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マスター:桂樹緑
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:6人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2012/05/08


みんなの思い出



オープニング

■事の発端
 その学生食堂が食中毒を出したのは、ある意味必然とも言える話だった。
 別に取り立てて風変わりな学食だったわけではない。新しくもなければ古くもなく、特徴といえば非常に立地条件の悪い校舎に付随して建てられていることくらいだ。もっともそのせいで校舎の生徒たちは遠すぎて外へ足を向けることもせず、この学食に昼食を頼ることになっていた。
 たしかに設備は真新しいとは言えないが、不衛生だったかと聞かれたら、その場所を知る者はそういうわけではないと答えるだろう。それなり──そう、本当にそれなりだが、清潔だったし、衛生的だった。つまりスタッフの怠慢が理由ではないのだ。
「メニューが悪かったんじゃないのかな」
 事情を知る一人の男子生徒は、学園当局の事情聴取に対して、そう答えた。
 いわゆる常連の一人で、毎日欠かさず通っていたらしい。運動部に所属する食べ盛りの生徒で、安くて量のある学食に対して悪感情など持つはずのない彼の意見は、それなりに公平なものに違いない。
 彼はある日見た『日替わりメニュー』のひとつ……それが原因ではないのかと、推測していた。
 『日替わりメニュー』とは文字通り毎日一種類ずつ提供される、特別な一品だ。普通のメニューとは一風変わった、言うなれば学食には似つかわしくない『挑戦的な』メニュー。採算はやや緩めに考えられており、値段からは想像もつかないような当たりが飛び出すこともある。もちろん挑戦的かつ実験的であるゆえ、ハズレも存在するのだが。
 そこを含めて厨房スタッフの熱意と愛情が形になったもの──そんな風に呼ぶことができるかもしれない。けれども、今回ばかりはその熱意こそが災いした。
「しめさば定食レバ刺し付きっていうんだけどね……」
 あまり思い出したくなさそうな表情で、男子生徒は語る。
 彼は光り物も刺身も苦手なので運良く避けることができたが、どうも鯖かレバーの鮮度がまずかったらしい。日替わりメニューを頼んだ生徒は胃腸をやられ、ついには学食停止という事態に相成ったというわけだ。
 学園当局の見解も同じだった。しかし原因がほぼ判明しても、ならばすぐ再開というわけにはいかない。事務上の手続きというのは、どこの世の中にも存在する。久遠ヶ原学園とてそれは変わりがない。どうしても数日のタイムラグというのは生まれてしまう。
 さりとて学食は購買部と並ぶ、生徒たちの生命線である。世の中学食が停止になったからといって、すぐさまほかの代替手段──例えば、お弁当とか──を用意できる者ばかりではないのだ。
 餓えた人間は醜い。そして恐ろしい。それがどういう結果を招くか……簡単に想像がつく。食いものの恨み辛み以上に恐ろしいものなど、この世には存在しない。
 ましてや、この久遠ヶ原学園の生徒は十人力以上にエネルギーが有り余っている生徒が多数在籍している。最悪のケースすら考え得るのだ。
 学園側としては当然、必ず来るカタストロフを前に、座して待っているわけにはいかない。彼らは無能ではなく、また責任感もあったからだ。
 その日、校内の福利厚生に関わる部署の人間は一室に集まると、深夜遅くまで熱の入った会議を続けていた──。

