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マスター:久保カズヤ
シナリオ形態:イベント
難易度:易しい
参加人数:25人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2016/05/09


みんなの思い出



オープニング

 セレブ御用達の「豪華客船」。
 大浴場、スポーツグラウンド、ショッピング街、パーティー会場の全てが、なんと海上で楽しめちゃう。
 ショッピング街で買い物をするなら別ですが、このセレブな一泊二日の豪華客船で様々な施設を楽しむ為の料金は、なんと無料ですっ!これも皆さんの日頃の行いが良いからでしょう。
 天候に恵まれ、海も穏やか。
 どこまでも広がる海を見ながらゆったりとお風呂に浸かるも良し。
 大きく広がるサッカーグラウンドで体を動かしつくすのも良し。
 普段は敷居が高くて入れない高級店が並ぶショッピング街、なんと特別割引で今回に限りどんな商品も三割引きで購入出来ちゃう、そんなお得な買い物を楽しむも良し。
 一流料理を食しながら、レンタルできる高級ドレスを着て、ワイワイとパーティを楽しむのも良し。
 夜には、圧倒的なスケールを誇る「瀬戸内工業地帯」の夜景も見ることも出来ます。

 いやぁ、本当にこれが無料ですか。考えられません、生きててよかっ………え?そんな上手い話があるわけない?
 悪戯好きの子供の悪魔が?ちょっと何それ聞いてな───。


リプレイ本文


 天気も良い、空も晴れやかで、波も穏やか。
 それだというのに、今回の「豪華客船遠足」に参加する孤境重喜の表情はあまり良いものでは無かった。
「こんな機会滅多にないわよ?何よ、そんな難しい顔をして」
 この遠足に学園の人間として同行する、事務員の大谷舞花は、そんな孤境の様子に首を傾げる。
「誘ってもらってこう言うのはアレなんですが、俺は広くて明るい場所より、狭くて薄暗い場所が好きな人間なんです。まぁ、いただいたライブの仕事はちゃんとしますよ?」
「最近の貴方の様子を見て、そろそろ外に出るのも慣れてきたのかなって思ってたんだけど。思ったより道は険しいのかもね……でも、無料で美味しいお酒が飲み放題なんて、夢みたいじゃない?」
「明るい場所に慣れてたらそもそも動画投稿者にはなって無いんですよ。っていうか、もうお酒はほどほどにした方が」
「……カップルがわんさか集まるここで酒を飲むなって私に言いたいの?」
「すいません」
 インドア系撃退士と、三十路半ばで婚期が過ぎ去ろうとしている事務員。
 そんな二人の事なんていざ知らず、快晴を喜ぶカモメが楽しそうに鳴いていた。


「───はい、皆さんこんにちはっ!私は、今回の遠足の場となるこの船の船長です!!一級が並ぶこの船での旅をどうぞお楽しみくださいな!!!」

 船の中というよりは、高級ホテルのエントランスホールと言った方がしっくりと来るその内装。
 たくさんの学園の生徒達が集まるそこで、どこまでも通る野太い声の挨拶が響く。その船長の風貌は、豪華客船の船長というよりは、海賊や盗賊を取りまとめる頭領の方が近い気がした。
「それではどうぞ皆さま、これから一泊二日、お好きな様にお過ごしください!!!!」




「えっと、この角を曲がって……」
 スポーツグラウンドはこちら。孤境は廊下を一人進んでいた。
 なんでも大谷から聞いたのだが、サッカーグラウンドの方で、何やら第三者の介入があった方が良いような出来事が起きているらしい。
「ここかな」
 大きなガラスの扉を押して開く。

「一生死ねない地獄を見せてあげようか?」
「俺にボールを当てられるほどのコントロールがあるのか?」
 これからスポーツをする人達の会話には思えない内容だ。
 上半身を「BUMPER」と呼ばれるボールで覆い、互いに牙をむいているのは夜来野 遥久(ja6843)と加倉 一臣(ja5823)の二人。他の面々もチームに分かれ火花を散らしている。
「あ、お前が審判をしてくれる助っ人さんか?」
 その中で一人だけBUMPERを被ってなかった男が声を掛けて来る。
「えっと、はい、孤境って言います」
「ゼロ=シュバイツァー(jb7501)だ、よろしく。今日俺はフィールド役で参加することになってる」
「……?」
「大丈夫、俺も分かってない。気にしないでくれ」
 とりあえず突っ込んだら負け。それだけは理解した孤境だった。

