●渦巻く暗雲
「――また、凄い物を持ってきたわね、あの軍師は」
目の前に聳え立つ、五つの柱を、暮居 凪(
ja0503)は睨む。
(「‥‥レーヴァティンだったかしら。あれが完成すれば、冥魔も追いやれるかしら」)
頭を振り、頭に浮かんだ様々な考えを振り払う。
政治、大局戦略を考えるのは、後にしよう。
――今はとりあえず、眼前の状況を片付けなくては。
「‥‥あの時の屈辱、今度こそ返してあげるわ」
「全く、こんな奴を抱えた騎士団相手に攻城戦なンざ 、命が幾らあっても足りやしねェ 。‥‥ここが既に死地じゃねえ、っつってるワケじゃねーが」
チッ、とマクシミオ・アレクサンダー(
ja2145)もまた、奥に佇む天使の姿をその目に映す。
――彼の能力についての資料は既に読んだ。その指揮能力、そして彼自身の天使としての特殊能力‥‥その何れも、こと『戦争』に於いては、今以上に脅威になる。
「そんなヤツが、わざわざ寡兵で出てきてるんだ。討ち取っておくに越した事はねぇな」
ロドルフォ・リウッツィ(
jb5648)が、それに同意する。
――今回の依頼は飽くまでもゲートコアの撃破。然し、撃退士たちの中には、この先に起こる戦を見据え――最大の脅威と成りうるこの天使、エクセリオを、排除するつもりの者も少なくは無かった。
「なんというかまぁ…やり口がエグいねぃ…」
「イヤ〜な予感もする。冷や汗かいちゃうよねェ」
と言っても、皇・B・上総(
jb9372)の呟きに応えた阿手 嵐澄(
jb8176)ことランスが、カツラを外して汗を拭いていたせいで全ての緊張感が消滅していたりする様な事もあるのだが。
「ふん。やはり来たか」
一方、エクセリオの方は。まるでこの事態を予測していたかのように――実際、予測していたのだろう。
「‥‥例の透過妨害は複数人が使っている――成る程、学習している訳か」
だが、と言うばかりに、笑みを浮かべる。
――それを合図にするかのように、付近のアサシンたちが、一斉に爆煙に姿をくらます。
「交響撃団団長、君田夢野――――この剣と左袖の紅に誓い、お前を撃ち退ける!」
左袖にあるのは、彼が率いる団体を示す、紅の腕章。
構えるは信念の剣。天使の策謀を断つためのそれを、大きく振り上げる君田 夢野(
ja0561)。
――それを合図にするかのように、戦局が開かれた。
●戦場の分裂
「ふむ。ちょっと煙がジャマだねェ」
目を凝らして索敵を行うランス。然し、視界に入っていれば探知できる狙撃手特有のこの技も、隠蔽に伴う爆煙に遮られては効果が薄い。
「元の場所から余り動いていないようね」
一方、堤防側へと向かって移動した凪の生命探知は、敵の凡その位置を捉えていた。
「それ分かりゃ十分だ」
カツラを脱ぎ捨て、煌く頭頂部を現し、照準をそちらに向かって合わせるランス。
「キャハ!バッキューン ってね!」
カン。一発の弾丸が、エクセリオの隣にある金属の柱に突き刺さる。雨野 挫斬(
ja0919)の銃撃だ。
全体的に見て、フィールドのやや高めの所に陣取る彼女。負傷により火力は低減しているものの、依然として並以上の火力は残る。
「ちぇっ、一発じゃ壊せないか。じゃあ‥‥」
一発でそれを破壊できないと見れば、挫斬は狙いを即座に他に切り替える。
「はてさて…撒き餌でもしようかねぃ」
ドン。
直後、白き馬の幻影が疾駆したかと思えば、黄龍の横をそれは華麗なステップですり抜け、エクセリオに体当たりする。鎧を着こんで防御を特化に特化した上、更に黄龍による防御強化の効果まで受けている彼に大打撃を与える程ではなかったが、衝撃は彼を僅かにのけぞらせる。
