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マスター:桂樹緑
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:6人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2012/07/06


みんなの思い出



オープニング

 晴れきらない、どんよりとした曇り空が人を憂鬱な気分にさせる。日が照らないからか、どうにも薄ら寒い。よく使われる慣用表現を借りるならば、泣き出しそうな空模様──と表現すべきな天気だった。
 そんな空の色を映したような、濁りきった水面を校内の片隅にあるプールはたたえていた。
 片隅というのには、少し語弊があるかもしれない。長さは百メートル、校内のプールとしては、決して小さい方ではない。目立つ施設だ。しかし屋外にあるがゆえ一冬の間、誰からも忘れ去られていた。
 冬が過ぎ、春を迎え、そして初夏へと差し掛かろうとした今日、その場所を訪れたのは、一人の女性だった。
 そこそこの美人だが、どこにでもいそうな雰囲気の人物だ。若干不名誉な言い方になるが、この学園においては、彼女のような外見の女性はさほど珍しくない。
 彼女がここへと来たのは、望んだわけではなく、単に職務上の理由に過ぎない。彼女は体育教師で、水泳部の顧問で、屋外プールの管理責任者だった──そんな、どこにでもある理由でしかない。
 けれども──そのどこにでもある環境、ありふれた理由、さして珍しくもない偶然が、彼女にとっての不幸の源だった。
 どろりとしたプールの色は、つい目を背けたくなってくる。だが彼女はこの「汚れ具合」を確認に来たのだ。
 もうすぐプール開きがある。学校生活においては、夏の到来を告げる通過儀式のようなものだ。しかし当然、この有様ではプールの利用などおぼつかない。掃除をしなくてはならなかった。その音頭を取るのが、体育教師である彼女だ。憂鬱の理由は、つまるところそれだった。
 誰もこんなところの掃除をしたがるわけはなく、生徒たちをなだめすかしてそれをやらせるのが彼女の役目。だがまだ若く、威厳(あるいは迫力)に欠ける彼女にとってそれは難題だった。
 ジャージの袖をまくり上げながら、プールサイドへと近付く。好き放題に繁茂した水草と藻の臭いが、彼女の鼻を突いた。顔をしかめる。学生時代も含めればこの状態のプールに立ち合うのはもう慣れたものだが、だからといって好きになれるわけでもない。駄目なものは駄目なのだ。
 この澱み切ったプールとさえ呼びたくないような巨大な「水たまり」へと、彼女は手先を突っ込んだ。どろりと、まとわりつく不快な粘性。これは水と呼んでいいのだろうかと、疑問を抱くレベルだ。
 今、この場所にいる自分も不幸だが、近いうちに掃除させられる生徒もまた不幸だ。必要以上に生徒に感情移入するたちではなかったが、そのくらいの同情心は持ち合わせている。
 それにしても、だ。プールを使わなくなった去年の秋から半年そこそこで何故こんなにも汚れ果てるのか、本当に不思議だ。
