●Mistrouge
「何やら企んでるみてえだが」
粘つくような不快感。身を包む白き魔霧は、さながら今彼らが挑もうとしている『陰謀』の象徴か。
その後ろに潜む邪悪を暴かんと、赤坂白秋(
ja7030)は思考をめぐらせる。
女性には手当たり次第に声を掛けるその素行からは誤解されがちだが‥‥彼はどちらかと言えば思慮深い方だ。
――特に、この様に重大な事態に於いては。
エネルギーの標を打ち出し、侵入位置を自分で感知できるようにする。
この目標と自分の角度、距離を組み合わせ‥‥事前に記憶した地図の内容を加えれば、霧の中でも自身の位置を見失う事はないだろう。
「そう好きにさせる訳には‥‥!」
久遠 栄(
ja2400)もまた、同様に標をつけていく。唯一違いがあるとしたら、それは彼の標が赤坂にもつけられていた事。
開始から十五秒。四手に分かれた撃退士たちは、それぞれ別々のルートから霧の中へと進入していく。
霧は動かず。まるで、待っていた、と言わんばかりに――撃退士たちを迎え入れた。
彼らが離れた直後、霧の中から一体の細身の騎士が飛び出す。
その騎士は、霧の範囲外で‥‥開いたマンホールを目にするや否や、その中へと飛び込んだ。
●霧雲の上で
「一般人を襲うのは絶対に許せねえし、俺を使い捨てにし続けた奴らの思惑を通すのも業腹だ。‥‥だから‥‥全力で、邪魔させてもらうぜ」
空中から霧の中央へ向かっていたロドルフォ・リウッツィ(
jb5648)。
「流石にこの高度だと、やっぱり影響は薄いねぇ」
前が見えなくなる、と言うような事は殆どない。故に高層ビル等を避けて飛行する事が彼には可能であった。
最も、地上は完全には見えないが――
「目標発見‥‥っとな!」
その目が捉えたのは、屋上にて剣を掲げる、シュトラッサーの姿。
「目標は屋上に居るぜ‥‥これから、霧を止める!」
味方に連絡すると、大剣を横に構え、急降下。
霧は濃くなるが、見失うほどではない。このまま一気に叩き落して――
「っ!!!」
心の中にどこかあった、建物に近づく時は注意するようにとの警戒心が、彼を助けた。
ほぼ脊髄反射で、飛来するネットに咄嗟に苦無を投げつけて相殺する。
そのまま転がるように着地し、武器を構える。
「やあ、いらっしゃい」
まるで友人を迎えるような、シュトラッサーの台詞と同時に、ネットが二つ連続で飛来する。
片方は大剣で切り払ったが、もう片方に捉えられ、引き倒されてしまう。
網の中から突き出した大剣は霧に隠れていたサーヴァントの一体を捉えるが、撃殺には至らず。逆に二本のナイフが彼に向かって突き出される。盾でそれを弾くが‥‥連撃は続き、ロドルフォにネットを切断する機を与えない!