「‥‥この挑発には乗らざるをえんだろう? アサシンの諸君。私を放置すれば徐々にででも、ご主人様かコアが削れるのだからねぃ」
飄々と笑うのは、上総。放たれた超長距離の一撃は、彼女の手にある魔導書による物であった。
「‥‥まあ、竜もまとめて来てくれてもいいのだがねぃ」
目を凝らし、彼女は待つ。敵が全員出てくれればそれで儲け物。がら空きになるエクセリオは、程なくして仲間たちの攻撃によって斃れるだろう。
――だが、この状況に於いて、彼女の目論見は外れる事になる。
敵には、他に優先して対応すべき者がいたのだから。
●陣中の死闘
「その背の物 ‥‥暗殺者風情が空でも飛ぼうってか? 気に食わねえな!」
翼を使った跳躍。上空から落下の勢いと体重を乗せて、縦に全力で振るわれる大剣。狙いは、先ほど凪が位置を特定したアサシンの一体。
ロドルフォの一撃は、然し、カキンと言う金属音を上げて弾かれる。
「‥‥やーらしい仕掛けでもしてんだろうとは思ったけど、まさかそれをコピーされるとはね」
彼の目線の先には、空を舞うナイフ。
アサシンの背中の装置を狙ったロドルフォの振り下ろしは、直撃する直前に、飛来するナイフによって僅かに軌道を逸らされ、外れていたのである。
「ふん。‥‥中々に使いやすい」
――回避射撃。撃退士たちの技の一つであり、主に銃を使う者によって運用される、味方に対する攻撃を迎撃し回避を助ける技。
あの一戦でエクセリオが見た技の殆どは、威力若しくは腕力を要求され、彼の運用には向かない。
若しくは、そもそも移動用の技であり、戦法上移動する必要が余りない彼には使う必要のない技。
だが、その中で、唯一彼の注意を引いていたのが、この技であった。
――腕力が無くとも、角度と着弾点を絶妙に調整すれば、攻撃を逸らす事は出来る。そう言った「一寸のずれも無き計算」こそが、直接戦闘に向かないエクセリオの、戦闘に於ける数少ない長所であった。
「やっぱあんたを倒さなきゃ、一筋縄じゃいかないってか!?」
着地と共に、地を抉る様に大きく円を描いて大剣を振り回し、遠心力をつけて、横からエクセリオを狙う。天使故に人を弱体化させる陣の影響を受けない彼の大剣の横一閃を、エクセリオは腕を縦にしたガードポーズで受け止める。
「‥‥最初っからアンタの下で戦えてりゃ、俺は堕天してなかったかもな」
ロドルフォが堕天に至った経緯。それは、彼が憧れていた女性が先に堕天した、と言う要素も大きいが――もう一つ重要だったのが、上司に恵まれなかったと言う事。
無能な上司に、幾度にも使い捨てにされかけた経験が、今だ彼の中に残っているのだ。
――故に、考えずには居られない。若し、エクセリオが当時の自身の上司だったのであれば。若しも、この援護を受けた状態で、戦えたのならば。そう思わずには居られない。
「ふん。‥‥それは買いかぶりすぎだ」
軽く笑うエクセリオ。両腕を交差して刃を挟み込んだ状態で、横に流すようにして地に大剣を受け流す。
「‥‥その必要があると判断すれば。…大事な物を守るのに必要、と言うのならば。俺は全てを一瞬の躊躇も無く切り捨てよう。例えそれが――俺自身、でもな」
決してエクセリオは攻撃を行っていない。自身の役割が、一時でも長く生存し、陣を維持する事を心得ているのだろう。全神経を、防御と回避のみに集中させている。
(「自身でも‥‥?」)
僅かな違和感が、ロドルフォの脳裏を過ぎる。
「いくら考えても仕方ねえ事だけどよ‥‥」
黒いオーラが、その手を伝い、剣に行き渡る。
「味方だったらどんなに頼もしいかった事か分かる分、余裕も手加減も抜きだ!」
再度、体ごと回転する。バットを振りぬくような、下段から斜め上への一閃。
「ぐ‥‥う‥‥!」