 ゲーム時間は、ハーフタイム有りの五分間。
 コートに入場する面々は、遠慮なくゼロの背中を踏みしめていく。孤境は頭上の大きなデジタル時計を確認し、ホイッスルを吹いた。
「先手必勝っ!!」
 初めにボールを持つのは月居 愁也(ja6837)。縮地を用いてグングンとスピードを上げ、敵のゴール役の矢野 古代(jb1679)へと向かって行く。
 それとちなみに、このゲームの特別ルールなのだが、ボールをゴール役と呼ばれる人物に叩き込んだら一点らしい。何とも物騒な話である。
「夜来野殿、なんとしても防ぐのじゃっ」
「了解した」
 鍔崎 美薙(ja0028)と夜来野の二人はそんな月居の前に立ちはばかり、シールドを展開する。
 月居は大きく弾き飛ばされ、ボールは夜来野のもとへ。
「攻守交代だ」

 ドリブルをする夜来野に対して守備を行おうと、今度立ち塞がるのはアスハ・A・R(ja8432)。
「うっかり発煙手榴弾を落としてしまった」
 辺り一面に煙幕が広がり、アスハはゴーグルをかけた。
 これに乗じてボールを奪い──
「この程度っ!」
「っ!?」
 大きく飛び上がった夜来野はそのままアスハを越え、一直線に加倉の元へ。追おうとしたアスハだが、鍔崎のシールドで妨害にあってしまう。
「こうなったら、我慢してね!」
「え、ちょ、何!?」
 最後の砦として残っていた櫟 諏訪(ja1215)は、敵の方向では無く、味方でゴール役である加倉の方に全速力で向かっていたのだ。
 櫟の背後で何かが蹴り出された音が響く。
「一臣さん、危ないですよー!」
「ドファッ!?」
 思い切りぶつかって加倉を弾き飛ばした櫟。これで失点は免れたか、そう思った瞬間、なにかが櫟の横を通り抜けたのが見える。
 櫟の失敗は、それを、サッカーボールだと思い込んでいたことだ。
「残念っ!実は俺でしたぁああってこれ着地どうすればグフッ!?」
 夜来野が蹴り出したのは小野友真(ja6901)。
 それじゃあ、本当のサッカーボールは

「褌チーム、一点先取。ここで前半終了ですね」
 再びホイッスルが鳴った。


「すいません、自分が最後によく確認していれば」
「謝るなら俺の方だ諏訪くん。最初に俺がやられてから流れを持ってかれた」
「僕も、完璧に抑え込まれてしまった」
「諏訪ちゃん?まず、突き飛ばされた上、股間にシュートされた俺に言うことあるんじゃない?」
「……そこで提案なんだが、一つ作戦があるんだ」
「アスハ?何でみんな聞こえないふりするの?」


「───それじゃあ後半始めますので、皆さんはコートの方に」
 意気を高めた面々は、再びゼロの背を踏みしめてコートへと入っていく。そろそろ突っ込んでいいですかゼロさん?
 ホイッスルが鳴り、後半の火蓋が切って開かれた。
「このまま突き放すか」
 開幕、ボールを持つのは先制点を入れた夜来野だ。そしてその彼を援護する様に、鍔崎と小野の二人が左右後方でパスを待つ。
「夜来野殿、また月居殿が来るのじゃっ」
「防ぐぞ」
「諏訪くん、アスハさん、後は頼んだぞ!このまま押し切るっ!!」
 眼前に展開される二枚のシールド。その瞬間、月居の体から過量のアウルが沸き上がり、再び縮地でスピードを上げた。
 シールドに全力でぶつかり、月居はそのまま弾き飛ばされることなく前へ前へと体を進める。
「なっ、まさかっ」
 二つのシールドにヒビが入り、遂に弾けた。
 そして力を使い切ったように、月居はその場に倒れ込む。そんな彼の顔は、清々しい笑顔だったという。
「行きますよ、アスハさん」
「あぁ、ボールを持った奴は全力で潰す作戦、行くぞっ」
 月居の背後から現れる櫟とアスハ。再びシールドを展開させる暇を与えず、二人の突進が夜来野を捉えた。
 大きく吹き飛ぶ夜来野。そんな中、矢野はゾクリと不穏な悪寒を感じた。
「小野君、鍔崎さんっ……アイツらはヤバイっ!得点の為なら、どんな犠牲さえも厭わない目をしてるっ」
「任せてくれっ!こうなったら俺の『アレ』の出番だ。これで見逃してもらうしかない」
 揺るがぬ自信をその瞳に込めて、BUMPERを外した小野は勢い良く駆け出した。

