●決戦の場はここ
岸壁に立つ御子柴 天花(
ja7025)の髪を、服を、夏の風がゆらしてゆく。
「こ〜みえてもあたい、水族館にはちょっちうるさいんだよね」
ビシッと白亜に輝く水族館の外観へと指をつきつける。何をどうすれば水族館を百倍楽しめるかは判っている。
「よし!」
気合いも充分、勇んで正面へと廻る途中……それはあった。
「おっちゃん! かき氷! イチゴ味で!」
集合場所に着いた途端、神凪 宗(
ja0435)の目に映ったのはてんてこ舞いする栗栖玲(jz0060)だった。
「自分が手伝おうか?」
「マジ? やー助かった」
すがりつくような目の玲にがっしりと腕を掴まれ『幹事腕章』をピンで留められた。
「中で困ったらこの幹事さんに相談するんやで!」
玲にそう言われ、少しだけ手伝いつもりだった宗の目論見は泡の様に儚く消えてゆく。
「うむ。その時は頼りにしている」
点呼を受ける天使娘の耳元にそっと――あれは物凄いぞ――と告げるのが精一杯だ。
「ホントに天使なんだな……」
木花 小鈴護(
ja7205)はクリスティーナを見つめ、視線が合った気がしてあわてて目をそらした。上手く言えないけれど、不思議な人だと思う。
「どうして学園に来たんだろうな」
聞いてみたけど、聞く勇気がない。そうこうしている間に点呼は済み、各自水族館の中に入っていく。
「どう考えても……アレだな」
鳳 静矢(
ja3856)は溜息をついた。伝説の真実を知ったクリスティーナが心配で同行する。
「以前の封都作戦以来か。久しぶりだねぇ」
「久しいな。息災そうだな」
途中、静矢は売店に立ち寄り小さなペンギンのキーホルダーを2つ求める。
「……多少は良い思い出になるか?」
ひとつは妻の土産にでもしようか。問題はクリスティーナが新たな情報を得ていないことだった。これは難航するかもしれない。
「興味があるから、付いていってもいい?」
青い瞳を輝かせる月臣 朔羅(
ja0820)にクリスティーナはすぐにうなずく。さっそく朔羅はスマートフォンで検索するが、ヒットするのは神話や伝承、ゲーム内での鳥ばかりで、水族館にいそうな存在はない。
「困ったわね。気長に探してみるのなら、折角だしここでしか見られない生き物とかも見ていかない?」
「そうだな」
他に探す手段もない。朔羅の提案を素直に受け入れ、片端から見て回る事にした。
●白亜の水族館
「やー助かったわ。この恩は忘れへんで」
大袈裟に両手を握りしめる栗栖玲(jz0060)に見送られ、リョウ(
ja0563)は水族館の中に入っていった。勿論、左腕には『幹事腕章』だ。外で遅れてきた者の対応をするのだという玲の言葉にも一理あるし、乗りかかった船なので断り切れなかったのだ。だが、水族館の中では特にトラブルもない。
「2人ともここにいたんだな」
リョウは薄暗い大水槽の前に佇む楯清十郎(
ja2990)と楠 侑紗(
ja3231)の姿を見つけ声を掛けた。
「あれ、リョウさん……えっと今日はお疲れさまです」
腕章を目にした清十郎はペコリと挨拶をする。侑紗はといえば全身カブトガニグッズに埋もれている。
「知ってますか? カブトガニってすごく可愛いんです」
第一目的だった深海魚のコーナーも見て回ったのだが、お土産として並んでいたのはカブトガニだけだった。それでキャップ、バンダナ、ストラップ、シールとあるだけ全て買ってうきうきしながら大水槽にやってきたところだという。
「すごいですね。ただ泳いでいるだけなのに圧倒されます」
「ほんと……見てると引き込まれちゃいそう。って、リョウさんって幹事さんなんですか?」
「……押しつけられた。よかったら一緒に行こうか?」
もうすぐペンギンのショーが始まる。3人は仲良く連れ立って歩き出した。
ユウ(
ja0591)朝から1人異彩を放っていた。
「よく入り口で止められなかったな」
十八 九十七(
ja4233)は何気なくいう。連れであるユウの服がペンギンの着ぐるみであるということよりも、寝坊で朝食を摂れなかった事の方が重大だ。
「これを着ていくべきだって天がわたしにささやいてた」
「あー……マダイにヒラメ。煮付けにすると、こう、白いご飯と合うと言いますか」
空腹で脳に栄養が廻っていない……気がする。
「……ツクナ、水族館の魚を食べないのは常識だよ?」
「どうして?」
非常識な服装の人と非常識な会話を楽しみつつ九十七はのんびりと聞き返す。
「……ん、あれを口に入れると『麻痺』『毒』『朦朧』『認識障害』『封印』にかかる」
