敵の襲撃に備え撃退士達は山に布陣した。
山と言っても街に近いためそんな標高はない。
代わりにこの位置が進路上では最も傾斜がきつい。
足を止めるならこの位置しかないだろう。
集結を終えた9名と引率の教師は、早速準備を始めたが…。
「ちょっと誤算、でしたね」
清清 清(
ja3434)は荒い息をつく。
手には軍手、大振りのスコップ。体は所々土まみれだ。
彼だけでなく天風 静流(
ja0373)やケイオス・フィーニクス(
jb2664)、
機嶋 結(
ja0725)、南らも似たような状況だ。
足元には大きな窪み。20分かけてようやくこれだけ掘り返していた。
作戦その1、穴を掘る。言うのは簡単だが準備となるとそうは行かない。
重機は車両はともかくドライバーが見つからず、
持ってこようにも場所が場所だけに使えない。
そのため道具はありあわせのスコップだけという人力ぶり。
木の根は深く大地に繋ぎとめ、根を除去しても岩が行く手を何度となく阻む。
穴は深いだけではなく横幅も必要で、斜面の下から見えてはいけないという条件もつく。
この作業に使える時間はたったの30分。
道具の準備や移動でも既にかなり消費している。
いかに超人的な肉体を持つ撃退士がスキルを駆使しても、これは厳しかった。
「まさか、穴掘りをするはめになるとはな」
困惑顔のケイオスだが女性中心のパーティでは何もしないわけにはいかない。
言い出した機嶋のみならず天風も黙々と作業を続けている。
穴を掘るのに適したスキルがない以上は仕方なかった。
「向こうも向こうでしんどそうね」
卜部 紫亞(
ja0256)はかざした手をさげ、小さくため息を吐いた。
作戦その2、木を積んでバリケードにする。
この作業には卜部の他にフィオナ・ボールドウィン(
ja2611)、
ルーガ・スレイアー(
jb2600)、ユウ(
jb5639)が参加した。
木を切り倒してバリケードにする。発想は良いがこれも同様に問題点を抱えていた。
誰も彼も、木を自分の思う方向に正確に倒す、などと言う技術は持ち合わせていない。
そして一度倒してしまうと、重機無しでは動かせない。
乾燥済みの切り分けた木材ならともかく、生木のままでは話にならない。
勿論、制限時間は30分也。
スキルで幹を削るのは容易であったため、穴を掘るよりはマシだったが、マシ程度である。
四苦八苦してようやく形にはなったが、有効な高さと厚みかと言えば不安が残った。
「絡め手というにはお粗末かもだけど、でもごり押しで戦うよりマシかしら」
卜部はそっと他の作業に目をやる。
ユウの倒した木がバリケードを更に厚くした。
「これが最後の一本です」
息を僅かに乱しながらもユウは笑顔を向けてくる。
卜部は周りを確認する振りをして視線をそらした。
人間のような悪魔は苦手だ。彼らの外見が半端に人間に近いことに腹を立てる。
こんな感情が原因でミスをしてもつまらない。
卜部は深呼吸して再び正面に向き直う。
「おう、頑張れよお前ら」
監督していた石戸は気づいたのか気づいていないのか、
やる気ない風情で煙草をふかしているだけだった。
◆
悪魔も色々。というのはあるにしても、ルーガのそれは毒されすぎだろうと思わないでもない。
ディアボロ出現まで数分、という間際になっても携帯を操作しているルーガを見て、
卜部は完全に毒気を抜かれてしまった。
周囲の様子にもルーガはどこ吹く風である。
「今日もまたディアボロを退治するお仕事が始まるなう(;´Д`)」
いつものとおり流れの速いSNSに書き込み。
「がんばってー」だの「おつ」だの、早いが特に意味の無い返信が友人から帰ってくる。
「見たーい」というのはディアボロの写真を、だろうか。
もうそんな余裕もないが、一応遠景から写真に写るか試してみる。
山の裾野に到達したディアボロは木々に体が隠れており、
ここからでは全容を確認できない。
しかし、その巨体さだけは遠目にも十分把握できた。
「あれが…」
姿を現したそれは写真で見る以上に迫力があった。
体高は象よりも2回り大きく、横幅は猪らしくそれ以上。
阻霊符の働きで透過できなくなった木々を避け、あるいは薙ぎ倒し、
無人の野を行くかのように進む。
「現れたな。存分に楽しませてもらうぞ」
赤い装束を翻し、フィオナは悠然と敵の正面に立つ。
その傍らには機嶋と清が立ち、木々の上にはルーガ、ケイオス、ユウが備える。
卜部と天風、南らは彼らから離れるように茂みの影に伏せた。
ケイオスは俯瞰する位置から陣形を見下ろし、その中心に立つフィオナに目を向けた。
「戦を始める前に一つ聞いてよいか、人の子よ」
