●Trap Deployment
轟音が、夜の闇を切り裂く。
暴走族ではない。この一帯は既に、ディアボロ出没のため立ち入り禁止とされている。
‥‥この轟音の元は、その「ディアボロ」なのだ。
「みんな、罠の準備は終わってる?」
段々と大きくなってくる轟音に、雪那(
ja0291)が僅かながら焦りの色を浮かべる。
「あと少しだ。シートはもう敷いた、オイルを流せば‥‥」
「こっちも‥‥片方は‥‥壁に‥‥繋いだ」
御暁 零斗(
ja0548)、エルザェム・シュヴェルトラウテ(
ja6482)がそれぞれ、ワイヤーを利用したトラップと、前回も使われた床にオイルを流すトラップを準備していた。
ディアボロ「ゴーストレイダー」の接近を知らせる轟音は刻一刻と迫っている。
目を閉じ、前回の敗北を思い浮かべる雪那。
敗退したとは言え、腕の一本を持っていった。今度こそ、この仇敵を完全に撃滅してみせる。
決意と共に、ただ、精神を研ぎ澄ます。
目を開け、改めて得物のブロードアックスを正面に構えなおす。
「おっけ、終わりましたよ!」
エルザェムと共に鉄線を張り巡らせていた氷月 はくあ(
ja0811)が、設置完了の合図を出す。
「こっちもおーけーだ。‥‥なんかめんどそうだしさっさと終わらせようぜ」
零斗も設置を完了させ、位置に着いたのを確認し、はくあが目と耳に力を集中させ、「夜目」「鋭敏聴覚」を発動させる。
途端に、視界がクリアになる。付近の音が増幅される。‥‥最も、そんな事をしなくとも、轟音は聞き逃せないほどに大きかったが。
「明り、明りっと」
ほぼ同時に天ヶ瀬セリカ(
ja6551)が戦場中央‥‥オイルのすぐ後ろ辺りに、「トワイライト」を設置する。
万全とも言える戦場は整った。後は、敵が来るのを待つだけだ。
トワイライトに照らし出された正面に、黒いバイクの騎士の姿を認めた雪那が、にやりと微笑む。
「ずっと待ってた。‥‥会いたかったよ、レイダー!」
●Beginning of the Revenge
正面に撃退士たちの姿を認めたレイダーは、ウィリーで一直線に突っ込んで来る。
「今だよっ! その速度、距離なら‥‥これでぴったりなはずっ!」
はくあが、ここぞとばかりに阻霊陣を発動させる。ワイヤーやチェーンを透過させず、そのまま引っ掛け倒すと言う計画だ。だが――
「うそっ、突破された!?」
撃退士にダメージを与えるほどの衝撃力と、武器で攻撃されても殆ど傷つかない硬度を誇るバイクでのウィリー突撃である。
一般的な有刺鉄線やチェーンでそれが止められるはずも無く‥‥僅かに速度を落とさせただけで、引きちぎられてしまう。
だが、これは撃退士たちも予測済み。本命は、前方にあるオイル溜まり――
「私に斬られるのが怖いんだ、この臆病者!」
本来ならば、ゴーストレイダーは前方にあるオイル溜まりに気づいたかもしれない。
だが、前回自身の腕を切り落とした撃退士‥‥雪那の行った挑発は、思った以上にレイダーを怒らせ、その注意を逸らした。
結果、レイダーは見事オイル溜まりでスリップ。転倒するハメになったのだ。
「あ、コケた。‥‥コレ、二番煎じなんだけどなぁ‥‥まぁ良いけどさ」
あざ笑うように、くすくすとレイダーを笑う神喰 朔桜(
ja2099)。
「めんどくせぇから‥‥燃やしちまうぜ」
素早く、ライターでオイルを点火させる零斗。
炎は直ぐに燃え広がり、周囲ごとレイダーを炎に包む。
だが、レイダーは全くダメージを受けた様子は見せていない。それ所か、オイルが燃えているのを良い事に、ブレードを地面に突き刺し、腕ごと杖にするように体勢を立て直そうとしている。