「そうか。それは困るな」
飲食店に立ち寄ったりはせず、魚の調理法や食べた時の悪影響を言い合いながら水族館の中を見て回っている。生真面目なのか、それとも突き抜けて『妙』なのか。
「…………おもしろい……」
眼鏡の位置を神経質そうに直しながら、水槽を隔てるガラスに顔をくっつけんばかりにして熱心にのぞき込んでいる樋渡・沙耶(
ja0770)の姿はもう20分ほども同じ場所から動いていない。熱中している沙耶には周囲は全く感じられず、視界の中にある毒を持つ海蛇のしなやかな動きに魅入られた様に見つめている。
「沙耶さん」
沙耶が無心に水槽を眺めていられるのは影ながら守る麻生 遊夜(
ja1838)のおかげだった。その眼力だけで数多の男達と騒ぐ客達を撃退している。
「……すまないが道を聞いても良いか?」
背後から声を掛けたのは伝説の鳥を探すクリスティーナだった。遊夜が警戒していた方角とは逆からの接近に虚を突かれた……と、刺すような視線を感じた。
「沙耶さん!」
「……」
沙耶は遊夜を冷たい視線で見つめると、ぷいっと顔を背け足早に行ってしまう。
「あ、あの……・沙耶さん?」
遊夜は慌てて沙耶を追った。
「フグかわいいー」
水族館に来たのは何のためかと聞かれれば合コンではなくフグのためだ。木ノ宮 幸穂(
ja4004)は朝からフグの水槽に張り付いていた。テレビなどで見る威嚇し膨れあがったフグではない、かなりスリムでけれどどこかバランスが悪そうに泳ぐフグはなんとも愛らしい。けれど幸穂はやりすぎた。
「一口に魚といっても色々いて綺麗ですね。泳ぐというより、飛んでいるように思いませんか?」
久世 篁(
ja4188)は通りがかったクリスティーナに言う。
「なるほど。泳ぐ、飛ぶ。良いヒントだ」
立ち止まっていたクリスティーナは礼を言って方向を変えまた足早に移動してゆく。
「あとは常塚さんにお会いし……はっ!」
篁はうずくまる少女の姿を発見した。同じ学校の……たしか。
「木ノ宮さん! しっかりしてください」
「う……気持ち悪くなってきた」
幸穂は篁に助けられ救護室へと向かう。
どうにも人混みが苦手なニオ・ハスラー(
ja9093)は出来るだけ大きな展示や人気のショーには近寄らず、マイナーで小さな展示を中心に廻っていた。空いていれば説明文などもゆっくりじっくり読む事が出来る。クラゲやヒトデは意外に人が集まっていたので、ウツボを中心に見て回る。暗いところを好むためか展示スペースも照明が落とされ、夜の珊瑚礁をイメージしている様だ。
「へえぇぇ! ウツボってウナギの仲間なんだ! っぱねぇっす!」
食べられるのかなぁなんて考えしまって思わずお腹が空いてきた。
「あ、あれトンネル水槽ですよ」
相楽 空斗(
ja0104)はごく自然な挙動で東雲桃華(
ja0319)へと手を差し出す。逆に桃華の動きは不自然に固まってしまう。伸ばしきれずに途中で止まった手はごくあっさりと空斗の手の中におさまってしまった。
「ぁ……」
「次はあそこに行きましょう」
緩やかに手を引かれ入り込んだ水のトンネルには降り注ぐ陽の光がゆらゆらと波紋を落とす。どうしよう。こんなに沢山の人がいるのに、まるで二人っきりで水の中を漂っているみたいで……頬が熱くて恥ずかしくて顔があげられない。
「きゃっ」
立ち止まっていた空斗の背に勢いよくぶつかりバランスを崩した。転ぶ! と、思ったけれど衝撃はまったく別のところからやってきた。
「あ、あく……と?」
空斗の腕が桃華の背と腰を支えていた。
「――おっと。魚、綺麗ですもんね。見とれちゃうのもわかります」
ちゃんと礼を言えたかどうか、桃華はあたふたと体勢を立て直す。
「みらい!」
携帯電話と肉声、両方で名を呼ばれ、安堵と切なさで天音 みらい(
ja6376)の胸は痛いくなる。
「ごめんなさい、はぐれちゃって……虚くん」
語尾は震えていないだろうか。こうして一緒に水族館に来てくれて、携帯の番号やメールアドレスを交換しあっても、本当はどう思われているのか心配になる。
「こちらこそすみません。でも、よかった」
携帯電話の通話をオフしながら空蝉 虚(
ja6965)は笑顔を見せる。普段とは違う清楚な私服姿のみらいの姿は何度見てもドキリとする。
「あぁ……色んな魚が泳いでますね」
丁度そこは熱帯魚のコーナーだった。照れ隠しに魚へと視線を向けた虚の隣でみらいが歓声をあげる。
「ね! 見て見て! きれい!」
虚の袖をくいっと引きもっと奥へと走り出そうとする。
