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暗雲、立ち込める京都市内―結界内へ入る9人の撃退士。
簡単には壊れぬよう、強化されたバスを走らせそこへいく目的は――
「…無事、他の班も結界内へ侵入したらしい」
廿楽 冬樹(jz0120)は光信機に入った連絡を集まっていた撃退士達に伝える。
各々頷き、戦闘の準備を整えていた。
「京都に来るなんて久しぶりだね!いつぞやの大規模作戦以来かも!」
御子柴 天花(
ja7025)は緊張を表情に宿しながらも笑う。 周りの緊張を解すその笑顔に誰かが息をつくのが聞こえた。
いつぞやの大規模作戦―4月〜5月にかけて行われた京都を舞台に行われた作戦に天花は参加していた。
その後にも残された人を救出する作戦に参加していた者も居る。
表情を変えずに席へ座り黙々と集中を高めている影野 恭弥(
ja0018)もその一人だ。
「陽動とは言え、攻める側ですからね。気が抜けません」
メガネの奥の瞳を緊張に揺らがせながらも言うのは結城 馨(
ja0037)だ。
ぐい、と背伸びをしながらテト・シュタイナー(
ja9202)は笑う。
「暴れるだけ暴れてから逃げろ、って事だろ? んじゃ、時間一杯暴れてやんよ! 」
「…はい。ザインエルの動向の真偽はともかく、あちらが動きを変えたこと自体は事実ですし、もしかすると見落としてはいけない何かが進んでいる可能性もあります」
神月 熾弦(
ja0358)はそう静かに言う。今回、この班の目的は調査ではない。…だけれど陽動も重要度は同じだ。
全力を尽くそう、と熾弦は頷いた。
「鬼が出るか蛇が出るか…」
冷静に言いつつその唇で淡く微笑みを作るのは常木 黎(
ja0718)だ。同意をするように頷く雀原 麦子(
ja1553)は気合十分、と言うように拳を握った。
「まぁ、なにをこそこそやってるのか、しっかり暴いてやりたいとこね♪」
「はい。この作戦がうまくいけば大規模で取り残した方々を助け出せるきっかけができるはずです…」
未だ救出されていない人が京都には居る。鈴・S・ナハト(
ja6041)は師匠のように人を守れるようになるためにも頑張る、と微笑んだ。
○
向かう場所は東本願寺。手前で降りて烏丸五条へ行き敵を誘導しながら東本願寺へ行く、というのが作戦だ。
バスから降りる直前に冬樹が口を開いた。
「…一応言っておくが、国宝や重要文化財があるから…極力壊さないように努めてくれ」
重要なことを言うのだ、と期待した撃退士達の視線から目を逸らす。
「あはは、がんばるー。あ、おやつ準備してきたけど食べる? 」
天花の取り出した菓子に一同は「また後で」という発言した。
バスから降りれば京都の町並みが見える。所々壊れながらもまだ建物としては残っている。
人の姿は見えない。まるでゴーストタウンの様だった。
人の姿は見えずとも…見えるのはもう一つある。
烏丸五条へ向かう撃退士達へ向かって来る複数の影―。
サーバントだ。
隠れずに向かっていた為そこらに居たサーバントにすぐに見つかったらしい。
敵の数は蟻のような姿をしたサーバント、ミュルドゥン、トカゲのような姿をしたリトルリザード、大きな鳥、ガルダ。
撃退士達は烏丸五条に差し掛かる―。
シルバーマグWEを構え、表情を変えることなくミュルドゥンに放ったのは恭弥だ。
グアア、と咆哮を上げ同時に光線を放つガルダに悲鳴を上げたのは鈴とテトだった。
光の光線寸分狂うことなく二人を貫いた。
避けようとする隙もなく―。
「っ―、早く行け」
冬樹が鈴とテトの背を押しては盾を構え後ろへ着く。
見えた範囲攻撃に警戒し、散開した黎は自身の銃を構えては撃つ。
銃撃を受けたミュルドゥンはギィギィ、と鳴きつつも攻撃を受けた。
畳み掛ける様に大太刀をミュルドゥンに向けて振り下ろしたのは麦子だった。
リトルリザードが口から炎を吐き出せば直線上に居た麦子と黎を襲う。
テトが魔法書を構えて魔法をミュルドゥンに向ければあっけなく、腹を天向けて倒れた。
「最初からクライマックスなのだぜぇ!」
