「全く、タイミングが悪い――わね!」
森林の中を激走するのは暮居 凪(
ja0503)。ライフルを構え、迫り来る『何か』に迎撃の弾丸を放ちながら、自身の後ろを見やる。
先を走るのは、郷田 英雄(
ja0378)と日下部 司(
jb5638)。英雄の肩には誰かが担がれている。
直ぐ先には、光が見え――
四人はその中へと、飛び込んだ。
●狩人たちの宴
――一刻前。
任務を終え、帰途に着く途中に襲撃された撃退士たち。襲来してきた敵を熟知している者がメンバー内に居たお陰で敵の手の内が分かっていた彼らは、敵我の戦力差を鑑みて、「撤退」を選択していた。
「ヘンドリックさん。敵の位置は?」
「――追ってきてるぜ。執事の位置は――ここからじゃ見えねぇ」
耳元に伝わるヘンドリックの声に唇を噛む凪。
ちらりと、後ろを見る。
「ヘンドリック。突破に障害になるような障害物はないな?」
「ああ、そのルートで問題ないぜ。普通に立ってる木は避けろよ?」
フィオナ・ボールドウィン(
ja2611)の確認に合わせて、マキナ・ベルヴェルク(
ja0067)とレグルス・グラウシード(
ja8064)は、既に全力移動を以ってして後退している。
「良いわ。‥‥先ずは、時間を稼いであげましょう」
振り向き、狙撃銃を構える。狙いは後方に居る陽気な黒人。
「オオウ、華麗デすネー!」
撃ち放たれた弾丸が無数の蝶と化し、視界を覆うように黒人の意識をそちらに向け、彼の足を止める。
「何をしているジョッシュ――!」
ゴン。直後。背後からジェイの拳打がジョッシュの背中に叩き込まれ。そのままブン投げるように彼を前に突き出す。
「すいマセン、綺麗だったので――」
「敵の術中に嵌ってどうする!」
烈火の如く怒り出す軍人風の男――『北風』ジェイに対して、陽気な黒人――『南風』ジョッシュ悪びれた様子はない。
「ブラッドハ隠れテる様デすね。でしたら――」
彼らは共に同じ主に仕えて長いシュトラッサー。故にお互いの手の内を熟知しており――そして『如何に援護するべき』なのかも。
駆け抜けた先で、ジョッシュが地面に手を押し当てる。
地を辿り、無数の紫の線が、血管のように。或いはミミズのように。撃退士たちの足元へと這い集まる。
「皆さん、気をつけて、それは――!」
この技を、その身に受けた事のあるレグルスが叫ぶ。
彼の言葉が終わる前に、地から深紫の毒ガスが噴出する。
「ぐ‥‥けど!」
この技の脅威は無論、凪はレグルスから聞いていた。
だが、村を守らなければいけなかった前回と違い、今回は逃げ切るのが目的。故に、動いてこのガスから出ればいい。
「ヘンドリックさん!執事に狙撃を!」
「目標が見えねぇ。見えた瞬間放つけどよ‥‥!」
撃退士たちの西風に対する対応は、その殆どが『西風が見えている』事を前提にしたものである。
だが、その要となるべく、『生命探知』を使用するレグルスは、初手で距離を稼ぐために全力移動を済ませている。生命探知はこの時では展開されていなかったのであった。
「おや、お嬢さん。手助けいたしましょうかな?」
げほっと一つ咳き込んだ凪の隣から、聞きなれぬ声。
「Brain Shaker」
●迎撃せしめる者
「ブラッドリーなら大丈夫か。アームスロット・No.3」
ジェイが毒ガスを見、そこに向けてガトリング砲を構える。
が、その直後、『何か』が彼の腰に頭から高速で体当たりし、彼を大きく横に吹き飛ばす。
「これならば、速度を落とさずとも時間は稼げる」
体当たりしたのは、戸蔵 悠市(
jb5251)の召喚獣、スレイプニル。
すぐさまそれは地を蹴り鋭く反転し、自陣への後退を試みるが、それを許すほど、騎士たちは甘くは無い。
「ふん‥‥!」
強引に手を地につけ、飛び退きながらのガトリングの掃射がスレイプニルを薙ぎ払う。
ジェイが体勢を崩していたせいでダメージは致命的ではない。それでも悠市が物理に強くない事もあり、小さいとも言えない。
何より、スレイプニルに向かって、ジョッシュの火炎球が放たれようとしていた――!