■急募
『求む、販売員』
 そう題された張り紙が校内各所の掲示板で告示されたのは、食中毒事故が発覚してから翌日のことだった。
 学園側の対応は、公平に見て迅速だったと言っていいだろう。逼迫する食糧事情に対して先手を打つ。彼らの決断に間違いはない。
 学園側が緊急避難的な措置として用意したのは、臨時として業者から直接仕入れた菓子パン類を、校舎の各地に設営した臨時購買部で販売する、というものだった。
 会議では、現実的ではないという意見が出た。通常の購買部は弁当・学食と並び、校内の食糧事情を三分するものの一つ。常日頃から準備された購買部ですら、昼食時には混雑でカオスの坩堝と化すのだ。およそ常識的なレベルで対処できるものではないのは、想像に難くない。
 安全に、そして確実に販売物を生徒たちの胃袋に届けなくてはならない。それもできるかぎり公平にだ。
「……ムリだな」
 会議に出席していた一人は、そう言ってとうとうさじを投げた。
 アイデアは悪くない。食料が足りないのならば、他所から持ってくればいい。その発想自体はマトモだ。健全だ。建設的だ。ブレイクスルーたりえた。
 しかし──実務レベルでは不可能だ。現実として生徒たちへと食料を公平に配る手段がない。
 何せエネルギーと戦闘力の有り余った生徒たちが、飢餓状態で押し寄せてくるのだ。まともな商売などできる状態であるわけがない。生半可な販売員では、生命すら危うい。
 その時だった、天啓が閃いたのは。
 会議室の中でいまだ頭が働いていた数人が、同時に『それ』へと思い当たり、顔を付き合わせる。
 彼らは声を揃えて、こう言った。
「ならば、販売員が『生半可』でなければいいのでは?」
 常人では販売がままならない。ならば販売する者も常人でなければいい。
 単純明快な事実。だがこれが学園側主導による、臨時食糧供給計画であったことが、彼らの目を曇らせた。辿り着くべき『解答』から、遠回りすることになった。
 しかし一度方策が決まってしまえば、あとは早かった。彼らは早急に意見を取りまとめると、夕方までには学園各所にビラを貼る手配りをすでに済ませていた。

■募集要項
 学園側が用意した貼り紙にはこうある。

1:体力・防御力に自信がある者
2:お釣りの計算が出来る者
3:昼飯時に自分よりも他人の胃袋を満たすことを優先できる者

 1は絶対条件だ。撃退士でなければ要求されるレベルを満たすのは難しいだろうが、怪我人を出さないためにも必要なことだ。ただし、要求しているのは『戦闘力』ではない──あくまでもやることは販売だ。殴り合いではなく、理不尽に耐える力が必要なのだ。
 2も重要だ。力があってもバカでは困る。計算が早ければ、それだけ列は早くさばける。
 そして3。これが一番大切なことだ。私利私欲のために臨時購買部を占拠するような者であってはならない。そのようなことが起これば、昼食時は本当に戦争と化す。食い物の怨みは恐ろしいことを、絶対に忘れるべきではない。
 言葉にしてしまえば簡単だが──その実、難しいことを要求している。その自覚は学園側にもあった。
 しかし、もはや賽は投げられたのだ。あとは意気に通ずる生徒が、撃退士が名乗りを上げてくれることを祈るしかない。
 幸いなことに休日を幾日か挟むため、臨時購買部開設までの時間的余裕はまだある。そのあいだに、我こそはと思う者が手を上げることを、信じるほかなかった。