「転びますよ?」
袖を捕らえた手を反対の手でギュッと握る。
「ほう、すいぞくかんとやらは初めてじゃ、飛ばない鳥。そのようなモノもおるのか」
ザラーム・シャムス・カダル(
ja7518)は普段通りの尊大な様子で言った。当人には最近流行の『上から目線』である認識はなく、ごく自然な物言いだ。
「昔、絵本で見たかも。それよりシロクマ見に行こうよ、シロクマ!」
小さな水兵さんっぽい服の姫路 ほむら(
ja5415)は快活な女の子にしか見えない。
「走ると転ぶぞ!」
「平気だよ、はやくはやく!」
小柄な身体を活かして人混みをくぐり抜けたほむらは白熊の前で盛大な歓声をあげる。
「うわー! 本物すげー! でけぇ! かっけー!」
少し遅れてザラームも到着する。キラキラと輝くほむらの少年らしい瞳……それには一見以上の価値があるが、出来ればその瞳はクマや魚ではなく自分に向けて欲しい。
「のぅ姫路殿、確かにこやつらもブロック肉や切り身よりはずっと見栄えは良いが、わらわ程ではあるまい?」
「お、シロクマだ!」
看板をいきなり駆けだした雪室 チルル(
ja0220)が大きなガラスにかぶりつく。その向こう側にはぐったりと横になったまま動かない白い毛皮に覆われた小山の様なオブジェがある。首から提げたカメラを構えたチルルだったが、力なく腕を降ろす。
「シロクマ?」
「シロクマだね。なんとなく動物園って思ってたけど水族館にもいるんだね」
感心したようにうなずくグラルス・ガリアクルーズ(
ja0505)の隣でチルルは不満そうだ。これでは被写体として不十分なのだろう。変顔などしてみたが変化がないので丈夫そうなガラスをドンドンと叩いてみるが、すぐに係りの大人に叱られて退散することになる。
「折角来たんだし、記念にお土産でも見てみようか?」
「……うん!」
シュンとなっていたチルルの顔が再びぱあっと明るくなるのをガラルスは微笑んで見つめ、あっちだよと売店の方を指さした。
「伝説の生き物って何なのでしょうね?」
「わからない」
ファティナ・V・アイゼンブルク(
ja0454)が尋ねるとクリスティーナは堅い表情で言った。美しい銀髪の2人だが、無造作なクリスティーナとは対照的にファティナの髪には美しい髪留めが輝いている。
「天魔だけの存在かと思いました」
「名は体を表す……そのままだな」
白クマの前で2人はプレートの名と説明を目で追う。
「あれ!」
ファティナが指さすその先には……鮮やかな赤い髪の少女が走ってくる。
「アイゼンブルクさん、カーティスさん! 一緒に廻りませんか? 伝説の生き物を探しに行きましょう!」
息を切らせながらゾーイ=エリス(
ja8018)は言う。どうしても間近でクリスティーナの反応が見たかっった。
「エリスさんも来ていたんですね」
「はい。ここの生き物はどの子もと〜っても可愛いのですよ〜」
ゾーイは歌うように言う。
「海藻に擬態してるのか、面白いな……」
小鈴護は水槽に顔を近づけじっと見つめている。
千葉 真一(
ja0070)が真っ先に目指したのはペンギンだった。
「映像じゃない、本物のペンギン見るの初めてなんで楽しみだぜ!」
「ペンギン可愛いよね」
「本当に……癒されますね」
いつの間にか隣で高瀬 里桜(
ja0394)が笑っているし、エイルズレトラ マステリオ(
ja2224)は物珍しそうな様子で辺りを見回している。時折表情が微妙にゆるんだり頬が紅潮しているのは、意中の人物の事でも思い描いているからなのだろうか。
「山の自然もいいけど、こういうのも面白いな」
「うん! 水族館って普段体験出来ない世界を見れる感じがして好きー♪」
更にはイルカやアシカのショーを満喫しラッコ館で見慣れた人物の後ろ姿に遭遇する。
「やっぱり二人とも目立つね〜」
並んでラッコに見入っているルドルフと智の後ろ姿を眺めながら沙 月子(
ja1773)はしみじみと呟く。さすがに絵になる風情といったところだろうか。
「やけに血走った眼のオニーサンが多いけど、とりあえず……」
大声で2人の名を呼ぼうと息を吸い込んだ途端、月子は背後から引っ張られた。
「え!?」
「駄目だよ! 2人の邪魔しちゃ!」
「そーそー。コレでも喰って俺達と廻ろうぜ」
里桜が眉をあげて叱りつけ、真一手製の握り飯が更に月子の口に押しつけられる。
「美味しい……でも、でも!」
「……ジンベイザメに餌やりたいくないですか? さぁさぁ行きましょう」
エイルズレトラがどこからともなく差し出した小さなバラについうなずく月子。