「気を確かに!」
レグルスのクリアランスが、凪の意識を呼び戻す。
「ヘンドリックさん!」
ギリギリの所で、彼女が通信機に向けて叫ぶ。
「はいよ――!」
ヘンドリックの狙撃が、攻撃態勢に入っており防御壁を展開できなかったジョッシュの側頭部に直撃する。
集中が途切れ、火球が四散する。
毒霧が、消滅する。
どうやらこれはそう長く持続する物でもないようだ。そしてそれは、隠密状態からの襲撃を仕掛けた『西風』ブラッドリーの姿が現れる事をも意味していた。
己の『騎士』である二人――凪、悠市に向けて、フィオナが目配せする。
それは、彼女の間の連携の合図。
強い絆で結ばれているのが、シュトラッサーたちの強さの一端ならば、彼女ら『円卓の騎士』とて、負けてはいないのだ。
「あまり長居せぬ方が良いとは言え‥‥逃げるだけと言うのも性に合わん‥‥!」
ゴン。
地面がめり込むほどに、踏みしめる。
逃走体勢から一転。その脚力を生かした猛烈な加速を以って、彼女は目の前の西風へと体当たりする。
「ぬう――」
「貴様には止められん!」
その言葉通り、老執事が迎撃する事ができる前に、フィオナの体当たりが彼を吹き飛ばす。
「狙わせてもらうわ!」
凪が銃に装填するは幻惑の弾丸。放たれたそれは、一直線に体勢を崩した老執事に向かって飛来し――
「おオ、危なカっタデすね」
――火炎の壁に、阻まれた。
「ヘンドリックさん!」
叫ぶ凪。放たれる狙撃弾。それは技を使い、無防備になったジョッシュの胸に直撃し、大きく後退させる。
西風を止められなかったのは予想外だったが、十分なリターンは得たと言えよう。
「後は、こちらが突進すれば‥‥!」
急速にスレイプニルを後退させ、猛突進させて炎の盾を貫く悠市。だが、そこには既に、老執事の姿はなく。
「‥‥私とて衆目の元では隠身の術は使えませんが、一瞬でも視界が遮られれば――この通りです」
炎の壁に乗じて隠蔽したブラッドリーの移動先は、フィオナの目の前。
「――Brain Shaker」
衝撃波が、彼女の意識を刈り取る。
反応するようにレグルスがクリアランスを起動させ、フィオナに意識を取り戻させる。だが、それは即ち、回復が遅れる事を意味し。
「その位置――貰った!」
三騎士の内唯一妨害を受けなかったジェイのガトリングガン掃射が、横から悠市とその召喚獣、そして凪、レグルスを一斉に薙ぎ払った。
●距離・位置
「やはり、牽制しないとダメか‥‥!」
2回分のダメージを受けた悠市は兎も角、レグルスを庇った司と、凪のダメージは何れも致命的ではない。だが、ジェイは既に追撃の体勢に入っている。これをまともに受ければ状況は一気に悪化するだろう。
月詠 神削(
ja5265)は、その銃口からレグルスを守るため、果敢に軍人騎士に立ち向かう。
「ぬぐっ‥‥!?」
襲い来る三節棍を、ジェイは何とか銃身でガードする。
「どうしてまた、こう面倒な時に面倒なことを‥‥!」
「貴様らの都合など知った事ではない‥‥!」
反撃で放たれる蹴撃を神削はかわし、一歩踏み込む。棍の鎖を引き、直棍にし、そのまま全力を込めて神削は横に薙ぎ払う!
