●初手の攻防
(「好機と言うしかないわ。‥‥そう、好機と‥‥!」)
表面の僅かに浮かぶ微笑の裏腹。暮居 凪(
ja0503)は、狂喜していた。
目の前には、自身に捕虜としての屈辱を与えた仇敵。しかも、今回は自分たちの方が『奇襲』を仕掛けた状況となる。
「凪姐、油断は禁物」
「あやつはそう与し安い敵ではない。そうだろう、第三席」
新旧二人の主。君田 夢野(
ja0561)とフィオナ・ボールドウィン(
ja2611)の声に、彼女は心を引き締める。
「そうね‥‥みんな、作戦通りに」
凪の言葉を合図に、撃退士たちが散開し、それぞれの行動に移る。
後退し、陣の範囲外に出たエルレーン・バルハザード(
ja0889)。
‥‥かと思えば、次の瞬間。
――┌(┌ ^o^)┐
その姿は、奇妙な生き物に変化していたのである。
「シリアス?そんな、私に役立たないモノは投げ捨てた!」
その宣言もどうなのだろうか‥‥
だが、ギャグのような行動とは裏腹に、構えられた大型ライフルは、十分に陣の外から敵を狙える代物だ。
「皆、気をつけてね、崩れるよ! ――とんでけ!私のかぁいい┌(┌ ^o^)┐ちゃんたちーっ!」
エルレーンだった何かから放たれたオーラが、無数の┌(┌ ^o^)┐に変化し、付近の岩を突き崩す。射程は彼女の狙撃銃程長くは無い故に、主戦場のかなり後ろの物となったが‥‥
(「絶対に勝って‥‥皆で無事に帰るんだから」)
心に強き決意を秘め、若菜 白兎(
ja2109)のその目の前に星と白馬の紋章から無数の水矢が射出される。
天使と人のハーフである彼女。それ故にエクセリオの陣の干渉も弱く、水の矢は空を飛ぶ飛竜に突き刺さる。
「はやいはおそい、おそいははやい‥‥BPMゼロの斬撃、躱せるか!」
夢野のその剣先が僅かに揺らいだかと思えば、目に見えぬ一閃がラプトルの一体の顔面に斜めに傷をつける。
硬い頭蓋が無ければ、今の一撃はラプトルの頭部を両断し、撃破していただろう。
激闘を横目に、凪はエクセリオに向けて接近する。
サーバントたちの妨害も考えていたが、その様子はない。全てのサーバントたちが、自分たちを攻撃している撃退士たちの迎撃に専念している。
好都合だと思う一方、凪には僅かな不安もあった。
――余りに上手く行き過ぎている。自分たちは誘い込まれているのではないか、と。
●参謀の考慮
一方、エクセリオもまた、悩んでいた。
撃退士たちの内、多くの者が阻霊符を使用した事を、彼のD−テクトは探知していた。
これによって、彼が最初に用意していた三枚のプランの内、二枚は潰された事となる。残り1枚を運用するには‥‥状況がやや悪いか。
だが、それで手が尽きるようでは、彼は騎士団参謀とは言えまい。
「集中攻撃――ターゲットセット。飛竜から順次、妨害者を排除しながら撃破せよ」
飛竜たちが一斉に咆哮をあげ、飛び掛ったその先は――夢野。
最もサーバントに大きなダメージを与えたのは、彼だからである。
飛び掛る飛竜の体当たりが、夢野に直撃するその直前。マクシミオ・アレクサンダー(
ja2145)が、彼の前に立ちはだかる。
「攻め手になれねェ、なら。これぐらいやらねェと‥お前らに、申し訳が立たねえよ」
ガン。風圧と体当たりの衝撃が、彼に直撃する。
「ぐお‥‥!」
ダメージもさることながら、味方を庇護の翼で庇う事によって受けてしまった、二倍の吹き飛ばし効果が大きく響く。マクシミオは大きく夢野から引き離されてしまう。
