●Taunts
「何か知らんが鼻に付く野郎だ。ぎゃふんと言わせてやりたくなる」
拳をボキボキと鳴らし、郷田 英雄(
ja0378)が、遠方に立つ天使を見据える。
「ホホホ‥‥随分調子に乗っていそうな奴が出来てたのじゃ!偉大なのはまろだけで十分なのじゃ、さっさとピーピー泣きながら帰るがよいのじゃ!」
その隣で、口元を袖で隠しながら、ワザとらしく笑い、その天使を挑発する崇徳 橙(
jb6139)。
だが、天使に動じる様子は無く、無表情なその顔には変化が見られない。
その足元には、三体の盾騎士が、彼を囲み、守るようにして立っている。
「‥‥」
目の前に待つのは、あからさまな『罠』。だが、それでも引くわけには行かない。
(「あの子を引き渡したら、情報的な損失に繋がる。‥‥それに‥‥見捨てるのは、俺の性分じゃないんでね」)
そんな、『団長』――君田 夢野(
ja0561)の意を汲むように、暮居 凪(
ja0503)が、一言、合図する。
「行きましょう。‥‥あちらにも、『手札』を見せてもらいに」
●Invasion
「‥‥今度こそ救ってみせるッ!」
白の翼を広げ空を舞うラグナ・グラウシード(
ja3538)の全身から噴出する、眩しいほどの『非モテオーラ』。
「さぁ、来い!私を見ろぉぉ!」
それは注意を引きつけ、敵を引き寄せる効果を持っていたが‥‥
「‥‥?」
敵の反応が薄い。ある程度は抵抗される可能性も無論、想定していた。だが、それ以上に反応が薄いのだ。
――挑発の効果は、距離が大きく離れていると薄れる。
エクセリオが展開するだろう陣の効果を受けないようと、距離を置いたが故に、ラグナの挑発は鈍重な騎士たちを彼の方に向かわせる事は出来なかった。
小天使の翼によって天使を装う件も、また同じ。陣内に入らぬ敵に、何故対抗策を講じる必要があろうか。
「やはり‥‥接近しなければいけないようね」
凪のハンドサイン一つ。それを見た撃退士の内、英雄と黒井 明斗(
jb0525)が敵への接近を開始する。
それに遅れるようにして、凪と夢野もまた進んでいく。
「さて、前回は人が圧倒的多数を占めていたが‥‥?」
その動きを確認した天使――エクセリオが、四方にナイフを投擲する。
途端、陣内に居た四人は‥‥唐突な圧迫感――まるで空気が一気に重みを持ったような――そんな感覚を覚える。
「例の陣が展開されたのに間違いなさそうね‥‥!」
「なら‥‥やるこたぁいつも通り‥‥場を作る、それだけよ」
陣外で待機していた鷹代 由稀(
jb1456)が動き出す。
「大体の場所はつかんでおる!そこを撃つのじゃ!」
密かにヒリュウを舞い上がらせ、戦場全体を観察していた橙の誘導に従い、由稀はポイントへと移動する。
「ショットガンの特性は散弾ぶっ放せるだけじゃないんだけどなぁ‥‥ま、こういう状況には適しているんだけどね」
一帯をカバーする散弾は、『範囲内のどこにあるか分からない物」を破壊するのに適している。
ガシャッ。五発の散弾を連続で叩き込んだ後に、リロードの構えを取る。
――V兵器にはリロードの必要など皆無なのだが、彼女は、敢えてその構えを取る。‥‥それは果たして、『実物』を使い慣れているからだろうか、それとも――
「どうよ?」
問いは、陣内の四人に向けられた物。
「‥‥ダメですね。圧迫感は消えていません」
答えたのは明斗。
「相当地中深くに打ち込んだのかのう。全く、生意気なヤツじゃ!」
ヒリュウの目を通し、橙が確認する。破壊できていないのではなく、そこにはナイフが刺さっていなかったのである。何かを打ち込んだような穴はあるが‥‥その中に『実体がある』とも、また限らない。
幸いにも、陣を展開した以外は、エクセリオと盾騎士三名が動く様子はない。まるで何かを待っているかのように。
