●掃討作戦
住民達を避難させるにも敵の数が多くては危険が大きすぎる。とはいえ、戦場が広範囲なればまだ余力のある別地区からの増援があるかもしれない。その微妙な兼ね合いの中、撃退士達はごく限定された地区内の敵を殲滅し、その場にいる住人達を避難させるという行動を決行させることにした。余力が有れば範囲を広げていけばいいし、無理が出始めたのなら撤収すればいい。
「敵地のど真ん中だ、気を引き締めていかんとな」
自らの言葉を噛みしめるかのように真剣な表情で麻生 遊夜(
ja1838)がつぶやく。黒衣の射手は胸に秘める思いの全てを表情から消し、静かに敵を迎え撃つ。無駄の無い攻撃は放てば必ず敵にヒットする。
「後を楽にする為にも、まずはここで頑張らないとね」
戦場を舐めるように乱舞する焔の中、激しく舞い上がる風に髪と服をはためかせてながらソフィア・ヴァレッティ(
ja1133)は戦う。まるで焔の中で生きる精霊であるかのように、その動きにはよどみがない。阻霊符と召炎霊符を繰り、後方から掃討戦を支援している。
「絶対に倒すんですよっ」
射程ギリギリから鳳 優希(
ja3762)は淡い光の矢を放ち、その同じ敵へと静矢の大太刀が斬撃を加える。
「ここから逃すわけにはいきません!」
狙い澄ました射撃のすぐ後、上空に飛び立った敵を見つけると舞草 鉞子(
ja3804)は忍苦無を投げつける。情報が拡散し敵に増援を呼ばれてはやっかいだった。敵を迅速に殲滅し戦力的な空隙を人為的に作り出し住民の脱出を図る。それゆえ、情報と時間が勝負であった。落ちた敵には仲間の攻撃が集中する。
「隙アリです!」
大きな揚羽蝶が羽ばたくかのように様に胡蝶扇が宙を舞う。緩やかな曲線と揺れを描いて飛ぶ炎の蝶は敵を打つとRehni Nam(
ja5283)の手へと戻ってくる。
「クリスちゃん、さっさと翼を隠して! どうせ特別な任務なんてないんでしょ?」
左腕を雀原 麦子(
ja1553)の両手に絡みつかれ、クリスティーナはとまどう表情を見せる。
「しかし私は」
「あーもー、特別やることがないんならこっちくる! 迷惑とか言わない! それ仕舞えばいいことでしょ♪ あーそれとも美人過ぎて目立つとでも言いたいのかな〜」
豊かな肺活量に裏付けされた麦子の喋りにクリスティーナの様な弁のたたない者では口を差し挟む事さえ難しい。
「……わかったからこれは止めてもらいたい」
「あら、そうなの? ま、一応戦場だしね」
楽しげにクリスティーナの頬をつついていた麦子は至極残念そうに指をひっこめ、太刀を持ち代える。
「今は余計なことは考えるな。目標だけを見ろ」
長期戦を懸念し力を温存していた久遠 仁刀(
ja2464)は翼のないクリスティーナを見つけ声を張る。
「クリスティーナ! こっちで戦え!」
単独行動を宣言していたクリスティーナが心配だったからだ。そのリスクの高さを仁刀は痛感している。あんな胸の痛みをまた味わうぐらいならここで隣り合って戦う方が良い。懐深く迫ってきた敵の牙を鞘で払い、無謀ににさらされた腹へと刃を突き立てる。
「クリスチャンいこ!」
「承知」
麦子も移動し仁刀と3人で互いの間合いを計りつつ攻撃を繰り出す。
「切り抜けるぞ」
振り抜く刀身が銀色の残光を残し、月下の光りが真っ直ぐに殺到してくる敵を貫いていく。
その頃、激戦区から少し外れたビルの屋上にグラン(
ja1111)が立っていた。比較的視界が拓けているこの場所から双眼鏡を片手に戦況を観察していた。目的は情報を光信機で皆へと伝え、全体として戦いを有利に展開するためであった。しかし、入りくんだ建物の影になった部分は高所にいるグランにも見通す事は出来ず、鳥ならざる身では完璧なる鳥瞰した情報を得る事が出来ない。更に戦いが苛烈になっていけばいくほど、最前線では余裕のない死闘が繰り広げられグランの交信に応じる者も少なくなる。
「仕方がない」
この場居ても出来る事が少ないのなら、もっと前に出るしかない。光信機からの情報と双眼鏡で激戦区だろうと思う場所へとグランは走った。
「回復は任せてくださいなのです!」