「泣いてないで教えてくれるかな?」
無造作に束ねた髪を手ぐしでわずかに整え、しゃがみ込んだアニエス・ブランネージュ(
ja8264)は泣いている子供の目線で話しかける。同じ水族館の客であるアニエスに子供を保護する義務はないが、親とはぐれて泣いている子供を放っておけるほど冷たい人間ではなかった。
「係員にお願いするのがいいんだろうが……見当たらないな」
回りに見えるのは人だらけで展示の水槽もよく見えない。
「よし、私が肩車をしてやろう。親がいたら教えるのだぞ、わかったな?」
泣いていた子供がコクンとうなずくと、アニエスは小さな掛け声とともに抱き上げた。
「智は見たい子いるか? 俺様はラッコさんが見たいんだが」
驚きの爽やか笑顔でルドルフ・フレンディア(
ja3555)は水族館のマップを示す。そこには海獣館に二重丸が記され、自由行動になると軽快な足取りで移動していく。
「遅いぞ!」
「もう、にーさんたら子供みたいに!」
水族館が嫌いなわけではないが、どうして海獣一直線なのだろうとは思う。だが、そんな神林 智(
ja0459)の思いは一瞬で吹き飛んだ。
「うああなにあれ可愛いいい! ときめいて死ぬっ!」
どれもこれももだえ狂うほどの可愛いではないか。
「ラッコは陸海どちらでも棲息できる唯一の現生種なのだ。道具を使ったり家庭を築いたり、独特な生態系を持つのだよ。あ、あれ好き。かわいーよな」
陸を這う姿に陶然とするルドルフの隣で智も滅多に見せない表情をしている。いつしか2人は手を繋ぎ時間を忘れて見入っていた。
「うーん! 夏はやっぱり水族館ですねー!」
海獣コーナーに入り浸りの丁嵐 桜(
ja6549)はしみじもと言った。種族が違うとはいえ、どうしたらあんなに立派な体格になれるのだろう。
「とにかく食べる……かな?」
そう考えると途端にお腹が減ってきたような気がする。
「えへっ、腹ごしらえしたらまた来るね」
名残惜しそうに手を振り、アザラシカレーかセイウチカレーなんてあるかなぁと怖い想像をしながら歩き出した。
背中同士がぶつかった。戦時下ならば双方共に絶対にしないだろうが、ここは水族館だ。
「今のは私が悪かった」
「いや、私も気がゆるんでいたのだ」
京都で共に同じ戦場を駆けた泉源寺 雷(
ja7251)と烈堂 一葉(
ja0088)の奇妙な再会だった。互いに礼儀正しく生真面目でどこか古風な挨拶を交わした後、双方が見ていた動物の話題になる。
「ラッコ? 随分とかわいい趣味をしているのだな?
「……ラッコが好きで悪いか?」
「あぁ、他意は無い。許せ」
まだ不快そうな一葉に雷は一緒に見て回る事を若干丁寧な口調で提案する。
「そうだ。これを受け取ってくれぬか? 私は使わぬからな」
雷が差し出したのはラッコの携帯ストラップだった。激甘チョコレートの景品だったので手が出なかったのだが、どうやら雷は気にしていないらしい。
「……あ、ありがとう」
「やっぱり白くまだよね〜」
ガラスの向こうで微妙にベージュ色が混じる巨大なくまが寝そべっているがバテ気味の様だ。
「まぁ暴れちゃうよりも安全かな?」
そんな事件をニュースで見たような遠い記憶を探るのを止め、一色 万里(
ja0052)は小振りなバッグからデジカメを取り出す。手を目一杯伸ばして自分と白くまとのツーショット写真をゲットすると、満足げにカフェの方へと歩き出す。こんな真夏日には涼しいのが一番。
「かき氷! 青いやつでよろしく!」
●イルカ・スプラッシュ
「子供の頃以来やんな?」
幼子の様に手を繋いで前を歩く義弟妹に月岡 華龍(
ja5306)は目を細める。
「人が多いわね。人酔いしそう……」
「魚……美味そう」
「とりあえずショーやな。えぇ時間や」
華龍は今一つテンションの上がらない月岡 瑠依(
ja5308)と常日頃からテンションがあがらない月岡 朱華(
ja5309)の背を押すようにして前に進む。
「やっぱり、アシカやイルカのショーは人気よね……」
ここでも満員御礼の観客席に琉衣は再度溜息をついた。
「アシカ……って、食える?」
見てきた魚類全て食材として認識してきたのか、朱華の腹から盛大に空腹を訴える音が響く。
「そうやな〜。アザラシは食べるとこも……って、あかん!」
左右の義弟妹に華龍は律儀で丁寧なツッコミをいれているとすぐに開演時間になる。
「瑠依……濡れるって」
「瑠依、あんまり前に行くと濡れるで〜」
「おそ〜い! 龍兄も朱華も遅い!」