カオスレートの影響は流石に大きいようで、僅かにエクセリオの顔は歪む。けれど、それは一瞬の事。普段の表情に戻った彼は、冷酷に言い放つ。
「努力せぬ者に、勝利はなし、だ」
守るよう厳命を受けたエクセリオが猛攻を受けているのを見て、黄龍はそちらへの援護を行おうと向かう。
「援護は‥‥させねぇっての!」
もう一本の大剣が振るわれる。『響』の銘を持つその剣は、君田 夢野(
ja0561)によって付けられたその銘の通り、音速の勢いを以って黄龍に襲い掛かる。
「前だけ見とけ、ロド。カバーリングは出来る限り回す! 」
マクシミオの魔導書から這い出ずる魔法生物もまた、黄龍の背後から、その翼に噛み付く。
二名の連撃を背に受け、血を流しながらも、黄龍はそれを気にする様子は無く、飽くまでもエクセリオの援護に向かおうとする。
(「目の前の敵、特に地上のを排除しろ。俺は大丈夫だ」)
ピクリと黄龍の動きが止まったかと思うと、それは急速反転し、夢野の方へと突進していく。
――激戦の中で尚、エクセリオの『分析』は止まっていない。事前に黄龍に仕込んでいた『R・ダガー』を使い、黄龍の傷から、彼はそれに相対する撃退士二人の攻撃能力を分析していた。
その結果が、『優先して夢野を撃破せよ』と言う事であった。
アサシンが、夢野に襲い掛かる。人間である彼が、エクセリオの陣の影響をフルに受けている状態でそれを回避する術はない。
だが、彼とて、強襲になる以上これは覚悟していた。着込んでいた鎧がダガーの突き刺しの威力の殆どを遮り、痛みを軽減させる。
振り上げた剣。跳躍し、体重を乗せ、それを黄龍の背後に突き刺す。
剣を抜いた瞬間、黄龍は空へ舞い上がる。
「くっ…」
予想外の点であった。主力が近接攻撃である夢野では、敵が空挺を選択してしまえば攻撃力の多少の低下は避けられない。
「こっちで援護する!」
マクシミオの魔術が、真上から黄龍を打ち据えるが、その高度は下がる事はない。
『ガオォォォォ!』
夢野が切り替えた銃のトリガーを引ける前に、黄龍の技が発動する!
集う雷雲。降り注ぐ閃光。
『雷嵐』と呼ばれる黄龍の技は、雷撃を呼び、マクシミオ、ロドルフォ、夢野を同時に打ち据える。
「ぐぁ…!」
マクシミオは、防壁陣を展開。雷撃の直撃を防いだ事により、ダメージを大きく軽減させた。だが、他の二人はそうは行かない。防壁陣を彼らに展開しようにも、遠距離攻撃に徹していたのが仇となった。――『射程外』なのだ。
「くっ‥‥ここで倒れる訳にはっ!意地でも持たせて見せる‥‥!」
黄龍の腐食の雨、そしてアサシンたちの追撃を受けた事もあり、君田は即座に剣を地に突き刺し、歌う。
癒しの力を込めたその歌声は、楽譜と化し、彼の体にまとわり、その傷を癒す。
「援護しよう。ガン無視してくれたお礼だねぃ」
「はいはーい、どうだい?おにーさんの頭みたく、輝いてるだろォ?」
放たれる上総の幻影馬の魔術と、ランスの蝶の幻影術。それはそれぞれ、アサシンたちを捉える。
「狙わせてもらいましょう」
凪による銃弾が、ランスの一撃に追随するように、アサシンを打つ。
「やはり狙撃が邪魔か‥‥」
舌打ちするエクセリオ。
「キャハッ、よそ見している暇は無いわよぉ?」
その一瞬の隙を挫斬に狙われ、脚に銃弾を受け僅かにバランスを崩す。
「ここで潰すっ!」
上段より振るわれる、ロドルフォの黒き刃。受けようとするが、バランスを崩している上、刃に宿るのは悪魔の魔力。天使である彼には不利だ。
肩に一撃を受け、体が揺らぎ、片ひざをつく。
「これで‥‥!」
勝利を確信したロドルフォには、然し、エクセリオの表情は見えていなかった。
その顔は、未だに自信に満ちていた。
●水没世界・拡散雷撃
カチリ。
どこかで、機械音の様な物が響く。
