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マスター:虚空花
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:8人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2013/08/05


みんなの思い出



オープニング

●執事カフェ『ロゼット』

 日中に暖められた空気が頬を撫でる夏の夕暮れ。
 美李は仕事でくたびれたパンプスの足を急かせる。
 目的は、ノスタルジックな店並びにある、そのお店。
 近づけば、バターやハーブの甘い香りが漂うドアに、美李は手をかける。
 軽く軋むドアを開けると、小さな鈴が軽やかに音を立てた。

 週末はいつもこのお店に来るのを楽しみにしていた。
 上司の小言や激務で壊れそうなココロを癒してくれる、至福のひととき。
 白塗りの店内。アンティークな調度品や銀食器で飾られた壁は、今日もファンタジックな趣だった。


 が。


 店内は異様なほど、閑散としていた。
 客どころか、店員すら見えない。
 いつも夕方のこの時間になれば、OLや学生で賑わうこの店が――ナゼ?
 美李がぽかんと口を開けて立ち尽くしていると。
 店の隅でしくしく泣いている店長を発見した。
 
「……店員ちゃん達が皆ダウンしちゃったの」

 執事カフェになぜか一人だけメイドな店長は、丸い童顔に涙をいっぱい溜めて言った。
「ぜ、全員ですか!?」
「実はね……オーナーが新しくなったんだけど……その人やたらうるさくて。
 やれ態度がなってないとか、料理が美味しくないだとか。
 とにかく駄目だしばっかりで……皆頑張りすぎて、体壊しちゃったのよ〜」
 ウサギさんのテーブルで泣き崩れる店長の頭を、美李はなんとなく撫でる。
「美李ちゃあん」
「この先、お店はどうなっちゃうんですか?」
「試験をして、駄目だったら違う店にするって言われたの……だけど、皆とうぶん復活は無理そうだし……どうしよう……」
「そうですねぇ」
 美李は少しだけ考えた後――久遠ヶ原にいる妹に相談してみることにした。



リプレイ本文

●浪風威鈴(ja8371)の精一杯

「執事……て……どうや……るん……だろう……」
 今回受けた依頼は、執事喫茶で働き――かつ、店員試験をクリアするというもの。
 請け負ったからには、出来るだけ執事らしくやってみようと思うもの。
 威鈴は接客があまり得意ではなかった。
 克服できればいいのだが。

 誰よりも早く店に入り、掃除を頑張った威鈴は、セッティングにも挑戦してみる。
 時々店長から指摘を受けたりもしたが、お客様を出迎えられる状態になると、なんだかドキドキした。

「おか……えりな……さい……ませ……ご主人……さま……」
 初めてのお客様。
 威鈴はオドオドしながらもきちんと会釈をし、テーブルまで案内する。
 地味な眼鏡の少女は小さく頷くと、うさぎさんテーブルに座った。
 こちらもまた、物慣れない雰囲気である。

「軽食……なら……トースト……や……ホット……ケーキ……も……ありますが……どうでしょうか……?」
 おしぼりと冷たいお茶をテーブルに置いて、威鈴は微笑する。
 少女は無言でメニューに指を差した。
 ホットケーキとアイスティー。
 料理を待つ間、少女はテーブルのうさぎさんを睨みながら固まっていた。
 威鈴はなんとか少女の緊張をほぐそうと――話しかけてみる。

「夏が……近づくと……動物……たちも……元気……なんで……すよ……」
 狩人の家系に生まれた威鈴は、誰よりも森について知っている。
 だからこの時期、都会よりもずっと過ごしやすい場所の事を、オドオドしつつも、一生懸命話した。
 すると。

「……あの」
 ずっと俯いていた少女が、初めて威鈴の目を見る。
「私……いつも、家にいて……でも、たまには森でスケッチとか……して、みたいです」
 消え入りそうな声で言った後、少女は照れくさそうに笑った。


●伏見 千歳(ja5305)の幸せなパフェ

「執事カフェって、こんな感じなんだね」
 全てが初めての経験だった。
 執事服を纏った千歳は、伊達眼鏡をかけると顔つきを変える。
 なるべく早くから練習したかったが、店長の都合により、試験イコールぶっつけ当日になってしまった。
 千歳の強味といえば、日本舞踊で培われた美しい所作。それでカバーできれば良いのだが。

「オーナーさんについて、教えてもらっても良いですか?」
 そう聞いてみれば、メイド店長は難しい顔をする。
 オーナーの特徴は、大阪弁でよく喋ること。食べ物の好みなどは、割と幅広いらしい。