フィオナは自分への問いと気づき、振り向いて空を見上げた。
「汝は何ゆえ姿を晒すことに拘る」
「何だ。そのようなこと、愚問だな」
フィオナはさも当然と言わんばかりの態度で正面に向き直る。
「理由はひとつ。屍とはいえ竜と正面から対峙したこの我が、今更獣如きに姿を隠すわけにはいくまい」
「ほう」
それは彼女らしい矜持だ。
ケイオスからすれば大小どちらもディアボロに違いないが、
討伐する側からすればその威容に立ち向かったことは大きな意味があるのだろう。
「勇敢と言うべきか無謀と言うべきか…」
「それを履き違えているように見えるか?」
「いや。其の有様、其の心意気には敬意を持って我も答えねばな」
彼女の思想を全て理解したわけではない。
ただ、戦いに真摯な姿勢は何者にも換え難い。
ケイオスが上機嫌な一方、機嶋の気分は悪くなる一方だった。
(仕事とはいえ、はぐれ悪魔が3人もなんて…)
ケイオスは特に悪い。悪魔でしかも男性型など最低だ。
自分の嫌いなものが詰まっている。
人間に影響を受けたからか、それとも元からなのか。
男性らしい思考が根っこにある点も癇に障る
人間と変わらない見た目のユウも気に入らない。
自分達と違う生き物が、自分達を真似をしているという事実がどうしようもなくおぞましい。
その点で言えばルーガも…。
「…………」
スマートフォンでディアボロを撮影している悪魔の姿は、
流石にシュールすぎて哀れにすら見えてきた。
機嶋はふっと我に返る。
仲間であるうちは無視しよう。そう決めて深呼吸する。
それが自分なりの最低限の誠意だ。
ディアボロは徐々に近づいてくる。
猪のようと言われていたが、まさしく下半分や顔は猪だった。
手足の動きを見る限り、筋肉や関節の作りも猪とそう大差はないのだろう。
あの巨体でどこまで違うかは不明だが、猪の跳躍力を計算に入れたのは正解だった。
「本当に猪なんですね」
清はすこし呆れたように評した。
鼻を鳴らす仕草や首を振る動作など、普通の猪と大差ない。
「人畜無害、というならいいんですけどね」
「ディアボロやサーバントである以上、それはない」
天風が呟くように言う。そのとおりだ。
なにより、自分達が呼ばれた段階で無害ではなかったのだ。
「彼らにとっては本能でも、デザインされた段階で悪意がある」
「ええその通りです。潰しましょう」
悪意によって形作られた本能・理性。
それが獣であれ人であれ、撃退士には破壊する以外の選択肢は無い。
「……む?」
ディアボロにもっとも近い位置に居た天風は猪の異変に気づく。
助走に入ろうとしたはずの猪はその場で立ち止まっていた。
「妙ですね」
隠れた者、姿を現した者、どちらも呼吸を忘れて猪を注視する。
気迫が衰えたわけではない。
次の瞬間にも走り出すだろう。
だが何故ディアボロは動こうとしないのか。
たっぷり1分、睨みあった猪は背中からミサイルを射出。
直情にあがったミサイルが正面を指向したのにあわせ、猛烈な勢いで坂を上り始めた。
「来るぞ!」
猪は斜面を登りながら正面にバリアを展開。
足元の土を巻き上げながらも、徐々に速度をあげていく。
ミサイルが先頭の天風の近辺に着弾。土煙を巻き上げる。
猪の姿が一瞬消える。天風は必死に視線で猪の姿を追った。
撃退士達のキルゾーンまで残り数秒。
猪は突然、何もない場所でふっと進路を変えた。
トラップへの直線コースではなく、卜部が伏せた位置への直撃コースだった。
「しまった…!」
完全に気づかれていた。
猪は跳躍力に優れるだけではない。
嗅覚も犬以上の生き物だ。加えて警戒心が非常に強い。
元となった生物由来の能力で伏せている人間の匂いを敏感に感じ取り、
突撃するコースを選んでいたのだろう。
伏せているだけでは人間の街の匂いは消せない。
回避された天風は慌てて外に飛び出す。
このまま一撃も与えないままではまずい。
「行かせるか!」
武器をリボルバーM88に換え、腰から下を狙いに三点射。
命中するが浅い。位置と体勢が悪く、木々に阻まれ大した効果を上げていない。
猪は卜部に真正面から込んでいく。
「止まりなさい!」
卜部はフレイムシュートを猪の足元めがけて放った。
放たれた火は地上を舐め、燃え広がる。
だがしかし全くと言って良いほど効いている気配が無い。
清が言っていた。変電所を襲うなら電気に強いかもしれないと。
変電所を破壊する際の物理的な影響を避けるのだとしたら、同時に熱にも耐性がある。
「くっ…」
ギリギリで異界の呼び手を発動。猪の足元に黒い手が湧き上がる。
だが猪はこれを強引に勢いと怪力で踏み潰しながら突破。