「何だ!?」
次の瞬間、爆音が轟き、そしてそれは直ぐに水音の轟きに変わる。
「堤防が決壊したわ!!高所に避難して!!」
挫斬の警告。
‥‥高速道路が使えるのであれば、良かった。が、ここは田舎。道路は高架化されておらず、僅かに周囲より高いのみ。
「…間に合わなかったか。市民のインフラにあやしいことして欲しくなかったんだけどねェ」
即座にその高所へ避難できたのは、事前にこの事態を警戒していた挫斬とランスのみ。
その場所も完全に水に飲まれない、とは行かず。周囲より水位が低く、行動に支障が出ない程度だ。
――ランスはこの事態を予見していた。故に、解除の手をも考えた。
だが予想外だったのは、爆発物であるダガーが、後から仕掛けられる物ではなく、『既に仕掛けられていた』と言う事。既に探知されている魔力反応とは、大量に累積されたダガーによる物。つまり『そう言う事』だったのだ。
「この程度で止まるかよ!」
翼を広げるロドルフォ。だが、彼が飛行する前に。彼の体は空中へと浮いた。
――否。エクセリオが彼に抱きつくように、空中へと持ち上げたのだ。
「何のつもりだ――?いや、関係ない」
刃に魔の力を流し込む。だが、その剣が振るわれる前に、エクセリオが動く。
「‥‥俺は、敵を倒せぬ弱者と蔑まれて来た。故に己の力を鍛え、終には騎士として認められるまでになった」
ロングコートの前がはだける。
「それでも、これが弱点である事に変わりはない。――が、弱点は補う事が出来る」
そこには、無数のダガーがくくりつけられていた。アサシンのそれだ。
――『己の攻撃力が足りない』と言う弱点を、最も速く補える方法。
――それは、『己の力ではなく他者の力を使う』事。
――そして、敵を『押さえ込んでしまえば』、お互いの攻撃を当てられるかどうかは、問題ではなくなる事。
「あの者に感謝すべきなのだろうな」
エクセリオは、前の一戦に於いて、自身を押さえ込み暴打したとある撃退士の姿を思い浮かべる。
あの者に敗北寸前まで追い込まれ、自身はこの手段を思いついたのだから。
「ロドッ!」
マクシミオの狙撃が、エクセリオを撃つ。だが、重装甲の彼を止めるほどの衝撃は出せず。
「これが俺の――『覚悟』だ」
くくりつけたダガーが一斉に爆発する。爆発は、ロドルフォとエクセリオ自身を同時に飲み込んだ。
エクセリオがロドルフォと共に空を舞うのと同時に。黄龍は高度を上げ、アサシンたちはそれぞれ背中の凧を展開して空を舞った。
(「この状態での水攻め‥‥あれが避雷針の可能性はゼロじゃないねぃ‥‥そして地面が濡れれば当然‥‥」)
それに加えての、敵の空挺。
最悪の可能性に、上総は思い至る。
「壊させてもらおうかねぃ」
連続で放たれる幻影魔術。先ほど挫斬が傷つけた柱に次々と様々な馬が突進して行き、激突する。
最後の馬が激突した瞬間。それは倒壊し、崩れ去る。
「よし、これで一本だねぃ」
だが、その頭上に迫るは、空挺した一体のアサシンの影。事前に上総はアサシンたちを挑発していた。そのツキが、柱を狙う今になって回ってきたのか。それとも、純粋に柱を狙われるのは都合が悪かったのか。
「待ってたぜ…!」
すかさず、アサシンが釣り出されるのを待ち構えていた英雄が迎撃に向かう。
銃撃の連射。アサシンの腹部、肩等に、傷を付けていく。
然し、ギリギリで致命傷だけは避けられているのか。投擲されるダガーは、上総を狙う。
「私に構うな、叩き潰せぃ!」
腕で急所への致命傷を防御しながら、上総は叫ぶ。
「言われなくともそのつもりだ!」
僅かな跳躍から、チェーンを投げつけアサシンの脚に絡ませる。それを引っ張るようにして、英雄は一気に空中の敵に接近する!