天花の構えたエネルギーブレードが唸りを上げる。
闘気解放をし、極限まで鍛え上げたエネルギーブレードはリトルリザードに突き刺さった。
一発で、とはいかずとも効いたらしい攻撃に天花は笑った。
鈴は傷を負った身体を支えながらも前に出る。
グンフィエズルを構えてはリトルリザードへ向かっていくが寸でのところで避けられてしまう。
熾弦はふわりと光る光をテトへと向けた。癒しの光はテトを癒していく。
「あ、ありがとな…」
テトの言葉に熾弦は微笑んだ。
馨の持つ石版が生み出した石の礫はリトルリザードへ向かっていったがあまり効かなかったようで―リトルリザードは傷を抱えながらも撃退士達を追ってきていた。
○
開放された駐車場を通り、中へと進入していく。
趣のあるそこは普段は戦闘なんて起こらない、静寂の場所だ。
たどり着くまでにも互いの攻撃は耐えなかった。
押して押されて、互いの体力を削っていく。
東本願寺へやっとたどり着き敵を迎えたのは作戦開始から10分が立った時だった。
陣形を整えて迎える敵はガルダ1体、蒼鴉1体、リトルリザード1体。
先ほどからガルダへの攻撃を続けているが一向に戦闘不能になる気配は無かった。
恭弥が放ったクイックショットは蒼鴉の片翼に穴を開ける。
ふと、見たガルダに先ほどみた攻撃の兆候を感じ取った恭弥は慌てずに、しっかりとした口調で言った。
「…来るぞ。気をつけろ」
声を聞き届けた撃退士達は避けようと走り出す―。同時にガルダの口から光線が吐き出された。
鈴は光線から回避しようと身体を翻す。
直撃を避けることは出来たがそれでも攻撃力は高く―。
「きゃああああああ!!」
「鈴!」
叫ぶように名前を呼んだのは誰だったろうか。
倒れる寸前に鈴が見たのはただただ、迸る閃光だった。
黎は応急処置が間に合わない―気絶した彼女を起こしてもすぐに再び戦闘不能になってしまう―と判断して蒼鴉に向かってストライクショットを放つ。
先ほど穴が開いた方と反対側の翼に穴が開いて、地面に落ちていく。もう戦えないようだ。
麦子が大太刀を構えてはリトルリザードに振り下ろした。
寸でで避けたリトルリザードの身体と尻尾が切り離される。
尻尾はびったびった、と跳ねた。
「…うわぁ」
麦子は微妙なものを見る視線を尻尾に向ける。
リトルリザードは尻尾を切られた恨みなのか麦子に向かって火を吐いた。
―近づきすぎていたらしい。その炎は麦子を容赦なく襲う。
じりじりと痛む傷に思わず膝を着いた麦子の横を魔法の光が通り過ぎていきリトルリザードに当たる。テトが魔法書から放った攻撃だ。
「大丈夫か!」
「な、なんとか…」
テトの言葉に頷いて傷ついた身体に我慢しながらも立ち上がった。
「切れた尻尾は掴んで素早く投げつければ投擲武器に!…ならないか」
なりません。
天花は未だにびったんびったん動く尻尾に興味を示しつつもエネルギーブレードを構えては飛燕―衝撃波をリトルリザードに放った。
「よーし!」
ぐっと拳を握った天花。
麦子の回復に当たったのは熾弦だ。
心配そうに見る熾弦の視線に麦子は苦笑しながらも手を横に振る。大丈夫だ、とそう示す。
馨は最後の念押し、とばかりに石版から石礫を作り出すとリトルリザードに放った。
バタン、と後ろに倒れたリトルリザードに息を吐けばふと何かに気付く。
…先ほどのリトルリザードの放った炎のせいだろう。
東本願寺の大きな門に火が移っていた。
「…やばいぞ」
「……解ってる」
動かない鈴の前に盾を持って立つ冬樹が唖然と呟いた言葉にどこまでも無表情な恭弥は頷いた。
ガルダに接近されないように気をつけながらも恭弥は備え付けの消火器を持って消火活動に入る。
テトは自分に向かってくる光線に気付くのが一足遅れた。
「なっ…」
慌てて駆け出す冬樹も間に合わなかった。テトが後ろへ倒れていく様子が見えて慌てて抱える。
ぼんやりと目を開けて冬樹を見上げるテトにほっとして彼はヒールをテトにかけた。
黎の放ったストライクショットはガルダに命中する。
こんな所で倒れるわけにはいかない、と黎は心にその気持ちを置いていた。
身体を迸っていたあの火傷の感覚も消え麦子はほっと胸を撫で下ろす。残っていたガルダに大太刀を向け切り上げるも届かない。