戦いの中、どれほどの僥倖に恵まれていようとも、全くの無傷でいるというわけにはいかない。ましては結界内部の京都は未だ天使軍の領域であり、どれほど多くの敵が出現したとしても不思議ではない。だからレフニーは仲間達の怪我を見過ごさない。それも特に敵に接近して戦う阿修羅や鬼道忍軍の者達を優先していた。いぢわるでもえこひいきでも非常なのでもない……必要な事だからだ。
「痛いの痛いの飛んでいけ」
レフニーが大まじめに呪文を唱えると、ごく小さなアウルの光が空を飛び、損なわれた細胞の再生を促し、傷口が盛り上がってくる。
●策動
敵の掃討が終わると住民達を探し出して脱出させる任務に移行する。
多くのコアを破壊しているとはいえ結界内部はまだ天使軍の領域、いわば敵地である。そこを戸次 隆道(
ja0550)はたった1人で移動していた。単独行動のリスクはわかっているが、それでもより多くの人々を短時間で脱出させるには複数で偵察をするよりも散開した方が広範囲の情報を得る事が出来る。住民の発見、索敵、脱出ルートの設定など、どれも詳細でより新しい情報が必要不可欠だ。
「戸次です。桂川周辺は危険です。西京極運動公園で合流出来るか、再度連絡をします」
渡月橋付近から川沿いに南下してきた隆道は、幾度も偵察だろう天使軍のサーバントを目撃している。幸い今まではこちらの存在を察知されてはいないが、大勢の住人達が移動することになれば、見つかる確率が高くなる。
雫(
ja1894)はあらかじめ調査しておいた要介護者の住所を1つずつ尋ねる事にした。1軒目はもぬけの殻、けれど2軒目の家には人の気配がある。
「……誰か居ますか?」
インターフォンは鳴らず呼びかけに返事もない。庭へと廻り窓から内部を覗いてみると、大きなベッドに老人が座っていた。その横に同じぐらい年輩の婦人がいる。小さく窓ガラスをノックすると婦人が顔を動かして視線を向けゆっくりと寄ってきた。
「まぁ……一体どうしたの?」
雫は表情のない顔を婦人に向ける。
「私は撃退士です。お二人を助けに来ました」
「ありがとう……でもね、主人は……機械と一緒じゃないと、移動が出来ないのよ……」
室内には規則正しい駆動音が響いている。
「わかりました」
光信機を取り出した雫はすぐに仲間達へと連絡を取った。
様々な技術、技巧を駆使し広範囲の偵察を敢行した鷺谷 明(
ja0776)は本人的に及第点を出せそうな成果に内心満足を感じていた。人生の全ての行動に『愉悦』を見いだす事の出来る明には生存する老人ばかりの家族を発見した事に相応の歓びを感じていた。
「すぐにトラックが到着する。それまでしばし家の中で待機していてもらいたい」
感情を吸収されつつある老人達だったが、確かに喜びを示して家に戻る。どうやら荷造りをしているようだ。
「……出来るだけ急いでくれ」
明はつぶやき時計を見た。
「こっちにいると思うよ、シエルさん」
理屈ではなく紫ノ宮莉音(
ja6473)の感覚がそう告げている。
「こっちはまだ誰も来てないみたいだよ。残っている人、頑張って探そう!」
光信機での交信を中断して、シエル(
ja6560)が莉音に向き直る。やはり西部領域の全てを今回の25人だけでカバーするのは難しく、散開していけば莉音とシエルの様に少人数での探索となってしまうのは避けられない。
「誰かいませんか?」
「助けに来たわよ」
莉音とシエルは幾度も声を張り、窓やドアから内部を確かめる。その時、微かな声が聞こえた気がした。
「え?」
「聞こえた?」
「聞こえました。シエルさんも?」
「うん! こっち!」
走って階段を上り団地の最上階である5階へと進む。目指すのは一番端の501号だ。けれど、扉は施錠してあってノブをひねっても開けられない。
「壊そう!」
「はい」
光纏して武器を使えば団地の扉など破壊するのは造作もない。それでもなるべく注意をして音を立てずに扉を開く。中に入ると散らかった居間に女の人がうつぶせに倒れていた。声を掛けると弱々しく体を起こそうとする。
「とりあえず連絡するよ。誰かに来て貰わなきゃ」
繋ぎっぱなしの光信機を手に取るシエル。
「これ、よかったら食べてください。甘いものってちょっと元気が出るでしょう?」
莉音は努めてニッコリと笑みを作り、震える女性にそっと手渡す。
「……ありがとう」
女性は消え入りそうなかすれた声で礼を言った。
要救助者の探索と同時に避難ルートの確保にも人員が割かれている。
トラックが進む進路のずっと先では、黒百合(
