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マスター:錦西
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:6人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2013/07/18


みんなの思い出



オープニング

 撃退士の素養は特別な事。
 私はその一点が気に入らなかった。
 特別である事を捨てて家庭を持ったというのに、
 今更その呪縛に掛かりたいとは到底思えなかった。
 だから…。
「この子は久遠ヶ原に入れる!」
 夫のその怒鳴り声を聞いた時、頭が真っ白になった。
 彼は知らないのだ。力がいかに人を歪ませるか。
 力は撃退士の素養に限らない。
 周囲のものに由来する政治力や財力は、いつも私の敵だった。
 兄や弟達は力を使うことに溺れ、
 父の思惑通り力を増す事にしか感心がなくなった。
 その愚を息子に犯させるわけにはいかない。
 結果、売り言葉に買い言葉。
「あの子は私たちが育てるべきよっ!」
 それは怒鳴るほどのことだったのか。
 別居に至るほどの深刻な話題だったのか。
 夫が子供の為を想っていることは、誰よりもわかっているはずだったのに。
 私達で育てるべき、などと啖呵を切った自分はこの6年間、
 あの子に何をしてあげただろう。
 仕事に逃げた癖に仕事を疎遠となった理由にして、
 家で住んでくれれば等と愚痴をこぼす。
 自分の正しさを子供に刷り込もうとするだけで、
 あとは仕送りとメール、それだけで母親面をしていた。
 そんな体たらく、子供に拒否されても文句は言えない。
 だから、息子から手紙が来た時に目が覚めた。
 目が覚めてみると、自分の悪事を直視できるわけもなく。
 会いたいと言う簡潔な息子の手紙に、私は返事を書けずにいた。
 何日も思い悩んで結論は出ずじまい。
 母親として、子供の気持ちを受け止める覚悟が出来ていない。
 私は思い悩んだ末に、思い出に縋る事にした。
 夫と初めて一緒に出かけた思い出の場所に。
 初心者でも上りやすい小さな山の頂上。
 そこで初心を、夫や息子と再び顔を合わせる勇気と覚悟取り戻そうとした。
 しかし、上手く行かない時は何も上手く行かないものである。
「………どうしよう」
 山道にはキープアウトと書かれた黄色いテープとバリケード。
 有給を申請して無理をして仕事を空けてきてみたものの、
 そこから先は進めそうな雰囲気ではない。
 立て看板には「天使」の文字。その壁を越えるのは危険だ。
 恐怖が心に浸透していく。それでも、失ったものを拾うチャンスには違いない。
 私が人生の中でずっと求めてきた物だ。もう諦めたくない。
 私はバリケードに手をかける。
 その時の自分にはここを越える以外の選択肢が見当たらなかった。
 意を決して壁を越えようとした時、背後から強い声で呼び止められる。
「そこの貴方、止まりなさい!!」
 私はバリケードにかけた手を下ろす。
 下ろした手は震えが止まらなかった。
 近寄ってくる足音が、遠い世界の出来事のように感じられる。
 唯一の逃げ道を立たれたような、泣きたい気持ちになっていた。