 プールに蓋でもつければいいのにと思うが、これだけのプールに蓋するとなると大きさは尋常でないものになる。そんな蓋を作ることはもちろん現実的ではないし、そもそもそんな蓋を取り外してどこに置いておくというのか。
 愚にも付かない想像をする自分に、くすりと自嘲気味の笑みがこぼれた。
 さあ、やるべきことはやってしまおう。そう自分に言い聞かせて、濡れた腕の雫を払う。はねた飛沫が、淀んだ水面を叩いて波紋を作った。
 どこでも、いつでも見られる当たり前の光景。のはず──なのに、違和感を覚えて女体育教師が首をかしげた。
 波紋は消えることなく、それどころか数を増やし、水面を覆っていく。小波のように水面をさざめかせ、飛沫が彼女の足元を濡らした。
 ことここに至って、彼女もようやく異常を理解する。何かがいる──それを疑う余地はなかった。
 誰かのいたずらか、と最初に思った。しかし彼女も「こういう学校」の教師だ。すぐにその可能性を頭から振り払う。
 現実を見ろ、生ぬるい希望的観測で命を落とした教え子は枚挙にいとまがない。そういう悲惨な状況も、彼女は何度も目撃してきた。だからこそ、だからこそ今、その身体が自動的に動いていた。
 彼女がプールサイドから飛びのいた瞬間、水面が大きく爆ぜた。水の中から突き破るように、濁った水柱が曇り空を貫く。
 思わず目を見張った。それはつるりとした質感の、巨大な黒い蛇のような──もしくは龍か、あるいはさらに別種の生き物か。水面から鎌首をもたげ、長い蛇体を持つ姿を「それ」は彼女にさらしていた。
 太さはプールの横幅近くある。こんなものが、水中に全身を収めているとは思えない。この世の生き物ではないことは明らかだった。
 学園において、この手の存在がなんであるかなど考えるまでもない。
 それは──ディアボロだ。ほかにはあり得なかった。
 ゴロゴロと、雲間に遠雷が鳴り響く。見る間に雲行きが怪しくなっていく。夕立がくるのか、と思った瞬間──雷鳴が、彼女のすぐ近くで鳴り響いた。思わずうずくまり、体を丸めた。
 白い煙がしゅうしゅうと音を立てながら立ち込め、焦げ臭さが周囲を満たしていく。どうやら、プールに併設された更衣室の建物を、雷が直撃したらしい。
 彼女には、まるでこの蛇体の化け物が雷を呼び寄せたかのように思え、恐れを込めた目で顔を上げる。
 だが、そこには何もなかった。あるのは静寂。そして虚空であり、虚無だった。
 思わず、表情がこわばる。どこにもいないことが、どこかにいることの裏返しのような気がして恐ろしかった。
 しかしそれは杞憂。待てど暮らせど、蛇体のディアボロは姿を見せない。雷鳴から身をかがめ、顔を伏せたその一瞬で──黒い蛇のような生き物の姿は消え失せていた。
 はたして、幻だったのか──?
 否、幻ではない。電撃が建物を焦がした臭いが、水面に残るかすかな波紋が、今の出来事が現実だったことを物語る。
 しかし臭いは曇り空を満たす雨くささにまぎれ、波紋さえも水面に溶けて消えていく。
 雨が降ってきた。雷とともに呼ばれた雲が、バケツをひっくり返したような豪雨を彼女の頭上へと降りしきらせる。
 彼女は雨に打たれるまま、ただ呆然と水面を見続けていた。