次々と刃が突き立てられる。彼の防御力から、それ程ダメージは大きくはないが‥‥このままではジリ貧に他ならない。
「‥‥いい加減にしろよ!」
強引に大剣を振りぬき、ネットを切断。先ほどのサーヴァントに飛び掛り、一刀の内に今度こそ両断する。
だが、刃を返す暇もなく、再度ネットが彼を捉え、その背に二本の短刀が突き刺さる事となる。
「間に合わなかったか‥‥!」
通信を聞き、地上から急激に屋上へと駆け上がってきた後藤知也(
jb6379)。
最近はどうも、助けられてばかり。だからたまには自分が助けるのも悪くない。そう思った。
だが‥‥彼もまた、ロドルフォと同じ窮地に陥った。
せめての救いは、路上の一般市民はヒールでは回復しなかった‥‥即ち、ゲートの効果同様、何かしらの魔術で『吸い取られている』と言う事は仲間に伝えられた。
襲い掛かるサーヴァントに、知也は盾を構え、最後の時間稼ぎを行うべく‥‥覚悟を決める。
●幕間〜雨乞いの祝詞〜
「エクセリオ、どうやら発見されたみたいだ。あはは、ごめんごめん」
楽天的なこのシュトラッサーは、どうやら誰かに報告しているようだ。
『一度発見されてしまったのならば、もはや霧は無効だろう。解除しろ』
「え、どうして?張っといた方が戦う時も有利じゃん?」
『次の手を使うためだ。‥‥地下に向かった偵察が消息を絶った。恐らくそちらからも侵攻があったのだろう。‥‥『押し流せ』』
「はいはい、分かりましたよ‥‥人使いの荒い事で」
愚痴を言いながらも、神主と侍の意匠が合わさったような鎧を装着した騎士は、その剣を掲げる。
『祈りましては黒き霧 集いて水集め 水瓶傾け 懸河を成せ』
●地の底で
「地図通りには行かないもんですね‥‥」
同時刻。
脳内に記憶した地図と、目の前の景色を比べ、頭を掻くマキナ(
ja7016)。
霧の影響が殆ど届いていないとは言え、この下水道は、誰かにメンテナンスされる事は殆どない。故に、通路が崩れ構造が変わったり、瓦礫に足止めされることもあった。
「大体の方向はわかるけど‥‥」
意識を集中させ、マーキングした2点との位置関係から、栄は自分たちの大体の位置を推測する。
向かうべき方向は分かっている。だが、そちらに直線に向かえる訳ではない。
「地上組だ。こちらは敵の姿を発見できていない」
つけっぱなしにした携帯から、ラグナ・グラウシード(
ja3538)の声が響く。
「‥‥安全に進んでいるみたいだね」
そう栄が呟いた瞬間。
ヒュッ。
何かが空を切る音。
次の瞬間、栄はネットに捕縛されていたのであった。
●懸河が如く
「霧なしでも奇襲できるのか‥‥っ!」
弓で上下に抉じ開けるようにしてネットの中での活動空間を確保し、即座に武器を変更。スペツナズナイフでネットの切断に掛かる栄。
だが、非力なその刃では、ネットを完全に切り開くのはやや時間が掛かる。アサシンナイトがそれを待ってくれる筈はなく、短刀が彼の首筋を狙って振り下ろされる!
ガキッ。
何かに強引に止められたのか、刃は栄の首筋ギリギリで止まる。
「‥‥待てよ」
青き炎を纏ったマキナが、黒い――この暗い地下ではほぼ不可視と言っていい――ワイヤーを引っ張る。
返す刃で、ワイヤーを自身から切り離し。暗殺騎士のサーヴァントは再度闇へと同化する。
だが、この後退は撃退士側に時間を与える事となり‥‥栄はネットから脱出する。
お互い背を合わせ、襲撃に警戒するマキナと栄。
「こちらサーヴァントと遭遇。交戦中だ」
地上に連絡する。その隙を狙って、ナイフを構えたサーヴァントが、天井から栄に襲い掛かる!
「くっ‥‥」
がっと弓で辛うじて刃を受け止めて、横に流す。体勢が崩れたサーヴァントを、拳にワイヤーを巻き付けたマキナが思い切り殴りつける!
