●Cold Front
「うー‥‥さみぃ。ったく、寒いのは苦手じゃないんだが、ここまでだと缶コーヒーが欲しくなるな」
冷気範囲ギリギリのライン。大量の即席カイロを服の中に押し込んだ郷田 英雄(
ja0378)が、靴にスパイクを装着させながら、ぶるっと体を震わせる。
「確かに寒いな。原因は‥‥言うまでもなく、あいつだろうが」
隣の永禮 雫音(
ja4059)が、視線を川の中央に走らせる。
例の騎士‥‥サーバント「アイスジェネラル」は、撃退士が現地に到着してから一歩も動いていない。依然、川の中央でただ冷気を散布し続けているだけだ。
一方。川を挟んでの反対岸‥‥A班。
「ううっ、寒いですね。もうちょっと着込まないと」
服の上から、更に厚い防寒着を着込む佐藤 としお(
ja2489)。
「確かにさみぃ‥‥早く終わらせて暖まろうぜ。時間はまだなのか?」
手をカイロにこすりつけながら、普段から不機嫌そうな表情が更に不機嫌に見える新井司(
ja6034)に聞く向坂 玲治(
ja6214)。
「時計なら私ではなく、佐藤さんが持ってる」
「っとと、ごめんな。‥‥えーっと‥‥もうすぐだな。」
「時間は‥‥そろそろかな?」
改めてB班。腕時計を確認する暮居 凪(
ja0503)は、事前に合わせた時計がそろそろ約束の時間に到達使用としているのに気づき、皆に戦闘準備の合図を出す。
「3、2、1、今! 接近開始時刻より川の両側から接近、アイスジェネラルとの交戦に入るわ!」
号令と共に、両岸より一斉に撃退士たちがサーバントに向かい前進を開始する。
凍った川に足を踏み入れる瞬間、久遠 栄(
ja2400)が思いを馳せる。
「この川が流れ出したら親父に会いに行くか‥‥」
その場で留まる事、それが彼自身と重ねて見えてしまうのか。
‥‥雑念を振り払い、今はただ、目の前の敵を排除するため‥‥彼は前進する。
●Snow Ball Fight
両側からの「領域」内への接近に気づいたサーバントは、その場から動かず両手をそれぞれのチームに向け、先ずは凍結波を放つ。
「はんっ、みえみえだってのっ」
B班側は栄が朱傘を腰から抜き、開くと共に目の前に放り投げ防ぐ。
傘が凍りつき、地に落ちて粉々に砕ける。
一方A班は、
「これで‥‥」
と、司が手に持っていた板で凍結波を相殺する。だが、持っていられないほどの冷気から、その板を投げ捨てる事になったのだが。
「これを耐えて近づかなきゃいけないのか。面倒だな」
未だアイスジェネラルが射程内に入らないとしおが、少し愚痴をこぼす。
彼も手ぬぐいを用意し、凍結波相殺の用意をしていた。
幾ら殆どの者がスパイクを装着しているとは言え、氷上で全力疾走すれば、凍結波が飛んできた際に回避できない可能性が高い。それ故に、撃退士たちの接近は、やや緩慢な物となっていた。
それでも、両チームは‥‥共にサーバントまで後10m程の場所まで接近している。半分、と言った所か。
「おいお前ら、足場を変えろ!」
「溶解波来るよ!」
今度は足元に向けられたアイスジェネラルの手に、としおと郷田が同時に自分のチームに警告を出す。
一瞬にして足場に穴が開き、下の川水が覗く事になる。
ただ、予想外だったのは、穴が意外と大きかった事か。
「うわっと!?」
細かい移動を繰り返していたため、穴の縁で滑ってしまい、危うく穴に滑り落ちそうになった栄の腕を凪が掴む。
「気をつけて。意外と範囲が広いみたいよ」
「ありがとうございます!」
スパイクの力に任せて、強引に引っ張り上げる。
未だ近接距離には至っていないが、撃退士たちは既にサーバントを遠距離攻撃の範囲に収めた。
「まずは一撃もらったっ」
引き上げられた勢いで横に転がりながら、弓をフルに引き絞り、一番大きな目標‥‥胴に向かって矢を放つ栄。
矢は胴に当たるが、刺さらずにカンと弾かれてしまう。だが、それと同時に、アイスジェネラルの氷の鎧に‥‥ヒビが入った。
「もう一発! 砕けろっ!」
サーバントの注意が栄‥‥B組に逸れた瞬間。
玲治の影、サーバントからは死角になる位置に隠れて弓を引き絞ったとしおが放った矢も、見事に無防備だったサーバントの背中に直撃。こちら側の鎧にも、ヒビが入る形となる。
「‥‥!」
2発も直撃を入れられたアイスジェネラルは、本気で撃退士たちを脅威と認識し始めたのか、地面に突き刺さった剣を抜き放ち、構えなおす。
そしてそれを改めて地面に突き刺すと、日谷 月彦(
ja5877)の足元から、氷の刃が突き出される!
