人の居ない地域をわざわざ誰が破壊するわけもなく。
戦場となる車道の両脇の街路灯はいつもと変わらず周囲を照らしていた。
普段なら電気は通っていないが、今は戦闘にあわせて送電が行われている。
撃退士達は灯りをたどるように歩みを進めていく。
「そんなことがあったのですか…」
御堂・玲獅(
ja0388)は顔を曇らせる。
初見の敵の情報は戦闘経験のある2人の話が大いに参考になった。
ルドルフ・ストゥルルソン(
ja0051)と戸蔵 悠市 (
jb5251)の味わった屈辱。
多くの人を見殺しにせざるをえなかったあの戦いを、2人は忘れていなかった。
「そうはいっても、前回の雪辱戦…と洒落込むには分が悪すぎる、ね。」
辺りは明るくはないが暗くもない。何か策を立てるには広すぎる。
ただ、揃っている戦力や装備は悪くない。
ハンズフリーのインカムを調整しながら、ルドルフは少しばかり上機嫌だった。
「だが、もう何も奪わせない」
戸蔵のリンドブルムを握る手が震えている。
影野 恭弥(
ja0018)はしばしその様子を眺めた後、
何も見なかった風で視線を前に戻した。
(見かけほどクールじゃないな)
仲間の性格は覚えておいて損は無い。
特に仲間と離れた位置で戦いがちな彼には重要なことだった。
「……なんだ?」
ここまで話を聞いていただけの鷺谷 明(
ja0776)は、
急に手を出して話を遮る。
「どうかした?」
「思いついたことがあってね」
怪訝な顔をするルドルフに笑顔で返事をする鷺谷。
内容は海星のノックバック効果のある光線への対処法だった。
相手の大きさや重さで効果が変動しない光線であると報告にある。
であるならば、それはポケットに入る小物に命中しても同様かもしれない、と。
「なるほど…」
戸蔵は前回の戦いを思い出しながら唸る。
確かに、外れた光線がちいさなゴミを弾いていく光景を見た気がする。
自分に命中する前に迎撃が出来れば、確かに無効化できるだろう。
「そうだとすれば、笑えるけどねえ」
鷺谷の笑みは戸蔵に少し不気味に映った。
その表情は先程と変わらない。
感情が表情に反映されていないという歪みは、人として異質だった。
「皆さん、大事なことを忘れてますよ。
その光線、発射されるのを見てから迎撃できるのですか?」
落ち着いたイシュタル(
jb2619)の声に一堂は我に帰る。
ほとんど回避もできない速さの光弾を迎撃するのは流石に難しい。
今の自分たちの技量でなんとかするには準備が必要だろう。
「何でもいいわ。それだけ強いということでしょう。
それならやることは変わらないわ」
Erie Schwagerin(
ja9642)は悠然と微笑む。
目には妖しい光をたたえ、今にも何かに噛み付きそうな気配がしていた。
雑談を交えた作戦会議が収束してきた頃、
先頭を歩いていたアイリス・L・橋場(
ja1078)が急に立ち止まる。
合わせて後ろにいたメンバーも一斉に動きをとめた。
「どうやら、ここが戦場みたいですね」
アイリスは正面を見据えたままツヴァイハンダーを抜き放つ。
ディアボロ3体も同じくこちらと向き合ったまま動かない。
「ふふ。始めましょう」
Erieが呟き歩みを再開すると、
両者ともに示し合わせたようにゆっくりとお互いの距離を詰め始めた。
◆
接触は緩慢に。そして激しく。
達人の剣術家が半歩以下の間合いを詰めあうように。
二つの陣営はじりじりと距離を近づけていく。
徐々に散開する撃退士の一団に対し、ディアボロ3体は陣形を崩さず前進する。
前衛にはリザードロードとデュラハン。そのやや後方の高度4m辺りにマリンブルー。
陣形の中心に待機した影野はスナイパーライフルを構え、敵の前衛を照準に捉えた。
(あと、40m…か)
チーム中最も射程の長い影野の攻撃が戦闘開始の合図となるだろう。
銃弾が打ち出されればこの緩慢さは一転激しい戦闘となる。
影野は左側面に動いたルドルフや、翼を開き空に飛び上がったイシュタルにそれぞれ目配せする。
撃退士が体制を整えるのにあわせ、マリンブルーも正面からでは狙いにくい地上すれすれまで下りる。
(あと、15m……?)