びしょぬれになった3人は文句を言いつつも笑いあう。
「後で土産も買うか。お兄ちゃんがぬいぐるみでも買ったるか」
「やめて龍兄! 私達もうハタチだからね!」
「……食べれないの……いらない」
「え〜」
あからさまにガッカリする華龍の頭を朱華がポンポンと手を乗せ慰める。
「食べられるものなら……欲しい」
「わ、私、ペーパーウェイトが欲しいなぁ」
「そうか、そうか。兄ちゃんに任せとき!」
満面の笑みを浮かべる華龍の顔にまたもビックウェイブが襲ってきた。
「最初はやっぱりイルカショーかな〜?」
単独行動の岩崎澪(
ja1450)は独り言が少し大きな声になってしまう。1人は寂しいけれど、ほぼ満席のイルカショーでも席を確保出来る。前から3列目でラッキーだった……と、思った数分後、大量の水がかかりびしょぬれになった。下着にまで水が染みて気持ち悪い。途端に濡れて色々見えてはいけないものが透けてしまっている事に気が付いた。
「あ……きゃっ!」
慌ててタオルで隠した澪は悲鳴をあげトイレに直行した。
瑠璃堂 藍(
ja0632)と神和 雪見(
ja3935)はパンフレットにじっと見入る。要チェックなのはイルカショーの時間だ。
「全部見て廻りたいですけど……」
「私は、イルカのショーが一番見たいかな。雪見ちゃんは見たいものはある?」
「私もです」
昼前の時間はもうすぐ始まってしまう。走っていくよりはと早めの食事にすることにした。あまり人のいない芝生の上にシートを広げ、互いに手製の弁当を広げる。
「ありがちな中身でごめんなさいですが……」
雪見は恥ずかしそうにしながら披露する。けれど藍の目から見れば自分の作ってきた物よりもずっと手がこんでいて美味しそうだ。
「いつもより美味しく感じるわね」
「はい」
おかずを交換しあったりして食べる弁当は想像以上に楽しい。気がつけば午後のショーが迫っている。
「お土産は後で選びましょう」
「はい。楽しみです」
手早く後かたづけをすると、楽しそうな足取りで水族館の中へと戻っていった。
「えっと……次は、そっか、もうすぐイルカショーなんだ。ここからは少し距離があるし、そろそろ行こうか」
余裕そうな笑顔を心掛けつつも笹鳴 十一(
ja0101)の心の中はいっぱいいっぱいだった。今日の水族館デート――そう、これはデートなのだ――を初めて訪れるというアンネリーゼ・カルナップ(
ja5393)に楽しんで貰いたい。彼女の笑顔を見るためならなんだって出来るのに、上手くエスコート出来ているのは不安になる。今もこの差し出した手を握り返してくれるだろうか。
「……そう、いや、そうね。この人混みでははぐれてしまうかもしれないし」
心中穏やかではいられないのはアンネリーゼも同じだった。手を重ねたら早鐘の様な鼓動を十一に知られてしまうのではないか。けれど一生懸命な十一の気持ちがアンネリーゼの心を解かしてゆく。自然と笑みを浮かんでくるのだが、それはまだアンネリーゼ自身にもわかっていない。
「行こう、リーゼ」
2人は連れだって歩き出した。
「いきなりおねがいしてごめんなさい」
夏らしく清しい青の装いながら、やや浮かない表情の獅堂 遥(
ja0190)はやっとの事で言葉を紡ぐがそれは哀しげな詫びの言葉だった。
「気にすんじゃねぇよ。それよかその……おっ霧か? 珍しいじゃねぇか……って1人か?」
島津・陸刀(
ja0031)はすぐ前をゆく車いすに座った旧知の少女へと気さくに声を掛ける。
「……島津様」
振り返った御幸浜 霧(
ja0751)は年齢よりも大人っぽく落ち着いた表情で微笑みかける。ここで会ったのも何かの縁と3人は連れだって水族館を廻る事にする。大小様々な水槽をのぞき、イルカショーでは盛大な水しぶきから遥と霧を庇った陸刀がずぶ濡れになる一幕もあり……今は輪になって中庭で遥と霧の手製の弁当を広げている。
「それにしても先ほどは驚きました。ふふっ、かような事は良い人にするもの。一人や二人、島津様にはおられぬのですか?」
「……・いねェよンなモン」
ぶっきらぼうに言い捨てる陸刀にどこか上の空の遥は曖昧な笑みを浮かべている。その2人を見比べた霧は午後からは何を見ようかと話題を変えてみる。
「好きそうだもんな、ミシェル」
「こっち! 前の方がいいよっ」
ミシェル・ギルバート(
ja0205)は癸乃 紫翠(
ja3832)の手を引き、ずんずんと前の方へと進んでいく。イルカショーの客席はほとんど埋まっていたが、最前列にだけ空きがある。その理由は――
