白を基調としたモダンチックな長机と椅子が並び、机の真ん中にはお菓子が詰め合わされたカゴが一つ。
ここは、今日行われる動画イベントの控室。今までイベント等に出てこなかった「Kossiiii」がついに出演とのことで、ネット上では結構な盛り上がりを見せていた。
本日の孤境重喜は緊張していた。
ガチャリとドアが開き、共演者である人達がぞろぞろと見える。そう、孤境が依頼していた撃退士の7人だ。
「あ、今日は忙しい中皆さん、お呼び立てして申し訳ありません」
急いで口の中に入っていた菓子を飲み込み、重喜は頭を下げる。
「……おぉ、また会うたのぉ。まぁ、今日は楽しもうや」
「結構な規模のイベントですね。孤境さんがこんなに人気があるなんて知りませんでしたよ」
重喜の礼に答えるのは、彼と面識のある藍那 禊(
jc1218)と雫(
ja1894)の二人だ。彼らの後に続いて、残りのメンバーも控室に入ってきた。
今日の簡単な流れや、ゲームの操作などを書類も交えて重喜が説明し、本番までの時間もまだあるので全員は控室でゆっくりするなり辺りを散策するなりの自由行動に入る。
重喜もまた同様で、持ち物の整理などを行っていた。
「……あの……ちょっと、良いですか?」
「あ、俺もー!」
後ろから聞こえる声に少しびくっと驚く重喜。
振り返るとそこには、秋姫・フローズン(
jb1390)と藍那湊(
jc0170)が立っている。
「どうされたんですか?」
「重喜さんの顔バレ防止の為に、こういうのを持ってきたんだけど」
「………おぅ」
手渡されたのはレスラーマスクと穴の開いた紙袋。どうやら秋姫の方がマスクで、湊の方が紙袋らしい。
これを被って人前に出る方が逆に恥ずかしいなと思いつつも、重喜は自分が予め持ってきていた口元を隠す為のバンダナをバックの奥に詰め込み、その二つを笑顔で受け取った。どうやら、レスラーマスクの方を被るようだ。
「あと、あの……もう一つよろしいでしょうか?」
「あ、はい何でしょう?」
「宜しかったら……重喜様のお母様の、連絡先などを……教えていただきませんか?」
唐突なお願いに重喜は首を傾げた。それを見て秋姫は続ける。
「やはり……こういうのは、ご本人の意思がないと……勝手に重喜様を出演させたお母様に一言、申し上げたくて」
「あー……」
困ったように苦笑いする重喜。
そんな様子を少し離れた位置から眺めていた雫が会話に割って入って来た。
「大丈夫ですよ、秋姫さん、心配はいらないかと」
「……え?」
「彼のお母様は、ある意味どんな撃退士や天魔よりも強い人ですから。私達が考えているより、あのお母様は孤境さんの事を誰よりも深く考えていらっしゃるはずです」
そういって雫は再びお菓子に目を落として、美味しそうに食べ始めた。
少し納得がいかないような表情の秋姫。重喜はその苦笑いのまま「別に俺は全然平気ですよ」と話しかける。
「あ、みんな、もうそろそろ時間だし、スタジオの方に向かいましょう」
マスクを被り終え時計を見た重喜の合図で、全員がスタジオの方に向かった。
しかし、ただ一人、秋姫だけはみんなと違う方向に向かう。
「……見つけました」
「あら、出番まではちょっと早いわよん。えっと、秋姫・フローズンちゃん?」
このイベントの司会担当を見つけだし、秋姫は彼の元にズイズイと詰め寄った。
「……孤境さんが、顔出しすることで……犯罪に巻き込まれたりする可能性なんかは、考えなかったんですか?」
静かで、しかしのその口どりはしっかりしている。彼女の真剣な訴えに何かを感じたのか、その司会者は笑顔を真面目な顔に変わった。
