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「……くれぐれも、無駄に怪我などはしないように」
事件現場の公園で、件の鉄球に気を配りつつも生命探知を使用して不穏分子が存在していないか調査を行っていた龍崎海(
ja0565)は、これから鉄球の近くまで赴いて観察をするという橋場・R・アトリアーナ(
ja1403)と月詠 神削(
ja5265)に言った。
「動きが変わるかもしれないし、直接見ることで新たに何かわかるかもしれない――と、少しは思っていたけど、鉄球の動きは不規則だし、あまり収穫はなさそうだよ」
それを聞いて、鉄球の方へと進んでいく。
「僕があの鉄球と遊んでいる間に、神削は爆発した地点を観察してください」
「了解した」
鉄球の目前まで近づいた橋場は、自身が携えている鉄球を頭上で回転させ、充分に遠心力を蓄える。そして、その勢いのまま、横殴りに鉄球をぶち当てる。その、スキルを使わずとも尋常でない威力の攻撃はしかし、相手の鉄球に傷をつけるどころか、鉄球の位置をずらすことすら敵わなかった。
「……先ずは一当て、しておきますの」
攻撃に反応したのか、宙に浮いて落下攻撃を仕掛けてきた鉄球を躱しつつ、調査を行っていた月詠と合流、そのまま公園を後にする。
「前情報と相違なく、攻撃の範囲は直径20メートル程度、威力は――実際に受けてみないと分からないところではあるけど、しっかりと防げば大事に至ることはないだろう」
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向坂 玲治(
ja6214)と藤井 雪彦(
jb4731)は、警察から情報収集を行っていた。一通り聞き終えた後、合流していた。
「あの鉄球の天魔っぽいやつ、元々は女の子だったかもしれないってさ」
「それは一体どういうことだよ?」
唐突に切り出す藤井に、少し呆気に取られながらも向坂は返す。簡潔に自分が聞いた事情を説明した。
「へえ、そんなことがあったのか……よく聞いてきたもんだな」
感心する向坂は、かぶりを振って、
「ああ、そうだ忘れてた。結局、戦闘は夜になったんだろ? 警察のほうに頼み込んで、特殊車両で照明付けてもらえることになったわ」
「それはまた……玲治ちゃんも玲治ちゃんで凄いじゃんっ」
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「期待はしていなかったけど、やっぱりなにもなかったわね……」
埃が山のように積もっている廃寺から抜け出てきた卜部 紫亞(
ja0256)は、外の澄んでいる空気を吸ってひとりごちる。
そろそろ日が落ちる時間だ。ちらと公園のほうをみてみるが、鉄球を監視していた龍崎も既に観察を終え、公園を後にしたようだ。
鉄球へと右腕を水平に上げ、人差し指から黒き迸りが溢れ出す。本能的に絶望を感じさせるような、その黒い稲妻を、放出する。幾筋も放たれたそれは、しかし、鉄球に触れると同時、霧消していった。
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太陽が水平線の彼方に落ちていった。しかし、予定通り警察の手によりもう人目につくことさえ叶わないと思われていた公園には、スポットライトが当てられている。撃退士たちも動き出す。この戦闘が朽ちゆく公園の死に化粧になるかの如く、現場は静寂に包まれていた。
「……鉄球の元は……全力で破壊する事が供養につながるのかな……いくよっ!!」
藤井が言うと同時に、撃退士たちは戦闘態勢に入り、鉄球へと接近する。
撃退士たちが近付いていくと、鉄球は浮かび上がり、落下攻撃を仕掛けようとしてくる。
「浮き上がって押しつぶすのが基本攻撃なら、これで浮かび上がること妨害できれば攻撃できなくなるかな」
しかし、龍崎が放った、青光によって編まれた鎖がそれを許可させない。アウルによって紡がれた鎖は、鉄球をがんじがらめに縛り、無慈悲に地面へ引きずり下ろす。
自分の意志とは無関係に地に落ちた鉄球が次の攻撃を繰り出す前に、卜部が追撃する。
「うろうろしないでほしいわ?」
円を描くように両腕を振るい、作成した虚空の円へと、その両腕を突き入れる。すると、円の中から、霊的に白い無数の腕が蠢きだしてくる。円から生み出された群腕は、するすると伸び、鉄球に絡みつき、その動きを束縛し、自由を奪う。
鉄球の動きを封じている間に、アウルの輝きを溢れだしている向坂が通常時とは比べるまでもない大きさの矢を放ち、左眼から紅の煌きを迸らせ、その動きに伴って紅い残光を瞬かせ鉄球を振り回す橋場が猛攻を仕掛ける。
「……昼間に比べて、どうですの?」
が、鉄球は依然として無傷だ。
「……効かない、か。まあいい、行くか」
吐き捨てて、月詠は瞬時に鉄球へと接敵する。
「俺も行こう……!」
言いつつ、龍崎も駆ける。近付きながら、体から大量の青光の鎖を発生させ、それによる幻で心理的圧迫を促し、鉄球の行動を束縛しようとするが――鉄球には耐性があるのか、動きを封じることは叶わなかった。
本格的に月詠、龍崎と鉄球の交戦が始まる前に、撃退士たちの脚にキラキラと輝く粒子が纏われる。粒子に包まれた瞬間、撃退士たちの動きが数段速くなる。藤井だ。