「おかしいですね、動きが鈍いというか、何か遠慮してると言うか‥‥」
明斗は、それを不審に思ったようだ。だが、それが具体的に何を意味するのかは‥‥分からない。
「どうするよ?」
英雄が凪の方を見る。敵は目の前のこれだけではなかったはずだ。
情報によれば、まだ居る。――影に隠れ、人を襲う暗殺者タイプだ。
「‥‥仕方ありませんね。炙り出して」
「了解だ」
懐に手を入れ、アウルをそこに仕舞った符に注ぎ込む。
「出てきやがれ!」
ボスン。
姿は見えずとも、何かが弾き出された音がする。
「成る程。‥‥我らの物質透過を無効化する、そう言う仕掛けか」
エクセリオが呟く。
「だが、発動者は特定した。――刺し殺せ」
「敵確認‥‥っ、郷田、『三つとも』かわせっ!!」
索敵スキルを展開した由稀が、敵の場所をその目に映す。
――そう、アサシンたちが、一斉に郷田に飛び掛る所を。
●Assassination
「ぐぁ‥‥!」
一発目は完全な奇襲となった。背中を魔力を込めた刃で刺され、前にのけぞる。
だが、由稀の警告のお陰で、続く襲撃が来るのは分かっていた。
「援護します!」
明斗の放った矢はエクセリオの展開した陣の影響もあり、直撃には至らなかった物の、僅かながら二番目のアサシンの動きを制限し、その刃を遅らせる。
「そこかァ!!」
わき腹を引き裂かれながら、脇下に突き出された腕を引き込むようにして、がっちり固定。頭突きでクロスカウンターを叩き込み怯ませる。
「目印のプレゼントだ、受け取れェ!」
ハイアサシンを突き飛ばし、その体に刃を投げ突き刺した英雄の脇下には然し、三番目のアサシンの刃が食い込んでいた。
「余所見できなくしてやら‥‥!」
強引にダッシュし、投擲した刃の柄を掴み、そのままハイアサシンを木にに押し付け、その動きを封じる。
「へっ‥‥これで‥‥」
だが、それは自らの体をも至近距離――アサシンの攻撃が最大の効果を発揮できるレンジに接近させると言う事。腹部を魔力の刃が貫通し‥‥刀をきつく握り締めたまま、英雄は意識を失う。
「さぁ、来なさい‥‥!」
敵との接触を確認した凪が、魔力を乗せた言葉を放つ。その言葉は、エクセリオを防衛していた盾騎士たちの注意をも引き寄せる。
騎士たちが一斉に盾を構え、撃退士たちの注意を引こうとする。
然し――
「残念ながら、それは効きませんよ」
白き光。それは撃退士たちを包み、盾の光を弾く。
元より今回の参加者たちには、特殊抵抗に優れる者も多かった。それに加えて更に明斗がクリアランスを使用し、比較的に低かった者の特殊抵抗を上昇させれば――注目効果が効く可能性は、万に一つも無いだろう。
――例えそれが、悪運を齎す陣の効果下にあったとしても。
逆に、凪が放つ挑発の効果に掛けられたのか、先ほど木に縫い付けられたアサシンが、ダメージを厭わずに剣を引き抜き、強引に彼女の方へと飛び掛る。
「この程度の小技ならば、もう知っているはずでしょう?」
呼び出した盾を構えながら凪が放つその言葉は、盾騎士たちの後ろで、無表情でこちらを観察している天使に向けられた物だ。
「ああ‥‥だが、見ておくに越した事はない」
「‥‥いちいち気にいらねぇこった」
陣を構成するナイフの破壊が不可と見た由稀が、接近しながらショットガンを連射し、アサシンを阻もうとする。
然し、その散弾は、盾騎士の一人によって阻まれてしまう。
――サーヴァントたちの特殊抵抗もまた、撃退士たち程は高くは無い物の、『必ず挑発に掛かる』程低くも無い。掛からなかった騎士たちのうちの一体が、盾で射線を遮ったのである。
阻む者の居なかったアサシンの刃は、盾の隙間を縫い、凪の肩へと突き刺さる!