襲い掛かるもう一体の飛竜。その爪が夢野に届く直前。
「弱点は見切った‥‥今までのお返し、させてもらう!」
髪が、まるで大量に増殖し、伸びるが如く幻影。
月詠 神削(
ja5265)のその髪が飛竜を縛りつけ、その場に縫いつけ。その突進を止める。
だが、続いて飛び掛る三体のラプトルまでは止められない。
「っ、今――!」
白兎によって、掛けられるライトヒール。それが飛竜にから受けた夢野の傷を癒した直後、三発の頭突きがその夢野に直撃し、彼から行動能力を奪う。
――連携の緊密さ。それがこの状況で有利不利を分けた要素であった。
キャリオンフライヤーの機動力による位置取りと、バスターウィングによる吹き飛ばしで、マクシミオの防御は上手く効果を成せていない。
フィオナ、凪、そして戸蔵 悠市 (
jb5251)の三名は、『次』の一手に気を取られていたのか、サーバントたちへの攻撃のターゲットを集中させられてはいない。
神削はバッドステータスによる攻撃者の牽制に、白兎は回復にそれぞれ手を取られている。
何れも行動の合間に攻撃を差し込んで居るものの、スタンを連続で受けて動けない夢野を除けば――実質攻撃役は、エルレーンのみと言えただろう。
「ラプトル擬人化ウケもいいなぁ‥‥」
――何やら物騒な言葉が聞こえたが気にしないで置こう。
陣の範囲外からの、三度目の狙撃。前二度はラプトルたちの吐き出す岩弾に弾かれたものの、三度めのこれは、ついにキャリオンフライヤーの一体に突き刺さる。
それによって、攻撃のリズムが崩れた。
「へへ、ついに止めたぜェ‥‥!」
四度目にして最後の庇護の翼を展開し、マクシミオがラプトルの猛攻から夢野を庇う。
そして、その機を逃さず、頭を横に振り、意識を取り戻した夢野の剣先が、再度、揺らぐ!
「ってぇ、よくもやってくれたな――交響撃団戦術要綱その三‥‥は、ぶっちゃけ何も考えてないが、とりあえずテメェはぶった切るッ!」
度重なる頭突きのダメージにも関わらず、狙いは相変わらず精密で。
余りの速度に不可視となった剣閃は、今度こそラプトルを引き裂いた。
●その身は駒の一つなり
ラプトルが倒れた瞬間。散発的に攻撃をしながら、様子見をし、準備をしていた三人――フィオナ、凪、そして悠市が、動いた。
「行け!」
悠市が召喚したスレイプニルが地を駆け、エクセリオに向かい突進する。
だが、それがエクセリオから、僅か10mの距離に届いた瞬間。突如天馬は、その場で回転し、停止する。
「無理を通すためのサポートが必要というなら…やるしかあるまい」
彼の掲げた手は、『本命』への合図。
「後は‥‥真打に任せることとしよう。――今が好機!」
「援護に感謝するぞ戸蔵!」
スレイプニルにより、視線から遮られた死角。R−ダガーの効果も、サーバントたちが離れた前線で交戦している状態では意味を成さない。風精の加護によって僅かに地から浮き上がったフィオナが。空を駆け抜けるように、布を纏ったその右手を振り上げる。
咄嗟に身を翻し、その拳打を回避しようとするエクセリオ。しかし――
「今こそその借り、返すわ」
漆黒の杖を持った凪の光纏が、数式状に分解され、フィオナに纏わり付く。
その数式は、フィオナに悪魔の力を与え、天の力を持つエクセリオを追跡するかの如く、その腕は彼のロングコートを捉える!
「我が円卓三席になした狼藉‥‥贖ってもらうぞ!」
足払いからの、全力での一本背負い。地に叩き付けられたエクセリオに馬乗りとなり、重力の力を込めた鉄拳を、振り下ろす!