 非常事態にも関わらず立ち入り禁止区域に侵入しようとしたため、
 星守麻里子に対して最低限の事情聴取は行われた。
 と言っても悪意の無い第三者相手なので大した内容ではない。
 簡略化された経緯の説明を聞き終わった撃退士達は、一様に困ったような顔をしていた。
「なるほど…。それは困ったわね」
 相槌を打ったのは先程麻里子を呼び止めた女性、久遠ヶ原学園の講師、司馬啓子だ。
 年齢は30前。ジーンズのズボンに白いシャツ、
 グレーのジャケットというラフな出で立ちで、姿勢は良いが教師らしい貫禄は無い。
 先程のような剣呑な空気を納めてしまうと、女性特有の雰囲気の柔らかさが際立つ。
 麻里子にはそう見えたが、よく見れば鍛えられた筋肉が垣間見えた。
 その振る舞いは武技の修練に余念がないことを示している。
「事情はわかった」
 話を引き継いだのは千葉一誠と名乗った黒服にサングラスの男だ。
 彼はそれ以上の話をしていない。
 名前を消した黒服らしい男で、存在感と乖離して印象が薄い。
「再三になるが、立ち入りは許可できない。
 現在、あの山の山頂にはサーヴァント……天使が居る。
 本来ならすぐにでも討伐すべきところなのだが人手が足りなくてな。
 必要なだけ人数が到着するまでは監視だけの予定だ」
「…山に登れるようになるのはいつ頃になりますか?」
 有給休暇はまだ残っている。
 七夕の約束の日に間に合えば良い。
 なんとか妥協点を探そうとする麻里子だったが、千影の表情は渋かった。
「最短で3日だ」
 3日後は当日だ。それでは間に合わない。
「そうですか…」と落ち込む彼女に、誰も声をかけれなかった。
 沈黙が落ちて1分。ため息しか聞こえない場を壊すように、司馬が拍手を打った。
「よし、わかったわ。じゃあ、サーヴァントを倒してしまいましょう」
 何を言ってるんだこの女は。
 何人かの抗議の視線を無視して司馬は話を続ける。
「敵は7体。山の頂上付近の広場を囲むように均等に配置されているわ。
 今私たちは8人。7方向に分かれて1人1殺。これで片がつくわ。そうでしょ?」
「簡単に言うな。それが危険だから増援を待っているのだろう」
 声を荒げたのは千影だった。
 敵は固まることなく分散して配置されている。
 裾が街に通じているため、1人でも逃げれば大事だ。
 7方向から攻めるのは増援が来ても同じだが、1人と2人では大きく意味が変わる。
 千影はこの近隣に土地を持つ企業からの依頼でこの場に居る以上、
 万が一にでも敵を逃がすわけにはいかなかった。
「大丈夫よ。見たところ、あのエインフェリアはそんな大した腕じゃないわ。
 今ここに集まってる子なら1対1でも勝てるわよ」
「そう言い切る根拠はなんだ。まさか危ない橋を渡る理由がそれだけとは言わさんぞ」
「根拠は私の目よ。それで信じられない?」
 大方の予想に反して千影は押し黙る。
 司馬は戦闘における観察眼では信頼のおける人物だった。
 この状況に至る以前、双眼鏡で敵を観察しただけで相手の武技・流派まで見抜いている。
 その彼女がここ2日観察を続け、配置された学生達を見て言い切るのであれば、
 それは余程のことが無い限り覆らないだろう。
「ふん。勝手にしろ。俺は1対1などという酔狂には付き合わんぞ!」
 千影は負け惜しみのように腕を組んでそっぽむく。
 梃でも動かんぞ、と言いたげだが司馬にはそれで十分だった。
 この場に居るもう1人の意思決定者が傍観を選んだ。
 後はもう速やかに行動に移すのみである。
「ありがとう。じゃあ皆、課外授業の始まりよ。
 今までのおさらいをするには丁度良い相手ね。
 出来てない分は身を削ることになるわ。
 覚悟して挑みなさい」
 学生を戦場に送る教師の声は、どこか不敵に響いた。