「オラオラ落ちやがれッ!」
周囲に複製される、アウルの刀。空を舞うそれらは、次々と意思を持つかのように、アサシンに突き刺さる。
炎が、一斉に噴出する。
それはアサシンを包み込み、燃やし尽くした。
一方、もう一体のアサシンは、黄龍と共に夢野、マクシミオと激戦を繰り広げていた。
「ちょーっと止まってもらうよ?」
高所からのランスの狙撃。弾丸は空中で無数の蝶と化し、アサシンを包み込みその意識を奪う。
だが、即座にエクセリオのナイフが飛来し――アサシンに『突き刺さる』。
僅かな痛みによりアサシンは意識を取り戻す。
「俺の能力は攻撃には向かん。だが、故に――こう言った物の解除には最適なのだ」
ダガーが、再度、夢野の背後に突き刺さる。
「無駄なんだよ!」
地に剣を突き立て、夢野は癒しの歌を謳う。
陣の影響を受けて尚、夢野が戦闘を続けられたのは‥‥『ミュージック・セラピー』と呼ぶ彼のこの技の効果に拠る所が大きい。完全に癒えるとは行かない物の、戦闘能力を取り戻す程度には十分。
再度剣を取り直し、彼は黄龍へと向かう。
「‥‥気に入らない敵なのは確かだ」
夢野は、幾度もエクセリオに煮え湯を飲まされた。
極めつけとして、大切な仲間である凪を一度攫われた。
そして、何よりも、その上から見下すような精神は気に入らない。
「お前が強敵なのも、分かっているつもりだ」
強さを持ちながらも、それに胡座をかく事は無く。常に学習し、己が力を改良しようとする。
その精神自体は、尊敬すべきだ。
――そして、誰か。何かを守ろうとする、見え隠れするその心も。
「――だからここで、潰す!」
銃撃が、黄龍の全身を掃射する。
「準備は整った。‥‥やれ――ッ!?」
荒い息を吐きながら、エクセリオが命を下す。
直後、彼の体を、挫斬の弾丸が横から捉える。
「キャハ!隙多すぎよ!!」
「そろそろ終わって欲しい所ね」
それと同時に、夢野を襲うアサシンもまた、凪の狙撃によって、地へ墜落していく。
――しかし、その全ては、これから起こる事には関係がない。
『ガァァァァァ!』
龍の咆哮。雷雲から降り注ぐ四条の閃光が、それぞれ残った三つの金属柱と、夢野を打ち据える。
「くうっ‥‥‥!」
奔る雷撃は金属柱を通り、水へと流れる。地に脚を付けていた全ての者を貫く。マクシミオは翼を広げこの影響を完全に回避し、挫斬とランスは水量の少ない所に脚をつけていたために多少受ける被害は低減している。
が、他の者達は全員、雷撃三発に相当するダメージを同時に受けていた。――最も、柱を通しているとは言え拡散していた以上、ダメージの減衰は免れなかったのだが。
「がっ‥‥はぁ、はぁ‥‥っ!」
撃退士側で一番ダメージが大きかったのは夢野。流れる三発分の電流に加え、直撃の一発が命中していたからだ。
残る『ミュージック・セラピー』は最後の一発のみ。剣を構えた彼を、然しエクセリオは睨む。
「貴様らには、ここで倒れてもらおう‥‥!」
爆発。
エクセリオが彼に今までアサシンたちが突き刺したダガーを誘爆させなかったのは、このチャンスを待っていたからだったのだ。他の攻撃と合わせて、確実に『倒せる』チャンスを。
そして、それは夢野以外にも――柱を攻撃していた上総にも及ぶ。
魔術を得意としていた彼女は、体力が低くても魔法であった雷撃は耐え切れた。
だが、物理攻撃であるダガーの爆発は別だ。
(「柱をもう少し早く折っておくべきだったかねぃ」)
それを伝えられるまえに、爆煙の中に彼女は倒れた。
●第二盤面
ここに、撃退士たちは彼らの目的への第一段階であるアサシンの撃破を成し遂げた。だが、代償も軽くはない。夢野、ロドルフォ、そして上総が倒れたのである。
このままでは陣内に唯一残るマクシミオが孤立しかねない。何よりも、このまま陣外からの攻撃を続けていても、黄龍の雷撃が戦場全域に行き渡るようになった以上、状況はジリ貧でしかない。
(「陣の変化はさせられなかったわね。‥‥ここは‥‥?」)