 この日以降、あちこちのプールで彼女が目にしたものと同じ存在が目撃されるようになる。
 ディアボロが姿を見せる条件は同じだった。初めて目撃されたときように、夕立前の曇り空。そして掃除前の、濁った水面にのみ現れる。これが厳密な条件であるかは分からなかったが、なぜかその状態以外いでは姿を見せない以上、学園側はそれを条件かつ制約として重視。いまだ数カ所に残っていた、プール掃除終了前のいくつかの施設を閉鎖。そこで網を張ることを決定し、撃退士の募集を行なうことを決定した。
 募集には、注意事項として以下の一文が記されていた。ディアボロの生態を調査中、犠牲を出した学園側の苦い経験による『忠告』だった。

『なお、当任務では強力な雷サージによる被害が予想される。感電対策および、携行する電化製品の絶縁には、重々注意すること』


リプレイ本文

 撃退士とは、忍耐が要求される仕事だ。
 アウルを操り、華麗に戦う姿ばかりがクローズアップされがちだが、その一瞬の輝きの裏には、その何倍にもあたる小さな努力の積み重ねがある。
 それは事件に直接対するときもそうだと言えるし、日々事件に備えて己を磨きときにも言える。我慢強くなくては、務まらないのだ。
「……」
プールのフェンスに腰かけた佐藤 七佳(ja0030)は、水面を見つめて静かに考え込んでいた。
(本来、天魔は人の魂を収奪するのが目的‥‥なのに何故無人のプールに出没する? わからない‥‥)
 彼女の疑問に答える者はなく、夏の風が少女の髪を揺らすのみだ。待ち伏せ作戦を決行してはや一時間。プールの淀んだ水面には波のひとつも立っていない。
「プールの掃除前に得体の知れないモノの掃除までしないといけないなんて、厄介ねぇ……」
 七佳から少し離れた位置。
 鼻にかかったような、歳に似合わぬ艶めいた声色で、雨宮アカリ(ja4010)が答える。彼女は先天性色素異常──アルビノである容姿と相まって、妖精めいた蠱惑的な雰囲気を備えていた。
 もっとも、今回のチームは全員女性。その色っぽさを発揮する機会がまるでない。蛇やらうなぎやらに色仕掛けをするのも無意味だ。
「あっちのチームの方に、もう出てるのかしらぁ」
「打ち上げ花火での連絡がないから……まだじゃないかしらね」
 首を傾げたアカリにそう答えたのは、インニェラ=F=エヌムクライル(ja7000)。こちらもずいぶんと色っぽい雰囲気の女性だった。年齢不詳な女の色気をこれでもかと言わんばかりに振りまいている。まさしく──あるいは「あたかも」魔女のように。
「携帯にも着信はないですね」
 携帯の液晶画面を見ながら、七佳もかぶりを振る。
 チームを二つに分けた以上、連絡の準備はぬかりなくやっている。七佳の持つ携帯電話もそのひとつだったし、他のメンバーに至ってはさっきインニェラがいったように、打ち上げ花火を狼煙代わりに使うつもりで用意してきた。
 どれかひとつがディアボロに潰されても、他の手段で必ずフォローできる。そう確信できるだけの準備があった。それでも連絡がないのなら、やはりそれはまだ出現していないということなのだ。
 そして──、
「あれは……!」
 最初に気づいたインニェラが空を指差す。
 少し離れた場所から、夕焼け空に向けて打ち上げられているのはロケット花火──別チームからの連絡だった。
 もちろん意味はただひとつ。
『ディアボロ出現せり』
 あの花火は、まさしくそういう意味だった。
「あーあ、こっちは空振っちゃったわねぇ」
「……急ぎましょう、インニェラさん、アカリ」
 責任感に突き動かされるように、真っ先に飛び出す七佳。足に履いたインラインスケートのおかげもあるが、とにかく速い。
 それを追って、インニェラとアカリも急いで駆けだした。