「きゃーっ、お水ざっぱーんっ♪」
空中に舞い上がったイルカの着水で盛大に水しぶきが客席の前列を襲う。
「あー……」
「ふっ。こんな事もあろうかと、タオルは用意してあ……るけどぐっしょぐしょだしー」
紫翠は一瞬でションボリとするミシェルの頭を撫で顔を寄せて笑う。
「思い出にハプニングはつきものだ。だから、元気出せな」
「うん!」
びしょぬれのまま2人は肩を寄せる。
午前中は一通り水族館の展示を見てまわり、少し早めだったが弁当を広げる。そして午後……イルカショーが開催される。
「流石はイルカさん。お見事なのですよ〜」
「はわっ〜。イルカさん、すごいのですよぉ〜」
揃いの巫女装束を着た神城 朔耶(
ja5843)と各務綾夢(
ja4237)はジャンプやボール投げ、片手をあげた挨拶や高い鳴き声にも歓声をあげる。
「ショーが終わったら握手が出来るみたいですよ? 行ってみますか?」
「握手! してみたいのですぅ。イルカさん、可愛いのですぅ」
「お写真は任せてくださいね」
そこにざば〜んと盛大な水しぶきがかかる。一瞬で水浸しになった2人は呆然とし、次の瞬間お腹を抱えて笑い出す。
「びっくりですぅ〜」
「そうですね。びっくりしました」
朔耶と綾夢は顔を見合わせてまた笑った。
●大水槽の前で
「わぁ〜」
思わずエヴェリーン・フォングラネルト(
ja1165)は歓声をあげた。薄暗いホールから望む水槽はまるで太陽の光を浴びて輝く南国の海の中のようで、群れをなして泳ぐ魚たちと、それに混じってゆったりと進むサメやエイは迫力満点だ。強く惹かれたエヴェリーンは思わずガラスに手をつきかけ、寸前で止め慌てて引っ込める。
「くらげさんも綺麗でしたけど、ゆったり泳いでる姿を眺めるのもいいですね〜」
飽きることなく大水槽を見上げる。
動物は最も快適な場所を瞬時に探し出しそこを拠点にするという。高虎 寧(
ja0416)に野生の本能が備わっているのかは定かではないが、今彼女がいるのはこの水族館で最も大きな水槽を一望出来る大きなホールだった。程良く照明が落とされていて、ライトアップされた水の中でゆったりと泳ぐ魚たちがよく見える。
「意外に心地いい〜」
ずるずると姿勢が下がり横倒しになる。ここで寝たらどんな夢を見るのだろう。ゆっくりと瞼が下がり紫の瞳を覆っていった。
不破 イヅル(
ja1167)は真っ先に水族館の中で最も広いホールにやってきた。ほどよく空調が効き、程良く薄暗いここは休息するには最適の場所と言って良い。しかも見物客の数よりもベンチの数が多く、怠惰な猫の様に寝そべっていても罪悪感を感じない。
「ずっとここに居るか」
ペンギンだけは見ておきたいと思う気持ちもあるが、鉢合わせしたくない相手がいる。
「ま、どうでもいいか」
少し体勢を変えると、イヅルはまた居眠りしているかのような姿勢をとった。
大水槽を見上げる。こんな風に海の底から太陽を憧れる人魚の様に水の中を見るのが好きだった。
「小学生の時以来じゃねーの?」
避暑目的で参加した松原 ニドル(
ja1259)だったが、昔の思い出が幾つも浮かんでは消えてゆく。
「…………」
ニドルは首を左右に激しく振り、両手の平で両方の頬を叩く。
「うし、気分転換に何か食いに行こうっと」
落ち込むなんて柄じゃない。何か喰って土産買ってもう帰ろう。ニドルは売店へと足を向けた。
黒百合(
ja0422)は彼女自身がたゆたう魚であるかのように、迷路のように入りくんだ水族館の中をあてもなく歩いていた。
「生存競争の世界から隔絶された場所はさぞかし楽でしょうねェ……安全・安心、三食昼寝付きィ、って所かしらねェ?」
人間の娯楽施設……少し贅沢な見せ物小屋に違いない。魚たちは幸せなのだろうか。
「ほむゥ……なんだか気分がブルーねェ、私には合わないのかしらァ」
ぼんやりと大水槽を見上げながら黒百合は溜息をついた。
●伝説の鳥
「どうせなら全部見て廻るつもりで行こうか。名物とかあったら食べてみたくなるだろうし」
あちこちの店で昼食を摂るつもりのソフィア・ヴァレッティ(
ja1133)は荷物も少なく、ほぼ手ぶらに近い軽装だ。ただ、下調べは念入りに行ったらしく、全く無駄のない動きと順路で正確に端から見て廻っている。
「さてと……次はペンギンコーナーだよね」
ほんの少しだけ笑みを浮かべ、人だかりのする方へと足を進める。
「おー被写体がいっぱい。水族館もやっぱり良い……」
360度全方向に視線を巡らせ常塚 咲月(
