朝のお天気お姉さんの言った通り、今日は気持ちのいい快晴だ。時期的に外の気温はさほど暑くはならないだろう、むしろ丁度良さそうだ。
運動場に集まるのは六人の撃退士と、一人の少女天使。各々は予め今回の演習で相手を傷つけない為、武器に保護を施していた。
「銃はゴム弾で、剣類は鞘みたいなのに納めて戦うのか。こっちとしてはあんま変わらねーけど、そっちは多少扱いづらそうだね」
「んー、そうですね。ちょっとした違和感、みたいな」
まじまじと自身の大剣を見つめる雫(
ja1894)、その横に居るのは二つの拳銃を持つ麻生 遊夜(
ja1838)。天使少女のセシル・イザベラの為に、地上での戦い方を教えてくれる二人だ。
「今日は、よろしくお願いします………」
そんな二人に頭を下げるセシルの表情はどこか不貞腐れ気味で、さっさと武器を手にし西洋鎧を身に纏った。
あなた達は私よりも強いのか?そんな態度がありありと読み取れる。ニヤリと笑う麻生、しかし彼よりも雫が一歩前に出た。
「良いでしょう、いつでも構いませんよ。セシルさん」
運動場の砂を蹴り、翼を広げてセシルは低空でランスを真っ直ぐに構え雫へと突進する。
「それだけでは駄目ですね」
「───えっ」
ランスの矛先に大剣の腹をぶつけ軌道を逸らし、雫は素早く移動した。勢いが止まらずその場で何度も足踏みをするセシル。そんな彼女の背に重い衝撃が走り、地面へと勢い良く叩きつけられた。
「ガッ……ハッ」
「武器に振り回されてるようじゃ戦いになりません。大きな武器を扱う時は勢いに身を任せて動くんです、どうしても方向転換がしたいなら地面を蹴って体全体で動かして下さい」
「は、はい」
一瞬でついた勝負。その現実に唖然とするセシルに、麻生が手を差し伸べる。
「あははっ、大丈夫かい?」
「え、えっと………ふ、ふはは!こうではないと、ここまで来た意味が無いからな!」
「元気そうで何より、今度は俺から銃や遠距離武器使いに対しての講義だ。とりあえずかかって来いよ」
麻生の余裕な笑みを目の前に、セシルは体を微かに震わせて不敵に微笑んだ。
ガツガツと鎧にぶつかるゴム弾。体を動かそうとすれば的確にその箇所を撃たれて上手く動くことが出来ない。
それでも何とかランスを突き出すが、力の無いそれはひらりと躱され、麻生は銃口を鎧の目の隙間に突き付けた。
「遠距離の相手と戦う時は射線に気をつけろ。それと、こんな技を持ってる奴にはこの鎧も無意味だ」
麻生が近くの木の枝に弾を放つと、たちまちにそれがグズグズと腐食していく。
「射線に入らなきゃ当たることは無い。それと、前に出過ぎだ。一番大切なのは汚くても良いから生きること、会いたい人が居るんだろ?」
銃口を離し麻生はそう問いかける。
セシルは静かに強かに大きく頷いた。
●
「じゃあ次はアル達だね」
「教えることは俺らにとっても訓練になるし、よろしくな」
アルジェ(
jb3603)は天使の翼を、ジョン・ドゥ(
jb9083)は悪魔の翼を広げて宙へと移動する。
今度はしっかりと挨拶を告げ、セシルも二人の後を追う様に空へ飛んだ。
「んー、ちょっと貸して」
「へ?」
不意にアルジェはセシルのランスを受け取り、器用に持ち手のところに革を巻く。そしてそれを自分で握ってみて、ふんふんと頷いた。
「見てた限り武器が扱えてないのは単純に筋力不足………ま、でもこれで少しは握りやすくなったと思う」
再びランスを返され、自分が気にしていた点を指摘された所為かセシルは恥ずかしそうにぐぬぬと唸っている。
そこでジョンがふわりとセシルの横へと近づいた。
「じゃあ連戦続きだし、俺は別に戦うことはしないから思う様に遠慮なく武器を振るってきてよ」
自身の体長の倍はあろうかという斧槍を軽々と握るジョン。アルジェは静かにその場を離れ、セシルはランスを構えた。
先ほど雫から受けたアドバイスを意識してか、セシルは無理にランスを動かすのではなく、体全体で勢いに変化を加える。
