久遠ヶ原学園調理室。
「えっと、今日はわざわざ集まってもらいすいません、依頼主の孤境です。依頼には今回の目的などを書きましたが、結局は楽しく皆さんで料理をして下さいという内容ですので、今日は楽しんで下さい」
孤境重喜が形式的な挨拶を述べ、調理室に集まった彼ら彼女らは、わいわいと各々の料理に取り掛かり始めた。
そんな中、重喜も自分のバックからデジカメを取り出して、軽い調整を行う。
「孤境さん」
「っと、あぁ、雫(
ja1894)さんじゃないですか。お久しぶりです」
背後からかけられた、少し呆れ気味の声。重喜が手を止めて振り返ると、そこには自分より身長が低い少女が立っていた。
しかし彼女の出す雰囲気は大人びており、どことなく重喜の腰が引けているのが分かる。ちなみに二人は面識があった。
「全く……知り合う以前の状態に戻ってませんか?相変わらずの『ぼっち』じゃないですか」
「あはは……仕事柄、あまり外出もしませんし……はい、返す言葉もないです」
雫のジト目に晒され、嫌な汗が額に滲む重喜。
「もう、孤境さんの御母さんに連絡しますよ?」
「ぅぐっ……で、でも、自主的にこういった依頼も出していますし、進歩してないわけじゃないんです、情状酌量を!」
「まぁ、あの御母さんの事ですし、このことも織り込み済みなのかもしれませんね。では、私はこの辺で」
自分より年齢の低い少女に、本気で頭を下げる重喜。傍から見れば、これはどういった光景に見えているのであろうか。
雫が持ち場に着いたのを確認して、今だ止まらぬ冷や汗を拭う。
「ふわぁ……ちょっとええか?」
「え、あ、はい」
大きな欠伸を一つ。藍那 禊(
jc1218)は珍妙な生物の描かれたエプロンを着て、重喜のもとに歩み寄る。
「早速、見てもらいたいんや」
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「えっと、これは?」
「何をするにも服装からやで……センスええやろ?」
眠気眼の禊と重喜。重喜の場合は生まれつきこういった目つきなのだが、禊の場合はどうやら本気で眠そうだ。
そんな二人が、おそろいの色違いで、珍妙なキャラが写っているエプロンを着ている。
「俺のは、節約というよりアレンジ色の濃い料理を作ろうと思うんや……ふわぁ」
調理台にならぶ材料の品々、バターや色々な調味料、卵、小麦粉など。
禊によると、どうやらカルボナーラを作るようだ。しかし、重喜は少し首を傾げる。
「牛乳ではなく豆乳、ですか?」
「そや、確かに豆乳の方が高価やけども、長持ちするし、開封前なら常温保存も出来る。安い時に買いだめが出来るっていう利点があるんや」
うとうとして多少危なっかしいながらも、順調に調理を進める禊。
「それで、カルボナーラを作っているそうですけど、肝心のパスタ麺はどこなのかしらぁ?」
妖艶さを伴う声で、観覧しに来ていた黒百合(
ja0422)が質問をする。その質問に、うとうとしていた禊がハッと顔を上げた。
「あぁ、用意はしてある。それがこれや」
そういって禊が取り出したのは、細長い容器な中で、水に浸してあるパスタであった。
トングを使って麺を取り出し、さっと茹で始める。
「一時間以上水に浸しておいた麺は、茹で時間がほんの一分程度で済むんや。冷蔵庫で保存しておくと、3日も持つし、中々便利やろ?」
そう言っている間に、麺は茹で上がり。並行して作っておいたホワイトソースが、湯を切った麺にかけられる。
そして最後に卵黄が麺に乗り、白い湯気と共に良い匂いが辺りにふわっと広がった。
「ふわぁ……さぁ、完成や。どうぞ召し上がれ」
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料理を作り終わって気が抜けたのか、皆が試食している間に、禊はその場で眠ってしまった。
「きゃはァ、美味しかったわぁ……では孤境さん、こちらへどうぞ」
「あ、はい」
怪しく微笑む黒百合。重喜はそんな彼女の後をついて行く。
調理台に居るのは、先ほどまで黒百合と一緒に禊の料理を見学、試食していた雫と木嶋香里(
jb7748)であった。
「えっと、三人とも違う料理を作られるんですね」
「ふふっそうよ、あなたのブログの見栄えも考えて、ね」
黒百合が作る料理は、かき玉即席そうめん。
雫が作る料理は、ペペロンチーノとおまけにネギ味噌。
香里が作る料理は、鶏スープ、鶏皮サラダ、そして茹で鶏。
「藍那さんの料理の間に、私と黒百合さん、そして木島さんの『茹でる』下準備は終わってますよ。ここから一番早く仕上がりそうなのは、私と黒百合さんでしょうか」
そう言った雫は鍋から茹でられた麺を取り出して、フライパンで用意していたニンニクと鷹の爪を炒め始める。
確かにスパゲティは時間や手間もかからず、安定した美味しさがある。
「一人暮らしの人に、一番向いている料理かもしれないですね。えっと、そして、黒百合さんは今何をしているんですか?」