 駆け出した小野は高く飛び上がり、空中で器用に足を正座にたたんで、櫟ら二人の前にそのまま落ちる。
「大変っ、もぉぉおおしわけございませぇええ───」
「───おい、自分の真下を見てみろ」
「え?」
 アスハの言葉を受け、ふと、小野は自分の着地点をちらりと見た。見てしまった。
 それは、緩やかにこっちへと転がってくるサッカーボール。
「これは僕じゃない、友真、お前のボールだな?」
「なっ!?」
 まさにそれは死の宣告だった。

「さぁ、鍔崎さん。あとは君だけですよ?」
「く、来るでない諏訪殿!神は、その様な行いを許さぬぞ!」
「少しだけ鍔崎さんがジッとしてくれるなら、このまま見逃してあげますよ?」
「大いなる神の信託によって、『目をつむれ』と言われてしまったのじゃ……巫女じゃから、逆らえないのじゃ」
「鍔崎さんっ!?ゴール役の俺だけを残してそれは無いんじゃないか!?」
 ジリジリと矢野に近づく二人。逃げ出したが、もうその選択は遅かった。

「鰹節チーム、ゴールですね」


 孤境は残り時間を見る。
 おかしいな、もう既に後半が終わってる頃のはずだが、まだまだ時間は余っていた。あの時計、壊れてるのかな?
「すいませんゼロさん、少し良いですか?」
「どうした?」
 背中が足裏の跡だらけのゼロは、やつれた表情で孤境の隣に立つ。
「実は自分この後予定がありまして、後の審判はお任せしても良いですか?」
「あぁ、時間が無かったのか、それは悪いことをした。後は任せてくれ」
 ゼロの手に数本のローションが握られていたが、あえて見えないふりをし、孤境は一礼をしてその場を後にした。

『……さぁ、次に地面となるのはお前達だ』

 聞こえない。何も聞こえて無いぞ。




 まるで大型デパートに来たみたいだ。広く高級ブランドの店舗が立ち並ぶこのフロアで、誰しもがそんな感想を抱いた事であろう。
 これが海の上で、ましてや動いている船の中だと言うのだから驚きだ。
「あ、お帰り!探していた物は見つかった?」
「うん。すごく、親切な店員さんだったよ」
 ブランド物の小物店で手を振っているのは私市 琥珀(jb5268)、そんな彼のカマキリの着ぐるみが何とも周囲の目をひいている。そして私市に、単眼のゴーグルをかけ笑顔で答えるのは咲賀 円(jc2239)だ。
 咲賀が手に持ってるのはとある眼鏡店の袋で、中にはゴーグルの曇り防止用スプレーが入っていた。
「これからパーティーでスープとかを飲むとき、曇っちゃったら恥ずかしいからね」
「そうだ咲賀さん、これ僕からのプレゼント。パーティーの時につけてみてよ、きっと似合うから」
 手の平に乗せられたのは、白い花のコサージュだった。髪飾りとして咲賀に似合いそうな、そんな素敵な花である。
 そしてそのままテコテコと歩き、私市は少し離れた後方にいるもう一人のカマキリ、香奈沢 風禰(jb2286)の方へと向かっていく。
「はい、カマふぃにもこれ」
「可愛い赤いコサージュ、ありがとカマ!カマふぃも二人にプレゼントあるの!」
 香奈沢は笑顔で着ぐるみの中から二本のボールペンを取り出した。純金製で、カマキリの印がついているボールペン。どこにそんなの売ってあるのだろうか。
 一瞬、こんな高価な物を受け取って良いのかと、そんな空気が流れたが、香奈沢の笑顔は変わらず無邪気であった。


 その私市達の居る小物店に、時同じくして二人の女性も居た。
 可愛い二つのテディベアを胸に抱えて微笑むのは櫻木 ゆず(jc1795)、そしてその隣にユーラン・ソエ(jb5567)が立つ。
「どうですか?凄く可愛くて思わず二つも、えへへ」
「持つ人によってこうも可愛くなるのね、ぬいぐるみって」
 そう言って悪戯気に笑うソエと、恥ずかしいのか、テディベアをギュッと胸に抱いて顔が真っ赤な櫻木。
 そんな時にふと、二人の名を呼ぶ声が聞こえた。ユーラン・アキラ(jb0955)と御剣 正宗(jc1380)の声である。
「ま、正宗っ。目当てのものは、買えたのか?何を買ったんだ?」
「ん?……まぁ、楽しみに待ってて」
「うぅ」
 先ほどまで悪戯気な表情だったのに、正宗を前にして急に借りてきた猫の様になるソエ。そんな彼女の様子を、櫻木とアキラは微笑まし気に眺めていた。
「アキラさんは、教えてくれるんですか?」
「んー……じゃあ俺もまた後でってことで」
「た、楽しみにしてますね」