リザードロードの動きが止まる。
報告にあったスキルを使っているらしく、腕に赤い光が収束していくのがはっきりと見て取れた。
この距離ではリザードロードの攻撃は届かないが…。
(走りぬけざまにソニックブームか)
影野はそう予想した。この距離なら届いて前衛までだ。
おなじく動きを見ていた前衛の鷺谷とアイリスは身構える。
敵の狙いはまず那須のような弱い個体だろう。
彼女にはアイリスや御堂、戸蔵がついてる。
油断はなかった。だが、その考え違いは致命的な隙を生む。
射程まで残り8m。前触れなく、リザードロードが跳ねた。
「なに…?」
文字通り跳ねた。足を使ったのでなく、はじけ飛ぶように。
地上すれすれまで下りたブルーのリング光線の効果によって跳んできたのだ。
それは真っ直ぐに影野の正面に飛び降りると、その勢いのまま大振りの斧を影野に振り下ろした。
「……そんな」
血飛沫が舞って視界を染め、影野は意識を失った。
「影野さん!!」
倒れた影野を那須が支える。
血液がとめどなく溢れ、那須のライトヒールでは命を繋ぐので精一杯だ。
「貴様!」
鷺谷は振り向きざまに切りかかる。
激昂した声をあげ…、そしてそれとは異質な笑顔を浮かべたまま。
八岐大蛇は斧の柄で受け止められる。
抑える力では到底敵う相手ではないが、
ここで切り結ばなければ立ち直る時間が稼げないだろう。
十字砲火と那須の防御に比重を置いた陣形は、この事態には対応できない。
鷺谷は剣を持つ右手はそのまま、左手で印を結ぶ。
リザードロードの足元の影から怨霊のようなものが大量に湧き上がり、
リザードロードを徐々に締め上げていく。
「みなさん、今のうちに…」
その束縛が効果を為したのは一瞬だった。
強引に霊体を弾いたリザードロードは斧を横薙ぎに払う。
鷺谷は身体の右側面からの直撃を受け、その場に倒れ伏した。
石戸が銃弾を見舞い、止めの一撃は免れる。
かわしたリザードロードにルドルフが烈火のルーンを投げつける。
周囲を火で包んでアウルがはじけるが、
炎を形成するアウルは斧の一振りで消し飛んだ。
「そこね!」
斧を振った一瞬の間隙を狙い、Erieがルキフグスの書からカード状の刃を放つ。
刃は強固な鎧を貫通し、その下の鱗を切りつける。
血しぶきを上げたリザードロードだったが、闘志が衰える様子は無い。
鋭い視線でErieを射抜くように見据える。
「手強いね」
「ふふ。それでこそよ」
崩れた陣形では戦えない。
敵に動かせまいと、両者共にじりじりと動きを測り合う。
一方、那須の防衛に回っていたメンバーはデュラハン・リーダーの突撃を受け止めていた。
御堂、アイリス、戸蔵の3人にクォーレルが飛来する。
矢を牽制に突撃するデュラハンに、戸蔵のスレイプニルが火を放った。
5m四方が炎に包まれるがデュラハンはものともしない。
火炎で怯まない敵に続いて御堂が仕掛ける。
「これ以上先には進ませません!」
御堂が手を横に薙ぐように振ると、御堂の正面の何もない空間から、
光で鍛造された鎖が何本も現れる。
鎖はそのままデュラハンに向かって飛び、行く手を遮るように絡みついた。
しかし完全には動きを止めていない。
アイリスはシルバータージェを構えデュラハンに突撃。
デュラハンの放つ重圧を無視し、ツヴァイハンダーを薙ぎ払う。
衝撃でデュラハンがのけぞる。
動きはこれで完全に止めていたが…。
「御堂さん!」
空でマリンブルーと戦っていたイシュタルが叫ぶ。
マリンブルーはイシュタルの防衛をすり抜け、御堂を射程に収めていた。
「私を…!?」
リング光線が発射された。
鷺谷が言うような防御をとれるタイミングではない。
光線は御堂に直撃。吹き飛ばされた御堂は車道の脇に放り出される。
受身は取れたが草むらの中で足場が悪く、
勢いを殺せず何度も転がって立ち上がるの時間がかかった。
光の鎖の効果が切れ、デュラハンが動き出す。
凄まじい速さで放たれたデュラハンの突きを、アイリスはぎりぎりでかわした。
戦闘は膠着したように見えて、この時点で既に崩れていた。
●
決定打となったのは強力な回復スキルを使える御堂の不在。
それを覆せないのは、後衛となる射手の不在にあった。
乱戦という状況を許した為、後衛という存在自体が否定こともある。
デュラハンからの戦闘から吹き飛ばされた後、
戦線へと復帰しようとする御堂を、マリンブルーは執拗に弾き続けていた。
「また…!」
戦場に近づいた御堂は再びマリンブルーに弾かれた。
混乱から立ち直った時にこそ、ヒールは効果を発揮する。
それを恐れて御堂を戦闘から分断する気だ。
そうすることでマリンブルーも戦闘に参加できないが、
元より火力に乏しい個体であるため、戦況に変化は無い。
「この…。いいかげんに…!!」
イシュタルは何度目かになる上空からの急降下攻撃をしかける。
武器をかえ、角度をかえ、スキルを使い…。