ホームランボールのように、木に向かって吹き飛ぶジェイ。
「‥‥変わっていないな。貴様らの手口は」
吹き飛ばされながら、ジェイの顔ににやりと笑みが浮かぶ。
「何‥‥?」
「アームスロット‥‥No.5」
虚空から引き出されるチェーンソー。それを、飛ばされる勢いのまま、木に全力で叩きつける!
メキメキと、音を立てて、木が倒れる。
そう、――神削の方へと。
「っ‥‥!」
全力で振りぬいた直後であったが為に、避けきれず、片足を挟まれてしまう。
すぐさま武器でその障害物を破壊に掛かるが――
「ジョルシュ!」
「はいハーイ、着火しマすね」
ボン。火が、神削の足を挟んだ木から噴出する。
それは延焼し――神削の体をも炙る。
一方。レグルスの助けにより、スタンから回復したフィオナは、再度老執事との接近戦に挑む。
「ヘンドリック‥‥頼むぞ!」
突き出した剣が、老執事の頬を掠める。
この行動は本来は皆が逃げるための隙を稼ぐための物。だが、行動の中核となっているレグルスのスキルは何れも射程距離は長くない――クリアランスに至っては、施術の為に目標の至近距離に接近する必要がある。
故に、彼は撤退できず。故に、彼を中核とした陣を組んでいた他の撃退士たちも、撤退できない。
「我が退かねば他も動けぬか――元々自己犠牲などという言葉は我の辞書には無いとはいえ」
ヘンドリックとの約束の時間は――今か。
全力で後退しようとした瞬間、己の鎧に老執事の手が掛かっている事に気づく。
「さすがに二度も見ていれば、この仕組み、私にも分かりますのでな」
そう。ヘンドリックの狙撃が放たれる箇所さえ判断できれば、弾道を読む事もまたこのシュトラッサーには可能。
回避すれば敵につけいる隙を与える。そう考えた老執事は、フィオナを盾にする事で弾丸をやり過ごしたのだ。
カン、と彼女の防具に弾丸が弾かれる。堅固な防御によりダメージはほぼ無いが、体勢を崩したその一瞬の隙を突き、彼女とクリアランス施術のため接近していたレグルスの間に敵は躍り出る。
「――Brain Shaker」
●一人、また一人
フィオナの牽制は無駄だった訳ではない。
戦闘開始から初めて、『西風』を無防備な状態で味方の射程内に入れたのである。
『南風』は神削側の対応に追われている。今ならば――
「これで――!」
幻影の蝶が今一度放たれる。それはフィオナに意識を向けていた老執事を捉え、その意識を奪う!
直後、髪の幻影が、執事を捉える。
「これでもう動けないだろう」
悠市が微笑む。
「ハッ!どこを見ているのだ貴様ら!」
突如と横から、武器をガトリングに換装したジェイが飛び込んでくる。
「させないよ!」
「ぐお‥‥っ!」
レグルスを彼の射線から守っていた司は無論それを見逃すはずは無く。前進し、迎撃するかのように、凍気の剣で彼を吹き飛ばす。さらにそれに追撃するため、前進する。
が、脅威が去った訳では、無論無い。何故ならばそこに――炎の雨が、降り注いだからだ。
炎の雨は、同時にダメージと引き換えに、老執事の意識を取り戻させる。
「少し手荒でしたが‥‥感謝しますよジョッシュ」
その体には未だ髪の幻影が纏わりつき、彼の移動を阻んでいる。だが、彼は既にスタンしたフィオナとレグルスの至近距離に居たのである。
「執事には堅い食材を料理する腕も、必要でしてな」
腕を十字に組み、構えを取る。精神集中にも似たその構えから、放たれたのは――
「Hard Break」
恐るべき精密性を以って、レグルスの首筋に手刀が突き刺さる。
その痛みからか、レグルスは意識を取り戻す。
