●経始
つい数日前までここは人や車が行き交っていたはずの国道だったはずだが、警察からの避難勧告が出て以来、ここには人っ子一人現れていない。
「車道の真ん中に立つのって、結構な違和感があるな」
国道の中央で、撃退士達が集まる。花菱彪臥(
ja4610)はポツンと呟いた。
「さて、ここで役割分担を確認しておくでござる」
神酒坂ねずみ(
jb4993)は全員に見える様に、数枚の写真と資料を取り出す。
「敵を誘導する為の囮、国道での待ち伏せ、中間連絡役、この三つに分かれるわけだが、ここは予め決めていた通りで良いでござるな?」
全員が問題ないとばかりに頷き、各々の意思を露わに眼光を強めた。資料に書き込んである情報に、改めて全員が目を通す。
囮役に神酒坂、中間連絡役にアイリス・レイバルド(
jb1510)、そして待ち伏せ役に花菱、カミーユ・バルト(
jb9931)、黒神未来(
jb9907)、凪(
jc1035)の四人。
「ではアイリスさん、探索の方に行きましょうか。範囲もそこまで広いわけではないから、そこまで発見に時間はかからないと思うし、気を抜かないで行くでござる」
「そうだな、位置情報は私から逐一連絡する」
神酒坂とアイリスは待ち伏せ組と連絡の取り方について少し話し終えると、二人別々の方向へと駆けて行った。
待ち伏せ組は国道の開けた範囲を軽く捜索して、別行動の二人からの連絡を待つ形になる。
「なぁなぁ、凪君、凪君」
黒神が凪の肩をポンポンと叩き、敵のサーバントが載った写真を見せた。
「ん?」
「このサーバント、うちより胸大きくないか?」
「え、あ……そんなこと、ないんじゃないかな、うん」
「ほんまかいなー」
難しげに唸る黒神に凪は苦笑いを向けた。
●偽りの天使
予め知らされていた敵の「用心深い」という話をもとに、目撃証言のあった場所ではなく、それ以外のいくつかの住宅密集地にポイントを絞ってみた。
「それで、私が当たりを引いたということですな」
家の陰に身を隠し、神酒坂は曲がり角の先に目をやる。
鼻歌でも歌い出しそうに足を交互に揺らしながら、大きな石に座っていた美少女が一人。あれが今回の討伐対象のサーバントである。
(本当に綺麗な顔だが、あの頭が割れるんだよなぁ)
複雑な面持ちで、携帯を懐から出した。敵の発見と同時にアイリスへ連絡を送る、返信は短く「了解」とだけ書かれていた。携帯を懐へと再び戻す。
出来るだけ不信感を与えない様に細心の注意を払おう。そう心の中で何度か繰り返し、神酒坂は何気なく角を曲がった。
「あっ……」
「?」
首を傾げ、石から腰を上げる女性。神酒坂は不意な出会いを装い、女性へと近づく。
「何をしてるんですか、もうみなさん避難勧告が出て、避難しているんですよ?」
「……?」
刺激をなるべく与えない様に少し距離をとって話しかけるが、対する女性の反応が神酒坂に違和感を覚えさせる。
(もしかして、言葉が理解出来ないとか?)
女性は厚着のコートから少しよれた地図を取り出す。
「ココ、イキタイデス」
女性の細い指先が、地図の上を指さした。やはり、とでも言うべきか、そこは人通りの少ない予め把握していたポイント。
その人通りの少ないポイント上にあるのは定食屋。
「オナカガスキマシタ」
「ちょっと貸してくれませんか、案内してあげましょう」
神酒坂は渡された地図を手に取って、ニコリと偽りの笑顔を向けた。それに合わせて女性も微笑む。
本当に、言葉を理解できていないのか、少し試してみることにした。
「ところで、お名前を伺っても良いですか?」
「……?」
「いえ、やっぱり大丈夫です。行きましょうか」
☆
アイリスは少し距離を離して神酒坂の後をつけていた。「誘導開始しまーす」と書かれたメールを確認し、その情報を待ち伏せ組の黒神へと送る。
今のところ女性型サーバントの動きに不穏な様子は見受けられない、ただどうしても不安は拭えない。
(神酒坂の連絡によると知能は低いらしいが、その本能による用心深さがどれほどなのか)
眉間にシワが寄る。
「………ん?」
順調だった道のりが急に曇り始めたのを確認する。
神酒坂は順調に国道への道のりに沿って誘導していたはず、あと少し、数百メートルといったところで足が止まっていた。
───っ!?