「――お帰りなさいませ。テーブルにご案内しますね」
 最初はどうなることかと思っていた接客も、夕方になればその姿が板につくようになっていた。
 千歳は女子高生三人組を4人掛けに案内すると、礼儀正しく腰を折る。
「お食事になさいますか? それとも甘いお菓子になさいますか?」
 出来る事ならお客様の要望には応えたい。
 が、中にはこんな客もいる。
「ねぇ、パフェとかないの? メニューは紅茶とかケーキばっかりだけど、なんかおかしくない?」
 少女達は、自由にメニューにないものばかり指定してくる。
 千歳は一言断って店長に相談する。
「すみません、店長さん。抹茶パフェって作って頂けますか? 他にも、苺とマンゴーは……無理ですよね」
 キッチンから顔だけ出したメイド店長は不適に笑った。

 千歳と店長で考えたパフェを配膳すると、少女達は早速がっついた。
「美味しそうに食事される女性は、良いですね。可愛いです。あ……口元にクリームが付いてますよ」
 千歳が指摘すると、少女達は互いに顔を見合わせて笑った。
 どんな人も、美味しい物を食べれば自然と笑顔になるものである。


●城咲千歳(ja9494)、執事になる!?

「えっ? 執事カフェ!? メイドじゃないの!? バトラーなんすか!?」

 一体どうしてこんなことになってしまったのか。
 早朝、店長から執事服を渡された千歳は、みるみる青ざめてゆく。
 メイド喫茶だとばかり思っていた彼女は、とてつもなく衝撃を受けていた。

 マジですか。メイド一人くらいどうにかならないんすか。
 ――ムリムリ、ここ執事カフェだから☆と、店長にバッサリ切られ。
 かといって、今更ひくにもひけず。
 とりあえず千歳は、ちょっとリアルなクマさんテーブルを担当することになった。
 この木彫りのクマ調テーブルに座りたいという人間が本当にいるのかは謎だが。
 はっきり言って、客をガン見するクマは怖すぎる。
 誰ですか、こんなお洒落な店にこんなものを置いたのは。

 でもまあ、せっかく某執事マンガを全巻読んで予習もしたことだし、頑張ってみようと千歳は思う。
 胸にサラシを巻いての男装もばっちり。
 あとは開店を待つばかり。

「お帰りなさいませ」
 少し低めの声で出迎えた千歳の先には、紫の豹柄ワンピースを纏ったパンチパーマのご婦人。
 華奢でどこか神経質な顔をしている。
 年配のご婦人は、さらりとメニューを目にして、ミニ懐石と赤だしのセットを注文した。
 リアルクマさんは、軽めの和食を提供するテーブル。
 ありとあらゆる料理を網羅しているメイドさんは、光の速度で食事を完成させた。
 無事に配膳を済ませ、特に文句を言われるようなこともなく、安堵する千歳。
 だがホッとするのも束の間。

 千歳はその後、ご婦人のドジッ娘(?)ぶりに泣きを見る事になる。


●エイルズレトラ マステリオ(ja2224)の魔法

「さて、久しぶりの執事喫茶です。
 腕によりをかけて、お客様に楽しんでいただきましょう」
 カウンター担当のエイルズは、マジックでお馴染みのタキシードを纏う。

 新しい客はスーツの女性二人だった。OLだろうか。
「エイルズレトラ・マステリオです。どうぞ、エイルズとお呼びください」
 カウンターの執事は、恭しく一礼する。
「……あの、カウンター専用のドリンクがあるって聞いたんですが……」
「それでしたらこちらに」
 エイルズが右掌を広げると、短冊型メニューが現れる。
 OL達は目を丸くする。
 
 飲み物の注文を受けたエイルズは、執事らしく慇懃に挨拶をした後、銀色のシェイカーを軽く回す。
 事前に店長から教わったカクテルを作ると、涼しげな色のそれらをカウンターに並べた。

「おっと、失敬。大事なこれを忘れておりました」
 エイルズは大袈裟に言うと、カウンターを指で叩く。
 三日月のライムがドリンクの底から浮かんだ。
「嘘!」
 サプライズでテンションを高くしたOL達は、エイルズに質問攻めを始める。
 エイルズは、はしゃぎまくる女性達にも動じず。
 マジックを織り交ぜながら会話を進めてゆく。

「お嬢様、僕はマジシャンですから、これから僕が言うことは何一つ信じてはいけませんよ。
 何故かって?
 それは、マジシャンはとても嘘つきだからです
 だってそうでしょう?
 タネも仕掛けもありません」
 企みを含んだ口上にOL達は固唾をのむ。 
「……そんなわけがない」
 次の瞬間、裏表を見せたエイルズの掌にコインが現れる。
 OL達から再び歓声が上がった。

 そして。

「そちらは、本日の記念として、どうぞお持ち帰りまださい」
 引き際になったところで。
 女性達に名前入りのトランプカードをプレゼントした。
 トランプの束から客が選んだカードを当てるマジックで使ったものである。
 ほくほくの顔で席を立つ女性達。

