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宵風、満月は二人を照らしていた。
落ちる影は淡く、二つ。サーシェとリオを刻んでいる。
そこに変わらず佇んでいる廃れたビルからは何も音は聞こえない。
リオが伸ばした手はサーシェには届かず、落ちた。
「…行くんだね」
「…えぇ」
表情で言えば躊躇。リオはそれを隠しながらもサーシェに同意を示そうと頷いた。
二人が月光を頼りにビルへと足を進めた時だった――。
「サーシェ様、リオ様、お待ちください」
名前を呼ばれ思わず振り向いた先には同じく、二つの影。
「はじめまして。私はリンネと申します。魔法国家ラギスの者です」
「え…?」
リオは戸惑いを隠せずに小さく声を上げる。反対にサーシェは警戒しようと見上げた。
リンネ―六道 鈴音(
ja4192)はにこり、と二人を見ていた。
白銀の髪を揺らした少女、アンナ・ファウスト(
jb0012)はリオを見て頭を下げる。
「お久しぶりです、ルシア様」
私は前世で貴方に仕えていたペイジなのだ、と。
瞳を揺らすリオに紡いだ。
少し離れた位置に居る中学生2人組と、仲間2人を横目に撃退士6人はビルの入り口へ近づいた。
「…言いたい事は色々あるけど、まぁいいさ…」
常木 黎(
ja0718)はため息を付きながらも呟いた。
彼女は撃退士で食べていこうと言っている人間だ。たとえ変な二人組が居たとしても…、やることはやる。倒すべき敵は倒す。
「前世がどうこうは置いておくとして、まずは安全を確保しないとだよね」
ソフィア・ヴァレッティ(
ja1133)も素早くビルの入り口まで移動すると小声で呟いた。
「そやな。二人が幸せなんやったら好きにしたらいいと思うけど…死んでもーたら、もうそれも出来へんねんから」
同意するように呟いた小野友真(
ja6901)はどこか間延びした口調だ。
「あの地からの転生者がまさかこんな所に居たとは……運命とは残酷な物ね…。世界を跨げば力の在り方もまた異なってくる…この世界の力に目覚めぬ限りあの子達に勝ち目はない…!」
やる気のない口調で因幡 良子(
ja8039)はそう言った後
「って、導入で良いのかな?」
と首を傾げる。
「前世…もしあるとしたら、私はどんな人生を送っていたのでしょう…」
それは今の紅葉 公(
ja2931)には分からないことだ。…どれだけ考えても、答えは出ない。
「……愛ちゃん達みたいに目覚めた訳でもないのに、特別な力があるってどういう事なのかな? 愛ちゃんが知らない不思議な力ってまだまだあるのかな?」
周 愛奈(
ja9363)は首を傾げる。撃退士みたいに彼女達には不思議な力があるのだろうか、と。それを聞くためにまずはディアボロを倒さなければならない。
愛奈はそれは理解していた。
6人を迎え入れたビルは静かだった。
―― 一瞬後、彼らを向かえたのは報告通りの蛇が三匹。
牙を剥きそこに居た。
○
一番最初に動いたのはしましま模様の蛇型ディアボロだった。
薄暗いビルの薄汚れた床をを素早い動きで這っては牙をソフィアに向けた―。
ソフィアの前に緊急障壁が展開する。
しましまの牙はソフィアには届かない。
それを横目に黎は拳銃……オートマチックP37を構える。
「さ、お仕事お仕事」
狙うはぶち模様の蛇型ディアボロ。
ぶちの尻尾を微かに捉えた弾にふ、と笑うと声を上げる。
「小野!」
「りょーかい!…つーか、ぶち模様のへびって気持ち悪いっちゅーの!」
それをぶち模様の敵に言っても今は仕方が無い。
黎の少し前方を陣取る友真はシルバーマグWEを構えて―撃つ。
全力のストライクショットはぶちの胴体に穴を開けた。
痛そうに身体を捻るぶち。
公の持つ召炎霊符が火を纏いしましまへと攻撃を仕掛ける。
進行方向を塞ぐように、牽制して。火の粉はしましまへと降りかかった。
しましまへ攻撃を仕掛ける火はもう一つ。ソフィアの召炎霊符だ。