「実況者兼歌い手『kossiiii』は、本当に凄い子よ。他の人気のある人と共演することなく全て一人でここまでたどり着いて。だからこそ惜しいの、ここで人材を殺すのは。このままじゃ本当に一人だけの世界に閉じこもってしまう彼の可能性を広げる為に、このイベントはあるといっても過言ではないわ。しかもこれは重喜ちゃんのお母様が、この企画を立案してくれてるしね」
「……お母様が?」
「そう、これは内緒よ。やはり血は争えないわね、あの母親してこの子有りだと思ったわ。だから、この企画は必ず成功する。あー、あのお母様もただ者じゃないから、あのまま田舎町の主婦にさせておくには惜しすぎる人材かもね」
雫の言葉がよぎる。
確かに、重喜の母は誰よりも先を見通していたのだ。
「あと、秋姫ちゃんがさっき言ったこと、重喜ちゃんが犯罪に巻き込まれることもあるって……うふふ、それは杞憂だと今日のゲームの最中に気づくことになると思うわ。さぁ、しっかり気を入れないと、重喜ちゃんだけのステージになっちゃうかもしれないから、頑張ってね♪」
●
今回のイベントで使用される試作段階のゲーム機は、ゲームセンターに据え置きされるのを目的とされて作られている物である。
簡易的な、椅子型の酸素カプセルのような機械に入ってもらうことで、一人称視点で目の前全体に広がるモニターに、自分たちの動きを意識だけで映しだす仕組みだ。
そして、その戦闘の一部始終を三人称視点で、モニターに映し出して生放送配信するらしい。
特異な喋りでMCが今回のコンセプトを話し、今回の主役である「Kossiiii」が何故か覆面(レスラー)姿で登場。視聴者数はどうやら鰻上りの様だ。
そして現役撃退士の7人が登場。
「さぁーっ、じゃあここでルール説明よ!撃退士の皆さんは縛りプレイの一環で身につけられる防具は無し、武器は何と最弱の『木の棒』のみ、そしてリスポーンは無し♪敵の攻撃をもろに受けてしまうと一撃でゲームオーバーになっちゃうから、その辺も気を付けて!ただこれだけだと可哀想だから、スキルの使用は無制限、どーぞどーぞド派手にやっちゃって下さい!!そしてその戦いのプロ集団に敵役として挑むのは───王道なんてクソ喰らえ、相手の嫌がることをやりたくてたまらない、皆お待ちかねの『Kossiiii』ちゃんよ!!」
全員が定位置に着き、ゲーム機に入る。
「さぁ、それじゃあ始めちゃってちょーーだい!」
撃退士の彼らの目の前に、荒廃した町並みが映し出された。
「いやぁ、よーできとるわ」
禊の呟きに全員が首を縦に振った。意識が完全にゲームの世界に映されたような感覚だ、踏みしめるこの地面の感覚や、いつの間にか握られている木の棒が本当に現実のもののように感じる。
しかし、流れる空気や、臭いなどは全く現実味が無い。その差異が、ここがゲームの中なんだと改めて感じさせる。
「ほぅ……面白い。そして、あれが今回の敵か」
鳳 静矢(
ja3856)の見つめる先には、荒廃した町の砂煙からズズズと顔を出した、何とも不気味な巨大ゾンビ。肌は腐っていて、顔に付いている目は蜘蛛の様な複眼、口は大きく裂けている。リアルだからこそ、現実離れした光景に恐怖感を感じてしまう。
「重喜さーん!今日は大人な対応をよろしくねー!!」
六道 鈴音(
ja4192)はゾンビに大きな声でそう呼びかける。それによってこちらに気づいたのか、ゾンビはこちらに顔を向けた。
『あ、はい。よろしくお願いしまーす』
深々と首を垂れるゾンビ。何ともシュールな光景だ。
それにつられて、その場の全員も思わず深々と礼をした。しかし、この瞬間───
───ズガァアアンッ!!!