リプレイ本文


 結論から言えば、その場に居る多くの撃退士が
 あっさりと司馬の危険な提案を飲んだ。
「ワうー…難しい話は良く解らないけど…、一人一殺…解り易くて素敵なのですワ!」
 ミリオール=アステローザ(jb2746)は嬉しそうに手を挙げる。
 いまいち理解できてないように見えるが、話を聞く前よりも乗り気だ。
 真摯な姿勢は十分に伝わったらしいとわかる。
 積極的賛成というわけではなさそうだが、
 鑑夜 翠月(jb0681)、竜見彩華(jb4626)は無言で流れを見守っている
「こういう状況では民間人の安全が優先と聞いています。
 このまま出向かせるわけにはいきませんね」
 番場論子(jb2861)の答えはどこか、遠いような近いような。
 おおよそ部外者への敬意と肯定に満ちている為、これも賛成票として扱った。
「それにしても…」
 番場はちらりと星守の顔を見た。
「親子の絆というのは強いものなのですね」
「そうだね…」
 声をかけられた狩野 峰雪(ja0345)の表情は、すこし複雑だ。
 彼にとって星守の話は他人事ではなかった。
 彼自身、子供にお金の苦労はかけまいと仕事を優先し、
 子供に接することができないでいた。
 今では独立した子供達。あの子達は自分をどう思っていたのだろう。
 未だに聞く勇気はない。
 彼女の行動が勇気に繋がるのなら、それは家族にとって大事なことだ。
 一方、仁良井 叶伊(ja0618)は盛り上がる様子には不満げであった。
「正直言って、向うのやり方に合せる必要は無いんですげとね…」
「敵の意図がわからん以上はそうするしかあるまい」
 同じく不満がぬぐえない千影が自分が黙っていた理由を補足する。
「幾ら連携を知らん阿呆でも数の暴力ぐらいはわかるだろう。
 その上であの布陣となれば、事あらば逃げ出す前提の可能性もある」 
 まとめて殲滅、そう都合よく行く確証がない。
 普段とは違う行動パターンの敵だからこそ、こういう手段をとらねばなるない。
「だが付き合う必要がないのは確かだ。思う通りに動けば良い」
 仁良井は少しドキリとする。
 見透かしたのかとは思ったが別の理由だろう。
 大げさなため息をついてその場を後にする千影を見送り、
 撃退士達は誰がどこを受け持つかの相談に入った。



 鑑夜の戦いは、敵の一方的な宣戦布告が合図となった。
「オオオオオオオオオ!!」
 雄たけびを上げる巨漢の男。
 叫び声とともにアウルの波が放射される。
 自身の姿を隠す気はないらしい。
「なら、遠慮は要りませんね」
 鑑夜は右手を前に突き出すように構える。
 左手に収まった灰燼の書よりアウルが煌きとなって舞い、収束して炎の剣が現れる。
「投射」
 炎の剣がレスラーに向け、一直線に放たれる。
 レスラーは飛来した剣を避けようともせず、真正面から受け止めにかかった。
 炎の剣は交差させた腕で吹き散らされる。
 レスラーの勢いは止まらず、鑑夜はその場を転がって退避する。
(……効きが悪かった?)
 カオスレート差による直撃も狙ったが、それにしてはいまひとつ効果が薄い。
 そういうスキルで武装していたのだろう。
「けど…」
 その腕の火傷は無視するには大きすぎる傷だった。
 スキルで大きくダメージを軽減したものの、元々の火力と装甲の差は変化しない。
 直撃させれば全てが終わるだろう。
 猪突を繰返すレスラー相手に鑑夜は次は回避しなかった。
 鑑夜は接触間際にテラーエリアを展開、周囲を暗闇に落とす。
 効果半径が小さい術であるため脱出は容易だったが、
 視界の暗転によって生じた一瞬の隙は十分に致命的だった。
 虚を突かれスキルによる防御も間に合わない。
 暗黒の球体がレスラーの身体を抉る。
 暗闇が消え去った後には、腕を失いもがくレスラーの姿があった。
 広がっていく勝利の高揚は、激痛に顔をゆがめる敵を見て一気に醒める。
 力に溺れるとは、人間なら誰しもが持つ高慢の現われなのだろう。
 自分にとってアウルとは何か。答えが見えない問いであっても、間違った答えはわかる。
 そして正しさとは、向き合い続けることでしか見えてこないものだ。
「邪魔をさせるわけにはいかないんです」
 高く掲げた両の手の上に、黒いアウルが再び凝集されてゆく。
「これで、とどめです」
 振り下ろすような動作で、鑑夜は最後の一撃を放った。