ja0156)は恍惚と呟いた。だが、こうしてはいられない。描きたい物は数限りなくあるのに時間は有限なのだ。
「イルカはあっち。ペンギンは向こう。熱帯魚コーナーはこっちだ」
事前に完璧な予習をしてきた相川 二騎(
ja6486)が咲月に尋ねる。
「ありがとう、相川君!」
まずは泳ぐ魚を描くのだという咲月を二騎は最短コースで案内し、続いてイルカ、ペンギンへと誘導していく。
「ペンギンっ!」
これだけは絶対に見たかったからつい二騎は前に大きく身を乗り出し、咲月はスケッチブックを広げて鉛筆を走らせる。
「すごいな」
「相川君も書いてみる?」
2人は並んで座り、身体を左右に振って歩くペンギンのスケッチに没頭した。
「ほわぁ 活き活きした絵なのです♪ 凄いです」
「あ、こんにちは。市来さん」
緋毬は咲月達の絵を褒めると、連れに呼ばれて走っていく。
「ペンギンさんですー♪ 黎さん見てください。とても可愛らしいです」
市来 緋毬(
ja0164)は明るい茶色の瞳を輝かせながら言った。
「他の動物には無い、独特の風格があるよねぇ」
緋毬に同意しながらも、常木 黎(
ja0718)独自の格付けではペンギンよりもはるかに緋毬の方が可愛らしい。
「ほぁぁ ペンギンさんはお早いのです」
「“飛ぶ様に”とは言ったもんだねぇ」
「昔はマンボウやエイ、マグロを見たか」
遠い記憶を辿り天風 静流(
ja0373)は青を基調にした廊下を進んでいた。どれも食用の魚だと思ったのは小腹が減ってきたからだろうか。
「クリスティーナ君じゃないか。うん? まだペンギンを見ていないのだろうか」
赤唐辛子の絵が踊るメキシカン料理の店から出て、左右を見比べ右へと向かうクリスティーナは見事なほどにペンギンから足早に遠ざかっている。
「話は今度にするか」
静流は手近な喫茶店へと入っていった。
「一体何年ぶりでしょう」
遠い記憶を思い起こしながら紅葉 公(
ja2931)は1人静かに順路を進んでいた。大勢で楽しむのもいいが、たまには一人でのんびりと見て回るのもいい。定番の生き物を見て廻ったあと、ペンギンへとたどり着く。
「可愛いですよね」
独特の体型から繰り出される全ての仕草はクリティカル級に愛らしい。ふと何か忘れているような気がしてきた。
「きっとたいしたことではないのでしょう」
「やっぱりペンギンは可愛いね、シーちゃん」
「はい。可愛いです」
戸次 隆道(
ja0550)は傍らに寄り添うように立つ神月 熾弦(
ja0358)へと言った。互いに自然に笑顔となるのは、やっぱり鳥が好きだからだろうか。
「きっとクリスティーナさんが探している鳥って……ですよね」
熾弦はちょっと声を潜めて言う。辺りに彼の人の姿がないのはまだ鳥の正体をわかっていないからなのだろうか。
「きっとたどり着くよ。えっと、その……写真撮らない?」
「はい」
2人は背後にペンギンが入るよう何度かチャレンジし、3回目に会心の1枚をゲットする。
「先輩、喉が渇いたら言ってくださいね。紅茶を淹れてきたんです」
「あ、ありがとう……えっと、イルカショーの時間だから、行こうか」
「はい!」
熾弦はまたねとペンギンたちに別れを言い、隆道と連れだって歩き出した。
「晃ちゃん! ペンギンさんですよ、可愛いですね」
弟を背から抱きしめるようにしつつ七瀬 桜子(
ja0400)はうっとりと微笑んだ。至福の一時だ。
「うん! すげー! 滑ってる! かっけぇ!」
七瀬 晃(
ja2627)も瞳を輝かせる。ペンギンを抱っこするイベントでも2人は物怖じせずに手を伸ばす。
「姉ちゃん服服、濡れ透けしてる」
「え?」
いつもと変わらない桜子の服はペンギンの形に濡れていて、微妙に透け感がアップしている。
「もう、晃ちゃんはえっちですね」
「つめっ! 姉ちゃん俺も濡れちゃうって」
「大丈夫ですよ。ペンギンさんよりも晃ちゃんのほうがずっと可愛いですからね」
桜子の胸に抱かれた晃は口では文句を言いながらもさほど抗っていない。やっとのことで優しい抱擁から逃れると胸を張った。
「姉ちゃん、今度は海かプール行こうぜ」
「いいですよぉ。きっと行きましょうね」
桜子は大きくうなずいた。
「これってデートかなぁ……」
ペンギンを眺めつつ高樹 朔也(
ja4881)はつぶやく。大好きな松永 聖(
ja4988)、セイちゃんは一緒に来てくれたし手も繋いでくれたけど、本当に楽しんでいるのかな。
「どこ見てるのよ。ペンギンはあっちでしょ!」
セイちゃんが顔を真っ赤にして怒ってる?!