その巨大なランスの矛先を斧槍で弾き、セシルは弾かれた勢いで距離をとって再び攻撃に転じた。この攻撃が何度も繰り返される。
「んー、まだぎこちないけどある程度さっきの内容は頭に入ってるみたいだね」
「嫌味にしかなってないぞ!ぐぬぬぅっ」
自分の攻撃を全て弾かれて、セシルは苦い顔を浮かべながら今度はランスと自身を一体化させるように突進を行う。
しかし今度はそれを弾くことなく、ジョンはランスをすんでのところで躱して脇にそれを抱え込み、空いた方の腕で鎧に肘鉄をコツンと軽く当てた。
「攻撃パターンが一辺倒なんだ。だからこうやってすんなりと掴まってしまう、せっかく大きな武器を持ってるんだから突くだけじゃなくて、凪いだり叩きつけたりなんて攻撃パターンを入れるべきだ。それと空中は足での踏ん張りがきかない分、翼で態勢を保たせないといけない………んー、他にも言いたいことあるんだけど」
ランスを離して眉間にしわを寄せるジョン、そこにふわりと近づいて来たアルジェが、真っ直ぐにセシルを見据える。
「たぶん、間合いだ。攻撃の初動位置が遠すぎたり近すぎたりで、威力が散漫としてた。空中での間合いは掴みにくいものがあるから、こればっかりは実戦を積むしかないかな」
「………もう一回、手合わせをお願いしたい」
意見を聞いたうえで、セシルは二人に頭を下げる。ジョンが「ほどほどにね」と告げ、二人は頷いた。
●
複数のパソコンと資料ばかりが並べられ、人工的な白色光が当たりを照らす室内。
「変なことはしないと思うけど、一応扱いには気をつけてね」
「わざわざ部屋取ってもらってありがとうございます」
「それじゃあ私は仕事あるから、終わったら呼んでね」
過去の依頼内容や、天魔の出現情報などの書類やデータがまとめられている一室。事務員の大谷に連れられて、孤境重喜と戒 龍雲(
jb6175)の二人は早速探し物を始めた。
「戒さんは資料の方をお願いできますか?俺はパソコンの方で資料を探してみます」
「了解」
どれくらい手をつけられてないんだろう。戒はくたびれた資料ファイルを手にとってパラパラとページをめくる。
セシルの兄。事前に聞いた情報によると、名前は「ヨアン・イザベラ」と言い、金髪碧眼で武芸にも秀でて博識と、非の打ち所がない有望な青年だった様だ。
行方不明になったのはおよそ今から一年半ほど前。どこへ行ったか、何を目的にしてたかなどの情報は何一つとして分かっていない。
「………生憎これといった天使は見つからないなぁ」
ジッとパソコンを見つめていた所為か、孤境は目を閉じて上を向いた。
これで何冊目になるだろうか、戒はまた別の資料を開いて、そして指を止める。
「もうそろそろ集団戦の時間だけど………戒さん?」
「これはただの偶然か?」
戒はファイルを孤境に渡した。随分前の資料だ。
昔、とある山地で複数の悪魔と天使の死体が発見された。よくある天魔の抗争のうちの一つだったのだろう。
その中で夫婦とみられる男女の天使の遺体。その二人だけ、身につけていた指輪やペンダントで姓が分かっていた。
『イザベラ』
「後で詳しく調べるか………でもセシルにはまだ言わない方が良いかもね」
孤境は時計を眺めながらパソコンの電源を落とした。
●
次の訓練の内容は集団戦だ。三対三のチームに分かれて模擬戦闘を行うといったものである。
チームは「麻生・アルジェ・戒」と「セシル・ジョン・雫」のように分かれ、詠代 涼介(
jb5343)、ルーカス・クラネルト(
jb6689)の二人が戦闘中などにセシルへ指示を出す手筈となっている。
「じゃあ今までの復習も兼ねて、集団戦においての注意をいくつか確認しよう」
セシルへの復習用にと、録画ビデオを片手にした詠代。彼はそのビデオを再生させて、セシルと共に一通りの戦闘内容の確認を行う。
「あと、集団戦で優位に立ち回るには、適切なタイミングで逃げることだな。気持ちが流行って一歩先に追いかけてくる奴を先に袋にするんだ」
