「うぅ………今回は集まっていただいて、ありがとうございます」
「お、お前大丈夫かよ?」
今回の依頼主である笹原門戸は、予め自室に協力者たちを招いて細かな設定を説明しようとしていた。
赤色の半纏を着込み、口にはマスクをつけている。頬や額もほんのり赤く、心配した鐘田将太郎(
ja0114)が、笹原を近くのソファーに座らせた。
「ゴホッ………すいません。少し、想定していた予定と状況が変化しているようなのでお伝えしたいと、思いまして」
「どういうことだ?」
「自分の彼女、真由さんのことです。予定よりまだ早い時間に皆さんに集まっていただいて、彼女の食材選びから皆さんに様子を見ていただこうかと思っていたんですが、真面目で優しい彼女の性格を自分が考慮していませんでした。もう、真由さんは食材を買い終えてこちらに向かってきているようなんです」
───ピンポーン
「「「っ!?」」」
チャイムが鳴ると同時に、笹原はのそりと立ち上がり玄関の方へと向かった。
●
「皆さん初めまして。私、笹原門戸さんとお付き合いをさせていただいている鬼灯真由と言います。今日はよろしくお願いしますね」
ふわっとしているロングの長髪。顔は言わずもがなおっとりとした美人で、実に女性らしいスタイルをしている。
その言葉遣いや一つ一つの動作から、育ちの良さが伺えた。この場の全員が、一瞬すっかり依頼のことなど忘れ、慌てて「こちらこそ」とお辞儀を返したほどである。
「ごめんね真由さん、どうやら友人達とのお見舞い予定が重なったみたいで。彼らもいくらか食材を持ってきているようなんだ、余った食材は持ち帰るなりここにおいて帰るなりしていいからね。冷蔵庫の中も勝手に使っていいから」
「はい、それより門戸さんはもう休んでいてください。あとは私に任せて、ね?」
「あぁ、そうするよ。じゃあ皆もとりあえず自己紹介をしてもらっても良いかな?僕は寝室にいるから、何かあったら言ってくれ」
そういうと笹原は少し覚束ない足取りで寝室の方へと歩いていった。それを心配げに見守る鬼灯。
パタンと笹原が寝室に入ったのを確認し、鐘田が先に口を開く。
「えっと、俺は大学部三年の鐘田 将太郎だ。ちなみにおかゆを作ろうかと思って、一人前の土鍋と、魚沼産コシヒカリを持ってきた」
「自分は大学部五年の、神凪 宗(
ja0435)だ。買い出しに行くものだと思って、材料を書いたリストは持ってきたがある程度この家に揃っているようだから、まぁ大丈夫かな」
「俺は大学部二年の浪風 悠人(
ja3452)と言います。とりあえず食後のデザートとしてリンゴを持ってきましたよ」
「高等部一年の高瀬 颯真(
ja6220)って言います〜。俺は美味しく作れるような、おかゆのレシピを持ってきました〜」
「私は大学部三年の葛城 縁(
jb1826)だよ。精一杯お手伝いを頑張るよ!」
「あ、あの彩咲・陽花(
jb1871)って言います。大学部三年です!大事な人の為に料理を作ってあげるっていう鬼灯さんを、是非お手伝いしたいです!」
全員の自己紹介が終わり、鬼灯はニコリと微笑む。
「私はあまり料理は得意な方ではないんですが、門戸さんの為に皆さんで頑張りましょう!」
とりあえず各々が準備に入る。
髪を後ろでお団子状にまとめて、柄の入っていない淡い桃色のエプロンを鬼灯は着ると「少し門戸さんの様子を見てきますね」と言ってパタパタと寝室へ入っていた。
さて、彼らにとってはここがチャンスタイムだろう。
「じゃあ、俺は持ってきた土鍋を持って行っておくから、予定通り高瀬は鬼灯さんが出てきたらレシピを渡してくれ。葛城はキッチンで使うであろう調味料や材料なんかを、もう出しておいてくれ。後は大体、怪しまれない様に普通にくつろぐかして、空気を作っておこう」
鐘田の予定に合わせた指示が小声で伝わり、その場の全員がどこかぎこちなく、わちゃわちゃと動き始める。
指示通りに動き始めた葛城に、てこてことついてくる彩咲。軽く眉をひそめた表情で葛城は振り返った。
「どうしたの、陽花さん?」
「あ、あのね縁、私も手伝うよ!私だっていつか大切な人が出来たときに、ちゃんと看病してあげたいしね」
「じゃあ私が材料を出したりしておくから、陽花さんは鐘田さんがキッチンに用意してくれた土鍋が誤って落ちたりしない様に見張っておいてくださいね」
「分かったよ!………って、ん、あれ?」
持参した割烹着をキュッと身に着けてキッチンに向かう葛城に、彩咲は頭にクエスチョンマークを浮かべたままついて行くのであった。
●
「真由さん、真由さん」
「あぁ、高瀬さんですね。どうなさいましたか?」