回復をしても満タンにまでは回復しない体力にテトは苦笑しながらも冬樹に今は何時か、と問う。
「…後10分。耐えられるか?」
「当たり前」
冬樹の言葉に頷けば魔法書を構えては生まれた魔法の力をガルダに向けた。
避けるガルダの片翼の隅に当たっては消えていく。
ガルダは怒りの咆哮をテトに向けた。
「ははん、いくら飛んでても無駄だね。こちらに向かって飛んできたときが貴様の命日だっ!…って…あ」
スキルが切れていた。天花は思わず呟けば最後に残っていた闘気解放を使ってガルダを切り付ける。
熾弦は再び麦子に回復の手を向けた。
消火器を手にしていた恭弥の手が止まる。
火はようやく消えた。燃えた痕跡は残っているが…これくらいは許容範囲だろう。そう思いたい。
満身創痍のガルダは最後、とばかりに息を大きく吸い、光線を放つ。
向かうのは麦子と熾弦。
叫ぶ声も聞こえずに。
光が消えていけば倒れていたのは麦子だった。熾弦は傷を受けながらも耐えている。
「Drop dead!」
くだばってしまえ。黎が放った渾身の弾丸はガルダに向かって飛んでいき、命中した。
先ほど落ちた蒼鴉と同じように地面に落ちたガルダを見れば撃退士達は息をついた。
「…まだ時間はもう少しある。…回復しようか」
いつ敵が現れるか解らない。現れるだろう。ここまで派手に戦闘をしたのだ。
冬樹が口に出したときだった。――後ろから咆哮が聞こえる。先ほど聞いたばかりの、ガルダの声だった。
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「…援軍、みたいだね」
黎が銃を構えなおして呟いた。
ガルダと、ミュルドゥンが2体。
体力やスキルはだいぶ消耗している。それでも戦わないといけない。タイムリミットまで――。
恭弥は地面に置いた消火器を後目にミュルドゥンの1体にに銃を構える。静かに見据えては、撃つ。
ガルダは傷ついている熾弦を見下ろしては光線を放つ。
逃げれない。だってそこには倒れている麦子が居るのだから。
せめても、と麦子を守るように身体を動かした。
「っ――!」
熾弦の意識が霧散する。倒れこむように麦子の身体に覆いかぶさった。
「まだ――」
死ねない。負けるわけにはいかない。黎は自分の銃を構えては放った。
ミュルドゥンは身体に銃弾を受けたが辛うじて生きているようだ。
「拙いな。ちょいと本気出すか……!」
テトはふ、と息をついて瞳を閉じて言葉を放つ。
「廻る力よ、母へと還れ!」
自分の内へ、子宮へ巡る力にテトは目を開いた。
「あー、もう!」
天花はエネルギーブレードを構えて傷ついていた方のミュルドゥンに振り下ろす。
ギィ、と不快な声を上げながらも倒れていく。
ミュルドゥンは口から何かを吐き出す。それは武器を弱体化させる塩酸だった。
それは近くに居た天花にかかった。
「Of this I prayeth remedy for God's sake, as it please you, and for the Queen's soul's sake.」
馨は魔法で出来た矢をミュルドゥンに向かって放つ――。
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「時間だ!そろそろ御暇しようぜ!」
テトはタイムリミットを叫んだ。
撃退士達は頷いた。
傷ついた仲間を抱える。主に男性陣が。
敵は敏感にこちらの動きを察して攻撃を仕掛けてくる―。
「早く、急げ」
恭弥は抱えていた熾弦を冬樹に丁寧に預ければ撃退士達の最後尾へ。銃を構えた。
「…の馬鹿!」
冬樹は慌てたように叫ぶ。
ここでの殿がどれだけ危険なのか、恭弥も解っているはずだ。
道なりに沢山のサーバントが居た。戦闘を聞きつけて来たサーバント達だろう。
一番前を行く黎の元へバスが来た。
生徒会の彼らだ。
彼らに押し込められるようにバスの中へ入った撃退士達は走り始めたバスの中でようやく、息をついた。
「…ビール、飲みたいわね…」
皆と一緒に。
目を覚ました麦子は一言、呟いた。