「私の体を傷つけておいて、ただで帰れるとは思わない事ね?」
がっしりと。凪の腕は、突き刺したアサシンの腕を掴んでいた。
その意図に気づいたアサシンが、必死に体を捩るが、腕が抜ける事はない。
「交響撃団戦術要綱その一、前衛で受けて遊撃手が側面を衝く!」
構えた刃が、僅かに揺らぐ。
――その『遊撃手』たる団長、夢野の刃が僅かに動いたその一瞬。アサシンの体は、斜めに両断されていた。
「よし、これで一体!」
「そうね‥‥っ!?」
ほっと一息つく間もなく、挑発の効果にのせられた盾騎士の盾による一撃が凪を襲う。元より攻撃力が低いこれは、大きなダメージを与える事には至っていないが、彼女は味方から引き離されてしまう。
「くっ‥‥動物たちが走り回ってて‥‥探知が難しいですね」
生命探知でアサシンたちの特定を試みていた明斗。だが、ここは森林内。動物たちも騒ぎによって逃げ回っている状態。もっと具体的な条件を設定しなければ、正確に分別する事は難しいだろう。
「なら‥‥!」
地面を強めに足で踏み、魔法陣を展開する。封魔の魔力を持つこの陣は、周囲の盾騎士たちを飲み込み、その技を封じ込める。
「っ‥‥逃げられた!?」
――だが、アサシンを巻き込めてはいない。英雄が倒れた今、阻霊符の効果は消えている。地に潜り、回避したのだ。
あわよくば陣の解除を、とも思ったが‥‥使用されたスキル、シールゾーンは飽くまでも「巻き込まれた者による新たなスキル使用を防ぐ」効果を持つ技であり、『陣内に居る味方へのスキル効果を無効にする』技ではない。既に使用されてしまったスキルである『人狩りの概率論』を防ぐ事はできないのだ。
「‥‥っ、凪さん!後ろ!」
明斗の生命探知が、闘いが長引き動物たちが逃げたのもあり、地から飛び出すと言う異様な行動を行った生命反応を二つ探知する。すぐさま凪は盾を構えようとするが、僅かに遅れる。
味方は二体の盾騎士に阻まれており援護が届かず。刃が、背中から交差するように、凪の体を貫通する。
●Time
「今よ‥‥!」
全ての盾騎士がエクセリオから離れ、全てのアサシンの刃が自身に食い込んだ。
凪は、最後の力を振り絞り、仲間たちに合図する。
「助け出す‥‥その一点のために、今の今まで待ったんだからな‥‥!」
強靭な脚力を以って猛ダッシュ。助走を付け、味方と敵との頭上を一気に飛び越え。月詠 神削(
ja5265)が直接、瀕死の少年撃退士の隣に着地する。
「大丈夫?‥‥今、助け出す!」
ふーっと、その口から紫の気体を吐き出し、前方直線上――エクセリオの周囲を覆う。
「ほう。面白い」
だが、彼の予想とは裏腹に、エクセリオはそれを回避しようとはせず、寧ろ受ける構えを取る。
受けてみて初めて分かる事もある。自身の防御能力に自信があるエクセリオは、敢えて回避しなかったのである。
「‥‥問題はない!」
気体がエクセリオの視界を遮ったその一瞬。神削は少年を抱き上げる。
包囲を切り開くまでもない。エクセリオを除く全ての敵は、味方突入組と混戦状態にあったのだから。
「しっかり掴まっていろ!」
猛烈な跳躍を行い、空を舞う神削。その背を、エクセリオが不可視のナイフを構えて狙い――
「油断大敵なのじゃ!」
その背に、ヒリュウが頭突きするように激突する。大きく前につんのめり、ナイフは空の彼方へと飛んでいく。
「オーッホホホ、間抜けな輩じゃな。まろの策に引っかかろうとは」
周囲に、ヒリュウの主、橙の声が響く。
完全に不意を突いた一撃は、見事にエクセリオに当たったのである。
「俺も離脱させてもらう!」
ワイヤーを自身と対峙した近くの盾騎士の頭部に巻きつけ、木に叩きつけて怯ませる。その隙に、神削を追う様に、君田もまた戦場から離脱する。
●Another Bounty
「さて‥‥最低限の戦法は確認できたが‥‥」
エクセリオが、考えを巡らせる。
「‥‥サンプルはほしい所だな」
その目に映るは、戦闘不能になっている二名の撃退士たち。
別段、彼には、先ほどの少年にこだわる必要はない。サンプルとしては、『撃退士ならば誰でも良かった』のだ。
「確保しろ」
その命に従うように、二名のアサシンはそれぞれ地中から、二人へと向かっていく。
そして、突如地面から出現し、重傷を負った二人へと手を伸ばす!