 その小物店を外からちらりと眺めて道を進んでいるのは、樒 和紗(jb6970)と砂原・ジェンティアン・竜胆(jb7192)の二人。
「和紗、聞こえてる?和紗ったら!」
「ん?あぁ、ごめんなさい。それで、どうしたんですか?」
「別に、もう何でもない。ちょっとトイレ借りてくるから、ここで待ってて」
「?」
 樒が立ち止まったのは、とある高級宝石店の前で、そのショーケースの中に見えるブルーサファイアのペンダントを眺めていた。砂原の声も聞こえないくらい熱心に。
 砂原が宝石店の中に入ったのを見て、樒は再び視線を元に戻す。
「あの人に、よく似合いそう……」
 頭の中の声が、ふと外に漏れた。
 そして、どのくらいの時間がたっただろうか。
「お待たせ。はい、これどうぞ」
「え?」
 戻ってきた砂原が樒に手渡したのは一つの小さな箱。中には、先ほどまで樒が熱心に眺めていたそれが入っていた。
 どうして?顔を上げた樒の表情はそう訴えかける。
「欲しそうにしてたから。これをどうするかは、和紗に任せるからね?」
「あ、ありがとう」
 そう言って頬を赤らめる樒に、砂原はやれやれと微笑むのであった。


「たくさんお土産も買えたなぁ♪」
 ホクホクとした笑顔で、両腕に紙袋を複数下げている九鬼 龍磨(jb8028)。
 樒と砂原達が後にした宝石店へと目が移り、九鬼は何かを思いついたように一つ頷いた。
 店内に入り、店員のあいさつを受けながらゆっくりと店内を見て回る。指輪やネックレス、どれもが一級品で、よほどのことがない限り手を出せそうにないものばかりだ。
 おっ。そして九鬼は立ち止まった。
「少し値は張るけど、こんな機会だし。すいませーん」
 店員を呼んで九鬼が指をさすのは、シルバー色のイヤリングである。
 これをください。少し照れながらそう言う九鬼に、スーツ姿で背筋のピンとしたお爺さんが、かしこまりましたと丁寧に頭を下げた。


 息を大きく吸って、ゆっくりと吐き出す。何度これを繰り返したことだろうか、しかしそれでも如月 統真(ja7484)の緊張が解けることはなかった。
「喜んでもらえるかな……こういうのをきっと、一世一代のなんとかって言うんだよね……」
 黒を基調としたおしゃれな紙袋の中から取り出した小さな箱。それを開くと中には、一つの綺麗なダイヤが目を惹く銀色のリングが入っている。俗にいう、婚約指輪だ。
 あと数分後にここで待ち合わせをしているエフェルメルツ・メーベルナッハ(ja7941)に渡そうと、如月は今日の為にお金を貯めてきていたのだった。
「ねぇ、お兄さん大丈夫?顔色悪いよ?」
 ふと声をかけられる。それが自分に対してだと気づくまでに、少し時間がかかった。
 如月が振り向くと、自分よりも一回り背の低い男の子と女の子が。二人とも顔がよく似ていた、双子なんだろうか?
「僕のこと?」
「うん。ねぇ、その中身は何が入っているの?すごく高そう!」
 興味津々に女の子は言う。
「うーん……秘密、かな?大切な人へのプレゼントなんだ」
「へぇー、ほらリク行こう。邪魔しちゃ悪いよ」
「えー、お兄さん遊んでくれないのー?」
 眉をしかめる男の子の手を引いて、女の子は手を振りながら去っていく。なんだろう、気を使ってくれたのだろうか。そう考えると急に、如月はまた恥ずかしくなってしまった。

