●日が傾くその時に
「はぁ‥‥はぁっ‥‥みんな、慌てないで! 先生が、もう警察の人とかも連絡したって言ってた! 直に助けの人が来るよ!」
逃げながらも必死に友人たちをなだめていた霧崎夕香の表情からは、疲れの色が見て取れた。
忘れてはならない。彼女は未だ小学生。幾ら一度天魔と出会った経験があるとは言え、彼女だって怖くない訳ではないのだ。
そんなを支えていたのは、前回助けてもらった記憶。それを思い浮かべながら、彼女は天に祈る。
「助けて」、と。
「待たせたな。助けに来た」
目の前に立っていたのは、九人のお兄さん、お姉さんたち。
その中で、彼女は自分の良く知る後姿を目の当たりにする。あれは、前に写真をくれた盾のお兄さん。その姿を認め、彼女は、今回もきっと助かると、信じ始めたのだった。
●Side〜Calm〜
「俺たちは、皆を助けに来たヒーローだ。けど、今回の敵は手ごわい。倒すためには皆の力が必要だ」
怪訝な表情を浮かべる先生方の横で、高野 晃司(
ja2733)は「合わせて下さい」のハンドサイン。
それに頷く先生方も、同様の台詞を伝達した。
「はい、皆も拍手してー」
先生方が落ち着き払っているのを見て、学生たちの中でも「これがただのアトラクション」と思うようになっている者が出始め、パニックになっていた団体は落ち着き始めていた。
その隙に、すかさずヴィーヴィル・V・シュタイン(
ja1097)が、携行できた分の懐中電灯を、近くの子供たちに配る。
「今回の怪物たちは、影の中に隠れています。近くに影があったら、照らしてみてください。けど、危ないですので、絶対にここから出たり、近づかないようにしてください」
均等に、外周に立っている子供たちに懐中電灯が配られていく。中側に立っている子供たちは、この「ショー」を見るべく、爪先立ちになって居る者や、お互い押しはじめている者も居る。先生方がそれを宥めているが、焼け石に水状態であった。
だが、それを除けば「パニックを鎮める」と言う目的は達成されていた。また、この行動が意外な効果をもたらす事を、この時の彼らは知る由も無かったのである。
●Side〜East〜
「これは、負けられんな」
ガンと両拳を打ち合わせ、十字路の東に布陣した玄武院 拳士狼(
ja0053)が、タッグを組んだ櫟 諏訪(
ja1215)に呟く。
「ええ、そうですね。厄介な敵ですけど、一匹たりとも通しません」
後ろから乱れ飛ぶ子供たちの応援。気のせいかもしれないが、これは確かに、撃退士たちに力を与えていた。
だが、警戒は、精神を消耗させる。何時襲ってくるか分からない緊張が、確実に彼らの集中力を削っていく。
諏訪が周囲の木の影へ牽制攻撃を行ってみるが、どの木の影に隠れているのかが分からない状態では、当たるはずもない。
ディアボロは影から影へと渡っているのか、未だに姿を見せず。緊張だけが募っていく。
空を、夕方故に巣に帰っているのか、鴉の群れが過ぎる。
それは、地面に影を落としていく。
影は段々と東北方向から子供たちへ近づき――とある一人の向けた懐中電灯を向けられても、消えなかった。
「そこかぁぁ!」
右腕の筋肉を漲らせた拳士狼の、ナックルダスターの叩き付けるような重い一撃が地面を抉り、穴を作り土煙を巻き上げる。
僅かに外したのか、手ごたえはない。
その拳士狼の影から、ぬぅっと黒い布の様な物が立ち上がり‥‥ドリルのように自身を巻き、拳士狼の背中を刺そうとする!
「櫟。頼むぞ」
「はいよっと!」
横合いから放たれた銃弾が、ドリル状になった布を貫く。それでも攻撃は止まらず拳士狼に向かいその背後に突き刺さるが、それ程大きなダメージには至っていない。
寧ろ。至近距離での戦闘を得手とする彼には、この距離は至極好都合であった。
「ホゥアッタァ!」
左手で刺された部分からディアボロを掴み、右手のジャブを叩き込む。そのまま連撃を叩き込もうとするが、ディアボロは形を変えそのままするりと抜け出す。
「影に逃げちゃだめですよー!」
そのまま掃射で影の逃走を阻もうとする諏訪。だが、影は彼に薄い面を向け、銃弾を悉く回避する。拳士狼が射程内に居たのならばこれを利用して厚い面に追撃する事は可能だったのかもしれないが、彼は諏訪への奇襲を警戒し付近で待機していたため、すでに射程外であった。
ひょいっと木の影に潜りこむディアボロ。拳士狼がペンライトで照らし出した隙に何発かの銃弾を諏訪が打ち込むが、結局は影の中に潜りこまれる事を許してしまう。
「あれー!?ヒーローなのに、悪いやつを逃がしちゃったの?」
浮き足立つ子供たち。それに対して拳士狼は‥‥
「‥‥何があってもお前達を無事に家に帰すと約束しよう。 だから今は大人しくしていてくれ。‥‥俺との約束だ。」
サムズアップ。果てしなく渋い。これを見た子供たちは応援を再開する。
だが、その隙に回りこんだ影は、横からの子供にその薄い刃のような手を伸ばす!
