●Entry
「データ入力はこれだけでいいのか?」
スキャナーの様な物に、装備品を一つずつ通しながら、神凪 宗(
ja0435)は研究室の主――木村と名乗った男に聞く。
「はい。それだけで、性能がデータ化され、VR内でも同じように使えるようになるはずです。‥‥何か内部で使用している時に現実とは違う事を感じたら、ご連絡くださいね」
「便利だな‥‥どんな技術なのは、検討付かないが」
桜雨 鄭理(
ja4779)もまた、その技術に感嘆している。
「感心するのはまだ早いですよ。本当の『お楽しみ』は、実際に中に入ってからですから」
てきぱきと、周りの他の研究員に指示を出す木村。
一方撃退士たちは、案内された通り、カプセルのような密封ベッドに横たわっていく。
「では、始めてください。Operation――Start」
ブン。
電子音と共に、撃退士たちの意識が、人工的に作られた世界へと、移動して行く。
●Open Combat
「わ‥‥すごい環境‥‥なのです」
オブリオ・M・ファンタズマ(
jb7188)が、その『造られた世界』の精巧さに息を呑む。
大地を踏みしめている足の感触、太ももに触れる草の感じ――そして、頬を撫でる風の感覚や、空気の匂いまで。現実世界とは、まったく変わらないのである。
「なるほど、これが『ばーちゃるなんとか』ってヤツか。いや、おにーさんそう言うキカイ物弱いからさァ」
阿手 嵐澄(
jb8176)こと『ランス』が無造作に近くの草を一束掴み、引きちぎる。感触、そして手に残った僅かな湿り気すら、本物と変わらない。
「うん、オブちゃん、大丈夫、きっとイケルイケル!」
何かしら頷きあう二人。
「‥‥来たようだぞ」
両の小太刀に手を掛けるZenobia Ackerson(
jb6752)。
見れば、明確に見えこそしないが、彼女の視線の先の草が、僅かに不自然に揺れていた。だが、それも直ぐに停止する。
「では‥‥予定通りに、頼むぞ」
僅かな草擦れの音からゼノビア同様敵の来週を察したアスハ・ロットハール(
ja8432)もまた、戦闘態勢に入る。
それに頷いた撃退士たちは、二手に分かれる。
翼を持つ、付与できる者たちは、空へと。
そしてそれが出来ない、若しくは敢えて『行わなかった』者たちは、地上を奔る。
「仮初めの戦場とはいえ、目指すのは唯一つ‥‥疑い無き勝利です」
オブリオが指の間に構えるは、轟炎の短刃。
アウルより生まれしそれは、然し、他のアウルにより発生した現象とは一線を画す。リアルに自然現象を再現させるアカシックレコーダーの技。平常のアウルなら物を燃やす事は出来ぬだろうが、これならば――!
「草の間に隠れようとしても、無駄です」
それを、驟雨の如く、投げつける!