 その後、カウンター争奪戦が始まった事は、言うまでもない。



●キイ・ローランド(jb5908)の騎士的おもてなし法

「執事さんかー、騎士さんとは違うんだよね」
 開店前に、店長からひと通り講習は受けた。
 言葉遣いに気をつけること、あまりお客様に踏込すぎないこと。
 優雅で上品に、見苦しいところを見せてはいけない。
 色んなことに挑戦できればと思い、キイがビラ配りを提案すると――それは不要だと言われた。

(ほわー、執事喫茶かー。接客のお仕事とかはしたことないけど頑張ろう)
 テーブルクロスを敷き、西洋風に纏めた2人掛けに座ったのは、初老の紳士だった。
 キイは紳士的な対応を心がけて声をかける。
「いらっしゃいませ、旦那様。ようこそロゼットへ」
 いつもより少し大人びたキイは、騎士式の礼として、右手を左胸に当て頭を下げる。
 老人は面食らうが、すぐに相好を崩した。

 注文の品が出来るまで、キイは老人からつかず離れずの位置で待機する。
 紳士が胸ポケットを探るのを見て、キイは灰皿を用意し、更にスキル『トーチ』を発動。
 空気清浄器が設置されている2人掛けは、喫煙にも対応していた。

「ありがとう」
「これも執事の嗜みの一つですから。御用がありましたら何なりと、それが自分の仕事ですので」
 紳士はフフフと笑って煙草をふかす。 

 ふいに、隣のテーブルから、何やら丸い物が飛んできては、テーブルに落ちた。
 よく見ると、小さなサーモン巻きである。
 隣ではリアルクマさんテーブル担当の城咲が、客の粗相に慌てふためいていた。

 キイは咄嗟に『タウント』で紳士をひきつけると、注意の一言を告げた上で豪快にテーブルクロスを引き寄せた。
「お目汚し失礼しました。どうぞ引き続きお楽しみを」
 キイの胸元であっという間に畳まれるテーブルクロス。
 豪快な後始末のあと、呆気にとられた紳士の手から、煙草の灰がぽとりと落ちた。


●安瀬地治翠(jb5992)の至れり尽くせり

 店の詳細を店長から教わった治翠は、皆で情報交換した後、担当する内庭をチェックする。
 緑華やかなイングリッシュガーデンが売りのテラスは人気のテーブルである。

 一番暑い時間を過ぎて。
 治翠が夜用キャンドルを準備していると、二十代前半くらいの女性二人が来店した。
「どうぞお嬢様」と椅子を引けば、彼女達は上品に笑いながら座る。
「傘がありますがやはり夏、暑さを感じますね」
 治翠は傘を調節する。
 
 二人が頼んだのは、季節のアフターヌーンティセットだった。
 桃やレモン等、夏の果実が盛り付けられたタルトや、サラダサンド、丸ごとオレンジのゼリーのセットである。
 治翠が考えたビタミンメニュー。
 季節のセットには、夏にお勧めの紅茶を。
 アールグレイのアイスレモンティも飲みやすいが――二人は揃ってサマータイムのアイスを注文した。
 
 料理を待つ間、治翠は少しだけ会話に加わった。
 身を屈めて威圧感をなくし、顔を不躾に覗き込みすぎ無い様節度を持った距離を保つ。
 会話には踏込みすぎず、聞き手役に徹する。
 シャイな二人は口ごもることが多い為、『先読み』が役に立った。
「お二人とも、お綺麗ですね」
 さりげなくネイルアートを褒めると、二人は広げた掌をじっと見つめた。 

 そうこうするうち、料理が上がる。
 配膳の最後に、治翠は琉球硝子の器を取りだした。
 『氷結晶』で作り出した氷が、器の中で重なりあう。
 風鈴のような涼しげな音。
 二人に「おかわり!」とお願いされ、治翠はにこやかに承知した。

 仕事もひと段落し、治翠はふいに、一緒に働く本家当主が気になって、店内に目をやった。
(これも良い社会勉強になりそうですね、雪人さん) 
 普段は引篭りがちなその人が一生懸命接客する姿を見て、治翠は顔を綻ばせた。

 
●時入雪人(jb5998)の真心

(喫茶店の試験、ですか……どうやるんだろう。
 メイド喫茶に入った事ないけど、執事みたくやればいいんだよね?
 ハルの方が有利な気がする……)

 最初から執事服にも馴染んでいる(ような気がする)親友ハルを横目に、
 店長の説明をしっかりと聞き、備品の位置等を頭に叩き込む。
 ロゼットの執事は、雪人の知識にあるものよりもずっと自由だった。