リプレイ本文


 その日は、朝から妙に校舎全体が緊張していた。生徒たちの目の色が違っていた。
 スタート直前の陸上選手、はたまたヒット・エンド・ランを指示されたランナーさながら、間もなく訪れる『その時』を前に、誰も彼もが浮き足立っていた。
 目的は全員一致している。
 臨時購買部の設置──学食の営業停止という一大事を前に、学園側が用意した代替策。誰よりも先んじて、そこへと駆け付けるために、彼らは四限の終業ベルを今か今かと待ち構えていたのだった。
 待っているのは一般生徒たちだけではない。
 肝心の臨時購買部を設営している販売側──依頼を受けた撃退士たちも同じだった。
「ピリピリしてんなぁ……」
「しょうがないんじゃないかな、この出店が生命線だと思ってる人は多いだろうし。ちょっと出かけてくれば済むことなんだけど、本当は」
 会計担当として釣り銭の最終確認をしながら、神鷹 鹿時(ja0217)と伊瀬 篁(ja7257)は、学園を支配しつつある奇妙に緊張した空気を敏感に感じ取っていた。
「みなさんお腹を空かせてるわけですから、しょうがないですよ。すぐにでも食べたいなら、遠出しなくても」
「せやなぁ。腹が減っては戦はでけへんと言うし、殺気走るのもしゃあないで」
 混雑整理用にロープと三角コーンで仕切りを作りながらしたり顔で頷いたのは、大曽根香流(ja0082)と銀 彪伍(ja0238)の二人だった。
 校庭の片隅にある設置されたこの臨時購買部、見ようによっては文化祭の模擬店のようにも見える。
 今回、この臨時購買部の運営を学園側より請け負ったのは全部で六人。この場にいるのが神鷹たち四人で、残りの二人はフライングで購買部に駆け込んでくる者がいないよう、様子見に行っているところだった。
 ほどなく、二人が帰ってきた。時刻はもう間もなく十二時になろうというところだ。二人──八東儀ほのか(ja0415)とカーディス=キャットフィールド(ja7927)に銀が声をかける。
「どやった、お二人さん?」
「なんかもう、校舎が帯電してるみたいだよ。ちょっと怖かった」
「ただ、皆さんがお互いにけん制しているのか、抜け駆けみたいな人はいませんでしたね」
「ほかほか、なら……勝負はこっからになるなぁ」
 カーディスの報告を聞き、頷く。
 全員、考えていることは同じのようだ。腹も決まっている。考えられるかぎり、あらゆる準備は整えた。
 あと四限の終業ベルまで、あとほんの一分たらず。ここからが──決戦だ。