――瞬く間に、突き刺さった箇所から、炎は燃え広がる。黒煙をあげ、光を放ち。炎は草を焼く。
それは、草と言う敵の隠れ場所を排除し。
――そして、煙と言う新たな隠れ場所を与えた。
●Into the Darkness
燃え広がる炎は両サイドの体力を同様に、極々僅かながら削って行き。
煙は同時に両方の視界を遮る。
だが、ここで両方の対応に違いが出たとすれば。その原因は『距離』に他ならない。
「あっちゃー。おにーさん、超遠距離から頑張らせて貰うつもりだったけど、こりゃまずったかなァ」
戦闘開始から、突進していく味方とは反対に、全力で後退して距離をとったランスは、煙に覆われた狙撃銃のスコープを覗き込みながらため息をつく。
彼の頭から髪の毛が消失したのは、決してこの状態に怒って掻き毟ったからではない。
元々彼はスキンヘッドなのである。単に、光纏を開放した拍子で、それを覆っていた『カツラ』が吹き飛んだ。ただそれだけなのである。
だが、状況は、頭を掻き毟っても仕方のないレベルの物であった。
――濃密な煙と、火光のコントラストが。この距離からの敵の視認を不可能にしているのだ。
偶に動いた、と思っても、それが敵かはたまた味方かの区別が付かない。その状態で攻撃すれば――どうなるかは、推して知るべきだろう。
「スピカさん、どう?」
「だめ‥‥真っ黒で‥‥見えない‥‥」
空中班。桐原 雅(
ja1822)の問いに、Spica=Virgia=Azlight(
ja8786)はゴーグルを持ち上げ、首を横に振った。
電子ロックオンのついているこのゴーグルなら、とも思ったが、そもそも敵の姿が煙によって『遮られている』状態ではソフトウェアにも判定は不可能なのだろう。
あわよくば一度ロックオンできたとしても、敵の姿が消えてしまえばロックオンロストとなる。
(「どうする‥‥乱射?いや、地上班と連絡が取れないと――」)
――誤算であった。
『空中ならば敵の発見は容易だろう』『草を焼き払ってしまえば敵の隠れ場所はないだろう』
この二つは、何れも、一つの正答ではあった。
唯一つ問題だったのは、この二つを組み合わせた際のの相性が異様に悪かった事である。
「先に行かせて貰う‥‥このままでも事態は好転しないからな」
声の後。急降下したのは、鄭理。本来は敵の位置を確認してから降下する予定だったが、今の状態では四の五の言ってはいられない。気配を消したまま、黒の翼を広げ、パラシュートの如く降下する。
着地と共に、移動しながらスキルを、探査隠密型から戦闘用の物に切り替える。三つ全てを取り替えるには少し時間は掛かるが、それも致し方ない事。
願うのは、仲間たちが無事にもってくれる事のみ。
●Blazing Ring
「ちっ‥‥」
身を翻す。空中で、サーバントの槍が、身代わりにしたジャケットを貫通する。
何とか一撃をやり過ごした宗が着地した先へ、更に二体のサーバントが槍を構えて突進する。
「その連携、崩す!」
後ろから回り込み、接近し二体の間に割って入ったゼノビアの掌底が大きく足軽の片方を横に吹き飛ばす。
相方を失った事で連携が取れず、大きく空振りした足軽の槍を掴み、合気道の要領で当身を仕掛け距離を離す宗。そのまま逆手で突き出した機槍は、横に構えた足軽の槍に弾かれ、されど威を失う事なく足軽の肩を貫通する。
「ぐぅ‥‥っ!?」
仲間の異変に、宗は深追いせずに振り向く。
――ゼノビアの脇腹に、深々とシュトラッサーの刀が突き刺さっていた。
「‥‥‥」
無言で刀を抜く。噴出したゼノビアの血は、直ぐに周りを取り囲む炎により、消滅する。
「っ!」
その瞬間、舞うような連続攻撃。振るわれた二刀はそれぞれシュトラッサーの頬を。回転蹴りはその肩を掠める。
だが、目的は攻撃ではなく、距離を離し仲間との合流。故にゼノビアは追撃せず、宗の傍へと戻っていく。
「‥‥大丈夫か?」
「‥‥ああ」
気丈に答えはした物の、傷は浅くはない。だが、ここで引いては、唯でさえ人数で劣る事になった味方の不利が更に増す事になる。
にやりと、相対するシュトラッサーの顔に笑みが浮かんだ気がした。
「こんな所まで再現できるのか‥‥」
然し、その笑みは直ぐに、驚愕に塗り替えられられる事になる。
「一撃が入ったからと言って油断するとは、所詮はプログラムに再現された物と言う事か」
炎の海を割り――いや、その炎を、魔法陣に再練成したと言うべきか。炎の中から出現した真っ赤な刃が、その中央に突き刺さる。
「元々炎は僕の属性の一つ。ならば、こういう芸当も出来る‥‥!」
瞬間、爆散する炎が、大蛇となり。シュトラッサーの四肢に絡みつきその動きを止める!