「回避ならまだしも、そんなあからさまに逃げるなんて、私は強くなりたいんだ!逃げることはしない!」
どうやら気に入らなかった様だ。詠代は「真面目にやるか」と呟いて、一本指を立てる。
「集団戦で重要なのは役割、セシルはつまり前衛だな。攻め方守り方は学んだはず、あとは出過ぎないように気をつけろ」
詠代の言葉にぎこちなく頷いたセシル。そんな彼女の緊張を案じてか、ルーカスは肩をポンと叩く。
「じゃあ始めましょう」
雫は大剣を手に取った。
「戒さんっ、ジョンさんの方は任せた。二人はこっちで抑えるっ」
麻生の指示が銃声と共に飛ぶ。前衛のアルジェは脚甲を装備して、素早く滑空しながら雫とセシルの懐に上手く潜り込んで遊撃を行っていた。
そして空中では、空中から射撃していた戒を抑える為ジョンが拳で接近し、同じく接近に切り替えた戒と均衡状態を作っている。
「セシル!雫との距離が近いっ、それじゃ武器が振るえないだろ!」
ルーカスの指示がセシルに向けられる。
雫とセシルはただでさえ大きな武器を振るう為、現在の立ち回りではその威力が存分に発揮できていなかった。おまけに的確な麻生の射撃が二人を牽制し、余計にアルジェの遊撃に惑わされる。
その隙を見てアルジェが鎖を二人の武器に絡ませた。その瞬間に麻生はジョンの方に銃弾を叩き込み、戒がジョンの体を地に叩き落とす。
「セシルさん、集団戦で一番大切なのは『信頼』です。仲間を、信じることです」
「っ………ここお願い、雫っ」
セシルの言葉に頷いた雫は、無理矢理に大剣を振り回して鎖の拘束を上手く解いた。
それによって一瞬アルジェは宙に放られ、追い打ちをかけて来る雫の大剣をギリギリのところで脚甲で逸らす。
アルジェは援護を求める為に麻生へと視線を向けるが、巨大な斧槍を構え麻生の元へ駆けるジョンの姿が見えた。戒も麻生の援護の為に降下している最中だ。
「クッ………来いっ!」
「アアアアッ!!」
翼を持たない雫を弾き、アルジェは不安定ながらも空中で態勢を立て直す。
そして偶然なのか、完璧な間合いからランスを構え、セシルは突進を開始した。
「───お疲れさま、時間だ」
完全に勢いがつく前のセシルの体をルーカスは抱くようにして受け止め、ジョンと戒の方は、詠代と孤境で抑えられている様だ。
「今のは良い攻めだった。じゃあ、休憩を挟んで、今日の総復習と行こうか」
セシルは大きく息を吐き、前を見据えて元気に返事をした。
●
「ちゃんと強くなれたかい?」
「ふふん、今度は絶対に勝つからね」
今日の訓練の総括、セシルと孤境の一騎打ちの個人戦演習。西洋鎧に身を包むセシルと対峙するのは、部屋着なんじゃないだろうかという上下ジャージ姿の孤境。本人曰くこれが一番動きやすいのだとか。
セシルはランスを構え、孤境はライフルを手に持つ。
そして、開始の時間を告げるアラームが鳴った。
アラーム音を上塗りするかのようにライフルの銃声が響く。
「チッ」
しかしその銃弾は当たることは無い。すぐさま射線上から外れるように宙に逃れたセシル、麻生のアドバイスを元にした動きだ。
射線上に入らないよう飛び回り、孤境目がけてランスを思い切り凪ぐ。孤境は地面を転がりながらも身を投げ出してそれを避け、転がりざまに持ち替えたリボルバーの引き金を何度も引いた。
「くっ、追い打ちを」
「いいや、まだだ」
リボルバーの弾を受け多少セシルは怯む、孤境はその隙を逃さず動きながらもライフルを発砲した。
ライフルの威力は重く、鎧の内側に衝撃が響き、セシルは堪らず空中へ一旦退き、すぐさま突進の攻撃に転じる。
間合いがまだ少し遠く、セシルのそれはひらりと避けられた。しかし避けられた後はそのまま直進し、ランスの勢いに乗って射線上から上手く外れてみせた。孤境はスナイパーに持ち替えて舌打ちを鳴らす。
「嫌な動き方だ、クソっ」
スコープを覗く孤境だが、それが無駄だと分かったのだろう。孤境はスコープを覗くのをやめた。
(………なんだろ?)