「っ‥‥!」
前方に注意を集中していた月彦には、足元からの攻撃は奇襲気味に当たる事となる。
とっさに板で作った即席の盾で防御する物の、ヒヒイロカネで作られた訳でもないその盾がサーバントの一撃に耐えられるはずも無く、貫通されてしまう。
「不不不‥‥よくもやってくれた物だ。これはたーーっぷりと、お礼しないとな」
痛みによって内に眠るドSな一面を刺激されたのか、非常に凶悪な微笑みを浮かべる月彦。
怖い。怖すぎる。
サーバントの一撃は月彦に当たった物の、それはつまりA組に対して何も攻撃を行わなかったと言うことであり‥‥結果、A組の接近を許す事になる。
「もう一丁!」
氷の鎧を打ち破るべく、再度としおが弓を引き絞り、矢を放つ。
だが、これは地面から再度剣を抜いたアイスジェネラルにより、空中で斬られてしまう。
剣を振りぬいたその腕に向かい‥‥玲治が大きく斧を肩に担ぐようにして振りかぶり、叩きつける様にして振り下ろす!
ガシャン。
ガラスが砕けるような音と共に、アイスジェネラルの氷の鎧が砕け散る。
●Close Combat
「「「っ!!」」」
鎧が割れたこの時こそが、撃退士たちの待ち構えていたチャンス。
各自、自らの最も強力なスキルを準備し‥‥一斉にアイスジェネラルに襲い掛かる!
「不不不‥‥さっきの返礼だ!」
三節棍のチェーンを引き絞って直棍型にし、「上段の構え」でアイスジェネラルの頭部を猛打する月彦。然し、やはり先ほどの氷刃の冷気が体に纏わりついているのか‥‥力、打点とも普段の彼の力は出せていない。
頭部へ突き出された棍は僅かに横に逸れる物の、然し肩に当たり、アイスジェネラルを一歩仰け反らせる。
「‥‥防御が甘いな。鎧に頼りすぎだ」
レイピアを一振りすると、その刃は銀色の炎を纏う。
厳しい表情を浮かべ、体勢を崩したアイスジェネラルの剣を持っている左腕に向かって、体を捻るように一回転し‥‥雫音の刃が、突き出される!
「‥‥!」
ガキッと刃が、逆手に持った氷の剣に弾かれる。
武器を持っている腕を攻撃すると言う事は、ワザワザ「大きな目標」である胴体ではなく「小さな目標」である四肢を狙う行為である。それに加えて、その腕が武器を持っているのならばそれに当たって弾かれる可能性もあり、相当の技量が無ければ成功しにくい。
雫音自身、滑り止めの対策を行っておらず、僅かに体勢が崩れたのも一因であった。
「くっ‥‥」
隙を見て、凪が縦に振るったカットラスも、同様に腕を引っ込めて回避される事となる。
そして、至近距離から腕が直に、防御しようと盾を構えた凪のシールドを潜り抜け‥‥攻撃を行った二人にそれぞれ伸ばされる!