三人の負傷者を既に出した。高所に居たとは言え、元々耐久型とは言えないランスと、負傷の影響が出ている挫斬のダメージも軽くはない。
「キャハハハ!まだまだよ!」
――死活を起動させた挫斬は暫くは大丈夫だろうが。これ以上継続させれば、命に関わる可能性も有る。
――凪の心には、撤退の意が生まれていた。
「邪魔者は片付けたぜ…!後はあれを叩き潰すだけだ!」
全力で駆け抜けて行く英雄。確かに、撃退士と同様に、エクセリオのダメージも、黄龍の負傷も軽くない。このままならば、勝てる可能性もある。
――故に、凪は賭ける事を選択した。
駆ける英雄を援護するように、魔力を練る。
「合わせて!」
嵌めていた雷光の指輪の間を流れる電撃を、光に変化させる
「応ッ!」
応えたのはマクシミオ。龍の体に取り付くように、至近距離に接近する。
「悪ィが、空中でのッ、肉弾戦はッ、アレクサンダーのッ、十八番なんだよッ!」
水晶の十字架が、龍に叩き付けられる。この至近距離ならば、夢野が食らったように雷撃の『直撃』を受けることはない。雷撃の威力から、拡散しやすく、至近距離に居るとある者だけを狙うのは不可能だからだ。
「いいわ。そこっ!」
凪が、溜めたその波動を龍に叩き付ける。
注意をマクシミオに引き付けられた黄龍はそれを回避できず、その巨体が吹き飛ばされ、後方へと動く。
「ふむ‥‥?」
撃退士たちの動きに目を細めるエクセリオ。だが詮無き事。再度、彼は黄龍に指示を飛ばし、雷撃が柱と――今度は接近して来た英雄の体に落ちる。
「参ったねェ。おにーさんの頭がこんなにも輝いているのに、注意を向けてすらくれないとは」
カツラはとっくの昔に取り払っていた。奥歯を噛み締めて雷撃に耐え、輝く頭をエクセリオに向けながら、狙撃を行うランス。
が、火力がやや足りない。爆破によりプレートアーマーが破壊され、弱体化しているとは言え、エクセリオの防御能力は今だ健在。
エクセリオは、全ての神経を、陣内へと進入した二人の新たなる侵入者に向けていたのである。雷撃の波及により、いずれ狙撃の二人は倒せる。そう踏んでいたのだろう。
「‥‥腹立だしいね!」
殺し合いを望む挫斬は、無視される怒りを弾丸に込めるように、更にエクセリオを狙撃する。
命中。僅かに体が揺れるのみ。やはり決定打にはなりえないか。
「喰らいやがれ、エクセリオォ!」
雷撃に耐えるようにして片目を手で覆い、その目に猛烈な凶光を集める。殺人的な眼光――烈風突『そして浸る背徳』――が英雄の目から放たれ、エクセリオを狙う。
だが、黄龍が挺身し、それを庇う。特殊能力の一つ『白虎猛進』により、雷撃を放った後に前進し、凪の一撃によるノックバックの効果を埋めたのだ。
烈風の一撃は、再度、黄龍を少し後退させる。
「!?」
「――利用させてもらったぞ、その陣を」
黄龍の動きが止まった。
英雄の放った眼光は、悪運を利用する物。悪運が極まったその時、この技は相手の動きを止める事ができるのであった。
「なるほど、考えたな」
敵ながら賞賛に値する。そんな表情がエクセリオの顔にはあった。
「っ、余裕かましやがって‥‥!」
再び放たれる眼光。
ピン。
一本のナイフによりその軌道は僅かにずれ、その隙を縫ってエクセリオは回避に成功する。
「当たらなければいい。――仕組みが分かりさえすれば、解決は容易い」
だが、一撃を受けられて尚、英雄は慌てはしない。
「へっ、こっちばっかに構ってていいのか?」
「何?」
直後、三方向から。弾丸二発と光の波動が、エクセリオを襲う。
「ぐっ‥‥!」
度重なるダメージに、流石のエクセリオも耐え切れなくなったようだ。
「――が、これでほぼ終了だ」
『ガオオォォォ!』
吼える黄龍。エクセリオが僅かに時間を稼いだ隙にスタンから復帰したそれが落とす雷撃が、凪を直撃し、柱に落ちた三本が全域に電撃を拡散させる。
「参った…ねェ」
ランスが倒れる。
「――やっぱ、数の差を埋めさせちゃいけなかったか」
