょっと加工してあるやつなんだけど」
「あ! もしかして、あの写真――」
「そう、たぶんそれのことだよ。実はそれ……私が落とした写真なんだ」
「え? あなたがアレを……?」
写真という言葉にさっそく食いついた凛少年に、エリザは用意していた台詞を並べる。
「実を言うと、私の中には複数の人格が存在しててさ、中でもシモーヌが――あ、シモーヌっていうのも、人格の一人ね? そのシモーヌがちょっと変わった子で、よく意味不明なことをして周りから変な目で見られるんだけど」
「……はあ」
「君が拾った写真も、そのシモーヌが作ったものなんだ。どうも、君に好意を寄せてるみたいでさ」
「……そうなんですか?」
わりと落ち着いている凛を見て、エリザはさらに、大胆に開いた胸元を強調しつつ言った。
「シモーヌに悪気はないんだよね……だからどうか、その写真を返してくれないかな? あの子、どうせ君のことを遠くから眺めてるだけで、害のない子だからさ? 今も恥ずかしくて出てこないくらいだし」
エリザが懇願するように詰め寄ると、凛はやや狼狽するもの――しばらくして、渋々ながらも頷いた。
「わかりました。ですがあまり……こういうのは、僕も気分が良くないので……今回限りにしてください」
「ありがとう! きっと春――おっと、シモーヌも喜ぶよ。君って優しいね」
「じゃ、僕そろそろ教室に戻らないといけないので、シモーヌさんによろしくお伝えください」
言って、凛少年は爽やかに微笑みながら一枚の写真をエリザに手渡し――中等部の校舎へと帰っていった。
あっさり写真が手に入り、エリザは小さくガッツポーズを作る、が。
写真の被写体がクマ耳をつけた少年――だという事実に気づくのは、三十秒ほどあとのことである。
●恋の最終決戦
なんだかんだ時間は過ぎて、放課後。
あえなく撃沈した澪と美月、それにエリザが、中等部の校舎裏でどんよりとした空気を漂わせる中――渚、水面、弥生は輪になって新しい作戦について話し始める。
「……チュックボール同好会の試合に、山中兄弟が助っ人として参加することになったから。試合中の今なら、更衣室のものを好きにできるはず」
渚が淡々と告げると、水面と弥生は小さく拍手を送った。
「すごいやん、桐生さん! ……けど、『ちゅっくぼーる』って何なん?」
「スイス発祥のハンドボールみたいなスポーツ」
実はチュックボール同好会自体、渚が買収して作りあげた部活なのだが、話せば長くなるので、渚は説明を割愛する。
ちなみに買収には遠野先生のブロマイドが使われていた。
「じゃあ早速、ちゅっくぼーる同好会? の更衣室に行ってみよか」
「そうですね。この好機を逃してはならないかと」
少女達は、早速、チュックボール同好会の更衣室に忍び込む。
空き教室を利用した仮の部室に立ち入ることは、チュックボール部員達も了承済みだが、念には念をということで、敗戦組が見張り役を担った。
「ターゲットのロッカー発見」
渚が指差したのは、赤いハチマキがはさまれたロッカーだった。部員にお願いし、目印をつけてもらったのである。
「じゃあ、開けるで?」
水面がそっと扉を開けると、中にはきちんと畳まれた中等部の制服が。
「……あった」
「はやっ!」
渚は凛少年の制服ポケットから、早速写真を探り当てていた。
今度は間違いなく例の写真だった。
写真の回収に見事成功した三人は、続けて兄のロッカーも探る。
――そして数分後――
少女達は山中兄の鞄から「美容は信用の秘訣」を抜き取ることにも成功したのだった。
時間はかかったもの、なんとか仕事をやり遂げた六人は――春歌を屋上に呼び出すと、紙袋に収めた戦利品を渡した。
写真と本の無事を確認した春歌は、今にも泣きそうな顔で何度も頭をさげる。
「本当にありがとうございます! これは私の宝物なんです。失くした時はどうしようかと思っていましたっ」
感激極まった声で礼の言葉を述べる春歌。
皆、達成感に満ちた顔で笑いあう。
――――――が。
突然、階下へと続く扉が、大きな音とともに開かれ――少女達はぎょっとして出入り口を見る。
するとそこには、なぜか山中凛と俊が。
「り、凛君!」
いきなり現れた想い人を前に、春歌は狼狽える。
「どうなっておるのじゃ? どうして山中兄弟がここに?」
澪だけでなく、他の者達も目を丸くする中、渚がドヤ顔で手を挙げる。
「それはさっき、私がこっそり彼のポケットに手紙を忍ばせておいたから」
「はあっ?」
水面の声が裏返る。
予想外のハプニングに少女達が混乱する中、山中兄弟は春歌の元へやってくる。
「いたいた。桜園さん」
妙に楽し気な顔で手を振る山中兄に比べ、隣の凛は表情が硬い。だがそんな弟のことなど気にもとめず、兄は軽い調子で春歌に話しかけた。
「桜園さんって意外とユーモアあるよね。これ、なんのドッキリ?」
兄は言って、一枚の小さな紙切れを広げて見せた。
少女達はいっせいにそれを凝視する。
『俊君へ
夕刻に屋上にて待つ。君の写真はいただ……うっほほーい!