「水溶き片栗粉に卵を溶いて熱してるの。まぁ、そうめんにかける『つゆ』を作っているところよ。乾麺類は手軽に作れるから良いわよねぇ」
重喜は作り方などを詳しく教えてもらっているが、聞けば聞くほど実に簡単な手順である。
アレンジ次第でいくらでも幅が広がりそうだし、汎用性も高い。
雫の方からは、食欲を誘う芳ばしいニンニクと香辛料の匂いが鼻腔を刺してくる。そして黒百合の方は、卵やそうめんの優しい独特な香りがふわっと辺りを包んでいた。
「二人はもう完成間近ですね。木島さんは、今は何を?」
「あぁ、お久しぶりです孤境さん。私は今、スープを作っているところですね。アクは取り終わりましたので、もやし、鶏皮、中華スープの素、さらに調味料を加えて味を調えているんです」
流石としか言いようがない鮮やかかつ素早い手際で、あれよあれよという間に料理が完成していく。
木島は口で解説を行いながら、手を止めない。さらにスープを作っている間にも、二品目のサラダや三品目の茹で鶏の作業にも入っている。重喜はそこから学ぼうと言うよりも、彼女の作り上げる料理がどのようなものになるのか、思わず想像してしまう。
「スープは、これで溶き卵を加えて一煮立ちさせたら完成です。サラダの方は、塩胡椒、そして醤油で味付けですね。あとは、メインの三品目です」
スープの出汁として使っていた鶏胸肉をスライスして、恐らく目分量で木島は醤油やごま油、そして中華スープの素をパパッと加えて『ダレ』を作ってしまう。
味見の為に、彼女はちょんとそのダレの味を確認し、笑顔で「うん」と頷く。
「雫さんと、黒百合さんに少し遅れてしまいましたが、これで完成です。それではみなさん、お召し上がりください」
そんな彼女たちの料理が美味しくないわけが無かった。
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「………美味しかったなぁ」
口の中に残る後味が実に心地良い。
全員が全員、とても料理が上手く、いつも手抜きな飯しか食べていない自分の舌が戸惑っているのが分かる。
「ん?」
次はどこの調理台へ向かおうと考えていたところに、一風変わった場所を見つける。
「俺の番か」
「影野 恭弥(
ja0018)さんですね。よろしくお願いします」
ペコリと頭を下げる重喜に、影野は軽く会釈を返す。
すると影野は早速もやしの封をバリっと開け、油をひいたフライパンに入れて炒め始めた。
「一人暮らしの人間には、もやしは味方だ。もやしさえあればなんとかなる」
「同感です」
フライパンに焼き肉のたれをざっと入れると、もやしの水分と相まり、パンチの効いた匂いがぶわっと広がる。
それを先ほどレンジで温めたご飯の上に豪快に乗っけた。
「金が無いならこれで良い。少し余裕があるならお好みで肉でも魚でも乗っければまた違うだろう。さぁ、召し上がれ」
影野と重喜は、同時にその「もやし丼」を口にかきこみ、もっしゃもっしゃと食べる。
美味しいと言うよりか、何だかとても落ち着く味わい。二人はあまり言葉こそ交わさなかったが、それが苦しいと感じることもなかった。
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「次は美森 あやか(
jb1451)さんと、御薬袋 流樹(
jc1029)さんですね。よろしくお願いします」
「はい……よろしくお願いします」
「よろしくです」
挨拶を終え、二人の持ってきた食材を確認。
流樹の方は牛のモモ肉や長ネギ、そして様々な香辛料。そして美森は、大根や白菜を筆頭に、様々な食材が所狭しと並んでいる。
「美森さん、結構多いですね」
「でも、値段はこれくらいなんですよ?」
渡されたレシートを確認して、重喜が感じた第一感想は「安い」であった。この量でのこの値段は本当に安い、想像の半分程度の金額だ。
「閉店間際とかある程度の時間になると悪くなった青果類・精肉。魚介に捨て値つけるスーパーって多いんですよ。当日・翌日に使うのでしたらあんまり気にならない程度ですし。例えば、この大根は30円なんです」
思わず重喜と流樹の口から「ほぉ」と感嘆の息が漏れる。
「私の方は、炊き込みご飯やサラダ、和風スパゲティが出来上がっています。あとは、キャベツの代わりに大根を使ったお好み焼きや、ロールキャベツならぬロール白菜ですね」
先ほどからメモ帳にペンを走らせっぱなしの重喜。それほどまでに美森のアドバイスは生活感に溢れ、為になるものであった。
次に美森は蓮根とジャガイモをプロセッサで砕き始める。
「それは?」
「あとで小麦と卵と混ぜ、揚げ焼きにしようかなと。材料が余るのもなんですしね」
その豊富な種類の料理に、禊や黒百合を始めとした周囲の人間が集まってきていた。
「流樹さんは、それはローストビーフですか」
「そうですよ」
予め準備しておいたのであろう、モモ肉には塩胡椒を刷り込ませてあるようだ。