ドン。
地に叩き伏せられたサーヴァントに、更に栄がその体を地に縫い付けるようにナイフを突き立てる。
逃走手段を失ったサーヴァントに向けて矢をつかえ‥‥
「ここで足止めされる訳には行かないんだ」
撃ち放つ。
「余計な時間を取られてしまいましたね」
サーヴァントを撃破した二人は、急いで中央方向へと向かおうとする。
だが、その時――
「久遠さん、何か、聞こえませんか?」
耳をすませると、確かに地上から音が微量ながら伝わってきている。
雨音のようだ。しかし、この地下まで伝わるとなると、その雨量は相当の物で――
「不味い、急いで上へ!」
下水道とは、生活排水の流れ道である以外にも‥‥雨水の流れ込む道でもある。
マンホールの上に穴が空いているのは、そのためでもあるのだ。
――津波の様な水が、彼らの前方から壁のように押し寄せる。
「くっそぉぉぉぉ!!」
伸ばされたマキナのワイヤーが、前方にあった鉄ハシゴに届く事はなく。
二人は、濁流に押し流された。
●重兵配置
「さて、ここまでは襲撃もなく、無事に来れたみてぇだが‥‥」
余りにも、上手く行き過ぎている。
霧の中央へと向かう白秋は、言い様のない不安を覚える。
以前の依頼ならば、あのシュトラッサーは必ず妨害の手を送ってきた。だが、現在までに3チームの内妨害を受けたのは、下水道で襲ってきた一体のみ。
『目標は屋上に居るぜ‥‥これから、霧を止める!』
ロドルフォからの報を聞き、地上を進んでいた四人は、そちらの増援に向かおうとする。だが、ビルに近づいた瞬間。
「霧が――晴れた?」
光源としていたその手のトーチの炎を消す翡翠 龍斗(
ja7594)。
「あれは‥‥!」
周囲の様子を見回していたレイル=ティアリー(
ja9968)が、それを発見する。
「‥‥‥」
静かにそこに佇むは、白き翼を広げた天使と。五体の重騎士。
「何が目的なのです?」
剣をまっすぐに天使に突きつけ、問うレイル。
だが、その顔は表情一つ変わらない。回答所か、反応すらないのだ。
「狙いはここに陣か‥‥ゲートを、発生させる事じゃないのか?」
龍斗の問いに対しても相変わらず、ポーカーフェイス。
「返答が無い時は推測が当たっているものと、思わせて貰うぞ」
「どう思おうが勝手にするがいい。しかし‥‥そうのんびりしていていいのかね?」
突如、空が黒く変わり、土砂降りの雨がその場に降り注ぐ。
そしてその変化に反応したレイルの後ろから、一体のアサシンナイトが飛び掛り、その肩に刃を突き立てる!
「ぐっ‥‥!」
会話の答えを引き出そうとするのは、即ち‥‥敵に時間を稼がれたり、先手を取られる可能性があると言う事でもある。
続けて、二本の刃が再度、レイルを襲うが――
「やらせねぇ!」
白秋の銃撃により一体が阻まれ、もう一体はリミッターを解除し、金色の竜を纏った龍斗によって叩き伏せられる。
(「こいつらを潰すより…人々を救う方が先だ!」)
囲み、守るようなその陣形が何を意味するのかを探るため、ラグナ・グラウシード(
ja3538)が目を凝らす。
――その中心にあったのは、うっすらと蒼の光を湛えた丸い水晶。
守るような重騎士の陣形から見れば、これが敵にとって重要な物であるのは明白。
「さっさと破壊させてもらう‥‥!」
突進するラグナ。己の体を弾丸と化し、激突。叩き付けられる鉄槌を盾で強引に押しのけ、体当たりでミストナイトを吹き飛ばす!
「今の内に――」
振り向いた彼が見たのは、他の四体の騎士によって補われた陣形。
――そう。これは重要な物だ。それは敵の首領である目の前の天使も、『痛いほどよく分かっている事実』。故に、彼は兵力の大半をこれを護衛する事に傾けたのだ。
『くっそぉぉぉぉ!!』
通信機から流れる叫び。それは、増援であるはずの地下組が、もはやここにたどり着けないと言う証。屋上へ向かった二人からの反応もない。
――最早、ここは自分たち四人で、何とかするしかないのである。
●総力を賭して
「‥‥油断はせん。全力で潰す」
投げナイフが宙を舞い、四方に突き刺さる。それと共に、場の空気が一気に、重くなる。
「何だ、これは‥‥?」
振り向いた龍斗に向けて、一体のミストナイトが鉄槌を振り上げる。
即座に回避行動を取る龍斗だが、僅かに足が滑り、右肩を叩かれてしまう!