ja0422)が走る。器用に家や塀の様なほぼ垂直な面を足場にしても安定した足捌きで移動し、屋根の上に出る。敵からも発見され易いデメリットはあるが、一瞥での情報量は魅力的だ。身を低くしたままだとしても四方を見渡せば新たな発見がある。
「逃げ遅れた住民が雑魚敵と遭遇まで10分ってところかしらねェ……さて、間に合うかしら」
黒百合は光信機で連絡をする。本体が到着すれば良いが、そうでなければ自ら足止めするしかない。
「ここは……っと、やっぱり西院あたりだね」
常人には不可能な身体能力を駆使し、進行ルートの先回りをした犬乃 さんぽ(
ja1272)は頃合いを見計らって道路に降り立つ。出発前に叩き込んだ地図は頭の中に入っているが、標識で確認するとやはり思った通りの場所に来ている。もう少し先へと思った途端、何かを感じて物陰に身を隠す。ジリジリするような長い時間……だが、実際には1分もかからずに通りにおそるおそる歩いてくる人達に気が付いた。同時にヒリつくような焦燥感も迫ってくる。そっと背後へと視線を移すとやはりそこに敵がいる。
「この先に魔物の群……みんな、気を付けて!」
光信機にそう告げると返事を待たずにさんぽは動く。
クリスティーナ同様、この地に残された住民達を救助するため、佐藤 としお(
ja2489)も戻ってきていた。あの日、叶うことならばもう一度結界の中に入り救助を待つ人々に手を差し伸べたかった。けれど無理をして人々を危険にさらすわけにはいかず、実際には失意を胸に撤退するしかなかった。
「あの……どうしても大事なら……持って出てもかまへんのやろ?」
老婦人が胸に抱えていたのは艶やかな漆塗りの文箱だった。他にもボストンバック1つの荷物があり、痩せて小さな身体にはそれ以上手荷物を増やしては脱出が困難になりかねない。
「持っていきましょう。疲れたら僕が荷物持ちになりますから」
「……おおきに」
老婦人は丁寧に礼を言って歩き出す。道の曲がり角などは手鏡を使って用心し、なんとか本隊に合流する。
「ザインエルが出陣するとの情報もあるしな。今のうちに救助を進めて戦力を回せるようにしないと」
小さくつぶやきながら龍崎海(
ja0565)は誰1人として歩く者のない街を進んでいた。出来る限り事前に情報を得るようにしたけれど、やはり不慣れな土地だというハンディは隠しようもない。それでも京都は都市計画にそって作られた街なので、番地などが比較的わかりやすいのだが、アガルサガルなどの独特の表現は難しい。
「大規模作戦でも北軍で活動していたから、こちらの情報に疎い」
それでも地図を手に生存する者を感じながら道を辿る。
「先に戦いか!」
スクロールから発した光が真っ直ぐに飛び、小さなサーバントへと直撃する。けれど敵を倒すまでには至らず、すぐに牙をむいて襲ってきた。
●脱出
「これくらいで大丈夫でしょうか?」
アーレイ・バーグ(
ja0276)は用意しておいた沢山の毛布をトラックの荷台にドンドン積む込んでいく。多くの住人達を一度に避難させるのなら、この荷台に乗せて輸送するしかない。けれど荷台に座席があるわけではなく、こうして緩衝剤を用意しておかないと怪我をしたり、最悪振り落とされてしまうかも知れないのだ。
「しっかりするんだ!」
歩けないのだろう老人を背負って鳳 静矢(
ja3856)が戻ってくる。
「大丈夫ですか?」
避難場所からトラックに移る人の中には自力で乗り込めない人もいる。優希はそんな人々に手を貸し続けていた。
「おおきに」
「ありがとう」
口々に寄せられる感謝の言葉を笑って受け止める。けれど、まだこれで終わりではない。結界の外まで辿り着けなければ自分達の失敗なのだ。
「歩けない人はまだいるんですかぁ?」
「あと1人。他にも弱っている人がいるが、比較的体力のある者が手を貸してやっている」
「わかったぁ」
静矢は避難所へと戻り、優希は荷台に上がっている人達に頼んでお年寄りが座れるスペースを確保する。全ての人を収容すると、静矢と優希も荷台に乗り込みすぐに光纏して阻霊符を使う。
「何事もなく結界の外まで行けたらいいけどぉ」
周囲の人々に聞こえないよう、ごくごく小さな声で優希が言う。そんな彼女を更に抱き寄せ静矢は耳元に囁くようにつぶやいた。