「‥‥させない‥‥熱っ」
妨害しようと接近したエルザェムは、然し炎の熱さに阻まれてしまう。
撃退士の身体能力を以ってしても、炎が熱くなくなる訳ではなく、単に熱さによる負傷が軽減されるだけなのだ。
「なら、狙い打つだけよ」
「そうだ。撃たせてもらうぞ!」
ライダーから見て左側に展開したcicero(
ja6953)、セリカの二人が一斉に射撃を開始する。
だが、炎の強光に遮られ、その精度は思ったより低い。
頭部を狙ったセリカの弾丸は肩に命中し、右肩の金属部分に弾かれ‥‥シセロの矢は、腹部、バイクとのつなぎ目の部分を掠る。
「やっぱり接近戦しかねぇか」
炎に構わず飛び込み、猛然とレイダーに向かって駆け出す天城 空牙(
ja5961)。
「今回は『喧嘩』じゃない。これは――『裁き』――だ」
左手に打刀を構え、右腕からはうっすらと浮かぶ大剣の如きオーラ。
至近距離から彼が放った「石火」は、見事にレイダーの頭部に横から直撃する。
「ASSERT CREATION(我此処に創造を宣言する)――ICHII-BAL(光芒の魔弓)」
先ほどの笑う表情とは打って変わり、真剣な表情で魔術を詠唱する朔桜。
――詠唱を必要としないはずの彼女が、それを行ったのも本気の表れか。空牙の後方から援護攻撃すべく具現化された七つの黒い光球は、直角的な螺旋を描きながら、レイダーへ飛来する。
――僅かに、間に合わない。
オイルが燃えた事により体勢を建て直したレイダーは、その場で小円を描くようにして走行。周囲に煙幕を撒き散らす。
この煙幕に遮られた事により、七つの光弾はその狙いを失い、地面を抉ったに留まった。
「厄介な煙だ。‥‥けどな!」
髪をかき上げ、その目に自信の光が浮かぶ。
鎮火したフィールドに、ゴーグルをかけながら自らも煙幕の中へと飛び込んでいく零斗だ。
「勝つのは、俺たちだ!」
撃退士達が取った、煙幕を回避する方法とは、煙幕放出を受けた側の者が後退し、他の側が攻撃する、と言う物だった。
若しもオイルが地面に残り、レイダーが起き上がれず方向転換できない状態であったのならば、この方法は有効だっただろう。一方向にしか煙幕を噴出できないレイダーは、遠距離攻撃が出来る撃退士たちによって袋叩きにあったはずである。
だが、起き上がれた今では、回転し、全周囲に煙幕を噴出する事が可能であったのだ。
距離を離せば確かにこの煙が目にしみる事はない。だが、それでも、霧が一帯を覆っているが如く、視界を遮られているのは変わりないのだ。
●Assault Formation
「逃がしはしない‥‥オラオラァ!」
ゴーグルで煙を防ぎ、至近距離まで近づく事で視界への影響を減らす零斗。トンファーによる連撃は、然しアームブレードによって受け流されてしまう。
だが、これは計算通りだ。この連打はダメージを与える為の物ではなく‥‥動きを封じるための物であったのだから。
「‥‥その腕、もう一度落としてあげるよ!」
正面から飛び込んだ雪那。大上段に構えた斧からは、白い雪のような粒子が煙の中へと舞い散る。
振り下ろされる重い一撃。命中能力に優れる彼女の「砕氷閃」は、煙幕の中にあってなお、レイダーの肩口から脇腹まで傷をつける。ゴーグルで煙を防いでいたのも一因だろうか。
だが、それでも多少なりとも煙の影響は出ていたようで、直撃によってレイダーの動きを止めるには至っていない。
雪那がレイダーを仇敵と見なすのと同様に、レイダーもまた、自らの腕を落とされた屈辱を忘れた訳ではない。
まるで零斗の事など眼中にないとでも言うかのようにガードを解き、連撃をその身に受けながらも銃口を雪那に向ける!