「ぐっ‥‥何だ?」
何かがおかしい。今の攻撃は避けられた筈だ。そう、余程『運が悪くなければ』。
この場に居てはいけない。本能的にそう感じ、龍斗は全速で後退する。
「直接‥‥狙わせてもらう!」
狙撃銃に切り替え、水晶に狙いをつける。だが、直ぐにその射線はミストナイトの一体に阻まれてしまう。
後退によって天使から大きく離れた龍斗が放った弾丸は、盾の間を縫って盾騎士の体に突き刺さるが‥‥水晶には届かない。
「『陣』の外に出たのは捨て置け。先ずは陣内を殲滅せよ。我らの目的を忘れるな」
「ちっ‥‥隙がねぇ布陣だ」
ミストナイトの誰かが攻撃を受ければ、すぐさま次のミストナイトが体勢を崩したそれを押しのけ防衛を代行する。その間に、アサシンナイト――残った二体だが――が攻撃をした者を背後から襲う、そんなループだった。
「ラチがあかねぇ!先にサーヴァントを‥‥」
「人々はどうなる!」
白秋の叫びにラグナが返す。
各個撃破された事による戦力不足。
具体的な『奪取策』が無かった事による突破の困難。
全ての『ツケ』が、今回ってきた事となる。
この水晶が重要な物である撃退士たちの推測は、これ以上ないほどに当たっていた。
だが、
『重要な物は重兵を以って守る』『自身の能力は単独戦闘には向いていない』
この二点を天使もまた、これ以上ないほどに知っていたのである。
「これで‥‥!」
幾度となく振るわれたレイルの剣は、ついに襲来したアサシンナイトを捉える。突き刺さった剣から、逆巻く暴風が、サーヴァントの四肢を引き裂き、粉砕する。
「退けェェ!」
ラグナの、何度目とも分からぬ猛進。その後ろから放たれるネットが、彼を捉えるが、その勢いは衰える事無く‥‥アサシンナイトを引きずったまま、ラグナは突進する!
ドン。
正面からミストナイトの一体に激突し、僅かに吹き飛ばす。距離は先ほどより大幅に減り、僅か2m程。『運が悪い』。
そして、すぐさまその場に戻ったミストナイトたち。その鉄槌が一斉に振り上げられ、ラグナに叩き付けられる!
「‥‥首謀者を前にして届かぬとは‥‥ッ!」
盾の間をすり抜けるように叩き付けられる鉄槌に、終にラグナは倒れる。
「一定範囲内に居ると不利だ、一旦下がれ!」
叫ぶと共に、最遠距離から引き金を引く龍斗。弾丸は一直線に水晶へと向かっていくが‥‥ミストナイトの壁によって阻まれる。
「了解‥‥っ!?」
それを聞いたレイルが後退するが、その前にネットに捕縛される。
鉄槌が、叩き付けられる。
「貰った‥‥!」
一時的に前方にミストナイトが前方へと移動したのを見て、急速に横から回り込み。白秋が水晶に手を伸ばす。
「‥‥させると思うか?」
ナイフが、その手を弾き上げる。身を挺して水晶を庇うは、天使自身。
(「ここまでやるとは‥‥推測は間違っていないようだぜ」)
けれど、足りない。この圧倒的な『運の悪さ』の元で届かせるには、余りにも『足りない』のだ。
――時間も、人数も、足りなかった。
「ふむ。回収完了か」
水晶を、天使は拾い上げる。
それは即ち、範囲内にいた一般人全てが息絶えたと言う事。
そして、龍斗と白秋の前には、未だ五体のミストナイトが残っていた。
●幕間〜天使たちの宴〜
「‥‥またずいぶん姑息な手を使ったそうじゃないか?」
長髪に青い瞳。その天使の皮肉に、僅かながら男性天使――エクセリオ=ガンベルクは笑みを浮かべる。
「何を使おうと、要は勝てばいい。手段を選んで敗北していたのでは、本末転倒だ」
その皮肉に、あからさまに青い瞳の天使の顔には不快の色が浮かぶ。
「ふん‥‥まぁいい。その作戦を、成功させた手腕は評価しよう」
「お褒め頂き歓迎、と言うべきかな」
お互い、表情に含まれるのは完全なる敵意ではない。寧ろ、それはライバルに向けられるべきそれ。
背を向け、二人の天使は、お互い違う方向へと歩き出した。