「敵が道を塞ぐなら切り開くのみ……そうなればここを頼む」
その言葉の意味を正しく理解しながらも優希は小さくうなずく。それほど彼を信じている。
「トラックは人を固定することを想定してませんからね……安全運転を心がけないと」
その頃、運転席に乗り込もうとしたアーレイは豊満すぎる胸で大変困っていた。まだ16歳のハリツヤバストは両手で押さえつけなければハンドルとシートの間に身体を滑り込ませる事が出来ない。
「住民発見、30人分の移送準備を頼む」
光信機から遊夜の声が響く。索敵しつつも逃げ遅れた住人を発見したのだろう。
「もぉ! 運転席が狭くて胸がつかえます! 誰か助けてぇ!!」
一挙に2人を抱えてトラックに戻り、振り返った鉞子の目に大きな窓とその向こうで不安そうに身を寄せ合う人々が映る。
「そこの窓を開けて下さい。ここから出てしまいましょう」
荷台から毛布を降ろして窓枠に敷き、手を貸してやる。鉞子はトラックに阻霊符を張りアサルトライフルを手に前方や背後を警戒する。
「転んでしまったんですか?」
トラックへと駆け寄る時に転倒してしまったのだろう幼い子供達へと逸宮 焔寿(
ja2900)は微笑みかける。
「……痛く、しない?」
感情の吸収が進んでいるのか、少し生気のない様子で子供は見上げてきた。
「こいつ、男の癖に弱虫なんだぜ……」
すりむいて血がにじんだ膝小僧を抱えてうつむく男の子の両隣に同じ年頃の子供が並ぶ。転んだ子供よりもずっと悪ガキ風だ。
「それでもいいですよ……生きてさえいたら、ねっ」
焔寿の笑顔に3人の子供達はつい見とれて動きが止まる。なんだか判らない熱くなる思いに目が離せない。
「じっとしてられて偉いですね。はい、ご褒美をどうぞ。甘くて美味しいのです♪」
「……あ、ありが、とう」
白うさぎのポシェットから取り出したキャンデーを受け取って荷台の奥へ進む子供達を見送り、焔寿は広げた地図に大きくバッテンを書き記した。
「完了です!」
「遅うなってすんません……よう頑張ってくれました」
広域避難場所に指定されている小学校に向かった亀山 淳紅(
ja2261)は、集まっていた住人達を家族ごとにトラックへと誘導していた。最初は老人や子供達を優先すべきかとも思ったが、皆この極限化で家族と離れる事を嫌がったのだ。
「じゃこれ、持ってて。外に出たら救助の人がぎょうさんおるから、その人等に見せてくれたらえぇわ」
ごく簡単な物ではあったけれど、淳紅は大規模災害の救助で使うトリアージを参考にしたタグの様な物を自作していた。健康な人、弱っている人、治療が必要と思われる人にそれぞれ違う色のタグを渡す。
「はぐれた家族がいてたらそれも教えて欲しいんや。ここにメモと鉛筆置いとくから、後で自分に渡してや」
淳紅は荷台の一角にある筆記道具を何度も人々に指さして伝える。
「そろそろ行くか。戸次からの連絡によれば西京極運動公園は安全な様だ」
偵察部班からの報告、そして戦闘班からの結果を聞くと綿貫 由太郎(
ja3564)はかけっぱなしだった2トントラックのエンジンの振動を感じつつ、ギアを変えた。その僅かな車体動きに出発を感じたのか小さく荷台からあがる歓声が聞こえてきた。やはり住人達は不安な時間を過ごしてきたのだろう。開け放してあったドアから身を乗り出して後方へと身体を向ける。
先頭トラックの助手席に乗り込んだ遥は窓を全開し、そこから大きく身を乗り出し槍を高く掲げて目印にする。
「私達がいれば、もう安心っ! 安全な場所までひとっ飛びだからっ」
同じく相馬 遥(
ja0132)も荷台へ向かって大きく皆を励ます言葉を投げかける。撃退士の護衛がつく脱出行なのだからこれまでよりも格段に安全になったはずだが、まだまだ油断は禁物だ。
「身を低くしたまま何かにしっかり捕まって。場合によっては多少無茶な運転をするかもしれないから……じゃ行くよ」
住民達の返事を待たずに運転席に戻るとドアを閉めると光纏し具現化した武器をギアの左に置く。
「右よーし、左よーし! 撃退士、出陣っ!!」
遥はシートベルトをしっかりとしめると右手を挙げてが高らかに宣言する。
「よし、準備完了!」
念のために窓のガラスを半分だけ収納すると、爽やかな5月の風を感じつつトラックを発進させた。進むトラックを見送る影を遥は見逃さない!