「統真、ごめんね、少し遅れちゃったの。ショッピング街のあちこちにシャンデリアが下がってるから、つい気を取られちゃって」
「だ、大丈夫だよっ。僕も、今来たところだから」
「そっか……じゃあ、今度は一緒に、どこに行こうなの」
「ちょっと、待ってエフィちゃん!君に、えっと、渡したいものがあるんだ」
 声は震えても、如月はまっすぐに彼女の目を見た。
「これを、受け取って下さい」
「ふふっ……何かしらなの」
 そしてギュッと目をつぶり、彼女の言葉を待つ。
 すると聞こえてきたのは「はい」か「いいえ」ではなく、本当に面白そうにクスクスと笑っている声だった。それを不思議に感じた如月は、そーっとその眼を開く。

 彼女が持っていたのは、黒のきわどいマタニティランジェリーだった。
「何?エフィがこれを着るとこを見てみたいの?」
「え、ちがっ、なんでっ!?」
「ふふっ、変態さんなの。でも、ありがと統真」

 指輪の箱は、なぜか自分のポケットの中に。
 それがあの二人の子供の仕業だったと気づくのはもう少し後だが、不思議と如月は、どこかで感謝の念さえ覚えていたのだった。




「えっと、あの、申し訳ございませんお客様。このパーティ会場にて、その格好は少しそぐわないかなと。こちらでドレスをご用意できますので、それでいかがでしょうか?」
「カマァ……」
 若い女性のウエイトレスは少し困ったような笑顔を作って、繰り返し頭を下げていた。
 それを見て、明らかにテンションが下がりつつある二人のカマキリ。先に綺麗なドレスを身に包み、香奈沢と私市の二人を待っていた咲賀は、その一部始終を何とも言えない気持ちで眺めていた。
「ウエイトレスさん、少しいいかしら?」
 声をかけてきたのは、この遠足に同行している学園の事務員である大谷だ。片手にワインを持ち、頬も少し赤い。
「今日は学園の貸し切りみたいなものですし、別にこの船の品格を下げることになる結果にはならないと思うの。それに、ここのチーフさんにもう許可は取ってあるわ」
「そ、そうでしたか。それでしたら構いません、大変失礼しました」
 こうなったらこうなったで、また違った意味で入りづらいんじゃないかな。声に出さないまでも、咲賀は苦く笑って二人を迎えた。


 白い皿の上には、いくつもの料理が少量ずつ綺麗に並べられていた。
 取り分けているのは砂原だ。共に行動をしている樒が小食なので、そんな彼女にたくさんの美味しいものを食べてもらいたいと思っての行動である。
「どうぞ、お召し上がりくださいお嬢様♪」
「ふっ……ありがとうございます。俺がもう少し、食べる事が出来ればよかったんですが」
「そうかもね、うん、そう思ってた。つい数分前までなら」
「それってどういう……」
「何でもない。とにかく、和紗は今のままで良いからね?無理だけはしないでね?」
 樒は首を傾げたまま小さく頷き、そして先ほどちらりと砂原の視線の向かっていた方向に目をやった。


 料理の並べられたテーブルから、また別のテーブルに移る。
 まるで手品のようだ。きれいに並べられた料理があっという間に、ユリア・スズノミヤ(ja9826)の胃袋へと収められていく。
「こんなに美味しい料理が食べ放題なんて……幸せすぎゆにゃー」
「あの、ユリア?もう少しさ、落ち着いて食べないと喉に……って、言ってるそばからそんなハムスターみたいな頬をしないでくれよ」
 彼女のそばで困った顔をしている飛鷹 蓮(jb3429)は、なんというか申し訳のなさから、シェフやウェイターの方々の目をまともに見れなくなっていた。
「しかし、本当に美味しそうに食べるな」
 とは言っても、部活動から帰ってきた男子高生の食事風景的なニュアンスである。
「ユリア、お酒もほどほどに」
「これすっごく美味しいっ、ねぇ蓮も食べてみてよ、ほら、あーん☆」
「ぐ、うぅ……」
 いきなりユリアの顔がぐっと近づき、その不意打ちに飛鷹は顔を真っ赤にして、しぶしぶと口を開いた。
 美味しいでしょ?と聞くユリア。正直、飛鷹は味なんてよく分からなくなるくらい、照れる自分を抑えるので精一杯だった。