公の前方で召炎霊符を構え放つ。進行方向を塞がれ惑うしましまへとその炎は命中した。
愛奈は後方で黒色の蛇型ディアボロと相対している。
前方に居るのは良子。
(「…愛ちゃんは近距離での戦いは苦手だから、いざという時は頼りにしても良いかな?」)
先ほど良子に説明した言葉を思い出しながら幻想動物図鑑を構える。
生み出されるのは小型の動物の様な物。光を放ちながらもそれは黒へと突進し、引っ掻き、噛み付いていく。急所を外したらしい。効果はあまりなかったようだった。
真っ黒な蛇に良子はロッドを持って走る。
――後方に居る愛奈へ目が行かない様に。振り下ろしたロッドを黒へと振り下ろした。
ゴッと軽い音。ロッドが攻撃したのは床だけだった。
「―ふ、暗黒蛇め。私の魔道激殺波が怖くて逃げ出したのか」
良子の吐き出した厨二病的言葉に撃退士達は「えー」と呟いた。
ぶちは口を開き、牙を友真に向ける。飛び上がり腕に目掛けて噛み付こうとする―。
友真はひらり、と身体を翻して牙を避ける。
「いっ―!」
ずぶり、と良子の足に噛み付いたのは黒。自分を侵す毒に目を回しそうになっては慌てて自分を支えた。
場面は変わって―
「…リンネは、何をしに来たんです?」
サーシェは警戒の瞳を鈴音に向けていた。警戒に気付いたリオは彼女を守るように半歩、前へ進んだ。
「…君たちも、ここに何かが居るって聞いてきたの…?」
サーシェとリオの目的はもちろん、このビルに潜む蛇たちだった。
「えぇ。ですが…サーシェ様とリオ様は、いまだ前世の力に覚醒されていないご様子。ここは、我らにお任せください」
「嘘!私達はちゃんと使える、だってリオと一緒に居るんだから!」
激昂するように叫んだサーシェをリオはなだめるように声をかけた。
「…史子ちゃ…サーシェ…落ち着いて?」
「違うわ!私はそんな名前じゃない、私はサーシェ!そうよね、リオ!?」
瞳を揺らすリオを見つめたサーシェはリオの腕を掴んでそう言った。
(…ああ…これが話に聞く。中二病、おつです)
二人の様子を見たアンナは軽くため息をついた。
「…そう、だね。」
リオの言葉ににこやかに笑ったサーシェはビルに向かおうと身体を翻す。
「まぁまぁ、ここは私達に手柄を立てさせてはもらえませんか」
慌てて鈴音は二人に声をかけた。
「貴方達二人で、どうにかできるの?」
サーシェは鈴音とアンナを睨みつける。
「…私達の仲間が先に入ってます。心配しないで」
「だったら私達も行かなきゃ。守護者である私達も行かなきゃいけないでしょう?」
「…サーシェ…」
リオは言葉を詰まらせるように名前を呼び、何かを言いかけた。
その時聞こえたのは、ビルの中から聞こえる騒音。
現在、戦闘を行っている撃退士たちの微かな声。
「行きましょう、リオ」
「…」
「行くの!私と一緒に、行ってくれるんでしょう!?」
サーシェの言葉にリオは3人を見回した。唇を震わす。
「リオ!」
叫んだ言葉は夜に消えていく。
「…もういい。一人で行くわ」
業を煮やしたサーシェはそう言って、ビルに駆け出そうとした。
「お待ちください!」
(しょうがないなぁ…)
鈴音は大きくため息をつきながらも口上を吐出しすように口から出した。
「出でよ、異界の者よ。彼の者を拘束せよ!」
走り出したサーシェを足止めしたのは、無数の黒い手だ。
「っ、えっ…!?」
目を見開いてるサーシェを尻目に鈴音とアンナはサーシェをロープで拘束した。
「ま、待って、酷いことしないでよ…」
リオは気を動転させながらもロープを持つ二人に話しかける。
「大丈夫ですよ。酷いことはしません」
アンナの言葉にほっとしたリオをサーシェは睨んだ。
「…ごめん、サーシェ。…私…君が傷つくのはイヤ、だから」
本当に、踏み込んではいけないもの。あのビルがそうなのだ、とリオは理解していた。
…今さっき、理解したと言っても過言ではない。鈴音の、力を見たときに。
サーシェを拘束したロープを持ちながら、4人はビルから少し離れた場所へと向かった。