「あっぶんかまつ子さん! じゃなかった、カーティスさん! ご一緒出したかったです!」
「そのうち機会もあるって。さっ、しっかり捕まってて」
「はい!」
由太郎の言葉に遥は大きくうなずいた。
目立たない蔵と蔵との間にトラックを駐車させると、しなやかな動きで新井司(
ja6034)は運転席から滑り降りた。すぐ隣には公民館があり、10人程度の人達が避難してきているという情報は既に偵察班から寄せられている。
「戸次と佐藤の両方から連絡あった場所だ。まず間違いはないだろう」
「そうね。じゃここにはあたしが残るわ。あなたがいない間に敵に攻められたら大切な足を失ってしまうもの」
「わかった」
同乗しているソフィアの言葉に司はうなずき1人で歩き出す。だが、足音を忍ばせて物陰伝いに近づくと何やら剣呑な雰囲気となっていた。
「あんたさんは天使だそうですな……すぐにここから出ていって下さい」
「敵の言葉やなんて……聞きたくあらしまへん」
老婦人達が拒否を示していて、その中心に見知った顔があった。クリスティーナだ。思うよりも先に身体が動いた。その後で『英雄』ならばそうしただろうと割って入る。
「この子は味方、大丈夫よ。今回の救助も彼女が言いだしたから実現したのだもの。信じてあげて」
「急いで! 敵だよ! 本物の敵!」
短時間の掃討戦にはやはり漏れがあったのか、それとも別地区から移動してきたモノなのか……ソフィアは1体のサーバントを発見し、声を潜めて警告を発する。
「私が残る。その間に避難を」
返事を待たずクリスティーナが建物の影に隠れる。
「こっちよ」
「早く!」
止める間もなく小さくなる姿に司とソフィアは住人達の避難を優先せざるを得ない。
「一人でも多くの人を助けないとなんだから、邪魔はさせないよ」
迫る敵に雷撃を放つと、ソフィアは人々の背を押しながらトラックへと全力で走り出した。
●逆襲
最初こそ滞りなくトラックが行き交い続々と閉じこめられていた人々が結界の外へと脱出出来たが、時が経てば経つ程天使軍も体制を立て直してくる。
「追っ手か?」
荷台のから身を乗り出した大澤 秀虎(
ja0206)は更に目を凝らす。トラックの後方に小さな影が浮かびすぐに大きく猛獣の様な四つ足の姿となる。敵に間違いない。しかも、トラックの速度よりも速いのだ。このままではすぐに追いつかれそのまま戦闘になってしまう。秀虎はバランスを取って走行するトラックの最後尾から運転席近くにまで移動し、身を乗り出して声を張る。
「背後に敵だ。俺が行く。トラックはこのまま走れ!」
返事を待たず手を離した秀虎は吹き飛ばされ、ゴロゴロと地面に転がり着地する。すぐに起きあがると敵の姿はもうそこにある。その数3。
「戦えればいいそれだけだ」
猫科の大型肉植獣の様な美しい跳躍……だが、最も隙の多い瞬間でもある。
「はぁっ!」
気合い一閃、抜き放たれた螢丸が敵を薙ぐ。
「ワラワラとまぁ、面倒くさいこった。」
遊夜のショットガンがよろよろと飛び上がった手負いの敵を違わず射抜く。耳障りな悲鳴と共に失速した敵が落ちる。
「あはははァ、ごめんねェ……一撃で楽に出来なくてさァ…♪」
敵サーバントへと黒百合の銃がうなる。
「人助けは気が乗らん。私の好みは万歳突撃だ」
色々と取りそろえた小道具達を懐に忍ばせつつ、明が前に出る。必要なのは少しの勇気と風を呼ぶリアルラックだ。
不意に背後から敵が襲ってくる。
「銃しか使えないって訳じゃないんだな、これが」
武器を変えた遊夜は銀色のレガースで背後から向かってくる敵の足へと低い位置での回し蹴りを炸裂させる。
「忍法ニンジャ☆ナビ! 脱出の邪魔は絶対させないもん」
どこからか現れたさんぽが両手を広げ、身を以て追っ手の前で『とおせんぼ』をする。
「良い感じよ、クリスちゃん!」
一体何時の間に合流したのか、敵を牽制するクリスティーナの背後から麦子の大太刀が敵を横薙ぎにし、それでも倒れない時には容赦なく蹴り飛ばしていく。
誰もが敵と戦い、誰もが偵察し、そして逃げ遅れた住人を探し、結界の外まで守り通り通した。驚くほど多くの人々が結界が解消する前にこの領域を脱出することが出来たのだった。