「マズいっ!?」
目に映る光景に、今まで考えていたものが一瞬で真っさらになる。アイリスは大きく翼を広げ、力強くコンクリートを蹴った。
●戦闘
迂闊だった。知能が低いと分かって、少し油断したのもあるかもしれないが。
神酒坂は焦りもあってか、上手く表情を作れないでいた。
「どうして、止まるんですか?」
「……オナカスイタ」
「ですから、あちらの方で炊き出しがあっていますからそっちに──」
「──オナカガスイタ!」
頑なに開けた場所に出ようとしない女性型サーバント。
ここで戦闘を行うのは地形的にも不利である。環境の変化を本能的に読み取っているのか、用心深さが過敏になっているようだ。
このままでは逃げられてしまう。逃げられたら最後、同じ手は二度と通用しないだろう、不利な地形で戦わざるを得なくなる。
(距離を詰めて、無抵抗をアピールした方が良いのか……。何か微妙な反応があったら、すぐに逃げれば)
地図を女性に向ける様に示しながら、神酒坂は近づいた。言葉が通じないのは分かっているが、それに感づいていないように振る舞って、警戒心を煽らないようにしないといけない。
「だから、ここを真っ直ぐに進むと避難できるんですよ」
「………モウ、ガマンデキナイデス」
一瞬だった。
「なっ!?」
女性の背後から二本の触手が突如現れ、神酒坂の腕をあっという間に絡めとる。
その背中から現れた触手の先端にはどうやら毒を持つ棘がついていたらしく、いつもなら振り解ける程度の締め付けに、腕が痺れて全く歯が立たない。
「イタダキマス!」
女性の美しく整った顔が、恍惚に満たされた表情でニヤリと笑った。
───ズバン!
「グッ!」
急に拘束が無くなり、神酒坂は尻もちをつく。腕を絡めていた触手も切断されて、ボトボトと地面に落ちていた。
触手を切断した武器が、ブーメランが勢いよく弧を描いて持ち主の手元に戻っていく。
「アアアアァッ!」
姿を現し始めたサーバント。両手は伸縮自在な触手へと変貌し、切断された痛みにもがいていた。
「私と視線を合わせた迂闊を呪え」
近くの電柱に触手を伸ばして逃避を計ろうとしたその瞬間に、サーバントの背後から高速で滑空してきたアイリスが地面に頭を向けるような姿勢で、敵の視線に目を合わせる。
サーバントの動きが止まった。『瑠璃色の邪眼』が発動したみたいだ。
発動するや否や、アイリスはそのままの勢いでサーバントの背中を蹴り、一気に国道の方へと突き飛ばした。
☆
「敵、来るぞ!」
戻ってきた自分のブーメランをパシンと手に取り、凪は空中から地上にいる待ち伏せ組に声を掛ける。
地面に服を激しく擦りつけながら、サーバントが国道へと転がってきた。
空を飛んでいる凪は遠くに見える神酒坂の違和感に気づく。恐らく先ほど触手に絡めとられた時、毒を喰らってしまったのだろう。
「黒神さんとカミーユさんは神酒坂さんの所へ回復を、ここは俺と花菱さんが相手しておくから」
「ちょ、ちょっと待ってーな、凪君」
何だか慌ただしい。黒神とカミーユのごちゃごちゃとした声が凪に聞こえてきた。
「あの胸は反則やで!」
「ハ、ハ、ハレンチだ、サーバント如きがこのボクになんてモノをっ!?」
「黒神ねーちゃんもカミーユにーちゃんも、相手はサーバントだぜ!?しっかりしてくれよっ!」
花菱の突っ込みを受け、わちゃわちゃと黒神とカミーユは神酒坂のもとへ回復に向かう。
確かに今のサーバントの姿は、腕が長い触手ではあるが、それ以外の部位は未だ人間の女性のままだ。激しくコンクリートの上を転がったせいでいい感じに服のあちこちが破けている。凪は小さく息をついた。
徐々に高度を下げ、凪が花菱の横に並ぶ。そして、遅れてやってきたアイリスがそこに並んだ。
「まだ少し私の拘束が効いているようだ、一気に削ろう」
「分かったぜ」
「了解」
辛うじて立ち上がったサーバントは苦しそうに、四肢をピクピクと動かしている。
その無防備な敵に花菱は「神輝掌」を使用し、一気に距離を詰めた。
「───フンッ」
一気に手の平から光が放出され、サーバントの体を後方に吹き飛ばす。
「逃がさない」
凪とアイリスは追い打ちをかける様に飛び立った。
アイリスは魔鎌を振り、複数本の触手を削るように切断していき、凪は刃のついたブーメランを手に持ったまま乱暴にぶった切っていく。
