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「はっ……はぁっ……くそっ……!」
少年は公園から出て、街のビルの陰で蹲っていた。
手にはファンシーなウサギのストラップの着いた携帯電話を持っている。少年には不似合いに見えた。
途切れ途切れの息に紛れた悪態をついた少年を影が覆う。
「……!?」
「君が斡旋所に電話をした人だね?」
少年が顔をあげると、視線の先には彼と同じ年頃の学生達が立っていた。
蒼と茶、左右で異なる色の瞳を少年に向けているのはグラルス・ガリアクルーズ(
ja0505)だ。
現れた撃退士達に対し少年は訝しげな表情を浮かべる。
「あんたたちは……」
それに対し安心させるよう表情柔らかに黒髪の少女が微笑みかける。
「ここは危ないのでなるべく離れていてくださいね」
神林 智(
ja0459)が言うと、すかさず少年は縋り付くような視線を向けて来た。
「……助けてくれんの、あいつを」
「ええ」
撃退士達は頷き、少年に安全な場所にいるように伝えると夜の街を駆け抜けていく。
「このっ…!」
少女は満身創痍ながらも、気力を奮い起こし、傷ついた手に持つ剣で斬りかかっていた。
対するワーウルフ達は奇声とも悲鳴ともつかぬ声を上げてはひらりひらりと飛び退いてかわす。
少女の傷と疲労は立っているのさえ奇跡と呼べる程に深刻だった。
彼女を支えているのは少年に会いたいという、その想いだけ。
それでも少女の身体はもはや限界で。
三方から襲い掛かってくるワーウルフ達の前に、ついに地に打ち倒される。
地に転がった少女は目を瞑り死を覚悟したが、数秒たっても衝撃は襲ってこない。
訝しむ少女が目を開いた先に見たのは、杭を身に受けて勢い良く吹き飛んでゆくワーウルフの姿だった。
「大丈夫ですか?」
黒い髪が踊る。少女に背中を向け佐藤 七佳(
ja0030)が腕に装着したパイルバンカーを構えていた。
「おりゃあ!」
上空から降ってくるのは男の声。
背より翼を生やし夜空を舞いながら若杉 英斗(
ja4230)がオートマチックP37でワーウルフへと射撃している。
英斗は少女の前に降り立つと、グラス越しにその黒瞳を敵へと向けた。
「犬っころ共、ここからは俺が相手だ」
空より出現した新手に対し、ワーウルフ達は不快げな唸り声をあげなら英斗を睨みつける。
うち一匹が吼え声をあげ突進、英斗に向かってその鋭い爪を振り上げた。
「隙あり!」
振り下ろされる爪、しかし横合いから繰り出されたシルバーレガースによって弾き飛ばされた。片足をあげているのは、橘 和美(
ja2868)だ。そのまま流れるように身を捻りざま、蹴りをワーウルフへと叩き込む。
「正義の味方、橘和美参上ってね! 悪は成敗っ!」
一撃を受けたたらを踏んで退がるワーウルフに対し、和美は構えを取り直しつつ宣言する。
少女は3人の姿に安堵し、力が抜けてゆくのを感じていた。
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先に到着した3人が少女を守るように守勢で戦っていると、すぐに他の皆も到着した。
「敵、発見しました!」
駆けつけながらアサルトライフルの照準をワーウルフの頭部に合わせ発砲するのはフェリーナ・シーグラム(
ja6845)だ。
「自らを犠牲にして恋人の退路を確保するとは、素晴らしいことだな」
同じく駆けつけたアルテナ=R=クラインミヒェル(
ja6701)は少女を守る盾の如くにその前に立った。その姿はまるで騎士のようだった。
「このアルテナが貴殿を護ってみせる。それが私のすることだからな」
ブロンドの少女は長髪を夜風に靡かせながらカイトシールドを構える。
「私が来たからには一切手を触れさせん。なぜなら私は騎士であり戦乙女ヘルヴォルでもあるからだ」
その間に少女の下へ駆けつけアウルの光を向けるのはエステル・ブランタード(
ja4894)。
女の手より緑色の光が放たれ、少女の身を包みこんでゆく。
「あ、ありがとう……」
暖かい光が身を包み、傷ついた身体が徐々に治っていくのを感じて少女はエステルに礼を述べる。
他方。
