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マスター:岸石悠理
シナリオ形態:ショート
難易度:難しい
参加人数:6人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2015/05/31


みんなの思い出



オープニング

●山神
 男は、それが簡単な、危険性は少ない偵察任務だと聞いていた。
 男は、偵察対象が、それほど強くはないだろうと聞いていた。
 男は、その偵察対象が、ヒト型だと聞いていた。
 男は、もし危険が及ぶようであったら、即座に退却するはずであった。
 男は、その活動内容のため、実績こそ多くはないものの現場の経験だけならばベテランと言って差し支えない捕捉者であった。
 しかし、









 男がみた『ソレ』は、ヒトの形には似ても似つかない、巨大すぎる化け物の姿だった。
「待てよ、待て待て待て待て、おいちょっと待て……! 出現した天魔はヒト型なんじゃなかったのか!? 」
 『ソレ』は明確な殺意となって、暴虐となって、破滅となって、彼の前に立ちはだかる。『ソレ』の姿は、ぬらぬらと妖しく煌めいている鱗を纏う細長い胴体、錐のように鋭く尖っている頭、炎のように真っ赤に燃える二又の舌、――そして、楕円形をしている八つの頭部。いわゆるヤマタノオロチ、というものの姿に近いのかもしれない。

 『ソレ』――ヤマタノオロチは、圧倒的に、無慈悲に、山中を行進した。ある時はその巨大すぎるまでに巨大な肢体を空に浮かび上がらせ、その絶対すぎる質量でもって圧砕し。ある時は、その八つの口から吐き出す、地獄の劫火のような炎でもって溶解し。

 男は、生き残るため、この情報を正確に伝えるため、ひたすら逃げた。移動するだけで木々をすり潰す進行から。時折吐き出されるブレスから。
 ヤマタノオロチは、特別男に攻撃の意思を持っているわけではないのだろう。その巨体から遠ざかることは容易であった。

 そして、山から抜け脅威から逃れたと思い、振り返った時。その巨大さゆえに遠くからでも確認できる、ヤマタノオロチのシルエットに違和感を覚えた。
(なんだ、あれは……ヒト、なのか?)
 男が見たヤマタノオロチの頭部、その一つに、ヤマタノオロチの巨頭の上にあっても、なおその姿がはっきりと分かるくらいに大きい何かが鎮座していた。巨頭は激しく揺れるが、その何かは身じろぎもせずに、ただただそこに座していた。
(あれは一体なんなんだ……、まあいい、一応報告しておくか。もしかしたら、依頼の時に聞いたヒト型の天魔ってのはアイツだったのかね……)


●紛い物の男神
 男が去った後。
 先ほどまで微動だにしなかった何かは、動き出す。
 その右手には長剣を携えて。
 爛々と紅く輝く瞳は焦点が定まらず。
 その身に纏った白い官服をはためかせ。
 ヒト型の天魔は町へと歩いてゆく――


●某県某町
「ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい……!」
 男は狂騒の渦に飲み込まれていた。ほんの数時間前までは、いつもどおり閑静な住宅街を歩き回り、普段と同じように営業回りをしていたのだ。
 それがいったいどうしてこうなった。
 車がまばらに走っているだけだった車道は大渋滞を引き起こし。ランニングをしている人をよく見かける歩道は気をつけなければ突き飛ばされるような危機極まる場所となり。心地の良い静けさを生み出していた空間は怒号鳴り止まぬ地獄となってしまった。
 それもこれも、全てはあの遠くに見える異形な怪物の影響である。


●依頼
「やれやれ、まーためんどくさそうな依頼だことで」
 斡旋所の職員は、手に持った一枚の紙をみながら、気怠そうに言った。
「蛇形の天魔と、ヒト型の天魔。それぞれ一体ずつ。ヒト型の天魔は蛇形の天魔から離れないように動いているらしい。そんで、蛇形の天魔の動きはそこまで速くない。幸いなことに、天魔が出現した地点の近くの街には、まだ被害は出ていない――が、残念なことに避難が完了してねえんだな、これが。せめて避難が完了するまで、出来れば山中から出ないように、ってのがベストだ。今回の依頼対象は少し強すぎるきらいがあるからな……討伐の本隊が来るまでの時間稼ぎだ」
 そこで職員はふうっと一息を吐き、にやりと笑って、
「まあ、倒せるってんなら倒してみてもいいんじゃねえの?」
 そう言いながら、スッと紙をこちらに向けて渡してくる。
 ――まだ、受けるとは言っていないのだが。