そしてそのモモ肉をジップロックに入れ、湯を張った炊飯器に入れ、保温ボタンを押す。
「あとは時間が経つのを待ちます。後であのお湯は、出汁と炒めたネギと調味料を混ぜてスープにするんですよ」
「結構簡単ですね」
「そうですね、じゃあその間に写真の構図なんかを考えておきましょう。ブログに乗せるのでしょう?」
「ははっ、ありがとうございます」
出来上がった二人の料理が、まるでパーティーでもあるのかというくらいに並ぶ。
「肉類や、鮮やかな野菜。これはとても見栄えが良くて美味しそうですね……」
緩んでしまう頬。先ほど流樹に習った通り、光の具合や角度を変えたりして、重喜はカシャカシャとシャッターを切った。
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この場にいる全員で料理を食べている頃、重喜は一人廊下に出ていた。
その重喜の視線の先、少し慌て気味にクーラーボックスを抱えて走ってくる男性が一人。
「月詠 神削(
ja5265)さん、どうですか、釣れましたか?」
「遅れてすまない、しっかり釣ってきたから大丈夫だ」
そんなこんなで、調理開始。
ちなみに彼が参加者の中で一番安く収めている。というかほぼ0円だ。調味料も塩と醤油しかない。
「釣ってきた魚はブラックバスだ。きれいな水に生息しているブラックバスじゃないと臭みが強すぎるから、そこは気をつけないといけないな」
うろこを剥ぎ、腹を捌いて内臓を取り出す。
一人暮らし歴が長いと言っていたが、普段からこのサバイバルの様な料理を行っているのだろうか?
「臭みがあるときは牛乳に浸すと良いけど、今日は綺麗な水場で釣ったからそのまま塩焼きにしようと思う」
月詠はそのまま粗めに塩を振り醤油をかけて、男らしい味付けに仕上げていく。
「月詠さん、塩と醤油かけすぎじゃないですか?」
「いや、いいんだ。ブラックバスは淡白すぎて味が無い魚だから、これぐらいが丁度良い」
醤油が焦げ、塩が白身に馴染んでいく。ジリジリとむせ返る様な、食欲を誘う乱暴な香りが重喜の鼻を通り肺にまで染み渡っていく。
「さぁ、出来た。そのまま豪快にどうぞ」
よくよく考えてみると、釣ってきたばかりの魚を豪快に塩焼きにして食べたのなんて初めての様な気がする。
「釣りも嫌いじゃないし、俺も今度やってみようかなぁ」
「正直あまりおいしいとは言えない魚だったから、そこまで言ってもらえると助かるよ」
しかし、そんな食事中。二人はとても気になっていることがあった。
あまりにも自然に、だがしかしその光景はあまりにも不自然。何故か調理室の隅に棺が立てかけてあったのだ。
これが参加者の棺(
jc1044)であると二人が気づいたのは、試食が終わってからの事である。
「えっと、棺さんは今何を?」
「私の棺はパーフェクトです。どんな材料でも構いません、例えそこらの雑草であっても超高級料理に仕立て上げて見せましょう」
いきなり饒舌に喋り始めた棺に、重喜はビクンと驚き、加えてその話の内容に二重に驚いてしまった。
何だか急に現実から異世界に飛ばされてしまったような気分だ。
「ん?」
トントンと肩を叩かれて振り返ると、クーラーボックスを抱えた月詠が立っている。
「生きたまま魚を連れてきたから、結構いろんな水草も混ざって入っていたんだ。一応洗ったけど使うか?」
「えぇ……」
重喜が心底微妙な顔をしていると、棺からヒリュウが現れその水草をさらって行く。ヒリュウは明らかに食べ物ではないその水草を棺にそのまま押し込んだ。
呆気にとられたまま数分。
「グリーンカリーです」
ほっかほかのグリーンカリー。
「……何で、何でおいしいんですか」
混乱するほどにシュール。声が震えるくらいに美味しい。重喜はこれ以上棺に干渉するのを怖くて止めた。
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「さぁみんな、シメはやっぱりラーメンだよね!」
参加者全員を前にして、まるでパフォーマーのように生き生きとして話しているのは佐藤 としお(
ja2489)だ。
彼が作る料理は絶対に美味しいのだろう。台の上の具材を目の前にして、全員がそう感じずにはいられなかった。
「えっと、佐藤さん。今回のテーマは関係ないと言ったのは俺ですけど、一応聞いときますね。今回のテーマって知ってますか?」
「美味しいラーメンのつくり方だよね☆」
並んでいるのは「超逸品」の名を欲しいがままにする食材達。お値段なんて聞くまでもない。
「みんなの分のラーメンを作るよっ!大勢で食べる料理ってのは、何倍も美味しいものだからね!!」
全く邪気のないハツラツな笑顔。
重喜もそれにつられて、フッと思わず笑った。
「……そうですね。その言葉の本当の意味が、今分かったような気がします」
「ん、なんだい?」
「何でもありません。楽しみに待ってます」
佐藤は笑顔で「任せろ!」と言い、派手に麺をスパァンと湯切りした。