術を施した藤井は、周囲の空間が止まってみえるほど澄んだ雰囲気を醸し出す。近くには煌々と紅く輝く火の鳥――鳳凰を侍らせ、自己強化をしている。
龍崎と月詠の前衛二人が、手を伸ばせば届くくらいの超至近距離まで近付き、攻撃を誘発させようと動き回る。
「情報通り、動きは昼間ほど遅くはないけど決して速くなくて良かったね」
「そうだな。攻撃を避けるのが楽で助かる」
鉄球の通常攻撃を躱し続けるのは、二人に取って造作もなく、雑談を交わすほど余裕なものだった。
「喋っているのもいいけど、爆発攻撃を直撃して重症を負ったりしないでね?」
卜部が軽口を叩きながら、その爆発攻撃を誘発させるための行動を起こす。
瞳を閉じ、息を大きく吸い、鋭く吐き出したと同時、卜部が身に纏っているアウルの輝きが一際強くなる。
そして、夕方と同じ動作で同じ術技を放つ――が、その威力は、人差し指の先から迸っている黒電の量、そしてなにものをも塗りつぶしてしまうような、その昏さを見れば、前回とは気合の入り具合の違いが分かるというものだろう。
空間を引き裂きながら突き進んだ黒き稲光は、鉄球に直撃し、――今まで傷ひとつ付けられなかったその表面に、焦げ跡を残すことに成功した。
「結構本気だったんだけどね……やっぱり硬いわねえ……」
「……流石に、少しは緊張するよね」
苦笑しながら言う龍崎に、
「爆発攻撃を受けた後は防御で硬直している暇はないようだな…………あれより強い攻撃が、あれより多量に来る」
眉根を寄せながら月詠が返す。
「ど派手だなあ……俺もあれに負けねえように気合い入れなおさねえとなあ……!」
卜部の攻撃を見て、向坂は顎に手をおいて呟く。
「頑張ろうとするのもいいけど、スキルの残数には気をつけようねっ」
それを聞いた藤井が、ウインクをして眼から星を飛ばしながら茶化してくる。
「……わーってるよ。それよりほら、鉄球。見てみろよ? そろそろくるぜ?」
口端を吊り上げ、口元を弧に描きながら、顎で鉄球を見るように促す。
藤井が鉄球を見てみると、それは、回転していた。横へ。ゆっくりと。
「あっ、本当だ。確かに、そろそろ、だね」
その鉄球の横回転は、藤井と向坂が警察から聞いた、白光攻撃の予兆であった。横方向への回転が重要なものだとは思っていなかったらしく、警察も学園に報告しなかったそうだ。
回転の速度が、警察が撮影していた動画で確認した、発光する直前の速さに到達する直前、藤井は注意を促す。
「今だっ!! 来ますっ!!」
叫びと同時、龍崎が丹田に力を込め、龍崎と月詠の身に、青い光が纏わせる。
そして、二人が防御態勢に入った直後。鉄球が、発光した。
ほとんど音もなく繰り出されたその攻撃は、しかし、話に聞いたものと同じような威力を発揮し、後衛の三人まで、肌がちりつくように熱いその余波が届くほどだった。。
しかし、巧に攻撃を防いだ龍崎と月詠は、重症を負うことはなかった。
防御後、月詠はカウンターを繰り出す。
左腕に万物を照らすような光を、右腕に森羅万象を呑み込むような闇のオーラを纏わせる。そして、それを鉄球へと豪然と突き出す。
「はあっ!」
轟音を伴って鉄球にぶち当たったその突きは、これまで絶対的な防護を誇っていたその球に、遂に二つの大穴を残した。
直後、月詠と龍崎は飛び退く。
なぜなら、真紅に輝いた鉄球が、同じく赤熱している鉄球へと、落下してきているからだ。
橋場の攻撃は、鉄球に大きな窪みを残すことによって、月詠に引き続きダメージを与えることに成功する。
「威力を通せなかった借りは返しましたの」
後衛組も攻撃を開始する。発光する直前に掛けておいたサングラスを外しながら卜部は、アウルによって作られた爆炎を放つ。使えなくなったら、先までの黒電に変えるまでだ。
「今度は焦げるだけじゃ足りないかもね……?」
向坂は、月詠が残した孔を突き通すように巨大な矢を連射する。
「今度はっ、貫くっ!」
藤井は風を操り、掌にそれを収束、鋭利な緑風の刃となった無数のそれを解き放ち、鉄球を切り刻む。
「風の刃で切り裂かれろっ!!」
藤井の一つ一つの刃が削る量は少ないが、それが大量にあるので、他の者の攻撃と相まることもあり、結果として鉄球は見るも無残な姿になっていく。
鉄球がただの鉄の破片になり、再度動くことがないことを確認した一行は、ようやく攻撃の手を止めた。
「やっと終わりましたの。流石に骨が折れましたの」
橋場は疲れをみせずにそんなことを言い捨てる。
「なかなか大変だったね……皆大事なくてよかったけど」
龍崎が返事といえるかどうか微妙な返事を返す。
戦闘の影響で、公園としての面影を残していない、公園だったものを振り返りながら向坂は呟く。
「こうなっちまうと、もうこの公園も朽ちていくだけだろうな……」
龍崎と月詠が負ったダメージは戦闘後、龍崎によって癒やされ、傷が残ることはなかった。
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後日、荒廃の一途を辿るだろう公園に、一人の男が訪れた。その男は脇に花束を抱え、それを唯一原型を留めていたシーソーの近くに、そっと、置く。
「安らかにお休み♪」
その公園はどういった理由かは不明だが、市によって再建されることが決まったそうだ――