 まさしく『地鳴り』としか表現できなかった。
 ついに鳴り響く終業ベルの音さえかき消すような轟音は、校舎自体が震えて音を出しているかのようだ。足音とはこれほど壮絶な、そして絶望的な音だったのか。そう認識を改めざるを得ない。
「こりゃすげぇ……学食派ってこんなにいるのかよ」
「本当に驚きだね。さあカーディス、銀」
「大丈夫。準備は出来てます」
「せや。ちゃーんと、順序よくそっちに送るさかい。二人は会計にだけ集中してればええ」
 このグループの中で特別大柄な銀とカーディスの二人が、列整理のために立つ姿は頼もしい。だがその頼もしささえも不安に変えてしまいかねないほどの、圧倒的な襲来の気配が近づいているのだ。
 袋詰めをを担当する大曽根と八東儀の女子組など、手が震えている。ちらりと視線を送りながら、神鷹がぶっきらぼうながらも気遣う声をかける。
「おい、お前ら平気か?」
「大丈夫だって! 心配しないで、会計に集中していいから」
「ちょっと驚いただけです……こんなの、実家のパン屋では経験無かったから……でも、私も大丈夫です」
 二人とも「任された仕事だけはきっちりと果たそう」という責任感はきちんと胸に抱いている。少し恐れたくらいで、退くことはない。できない。
「なら、ええ。ホレ、来るで。まずはワイらの出番やカーディス!」
「はい! 皆さん、押さないでこっちに順番に並んで下さいーっ!」
 古代マケドニア軍の密集方陣もかくやの勢いで、校庭の向こうから土煙が迫る。あれが全て生徒だと思うと、矢面に立つ二人も身震いした。
 やがてひとかたまりとなった先頭の生徒たちが、銀たちの元まで到達する。
「ほいご苦労さん。慌てなくてええで」
「こっちです、こっちに並んで下さい」
 空腹を抱えてはいても、まだ冷静なのだろう。カーディスの誘導にも、意外と素直に従う。
 だがそれも、人が捌けているかぎりはという条件が付く。
 レジ担当は神鷹と伊勢の二人しかいないのだ。どうしても人は溜まっていく。人が溜まれば不満が溜まり、そして暴発──そうならないよう、最大限に努力はしているのだが、万が一の事態はある。そのためにも、空いている状態でもひたすら客の回転率を上げなくてはならない。
「いらっしゃいませ、何になさいますか?」
「サンドイッチにあんぱんチーズ蒸しパン、なんでもあるよー」
 正直に言えば、こういう呼び込みの必要はない。買う側としても悩んでいる暇はないのだ。立ち止まって悩んだりしていたら、後ろで待つ生徒が放つ殺気走った視線だけで射殺されかねない。
 最初の生徒は無言のまま、素早く「くるみぶどうパン」と「ハムマヨネーズサンド」、野菜ジュースを指差す。
「はい、くるみぶどうパンとハムマヨネーズサンド、野菜ジュースですね」
 慣れた様子で手際よく注文の品を袋詰めにした大曽根が、ちらりと伊勢に視線を送る。注文された品をわざわざ口にしたのは、伊勢の動きを早めるためだ。このあたりの呼吸については、大曽根の実家であるパン屋のノウハウが生かされていた。
「最初の人、五百五十久遠だよ」
 素早く電卓を叩き終えた伊勢が、小銭で六百久遠を受け取る。反対の手には、すでにおつりの五十久遠が握られていた。
 これは駅の売店のおばちゃんなどが使う、比較的有名なテクニックだ。客の動きを観察し、出してくる金額を先読みして、あらかじめお釣りを用意しておく。昨今では電子マネーによる売買も増えたため、使う機会も少なくなってきた技術だが、やはりこのようなアナログチックな売買の場においては、極めて有効なのだ。
「はい次、次の人ご注文は?」
 どちらかと言えば大人しい大曽根とは対照的な、元気のいい八東儀の声が客をうながす。どんなに忙しくても、明るい接客は基本中の基本だ。売る方が不機嫌な顔をしていたら、自然と客の気分も悪くなる。そういう些細な空気の変化が、全体に大きく影響するのだ。悪い空気では自然と人の流れもギクシャクしてしまうというもの。それを彼女は本能的に理解していた。
 一切の戦略が立たなくても、まずは笑え。それが客商売の鉄則なのだ。