「うぅぅぅっ! にゃぁぁぁっ!!」
 七佳に負けず劣らず小柄な少女が水上を疾駆する。その視線に咲にいるのは黒い巨体。件の目撃されたディアボロだった。
 彼女は猫野・宮子(ja0024)。七佳、インニェラ、そしてアカリがいたところとは別のプールを担当していた仲間の一人だ。
 水上歩行と迅雷、ふたつのスキルを駆使して、一撃離脱戦法をしかける宮子。なにせこの巨体だ。まかり間違って体当たりでも受けようものなら、骨折や打撲どころのさわぎではないだろう。
 動きでかく乱し、攻撃が当たらない位置に移動し続ける宮子。
 そんな彼女を後方から支援するのが柴島 華桜璃(ja0797)とアリーセ・ファウスト(ja8008)という二人の少女。
 今回のチーム分けは全員が女性だったが、インニェラを除きみなミドルティーン以下しかいない。かなり「若い」チームだった。
 中でも華桜璃は最年少の十三歳。だが、年齢にはそぐわぬ落ち着いた態度で、自らの役割を果たしていた。
「異界の呼び手からは逃げられませんよ!」
 魔法を使い、異界から召喚された「腕」が、ディアボロの巨体に絡みつく。それはあたかも蛇が蛇に絡みつくかのような、異様な光景だった。
 ディアボロの巨体からすればともすれば頼りなく見える異界の呼び手だったが、意外にもそれはしっかりとその巨体をプールへと釘付け──いや、縛り付けていた。もっとも身体を束縛されても、放射する雷撃は途切れることがない。
「よくやったにゃっ! これで少しはラクになるにゃっ!」
 断続的に放たれる放電を避けながら、後方の華桜璃にサムズアップをしてみせる宮子。ひらりと着地し、もうひとりの仲間──アリーセへと振り返る。
「向こうの班への連絡はできたかにゃ?」
「大丈夫、連絡にぬかりはないよ。もう動いてるはずだ」
 こちら側のチームの最後のひとり、アリーセがコンポジットボウに矢をつがえながら答えた。先ほど七佳たちが見た花火は、彼女が打ち上げたものだったのだ。
 ディアボロの出現を確認したアリーセはいち早く距離を取ると、あらかじめ準備しておいた打ち上げ花火へと火を点けたのがついさっき。
「おっけー、了解にゃ! それじゃあ張り切って……魔法少女マジカル♪みゃーこ、出撃にゃ♪」
 片手に苦無、もう片方の手には自動拳銃P37。そしてそれを使いこなす宮子の体術もまた、尋常なものではない。
「明日のプールの平和の為に、しっかり退治させてもらうにゃよ♪ マジカル♪シュートにゃあっ!」
 タタタタタタンと小気味よく弾がばらまかれ、彼女の移動の平行線上に綺麗に弾痕が立ち並ぶ。
「よし、ただ待っているだけじゃ芸がない。ボクたちも怪我しない程度に援護しよう。ミャーコ、タイミング合わせて」
「任せるにゃっ!」
 攻撃しつつも器用に電撃を避けながら、アリーセに頷いてみせる宮子。それを確認した瞬間、アリーセは手にしたコンポジットボウから続けざまに矢を放って援護する。
 だがディアボロも、黙ってそれを見過ごすはずもない。唸りのような「音」を響かせると、ひときわ強力な電撃を三人の頭上へと降り注がせる。
「うに、電撃だけはのーさんきゅーにゃ!? ビリビリは好きじゃないにゃー!?」
 そう言いながらも動ける宮子はいい。マジックシールドで防げるアリーセはいい。だが華桜璃は──避けられない。異界の呼び手を使っていたがために、素早い回避に移れなかった。
「……やばいにゃっ!」
  悲鳴じみた宮子の声。華桜璃が雷撃に打たれる。その未来しか想像できなかった。
「っ!?」
 宮子の目の前で、雷撃が曲がっていく。雷の速さを知覚できるはずもないが、彼女は今確かに見ていた。一秒が何百倍にも引き延ばされたような錯覚の中で、ほとばしる雷光があたかも華桜璃を避けるかのように曲がっていったのだ。
 だが、それも一瞬。爆発が視界を覆う。雷撃のエネルギーが弾けたのだ。
「華桜璃ぃーっ!?」
「大丈夫かい!?」
 アリーセさえも焦りを滲ませた声で、焦げ臭い煙をかき分ける。
 煙の向こうで、ケホケホと可愛らしい咳が聞こえた。
「だ、大丈夫ですーっ! こんなこともあろうかと、ほら!」
 煙の中から転がり出るように現れた華桜璃が、少し離れた場所を指差す。薄れてきた煙に目を凝らすと、そこにはえぐられた地面と、どろどろに溶けた焦げた金属の塊が見えた。
「あらかじめ、避雷針を埋め込んでおいたんです。それで命拾いを……でも、今ので」
「ッ!」
 ぬうっと、三人の頭上に影が差す。
 今の衝撃で異界の呼び手を振り解いたのだろう。鎌首を持ち上げたディアボロが、目のない頭で見下ろしていた。
「くっ……振り出しに戻ったか!」
「阻霊符を使ってありますから、そう簡単には逃げられませんが……体勢を整え直さないと」
「ともかくあたしがまたかく乱を……」
 しかし意見がまとまるよりも早く、ディアボロが動き出す。雷撃も恐ろしいが、大きさもまた脅威。戒めを解かれた今、その脅威がまさに少女たちへと襲いかかる。
 だが、しかし。
「伏せてください!」
 ひゅん、と風切る音がした。矢尻がディアボロの肉を抉り、深々と突き刺さる音がした。
 七佳がコンポジットボウで放った矢だ。
「ふぅ、なんとか間に合ったわねぇ」
「みんな怪我はしてないわね〜? おねーさん心配しちゃったわ〜」
 七佳が、アカリが、インニェラが──今、戦場へ到着した。