 仁良井とボクサーは正面から向かい合う。
 彼も他の者と同じく遠距離魔法攻撃による牽制から入った。
 雷の刃は何度かボクサーを怯ませるが、そうそう同じ距離を維持はできない。
 一瞬の間隙をつき、ボクサーは一気に仁良井との距離をつめる。
(それなら…!)
 アウルを足に集中させ、自身も前方に跳躍。
 体当りでボクサーの体勢を崩しにかかる。
(ここから一気に…)
 相手の腕を掴み、投げに持ち込む算段だった。
 しかし読みが甘かった。
 ボクサーはその雰囲気を察し、掴まれる前に拳を仁良井の懐へと叩き込んだ。
「ぐっ…」
 ボクサーだからと投げや極めに耐性はないだろうと油断したところがあった。
 彼らは1:1での戦いに優れている。
 それは異種の武技を当然に含んでいた。
 自分で使わずとも、その対処の仕方には十分心得がある。
「このっ…!」
 距離を離した仁良井はシャイニングバンドを実体化し、左右にスイッチを使い撹乱しつつの一撃で反撃。
 振るわれた拳は一度、二度と紙一重でかわされる。
 3発目の拳も空を切り、仁良井の懐にボクサーが飛び込んでくる。
 狙い済ました渾身のボディブローが仁良井の胴を打ち抜いた。
「…っ!」
 歯を食いしばり耐える。
 これ以上、近寄らせてはいけない。
 仁良井は武器を銀色の杖、セレナに変えた。
 ボクサーは構わず突進してくる。
 仁良井の杖と、拳が打ち合わされた。
 結果、ボクサーの拳が砕けた。
 ボクサーは拳を抱きかかえるように沈み込む。
 砕けた、というよりは半ばまで避けただろう。
「基本は大事だな」
 仁良井はセレネを構えなおした。
 それ以外に道がないのならともかく、相手の得意な土俵で戦う必要は無い。
 杖に見えたそれは魔法の触媒とされる杖だった。
 拳を砕いたのは物理的な破壊ではなく、アウルそのものの一撃。
 彼にはそれを受け止める術が無かった。
 仁良井はセレネの先端でうずくまるボクサーの胸を突き刺す。
 危なかったが、複数の準備が功を奏した。
「…ふう」
 荒い息をつく。
 他を助けに行こうと思ったが、これではまともには動けない。
 仁良井は自分の代わりが居る事を祈りながら、そっと濡れた地面に腰を下ろした。



 ミリオールと侍の戦いは熾烈を極めた。
 侍は攻撃一辺倒かと思えばそうでもなく、達人の体捌きで致命傷は避ける。
 最初の一撃こそ本命という戦法には変わりが無いが、
 二撃目を狙ってミリオールから視線を外さない。
 一進一退に見える戦いは、ミリオールに圧倒的優勢で終始していた。
 中間の距離での武装の豊富さ、飛行による回避能力。
 物理攻撃に対する高い防御能力を保持しつつ、魔法攻撃に傾倒する武装。
 攻防を続けるごとにその差は広まり、逃げれば追撃をかけ、
 最悪相打ちとなっても最終的なダメージではミリオールが圧勝した。
 余裕の表情のミリオールに対し、勝ち目の無い中でも眼力を失わない侍。
 侍は刀を構えると初手と変わらぬ速度で正面から打ち込む。
「ちょっとだけ強めに行きますワ」
 猪武者そのもの敵に、ミリオールは吸引黒星<ブラックホールドレイン>を投げつけた。
 放たれた黒い球体は侍を吸い寄せるように飲み込んでいく。
 捉われた侍からは際限なくアウルが流れ出し、遂に耐え切れず膝をついた。
 流れ出したアウルはミリオールに吸収され、
 侍と対照的にミリオールの傷は瞬く間に修復されていく。
 スキルの使用が後になったのは何の事は無い。
 正面からの打ち合いに目が慣れるまで、このスキルを伏せていたのだ。
「真剣勝負、ずるいとかは言いっこ無しなのですワっ♪」
「……」
 血を吐いた侍の目は、憑き物が落ちたような平静さを取り戻していた。
 口をぱくぱくと開いて何かを伝えようとしているが、
 何を伝える事も出来ずやがて瞼が落ちた。
 ミリオールは死体を数秒目を伏せた後、翼を広げてその場から飛び去った。