 そんな時、会場に流れていた緩やかなクラシックの曲が止まり、全体の明かりが薄く暗くなっていく。
 そして、何やらステージの上で慌ただしく人が動き始めた。複数のコードがひかれ、中央には足の高い机、その机の上にはボタンがこれでもかと並んでいる不思議な板状の機械が一つ、そしてマイクが一つ。
 あらかたの準備が終わったのか、ステージ上で行き交う人は居なくなり、最後にスポットライトを浴びた孤境重喜が一人登場した。
「えっと、結構最初からアップテンポに行きますので、しっかりついて来て下さい」
 カチカチの丁寧語でアップテンポと言われてもしっくりこない。しかし皆がそんな感想を抱いたのは一瞬だった。
 ヒューマンビートボックス。それは人間の口や声帯のみで、楽器や様々な効果音を操る技法。
 孤境が今から使うのは、マイクと、音を重ねるループステーションという機械のみ。
 ベース、ドラム、ギター、テクノ、そして自分の声を重ねて、クラブで流れるようなリズムを組み立てていく。その間十秒程度、もちろん楽器は一つも使っていない。

 歓声が沸いた。
「スゴイスゴイっ!本当にマイク一つでここまで出来ちゃうんだ!」
 ステージ前に集まる人たちの中で、一層身を乗り出して孤境に視線を向けるのは九鬼だ。
 その九鬼の後ろでは、香奈沢達や櫻木達が、飛んだり跳ねたり声をあげて踊りを踊っている。

 見せる為というよりは、楽しむ為の踊り。その中でも、ユリアの踊りは人の目を惹く程の魅力があった。
 歌詞の無い、その重く激しいリズムに合わせて彼女は踊る。
「ただ飛んだり跳ねたり手を叩いたりしてるだけなのに、不思議なもんだな」
 リズムに体を揺らしながら、飛鷹はそんなユリアの姿を眺めていた。
 しばらくして、曲もガツンと終わる。額にうっすら汗をにじませながら、ユリアは飛鷹に笑顔で駆け寄ってきた。
「ねぇ、蓮は歌わないの?」
「え?」
「私、蓮の歌で踊りたいにゃー」
 そんな風に頼まれたら、断れないのを知っているくせに。

「……なぁ、重喜、だっけか?歌わせてもらってもいいか?」
「大丈夫ですよ。曲は、えっと、洋楽のロックでかまいませんか?この曲なんですけど」
「あぁ、その曲なら俺も知っている。どうしても、聞いてほしい人がいるんだ」
 飛鷹がステージに上がり、孤境はヘッドホンをつける。
 ユリアが笑顔で手を振ってくれているのを横目に、孤境とカウントを合わせた。




 火照る体を手で扇ぎながら、四人の男女は大浴場の方へと向かっていた。
「ははっ、まさかゆずがあそこまでノリノリで飛び跳ねるなんてな」
「あぅぅ……言わないで下さい。自分でも少し驚いてるんです」
「ほら、よしよし。もぅ、そんなに笑わないでいいじゃんアキラ兄」
「……話の途中で、悪いけど、トイレに行ってきていいかな?」
「あ、あぁ!俺も酒が少し回ってトイレに行きたかったところだった。二人とも先に大浴場に行ってて良いよ、じゃ、またお風呂上りに!」
 少し体裁が悪くなって逃げたな、ソエは片眉を上げて鼻で笑う。
「それじゃ、汗流しにいこうか、ゆず」
「はい」

 左側に掛けられた赤い色の暖簾をくぐり、二人は脱衣所へ。
(ねぇリン、良いこと思いついちゃった)
(私も思いついたわ、リク)
(そっか、それじゃあ)
(そうね、急ぎましょう)

「……ちゃんと、意外な面が見れて、嬉しかっただけって言わないと」
「分かってるって。ちょっと妹の前でそれは、恥ずかしかったんだよ」
 それからしばらくして、トイレを終えた二人が左右に分かれた通路の前にたどり着く。
 もちろん二人は、青色の暖簾がかかった方をそのままくぐった。
 左側の通路を、通って行った。


