●開戦
「たかが九体のサーヴァント、と言うには些か難敵か‥‥」
遠くに構えるサーヴァントを睨み付け、水無月 神奈(
ja0914)が呟く。
サーヴァントたちが取った陣営は、シンプル。
守りの要である『鋼壁』『参謀』をそれぞれ前衛、後衛の中核とし、その周囲に残りの者が散らばる、と言った形だ。
前衛には『英雄』『疾風』『忍者』、後衛には『聖女』『魔女』『砲女』『銃士』。
サーヴァントたちは、そこから動かない。まるで「どこからでも掛かって来い」とでも、言っているかのように。
「他人同士はどうしても歪になるけど、君らは切ないほど一人なんやね‥‥」
その統制の取れた行動、まるで一つの意思に動かされるかの如くその動きに、亀山 淳紅(
ja2261)が感慨を漏らす。
「けど‥‥ソロVS合唱や‥‥絶対勝ったるで!」
衆の力を見せてやる。そんな言葉を放たんばかりに、魔道書を片手に。魔杖を逆手に。彼は構える。
徐々に、陣間の距離は近づいていく。そして、それが接触した瞬間――
●隔離
「あは、色んな敵がいっぱい!チェスみたいだ、これは楽しめそうだね」
黒き複式魔方陣が、 エリアス・ロプコヴィッツ(
ja8792)の周囲に出現する。
「でも‥‥厄介なクイーンには、早めに退場してもらおうかな」
魔方陣が飛来し、『聖女』の付近で、時空間の歪みと化し、それを固定する!
「時よ止まれ、汝は美しい!」
ガチン。
四方に、水滴の通る隙すらないくらいに張り巡らされた時の結界が、聖女をその場に縛り付ける。
「前方への援護、させる訳には行かないからね。‥‥さて、ゆっくりと、実験に付き合ってもらいたいな」
邪悪な笑みを浮かべ、魔術師はゆっくりと前進する。
「お前達如き、相手は自分だけで十分だ」
大仰なポーズを構え、神凪 宗(
ja0435)が、敵を挑発する。疾風は‥‥それに乗ったようで、彼の側へ猛烈な勢いで向かってくる!
「‥‥甘いっ!」
体内で循環するアウルが、彼の視界を極めて明快にする。
繰り出された、加速された神速の蹴撃を、紙一重で回避する。
「乗ってきたのが間違いだったな‥‥!」
右頬を掠めた風圧すら止まぬ内に、コートを翻し、宗は己の得物を抜刀する。一瞬の遅延すらなく、抜刀と同時に交差するように振るわれる双剣。それは蟷螂の両腕の如く、肩口から敵を引き裂こうと――
「何っ‥‥?」
だが、風の如く動いた、その敵の姿は、既にそこには無い。元の場所へ、戻っていたのだ。
『疾風』の強靭な脚力は、文字通り風の如く、攻撃後に更に移動する事を可能とする。このサーヴァントはそれを擬似的な遠距離攻撃として用い、宗を攻撃したのだ。
よく見れば、その後方から、『鋼壁』もまた、追いつくように合流している。恐らくは味方を孤立させぬべく、前進を選択したのだろう。『英雄』が敢えてこれらを追わなかったのは、何か意図あっての事だろうか。
『聖女』が移動不可になっている以上、サーヴァント側後衛は動く気配はない。
意図的か否かは兎も角、前衛と後衛に、サーヴァント側は分断されたのである。
●猛進
「まずは目障りな蝿を堕とす‥‥!」
黒き闇の如き翼を広げ、悪魔、リンド=エル・ベルンフォーヘン(
jb4728)は一直線に敵後衛へと向かう。狙うは飛行能力を持つサーヴァントが一体にして、サーヴァント陣営の回復の要たる『聖女』。
「ぬっ‥‥?」
しかし、空を飛ぶと予測された、『聖女』の姿は空中にはない。獲物を狙う鷹の如く空中を旋回したリンドの目は、地上、後衛に位置する目標の姿を捉える!
「見つけた‥‥このまま、潰す」
急速上昇し、最高高度から太陽を背に。その星光の大剣が振り上げられる!
急降下からの重力を乗せた一撃は、文字通り鷹が獲物を襲うが如く。『聖女』の頭上へと光輝く大剣は振り下ろされ――
「――――――」
「ぐっ!?」
土石の棘壁に、阻まれる。
リンドの振り下ろした、星光を湛えし光剣は、その壁を割破、粉砕し、壁の主‥‥『参謀』の肩口へと食い込んだ。
だが、その加速力は、同時に同程度の力で、彼自身もまた『参謀』の立てた壁の棘や、飛び散った土石に傷つけられた事を意味する。
剣を鋸の如く、肉を抉りながら引き。返り血を浴びながら、リンドは周りの状況を観察する。
飛行能力を持つ、と言う事は‥‥必ず飛ばなければいけないと言う事を意味する訳ではない。
そして、この状態に於いて飛行すると言う事は、防衛能力を持つ味方の庇護を離れるのと同意。故に、サーヴァント側の『魔女』『聖女』の二名は、「参謀が健在である限り、その庇護下に入る」と言う位置取りを選んだのだ。
「この位置は‥‥少々厳しいですが」
『神の兵士』の範囲内に味方全てを入れるため、神城 朔耶が前進する。
矢が放たれる。しかしまたもや『参謀』に阻まれ、聖女には届かず。聖女の歌によって、リンドのつけた傷は、癒される。
敵陣を突破し、単独でその後衛を襲撃した。それは即ち、一歩間違えば敵に包囲されると言う事。
黒き力を剣に溜め、一気に眼前の敵を纏めてなぎ払う事も考えた。
だが、眼前に立つ『参謀』の力を考えると、それは悪手にも思えた。
全員庇えば、倍加したダメージによって、恐らく参謀は撃破されるだろう。だが、その分だけ自身にも反撃が降り注ぐ事は免れまい。リンドは剣に溜めた黒の気を、霧散させる。
「――――」
「危ない!」
遠くから状況を観測していたエリアスの叫びに、振り返る。その瞬間。リンドの足元から、黒い影が這い上がり、彼を縛り上げる!