「援護します!」
 フェンスを跳び越えて、先陣を切ってプールサイドへ転がり込む七佳。
「それじゃぁ、私も張り切っちゃおうかしらぁ?」
 その後方よりアカリがアサルトライフルから無数の鉛玉をディアボロに叩き込む。硬い表皮に阻まれはするものの、まったく効果がないわけではない。ほんの少しではあるが動きが鈍る。
 そしてその隙こそが勝機に繋がるというものだった。
「援護助かるよ……華桜璃、ボクらも後ろへ。ミャーコあとはよろしく」
「ちょ、まっ!?」
「いや今回のチーム、キミしか前衛いないだろう? 踏ん張ってくれないと」
「うげ……」
 言われてみるとまさしくその通りだった。弓使いがふたり、魔法使いもひとり、銃使いがひとり。接近戦を最得意としているのが宮子以外にいない。
 がくりと一瞬肩を落とすが、すぐに気持ちを切り替える。今日はこの時こそが正念場。ミャーコが目立つチャンスであるぞと、決意も新たに顔を上げた。
「や……やってやるにゃあっ!!」
 どんと地面を蹴り立てて、うねる巨体を惹き付けるようにしながら懐へと飛び込み苦無を一閃。巨大な体躯の勢いを受け流しつつ、その眉間へと刃を突き立てる。
 その食い込んだ苦無を見て、口元を妖艶に歪める者が一人。
「へぇ……なかなか面白いことするじゃない、あの子」
 インニェラだった。
 もともと雷の魔法を得意とする彼女だ。電撃を使うディアボロなど、巨体さえ引き付けてくれれば、どうとでも料理できる自信はあった。
「それじゃあ、おねーさんもそろそろ一勝負といきましょうか。あなたの雷とこっちの雷、どちらが上かシロクロつけてあげま……」
 彼女の台詞をさえぎって、ぼうっと無数の雷撃が、彼女に向かって降り注ぐ。
 言葉を判断する知性を持つかは分からない。だがまるで不遜な女を討ち果たさんとする意志が込められているように思えた。
「無駄よ、無駄なのよ……これくらいじゃね」
 防ぐこととてお手の物。その自信を証明するかのように、彼女の魔法Mulumaiyana nirakarippuが雷光を受け止める。
「アカリ、直接火力支援お願い!」
「お任せよぉ」
 スナイパーライフルに持ち替えたアカリが、フェンスに身体を預けながら一発、二発と弾丸を撃ち込んでいく。
 大口径の弾丸は、さすがの巨体にも十分な効果があった。着弾点がまるでクレーターのようだ。
「ボクたちも!」
「続きます!」
「私も! 動き止めますっ!」
 その弾痕に向かって矢を放つアリーセと七佳。さらに華桜璃が異界の呼び声を使い、ディアボロを束縛する。
 だが巨体だ。圧倒的に大きいのだ。それゆえの体力は、撃退士たちに容易く勝利を与えてはくれなかった。
「けど、うなぎか蛇のバケモノにぃ……なめられるわけにはいかないにゃっ!」
 自分を叱咤した宮子が、そう叫んで一直線に苦無で斬り込む。
 まるで点と点を繋ぎ続けるような一撃離脱攻撃の繰り返し。その合間には仲間たちが、彼女を支援する矢弾をを次々に撃ち込んでいく。
 さしものディアボロも見る間に弱まっていく。だがまだ足りない。
 なぜならディアボロには……まだ「これ」がある。
「電撃、来るわよぉっ!」
 過去最大級の雷光が、プールサイドを薙ぎ払うように迸る。それぞれ絶縁対策を用意している。直撃こそはまぬがれていたが、地面に炸裂し弾けたエネルギーはまた別だ。
 爆風を前にして皆の攻め手が止まる──ただ一人を除いては。
「……そろそろ、「電気うなぎ」と付き合うのも飽きてきたわね」
 満を持して。
 そう言わんばかりにディアボロの前に、インニェラが立ちはだかる。
 周囲を荒れ狂う雷光などものともしない。彼女の足元に展開された魔法陣──Mulumaiyana nirakarippuがそのすべてを受け止めていた。
「そろそろ、おねーさんが引導を渡してあげるわ。全力で打ってきなさい!」
 応えるようにディアボロは雷撃を一点に集中させ、溜めを作る。狙いはもちろん、インニェラその人だ。
 ごくり、と彼女を見守る誰かが唾を飲み込んだ。
 その瞬間──極大の雷撃が、彼女に襲いかかる。
「やるわね……でも、まだまだ。本物の雷を見せてあげるわ……!」
 彼女の足元に無数の魔法陣が展開され、そこから天に向かって白光──すさまじいまでの雷撃が無数に射出される。雷光は上空で形を為し、まるで巨大な腕のようになる。
「L'impact de la tonnerre dieu!!」
 気合い一閃。彼女の台詞とともに、鉄槌のごとき雷の腕が、思い切りディアボロを「殴りつけた」。ディアボロ自身の雷撃を弾き飛ばした雷の腕は、ディアボロの巨大な頭を叩き潰し、その身体を抉り取る。
 ばちっと残ったディアボロの身体が電撃で弾け、そして爆発した。
「……けほけほ。ちょっとハッスルし過ぎちゃったかしら?」
 爆風をまともに浴びてしまい、埃だらけになったインニェラは、仲間たちの方を振り向くと、そう言って肩をすくめた。