「おかえりなさいませ、奥様、お嬢様」
 仕事も終盤になると、雪人の笑顔も自然なものになっていた。
 次は子供連れのお客様。
 楽しそうな母親に対して、子供はなんとなく機嫌が悪そうだ。

「何にする? 彩矢ちゃん」
 母親が聞いても、少女は黙り込んだまま。
 雪人がアイスケーキをすすめると、母親はそれをセットで注文した。
 
 雪人はお茶の準備を始める。
 紅茶の温度は暑すぎず温すぎず。
 ポットの中の茶葉が浮き沈みを繰り返す状態が良く。
 蒸す時間を短縮する為に、少し小さめの茶葉を使用する。
 
 蒸らして待つ間、雪人は婦人に声をかける。
 『先読み』を使用すれば会話のキッカケを掴むのは簡単だった。
 だが少女の方は雪人を見ようともしない。

「ごめんなさいね……この子、本当はここに来るのを楽しみにしていたのだけど」
 ご婦人が溜息を吐く。
「あの店員さんは辞めてしまったのかしら? うちの子がすごく懐いていたのだけれど」
 雪人は水のおかわりを取りに行くついでに、その店員について聞いてみる。
 バルーンアートが得意な、子供担当の執事がいたそうだ。
 だが、今は雪人が担当である以上、雪人がどうにかするしかない。

 閃いた雪人は、テーブルに戻るなり、食卓を飾る一輪挿しを持ち上げた。
「一輪挿しくらいなら、邪魔になりませんよ?」
 ご婦人は、雪人が花を下げるのだと思ったらしい。
 が、雪人は軽く微笑むと――『氷結晶』で赤い花弁を瞬時に凍らせてみせた。
 一番美しい時間を留めた氷花を見て、親子は目を瞬かせる。
 雪人が凍った花を素早くラッピングして手渡すと、少女はここに来て初めて笑顔を見せたのだった。


●鈴代征治(ja1305)の幸福論

「おかえりなさいませ、奥様」

 征治は夕方になっても開店と同様、折り目正しく背筋を伸ばしたままお辞儀をする。
 優雅な微笑みも絶やさず。
 来店したのは、年配の女性四人。 
 ご婦人方は、それぞれハンカチで額を拭っていた。
 空調を少し下げたほうがいいだろうか。征治は赤やけが差すブラインドをさりげなく閉める。

「にいちゃん、これ美味しいのん? アボカドサラダのトルティーヤ?」
 メニューを見て、一番派手な豹柄Tシャツにパンチパーマの女性が言った。
 彼女が選んだのは、旬の素材を生かして独自のアレンジを加えた逸品だった。
 説明すると、ご婦人方は全員それを選んだ。
「では、セットのお飲み物はいかがなさいますか?」
 征治は更に説明する。
 シュガーミルクは低カロリーのグラニュー糖。
 風味豊かな低温殺菌牛乳は、口当たりもよく。
 砂糖、ミルクのほかには、紅茶に合うジャムも――。
 珈琲や緑茶の説明に入る前に、ご婦人方は紅茶を頼んだ。

 出来た料理を、征治は銀のワゴンで運ぶ。
 目に鮮やかなトルティーヤ。
 紅茶は――最初に香りを楽しみ、次いで味わいを。
 パンは食べ放題だから、交換があればさりげなく。もちろんシルバーも。
 征治は常に彼女達が何を望んでいるかを洞察する。

 執事喫茶部の元執事長としての手腕を発揮できる場に出逢えた幸福。
 だからロゼットで初めて仕事をした時、わくわくが止まらなかった。

 幸せとは伝染するものなのだろうか。
 征治のテーブルは幸福に満ちている。

「こんなん、店畳めなんて言われへんやん」
 ふいに、誰かがぽつりと呟いた。


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: 最強の『普通』・鈴代 征治(ja1305)
 奇術士・エイルズレトラ マステリオ(ja2224)
 撃退士・時入 雪人(jb5998)
重体: −
面白かった!:3人

最強の『普通』・
鈴代 征治(ja1305)

大学部4年5組 男 ルインズブレイド
奇術士・
エイルズレトラ マステリオ(ja2224)

卒業 男 鬼道忍軍
月の王子・
伏見 千歳(ja5305)

大学部9年81組 男 アストラルヴァンガード
白銀のそよ風・
浪風 威鈴(ja8371)

卒業 女 ナイトウォーカー
逢魔に咲く・
城咲千歳(ja9494)

大学部7年164組 女 鬼道忍軍
災禍塞ぐ白銀の騎士・
キイ・ローランド(jb5908)

高等部3年30組 男 ディバインナイト
花咲ませし翠・
安瀬地 治翠(jb5992)

大学部7年183組 男 アカシックレコーダー:タイプA
撃退士・
時入 雪人(jb5998)

大学部4年50組 男 アカシックレコーダー:タイプB