音の出ない様に、両手で寝室の扉を閉めて出てきた鬼灯。そんな彼女を待っていたかのように、高瀬が声を掛ける。
「真由さんおかゆを作るんですよね〜?俺、結構頑張って手書きのレシピ作ってきたんですけど、参考にしてくれませんか〜?」
「まぁ、イラスト付きじゃないですか」
簡潔かつイラスト付きで分かりやすいレシピを受け取って、鬼灯は驚きを顔に浮かべる。
「ありがとうございます。是非参考にさせていただきますね」
「え、あ、なら良かったです〜」
「高瀬さん?どうされましたか?」
「いや、何でもないです〜。それより、俺は門戸さんの看病をしておきますので、心配いらないですよ〜」
「本当に助かります、ありがとうございます」
一礼してキッチンの方へ歩いていく鬼灯を見送る。高瀬は少し驚いた、料理に関して錬金術師レベルである彼女がこんなにもすんなりレシピを受け取ってくれたことに。
(よく分かりませんけど、後は皆さんに任せますか〜)
高瀬は寝室のドアを開けた。
●
「さて、それではまずはおかゆから作りましょうか」
「私と陽花さんもお手伝いしますから、よろしくお願いしますね」
「あぅ〜……頑張ります」
何の変哲もない土鍋をただただじっと見つめながら、彩咲は気の抜けた声で返事をする。
そんな少し変わった光景に、あえて突っ込みを入れないで眺める苦笑いの鐘田。
調理台の上に並ぶ食材は、神凪の用意してくれていたリスト通り
米(コシヒカリ)、白ネギ、卵、万能ねぎ、生姜、塩、和風だし(粉末)、しいたけ である。
「どうされたんですか、鐘田さん?こちらは別に良いので、居間の方で神凪さんと浪風さんとテレビでも見ていて下さっても良いですよ」
「い、いや、せっかく俺が持ってきたコシヒカリがどんな風に調理されるかを少し見ていたくてな、ははは」
「そうだったんですか、でしたら別にかまいませんよ」
朗らかに微笑むと、鬼灯は先ほど渡されたレシピを広げ、食材を見渡し始めた。
「えっとぉ………すいませんが、おかゆにしいたけは入れないほうが良いかもですね」
「どうしてですか?」
しいたけを手に取り、申し訳なさそうに鬼灯は葛城に声を掛ける。
「しいたけを始めとしたきのこ類は食物繊維が非常に多く、体内で消化するときに負担となるんですよ。人体で作られる酵素では分解できないような繊維も含まれていますので、弱った体の人はあまり食さない方が良いんです。ですから、代わりに梅干しを入れておきましょう」
「へ、へぇ………勉強になります」
予想とは違う、調理上手の知識をつらつらと並べる鬼灯に、多少たじたじになる葛城。
どうやら鐘田も同様に驚いているようだ。
「えっと、レシピによるとまずは………お米を研ぐんですよね。じゃあ、クレンザーを──」
───!?
「ストーーップ!ストップだ、鬼灯!」
「へっ?ど、どうしたんですか?」
どこから取り出したのか、小学校の掃除の時間によくみる粉末の洗剤を片手にびくっと体を震わす鬼灯。
「お米は水だけで十分綺麗に研げるんだから洗剤使わなくていいんだよ! 」
「でも、鐘田さん、お米って何度研いでも少し白く濁るじゃないですか?」
「ある程度で良いんだ。リゾットで有名なイタリアではお米を研がないらしいし、大丈夫なんだよ」
「へー、そうなんですか」
何でキノコの知識はあって、こんな基本的な知識が無いのか。鬼灯の片鱗を垣間見た気がして、鐘田は嫌な汗がどっと滲みだしてくる。
ちなみに、鬼灯と同じく「へー」と驚いていた彩咲の言葉を葛城はあえて聞き流した。
●
少し頭を落ち着かせたいと、鐘田は浪風とバトンタッチ。
「鬼灯さん、何かお手伝いになるかと思いますので、俺のヒリュウも一応出しておいても良いですかね?」
「人手は足りてますので大丈夫だと思いますが、別にかまいませんよ。賑やかな方が楽しいでしょうしね」
鬼灯の許可をもらい、浪風はお手伝い(監視用)のヒリュウを召喚した。
鬼灯の少しずれた行動に、鐘田と葛城が軌道修正を入れながら、何とか現在土鍋にて米を炊くことに成功。
その炊いている間に、鬼灯は自家製の栄養ドリンクを作ろうとしていた。
「えっと、材料は………」
自分の持参してきたエコバックの中からゴロゴロと材料を取り出す鬼灯。
しょうが、ゆず、玉子酒、コーラ(ホット)、にんにく………etc
「わー、すごいですね。全部体に良さそうなものばかり──」
「──陽花さん、火の番をよろしくね」
「ゆ、縁!?火の番って……流石にいらないんじゃないかな?うん、今の御時世には」
何故かメモを取り出して、調理台の上にゴロゴロと転がる多種の球根系や柑橘系の食べ物をメモろうとしている彩咲。