凛君のうぅ〜わぁ〜ぎぃ〜だぁ〜! by桜園春歌』
その破壊的文章を目にした瞬間、少女達の間に絶対零度の風が吹きすさぶ。
少女達は慌ててフォローの言葉を考えるが――そのうち、考えを改めた水面が溜め息とともに、小声で言った。
「今さらやけど……やっぱり、変に隠すのが良くなかったのかもしれへんよ? これは私の個人的な意見やけど……正直に言った方が良い気がするで? その方が、距離が縮まることもあるやろうし」
水面のまっとうな意見に、周囲は黙りこむ。
春歌は覚悟を決めたように深呼吸をして言った。
「そうですわね。私が間違っておりました。そもそも凛君の写真を無断で加工したこと自体、褒められた行いではありませんもの。最初からこう言えば良かったんです」
春歌は一歩踏み出すと、突然、山中凛に向かって大きく頭を下げる。
「ごめんなさい! あなたの写真を王子様に合成したのは私なんです。……あなたのことを勝手に好きになってごめんなさい!」
伏せて見えない春歌の顔。だが、肩がかすかに震えていた。
春歌にとって渾身の告白だった。
そんな痛ましい春歌の姿を見て、弥生は助け舟を出すように、そっと凛少年に言った。
「知ってますか? 女の子なら誰しも、自分を迎えに来てくれる白馬の王子様を夢見るのですよ。あなたはあの写真に悪意を感じましたか? 私にはあなたのことが好きで好きでしょうがないんだなって思えます。ちょっと不器用ですけど……でも女の子のそういう所も笑って許せる器の大きい人って素敵ですよね」
弥生はたおやかに微笑むと、さらに思っていることを告げた。
「それにほら、あの本も……己を磨いて少しでも好きな人に興味を持ってもらいたいという、恋する乙女の頑張る姿勢が見えますよね。微笑ましくはないですか? ……こう考えてみると、そうそう悪いことじゃないでしょう?」
弥生の胸を打つような言葉に、長いような短い沈黙が続き――難しい顔をしていた凛少年も、とうとう覚悟を決めて言った。
「――ごめんなさい!」
春歌と同じくらい深々と頭をさげた凛少年。
その清々しさに、場の空気がますます静かになる。
いつまでも頭をさげたままの凛を見て、先に顔をあげた春歌は虚勢を張って笑顔を作る。
「……やっぱり……駄目ですわよね。こんな合成写真を作るような女の子では」
春歌が自嘲気味に笑うと、凛は頭をさげたまま首を振る。
「違うんです! ほんと、紛らわしくてごめんなさい!」
「え?」
春歌が訊き返すと、山中兄が大笑いしながらつけ加える。
「こいつ、こう見えて女なんだ」
「「「「「「――――はぁああああああああッ!」」」」」」
屋上に響き渡る絶叫。
一同は口を開けたままマネキンのごとく静止する。
「……で、でも、その制服……男子用だよね?」
美月が訊ねると、凛は申し訳なさそうに頭をかく。
「これ、兄のおさがりなんです……家計が苦しいので、仕方なく。……ちなみに一人称が僕なのは、癖みたいなものですが」
凛が言いにくそうに説明していると、兄は爆笑しながら「こういうこと、よくあるんだよなぁ」と付け加える。――そんな兄の頭に、凛の回転蹴りが鮮やかに決まる。
夕暮れ時の屋上。
カラスがアホウと鳴く古典的風景をバックに――春歌の恋は、嵐に打たれた桜のごとく強烈な散り様を迎えたのだった。