 ガラガラと扉を開いたのは、ライブを終えてヘトヘトになっていた孤境だ。
 時間も早く、温泉は貸し切り状態。周囲を確認し、腰に巻いていたタオルを外して肩にかけ、孤境は広がる海を前面に思いきり伸びをした。
「んー……いい景色だなぁ」
 チャプン。
 そこでふと音がした。それは孤境自身がたてた音ではない。少し遠くに、湯気に隠れて見えづらかったが、そこにしっかりと人が一人いたのだ。
 恥ずかしい光景を目撃してしまったのは神谷春樹(jb7335)。何とも言えない空気が、大浴場全体に広がった。
 カコーン。
「なんか、さっきはすいませんでした」
「あ、あぁ、いえ、湯気でしっかり見えてたわけじゃないので、はい」
 体を洗っている時間に少し冷静になった孤境は、気まずいまま離れて風呂に浸かるのも何だと思って、あえて神谷の近くに座ったのだった。
 何か話さないとなぁ。二人の頭の中にはそればかりが浮かぶ。
「今まで何をしていたんですか?」「少し、パーティー会場でライブを」
「えっと、神谷さんは」「僕はたくさんあるこのお風呂に浸かるのを繰り返しながら、景色を見てて」
 そんな、当たり障りのない話。
 そこでふと、孤境は何かを思い出したらしい。
「そういえばあの壁の向こうは、女子風呂らしいんですけど」
「駄目ですよ?」
「あ、はい」
 会話の選択肢をミスったらしい。なんだか自分が覗きたかったみたいに思われてそうだな。
 しかし弁明の言葉も思い浮かばず、孤境は「良い、お湯ですね」と呟いた。


 月乃宮 恋音(jb1221)は、困っていた。
 ほんの数十分前までは、この大浴場を独り占めにして、過去に出会った小さな女の子の悪魔のことを思い出していた。お菓子作りが大好きなあの可愛らしい少女、この船で会えたらとは思っていたが、現実はそう上手くいかないらしい。孤境から聞いた話では、以前その彼女を誘拐した天使に、何の因果か定期的に「私は元気です。楽しいです!」みたいな手紙は来ているらしい。
 そう、月野宮はそんなゆったりと流れる時間を楽しんでいたのだ。

『ねぇ、どんなとこが好きなのか教えてよ、ゆず。話してくれたらちゃんとこっちも話すから!』
『そんな、恥ずかしいですよ、えへへ』
『なになに?すごくニヤニヤしちゃって』

 さぁ、どうしよう。
 先ほどこのお風呂場に入ってきた二人の女性の声。きっとあの二人はこの浴場に誰も居ないものだと思って恋バナをしてるんだろう。
 もし自分が実は居たってことがバレたら、想像しただけで恥ずかしさと気まずさで爆発しそうだ。今はあの二人は体を洗っているから良いが、それが過ぎたら確実にバレてしまう。
 ガラガラっ。
 そんな時、再び扉が開いて人が入ってきた音が聞こえた。足音からして二人だろうか。
 しかしそれでも、盛り上がっているからなのか、恋バナをする二人のトークは止まらない。
『どこが好きって、そんなの、よく分からなくないですか?……全部が、好きなんです。傍に居るだけで幸せなんです』
『すごくよく分かるかも。ま、正宗はさ、手を繋ぎたいなって思ったときに、何も言わずに繋いできてくれたりするんだ』
『それキュンとしちゃいますねっ!私もこの前アキラさんに───って、ふぇ、アキラさん?』
 ふと会話が止まった。まるでテレビを切った時のように、急に静かになる。
 一体どうしたのだろう。流石に気になって月野宮は湯気の先を目を凝らして眺めてみた。
 その目にうっすら映るのは、腰にタオルを巻いた、二人の男性らしき姿。
『なななな、なんでここに居るんですかぁ!?』
『すっ、すまない!っていうか、正宗!俺達ちゃんと青色の暖簾をくぐったはずだよな!?』
『……ま、間違いないっ』
 何が起きたのかは全く分からない。
 月野宮も第三者ながらに混乱する中、これはチャンスなのではないか、とも思った。
 この混乱に乗じて風呂から抜け出して、確か脱衣所にはバスローブがあったはずだからそれを羽織りすぐに出れば。
 考えるよりも先に体が動いた。
 タオルを体の前面に当てて、こそこそと月野宮は風呂を後にする。後はもう、バスローブを羽織って、胸に巻くさらしはその後に

「リン、この包帯は何だろう?」
「まさか、怪我してる人がお風呂に入っているのかしら?」

 脱衣所には小さな子供が二人。自分のさらしを腕なんかに巻いて遊んでいた。
「リクっ、バレちゃった!早く逃げなきゃ!リク!?」
「───ぶはぁっ!!」
 濡れた豊満なその肉体を隠すには、普通のタオルは月野宮には小さすぎた。大事な個所をかろうじて隠せている、そんなきわどいレベルだ。
 思春期真っ盛りの少年は顔を真っ赤に染め、幸せそうにその場に倒れた。


