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深夜のテーマパークは、何処か違う。
灯りはついた儘で、けれど人気は全くない。
昼間なら賑わう筈の場所は、冷たい程に静まり返っている。
ただぽつんとんと、遠くに付いている灯りだけが目印だった。
昼と夜とで反転したような場所。不思議な感覚。物静かなのが、逆に幻想的にこの場所を見せている。
何時もは煌びやかなこの遊園地は、この夜、どんな姿を見せてくれるのだろうか?
「夜のテーマパークってどきどきするね」
何かが出てきそう。何が出てて、何を見せてくれるだろう?
そう思うのは藤沢薊(
ja8947)。今から戦う筈だが、場が場である。気も浮かれるのだろう。
もしもイルミーションがあれば、音のない幻想的な世界であっただろうし。
「夜の遊園地で恐竜退治、ですからね。……不謹慎ですけれど、少しわくわくしてしまいます」
神林 智(
ja0459)も続けて言葉にしてしまう。これがディアボロでなければ、一つの冒険譚だ。
或いは、今後、夜のステージでそういうのを舞台にしても良いのかもしれない。
「深夜のテーマパークか……あれ、何か映画でこんな感じのあったよな」
手に持ったライトで周囲を照らしながら千葉 真一(
ja0070)も呟いた。
一体どういうつもりでディアボロをこんな場所に放ったのか。被害を与えるには時間帯が可笑しいし、ただ彷徨っただけならこんな場所には出てこないだろう。
悪魔の遊戯は、人には理解出来ないのかもしれない。
だが、そんなもので犠牲を出させる訳にはいかない。此処は血とは無縁の遊技場。常に笑顔で溢れるべき場所なのだから。
「全く、許せないよね。此処は楽しむ場所なんだから。血とか骨とかいらないよね」
笑い合い、楽しみ、記憶と写真に納まる記念の場所。
血痕なんて似合わないし、この地面に染みこませる訳にはいかない。
メフィス・エナ(
ja7041)の思考は性格からして単純。だが、故にまっすぐで本質に迫るだろう。
平穏の象徴は笑顔。であれば、こういう場所を守り切ってこそ、撃退士だ。
「そうそう。私が来たからにはしっかり片付けて、みんなが楽しめる場所にするんだよ!」
これが初の実戦となる三善 千種(
jb0872)も気負いなどなく、明るく笑って皆に応じる。
「ティラノザウルってどんなのれしょうねー」
子供のように小柄な身体を弾ませるようにして進むulula(
jb0716)。恐竜のディアボロのいると言われる場所まではもうすぐだ。
そこだけつけられた儘の電灯。アトラクションとなるホール。
その前で神林はナイトヴィジョンを装着し、エステル・ブランタード(
ja4894)は現場となるエリアの地図を取り出す。
「大きな敵となりますと、見付けやすそうではありますが注意が必要ですよね〜」
巨大であるという事は、単純にそれだけで脅威だ。
一薙ぎで複数人を纏めて薙ぎ払う一撃。その重さも、やはり大きさと体重に比例するのだろうから。
「恐竜相手、ね」
そう打ち合わせの際、口ずさむに滑らせたのは地領院 恋(
ja8071)。
敵の衝突を好むのが地領院。骨だけとはいえ、どれだけ強固だろう。ぶつかり合い、砕けるさの感触はどれ程か。
獣のように、或いはそれ以上の戦意と衝動を堪えるように。
「……せいぜい楽しませてくれよ、デカイなりにさ……っ…!」
唸りに似た声は、夜闇に消えゆく。
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ぽつ、ぽつと灯った電灯の中、地響きが聞こえている。
頼りない光の中、けれど神林の用意したナイトヴィジョンは十分な視界を確保してくれていた。
