「初めまして久遠ヶ原学園の佐藤 としお(
ja2489)です。貴方が入生田晴臣さんですねっ?お話は友人の方から伺っております!」
「あ、はぁ、どうも」
とある警察署の会議室。
初対面のはずの佐藤に手を握られ、入生田はただただ呆気にとられるばかり。そこでふと佐藤の後ろでニヤニヤと笑う、面識のある顔が見えた。麻生 遊夜(
ja1838)だ。
それで「なるほど」と、ある程度の何かを察した入生田。
「……アイツなら居ないぞ、地元の方で俺の代わりに警護につかせてる。単純な戦闘力なら俺よか全然上だから問題ない」
「ずっと一緒に居てやるって言ったとか、そんな話を聞いたぜ?」
「誰からだ、ったく。今回アイツを連れて来なかったのは単純に今回の依頼の本質的に、アイツの性格が合わなかったからだ……集まってもらった皆にも予め言っておくが、今回は『助ける』ことよりも、『殺す』ことを意識してくれ。この凶悪な殺人犯と関わる事になった時、敵は人を殺める事に何の躊躇を持ってない、人としての根本が違うヤツらだ。いちいちそんなのに情をかけても、自分の身を危うくするだけだからな」
それじゃあ適当な席に座ってくれと入生田が言い、撃退士達は椅子に座って配られた資料へと目を通す。学園の方で見た依頼書と内容はほぼ変わらない。
「今回やる行動は資料の通りだ。一応指揮役は俺ってなってるが、皆は好きな様に動いて構わない。自分の、仲間の身を危険にしないという条件付きだが。んー、後は特に言うことは無い、質問が無かったら早速行動に移ろうと思うけど」
そこで手を挙げたのは逢見仙也(
jc1616)だ。
「例の二人、鹿路と文違について何か分かっていることがあれば」
「あぁ、そこもある程度調べておいた。ほとんどが警察の方からもらった情報ではあるがな」
入生田は別の資料を取り出してざっと目を通す。
「まず、文違だ。小さい頃から両親に虐待を受けていた過去があるが、文違は小学生三年の時にその両親を殺害している。自己防衛の為、虐待の経歴なども加味されて、ほぼ無罪になったらしい。それからは万引きなどの罪を重ね少年院に何度か通っている。最近ようやく出処した矢先、新しく転校した学校で教師を殺害したとのこと。今のところアウルの覚醒は見られていない。そして鹿路だが、こっちは裕福な家庭のエリートだ。特に問題行動は見られなかったが、学園で露見した事件を鑑みるに、これまでも隠れて何かやっていたことは間違いないだろ」
「───そして、この二人に共通してるのが、快楽目的の無差別的な殺人を行う傾向があるということだ。まともな会話は成り立たないと思った方が良い」
●
例の精神病院は周囲に自然が多く、少し人里から離れた場所にあった。
ここで数体のサーヴァントが目撃されたとの情報があり、撃退士達は数人ずつに分かれて索敵を開始した。
この人工林に紛れる様なギリースツの身に纏い、足を進めるのは麻生。そしてその隣には顔色の悪い九十九(
ja1149)の姿が。
「犬、嫌いなんだっけ?」
「目の前にすると、上手く体が動かなくなるくらい苦手さぁね」
索敵をしているというのに、九十九からはひしひしと、敵と出会いたくないといった意思が伝わってくる。
「そういや、さっき入生田さんが話してた鹿路ってやつだが、再起不能の重体だったんだろ?どうしてそれが今動けるようになってんだろうな?」