●学園内のどこかの教室
 少年と少女が、話していた。
「ほら、あの依頼、知ってる!?」
「あの依頼で通じるわけないでしょう……」
 少年は鼻息荒く少女に語りかけるが、少女の方はうんざりというような顔で少年をあしらう。
 両手をバタバタと上下させ、顔を赤く火照らせながら少年は言う。
「いや、だからさ、あれ! あれだよ! ヤマタノオロチが――っていう依頼!」
「ああ、あれね。山からとんでもなく強そうな天魔が出現したっていう依頼」
 少年の熱弁もなんのその。少女は一切テンションを合わせずに冷たく答えた。
「それがどうかしたの?」
「僕はあのヤマタノオロチと一緒にいるヒト型の天魔、あれがスサノオノミコトなんじゃないかなって思うんだよね! ヤマタノオロチが先に死んだら、その尻尾からクサナギノツルギを抜き出してパワーアップ――とか! かっこいい!」
 少年は眼をキラキラとさせながら語るが、やはり少女は同調しない。
「あなた、ゲームとか好きだものね。大方、RPGなんかでボスとしてヤマタノオロチとスサノオノミコトが出てきて、オロチを先に倒したらクサナギノツルギでスサノオ第二段階突入! とかそんなんがあったんでしょ」
「えっ、よく分かったね……君の方こそ結構詳しいね、ゲーム」
 あぜんとする少年に向かい、少女は言った。
「天才ですから」


リプレイ本文

●偶然の邂逅?
 今回の依頼現場。二体の天魔が向かっているだろう町での出来事だ。ケイ・リヒャルト(ja0004)は、偶然にも見知った少年を見かける。
「……蓮? 珍しいわね、こんな所で会うなんて。どうか、お願い。無事に帰りましょう?」
 それに対し藤村 蓮(jb2813)は、心配ないという風に力こぶを作ってみせ、
「大丈夫、無理はしないさ!」
 と快活に笑い飛ばす。


●接敵
「八頭の蛇に長剣を携えたヒト…神話の様に大河でも作るつもりですの?」
 木々に身を隠し、蛇型天魔の移動速度、蛇とヒト型天魔の位置関係を確認しながら紅 鬼姫(ja0444)は呟く。
 距離的には充分離れているが、蛇が樹木を踏みつぶしていく雷鳴にも似た圧砕音はこちらまで聞こえてくる。
「敵位置補足。これより抹消任務に以降しますの」
 紅が仲間たちに情報を伝え、

 神々と人類との、新しい一つの神話。死闘が始まっていく。






●花火大会
 周囲にあることごとくを粉砕しながら圧倒的な存在感を醸し出す蛇形天魔。それに付かず離れずの位置を保ちながら、幽鬼の如く歩を進めるヒト型天魔。
 その二体が異変を察した時には、遅かった。
 木々に隠れていた廣幡 庚(jb7208)、鈴代 征治(ja1305)、リヒャルトが姿を現す。
 ヒト型天魔が振り向くより先に、三人による猛撃が開始する。
 廣幡の髪が、虹色、正確に言うならば見る角度によって違う色を現す。その側頭部からは、薄ぼんやりと一対の角のようなものが見え隠れする。リヒャルトの肩甲骨から混沌を連想させるような紫炎が噴出。無秩序に吹き荒れる炎はやがて集約されていき、それは蝶に似たような形に留まる。鈴代はリヒャルトとは対照的に、静かに、その身からゆらゆらと気を立ち上らせ、髪を逆立たせ、普段は柔和ともいえる表情を能面のようにし。
 そして。
 リヒャルトは手にした獲物を構え、その銃身からありったけの弾をばらまく。
「風穴……開けてみない?」
 くすくすと笑いながらリヒャルトは言う。鮮烈に苛烈に激烈に。銃弾の嵐は反応しきれなかった二体の天魔を圧倒的に押し潰す。
「喰らえ……っ!」
 鈴代は右手を掲げ、逆さにした手を思いっきり拡げる。そして、限界まで拡げた指を一気に閉じ、空気を握りつぶす。瞬間、蛇形天魔とヒト型天魔の上空から、無数の光点が降り注ぐ。降り注ぐアウルの彗星は、無慈悲に天魔を圧倒する。
「ふぅ……」
 廣幡は、深呼吸するとともに、宙に浮き上がった鍵盤に指を乗せ、大胆ながらも繊細な音を奏で始める。その音色は衝撃波として、リヒャルトと鈴代の範囲攻撃をより重厚なものとする。
 銃の乱舞を見舞っている最中、リヒャルトは廣幡に語りかける。
「あら、あなた、中々上手に弾くじゃない?」
 不敵に笑いながら言ってくるリヒャルトに対して、廣幡は演奏を続けながらも礼儀正しく返事をする。
「ありがとうございます……っ!」
 圧倒的な暴力の弾幕が晴れた後。それを受けていた筈の二体の天魔は、しかし無傷であった。
 蛇はその絶対的な鱗でもって全ての攻撃を寄せ付けず。ヒトはその天才的な剣捌きによって数多の攻撃を受け流し。
 天魔に甚大な影響を与えるであろう初撃の奇襲は、失敗に終ってしまった。
 初撃が終わるや、鈴代は蛇とヒトの間を割るような位置に走りこむ。それと同時に、隠れていた他の撃退士も姿を現す。