「ガルルゥゥッ!」
狼のような唸り声を挙げながら、跳び上がるエルザェム。
突き出された鉤爪はレイダーの腕を引っ掛け、アームガンの攻撃を中断させる。
だが、その瞬間。
バイクが猛加速し、エルザェムと雪那を突き飛ばしながら、猛然と疾走する!
直線に走行しながら腕の銃から放たれる乱射は、このディアボロの左方に居た、シセロ、零斗、セリカの3人に均等に降り注ぐ。
「やられっぱなしは性に合わないのでね」
この高速道路上では障害物は少なく、回避しようにもこの弾丸の雨を潜り抜けるのは困難だ。
そう考えたシセロは、敢えて回避せず、反撃すると言う手を選ぶ。
弾丸の雨に耐え、胸に掛けた十字に祈りを捧げる。
(「主よ、この一弾に栄光あれ」)
放たれた「ストライクショット」の矢は、見事レイダーの頭部に突き刺さる!
僅かに揺れるバイク。
この一撃により、勝負は決したかに見えた。
だが――
「油断しないでっ!」
正面に居たはくあが、警告の叫びを挙げると共に、横に跳ぶ。
その直後、彼女の先ほど居た場所を、全く速度が衰えないバイクが駆け抜ける。距離を離そうにも、身体能力が上がっているとは言え人の足の速度でバイクの突進を上回れるはずはなく、彼女は横への回避を余儀なくされたのだ。
「っ‥‥」
鋭敏聴覚を使用したはくあの耳に、至近距離を走り抜けるこのバイクの轟音は余りにも刺激的過ぎた。
ギリッと奥歯を噛み締め、耐える。
「初めての雪那さんとの共闘‥‥かっこいいとこ見せないとだっ!」
撃ち放たれたのは、照準を犠牲にした強力な一撃‥‥「ブーストショット」。
彼女の類稀なる集中力により、命中しにくい一撃だったにも関わらず‥‥攻撃は無防備なレイダーの背後に吸い込まれるようにして命中する。
大きく前へとつんのめるようにして、転倒するレイダー。
追撃をすべく、打刀を振りかざす空牙が、「痛打」をその刀で放つ!
「其の肉片の一片たりともを、殺して、破壊(ころ)して、消却(ころ)し尽くす。死んで、絶滅(し)んで、滅亡(し)に尽くせッ!!」
振るわれた刀は、然し、濃い煙に阻まれる事となる。
煙への対策を行っていなかったおらず、また放たれた技自体も命中率が低い物だったのならば、当たる確率は極々低い物となる。
「ちっ、どこ行きやがった‥‥!?」
煙の中、ぬぅっと伸びる腕。
次の瞬間、空牙の腹部には、レイダーの腕の刃が突き刺さっていた。
「無茶しちゃって‥‥! ASSERT CREATION(我此処に創造を宣言す――HASTA-GLACIES(十の氷槍番えし弩)」
朔桜が、再度詠唱を開始し、周囲に十本の黒い氷槍が形成されていく。
そして、何の予兆もなく、それが一斉にレイダーの居る場所に向かっていく。
だが、これはまたもや大部分が外れ‥‥レイダーの脇腹に突き刺さったのは二本のみ。
煙幕のみならば、もう少し当たる可能性もあったのかもしれない。だが、氷の槍を空牙に当てる訳にもいかない。それが恐らくは、命中率を下げたのだろう。
「いってぇな‥‥離せ!」
空牙の猛烈な打撃が至近距離からレイダーに加えられる。
散々殴られ、撃たれた頭部への一撃は、レイダーをよろめかせるには十分であった。このまま脱出して――
「っ! 空牙さん、逃げて!」
セリカの悲痛な叫びが上がる。
レイダーの右腕は既に展開を開始しており‥‥それは、空牙の胸に、至近距離から突きつけられていた。
「なっ‥‥!?」
次の瞬間。そこからまばゆい光が放たれ、空牙を焼いた。
「うわっ、何アレ!?」
辛うじて直撃を避けた物の、それでも体の半分ほどを光に炙られた朔桜が、驚きと感嘆の声を漏らす。高い魔法防御に任せてとっさに防御を展開していなければ、もっとダメージが大きくなっていただろう。
だが、どうやら連射は効かない様だ。ここぞとばかりに、エルザェムと雪那が、一斉に飛び掛る!