こちらに攻撃する意思が無い様に見えるその状況にセシルは違和感を覚える。だがすぐに頭を振って今のチャンスを逃すまいと、射線に気をつけながらランスを叩きつける為に接近した。
完全に射線から外れる、勝った。セシルは振り上げたランスが確実に孤境に当たることを確信する。
バスン。
スナイパーライフルの弾というのは、通常の弾よりも大きい。
孤境が地面に向かって放ったその銃弾は砂を大きく巻き上げて、セシルを襲う。
「っ!?」
それでもとランスを振り下ろすが、手応えは全く無かった。砂が鎧の隙間に入った時に目を瞑った一瞬、孤境の姿は綺麗に消えていた。
「その鎧の弱点は視界の悪さ。なのに射線の事で頭がいっぱいだったのか、お前は俺の姿の確認を多少おろそかにしてた。あとちょっとだったかな」
背後からライフルの銃声が聞こえ、その瞬間にセシルの手に痺れるような衝撃が走る。
そしてドサリと、大きなランスは音を立てて地面に落ちた。
●
「また負けたあああっ!!」
セシルのギャンギャンとした叫びが夕暮れの運動場に響く。あれだけ動いてまだあんなに騒げるのかと、孤境は苦笑いを浮かべた。
そしてそんなセシルの周りには今日の反省点を告げる為か、撃退士のみんなが集まっている。
「隣良いですか?」
「なっ………あ、あぁ、どうぞ」
雫に声を掛けられて孤境は委縮する様に、腰かけている階段を少し横にずれた。
「ひとつ、聞きたいことがあったんです。私が知ってる孤境さんは、こうやって自分からあまり動かないような人だったはず。どうして、自らここまでするんですか?」
「いやぁ、そんな風に思われてたんすね」
汗を拭ってぎこちなく笑う孤境。
そして身を前に少し乗り出して、ぽつりと確かめるように話し始める。
「これもまぁ、自分の為なんです………少し前の話なんですけど、俺、仕方なかったとは言え友人をこの手で殺したんですよ。頭を、バスンって。麻生さんは知ってると思いますよ、この話」
どうして。そう呟こうとして雫は口を噤んだ。
雰囲気がそうさせたのか、それはよく分からない。そして話は続く。
「今でもよく夢に見ます、悪夢ですよ。せめて、この夢を見なくさせることは無理でも、楽しい夢をたくさん見たい。だからこんなふうにハッピーエンドを迎えたいが為に、俺は躍起になってるのかもしれません」
まだぎこちない笑顔を浮かべたまま、孤境は「すいません、ちゃんとした答えになってなくて」と頭を下げる。
この物語の結末はどうなるのだろうか。願わくば───。
孤境は大谷さんに連絡を入れないと、と言って校舎の方に歩き出した。
<続く>