「今こそ先ほどの返礼、させてもらうぞ!」
空中で体を丸め、前転のように逆手に構えた刃を突き出す。鎌のように突き出されたゼノビアの双刃が、シュトラッサー肩口に食い込み――
「っ!?」
咄嗟に異様を察知し、体を引く。次の瞬間、腹部に強打を受ける。幸いにも手を引く方が一瞬早く、直撃とはならなかったが――全力で刺した後ならば、一瞬で倒されていたかも知れない。
見れば、アスハも同様に後ろに飛ばされている。彼を覆う黒い霧は、余りに距離が近かったが為に完全に攻撃を逸らすには至らなかったようだ。――最も、一打による致命傷を避けたのは、この闇の力が大きかったが。
「見えたか‥‥?」
「ああ」
ゼノビアが飛び込む瞬間に、その様子を見ていた宗が答える。
――シュトラッサーは、恐らく炎の大蛇を引きちぎれる状態にあったのだろう。
だが、敢えて彼は、ゼノビアの飛び込む一瞬を狙ったのだ。確実な一打を『二人の敵』に同時に与える為に。
「抜刀の勢いによって、お前に刃の柄を。アスハに鞘を同時に『打ち出した』」
見れば、鞘から刀が抜かれている。
「納刀も遅くはない。僕が炎の蛇を放ったのを見てから納刀した。流石にその状態では迎撃は間に合わなかったみたいだが」
アスハもまた、答える。
「‥‥なら、俺が先に仕掛けよう。反撃を振ってくるのであれば空蝉で回避し隙を作る」
宗が先に突出する。それに続くようにして、アスハとゼノビアが。
――然し、敵とて単独ではない。今まで煙幕に隠れていた足軽型が、戦闘の音を頼りに飛び出してきたのである。
「来たか‥‥!」
宗を、二体の足軽が襲撃する。
回避の用意はある。単にそれが、少し早まっただけ。そう言わんばかりに、術を展開する。
地に突き立てられたのは、ジャケットのみ。返す槍の切っ先が、足軽の足を貫く。
「ぐっ‥‥!」
一方、足軽に気付いて回り込もうとしたゼノビア。然し、単独でその連携をかく乱するのは、やはり少し困難。首に交差するように槍を押し付けられ、地面に叩き付けられてしまう。
「嘗めるな‥‥!」
元より、ゼノビアの目標は足軽の方が優先。逆手に持った小太刀を順手に持ち替え、押さえ込むために近づいていた足軽の胸へと全力で突き刺す!
足軽は力尽き。されどその槍は放さず。
味方が妨害されたが故に、単独でシュトラッサーに仕掛ける形となったアスハ。敢えて攻めると見せかけ、返される刃を身に纏った黒き羽の障壁で受け流す。
「ぬ‥‥っ!?」
襲ってきたのは、次々と身を翻す連続攻撃。弾き、その間に攻撃を差し込むのは簡単。が、その一撃で屠れなかった場合。次の手に対抗する手立てはない。
(「‥‥何を弱気になっている」)
その考えを振り払う。
そして、彼が仕掛けようとした瞬間。幸運の助けがやってくる。
「そこ――ってね」
ランスの聴覚が、ついに戦闘音からシュトラッサーの位置を確定させたのか。狙撃が飛来し、その刀を一瞬弾く。
「隙――っ!」
スキルの交換を完了させ、隠密状態から接近していた鄭理の、空中から加速しての蹴りが命中すると共に爆発。一時的に敵の意識を刈り取る。
「守り等この術で十分――斬る」
そこを狙っての、アスハの一閃。それは、シュトラッサーの胸を引き裂き、大きな傷をつける!