「寒っ‥‥直に冷凍波!?」
距離をつけて放った冷凍波が防御されたのを確認したアイスジェネラルは、撃退士たちの接近を幸いに、直に掴んでの冷凍波を放ったのだ。
「離しやがれ‥‥!」
腕狙いの各員は、この状態では近すぎて味方に当たる可能性があるためそれが行えない。
故に郷田は、サーバント背後へと滑り込み、低姿勢から「石火」で加速したグレートソードを大きく振り回し、足を薙ぐ。
だが、それでもサーバントは少し揺らぐだけで、倒れこむ事はない。
「ちっ、耐久力が高いって言われてたのも、伊達じゃねぇな」
(「‥‥どうする? 助けるか、それとも‥‥」)
一瞬の躊躇が司の脳裏を過ぎる。だが、直ぐにそれを振り払い、彼女はトンファーを構えなおす。
(「仲間を見捨てるのは英雄ではない‥‥だが、攻撃を任された以上は、それを成し遂げねばならない‥‥他の事に注意を注ぐわけにはいかない」)
そして、「石火」の猛烈な加速と共に‥‥トンファーが、アイスジェネラルの背後‥‥人で言えば心臓の部位に、猛烈に叩き込まれる!
強烈な衝撃がアイスジェネラルの胴を駆け抜ける。
若しも人間だったのならば、確実に心停止に陥っていただろう。それ程強烈な一撃だった。
だが、アイスジェネラルには、その様な兆候は見られない。ダメージは確かに入っているのだが、それは攻撃自体に拠る物である。‥‥恐らくはその氷のボディ同様、全体が同じ状態で‥‥急所などと言う物が存在しないのだろう。
「いい加減に‥‥離しなさい!」
カットラスを、自身を掴んでいる腕に叩き付ける凪。
だが、やはり冷気で体の動きが鈍っている。刃は僅かに腕に食い込む物の‥‥それを切断し拘束を解除させるには至らず。
「佐藤さん、同時に逆の腕を!」
「了解だっ!」
精密射撃を得意とする射手二人が、同時に弓を構える。
慎重に‥‥慎重に‥‥!仲間に当てないよう、2人は狙いをつける。
「今だっ!」
としおが叫ぶと共に、その弓から矢が放たれ‥‥サーバントの、雫音を掴んだ腕に突き刺さる。
僅かに自身を掴む力が緩んだのを感じた雫音。レイピアを逆手に振り上げ‥‥まっすぐに下へ向かい突き刺す!
彼も凪と同様に冷気によって動きが鈍っていた物の、その刃は奇しくも栄が放った「ストライクショット」の矢と同時に、同じ場所に、突き刺さった。
「‥‥!」
終に剣と雫音を共に手放してしまうサーバント。
このチャンスを逃さず、地面に落下した雫音の影から、月彦が真っ直ぐ棍を突き出す!
「‥‥片目、もらっていこう」
「上段の構え」から放たれた、頭部狙いのその突きはサーバントの右目の周辺に直撃。完全に潰すには至らなかった者の、一時的に視力をロストさせる。
これに対し、サーバントは、まだ健在の片腕で掴んでいる凪に再度凍結波を放ち完全に凍結させると、そのまま投げ飛ばし、逆手で地に落ちた剣を掴み、間一髪で追撃として大上段から振り下ろされた郷田のグレートソードを受け止める。
「このまま真っ二つにしてやる‥‥!」
天使に大切な人を殺され、己の片腕をも奪われた痛み。その全てを剣に乗せるかのように、残った片腕に全力を注ぎ込む郷田。
腕力と武器の重さの違いから、少しずつ押し込まれるサーバント。己を狙って左側から司のトンファーが突き出されるのが見える。このままでは叩き潰される――
「ッッァァァァ!」
強引に郷田の大剣を横に受け流し、司の一撃に対する盾とする。そしてそのまま一回転し、地面に猛烈に剣を突き刺す。
撃退士たちは氷刃に対して身構えるが‥‥何かが突き出されたのは、撃退士たちの方ではなく‥‥サーバント自身の足元であった。
●Ice Castle
自身の足元から氷壁を突き出し、それに乗り高所に逃れたサーバント。
‥‥考えてみれば至極当然のこと。このサーバントの多くの技は遠距離であり、ワザワザ近距離で勝負する必要性はなかったのだ。
「これを壊さないと、届かないか」
再度剣に銀色の炎‥‥「聖火」を纏わせ、氷の壁を薙ぎ払う雫音。
纏った炎は霊的な物であり本当の炎ではないため氷を溶かすには至らなかった者の‥‥威力を増した剣撃は、確かに氷の壁にヒビを入れることに成功する。
「あの高さだと、遠距離でも当てにくいか」
上に射る事を試みたものの、角度と距離の関係で当たりにくいと感じた栄、としおも氷柱の攻撃に加わる。
撃退士たちの一斉攻撃により、氷の壁はひび割れ、今にも崩れそうな状態に至っている。
「後一押し!」
スパイクを氷に食い込ませて、一瞬の猛加速。司の右のトンファーが、壁を打ち砕かんとしたその瞬間。 氷の壁自体にアイスジェネラルの剣が突き立てられ‥‥司の顔へ、迎撃するかのような氷刃が伸びる!