 その翌日となる日曜日。
「プール、プール」
「あらあら。そんなに張り切らなくてもプールは逃げないわよ、華桜璃ちゃん」
「えへへ……水着持って来ちゃったし、早く入りたくて」
 ディアボロを無事、退治できた。そこまではよかった。しかし戦いの余波で周囲はボロボロ。幸いプールの機能に問題はなかったので、おおむねそのまま使われることになったが……少しばかりは後始末が必要だった。
 それを、六人が引き受けたのだ。表情に暗いものはない。デッキブラシを担いで真面目にプールを磨いている。それには、とある理由があった。
「だいぶ綺麗になったねー」
 そう言って汗をぬぐう宮子。隣ではアカリが一心不乱に手を動かしている。
「やけに熱心だね? なんかさっきまでは……」
「か、勘違いしないでよねぇ!別に善意で手伝ってるわけじゃないわぁ。もう一度アレを倒すのが面倒なだけよぉ!!」
 絶叫しながらデッキブラシでプールの底を磨きつつ爆走していくアカリ。それを見たアリーセが、解せぬとばかりに首を傾げた。
「……照れ屋なのかな、彼女は?」
「あれですよ、ツンデレってやつです、きっと。それにあの子も、きっとプール楽しみなんじゃないんですか? ほら、アリーセさんだってそうでしょう?」
 七佳の言葉に、自分こそ少し照れくさそうにして頷くアリーセ。
「掃除すれば、一番に使わせてくれるって依頼人に言われたからね。もうすぐ……いや、もう夏だ。プールに浸かるのも悪くないよ」
「ですね、夏……ですもんね」
 掃除の手を止め、七佳は空を見上げる。
 日差しが強い。今日は、暑くなりそうだ。


依頼結果

依頼成功度:普通
MVP: −
重体: −
面白かった!:5人

無念の褌大名・
猫野・宮子(ja0024)

大学部2年5組 女 鬼道忍軍
Defender of the Society・
佐藤 七佳(ja0030)

大学部3年61組 女 ディバインナイト
グランドスラム達成者・
柴島 華桜璃(ja0797)

大学部2年162組 女 バハムートテイマー
魂繋ぎし獅子公の娘・
雨宮アカリ(ja4010)

大学部1年263組 女 インフィルトレイター
終演の幕を降ろす魔女・
インニェラ=F=エヌムクライル(ja7000)

大学部9年246組 女 ダアト
Queen’s Pawn・
アリーセ・ファウスト(ja8008)

大学部6年79組 女 ダアト