「おおっと、させませんよー!」
大きなステップを踏み、全力で駆け寄る諏訪。そのまま子供とディアボロの間へ滑り込み――
「ギリギリセーフ、ですかねー?」
代わりに一撃を受ける。刃の手が脇腹ギリギリに差し込まれ、血が滴り落ちる。
だが、それは同時に、ディアボロも回避行動が取れなくなった事を意味していた。
銃弾が、布のような体にねじ込まれる。ディアボロは直ぐ後方にあった影に逃げ込もうとするが――
「いい度胸だな。それは俺の影だ」
後ろに立っていたのは、全身の筋肉を限界まで漲らせた拳士狼。
「アーッタタタタタタタタタァ!」
拳の連打がディアボロに叩き込まれる。その布のような体は一見、ダメージを受けていないように見えたが‥‥
「ホゥアッタァ!」
トドメの横回し蹴りによって、真っ二つに裂けたのだった。
●Side〜West〜
一方、十字路の西側。
「準備は済んだか」
「はい、皆落ち着いていますね」
「うむ、それでは警戒を続けよう。」
眼鏡を外し、振り向き、前方180度程を警戒する獅童 絃也 (
ja0694)。その横でヴィーヴィルは静かに目を閉じ‥‥
(「お姉さま、どうか私を見守って‥‥」)
再びその目が見開かれた時、そこには、強い光が宿っていた。
影が、地を過ぎる。
鳥だ。夕方なので巣に変える途中なのだろう。
低空で、過ぎる。それは地に影を落とし、――ディアボロに攻撃のチャンスを与えた。
「あれー?あの影、消えないよ?」
子供たちの声に絃也が反応する。溜めた集中を一気に解放し、踏み込む。
本来なら先ずスクロールでの牽制攻撃を行っておきたかったが、意外と近い所まで潜りこまれた。子供たちからの懐中電灯照射が無ければ、見逃していたかもしれない。
鉤爪で、挟み込む薙ぎ払いを放ち、影からディアボロを引きずり出す。と同時に、ヴィーヴィルの百科事典から放たれた風が、それを影から切り離す。
次の連撃を放つため一瞬鉤爪での拘束を解いた僅かな隙。その一瞬にディアボロは反撃する。
薄い刃のような腕が、絃也の脇下から差し込まれる!
「甘いな」
だが、それはそれなりの防御を持つ絃也に対しては、大したダメージになっていない。
ディアボロの方はカウンターを予測していたのか、すぐさま体を横にするが‥‥
「忘れてもらっては困ります!」
ヴィーヴィルの風の刃が足元をすくい、ディアボロのバランスを崩す。
「直角に当てれば、問題は無い」
そのまま薙ぎ払うような鉤爪の一撃。やや浅かったのか、布のようなディアボロの体の一辺を抉ったに留まったが、確かにこれは「横になってもそう簡単に回避できない」と言う事をディアボロに見せ付けた。
流石に状況を不利と見たディアボロが急速後退し、付近の木の影に逃げ込む。
これを見て、スクロールに武器を切り替えた絃也が、ヴィーヴィルと共に魔法の絨毯爆撃で隠れた影の一帯を薙ぎ払う。だが、影の範囲が広く、直撃には至っていないようだ。
「そう簡単には出てこないか?」
少しだけ苛立ちの表情を浮かべる絃也。
――この間に、ディアボロは鳥や動物の僅かな影を渡り、ヴィーヴィルの影に潜んでいた。
「私たちの影に潜んでいるのかもですね」
ヴィーヴィルが絃也と示し合わせ、お互いの影を攻撃しようとした瞬間!
ディアボロがヴィーヴィルの影から出現、その背中を刃の腕で突き刺す!