「ご、ごめん! あの……可愛いなって、さ」
セイちゃんが……って言えなかったけど、セイちゃんはもっと赤くなっ横を向いた。怒ってたんじゃないのかな?
「もぅ! ペンギン見に来たんでしょっ」
あっち向きなさいと手を添えて僕……じゃなくて俺の顔を横向きに直す。
「可愛いね、サク」
聖は思う。いつからサクはただの幼なじみではなく、少しだけ気になる心をざわめかせる存在になったんだろう。
「うん、可愛いよ、セイちゃん」
またこっちを見てる。バカっ……でも、まぁいいか。聖は視界の端に朔也を感じつつペンギンへと視線を向けた。
「私は構わないが……静大丈夫か?」
ごく自然に相手を気遣う言葉が出る。
「ええ。ほら、冷たい紅茶も持って来たんです」
心配そうに見つめる音羽 紫苑(
ja0327)へと礼野 静(
ja0418)は笑ってスリム型の水筒をかざして見せる。
「わかった」
うなずいて先導しながらも紫苑の目は絶えず周囲へと気を配っている。姫君を守る騎士のように、世間知らずの静をあらゆる事から守るつもりだった。
「カーティス様が仰るのはペンギンの事でしょうか?」
そんな紫苑の思いにはついぞ気付かず、静はのんびりと呟く。とはいえ静も実際にペンギンを見た事はない。
「一足先に見に行ってみるか?」
「嬉しいです」
静の笑顔につられたように紫苑の頬にも笑みがこぼれた。
「伝説の鳥についてこんな話を知っているか?」
大城・博志(
ja0179)は上機嫌でクリスティーナに語りかけた。
「彼らの中にはキングと呼ばれる種族がいてね。キング達は氷雪吹きすさぶブリザードの中、2ヶ月以上も絶食をして子孫を守ろうとするのだそうだよ」
博志は表情を引き締め表情から笑いを消して語る。嘘を言うつもりはないが『間違ってないけれど正しいとも言い難い知識を吹き込む』愉悦にエンドルフィンが出まくっている様な気分になる。
人気のペンギンを見ているのは身内ばかりではない。夏休みらしく親子連れも沢山いる。サングラスで目元を隠した舞草 鉞子(
ja3804)は人間とペンギンの親子を等分に眺めていた。どちらも命の洗濯に相応しい眼福だ。鳥でも魚でも動物でも、親子ならいいのか――いいのだ。
「ぱぱ〜、おしっこ〜」
「あああ、ママどうしよう」
「ぼく、ぱぱといく」
慌てて走り出す親子の姿に微笑みを浮かべ、これでまた頑張れると鉞子は思った。
「それにしてもクリスティーナは遅いな」
随分前からアリーセ・ファウスト(
ja8008)はペンギンコーナーにやってきていた。こうして張り込んでいるのは、伝説の生き物を見たときのクリスティーナの反応を見るためだ。喜怒哀楽、元天使とやらは一体どんな表情を見せてくれるのだろう。そう思うと、どうしてもここから立ち去る事が出来ない。
「まぁボクはペンギンは嫌いではないけどね。かわいいから」
●日が暮れて
「今世紀最高の逸材とか……どっかにいないかな?」
焼きそばパンにかぶりつきながら天野 声(
ja7513)はあてもなく歩く。もしかしたら館内は所定位置でのみ飲食OKだったのかもしれないが、入館前の説明で言っていたかどうか記憶がない。元天使、着ぐるみの少女、初々しいカップル、露出の高い美女、なんか迫力ある3兄弟……けれどハプニングや事件は起こらない。
「平和って事なのかな」
27個目の焼きそばパンを食べながら、そろそろ帰ろうかと思う声だった。
「黎さん、今日はご一緒ありがとうございます♪」
屈託無く微笑む緋毬に思わず胸の奥が苦しくなる。本当はお礼を言うのは自分の方なのだけれど、きっと言っても緋毬は首を振ってまた礼を言ってくれる。そんな貴女だから……黎も微笑んで緋毬の頭に手を置き撫でる。
「……どういたしまして」
休日の時間は瞬く間に過ぎる。礼を言う遥を残し少し離れた場所で待つ霧のいる方へと歩き始めた陸刀の背に駆け寄った遥の温もりが伝わる。
「ごめんなさい。あと嬉しかった……です」
顔を伏せて走り去る遥の背に何を言ってやったらいいのか。
「気にすンな、またな」
言葉は遥に届いただろうか?
「青春ではないか? 島津様」
「うるせぇ」
いつの間にか近寄っていた霧の言葉に陸刀は照れくさそうに笑った。
「……無念だ」
さんざん歩き回っても伝説の鳥がなんなのかわからなかった。クリスティーナは拳を握る。次の機会こそ必ず見つけだす……そう心に誓うのだった。