物陰に隠れ、そろそろと進んでいく。少し身を乗り出しては、動くその物音へと注意を凝らして。
時折ハリボテの恐竜にびくりとしながら、決して動きは止めない。下手をして敵に発見された場合、仲間は後方で待機している為に孤立無援。危険過ぎる。
幸い、敵に知能はなかった。自分を襲うものなど何もないのだと、エリア中で最も広い場所を闊歩している。
地響き。白く巨大な骨。
「…………」
巨大過ぎる。だが、大きさなど関係ない。一度だけごくりと喉を鳴らし、神林は全員へとメールを送る。
被害は出ていない。
でも、これだけ巨大なディアボロが街へと行けば、どうなるのか。
考えなくても理解出来てしまう。
ただの惨劇で、悲劇で。
「迷っている暇なんて、ないですね」
ぽつりと零れる、神林の声。
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そして、煌めいた輝き。
暗闇を放逐する閃光はエステルの紡いだ星の輝き。
眩い程のそれは周囲一帯を照らし尽し、骨だけの巨体を浮かび上がらせる。
「コレがティラノザウルスれすか。大きなトカゲれすね〜二足歩行れきるなんて凄いトカゲなのれす!」
Ululaの間延びした声とは裏腹に、彼女が紡いだのは光の弾丸。空を走り、急激な光に反応しきれない恐竜の顔面を穿った。衝撃で僅かによろめく。
その瞬間を突くように、四方から飛び出す面々。接近戦を担当するものは、皆、一点狙いとし、放たれた矢の如く駆け抜ける。
つまり。
「――狙うのは、その脚!」
歪むようなエナの斬撃。黒い月を思わせる曲線の太刀筋は足首へと突き刺さり、骨を削っていく。
巨体を支えるには少し細すぎるその脚部。重心を狂わせるには一太刀では足りなくとも。
「重ねていきます!」
まるで釘を打つかのように細密に、曲線を描いて走る神林のブラストクレイモア。エナの一撃で斬り込みの入った場所へと衝突し、骨を破砕する重い斬撃。
ゆらぐ恐竜の身体。此処だとばかりに、藤沢のリボバーがアウルの弾丸を吐き出す。
狙うは当然、二連撃で壊れた脚の一点。鋭い射撃は脆くなっている骨へと更に突き刺さる。
ぴしりと入る罅。たたらを踏む恐竜。
だからこそ、踏み込みはより早く、繰り出す一撃は重く。
此処で決めるべく、千葉が間合いを詰めて跳躍する。
翻るのは赤いマフラーをはためかせながら宙で一転し、千葉が繰り出したのは痛烈な蹴撃だ。
「ゴウライ、反転キィィィックっ!」
飛び蹴りを受け、ついに爆ぜる骨。細い脚部の三分の一程度を破壊したに過ぎないが、それで十分。体重を支えきれずに転倒する。地面へと巨体が転がり落ちる爆音に似た響きと、巻き上がる粉塵。
その中、着地を決めた千葉が名乗りを上げる。
「天・拳・絶・闘、ゴウライガっ!!」
負けぬと吼えるその闘志。返答は。
「尻尾、来るよ!」
大気を突き破り迫る巨大な尾の一閃。転んでいようと無意味と、三人を纏めて打ち据える一撃だった。
重く巨大な薙ぎ払い。散らされるように転がるエナと神林、千葉の三人。
その間に立ち上がろうとする恐竜。
「立ちあがせません〜!」
じゃらりと聖なる鎖が音を立てる。冥魔の眷属たるディアボロを捕え、動きを制限するべく放たれるエステルの光の縛鎖。
そして反対側からも、紫電と共に地領院の放つ雷撃が繰り出されている。
「デカいなりに楽しませてくれそうだ。楽しませて……くれるよなァ!」
紫の魔法陣が地領院の腕に幾つも並び、魔への毒となる稲妻が怒号と共に送り出された。
命中は同時。動きを麻痺させ、前足の爪を地面に突き立てて立ち上がろうとする恐竜を再び地に倒す。
「大きいなら大きなりに、見世物になっていればいいのにね!」
地を這う恐竜へと更に符を放つは千種だ。転倒した上に麻痺したこの機会、逃す訳にはいかないと。
