●対峙
「ほう‥‥待ち構えられていたか」
目の前に立ちはだかる撃退士たちを見て尚、ジェイの顔には驚きの色はない。
今回の作戦に於ける彼の隊の役割は『陽動』。撃退士たちの注意を、少しでも繁華街で行われる作戦から逸らす事のみ。
故に、気づかれて対峙する事は予想済み‥‥寧ろ、彼にとってはそれが、『目的』なのだ。
「数ではこちらが上だ。‥‥それでも敢えて、抵抗するかね?」
「今更言葉を掛ける必要はないでしょう?きっと皆同じ気持ちでしょうから」
冷たい笑みを浮かべる彼のシュトラッサーをまっすぐ見つめ。凛として、グレイフィア・フェルネーゼ(
jb6027)は答える。
「そうか‥‥ならば、遠慮は要らんな。‥‥砲撃、開始せよ!」
ジェイの合図と共に、盾を構えたシールドナイトが横へ分散し、その間から飛び出したハウリングウルフが、一斉に咆哮を撃退士たちに浴びせる!
「皆、散開して!」
その身に防御のオーラを纏い、強引に咆哮の一撃を受けとめたキイ・ローランド(
jb5908)が散開を命じる。
いささか、予定とは違っていた。グレイフィアの言葉の牽制で敵の行動を遅れさせるつもりだったのだが、放たれたのは戦端を開く言葉。故に、先に咆哮が撃退士たちを襲う事になったのだ。
だが、幸いな事に。この攻撃は各々の撃退士の強弱を測るつもりもあったのか‥‥一点に集約される事は無く、それぞれ多少ダメージは受けた物の倒れた者はいない。
予定からは多少逸れたが、大筋に影響はない。撃退士たちは2つに分かれ、それぞれ左右からジェイの陣を襲撃する。
●各個撃破
「挟み撃ちか‥‥良いだろう」
ジェイは撃退士の行動を見ると、素早く自らの陣をも変化させる。
6人の撃退士が襲ってきた左側、撃退士たちB班側にシールドナイト3体を集約させ、2人しか居ない右のA班には‥‥シールドナイト一体と、ハウリングウルフを全て移動させる。
「ならば、兵力の少ない方から優先的に倒すのみ!」
「ちょ、いきなりこっち?」
目の前の騎士に狙いをつけ、身に闇の気を纏った鴉女 絢(
jb2708)は、散開し自身を狙う狼たちの目線を感じ、即座に後退。その甲斐あって、咆哮は彼女に届かず、その眼前にて掻き消える。
「お返しだ‥‥!」
絢が下がったのとほぼ入れ替わりに、月詠 神削(
ja5265)が前進する。
ふうーっと息を吐くと、紫の気体が、彼の前に一直線に形成される。
「爆発しろっ‥‥!」
拳を叩き付けると、火花が散り。一直線に爆発の連鎖が、紫の道に沿って敵陣へと向かっていく!