そのまま卜部に正面からぶつかっていった。
弾き飛ばされた卜部は斜面をなすすべもなく転がり落ちていく。
正面に布陣していた6人は、ここでようやく猪を射程に捉える位置に入る。
先手は魔法の猛攻撃だった。
「降り注いでください、カプリコーン」
清の脹脛付近のアウルの輪が光る。
魔力は敵の直上へ。彗星の形をした弾丸が猪の頭上から降り注ぐ。
着弾点には山羊座の紋章が現れ、魔術の所定の効果を発揮したことを告げる。
彗星は確実に効いていた。
重圧の効果も出ているが、ディアボロの速度の前では焼け石に水だ。
振りきりながら前へ出る。
「そーれ、封砲びびびーむ!」
ルーガは属性を魔法に切り替え、雷桜を振りぬいた。
直線状の光が猪を正面から捉える。
強力な攻撃ではあるが武器によるアウルの補正がないため殻を少し削るに留まる。
ユウがその光を隠れ蓑に水の刃でミサイル発射口を狙う。
ケイオスはそのタイミングで詠唱を終わらせた。
「我の業炎…その身をもって味わうがいい」
ケイオスの頭上に現れた火球から、無数の火の弾丸が発射される。
巨大なディアボロであればそれだけで大きな被害を受けるはずだったが…。
「やはり効いていないか…」
外骨格は魔法攻撃に弱いようで、卜部のフレイムシュートよりは効いている。
範囲攻撃であれば光弾で攻撃を繰り返すよりは有効で、足元の地面もある程度は抉れる。
とはいえダメージを与えることが目的ではない。
これで少しでも気を引いて仲間が付け入る隙をと考えていたが、
猪が頭上を見上げることはなかった。
猪は変わらず一心不乱に正面突破で走り抜ける。
フィオナの正面からの円卓の武威もバリアに弾かれる部分が大きく効いていない。
清とフィオナはその正面から回避する。
「ただの獣、というわけにはいかなかったみたいですね!」
少しでも足止めしなければ。
タウントが効力を発揮していないとわかるや、
機嶋はすぐさま猪の前に躍り出た。
ヒヒイロカネをかざし、銀の盾を発動。
機嶋の正面に光の盾が現れる。
機嶋はバリアの突進を正面から受けた。
電流の弾けるような音が当たりに響き渡る。
「!?」
体が浮いた。
アウルは機嶋へのダメージのほとんどを防いだが、
踏ん張りが効かず10tを越える巨体の衝撃を殺しきることは出来なかった。
盾を展開する腕ごと牙で持ち上げられたのだ。
機嶋はそのまま牙で中空に放り投げられる。
体勢が整わぬまま地面に真っ逆さま。
ギリギリのところで天風が受けとめ、大事には至らなかった。
猪は猛攻に耐え、穴につまづくことなく助走なしの跳躍で軽々とかわす。
その後は最悪だ。切り開かれた林はかえって走りやすく、
猪は徐々に速度をあげていく。
「逃がすか!」
フィオナが周囲に剣を実体化。同時に足めがけて一気に投射した。
無数の剣が猪の後ろ足に直撃する。
猪は苦悶の悲鳴をあげるが、速度を落とすには至らなかった。
どの手札も一手足りない。
陣形の乱れがそのまま、ダメージの軽さに直結する。
空中からの攻撃も効果を上げていなかった。
外骨格は魔法に対する強度は物理ほどではなく、
爆撃を受けるたびに徐々にひび割れていく。
「止まれーっ!!」
ユウの放った水の刃が最後の一押しとなった。
背中の外骨格が割れる。
ミサイル発射口は歪み、3基が発射不可能になる。
続くルーガとケイオスの攻撃はそのまま猪の背中に直撃する。
しかし猪の足は止まらない。
3者の攻撃に見向きもせず、全力でその場を離脱する。
攻撃が届いたのはここまでだ。
撃退士達はなすすべなく走り去る背中を見つめることしか出来なかった。
「南、卜部を拾って来い。残りは車に乗れ。山を降りるぞ」
状況を見ていた石戸が呆け気味な生徒に指示を飛ばす。
撃退士が2台に分乗すると、すぐさま移動開始。
次の迎撃ポイント、変電所近辺を目指す。
車が出発して一息ついたのを見計らい、石戸は口を開いた。
「よくやったぞ、お前ら」
「よくやった、とは?」
失敗としか認識できない天風が反抗するように口を開く。
石戸はちらりと天風を見ると、すぐに視線を戻した。
「前の連中と違って傷入れただけ優秀だよ、お前らは」
だが足りなかった、とは石戸は口にしなかった。
◆
猪型のディアボロは変電所を破壊。
その後、追いついた撃退士から逃げ切れず、施設破壊の1時間後に討伐された。
辺り一帯はしばらく停電が続いたが、
復旧までに悪魔の攻勢はなく、大きな被害は無く事態は沈静化した。
ただ、小さな事件が頻発し、普段と違うディアボロの目撃例が多数残った。
それが何を意味するのか。
不安を残しながらも、街は再び光を取り戻した。