気を紛らすためにふとした疑問を呟いてみるが、九十九は予想道りに首を傾げた。
するとそこで、予め佐藤の提案により配布されていたヘッドセットから、上空からの索敵を行っている逢見の声が聞こえて来る。
『さっきの話について、少し俺も自分で調べたんだ。参考になればいいんだが』
「助かる、聞かせてくれ」
『まず、鹿路の再起不能の原因は、ダメージによる脳の損傷と神経系の麻痺らしい。脳の損傷で下半身が自分の意思で動かせなくなり、神経の麻痺で右半身が思うように動かない。病院側の見込みでは、良くても日常生活が出来るレベルくらいまでしか回復しないって事だったみたい』
「じゃあ、どうして?」
『入生田さんが言うには、文違の影響が強いんじゃないかって。脳が損傷したとしても、肉親や恋人が想いを伝え続けて奇跡的に自己回復したって例がいくつもある。きっと文違の強烈な「悪意」が、根本の似通っている鹿路の、脅威的な回復を促したとしてもおかしくはない。更には撃退士、その身体的な能力は普通のそれじゃない』
麻生は深く、眉間にシワを刻む。
だとすれば今回の事件で、最も危惧すべき存在は文違だという事になる。
撃退士でも、天使でも、悪魔でもない、人間が最も。
「あのさ、あそーさん、さっきからうちの体の震えが止まらないんだが、これって、どういうことさぁねぇ?」
「え?うわ、大丈夫か?」
眠そうな目で、軽く口元は笑ってはいるものの、九十九の表情は硬く蒼い。
『───しまったっ!二人とも、遠くからではあるが、犬型サーバントに徐々に包囲されつつある!』
「なっ、俺らはテレスコープ使ってんだぜ!?それで、今まで気づかなかったっていうのか?」
再びヘッドセットに響く逢見の声。
九十九の額にはうっすらと汗が滲み、麻生はすぐさま銃を手に取った。
『単純に、敵の索敵能力がこっちよりはるかに高かった、そういう事だと思う』
ようやく、その敵の白い姿がちらちらと目に入る。
人知れず麻生は舌を打った。
●
目的のそれは意外と早く見つかった。
入生田の連絡で現地に急いだのは九十九と猪川 來鬼(
ja7445)だ。
複数の目を持った、翼竜型のサーバント。まだ人工林の上を飛んではいるものの、町との距離は目と鼻の先。急がないと、被害が出る可能性も。
「猪川さんは、どうしてここに?」
「入生田ちゃんの連絡が入ったからってのが一つ、もう一つは逢見ちゃんが九十九ちゃんの後を追ってほしいって。それで、九十九ちゃんはどうして真っ先にここへ?」
「……あ、あははっ。結果オーライってことでさぁ」
「?」
気を使ってくれた麻生が、翼竜型の探索に向かって欲しいと言ってくれたのだが、何だか少しプライド的に他人へそれを話したくなかった九十九。
兎にも角にも、目標の敵は目の前だ。
不確定要素のある情報も依頼書に載っていたし、早く敵を倒してしまうに越したことは無いと、二人は視線を交わし頷く。
「それじゃあ、まずはうちがあの翼竜を拘束する。隙が出来たらそこを九十九ちゃんが突く、これで良いかな?」
九十九は頷いて、自分の弓の弦に矢をかけた。
木々へ駆けあがり、翼竜の背後へと回った猪川。そこで翼竜の方も猪川の姿に気づいてこちらへ顔を向けたが、こちらの方が一歩早い。
猪川のアウルが鎖を紡ぐ。後はそれを放つだけ
───キィィインッ!!!!