味方の狼を庇うように、シールドナイトは前に出、盾を構える。
狼が散開し神削と絢を囲い込むように布陣していたせいで、巻き込まれた狼は一体だけであったが‥‥それでも2倍の爆発ダメージが、シールドナイトを襲い‥‥その体力を大きく減らす。
「逃げないで、私にちゃんと殺されて」
無機質に絢が呟き、前進する。
その手に構える大弓の、自分の力で届く距離ギリギリ。
矢をつかえ、爆煙の中から、その目は目標たる盾の騎士を探し出す。
放たれる魔力を込めた一矢。爆発で既に怯んだ騎士にそれを防ぐ術はなく、矢はその胸を貫通する。
尚立っているのは、流石は耐久に特化したサーヴァントと言う事か。最も、その生命が尽きるのもそれ程遠くは無いだろう。
しかし、この成果には代償があった。
‥‥この一矢を当てるため。絢は余りにも‥‥敵陣に近づきすぎていたのだ。
「――――ッ!」
ジェイが指揮を下す必要もなく、ウルフたちは一斉に絢へと向かう。
フォローする仲間が居ればまた違ったかもしれない。だが、今の状況で絢を助ける者はいない。
射程面に於いて、絢のそれは確かに狼たちを上回っていた。だが移動力を加味するとどうか。
口を開ける狼たちに、彼女は防御するための帳を展開しようとする。だが、事前にセットしなければ、この行動は一呼吸掛かる。
――ピンチになってから、それに対応するためスキルを切り替えようとすれば‥‥時は既に遅いのである。
「アームスロット、ナンバー5」
一斉に襲いかかる咆哮とミサイルの嵐が、絢を飲み込んだ。
●制圧と時間稼ぎの関係
「くっ‥‥」
A班の味方が倒れるのを見て、田村 ケイ(
ja0582)が歯噛みする。
本来ならば援護したかったのであるが、絢が後退しながらの、射程ギリギリからの攻撃を選択したが為に。反対側に位置していたケイたちの班からでは、援護は届かなかったのである。
自分たちに今できるのは、目の前の盾騎士たちを一刻も早く撃破し、それから援護に向かう事。
そう考えたケイは、銃を構え、漆黒の弾丸と高速の弾丸を二連射する。
「‥‥他の全てで負けても、命中と早さはたぶん負けない」
この動きを可能にしたのは、一重に彼女の反応の速さ。最速で、敵の前に行動する事が出来る彼女は、わざと動きを遅らせその後に戻す事で、次の行動と合わせ、2連での行動を可能にしていたのである。
漆黒の弾丸は、運悪く盾に弾かれ大したダメージを与えられなかったが‥‥高速弾の方は盾の隙間を縫い騎士の足に突き刺さり、盾騎士はよろめく。その隙に近づいたグレイフィアが、その手に雷光の剣を宿し、突き出す!
「――――」
直ぐ隣に居た別の騎士が、身代わりになるように間に割って入り、刃を盾で受け止める。
迸る電撃。衝撃を受け止めた盾ではあったが、電撃はそれを伝わり、その使い手である騎士を麻痺させる。
「隙あり」
横から、マキナ・ベルヴェルク(
ja0067)が飛び掛る。
それを阻止しようと最後の盾騎士が割って入ろうとするが‥‥
「邪魔はさせませんよ」
炎がそれを飲み込み、阻む。
すぅーっと姿を現したるは、忍術書を広げた四条 和國(
ja5072)。
防御が間に合わず、2番目の盾騎士の側頭部にマキナの剛拳が叩き込まれ、横に吹き飛ばす!
「急いで‥‥倒さないと」
盾を構えたまま、地に伏せた盾騎士に刃を突き立てるキイ。
この騎士たちが時間稼ぎである事は、撃退士たちにも明白だった。
しかし、彼らを倒さないと、挑発により他の敵への攻撃が逸れる可能性がある。故に、今彼らに出来るのは‥‥最速でこれらを撃破する事のみ。
キイの剣から放たれる波動が、別の盾騎士に向かって足元の一体を吹き飛ばし、叩き付ける。お互い強力な防御力と体力を持つ騎士たちに大したダメージを与える事は出来なかったが‥‥その体勢を崩し、隙を作り出す事には成功する。
「場所は全て確認しましたよ? けど‥‥」
その髪から立つ一本の毛。櫟 諏訪(
ja1215)は、その指し示す方向に、一般人を確認する。
だが、それだけであった。今の彼らは、後ろにある一般人より、目の前の敵を優先した。
最速で敵を殲滅するその作戦が、結果としては彼らを救うと信じて。
「一気に貫きますよー?」
諏訪の銃から放たれる、螺旋を帯びた弾丸。それはキイの一撃によってお互いに叩き付けられた二体の騎士を、一気に貫いた。
その内、最初からマキナやグレイフィアの攻撃を受けた騎士は、ついに耐え切れず‥‥四散する。
圧倒的な数の有利が効を奏した。約2倍の兵力を以ってすれば、防御に優れるこのサーヴァントと言えど‥‥それ程長い間耐えられる訳ではない。
「もう一体!」
キンキンと、弾が盾に弾かれるのを気にする様子はなく、ケイと諏訪は連射を続ける。
その盾騎士の頭上から、跳躍したマキナが落下し、猛烈な一打でそれを地面に叩き込む!