「戻ってください――!」
クリアランスをフィオナに掛けると同時に後退する。が、通常移動ではやはり、十分な距離を稼ぐには至らない。
「逃がシまセん」
火炎弾がまるで意思を持つかのように、彼に迫る。
一方、司は、突き飛ばしたジェイにさらに肉薄する。
「大型武器がメインなら、この間合いは‥‥!」
「甘いな。その対処は、既に前回編み出している」
ゴッ。
重量を生かした、ガトリング砲による殴打を頭部に受け、一瞬意識が遠くなる。
が、直ぐに体勢を立て直す。その直後、腹部に同様の殴打を受け、吹き飛ばされてしまう。
「ふむ。まだ完成に至らんか。もう少し――」
と言いながらも、ガトリングを構えるジェイ。
襲い来る掃射。が――
「そっちにできるなら、こっちだって!」
司の氷剣が、付近の木を一閃する。
倒れる木々が盾となり、そして――
「今の内に逃げろ!」
体当たりするように、神削がジェイに飛び掛る。
返されるは、無慈悲なる掃射であった。
●救出
「ちっ、手間かけさせやがって‥‥!」
戻ってきたのは、先を走っていた英雄。
憎まれ口を叩きながらも、盾で掃射の余波を凌ぎながら、レグルスを担ぎ上げる。
「うおっ!?」
一際大きな火球が彼に直撃する。バランスを崩しかける。
「逃がストジェイに怒られテしまイまス」
にこやかに笑う彼はしかし、突如横からの拳打によって地に叩きつけられる。
「‥‥‥」
無言で静かに構えを取るのはマキナ。彼女もまた、味方のピンチを察し戻ってきたのだ。
もっとも、移動力が高かった分、戻るのにも少し手間取る事になったが。
彼女とフィオナの援護の元、凪、英雄、そして司が、敵から距離を取る。
「止むを得ん。敵に背を向ける等はしたくは無いが――我が配下の命には代えられん」
悠市を担ぎ上げ、フィオナもまた後退しようとする。
「おやおや、どこにいくのですかな?」
髪の幻影による呪縛から逃れた老執事が、その背後に迫る。
チッ。鋭い手刀は、然しフィオナのふくらはぎを掠め、血の跡を残したに留まる。
「ぬっ!?」
だが、それでもフィオナは、己の速度が大きく低減した事に気づく。
「――Speed Break」
にやりと老執事が微笑んだ直後、ジェイのミサイル砲が、彼女を襲う事になる。
「フィオナさん!」
凪の狙撃が直後、ジェイに直撃し、その手のランチャーを吹き飛ばすが、足元から噴出する火の柱が、彼女を飲み込み、焼き尽くした。
●到着
「むう。中々しつこいですな」
残る味方を逃がすため殿を努めたマキナ。彼女の攻撃力は騎士たちを以ってしても無視できない物であった。
「フン!」
「――」
降り注ぐ炎弾を、拳で叩いて、弾く。
ブラッドリーの手刀が彼女の首筋を掠める。
返す鎖を纏う裏拳は、急に体勢を低くしたブラッドリーの頭上を通り抜ける。
手刀がそのまま腹部に刺さる。血が噴出するのに構わず、彼女は体を浮かせ老執事の双肩を蹴りつけ、ジェイの方へと跳ぶ。「――奪う」
拳打と共に、黒き炎がジェイの体力を吸い取り、彼女を回復させる。
「このままではラチが空かんな」
ギリッ、とジェイが唇をかみ締めた瞬間。
周囲に異様な雰囲気が漂う。
「――何を手間取っている」
エクセリオが、到着したのであった。
「捕虜は取らなくていいので?」
「また前回のような事態になってもいかん。ヒヒイロガネのみ回収しろ」
「あレ、優先度ハ下がっタと聞キまシたが?」
「‥‥兵器は、常に使い道がある物だ。如何なる時も、な」
それが、凪が落とした通信機から伝えられた、天使と使徒たちの会話であった。