「畳み掛けるよ。呪文とか面倒だから省略っ、炸裂符っ!」
投擲された小さな符は爆裂を引き起こし、骨のみとなった身体に軋みを上げさせる。
呻くように開けられる咢。だが、声どころか音を発する事も出来ず、ただ骨と牙のみを撃ち震えさせる。
その隙にと前衛の三人は立ち上がり、それぞれ側面と背面を取って回り始める。
正面に立つのは危険。そして後衛とは直線状に並ばないように気をつけながら。
同様に後衛に立つものも距離には気をつける。薙ぎ払われる尾に巻き込まれないギリギリの距離を取り、そこから術を、或いは弾丸を放つ。
巨大であるが故の弱点であった脚部と、巨大であるが故の広すぎる攻撃範囲。
立ち上がれない今、押し込むしかないだろう。
地領院とエステルも前衛に近い位置にいる為、尾の範囲にいる撃退士は五名。恐竜が尾を使わない筈はない。千葉が注目されようとも、彼を攻撃しつつ他を巻き込めるなら、例え知能が低くてもそうする。
ようするに邪魔なものを薙ぎ払うのがこの尾なのだから。
けれど。
「さて、行こうか。きっと骨を破壊する音は楽しいよ」
にやりと、狩りを始める獣のような笑みを浮かべる地領院。
お前の時代は既に終わったのだと、そう告げるように。狩られて撃退されるのは、もう朽ちたお前なのだと。
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エナと神林の斬撃は共に弧を描き、最大の脅威である尾を切り捨てようと走っていた。
だが、弾かれる。単純な強度と硬度、そして巨大さの前に刃が奥まで入り込まない。
骨を相手にするなら鋭利な斬撃より破壊の一打を。それをもってしも、この巨大さでは尾は砕けまい。
攪乱しようと千葉は側面へと回り込み、黄金の装甲を装着する。ほぼ同時、迫りくる尾の一閃。
エナ、地領院、エステルを打ち据える一打。千葉はぎりぎりで避け、神林はシールドで受け止めるが、彼女には仲間を庇う能力はない。
「…っ……これは!」
前衛が多すぎる。どんな千葉が恐竜の意識を集めても、五人の前衛は多すぎて、尾で払う以外の選択を恐竜が取ってくれない。その為に増えるこちらの消耗。
麻痺している分楽だと言えも、それも限界があるだろう。
「だったら、その頭を〜」
骨だけの存在にどれだけの意味があるかは解らない。が、脚に続き頭部を破砕しようとエステルがライトニングロッドをその頭部へと向ける。放たれ雷撃はその電流で頭部を砕いた。
「それしかないか……!」
急所と思しき場所がない以上、狙えるのはそこ。地領院もまた電磁感染を再び繰り出す。
麻痺に脚部破損。逃亡する心配はないが、削り合いでしかないこの戦い。ましてや相手は骨だけのせいで、どれだけ消耗しているのか解らないのだ。
「けど、脚が壊れたんです!」
アウルの弾丸を尖らせ、恐竜へと放つ藤沢。
「壊れるなら、倒せない相手ではない筈ですからっ……出来ればその内部、どうなっているか骨の組織構造まで細かく分解して調べたいですけれどねっ」
「そうそう。既に骨だけれど、こちらの攻撃で痛みは受けているみたい、だしっ」
続けて炸裂する符を飛ばす千種。今度は魔力による攻撃だったが、先ほどよりも効果が高い。ぴしぴしと音を立て、額が崩れていく。
「さーて、アイドルがとどめをさすよっ♪ なんちゃって」
少しばかりの威勢を込め、声を出さない相手を見据える千種。
どれだけ消耗しているだろうか。
少なくともこちらは五人も巻き込まれ、それも回復手である地領院とエステルまで巻き込まれている。回復したくとも、恐らく手が回らない。
「うー。私達が前にいくのは危険れすね……」
振り回される尾は前衛、そして強固さを誇る五人だから耐えられているもの。後衛であり、高い命中率や魔法力の反面、物理に弱いulula達では、回復するまで凌ぐ事さえ困難だ。閃光の弾丸が放たれ、恐竜の額の罅を更に大きくする。