(「‥‥今優先するは目的の達成。決着はまた――」)
ジェイの方に目線を向けたマキナの下で、僅かに蠢く盾騎士。驚く事にまだ死んでいなかったらしい。だが――
「面倒ですね‥‥これはどうですか?」
地面をすべるように接近した グレイフィアが、それに雷撃の刃を突き立てる。
手足をぴくぴくと痙攣させ、盾騎士はついに動かなくなった。
「後一体‥‥!」
撃退士たちは、自らを阻む最後の盾騎士を粉砕すべく、前進する。
●奮戦の末に
「はぁ‥‥はぁ‥‥っ!」
B班が人数差で圧倒したと言うのならば、A班は人数差で圧倒されていた。既に唯一残った神削は、満身創痍であった。
絢が倒れた今、命令されずとも狼たちは彼への集中攻撃を行っていた。
二発目の『破軍』を放ち、何とか盾騎士を撃破した物の‥‥その隙を突かれた集中咆哮を受けた。
何発かは回避したものの‥‥既に体力はギリギリの状態にある。
その月削の目が、敵の後ろから忍び寄る影に気づく。
「‥‥良くここまで奮戦した」
「っ!」
逆手で灰色の曲刀を振るい、神速の一閃がシュトラッサーを狙う。
(「せめて、近接攻撃だけしか使えない状態に持ち込めば!」)
刃がチェンソーで受け止められ、その回転によって弾き飛ばされる。だが、これも彼の予想内の事。即座に新たな武器――金色の大剣を取り出し、そこから黒い闇を放ちジェイの視界を遮り、辛うじて振るわれたチェンソーを受け流す。
「ぐぁっ!?」
後ろから狼の一体が飛び掛り、彼の背中に噛み付く。このままでは、次のジェイの攻撃はかわしきれない‥‥!
「もらいましたよ」
ザシュッ。
刀刃一閃。
わき腹が潜行状態から神速の駆け抜けで奇襲した和國の刃に裂かれ、僅かに驚きの表情を浮かべたジェイは振り向く。
「‥‥中々の物でしょう?」
高速と奇襲を身上とする忍者が、その刃を構える。
B班がピンチと見て、彼は先にジェイと対峙する事を選んだのだ。その隠蔽能力をフルに発揮し、サーヴァントたちの間を抜けて。
「‥‥ああ。だが、単独で襲ってくるとは、大した度胸だ」
奇襲は確かに成功した。だが、その後はどうするか。
和國は孤立していたのだ。敵陣のど真ん中で。
急後退しようとした、その瞬間。躓く。
足元には狼が噛み付いている――それに気づいた瞬間。ジェイの回転刃は、彼の体を抉っていた。
次々と飛び掛る、狼たち――次はお前の番だ、と言わんばかりに、その一体の目が、神削を睨む。
銃声。
「お待たせしました」
だが、その瞬間。ケイの銃弾が、神削の背に噛み付いた狼を撃ち、地に落とす。撃殺にはいたらなかったが、とりあえずの窮地は脱した。
「さて、反撃開始だ」
キイが盾を構え、立ちはだかる。
●激突
「ふむ。少し旗色が悪いか」
「余所見している暇があるのか!?」
息を継いだ神削が、飛び掛る。神速の一閃が、先ほどに勝るとも限らない速度で、ジェイの首を狙う。
だが、意外な事に。ジェイは受ける事ではなく回避を選択した。それでも回避しきれず、肩口を裂かれる。
「貴方がジェイ・ロロノフですか。‥‥少しだけ、私達にお付き合いください」
空を舞う、蜘蛛の巣のようなワイヤー。グレイフィアが振るうそれは、ジェイを絡み取る。
だが、この連撃を食らって尚、ジェイはにやりと、笑みを浮かべたのだ。
「‥‥指揮官もまた、駒の一つ。つまり、甘んじて攻撃を受ける事もあるのだよ」
強引にワイヤーを引きちぎり、バックステップ。宙から引き出したて居たのは――
「アームスロット・ナンバー3」