サーシェとリオに会う前に見つけた、安全な場所だ。
「そうだ、よろしければ、前世のときのお二人の話をおきかせください」
鈴音はふわりと手の中に浮かべたトワイライトの光を翳しながら微笑んだ。
○
しましまからの攻撃を緊急障壁で防御したソフィアはライトニングロッドに武器を切り替える。
胴体に穴を開けたままぶちは未だに身体をくねくねと動かしていた。
黎は接近するとオートマチックP37を構える。
精密殺撃で放った攻撃はぶちの頭部を貫いてその向こう側、薄汚れた床を映し出した。
「人間様舐めるからさ」
冷たく笑う黎。びくんびくんと動き―。ぶちはやがて動きを止めた。
「よっしゃ!」
友真はそれを見ると声を上げる。再びシルバーマグWEを構えると黒に狙いを定めて放つ。
黒はそれに気付いて避けようとし、飛び跳ねたが尻尾に当たった。、ぽてんと尻尾を落とす。
召炎霊符を構えた公はしましまに向けて炎を放った。
炎に巻かれたしましまに追い討ちをかけるようにソフィアはライトニングロッドを構えて、振り下ろした。
逃げることもせず、しましまはその攻撃を受けてはぴくりとも動かなくなっていく。
幻想動物図鑑をぱらぱらとめくった愛奈は小形動物っぽいものを生み出し黒に攻撃させる。
苛む毒に膝を付きそうになりながらも良子はロッドを構えては黒を殴った。
黒は致命傷なのか長い身体をぴくぴくさせながらも良子を締め付けようと足に巻きついた。
黎は巻きつく黒に向けて銃弾を放つ。
もちろん狙いを定める、精密殺撃で。
鳴き声も発さずに、黒は巻きついた身体を緩め、床に落ちる。
戦闘が終るのを感じた良子は、大きくため息をついた。
○
4人が待つ場所に向かった6人の撃退士達は、鈴音のトワイライトに気付き近づいた。
「あ、おかえりなさーい」
ふりふり、手を振った鈴音に目を瞬かせたリオは撃退士達に目をやっては傷だらけの姿を見て目を瞬かせた。
「え、あの、…大丈夫…?」
心配そうに表情を歪めたリオに黎は苦笑する。
「大丈夫。…でも次もあるとは限らないからね?」
次、こんなことがあっても助けて上げられるとも限らない。
ぽんぽんと頭を撫でる手。腕には傷が付いていた。
「っ…!」
サーシェはその傷を見ては、目を逸らす。
「……生まれる前の記憶を持っているって、とっても素敵だと思うの。 愛ちゃんも思い出せたら、きっと楽しいと思うの」
どこまでも純粋な言葉。愛奈の言葉にサーシェは拘束されたままの手をぎゅっと握った。
「ほら、折角現世で会えてんやから穏やかに一生を過ごす方が幸せやろ」
偏見なんて一つも無い友真の言葉にサーシェとリオは顔を見合わせる。
その二人に鈴音は微笑んだ。
「お二人は、今生では普通の人間なのです。これからは無茶はなさらないでください」
傷ついた撃退士達を見やり、サーシェはリオに声をかけた。
「…リオ、解いて。私帰ります」
「…あ、うん…」
縄を解いたリオは恐る恐る、サーシェを見る。
「…お礼は言わないわ。助けてもらったなんて、思ってない…」
「サーシェ!…史子ちゃん…お礼は言わないと…」
不満そうに口を尖らせたサーシェにリオは一つ、息をついた。
ぱちん
軽い音。それはリオがサーシェの頬を叩いた音だった。
「…リオ…?」
「…お礼、言わないと。…私達…あのビルに入ってたらあの人達みたいになってたかも…。死んでたかも、知れないよ?」
「……」
「…皆さん、ありがとうございました」
何も言わないサーシェに顔を背ければリオは8人の撃退士達に頭を下げる。
サーシェは叩かれた頬に手をやれば小さく震えた。
「…ありが、とう…ございます」
か細く、それでも確かに礼の言葉を言うサーシェにリオは嬉しそうに微笑んだ。
「…史子ちゃん、帰ろう?」
リオの伸ばした手に、サーシェは迷いながらも手を預ける。
「…サーシェ、だよ」
サーシェの言葉にリオは頷いた。
最後にリオは撃退士達に一つ、頭を下げてからその場所に背を向けて、歩き出した。
その姿は、まるで騎士と姫のようだった。
夜は、明けていく。