そんな彼女に視線の高さを合わせ、葛城は土鍋を指さした。彼女の背後に『呂布』が見えた気がして、彩咲はあまり強く反抗できない。
ミキサーの中にキッツキツにそれらを詰め込んでいく鬼灯に、浪風は唖然となっている。なんとかヒリュウが肩を叩いてくれたことにより、我に返った。
「えっと、ね?鬼灯さん、それって大丈夫なの?味見とかしてる?」
「うんしょ、大丈夫ですよっ。私もよくこれ飲んでいますから」
「えっ!?」
ゴリゴリと凄まじい音を立てて、ミキサーの中身が混沌と化していく。
「でも今日持ってきたしょうがは少し大きかったから、甘味が足りないかもしれないですね……これを使いましょう」
───『グリセリン』
取り出されたのは仰々しい薬品のビン。
「それはっ!?それは、食べられないんじゃないかな!?」
「ふふっ、大丈夫ですよ。グリセリンは甘味材としても用いられているんですから」
だからと言って多量に摂取していいものではないことは確かだ。
慌ててヒリュウが冷蔵庫から必死に取り出してきたビンを、浪風は鬼灯に見せる。
「はちみつを使おうよ、ね?」
「それは良いですね」
後ほど試飲した浪風から、青白いオーラが数十秒間噴き出したのはまた別の話。
●
米が炊き上がり、浪風から神凪にバトンタッチ。
なんだかんだ致命的なミスは無く、後はただ普通に仕上げだけだなとひとまずほっと胸を撫で下ろす神凪。
「縁、もう炊き上がったし何かお手伝いを」
「じゃあ、ねぎを刻んでもらおうかしら、私も一緒にやるからね。えっと、鬼灯さんはじゃあおかゆに和風だしとか塩で味を調えてもらえますか?」
「そうね、わかったわ」
神凪はとりあえず鬼灯の後に自然について行く。パカッと蓋が開かれ、お米独特の柔らかい香りが湯気と共に広がる。
ぐらぐらと煮えるおかゆが実に食欲をそそった。
「神凪さん、これ少し水気が多い気がしませんか?」
「ん?いや、こんなものだろう。またあとから弱火で蒸らすからこれくらいで良いんだ……ってレシピに書いてあるぞ」
「うーん……」
どこか納得がいかないような表情で唸る鬼灯。
また何かしでかす前にと、神凪が塩と和風だしを手に取ろうとしたその時
「少し水気を取るための『硝酸』と、消化を良くするための『硫酸』。味付けも塩辛そうなのばかりだし『グリセリン』を使いましょう」
(※硝酸+硫酸+グリセリン=ニトログリセリン←ダイナマイトの原料)
今回一番の難関がここに。反射的に神凪は鬼灯の両手をガッと掴む。
「考え直せ鬼灯。お前は今までにその薬品を一度でも口に入れたことがあるか?それだけは絶対にやってはいけない」
神凪の腕をはらりと解き、まるで子供を諭すように人差し指を立てる鬼灯。
「いいですか神凪さん?おかゆは消化にいいと言いますがそれは違うんです。消化というのはまず咀嚼をすることから始まりますが、おかゆはあまり咀嚼せずに食べれてしまうものなんです。ですから結果的には体が弱っている人には負担となってしまうことが多いんですね。ですので酸性のもので消化を手助けし、味が単一にならないよう甘味で………」
鬼灯の言葉の中、先ほどの浪風がフラッシュバックしてしまう。
常軌を逸した現象を目の当たりにし、目の前には見たこともない危険な薬品。鬼灯の言葉が上手く頭に入らない。
「鬼灯さん?」
「へ?」
「食べれる物と、食べれない物。其の区別をつけなくちゃ駄目だよ?」
その通り。
葛城の一言で神凪は我に返り、両手の薬品を取り上げて、代わりに塩と和風だしを握らせた。
●
「真由さんは、本当に大丈夫だろうか?」
「心配ですか〜?」
高瀬は、笹原の額に乗せている小さな氷嚢を手に取り、中身を入れ替えた。
「まずは自分の体の心配をして下さいね〜」
「あぁ、そうですね。本当に何から何まですみません」
「ちゃんと食べてあげて下さいね。そうすれば錬金術も少しは良くなるかもですよ〜」
「その点は心配しなくて大丈夫。どんなものを持ってこようと、俺は真由さんの料理を残したことは無いです。少しはダメだしした方が良いんだろうけど、真由さんの笑顔を見てしまうと、どうも」
氷を入れ替えた高瀬が、その氷嚢を笹原の額にゴリゴリと押し付けた。
「イタタっ!?」
「末永く爆発しろですよ〜」
扉の向こうで鬼灯の「できましたー」という声が聞こえる。
「では、自分たちはこれで帰ります。お邪魔になるといけませんので〜」
「皆さんに、本当にありがとうございましたと伝えてくれませんか?」
「了解しました〜」
●
後日、笹原門戸から聞いた話。
鬼灯真由の作ったおかゆはとても塩辛く、栄養ドリンクは意味の分からない効能を持っていた、と。
しかし彼は、その話の後にこう付け加えた。
それでも、今までで一番おいしかった、と。