――ガン。
「ぬっ!?」
その手応え、鉄柱を打つが如く。
いや、今の一撃。例え本当に鉄柱だったとしても、ひしゃげさせられていただろう。
にも拘らず、眼前の天使は、僅かに体を曲げただけで、表情を歪める事はなかったのだ。
「――何故にお前たちが接近する際、我が配下たちは救援する素振りも見せなかったのか?」
――そもそも、事前の聞き込みで、既に情報は得られていたはずだ。
この天使は『能力が極端にまで防御回避に偏っている為に攻撃力はほぼ皆無』。逆に言えば、その天使としての力の全てを『防御と回避』に注ぎ込んでいるのだ。
考えて欲しい。今までに交戦した騎士団の攻撃能力を。若しも彼らが――そう、その破壊力を、全て『防御と回避』に注ぎ込んだら、どうなっていただろうか?
「くっ‥‥」
振り下ろされる凪の杖。それをエクセリオは敢えてその身に受け、そして掴む。
「例え貴様が本当に鋼鉄で出来ていたとしても、我は円卓の主として、それを打ち砕いて見せよう!」
振り下ろされる鉄拳。それを受けるエクセリオ。ダメージがない訳ではなかろうが、予測していたよりもずっと悪い。
「俺自身もまた、盤上の駒が一つ。――参謀の意地、見せてくれよう」
それを聞いた戸蔵が考える。果たして、『捉えられた』のはどちらなのか、と。
「私までここで固められる訳には行かない‥‥行けっ‥‥!」
スレイプニルに命じる。味方を援護に行け、と。
だが、既に前線の戦況は、変わりつつあった。
●限界ライン
「流石は円卓の主だぜ。あの度胸は真似できねェな」
単騎特攻に向かうフィオナに、マクシミオが感嘆の声を漏らす。
その時。
「対ハントレイ班のレグルスです!」
通信機から、声が伝わる。
「狙撃班があなたたちを狙っています! ‥‥そこから見える高い岩や崖を教えてください!」
「もしもし、ぷりてぃーかわいーえるれーんちゃんだよっ。んー、崖は、3箇所あるけど‥‥どれも上の状況は分からないかなっ」
戦況を見ながら、エルレーンは通信機に語る。
「了解です……ありがとうございます!」
「どういたしましてー☆」
通信機をピッ、と切る。
「きゃあっ!?」
盾の上から、何とか夢野を狙ったラプトルの頭突きを食い止めた白兎。
――が、回復手である彼女がスタンを受けるという事は、それ即ち回復の断絶を意味する。
カウンターに構えた槍は、深々とラプトルの足に突き刺さっていた物の、己の役割は果たしたとでも言うかのように、それは後退する。
――上方から降り注ぐ、巨大な矢。
「ちぃっ!やらせるかァ!」
もう一人の防御の要――マクシミオは、エルレーンから伝えられ情報を元に、直ぐにその矢の狙いを探知し。夢野を守るべく走る。
が、その前に立ちはだかる飛竜。羽ばたきにより、押し戻される。
「邪魔すんじゃねェ!」
振るわれる白銀の槍。然し、もう一体のラプトルが吐き出す岩弾に弾かれる。
「君田ッ、避けろ!」
「っ‥‥!」
マクシミオの叫びに反応し、大剣を掲げ振り向く夢野。然し、白兎の『神の兵士』があるとは言え、蓄積されすぎていたダメージと。未だ止まぬエクセリオの陣の効果が。その矢を、彼の身に引き寄せた。
僅かに剣先が矢の先をずらし。だが完全には逸らせず。
矢は彼の腹部を貫き、地に縫いつけた。
●泥沼の戦争
「そんな――!」
夢野に近寄る白兎。幸い、かなり危険な所まで行ったものの、やはり長距離狙撃と言う事で、急所は貫通されておらず命の危険はないようだ。
だが、ほっと一息つく暇もない。容赦ないサーバントたちの攻撃が、次の目標へ襲い掛かる。
「――!」
魔力を帯びた神削の妖艶な微笑みが、彼に飛び掛る飛竜の動きを止める。
精神に干渉するその魔力が、サーバントの動きを混乱させ。飛竜の攻撃をラプトルの一体に向ける。