だが、それは同時に、敵に意識を取り戻させると言う事でもある。空いた片手で、攻撃直後のアスハを掴み。刀をその首に向かって一閃。
そして、鄭理がアウルを拳に込めた次の一撃を放つとほぼ同時に。納刀の勢いで突き出された鞘が、逆に彼の意識を刈り取る。
両者、意識を失う。だが、リカバリーは、シュトラッサーの方が僅かに速く。鄭理が、彼の胴を薙ぐ。
ゼノビアは救援に来た宗と共に、押さえ込んでいた足軽一体を抹殺するが――状況は二対四。彼らも長くは持つまい。
●Anti-Air
「‥‥静かに‥‥なった」
スピカが呟く。
戦闘の影響も有り、煙は晴れ始めている。このまま行けば――
ヒュッ。
飛来する、三本の槍。元より照準が定められていなかったそれが、空を舞う三人に当たるはずもない。
「来るよ!」
雅の声。煙の中からシュトラッサーが飛び出し、投げられた槍を足場に方向転換。瞬時にオブリオへと飛び掛る。
「慌てない‥‥空中の機動力なら、こちらの方が上です!」
翼の有無と、そして――
「さっきまで役に立てなかった分、おにーさんがんばっちゃうんだから」
ランスの狙撃が、横からシュトラッサーの下の槍に当たり、足場を崩す。
空振りし、落下していくシュトラッサーに、
「隠れさせはしません」
更に炎の刃が突き刺さる。
「見えれば‥‥こっちの物」
煙の中の僅かな火光を目印に、スピカが狙いをつける。
本来は先にサーバントたちを撃破したい所だが、未だ煙は完全には晴れていない故にこの距離からでは狙いにくい。
カン。
弾丸は何かに命中したようだが、煙がやはり邪魔で、何に当たったかは確認できない。
だが、ここは安全圏。一方的に狙撃を連打すれば――
「っ!?」
弾道から位置を読んだのか。はたまた、先ほど出現した際の位置から推測したのか。
スピカを狙って、再度煙の中から飛び出す何か。それを狙撃するランス。打ち落としたのは、一本の槍。
「本命は後ろ!」
救援に雅が駆けつけようとするが、距離を離していたせいで間に合わない。恐らくトランポリンのように、槍で跳ね上げてもらったのだろう。シュトラッサーが急激にスピカに肉薄する。背負った斧を抜き迎撃しようとするが、狙撃直後では間に合わない!
「はぁぁぁ!」
刀の一閃がスピカを薙いだ直後。位置に到達した雅の蹴りが、シュトラッサーの側頭部へと直撃。そのまま地面へと叩き落していく。
「今なら‥‥!」
急速上昇し。光の翼を最大限に開く。
軌道を読まれぬよう、不規則なターンを繰り返しながら、空を駆け、雅が加速する。煙の端へと叩き付けられたシュトラッサーに向かって、全力を乗せた必殺の蹴りが迫る!
ガン。ガン。ガン。
連続で振り注ぐ蹴りを、何とか鞘で受けるシュトラッサー。だが、その鞘にヒビが入っていく。後一撃、後一撃あれば――
「ぐあっ!?」
連撃の後の動けない隙を突かれ、交差する槍が雅を地に叩き付ける。オブリオとランスの援護が一体の足軽を撃殺し、束縛を解くが――シュトラッサーにとっては、隙はその一瞬で十分。
刃が腹部を貫通し、地に届く。そして生き残った足軽の槍も、また雅の眼前に迫っていた。
●Future
「うーん、作戦しっぱいなのです‥‥」
VRマシーンから出、項垂れるオブリオを木村が出迎える。
「いえ、皆様はよくやってくれました。今回の戦闘で煙を使ったお陰で、環境演算への負荷のデータも取れましたしね」
「やっぱり、敵の感情は再現できないようなのです。そこを改善してもらえれば――あ、そうだ」
急に思い出したように、オブリオが元気になる。
「食べ物の味を味わえるVRなんて出来ないのです? 実現すればピッツァ食べ放題なのです!」
「――努力しましょう」
木村の苦笑いと共に、今回の依頼は幕を閉じたのであった。