 竜見は慎重に山を登る。
 地図や双眼鏡では現地のことはわからない。
 飛び回るヒリュウを共にして退路を確認しながら進む。
 地形がなだらかになった場所で斧使いは待ち構えていた。
 獲物を見つけた斧使いは斧を振り上げ、正面から突撃してくる。
 竜見はその大振りをかわして、木の陰に走り逃げた。
「よし、もう少し…」
 竜見は自分とは離れた位置に待機しているヒリュウと視線を共有し、斧使いの位置を確認。
 ヒリュウに指示を与え、自身は更に逃げる。
 隠れていた木を斧使いが薙ぎ払う。
 その背をヒリュウが狙い急降下。
 斧使いは斜面を背に攻撃から逃げた。
 ヒリュウと竜見は再び木々の隙間に逃げる。
 攻防は何度かこの繰り返しとなった。
 斧使いは迷う。どちらを狙っても側面か背後から狙われてしまう以上、
 次の一撃で決さなければならない。
 ダメージを共有するバハムートテイマー相手なら、どちらかを潰しさえすれば勝てる。
 斧使いは木々と霧に隠れ、次の手を狙う竜見に狙いを定めた。
 斧の刃先にアウルを集中させる。
 薙ぎ払う動作と共に魔力で辺り一帯を薙ぎ払った。
「う…ぐっ!」
 衝撃波に身体をあおられ姿勢を崩す竜見。
 その好機を逃すまいと斧使いは更に斧を振りかぶる。
 食らえばひとたまりもない。
 だが、最後の一撃は竜見が早かった。
「とった!」
 背後をとったヒリュウのハイブラストが斧使いを撃つ。
 斧使いは胸を打ちぬかれ、仰向けに大地に倒れた。
「?」
 竜見はふと視線を感じて振り返る。
 木の枝の上にはスーツとメッシュのシャツを着た男。
 来ないと言っていた千影は竜見の様子を確認すると、
 後方に飛び降り、あっという間に姿を消していた。



 盾とはいかなるものか。
 護る物と考えるのはある意味で正しい。
 だがそれは、護るべき物がある時の話である。
 番場の想定とは正反対に、正対した鎧の男は盾を構えた姿勢のまま突撃してきた。
「そう来ましたか!」
 手順としてはワンテンポ狂ってしまったが、大きな問題ではない。
 慌てず魔法書を開き、生み出した雷で真正面から鎧の男を打ち据えた。
 狙いは盾で守り難い足元。ここを狙えば見てから回避と言うわけにはいかない。
 しかし姿勢が低い相手の足元は狙いにくく、雷は地面に着弾。
 鎧の男の足元を吹き上げるに留まる。
 鎧の男は勢いそのままに番場にタックルをかけた。
 近接戦で勝ち目がないのは明白。
 番場は翼を具現化し、後方へ跳ねるように飛ぶ。
 鎧の男はすかさず剣を振りぬいて衝撃波を飛ばす。
 番場は衝撃波に煽られながらも空中へ離脱。
 敵との距離を取る。
 体勢が立て直した頃には、鎧の男は木々の合間に隠れていた。
 見失うほどではないが、遠くから攻撃を当てるには骨が折れるだろう。
 翼を維持できなくなったら優位性が覆る。
 しかし近寄って攻撃をするには敵の遠距離攻撃が怖い。
 自分の使えるスキルを頭に並べ、番場は小さくため息をついた。
 どうやら後一発ぐらいは攻撃を受ける事前提で作戦を立てる必要があるらしい。
「………ふぅ」
 呼吸を整える。セルフエンチャントで掌にアウルを収束させていく。
 おおよその敵の強度は見えた。
 魔力を高めれば遮蔽ごと打ち抜くことも可能だ。
 これならば逃がすこともない。
(……そうなると)
 魔術の準備動作を見た鎧の男は、予想のとおり盾を構えて姿勢を低くする。
 この距離を維持せざるをえないのだから、先に遠距離攻撃でぶつけるしかない。
 そう考えるのは自然だ。
 番場は即席で修正したプランを復唱・反芻する。
 自身が正確に動きさえすれば勝ちは揺るがない。
 番場は向かってくる鎧の男に、2撃目となる雷を放った。