「グフゥッ!?」
突如飛んできたコンクリートの瓦礫。全員は本当にギリギリで躱すことが出来たが、その場で眠そうにうとうとしていた禊がもろに巻き込まれてしまった。残された体力は本当にあと僅かだ。
慌てて一番彼の近くにいた加賀崎 アンジュ(
jc1276)がその瓦礫をどかして禊を救出する。少しばかり呆れた顔をした雫がゾンビに視線を戻した。
「孤境さん、お辞儀したと見せかけてこっそりと足元の瓦礫を拾っていたみたいですね。全く気付きませんでした」
ニヤリと微笑むゾンビ。戦闘が始まる。
●
戦闘が始まるや否や真っ先に駆けだしたのは、鳳と雫の二人だ。雫は先ほど拾った石を棒の先端に取り付け、槍のような武器を作り出した。
「これを……突き刺すっ」
一足飛びに駆けあがり、その槍をゾンビの膝裏目がけて突き出した。
「え?」
石は突き刺さることなく弾かれ、固定していたはずなのに石はそのまま棒から離れて地面に落ちた。地面に落ちて行ったはずの石はもうどこにも見当たらない。
『あ、雫さん。石は本来投擲用にしか使われないアイテムなので、突き刺すことも出来ないし、敵にダメージを与えたらそれで役目終了なんですよ』
重喜の解説と同時に、その大きな足が雫を踏みつぶさんと迫ってくる。雫は間一髪でそれを避けた。
「それは、ご丁寧にどうもですね……」
遠距離からは六道や湊の魔法攻撃が飛んできて、近距離では鳳と雫がその巨体の周りを飛び交い切断系のスキルを使い、秋姫は棒で殴打するというよりは傷口を抉るように蹴り技を繰り出している。
隙あらば神出鬼没な禊が節々を削り、加賀崎は遠くから瓦礫をバッティングをするかのようにボコボコと飛ばしてきていた。
ゾンビはろくに攻撃することも出来ず防戦一方だ。全員の動きに合わせて瓦礫を投げつけたり、毒の塊を吐きつけたり、煩わしげに攻撃を繰り出しているが、そのどの攻撃も戦いが本業の彼らに当たることは無かった。普段戦っている天魔に比べれば、その素早さは大したことないらしい。
「くらえ、六道呪炎煉獄!!」
「降りそそげ、氷の流れ星!」
「ほぉら、これがいいんでしょう!?」
六道の放つ業火、湊の放つ複数の氷のつぶて、そして加賀崎が打ち出したコンクリートの瓦礫が業火や氷に相まってド派手にゾンビに向かって飛んでいく。
流石に身の危険を感じたのか、ゾンビは裂けた口を大きく開き、再び一際大きな毒の塊を吐き抱いた。その毒はド派手な攻撃を溶かして彼女たちに迫る。
「あははっ、攻撃が単調だよーっ♪」
三人はゾンビの方向に向かうよう前方に飛び出して攻撃を交わし、透かさず攻撃魔法を繰り出す。攻撃した後の反動で上手く防御できなかったゾンビはその攻撃をもろに喰らってしまった。
「この至近距離ならば防御もかなうまいっ!」
鳳は自身の木の棒に黒いオーラを纏わせ、ゾンビの眼前まで駆け上がる。
しかし、その攻撃は空を切った。
「飛んだっ!?」
その巨体に見合わず、その場で大きく飛び上がったゾンビ。接近して攻撃をしていた鳳、雫、秋姫はこのままでは踏み潰されると判断しその場から一時散開する。
彼らは忘れていたのかもしれない。孤境重喜もまた、撃退士であることを。
ゾンビは空中で両腕を伸ばしてそれを地面に突き刺す。
「───え!?」
腕の伸縮を利用して、自身をパチンコのように弾き出し、真っ直ぐに巨体が加賀崎の目前まで迫る。今まで一歩も動くことが無かったゾンビのその動きに合わせることが出来ず、加賀崎の反応が少し遅れる。
「体力が、体力が逝っちゃうぅっ!!」
───リタイア……(加賀崎 アンジュ)
ゴロゴロと転がり、自身が吐き出した毒液の広がっている場所に着地したゾンビ。