 初めのうちは、そうして順調に客を捌くことができていた。
 しかし如何せん、会計を担当するのは神鷹と伊勢の二人だけだ。どんなに効率化しても、一度に会計を処理できるのも二人まで。生徒の数はそれ以上に加速度的に増えていくのだから、だんだんと列は伸びていく。
「はいこっちやこっち! 横入りしないで、仲良う並んでな! 喧嘩したらアカンで!」
「順番に! 順番を守ってください! 揉めると余計に遅くなります!!」
 手作りの「最後尾札」を担いだ列整理の二人が、声を張り上げる。だが、怒号混じりで言い返す生徒が少しずつだが増えてきた。
「くっ……!」
「アカン、アカンでカーディス。こっちが切れたらアカン」
「わ、分かってます!」
 徐々に二人でも、列から溢れる人間を支えきれなくなりつつあった。
 空腹を抱えた生徒は『獣』である。これは彼らを卑しめた言葉ではない。ただの事実だ。金を払うつもりがある分、まだ理性は残っているようだったが、このままではそれがいつまでもつかは疑問だ。
 だからといって今臨時購買部を仕切る六人は、誰一人この場を放り出す気はなかった。彼らにも意地があるのだ。
「二番目の方と三番目の方、袋詰め終わりました! 会計お願いします!」
「こっちも! 伊瀬君お願いっ!!」
 女子組二人のこうした連絡の声出しも、もはや絶叫じみている。声を張り上げないと、増えてきた人のざわめきにかき消されてしまうのだ。八東儀の買ってきたのど飴は、まさしく先見の明があったと言えよう。これがなければ、二人の喉はとっくに枯れ果てていたに違いない。
「神鷹急いで! 客が溜まってる!」
「分かってる! くそっ、この俺が電卓を使うとは……レジ打ちを少しナメてたぜ……」
 回転を上げなくては二進も三進もいかないが、回転を上げると暗算が追いつかない。自然、神鷹と伊瀬の電卓を叩く速さが客捌きの限界のスピードとなっていた。
「伊瀬君、こっち次のお客の分!」
「あああ八東儀さん違います! そっちは神鷹さんの列のです」
 ミスは混乱を呼び、混乱は遅延を、遅延は停滞を呼ぶ。だがそれでも、公平に見て彼らは精一杯この臨時購買部を運営していた。
 もちろん、現時点で食料を手に入れる手段は伊瀬が言ったようにほかにもある。多少──というか極めて遠いが、最初から校外へ出て食事を探せばいい。
 しかしすでに昼休みが始まって二十数分が経つ。ここまで来ると、生徒たちにとって状況はかえって切羽詰まっていた。
 すでに行って戻って来れないのだ、五限の開始時刻までに。つまりどう足掻いてでも、校内で食事を取るしか方法がない。
 空いてから購買に行こうと楽観視していた生徒たちも同様だ。一向に減らない人垣に焦りを覚え、自らも新たな人垣として参戦する。
 状況は雪だるま式に悪化していた。
「だーかーら! 並べっちゅうとろうが! レジでさばくには限度があるんや! いっぺんに殺到したとこで、どうにもならんで! 分かってや!!」
 怒鳴る──というよりも、もはや虎の咆哮じみた声を張り上げる銀。そのこめかみにははち切れそうに太い血管が、今にも切れそうなほどピクピクと動いている。
「こっちです! 横入りはやめて! あっ! 喧嘩しないで! 他の人の迷惑になります! 喧嘩をしない……っ!?」
 横入りした、しないで揉め始めた生徒に割って入ったカーディスが巻き込まれ、眼鏡の上から打撃を喰らう──と思いきや、ぬるりと「無音歩行」で後ろへと回り込む。
「私たちの役割は……皆さんに並んでもらうことですが……これ以上暴れてもらうと、実力行使というあまり嬉しくないことをしなくてはなりませんよ……?」
 剣呑な気配をまとい、眼鏡の下から強い視線でそう言われると、生徒たちはそれ以上何もできなくなってしまう。それ以上は是非もないのだ。
「ほら、あんたらちゃんと並べ! ええな!」
 カーディスの怒気に押されたのか、銀が、ぶっきらぼうに並ばせる。
 だが、今の騒ぎは生徒たちの頭を冷まさせる効果があったようだ。あれほどざわめいていた生徒たちも、思い直したように静まりかえっている。
「さあさあさあ、ちゃんと並んでーな! そうすりゃ悪いようにはせん、虎さんが精一杯なんとかしたる!」
「押さないで下さい、横入りしても駄目です! 私たちは見てます、つまらないことで列の進みを遅らせたくありませんよね!?」
 二人の声には、にわかに最初のころの『ハリ』が戻っていた。
 そういう二人の持ち直した気合いは、仲間たちにすぐに伝播していた。連帯感か、あるいはそれ以上のものか。修羅場を共にしている者同士だけが理解できる、感覚以上の『何か』は、そこに確かに存在していた。
「大曽根さん」
「はい! 頑張りましょう!」
 注文受け付け担当の二人も、顔を見合わせると頷いた。
 もうひとがんばり──最後まで気を張って、仕事をやり抜いてみせる。
 二人は目と目で、そう確認し合ったのだ。
「ソーセージサンドが残り二十です! 二十番目以降の人は、別のメニューにすることも考えて下さーいっ!」
「焼きそばパン、ラスイチですーっ! ありがとうございましたーっ!」
 受け付けた商品を袋詰めにしながら、現在の在庫状況をも生徒たちに知らせていく。正直、声を出すのがしんどいほどに余裕がない。
 けれども、こうしておけば注文のとき、ほんのわずかではあっても生徒の思考をスムーズに誘導できるはずだ。そう信じて、彼女たちは声を出し続ける。
 そして彼女たちの後を受ける神鷹と伊瀬も同じだった。
「はいよ、四百二十久遠だ! ぴったりもらったぜ! 出口はそっちな!」
「立ち止まらないでね、流れて出て行ってくれる? 悪いね、頼むよ」
 声を出すことで人の流れを、そして思考を誘導する。基本中の基本だが、キツいときこそこれが大事なのだ。
 そのことを再確認した二人もまた、会計処理の合間に少しでも人の流れをコントロールしようと声を出す。
「お客さんおつり忘れてるぜ! はいこれしっかり持ってくれよ!」
「うぐいすパン二つと牛乳で三百久遠! ちょうどだね、ありがとう! はい後ろの人どうぞ。押さない程度に順序よくね!」
 会計前の列整理をしながら、順調に客をさばけていくのを感じる。ここへ来て、ついにコツを掴んだ感覚が二人にもあった。
 時刻は十二時半をついに過ぎた。人垣は少しずつ減っている。終わりの目処は付きつつあった。