「神谷さん、どうぞ、フルーツ牛乳です」
「ありがとうございます……口止め料ですか?」
「ち、違いますよ。あれは、誤解ですっ」




 夜の海は、月や星の光を波で揉み、幻想的な空間を映し出す。

 この客船が夜に通るのは、瀬戸内工業地帯のすぐ近く。
 その夜景は、暴力的と呼べるほどまで圧倒的である。煌々と輝き、活動を止めない建物が視界いっぱいに広がり、夜の海はそれを海面に弾き返していた。
 息を呑むとはまさにことことだろう。カメラをその手に持ったまま、シャッターを切れてない人がちらほらと居るのがその証拠である。
 甲板で、恋人と肩を寄せながら。自分の個室で酒を嗜みながら。風呂にゆっくりと浸かりながら。

「……そう、渡すものがあったんだ」
 甲板にて、夜風になびく髪を抑えていたソエに、正宗は小さな箱を手渡した。
 その隣では同じように、アキラが櫻木へと、照れながら箱を手渡している。

「好きだよ、ゆず」
「こんな素敵な……私も、大好きですアキラさん」

「……ソエ、君が好きだ」
「あ、ありがと。うちも、大好きだから」


 楽しい時間はあっという間に過ぎていく。
 ガタイの良い船長は、捕獲された二人の悪魔の子供の首根っこをつかんだまま、船の進路を帰り道に調整し始めたのだった。


「さぁ、これからの君達の旅に、幸多からんことを祈って」




依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: 蒼を継ぐ魔術師・アスハ・A・R(ja8432)
 大祭神乳神様・月乃宮 恋音(jb1221)
 繋ぎ留める者・飛鷹 蓮(jb3429)
重体: −
面白かった!:6人

命掬びし巫女・
鍔崎 美薙(ja0028)

大学部4年7組 女 アストラルヴァンガード
二月といえば海・
櫟 諏訪(ja1215)

大学部5年4組 男 インフィルトレイター
JOKER of JOKER・
加倉 一臣(ja5823)

卒業 男 インフィルトレイター
輝く未来を月夜は渡る・
月居 愁也(ja6837)

卒業 男 阿修羅
蒼閃霆公の魂を継ぎし者・
夜来野 遥久(ja6843)

卒業 男 アストラルヴァンガード
真愛しきすべてをこの手に・
小野友真(ja6901)

卒業 男 インフィルトレイター
幸せですが何か?・
如月 統真(ja7484)

大学部1年6組 男 ディバインナイト
二人ではだかのおつきあい・
エフェルメルツ・メーベルナッハ(ja7941)

中等部2年1組 女 インフィルトレイター
蒼を継ぐ魔術師・
アスハ・A・R(ja8432)

卒業 男 ダアト
楽しんだもん勝ち☆・
ユリア・スズノミヤ(ja9826)

卒業 女 ダアト
『久遠ヶ原卒業試験』参加撃退士・
ユーラン・アキラ(jb0955)

卒業 男 バハムートテイマー
大祭神乳神様・
月乃宮 恋音(jb1221)

大学部2年2組 女 ダアト
撃退士・
矢野 古代(jb1679)

卒業 男 インフィルトレイター
種子島・伝説のカマ(白)・
香奈沢 風禰(jb2286)

卒業 女 陰陽師
繋ぎ留める者・
飛鷹 蓮(jb3429)

卒業 男 ナイトウォーカー
種子島・伝説のカマ(緑)・
私市 琥珀(jb5268)

卒業 男 アストラルヴァンガード
頭がうさうさ・
御剣 ソエ(jb5567)

大学部1年3組 女 アーティスト
光至ル瑞獣・
和紗・S・ルフトハイト(jb6970)

大学部3年4組 女 インフィルトレイター
ついに本気出した・
砂原・ジェンティアン・竜胆(jb7192)

卒業 男 アストラルヴァンガード
揺れぬ覚悟・
神谷春樹(jb7335)

大学部3年1組 男 インフィルトレイター
縛られない風へ・
ゼロ=シュバイツァー(jb7501)

卒業 男 阿修羅
圧し折れぬ者・
九鬼 龍磨(jb8028)

卒業 男 ディバインナイト
『AT序章』MVP・
御剣 正宗(jc1380)

卒業 男 ルインズブレイド
華咲く夜をあなたと一緒に・
櫻木 ゆず(jc1795)

大学部1年191組 女 陰陽師
夢抱く撃退士・
咲賀 円(jc2239)

大学部1年322組 女 インフィルトレイター