『いくら素早さが遅くても、力は高い。ということはこういった風に移動すれば、相当な速度で動けるってことですね』
重喜の声は何とも楽しそうだ。
しかし、着地後は大きな隙が出来るのもまた事実。
「上手く毒液に着地したようだが、一気に体へ飛び乗ればいい話。畳み掛けよう、秋姫さん!」
「……はい」
二人はそのまま今だ地面に手足がついているゾンビの体に飛び乗り、思い切りそのうなじ目がけて攻撃を繰り出す。
『そういう時はこうですね』
「「!?」」
立ち上がることなく、ゾンビはその場で突如転がり始めた。巨体に巻き込まれ、二人は身動きの取れない状態で毒液を全身に浴びてしまった。
───リタイア……(秋姫・フローズン)(鳳 静矢)
「そんな、一瞬で全部崩されてしまうなんて」
唖然とする雫。
すると即座にもう一度ゾンビは飛び上がると腕を伸ばして自身の体を飛ばす。次のターゲットは雫とその近くにいる六道のようだ。しかし、今度はしっかりその動きを見ていた二人は瞬時に散開することで攻撃を回避した。これでは、ゾンビに攻撃のしようが無い。
「湊さん……あれを拘束することは出来ないかな?」
再びまた別の毒液場所に体を突っ込ませ、ゾンビは態勢を立て直す。
「全身に毒を塗っているから、僕の魔法じゃ拘束は出来ないよ。あのゾンビ自身の力も強いから、すぐ解かれると思う………って、あ、あ」
「どうしたの?」
六道の事を見ていた湊の顔が真っ赤になっていく。不思議に思った六道が体を見てみると
「あ……」
さっきゾンビが飛んできたときにかかってしまったのだろう毒が服を絶妙に、良い感じに溶かしていたのだ。どうやら、雫も同じく恥ずかしい事になっている。
「孤境さんっ!!これはどういうことですかっ!?」
顔が真っ赤な雫と六道。
『いや、あの、これは───』
『───ほらぁ、私の言ったとおりでしょ♪』
『えっと、すまない雫さん。俺は止めるように言ったんだが』
『……私も』
あたふたしている重喜の声に続いて、リタイアしたはずの三人の声が聞こえた。どうやら三人は観戦モードに移り、重喜の画面で戦闘風景を楽しんでいたようだ。
「うぅ……許しませんっ」
雫の出す圧倒的なオーラに恐怖を感じたのか、重喜は、ゾンビは標的を禊と湊に変えて、再び跳躍からの突進を行う。
「どどど、どうしよう禊くん!?」
「心配はいらへん、これはゲームや、痛くないらしいから……そや、湊はカッコいい事したいか?」
「え、あ、うん、で、でも今はそんなこと言ってる場合じゃ……って、何で俺の襟首掴むの?」
「楽しいと思うから、な?」
頭の上一杯に疑問符を浮かべる湊を、向かってくるゾンビ目がけて禊が思い切り投げた。意味も分からず叫び声を上げながら、ゾンビへとまっしぐらな湊。
───リタイア……(藍那湊)
「ありゃ……思ってたんとなんか違う」
───リタイア……(藍那 禊)
再び毒液に着地したゾンビ。『一体、何がしたかったのだろうか』と重喜の呟き声が聞こえる。この後、湊が禊の事を苦手になったのは言うまでもない。
ゾンビは立ち上がって周りを見渡した。30mを誇るその巨体だが、どうやら雫と六道を見失ってしまったようだ。
『……あれ、どこに逃げたんだ?』
「ここよ」
『え?』
傍らの崩れかけだった高層ビルが轟音を上げ、ゾンビの方に倒れてきている。そのビルの屋上にいるのは雫と六道だ。
「可愛い女の子達が、こんな姿にさせられて」「謝っても無駄ですよ」
『ちょ、ま………』
───リタイア……(Kossiiii)
今回のイベントはこれにて終了。参加メンバー達の仲が深まったのか、はたまたその逆か、それは本人達だけが知り得ることだろう。
なんにせよ、イベントが成功したことは言うまでもない。