●絶神
 普段より存在感が希薄となっている紅がヒトに向かい駆けてゆく。それを追うようにマキナ・ベルヴェルク(ja0067)もヒトを目指す。
「ぶち殺して差し上げますわ?」
 走りながら優雅に尊大に、紅は言い捨てる。
 紅がその両手に持った二刀を交差して掲げる。一瞬の溜めの後、裂帛の気合とともに二刀を振りぬき、紫電を迸らせる。そこから放たれた電撃は、うねりながらも確実にヒトを貫通せんと突き進む。だが、ヒトはそれをこともなげに避けてしまう。
 しかし、ヒトが避けた先に、リヒャルトが目にも留まらぬ早業で連射を浴びせる。リヒャルトのクイックドロウは直撃こそしなかったものの、数発はヒトに掠ったようで、ヒトの狙いはリヒャルトへ向く。
 ヒトがリヒャルトへ駆けてゆく――
「やらせませんよ」
 ことは、ベルヴェルクが許さない。ヒトの横から迫ったベルヴェルクは、半身になり右腕を引き、照準するように左手は前へ出す。最大まで引き絞った右腕を、横から抉るように突き出す。ベルヴェルクの右腕がヒトまで届く距離ではなかったが、その右腕を覆っている白布から黒き炎が噴出、延展し、ヒトを食い殺さんと迫りゆく。
 迫り来る炎をしかし、ヒトはなんということもない風に、跳躍することで躱す。跳躍したことによりベルヴェルクに接近する。着地後、ヒトは返す刀で長刀を袈裟に振りぬく。その鋭利な斬撃は、本来の間合いなどを無視し、ベルヴェルクを両断せんと飛んでゆく。
 ベルヴェルクは、飛んできた見えない斬撃を、完全に回避した。筈だった。しかし、斬撃が自分の後ろで木々を刈り取り、その死を予感させるような破壊音が鳴り止んだ時、ベルヴェルクの豊かな髪の一房が、綺麗になくなっていた。
「ちっ……!」
 髪が落ちると同時に、頬にも一筋、血が滲む。






●金城湯池
 蛇型の天魔。その絶望的な巨躯を前に、しかし鈴代と廣幡は立ち向かっていく。
 鈍重な蛇に対してまず鈴代が攻撃を仕掛ける。右腕を引き絞る。その刹那の溜めで、鈴代の気迫により周囲の空間がゆっくり流れるように感じさせる。そして。前に出した左足を、脚の跡が陥没するくらい強く地面へ踏みつけ。地面を踏みつけると同時に突き出した右腕から、神話の天罰のごとき神々しさと存在感を持った稲光が放たれる。その雷は、紛い物の神を断罪せんと、怒りの咆哮を上げながら蛇をぶち抜く。
 その雷はしかし、蛇に傷を付けることは叶わなかった。
 蛇の八頭ある内の一頭、それに付いている双眼が、爬虫類独特の鋭さで、ギロリと鈴代を睨む。
 鈴代を睨みつけた一頭が、トラックをも悠々と丸呑みできるであろうその顎をがぱりと大きく開く。異界へと通じているのではないかと錯覚させるようなその口内の奥で、赤いなにかがちろちろと見え隠れする。
「……っ!」
 蛇が何をしようとしているかを察した鈴代は、対ヒト班と被らない位置へと、すぐさま遠ざかる。
 同時に、横合いから廣幡が飛び出し、蛇の口とほぼ九十度の位置に身をおく。手に持ったハンドガンで口内へ照準し、間髪をいれず射撃。そしてブレスが吐き出される前に鈴代と同様、蛇から距離を置く。
 距離を置いた後、しかし数秒経っても蛇は口を大きく広げた状態のままだった。
「どういうことだ……?」
「一体どうしたのでしょうか?」
 鈴代と廣幡が訝しんでそう漏らした直後、蛇は口を閉じ、先までとは違う頭が鈴代と廣幡に襲いかかる。
「もしかしてさっきの攻撃を嫌がって……? ダメージを受けているようには見えないが、ブレスは止められるのかもしれないですね」
 そう呟く鈴代に廣幡は答える。
「では、ブレスをまた吐きそうになったら私が止めます」
 そうして、鈴代は再び雷を発射せんと間合いを計りだし、廣幡はそんな鈴代を補助するように援護射撃を送る。