すぐさまラプトルが反撃。クロスカウンターのような頭突きで飛竜の動きを止めると、残りのラプトルと共に、神削へと襲来する。
「通しは――しねぇ!」
シールドごとタックルを仕掛け。マクシミオが自身に攻撃の目標を集めようと奮闘する。
然し、この時点ではラプトルたちは彼を相手にするつもりは毛頭無く、仰け反ったラプトルはそのまま尾を地に叩きつけ、跳躍力を以ってして、彼の頭上を超え、神削に襲い掛かる。
――防衛役が、自身にターゲットを集めるには、敵に十分な「脅威」を与えなければならない。
何か敵に『自身を攻撃しなければならない理由』を与える必要があるのだ。
「この、このぉ――ッ!」
エルレーンも、また、『距離が遠い』と言う理由で、攻撃を受けていない。
最も、それこそが『自身が自由に攻撃できるようにする』と言う彼女の狙いかも知れんが。
「‥‥まだまだ!」
地の防御力だけで言えば、神削のそれはマクシミオをも上回る。スキルが防御寄りではない差は出るが、それでもそう簡単には倒れない。
魔力の篭った微笑を、再度、飛竜の一体に向ける。
「!?」
今度は先ほどのような効果はない。
この技は、確かに『人狩りの概率論』の影響は受けない。だが、それでも『抵抗される』可能性は存在する。
連続で頭突きが直撃する。スタンの効果もあり、これ以上喰らい続けるのは危険だ。
「今、回復させます‥‥!」
ライトヒールは既に尽きている。スキルを切り替えた白兎が、辺り一帯に癒しの風を放つ。
それは、混戦状態になっていた一帯の全ての者を回復させる。
――そう。サーバントたちを含んだ『全ての者』を。
最大火力である君田が倒れた今。両方同量の回復を得られた場合、どちらが有利になるかは明白であった。
次々と放たれる頭突きに、身の危険を感じ。包囲の外へ出ようとする神削。
それを援護するかのように、悠市のスレイプニルが駆け抜け、ラプトルたちを蹴散らす。
その隙に跳躍し、空中に舞い上がった神削。しかしその先には、先ほど与えた幻惑から回復した飛竜が――
●心の乱れ
神削を倒した。次に狙われた白兎が撃破されるのもまた、時間の問題だろう。
状況は、自軍に有利。このままであれば、自身の生命力が尽きる前に、戻ってきたサーバントたちが自身を攻撃する二名を撃破するだろう。
――フィオナの鉄拳と、凪の杖撃をその身に受けながら、エクセリオはサーバントたちの目を通し、状況を観察していた。
が、その時、彼に衝撃が走る。
「リネリア――!」
妹に渡したダガーが、彼女の負傷をエクセリオに知らせる。
僅かな動揺が、彼のガードに隙を生じさせ、今まで防いでいた喉元への一打を許してしまう。
「がっ――」
声が出ない。このままでは指揮を行う事が不可能となる。
だが、その状況を察したのか、ラプトル二体と飛竜の一体が、彼の元へと急行する!
「ぬ――主を助けるか!」
咄嗟に振り向くフィオナ。だが、陣の影響下では防御は間に合わず、彼女と凪は共に頭突きを喰らってしまう。
援護に回る悠市は、スレイプニルに行動をさせたが故に、僅かに動作が遅れる!
――サーバントたちが吼える。まるで早く行け、とでも言うかのように。
「すまん、お前たち――!」
翼を広げ、崖とは逆の方向へと舞い上がるエクセリオ。
高い崖を越える事はそう簡単ではなくとも、逆側へ遁走するならば造作もない。
「行かせない――」
狙撃で、その翼を消去しようとする悠市。それを庇うようにして、飛竜が射線上に入り――
結果として、エクセリオの援護を失ったサーバントたちが、手が開いた撃退士たちに撃破されるのに、そう時間は掛からなかった。
だが、損害は大きく。そして――
(「捕らえられなかったわね」)
凪は、小さく唇を噛む。
――真に、屈辱の借りを返すには。また次の機会になりそうだ。