「ガアアアアァァッ!」
拘束が解けたのか、サーバントは大きく雄叫びを上げ腕を振り二人を弾き飛ばす。凪とアイリスも、これ以上深追いすることなく花菱の位置に戻った。
サーバントの顔の半分は触手と化し、全身から触手がただれる様に生えている。
「ああなってしまうと、もう傷を付ける罪悪感も湧かないぜ……」
グズグズと触手が体から湧き出し、サーバントをまた違った姿に形成していく。獣のように鋭い爪を手足に、しかしそのサイズは明らかに大きく、異形。頭も割れて、食虫植物の様な口を剥き出しにしている。
「もう一度、私が拘束を──」
刹那、サーバントの姿が消える。
「上だっ!」
凪の声で二人は顔を上げるが、もう目の前にサーバントの大爪が迫っていた。辛うじて花菱が「防御陣」を使い最悪の事態は免れたが、全員の額にはじっとりと嫌な汗が滲む。
サーバントはくるりと空中で態勢を整え、地に足が着くと同時に、また一気に迫ってくる。
「もう一度、防御陣でっ」
花菱が対角線上に再び防御陣を展開するが、その瞬間、サーバントの大きな口がニヤリと笑った。
異形の体で跳躍し防御陣とその三人を飛び越し、背中から複数出現させた触手で三人を軽く傷つけた。『軽く』で充分であったのだ。
三人とも膝からガクンと崩れ落ち、無防備な姿を敵に晒してしまう。
「ガアアァッ!」
彼らの無防備な頭上に、命を刈り取る手が迫る。
「ドォオラッ!!」
ズドン。この場の全員の臓腑を震わすほどの衝撃。
サーバント攻撃を両腕で受け止める様に、黒神が間に割って入っていた。
「クッ……なぁ、サッカーって、何をすれば勝てるか知っとるか?」
ギシギシと骨が軋み、ズルズルと少しずつ黒神の足が後退していく。しかしその状況下で不敵にも黒神は微笑む。
「……騙したもんが、勝つんやで」
剥き出しになっている大口に「飛燕」による衝撃波が、胴体を突き飛ばすように「神輝掌」による光が襲った。
「サンキュな、黒神ねーちゃん」
「あぁ、カミーユさんの「聖なる刻印」を予め受けといて助かった」
毒を受けていたはずの花菱と凪が立ち上がる。二人の手首には鮮やかに光る刻印が刻まれている。
黒神は軽く腕を回して、自分の体に異常がないのを確かめた。その間に「浄眼」を発動させたのだろう、アイリスもまた二人と同じように立ち上がる。
「あ、ありがとう」
「気にしなさんなや」
吹き飛ばされはしないまでも、サーバントは立ったまま国道を削るように後退していた。
叫ぶ。その感情は明らかな激昂。
しかし、その叫びは喉を貫く光のナイフで断たれてしまう。
「せめてボクに倒される幸せを、受け取ってくれても良いぞ?」
カミーユが素早く敵の懐に潜り込み大剣を振るう。しかし、それは虚しく空を切った。背中から無数に生やした触手が近くの電柱を掴み、カミーユの攻撃を交わしたのだ。
「……遅れて、申し訳ないでござる」
響く轟音、神酒坂のライフルでサーバントが掴まっていた電柱が破壊され、行き場を失った異形の体はみっともなく地に落ちる。
「さぁ、みんな、敵は私と黒神が拘束したっ!今のうちに叩け!!」
アイリスの掛け声と共に全員の体が動き出した。
●事後
「いやー、ぎょーさん働いたからお腹空いたなぁー」
「ねー、ご飯でも行かねーか、みんなで!」
花菱の救急箱で全員は軽傷の手当てを行っていた。
サーバントは道路の中心で息絶えている。触手は時間と共にズルズルに溶け始め、後片付けが大変そうだなと、みんながみんな口には出さないが心の中で思っていた。
「よくこんな死体を見た後、ご飯がどーとか言えるでござるな」
「まぁ、今はあまり食欲は、湧かないかな」
黒神と花菱が盛り上がっている様子を神酒坂とアイリスは眺めている。
そして二人の傍観者はふと生暖かい目で、離れた位置にいる他の二人を眺めるために視線を移した。
「あ、あのサーバントの液体が、ボクの、このボクの口に……ウッ」
「トドメ刺す時に、大きな声で台詞言ってるからだよ」
カミーユの背中をさする凪。
その光景を見ていたら、とてもじゃないがこれからすぐに「ご飯に行こう」とは言えなかった。
「今日も、天気が良いでござるなぁ」
遠い目で、空を飛ぶ雀を眺める。本日も晴天なり。