●偽りの神はやがて滅びぬ
「わ、わわっとと!」
 ヒトが放った超威力の不可視の斬撃を、木の幹を走り抜けることで回避する藤村。
 藤村に意識を割いているヒトの背後から、紅が忍び寄る。二刀を構え、再度紫電を放つ。
「多少の役に立ちましたの……と、褒めて差し上げたい所ですが、まだ足りませんの」
 ヒトは紅の方を向き対処しようとするが、次は先まで向いていた所からリヒャルトが現れ、神速の早撃ちを撃ち放つ。
 しかし、双方の攻撃が当たる寸前で、跳躍することで避ける。
 だが、上空には背から荒々しく燃え盛る翼を宿したベルヴェルクが待ち受けていた。
 ベルヴェルクは超空から落下しながら、右腕を構える。
 ヒトもなんとか長剣を構え、ベルヴェルクに対抗せんとする。
 ベルヴェルクが、再びその右腕から黒焔を噴出させ、ヒトに叩きつける。
 ヒトは、表情などないはずの顔を強ばらせたようにしながら、真一文字に斬りつける。
 両者が交錯し、片方は地に落ちる。
 地面に膝をついたベルヴェルクは左腕から大量の血を撒き散らし。
 そしてヒトは、――
 


 ――ベルヴェルクと交錯した地点で。その体を。周囲から現れた無数の黒き焔鎖ががんじがらめにされていた。
 彼は、その光景を見て、木々から飛びゆく。
「……あれじゃないんだ、だから、大丈夫……うん」
 そして彼は、ベルヴェルクの攻撃により身動きを封じられたヒトへと、その特徴的な双剣を手にして襲いかかる。
 先までは変哲のない長さだった双剣を、ヒトが携えている長剣よりも刀身を長くして。鋏のようにそれをヒトの首にあてがい。そして。テコの原理に従い。双剣は抵抗されることなくヒトの首を断ち切った。






●そして地獄へ
 廣幡と鈴代。二人ともダメージこそほとんど受けていないが、こちらの攻撃もほとんど通っていないだろう。その上、今現在唐突に、蛇の全身が黄金の光に包まれた。
「もしかしてあちらは終ったのでしょうか……? それで、この蛇型天魔が強化された、と?」
「その可能性は充分高いですね……なんにしても、気を付けるに越したことはありません」
 鈴代が返す。
 ……と同時、黄金色に染まった蛇の頭の内、一つが鈴代に対して薙ぎ払いを仕掛けてくる。しかし、それは先までの鈍重なものとは違い、絶望的なまでに疾かった。避けきれないと判断した鈴代は、即座にワイヤーを展開、防御するも、木々をなぎ倒しながら吹き飛ばされる。
 ヒト討伐班が駆けつけ、各々必死に攻撃するも、そのことごとくが蛇には通用しない。ヒトを排し、先までの優勢が一気に覆されたかと思った直後。
 援軍はやってきた。








●〜朝刊〜
 某県某町に突如現れた規格外の強さを予想された天魔二体は、久遠ヶ原学園の学生による獅子奮迅の足止めによって、撃退士精鋭部隊が駆けつける間を充分に稼ぐことが出来、奇跡的に人的被害が皆無で討伐された。
 尚、戦闘中に重傷を負った鈴代 征治、マキナ・ベルヴェルクの両名、及び軽傷で済んだ他の学生は、廣幡 庚による回復で戦闘後に怪我を残すことはなかったようだ。

 勇敢なる六人の勇者に祝福を――


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:2人

胡蝶の夢・
ケイ・リヒャルト(ja0004)

大学部4年5組 女 インフィルトレイター
撃退士・
マキナ・ベルヴェルク(ja0067)

卒業 女 阿修羅
暗殺の姫・
紅 鬼姫(ja0444)

大学部4年3組 女 鬼道忍軍
最強の『普通』・
鈴代 征治(ja1305)

大学部4年5組 男 ルインズブレイド
撃退士・
藤村 蓮(jb2813)

大学部5年54組 男 鬼道忍軍
星天に舞う陰陽の翼・
廣幡 庚(jb7208)

卒業 女 アストラルヴァンガード