「ってぇ‥‥俺が壁になる……安心して付いてきていいぜ」
斧を盾にし、司の目の前に滑り込んだ玲治。 武器で氷の刃を受け止めたとは言え、多少のダメージは否めなかったが‥‥それでも、自信ありげに、後ろに居る仲間にサムズアップ。
普段軽口を叩く事も多い彼だが‥‥仲間を守るその背中は‥‥確かに、頼れる漢の物だった。
「これで‥‥割れろ!」
最後の「聖火」によって刃に火が灯る。炎を纏う刃を全力で引き、直突きを既にヒビが入った部分に突き出す。
雫音の渾身の一撃によって、終に氷の壁は崩れ去る。
氷片に紛れ、空中から落下するアイスジェネラル。
矢をつかえてそれを狙うとしおだが、氷片が多すぎて、きらきらと太陽光を反射しているため、うまく狙いがつけられない。
まるで暗殺者のように氷片に紛れ逆手に剣を構えるサーバント。狙いの先は後衛であるはずの栄!
「そうは‥‥させないわよ!」
気合と根性で強引に凍結を振り払った凪が、盾を構え、この奇襲と言える一撃を受け止める。
同時に、栄が、切り札とも言える闇の弾丸を収束させる!
「食らいやがれっ!てめぇの好きにはさせねぇんだよっ!」
放たれた黒き弾丸は、サーバントの胸部にめり込み、そのまま地に落下させる。
「ちっ、体の動きが鈍ってきたぜ‥‥けどな! これが俺のとっておきだ、喰らえ!」
片手ながら驚異的な腕力で大剣を体の周囲で回し、遠心力をつけた郷田が、そのまま縦回転に切り替え、剣を叩き付ける。周囲の氷までヒビが入るほどの強烈な一撃は、「石火」の効果もあったのだろう。
軽くジャンプし、空中で重力に石火の加速を加えた司の、トンファーの一撃が、サーバントの顔面に追撃として飛ぶ!
「これで、終わり!」
サーバントの体ごと、この一打は氷を割り‥‥かくしてアイスジェネラルは、水底に沈んだのであった。
●Melt
「敵を撃破した途端に氷が溶けて川に『ボッチャン』なんて‥‥ないよね、あはは」
としおの笑いも止まぬその瞬間。氷に空いた穴から、氷が崩れるようにして溶け始める。
どたばたと岸に無事に到着した撃退士たちは、一時の休憩を得る事になる。
コーヒーを飲む者も居れば、インスタントラーメンを食べる者もいる。
だがその中でも、司は、川の中に視線をやり、考えを走らせる。
(「あれは移動していれば、もっと早く街を氷結させられていたはずだね。‥‥でも、何かを待っている‥‥守っているようにも見えた。 果たして何を‥‥?」)
そんな彼女の肩を、玲治が軽く叩く。
「なーに深刻な顔をしてるの。これで街の凍結は止められた。それでいいじゃんか」
「‥‥ああ、確かにそうだね」
かくして、氷結の危機は‥‥去ったのであった。