「奇襲ですか!?」
弓でそれに射掛ける明斗。サイドステップでそれをかわし、アサシンの手が伸ばされ英雄に掴みかかり――
――その手が、掴んだ英雄の服をそのまま引き裂き、阻霊符を手にしたまま盾の激突にて吹き飛ばされる。
「ふははは!地べたを這う使役者どもめ、私の美しさに跪けッ!」
そのまま、再度オーラを展開するラグナ。
だが、それは盾騎士の襲来をも意味し、彼は盾の一撃に弾き飛ばされる。
一方、凪に手を伸ばしたアサシンは、由稀の放つ散弾の雨に阻まれる。
「よくやった!今じゃ、助け――ええい、離すのじゃー!」
「俺にはこの程度しかできないが‥‥妨害させてもらう」
その隙に、凪を助けようとヒリュウを操る橙だが、エクセリオにそれを掴まれてしまい、動かせない。
「なら‥‥!」
それならば、自分で助ける。そう考えて駆け寄る由稀だが‥‥その前に、盾騎士が立ちはだかる。
「ちっ、スラッグ弾が使えれば、こんな盾ぶち抜いてやるんだがねぇ」
散弾は、盾に阻まれ。その後ろで凪を担ぎ上げた、アサシンには届かない。
「どけよくそったれが!」
柄で何とか盾を横に弾き、至近距離でショットガンを直撃させて行動不能とする。だが、その隙に、既にアサシンとの距離は離された。
この状態で広域に効果が及ぶショットガンを撃てば、凪にも危害が及び兼ねない。
「さっさと撤退したまえ」
冷たいエクセリオの一言に、すばやく距離を離してラグナの挑発の効果を軽減させたアサシンたちが反応し。その姿は掻き消え、そのまま戦場から逃走する。
――凪と、共に。
ラグナに斬り伏せられたアサシンの死体の手から、阻霊符の残骸を拾い上げ。エクセリオが翼を広げる。
「さて、俺も帰還するとしよう」
「待てっ!」
更に追撃しようとする、メンバーの内唯一飛行できるラグナは、しかし盾騎士に押さえ込まれる。
残った撃退士たちがサーヴァントたちを撃破した時。既にエクセリオの姿は、見えなくなっていた。
●Interrogation
「っ‥‥ここは‥‥?」
凪が目を覚ました時。彼女は、檻の中に閉じ込められていた。
周囲に光はなく、目の前には彼女を捕縛した敵‥‥エクセリオが居た。
「貴方を閉じ込める為の場所、とだけ言おう」
素早く思考を回転させ、凪は思案する。
『捕らえられてしまった』のには、間違いはない。ならば、自分が今行うべきは、可能な限りこの『敵』についての情報を集め‥‥そして機を見て持ち帰るのみ。
幸いにも、彼らに自分に危害を加える気はないらしい。殺す気ならばワザワザ運んで来なくとも、その場で殺せばよかったのだ。
「あなたたちは‥‥『騎士団』とは無関係かしら?」
「‥‥」
「ああ、そうだ」
押し黙るエクセリオに代わり、その背後に現れた、壮年の男が答える。
「ハントレイが明言してしまったのだ。‥‥今更私たちの正体を隠しても、仕方ないだろう」
(「さて、どうするべきかしらね」)
かくして、もう一つの『情報収集』が、始まる――