 同じ射撃戦でもそれぞれやり方は違ってくる
 全てのメンバーに共通する課題は距離の維持だが、
 狩野はトラップの設置による解決を試みた。
 視認されるぎりぎりの距離で時間をかけないで済むものから順次作成してゆく。
「…ふむ」
 狩野は手元の作業を終えて汗をぬぐう。
 出来栄えは少々心もとない。
 水を撒いて泥濘を作る予定だったが、持ち込めた水の量が少なかったのと、
 土がしっかり水を吸うために意図したほどの範囲にはならない。
 クロスボウの弦の余りを足元にも設置したが、
 これも敵の透過能力次第では踏み越えられる。
 ただ、あるとないとではやはり違いはあるだろう。
「……」
 人の気配に反応して狩野は木々の合間に隠れる。
 拳法家がゆったりとした足取りでこちらに向かってくる。
 狩野はアサルトライフルを構えた。
 拳法家は斜面を滑るように走り始める。
 狩野のダークショットが足を狙って放たれた。
 着弾点は罠の周囲、足さえすくえれば勝てる。
 その思惑を、拳法家は大きな跳躍であっさりと回避した。
 飛行は苦手だが、飛んだり跳ねたりは得意な手合いだ。
 拳法家はあっさりと罠を飛び越え、狩野の懐へと入り込む。
 次の瞬間には、渾身の掌底が狩野のみぞおちを捕らえていた。
「!!」
 声も出せずにうずくまる。
 立ち上がろうとするが膝が言う事を効かない。
 拳法家は手刀を狩野に振り下ろそうとして…。
 背中から不可視の刃に切り裂かれた。
「…ぐぁ…!?」
 更に数発、刃は拳法家を切り刻む。
 拳法家は背後からの奇襲に反撃することもできず、あたり一面に血を撒いて倒れた。 
「間一髪なのですワ!」
 奇襲をしたのは空を飛ぶミリオールだった。
 時間をかけている間に向こうは全てが終わっていたらしい。
「いやはや、申し訳ない」
 狩野はミリオールに助け起こされ、他のメンバーが待つ山頂へと上っていった。  

● 

 全てが片付いた頃には夕暮れ時だった。
 星守麻里子は山頂の広場から夕陽に染まる街並みをじっと見ている。
「お母さん、か…会いたくなっちゃった」
 竜見はぽつりと呟く。
 母親の気持ちはわからない。
 それでも、子を大事に想わない親は居ない。
 彼女にかける言葉は真摯であればあるほど陳腐になる。
 それが悔しかった。
 狩野は竜見を横目に見る。
 彼女を理解した上で言葉をかけられるのは、
 自分以外にはもう居ないと気づいてしまった。
「過ぎた時間を戻すことはできません」
 狩野の言葉に麻里子ははっと振り返る。
 表情に不安を残す麻里子に狩野は柔らかく微笑んだ。
「貴方ならまだ間に合います。きっと」
 麻里子は何も言わず、深々と頭を下げた。
 その後の彼女が仲直りできたかはわからない。
 …が、久遠ヶ原は広いようで狭い。
 彼女の結末を語る機会はそう遠くない時にあるだろう。
 その結末が幸せなものである事を祈りながら、
 撃退士達は夕暮れの山頂を後にした。





依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: ファズラに新たな道を示す・ミリオール=アステローザ(jb2746)
重体: −
面白かった!:5人

Mr.Goombah・
狩野 峰雪(ja0345)

大学部7年5組 男 インフィルトレイター
撃退士・
仁良井 叶伊(ja0618)

大学部4年5組 男 ルインズブレイド
夜を紡ぎし翠闇の魔人・
鑑夜 翠月(jb0681)

大学部3年267組 男 ナイトウォーカー
ファズラに新たな道を示す・
ミリオール=アステローザ(jb2746)

大学部3年148組 女 陰陽師
炎熱の舞人・
番場論子(jb2861)

中等部1年3組 女 ダアト
想いを背負いて・
竜見彩華(jb4626)

大学部1年75組 女 バハムートテイマー