しかしイシュタルの果敢な攻撃は、しかし全てかわされてしまう。
空中戦となれば速度が物をいう。
マリンブルーに比べ速度に劣る彼女では、ただ攻撃するだけでは追い込むことはできない。
何もない空中を円を描くように逃げ続けられて終わりだ。
影野や石戸の援護射撃、戸蔵のスレイプニルによる支援があれば違っただろうが、
どちらも今は期待できない
その間にも戦況は悪化するばかりだった。
先に崩れたのは、デュラハンとアイリス、戸蔵、那須の組み合わせだった。
アイリスはデュラハンと打ち合うこと数合。
少ないやりとりの中、彼女は技の巧みさに圧倒されていた。
「……やってくれるじゃない」
力任せの戦士かと思いきや、近寄る隙も見せない武芸達者でもあった。
それでも刃の鋭さではアイリスに分があった。
戸蔵のスレイプニルが隙を補い、じりじりとデュラハンを追い込んでいく。
しかし、デュラハンを制するには一手足りない。
デュラハンの攻撃を弾き、追い込んでいるはずのアイリスが大きく息を吐く。
V兵器が、彼女には重過ぎるのだ。使用するアウルに余裕がない。
傷を受けたときに防御に回っているアウルが不足し、
那須のスキルによる回復が間に合っていない。
そのスキル自体も、枯渇しつつあった。
状況の変化を見て取ったのか、デュラハンは槍を構えなおす。
手にはアウルの収束が見て取れた。
「!!」
怒涛の連続攻撃。
三度放たれた槍を一度は受け流したものの、2発直撃。
一発は足へ、もう一発は右の肩へ。
最後の一撃で吹き飛んだアイリスは、立ち上がることができなくなった。
戸蔵はスレイプニルに攻撃を支持すると、倒れたアイリスに駆け寄った。
血が流れ、呼吸は荒く、まともな返事ができない。
「先生、こっちはいいからあの海星を狙って!」
ルドルフがリザードロードを牽制しながら叫ぶ。
敵も無傷ではない。御堂が戻ればまだ建て直せる。
「私からもお願いするわぁ。あまり、持ちそうにないですし」
Erieは石戸を庇うように前に立つ。
展開されたデミス・テウルギア・ベラトリクス・ミィヴルスの加護を盾に、
リザードロードを凌いでいるが、前衛の戦士でない彼女には確かに荷が重い。
ルドルフはその足の速さを生かし、角度や距離を変えながら射撃に徹してる。
リザードロードは何度も動きを止めているが、致命傷ではない。
発射のタイミングでは接近しなければならないため、どちらも終わる時は一瞬だろう。
リザードロードは再び力を腕にこめ始める。考えることは同じのようだ。
「それしかないか…!」
石戸は狙いを変え、イシュタルが負い続けるマリンブルーに狙いをつける。
リザードロードが吼えて警告するが、石戸の銃弾はそれより早かった。
銃声、そして直撃。傾いだ身体に突撃するように、イシュタルがぶつかっていく。
槍の穂先が掠め、マリンブルーは逃げに徹し始めた。
石戸は更に狙いをつける。その時、背後で嫌な音がした。
「……」
悲鳴はなかった。
振り返った先で、Erieが血を吹いて仰向けに倒れていく。
スキルの加護により、リザードロードの攻撃は大きく減速していたが、
それでもなおその破壊力と速度は凄まじい。
直撃を受けてしまえば最後、ダアトである彼女が受け止めきることは出来なかった。
「くそがっ!」
石戸が更に銃弾を浴びせる。決定打もなく、この状況を許してしまっては後が無い。
ここでようやく、マリンブルーの動きを抑えて御堂が到着する。
癒しの風が周囲を覆い、傷ついた仲間を癒す。
なんとか体勢を立て直した撃退士達。
しかし既に半数が戦闘不能となっていた。
アイリスもErieも、動くことは出来るようになったが戦闘をする余力はない。
敵も無傷とは行かなかったが、それでも戦闘力が落ちるほどではない。
「よくも…こんな!」
御堂の声には、抑えきれない怒気が篭っていた。
その怒りは誰に向けたものか。
みすみす敵の思惑に嵌り、何も出来なかった自分への腹立たしさもあるだろう。
イシュタルも空中戦を終えていた。
マリンブルーは動きの止まった撃退士達を、感情の読めない目で見下ろしている。
両者睨み合う中、石戸が生徒の前に進み出た。
「俺が時間を稼ぐ。お前らは寝てる連中を背負って逃げろ」
「でも…」
何かを言おうとした御堂を石戸はねめつける。
「口答えすんな。わからないか?
俺達はもう負けたんだ。全員揃って死にたくなかったら、さっさとしろ!」
石戸はそういうと発煙手榴弾を足元で爆発される。
あたり一面に煙がまかれ、視界が完全に塞がれた。
撃退士達は手近な仲間を抱え上げ、その隙に一目散に走る。
煙で何も見えないなか、石戸のくぐもったような苦悶の声が聞こえた。
煙を抜けて逃げた中に石戸の姿はない。
生徒に遅れること数時間後、救援の部隊に発見された石戸は全身に傷を負っていた。
治療は迅速に行われたが、彼は利き腕である右腕と左足を諦めることになった。