「お客さんこれで全部やーっ! おつかれさーんっ!」
 嬉しげな、そして誇らしげな銀の声が響いた。
 行列が全てはけたのは、それから十数分ほど経ったあとのことだった。
「いやー、疲れた疲れた……でも、なんとか終わったね」
 珍しく、小さく笑みを浮かべながら、パイプ椅子に腰かける伊瀬。座って会計する余裕などなかったのだ。
「足いたーい、手がいたーい」
「喉も……ちょっとですね」
 ぺたんと地面に座り込んだ大曽根と八東儀も疲労困憊の様子。だがその表情には心地よい充実感のようなものが見て取れるのも、また事実だった。
「おや? 神鷹さん、何を?」
「売り上げ計算だぜ。こういうことはちゃんとしとかないとな。ミスがあったらヤだろ、後で」
「なるほど。お任せしても?」
「おうとも」
 カーディスの見ている前で、リズミカルに電卓を叩きながら計算を終える神鷹。
「あれ? 計算が合わねぇぞ?」
「どうかしましたか?」
「いやほら計算が……って、そうかそのコッペパン……残っちまったのか」
 指差す先には、何の味付けもない素のコッペパンが六個。さほど人気メニューでもないせいか、最後まで残り、そして今まで残ってしまったのだろう。
「ありゃりゃ。どうしようか?」
「どうするも何も、なぁ? 簡単やろそんなの?」
 にかっと笑う銀の台詞を、八東儀はとっさに理解できなかった。
「簡単や。ここにまだ客がおるやろ。ちょうど六人、な?」
「そっか。そだね、ちょうど私たちも、おなか空いてたところだし」
 合点がいった、とばかりに八東儀がコッペパンを手に取り、残りの五人もそれに続く。
 そして言った。誰ともなく、だが誰一人ずれることなく、その言葉を。
「「「「「「おつかれさまでした!」」」」」」


依頼結果

依頼成功度:普通
MVP: −
重体: −
面白かった!:2人

笑顔が可愛いパン屋の娘・
大曽根香流(ja0082)

卒業 女 阿修羅
鷹狩(ハンターイーグル)・
神鷹 鹿時(ja0217)

大学部4年104組 男 インフィルトレイター
賑やかなお兄さん・
銀 彪伍(ja0238)

大学部7年320組 男 インフィルトレイター
天狗狩・
八東儀ほのか(ja0415)

大学部4年176組 女 ルインズブレイド
閃光の指先・
伊瀬 篁(ja7257)

大学部4年315組 男 インフィルトレイター
二月といえば海・
カーディス=キャットフィールド(ja7927)

卒業 男 鬼道忍軍