ガトリング砲。敢えて神削の攻撃を受けたのは、この武器が受けに適さず破壊される可能性があったため。そして、グレイフィアの攻撃を受けたのは、何れも近距離武器で彼を牽制する事を選択した撃退士たちを、このように1箇所に固めるため。
「――――!」
咆哮のような合図の直後。加えられる掃射。
全ての狼が一斉に跳躍し、直後弾丸の雨が撃退士たちを飲み込む。
「倒させは‥‥しない!」
キイが、既に生命力が限界に至っていた神削を庇護の翼で庇う。
シュトラッサーによる二人分の攻撃力は、彼の防御力を以ってしても痛い事には代わりない。
すぐさまスキルの交換を開始し、回復を試みる。
「ちっ‥‥完全には回避しきれなかったか」
「痛いのですよー?」
回避射撃を以って、前衛組を援護したケイと諏訪。これによってマキナは掃射を回避したが‥‥グレイフィアは依然として掃射を受けてしまい、またスキルを使った彼ら自身も、少なからぬダメージを負う。
「させないわ!」
痛みに歯を食いしばり、ケイが咆哮しようとした狼の一体の口内に弾丸を叩き込み、中断させる。だが、これで止められるのは、一度に一体だけ。もう二体の狼が、グレイフィアに飛び掛り、押し倒す。
牙が、突き刺さる。元より基礎の防御力に劣る彼女は、そのまま動かなくなる。
「敵の前でのんびり弾装交換とは、舐められたものだ」
別の狼の咆哮が、スキルを交換したばかりのキイを打ち据える。
リジェネを装着しただけ。防御スキルの装備がまだだった故に、盾で防ぐ事ができなかった。よろめいたキイに、ガトリングガンを構えたジェイが、掃射を加える。
「っ‥‥まだまだっ!」
尚も、地をしっかり踏みしめ、武器を構えるキイ。だがその後ろから、容赦なく狼は飛び掛った。
「――っ」
無表情で、一拳の元に、キイを襲ったその狼を叩き潰すマキナ。
それはケイが先ほど自身が行動を阻害した狼を射殺するのとほぼ同時であった。
●その終わり
撃退士の内、戦闘可能なのはまだ四人。
対する天界側は、ジェイと四体の狼を残す。
「いい加減に――」
「――沈んでもいいんですよー?」
連携の取れた集中射撃が、狼の一体を撃ち抜き、
「討滅――完了」
続けてマキナの掌打が、もう一体を木に叩きつける。
だが、残る二体の狼の咆哮が、既に体力が残り少なかった諏訪を沈める。
「むう‥‥っ!」
ガトリング砲を構えるジェイにの砲身に、叩き付けられる神速の一閃。空を薙ぎ払う弾丸の雨。
「今の内に早く!」
神削の言葉に頷き、マキナとケイが、最後のサーヴァントたちに集中攻撃を仕掛ける。
――振り向いたその一瞬が、隙となった。
「アームスロット、ナンバー2」
ジェイに目線を戻した神削が目にしたのは、異様に巨大な円形の盤。
記憶が正しければこの物体の名は――
――指向性クレイモア地雷。
「こう言う『射撃』の仕方もある」
ドン、とその盤の裏を、ジェイの拳が叩く。噴き出した無数の弾丸が、神削の体を抉った。
●最終局面〜廃墟〜
「くっ‥‥これで、おわりよ」
最後の狼が倒れたのを確認し。ケイが銃を上に向ける。
「ほう‥‥良くぞ、ここまでやってくれた物だ」
歩み出たのは、神削を倒したジェイ。
「どうするの?まだやるつもり?」
「‥‥いや、そちらの健闘に免じて、今日は退散するとしよう。‥‥既に目的は果たした」
にやりと笑い、地に煙幕弾を叩き付ける。
――村の殆どは、咆哮やガトリング砲等の広域攻撃によって、廃墟と化していた。
この状態では生存者等居る訳もないだろう。
車に運ばれ、帰途に着く撃退士たち。
多量の重体者を出した彼らには、報が届いたもう一つの戦場に‥‥増援する余力は、残っていなかったのだった。