それはまるで音響弾の様だった。
大きく口を広げ、金属同士が激しくぶつかり合ったかの様な甲高い声を上げた翼竜。耳から脳にかけて直接鋭い痛みが走り、猪川が紡いでいたアウルの鎖は弾け飛ぶ。
それを好機と見たのか、翼竜は猪川に再び背を向けて逃げ出した。
「なっ、逃げたっ?おい、大丈夫かい猪川さん!?」
至近距離であの音量を受けたのだ。急いで駆け寄った九十九の声もどうやら聞こえて無い様で、猪川は痛みでくぐもった声を漏らしながら、両耳を塞いでいる。
犬がまだ他に潜んでいないという確証も無いので、このまま猪川をおいて翼竜を追うことは難しかった。
逃げる翼竜に向かい、歯を噛みしめながら弓矢を放つ。
羽を貫き、胴に刺さった。翼竜はそこでバランスを崩し、数m程降下したがそのまま態勢を持ち直して颯爽と逃げて行く。
ふと、九十九のヘッドセットに通信が入った。
『───えっと、もしもし?そっちの調子はどうだ?』
「あ、入生田さん。それが、少し困った事になっててさぁね……」
『ん?それじゃあまだ仕留めてはいないって事か?』
「まぁ、はぁ」
ヘッドセットの向こうの入生田は、軽く息を切らしている。
そこで猪川は頭を抑えながらもむくりと起き上がった。九十九は彼女に手を貸して、入生田の次の言葉を待った。
『とりあえず、翼竜の方は別に無理に殺さなくても良くなった。こっちから手を出さない限り無害な存在らしい。だが犬の方は好戦的だから駄目だ、片付けてくれ。終わり次第こっちに来てくれると助かる』
入生田の他に、誰か他の男の怒鳴り声がしたが、ここで通信が途絶えた。
一体どういうことだ。九十九は訝し気に唸りながら、猪川にこの事を伝えるべく、懐から取り出した携帯に文字を打ち込んだ。
●
「はぁぁああっ!!」
白いドーベルマン型のサーバントの数は四体。
その複数いる敵の連撃に対応しているのは、身に着けた脚甲で攻撃を受け弾き続ける川内 日菜子(
jb7813)だ。
入り乱れるように素早く動き回り、常に二体以上が死角を突こうと敵は攻撃を繰り出してくる。
そんな戦況で川内が大きな傷を負うことなく戦闘を行えていたのは、カバーに入った麻生が川内の死角を潰していることが大きかった。
「……勘の良い、敵だ」
紅香 忍(
jb7811)は不満を小さく漏らしながら、引き金を引く。
スキルで気配を消して、物陰に隠れながら狙撃を行っているはずなのに、敵はそんなわずかな殺気を動物本能的に感じ取り、機敏に躱して見せた。
同じく上空の逢見、少し離れた位置で銃を構える佐藤、この二人の狙撃もまた同じように敵の芯を捉えることが出来ずにいる。
『川内さん、少し敵の中に入り込み過ぎてる。もう2m程度下がった方が良い』
「くっ……爆ぜろっ!」
逸る気持ちを抑え、川内は大振りに炎に燃える蹴りを繰り出したのち、一足飛びに後方へと下がった。
追い打ちをかけようと攻撃を繰り出す敵は、佐藤らによる援護射撃で怯み、木の陰へと身を隠す。
互いに決定打を欠いたまま、しかし、この様子を誰よりも冷静に後方から見ていた紅香は、数回小さく頷いた。
「本当に、このまま同じことを繰り返していいんだな?」
『……大丈夫、優位は、こっちにあるから』
川内はじれったいと言いたそうな顔をしているが、その言葉を聞いていた佐藤はなるほどと納得した。
数的な優位性、単純な個々の戦闘力、焦らない限り崩れないだろう受け身の連携、確かにこれでは決定打を生み出すことはできないが、被害を少なく敵を討つことができる。現に、体力的にもキツイのはこちらではなく敵のほうだ。
弱ったところを叩けばいい。きっと、紅香はそう伝えたかったのだろう。
「なぁ、川内さん。正直言って俺さ、こういうのはあーんまり性に合わないんだよね」
「奇遇だな、私もだ」
不敵に笑った麻生を皮切りに、二人は敵の懐へと一気に駆け出した。