「多少の負傷は、覚悟の上…です!」
智はシールドを発動させながら両刃剣を操り、振るわれるワーウルフの爪を弾き飛ばしている。
「それ以上好きにはさせないよ」
グラルスは魔法書を掲げた。無尽の光が収束され、先端が鏃の如くに尖った結晶が出現する。
「……貫け、電気石の矢よ。トルマリン・アロー!」
結晶は電撃を撒き散らしながら雷神の矢の如く、宙を切り裂いて飛んでゆく。
鋭く飛んだ矢はワーウルフへと突き立って電撃を撒き散らし痛打を与えた。
しかし、ワーウルフ3体は傷を受けてなお、まだ倒れずに襲いかかってくる。
七佳が加速する。雷矢を受けたワーウルフに向かって駆け跳躍すると、背より光を放出して加速し蹴りを放つ。
ワーウルフがそれを受けて吹っ飛ぶのを横目に和美はアルテナ達に言った。
「彼女のことはまかせたわ!」
和美はブラストクレイモアを構えてワーウルフへと斬り込み、踏み込みと共に両刃の大剣をワーウルフへ振り下ろす、が、狼人はそれをすり抜けるように避け、反対に和美へと爪を繰り出す。
和美は素早く大剣を構え直して受け流しつつ、少女の傍からワーウルフを放そうと公園を駆ける。
ワーウルフはその挑発に乗るかのように和美を追いかけだした。
フェリーナはライフルの照準を一番近くに居るワーウルフに合わせると、その足元に銃弾を放つ。驚いたように足を止めるワーウルフへと智はブラストクレイモアを振りかざして突っ込んだ。弓だと誤射が怖い。そう思って智は大剣で斬りかかる。髪を結ぶ赤いリボンが風に揺れた。
剣閃が走ってワーウルフの身が斬り裂かれ、追い討ちをかけるように英斗がスネークバイトで殴りかかる。
「今度はこっちからいくぜ!」
刃付きの手甲が狼人へと繰り出されて炸裂し、ワーウルフは身を斬り裂かれながら吹き飛んだ。
連続攻撃を受けたワーウルフは地を一回転二回転と転がり倒れ伏す。だが、未だその瞳はランランと輝いていて獲物を探る視線を向けていた。
もう一匹のワーウルフはその鋭い牙で一人離れた和美を食い千切ろうと駆け出す。
七佳の四肢がふわりと光る。その光は淡く、今にも消えそうな純白の光。
「可能なら、ディアボロとはいえ命は奪いたくないですけど……」
七佳には生きるために人間を喰らうディアボロの気持ちはわからなくもない。食事という形で命を奪わねば生きられない以上、天魔の行為を非難する資格は無いとも思う。
それでも、
「同族を守る事は生命として正しい事だと信じますッ!」
七佳は裂帛の気合いと共に和美を襲おうとしているワーウルフに向かってパイルバンカーを放つ。直撃はしなかったが、その杭はワーウルフの足を止めるには十分過ぎる程だった。
すかさずフェリーナがアサルトライフルを向け、ライフル弾でワーウルフを撃ち抜く――その時だった。
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息を荒げながらも公園の入り口から携帯電話を片手に入って来たのは、あの少年だった。
公園で行われる戦闘を見た少年は近づこうとしていた足を止める。
「な、なんだよ、これ……」
一般人の少年には見たこともない光景だった。
少年を見たワーウルフ――和美を追っていた一匹――はその瞳を光らせ入り口の方向へ走っていく。
グラルスは駆け出した。少年を守るように、ワーウルフに手を向ける。唇から紡ぎ出されるのは黒き盾の詠唱。
「そうはさせるか。出でよ、黒曜の盾。オブシディアン・シールド!」
グラルスと少年の前に展開する盾に、少年はぽかんとした顔を向ける。
「……こっちへ! 守ります!」
少女の回復に尽力しているエステルはそう叫ぶ。こちらならば、自分達が居る。ならばこちらに来た方が効率良く守れるはず。
アルテナも少年を呼ぶように手招きした。少女の傷はそれなりに回復している。少年を泣きそうな瞳で見つめていた。
地に伏しているワーウルフは立ち上がろうと身を起こさんとし、英斗は二人に近づかせないよう再度突進するとスネークバイトを振り下ろすように殴りつけた。
「きゃんきゃん吠えてろ、犬っころ!」
言葉の通りワーウルフは大きく、ぎゃん!と叫んで大地に叩きつけられ、ついに力尽きたか動かなくなった。