更に放たれるエナの黒き月のような軌跡を残して流れる太刀筋。反対側から神林もスピンブレイドを大剣で繰り出し、頭部へとダメージを蓄積させていく。
「かっこいい……けど、時代が違うんですよね! さっと倒れてくれないと、私達が困ります!」
呻き声一つ立てないその身体から、今、どれだけのダメージが蓄積したのか。現在はどの程度の負傷なのか。後どれだけ打ち込めば倒れるのか察する事が出来ない。
「出し惜しみは無理、か」
額に冷たい汗を感じ、千葉が再び跳躍する。
勝負であり、掛けであった。骨の尻尾に打ち据えられ続けたメンバーの体力は危険で、回復出来るのは二人。そして麻痺も長くは続かない。
此処で決める。
意を決し、再び翻る赤いマフラー。空中で回転を加えつつ、放たれる最後の一撃。
「ゴウライ、反転ドリルキィィィック!!」
今の今まで攻撃が集中し、罅の走っていた一点を穿つように繰り出された痛撃の蹴り。
穿ち抜き、砕けろ。その思いを乗せ、突き破る骨の壁。
だが、それは穴だった。
穴が空いても中は空洞。その衝撃で大量の罅が頭部に走るものの、致命傷にはならない。
再び振るわれる尾。一撃で薙ぎ払われる五人。
消耗は危険域。回復に回ろうとすれば押し切られる。恐竜を縛っていた麻痺もついに抜け、交代したメンバーを追い抜いてトドメに走ってくるかもしれない。そんな焦燥が千種の身を焦がした。
「お願い……!」
放たれる魔の爆裂。産み出された符はまるで奇跡のように額に開いた穴へと吸い込まれ、内部で爆発する。
そして、びしり、びしりと氷が砕けるように、硝子が砕けるように。
その頭部が砕け散っていく。
そしてずしんと、重い響きを残して、ついに恐竜はその身を地へと倒した。
動かない。
動かない。
当然であるように、骨だけの身はもう動かない。
「ひ、ヒーローじゃなくて、アイドルが倒しちゃった、かな?」
そんな千種の苦笑いと共に、荒い息を吐いて膝を付く前衛の五人。
応急箱や、使う暇がなかった治癒のスキルを連発させて傷を癒して行く。
「さて、後は……」
そう、残るは。
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夜に浮かび上がるのは、煌びやかなイルミネーション。
輝かしい光は連なる星のようで、動き回るアトラクションは夜の闇と相まって何処までも幻想的だった。
決して開かれない、真夜中のカーニバル。
こんな機会がなければ、決して遊べないであろう、夢の遊園地。
それでも疲労はあり、負傷の痛みもある。全員が全員、深夜のアトラクションへと興じるのではなかった。
「昔は家族で遊びにもきたよなぁ」
そう感慨深げに呟くのは地領院。遠くから、まるで言葉にした過去の一瞬を思い出そうとしているかのように、遊び回るメンバーを眺めている。
特にハシャいでいたのは神林だ。恐竜や煌めくアトラクションの写真を撮り続け、そして遊び耽っていた。
時間にしてほんの一時間かその程度。戦いの後でなければ、朝まで遊んでいたかもしれないが、やはり限界だったのだろう。
既に千種は乗り物に持たれ掛かるようにして、むにゃむにゃと寝息を立てている。
「今度は、依頼としてじゃなく、皆で遊びに来たいな……」
深夜の真っただ中。時を忘れ、世界を忘れ、異世界のように光り輝く遊園地を眺めて藤沢が呟いた。
「ああ、今回はお疲れ様だったしな。次は仕事ではなく、遊びできたいもんだ」
にっと笑う千葉。
どうしてこうなったのかは解らない。
でも、確かにあった、一夜の話。
動く骨だけの恐竜のディアボロと、遊園地のお話し。
音はなく、ただ静かに、夜は明けていく。
(代筆 : 燕乃)