もちろん後方にいた面子、特に佐藤は慌てて声をかけたが、二人の足が止まることはない。
「仕方ないな……こうなったからには完璧に援護してみせよう。紅香さん、逢見さん、準備は良い?」
「……大丈夫」
『了解』
目で追うのは困難と思われる程、川内は恐るべきスピードで直進し、燃える拳を敵のうちの一体に思いきり叩きつけた。断末魔すらあげる間もなく、敵の一体は地に伏せる。
一瞬の出来事に素早く対応し、そんな川内の背後から残りの三体は怯むことなく飛び掛かった。
しかし、その牙は、爪は、彼女のもとには届かない。
遅れてカバーに入った麻生。流れるように死角から死角へと移動し、暴風のような弾幕で敵を削り、撃ち抜く。
後方からも激しい援護射撃が飛び、もはや逃げることすら敵わない。土や木々すらもまとめて貫く鉛弾の雨に、敵はなす術無く的になる他なかった。
硝煙の臭いが辺りに充満し、間隔の少し短い息遣いだけが聞こえる。
あれほど吠えまわっていたサーバントの怒声はぴたりと止んでいた。
「幸い、誰もこれといった怪我がなくて良かった……あとは、はぐれた個体が居ないかの調査だな」
靴やズボンのすそに付着した枯葉や土を払い、川内はようやく一息を吐く。
『───良かった、終わってたみたいさねぇ』
ヘッドセットに流れるのは、別行動をしていた九十九の声。上空の逢見が指をさす方向に、猪川に肩を貸してこちらへ向かってくる九十九の姿が。
「そっちはもう終わったのかい?」
『……としおさん、いやぁ、それが少しよく分からないんでさぁ。とにかく、ちょっとついて来てくれないかい?』
誰もが首をかしげて見せたが、それは九十九もまた同じ反応だった。
●
全身を穴だらけにされて骸となっている翼竜サーバントの上に座り、煙草を一本ふかしている入生田。その右手には、片手で持つにはおおよそ不釣り合いであろう重機関銃が握られている。
そんな彼の目の前には、一人の青年の天使の姿があった。
短く切りそろった赤髪、顔にはありありと怒気の色が浮かんでいる。
「……これだから、人間も、撃退士ってのも嫌いなんだよっ。俺の邪魔をすんじゃねーよ!」
「悪いな、これも仕事なんだ。俺らは力を持たない一般の市民を、獣から守るって使命がある。そう怒らないでくれ、もう一体の翼竜の方はまだ生きてるみたいだしな」
「どうしても邪魔をするってんなら、誰であろうと殺すぞ」
「相手してやるよ。安心しろ、俺は殺しはしない。一部始終が終わるまでお前を保護させてもらう」
青年の名前は「フリエル・ホリー」。
例の精神病院での事件の前後から、この町に住んでいた幼馴染の天使の恋人と連絡がつかなくなったらしい。
もともと人間があまり好きではないフリエルとは違い、その彼女は人間としての生活に憧れていた。そんな意識が食い違い、離れて暮らしをしている中、愛する人との連絡がつかなくなったのだ。
例の犬型と翼竜型のサーバントは、彼女を捜す為の存在だったらしい。
先ほどまで入生田は協力的に説得を行っていたが、フリエルの人間に対する疑心はますます深くなり、衝突での決着をつける他なくなってしまう。
まだ半分ほど残っている煙草を湿気った土の上で踏み潰し、入生田は重機関銃の銃口を天使へと合わせた。
『入生田さんっ!?その天使は───』
ヘッドセットには麻生の声。遠くに役割を終えて駆け付けたであろう撃退士達の姿が見える。
「チッ、邪魔が多いなぁっ!」
「よそ見して大丈夫か?」
重機関銃は連続的な衝撃を周囲に響かせながら、強烈な銃弾を大量に吐き出した。
何が殺しはしないだ。フリエルは歯噛みして、光の盾で己の身を守る。
「逃げられた、か……気持ちは分からなくはないが、危険だな。何もなければいいが」
光の盾が崩れた時、そこに天使の姿はもうなかった。
今日も一日が終わる。入生田はフリエルの身を案じながら、沈んでいく夕日を眺めた。
じとりと、嫌な風が髪をなでる。
<続く>