走る和美にも少年が公園に入ってきたのは見えていた。
自分を追っていたワーウルフがそちらへ行ったのも――
和美の近くに居るのはこの一匹だけ。
「天のシリウスよ、この悪にそまった犬どもを滅したまえ!」
少女は方向を転じワーウルフの背へと向かって駆けながら請願を発した。夜空に輝く天狼星の如くに白く眩く強烈に輝く光がブラストクレイモアへと収束してゆく。
ワーウルフは背後から迫る殺気に気付いたか、肩越しに振り返ったが、その時には既に和美が眼前まで迫っていた。
「天狼斬!」
裂帛の気合いと共に白光剣、一閃。光が閃いた瞬後、ワーウルフの身より盛大に血飛沫が吹きあがった。
狼人はよろめき、たたらを踏む。しかし、それでも決死の覚悟か、雄叫びをあげながら振り向きざま反撃の爪を振るう。
だがその爪が和美の身に突き刺さるよりも前に、横合いから弾丸が飛来した。バーストショット、三発。唸りをあげて飛んだライフル弾は狼人の頭部――動物ならば脳がある部分に突き刺さった。
からん、からん、からんと落ちる薬莢の音にフェリーナは小さく息を吐いた。
ワーウルフは既に叫ぶこともなく、静寂と共に地に倒れ伏していた。
少年は少女の下へと駆け込んだ。その足は恐怖で震えている。
それを見た智は少年に微笑んだ。その微笑は、先ほど初めて会ったときのそれと同じで。
「初対面で言うのもなんですけど……大丈夫、私達に任せてください。お二人の仲を、天魔なんかに裂かせたりしませんから!」
二人を狙うのは最後のワーウルフ。勢いをつけて走ってくる姿に少年は少女を抱きしめた。
もちろん、そんなことはさせない。撃退士達は彼らを守る為にきたのだ。
エステルより放たれた飛燕翔扇が風を纏ってワーウルフへと襲いかかって一撃を与え、その進路上にエステルが盾を構えて立ちはだかる。
狼人が振るう爪と少女が構える盾とが激突して激しく火花を散らした。
「そろそろ止めだ……弾けろ、柘榴の炎よ。ガーネット・フレアボム!」
グラルスが放った真紅の結晶はワーウルフにぶつかって、盛大に弾けた。
炎にまかれたワーウルフはグアアアアアア!! と大きな叫びを公園に響かせて、最後の狼人もついに倒れたのだった。
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「……改めて言わせてもらいます。ありがとうございました」
少女は8人の撃退士に頭を下げる。
少年は唖然とし、少女と撃退士を見比べた。
「ほら、お礼。……助けてもらったでしょ?」
少女が諭すように少年に言えば頭をかいた。
「…ありがと。何か…助かったみたいだ」
少年にとっては何もかもが初めてのことだ。天魔に遭遇したことも。もちろん撃退士達に出会ったことも。
智は少年を見ればこう言った。
「彼女さん、内心とっても怖かったと思いますから、安心させてあげてください。貴方にしか、できないですから」
少年が少女を見れば少女は苦笑いを浮かべる。
「遅くなって悪かったな」
「よく一人で頑張ったわね、怪我とか大丈夫かしら?」
「大丈夫です。彼女に治してもらいましたから。…流石に、服はもう無理そうだけど」
英斗と和美の言葉に首を横に振る。
傷は治っても服までは治らない。肩を竦める少女。視線をエステルに向ければぺこりと頭を下げた。
エステルはにこり、微笑みながらも首を横に振る。
「…これからどうする?一緒に学園に戻る?」
グラルスの言葉に少女は少し考え、少年を見てはいいえ、と答える。
「彼のことも送っていきたいし…。こんな、怖い彼女はもうこりごりかもしれないけど」
撃退士の彼女はきっと、これからも危険なことに合うのだろうか。少年はそう考えると胸が、きゅっとした。
「んなわけないだろ。俺は、お前だから…!!」
少年が勢いに任せて言おうとした言葉を止めるように少女は少年の口を塞いだ。
「…お礼は私が学園に帰ったらしますね。…今回は本当にありがとうございました」
少女は少年の手を引いて歩き出す。
撃退士達は二人を見送った。
二人を見送るかのように、月が光っている。
これにて、とある夜の物語は終幕の鐘を鳴らそう。
「ところで、帰り道はどちらだ?」
アルテナの言葉に撃退士達は、ため息をついたのだった。