「くっ‥‥痛っ‥‥」
それ程防御は高くないヴィーヴィル。刺された背中から血を流して、涙目になる。だが――
(「愛しいお姉さまの妹の名に恥じないよう、頑張るのですから!」)
痛みに耐え、至近距離から猛烈な風の刃を叩き込み、ぼろぼろにディアボロの体を斬り裂く。
「後ろががら空きだぞ」
飛び込んだ絃也が、そのまま爪をクロスさせ、真っ二つに中央からディアボロを引き裂いた。
「北に増援してもいいぞ」
「いえ、まだ来る可能性がありますし、子供たちから離れない方がいいでしょう」
ディアボロを倒した後も、両者ともに油断せず、警戒を続けていた。
●Side〜South〜
(「そういえば何かを守るために軍人を志願したのでしたね‥‥そしてその守る対象が後ろに存在していると‥‥実にわかりやすい戦う理由です」)
子供たちの声援を聞きながら、南側を守っていたアーレイ・バーグ(
ja0276)は、自身が軍人になると誓った日の事を思い出す。
そして、その豊かな胸を揺らしながら、高らかに宣言する。
「正義のヒロイン、登場!」
同時に木の上から飛び降りてきたのは、与那覇 アリサ(
ja0057)。
「安心するさ。君らは守って見せるからな」
大きく構えを取るその姿は、正にヒロイン。
後は、悪役が姿を現す、その時を待つのみ。
だが、彼女らもまた、他のグループと同じミスを犯していた。
「現場が障害物の無い場所のため、ディアボロは必ず姿を現さねばならない」と言う先入観に囚われていたのだ。
小さな影にも隠蔽できるというその特性上、鳥や動物の影に乗るという事は十分可能だった。
走りよるリスの影に乗り、ディアボロが接近する。匂いは同じ動物の匂いにかき消され、アリサの感覚を潜り抜ける。
「みんな、懐中電灯で応援して!」
夕香が近くの友人に話しかける。すると、まるでサーチライトのように、多数の懐中電灯が付近の影を消していく。その中には、リスの影も‥‥
隠蔽がばれたと判断すると、一瞬でリスを刃の腕で両断し、立ち上がり元のサイズに戻るディアボロ。
「油断してましたね。まさか動物の影に隠れるとは」
視認した瞬間、一瞬の戸惑いも無く雷の玉を連射するアーレイ。ディアボロは横になる事でその間からすり抜けるが――
「ったく、音もしないとは、予想してなかったさ」
前右側からのアリサのドロップキック。ウサギの動きを模したそれは、大きくディアボロを吹き飛ばし、影と切り離す。やはり二方向からの攻撃には対応しにくいようだ。
が、蹴り飛ばされたその勢いで、ディアボロは猛然とアーレイに接近する。
角度をつける事は、即ち後衛への防衛を放棄すると言う事であるのだ。
魔術的な能力に於いては圧倒的であるアーレイ。だが、物理面での防御、回避力は、それ程
でもない。刃の腕で太腿を刺されてしまう事となる。
「何かを守るのが、撃退士の役目ですからね。‥‥それを達成するには、負傷など覚悟の上です」
メンバー中最大の火力を持つ彼女の狙いは、至近距離に接近したディアボロを、完膚無きに焼き尽くす事。
放たれる雷球が、連続でディアボロを貫く。ダメージが軽くないのはお互い様‥‥だが、ディアボロが一体だったのに対し。撃退士側は2人であった。
「てぇい!」
放たれた直線の蹴り。ディアボロがこれをぼろぼろの状態で回避したのは、運の成せる業か。だが、アリサの次の変化に対しては、そう運よく行く事はなかった。
「食らうがいいさ!」
オーバーヘッドキックからの、逆回転しての両足でのかかと落し。アリサの連撃で地面にたたきつけられたディアボロに、アーレイがゆっくりと歩み寄る。
「考えてみれば、撃退士の任務は大抵、死守か殲滅戦ですね。‥‥まぁいいですが」
そのまま、最後の雷球を放ち、ディアボロを灰と化す。
さり気なく、アリサがアーレイの負傷を隠すように動く。血を流している所を子供たちに見せて、怖がらせるわけには行かない。それでも、その行動に気づいたのか、夕香が小さくアリサたちに向けて、微笑んだ。
●Side〜North〜
「さて、油断してはいけませんね」
北側の防衛を行う礎 定俊(
ja1684)が、一つため息をつき、気を引き締める。
派手な光と共に、武器を出現させ、構える。後ろで子供たちの「おおー!」と感心したような声が上がる。
一人のため、無闇に手出ししてはいけないと、守りの構えを取るが‥‥中々、ディアボロの接近は発見できない。
それもその筈。ディアボロは、空中を横切った鳥の影に乗って、着実と子供たちに接近していたのだから。
定俊に気づかれないように、ゆっくりと子供たちの一人に、腕を伸ばす。
「はいそこまでだ」
完全に至近距離で子供たちのみを守っていた高野 晃司(
ja2733)が、斧を振り下ろし、刃の手を地面に叩き付ける。と同時に、別天地みずたま(
ja0679)が、上方から降下し、ディアボロの体に当たる部分を踏みつける。振り向いた定俊がスクロールを読み上げ、火の玉を放つと同時に‥‥四方から一斉に魔法、弾丸がディアボロに向かって飛来する。
――増援が、間に合ったのだ。
四方から飛来する攻撃の半分ほどを回避するディアボロではあったが、背中を踏まれている状態では、踏んだ張本人――みずたまの攻撃を回避できるはずはなかった。
「潰れて貰うよ!」
足に力を入れ、更に踏み潰す。めきめきっと音がし、ディアボロは動かなくなった。
●Return
「あの‥‥ありがとう、ございました!」
夕香が、深く撃退士たちに頭を下げる。
彼らの努力により、子供たちに一人の被害も出さずに‥‥守りきったのだ。
「食らえ必殺太陽拳!」
「ぎゃははは!!」
ギャグを行って、子供たちと遊んでいる定俊。その頭上で、日は沈んでいく。
(「然し、夕香さんが何度も襲われるのは、何か原因があるんでしょうか」)
注意深く観察する定俊だが、おかしい場所は何も見当たらず。
敢えて言うのならば、撃退士と、何度も関わった夕香の運命だろうか。
これが更なる事件を呼ぶとは、この時は誰も知らなかったのである。