「グルゥゥゥ!?」
エルザェムの突撃は、またもや煙幕に阻まれ、バイクに鉤爪が命中する事になる。
雪那の斧は、正面からレイダーの腕のブレードと激突。つばぜり合いの状態となる。
「今の内だよ!」
その声を聴き、煙幕の外からはくあが狙いをつける。
‥‥だが、煙幕内で至近距離に味方と敵が居るこの状態では、迂闊に撃てば味方に当ててしまう。
時間が、刻一刻と、過ぎていく。
「ちっ‥!」
味方から援護攻撃が望めないと判断した瞬間。
雪那は更に力を腕に込め、再度斧から白い粒子を散布する!
「はぁぁぁぁぁ!」
パキパキと音を立て、アームブレードが砕かれていき、力を増した斧が少しずつレイダーの腕に食い込んでいく。
だが、同時にレイダーは、雪那の腹部に右腕を当てたまま‥‥展開を始めていたのだった。
「不味い!」
近距離で打撃を加えながら機を伺っていた零斗は、それを視認するや否や、急遽地面を蹴って反転。低姿勢からの飛び蹴りで、砲身を蹴り飛ばそうと試みる。
だが、砲身との距離が近すぎた。
零斗の蹴りは上腕部に命中し‥‥僅かに照準を逸らす物の、完全に狙いを外すには至らず。
容赦無き光の帯は、はくあと雪那を焼く事になる。
●Final Heat
正面のグループが戦闘不能になった現状。攻撃は容赦なく、両サイドのグループにも降り注いだ。
突如の煙幕内からの突撃によって、朔桜が弾かれ‥‥ガードレールに叩きつけられて意識を失う。戦闘が長引き、ダメージが蓄積していたのも一因だろう。
(「どうする‥‥?」)
周囲を見渡しながら、セリカが考えを巡らせる。
彼女とシセロは、先ほどの乱射の直撃を受けていたために、それなりのダメージを受けていた。
(「なら‥」)
シセロと顔を見合わせ、うなづく。一斉に放たれた弾丸はレイダーの注意を引き‥‥再度煙幕を撒き散らしながら突撃、彼女らを弾き飛ばす。だが、壁高欄を背にした彼女らの突撃したせいで、バイクがめり込み、嵌ってしまう。
煙幕の中を手探りでエルザェムが襲い掛かるが‥‥これはアームブレードによって止められてしまう。
だが‥‥これで、「場は整った」のだ。
「何度も同じ手が効くと思うなよ!?」
煙幕を逆に利用し、「遁甲の術」でその身を隠し、「迅雷」の猛烈な速度を以って接近する零斗。
受けようにも腕は封じられ、がっちりとエルザェムにつかまれ逃走も出来ない。
ゴーストレイダーが最後に見た光景は、その眼前に迫った零斗の足だった。
「風の様に疾り‥雷の如く貴様をぶち破る‥どんな敵だろうと蹴り破るのみ‥ってな」
●The 「Lake」
「お見事です。いやいや、我が友『雷』の傑作が、ここまで破壊されるとは」
「誰だ!?」
振り向いた零斗の後ろに立っていたのは、スーツを着た優男。
「ああ、自己紹介がまだでございましたね。私は‥‥貴方がたが「ヴェニタス」と称する者の一人でしょうか。『湖』のロイ・シュトラールと申します。どうぞお見知りおきを‥‥」
優雅に一礼する男。だが、警戒態勢を解かない撃退士たちを見て‥‥
「私の役目は、そこの残骸の回収で御座いますので。貴方がたと事を構えるつもりはありません」
「させると思っているのか?」
「‥‥逆にお聞きしましょう。満身創痍の現状で、私に勝てるとでも思っているのでしょうか?」
味方の状況を見回し、唇を噛む零斗。
「次は‥‥絶対、貴様ごと、蹴り破ってやる」
「ええ、お待ちしておりますよ」
次の瞬間。男の姿は残骸と共に消えていた。