荒く息を吐く英雄。
――今回のエクセリオの作戦の要は、四本の柱と水没、そして黄龍の雷撃。
これが有る限り、如何に数を増やそうが、黄龍は全員にその雷撃を届かせることが可能である。
「ちっ‥‥厳しいか」
空を舞うマクシミオだけは全くその影響を受けなかったが、彼一人では黄龍を倒しきるのは困難。
「なら…喰らいやがれッ!」
周囲に大鎌を展開する英雄。先ほど、アサシンを屠った一撃。
――だが、出現した大鎌は1本のみ。
「悪運の影響を受けるようだな」
その鎌を、黄龍は横に動き、回避する。返される雷撃。
技の反動で動けない英雄に、更なる雷撃が降り注ぐ。
●決断
「撤退するわ」
英雄が倒れた後。凪は言い放った。
「まだ戦えるわよ?」
「あなたのそれは諸刃の剣。…このままでは解除された時、体が灰になりかねないわよ」
挫斬の反論を、凪が遮る。
死活の反動と、雷撃のダメージを合わせれば――そのまま『消滅』を呼びかねない。
それに、例えこのまま戦い続けたとして。自分とマクシミオ、そして挫斬の3人だけで、黄龍とエクセリオを撃破できるとは思えない。負傷させているためチャンスはあるかも知れないが‥‥リスクを考えると、余り行いたい手ではない。何より、水中に倒れている者も居る。このまま戦えば、彼らの命はどうなるだろうか。
「英断だ」
「追うつもりはないの?」
「その余力があるように見えるか?それに、貴様らを殺害しようとも、更なる兵が送り込まれるのみだ。恨みを十分に抱えた――兵が、な」
お互い、ため息をつく。
「何のつもりだ?」
投げ渡される、一本の槍。
「人界で扱う冥魔の力よ。好きに使うと良いわ」
投げ渡したのは、凪。
「私の目的には、冥魔は邪魔なのよ。貴方達が彼らを倒すなら、いくらでも使いなさい」
「不要だ」
投げ返される。
「――貴様らの助けが無くとも、我らは勝利する」
言葉を一度切るエクセリオ。
「それに――貴様らの中にも、俺と同じトレーサビリティの使い手が居ないとも限らない」
示される一本のダガー。『R・ダガー』、それは位置を追跡し、情報を収集するためのエクセリオの技。
「‥‥ふむ。人にも思惑がある、と言う訳か」
撃退士たちが去った後、エクセリオは考え込む
「――ッ」
膝をつく。
今になって、先ほどの激戦のダメージが表面化したのだろうか。
背後に銃弾を受けた箇所すらもが、『塵が積もれば山になる』の如く、じわじわと痛んでくる。
ガッ。
「何をする?」
黄龍が、彼のコートを銜え、引っ張りあげる。
そのまま飛翔し、主門の方へと、龍は向かう。
「防衛を放っておくつもりか!?」
――きっとこれは、リネリアの差し金なのだろう。
兄が無理をするのを誰よりも良く分かっているから。
若しもリネリアが同じような事をしたら――そこまで考えて、エクセリオは理解した。
そのために彼は、ジェイとブラッドリーを派遣したのだから。
「仕方ない。今はリネリアの意に、従うとしようか――」
かくして、枝門を留守にして、エクセリオは一度本陣に帰る事になる。
彼が負傷した事態を重く見た騎士団長オグンは、即座に大量のサーヴァントを枝門の周辺に配置する。
暫く後。
「――行くのか」
「ええ。いくら重兵を配置しようと、私が居なければ奇襲からのコア破壊の可能性は常に残ります」
団長の呼び声に、エクセリオは振り向かずに応える。
彼に巻かれた包帯は、所謂応急処置。本来ならばまだ動くべきではない状態なのだ。
「‥‥探査のみこちらから行うのは不可能なのか。そのままでは傷の癒えは遅くなるぞ」
「探知は出来ても、命令が届くのには時間が掛かります。‥‥あの者たちには、一寸の隙すら見せてはなりません」
「――団長。リネリアをよろしくお願いします。例え私が倒れようと。リネリアが居れば『力』は絶えません」
「‥‥兄として、また顔を見せようとは思わんのか」
「――参謀は、常に最悪の事態を想定しなければなりませんから」
翼を広げ、エクセリオは飛び立つ。自陣の中へ、と。