「呪いか‥‥!」
よく見れば、参謀の影に隠れた魔女が、何か呪文を唱えているのが見て取れる。
広がる呪印は、リンドの全身に絡み、その場に食い止める!
「邪魔するなんて、淑女らしくありませんね」
高速で同様に呪文を読み上げ、炎弾がエリアスの持つ書から放たれる。
『魔女』の呪文を妨害すべく放たれた炎弾はしかし、再度『参謀』によって受け止められる。散らされた炎は、松明の如くサーヴァントを燃え上がらせるが、直ぐに『聖女』の歌によって消し止められる。
‥‥もっとも、その分、回復力は低減しており、依然として火傷が『参謀』の体に残る状態となったのだが。
「今治します!」
『クリアランス』を以って、朔耶がリンドに絡み付いていた呪いを清め、彼は自由を取り戻す。
だが、一歩遅い。その僅かな隙間に、『英雄』『銃士』『砲女』『参謀』の銃口が、同時にリンドに向けられる。
自陣に侵入し、呪印によって足を止められたこの敵を、逃そうと思う筈も無いだろう。
●激突
一方。前線側。三体のサーヴァントと相対する撃退士は、四人。
「‥‥ふん!」
気合一閃。双剣の交差点を敵に当てるようにして、神奈が仕掛ける。
狙うは『鋼壁』。敵回復役から離し、その支援を受けられないようにするためだ。
全身の力が篭ったその一撃を、『鋼壁』はその盾で受けるが‥‥衝撃に前方に吹き飛ばされる事は免れず、体勢を崩す。
‥‥最も、後方の『参謀』『聖女』から離れると言う事は、即ち前衛に近づくと言う事に他ならなかったのだが。
「‥‥これはどうか?」
急速接近した宗が、『疾風』を狙い、双剣を一閃させ、そのまま切り抜ける。手ごたえが硬い。もしも本当に目的のサーヴァントならば、この様な手ごたえを返すはずは‥‥
「‥‥止められたか」
振り向いた宗が見たのは、盾を構えた『鋼壁』の姿。『疾風』への攻撃を肩代わりしたのである。
元より宗はそれ程攻撃に優れたわけではない。普通のサーヴァントならばまだしも、防御に特化している『鋼壁』の防御を貫くにはやや力不足だ。
「‥‥が、甘く見るな。‥‥ダメージを与えるために攻撃したとでも思ったか?」
その言葉に答えるかのように、影が、がら空きになった背後からサーヴァントを襲う。
「天魔相手の戦闘では不謹慎かもしれないけど‥‥強い相手との戦いに高揚するのを否定できないんだよ」
気を練り、力を溜める。宗が鋼壁に防御させ、注意を引いたからこそ出来た、致命的な隙。
背後からスライディングで接近した、桐原 雅(
ja1822)の蹴撃が、旋風を纏い。猛烈に『鋼壁』の足を刈る。
盾を上に構えたことにより、がら空きになった足を狙っての、強烈な一撃。
この一撃は見事に、『鋼壁』を転倒させる事に成功した。
「アトリさん!」
「‥‥雅、ぐっとですの」
雅の呼び声に答え、その美しい銀のツインテールを靡かせ。血濡れの大斧を構えた死神の少女が突進する。目標に接近しても、その前進の勢いは緩む事は無く。その勢いのまま、彼女は斧を大きく振り上げる。
「‥‥斬るっ!」
地に倒れたサーヴァントに向かって、首落としのギロチンの如く、巨大な戦斧は迫り――
「忍者を見失った、気をつけろ!」
ピンッ。
宗の叫びとほぼ同時に。橋場 アトリアーナ(
ja1403)の動きは、斧を振り上げたまま、止まる。
良く見れば、そこには細い鋼糸が張り巡らされている。それがアトリアーナの全身に絡まり、その動きを止めたのだ。
注意を喚起しても、見えない敵相手では「対策」なくば効果は低い。必殺の一撃は、『鋼壁』の首スレスレで食い止められたのだった。
「なら、これは‥‥どうや!」
歌声が、空気を伝わり、それを渦巻かせ、螺旋と化す。
澄み通る歌声を以って、亀山 淳紅(
ja2261)は、魔法の旋風を構築し、それを『鋼壁』に叩き付ける。それは転倒したサーヴァントの意識を刈り取るが、その直後。
「――――」
光が、『鋼壁』から放たれ、それは意識を取り戻す。移動力を生かして急速接近して来た宗が『疾風』に向かって放った一閃を、防壁たるサーヴァントは、再度、受け止める。
反撃として繰り出された一蹴りを、再度宗は回避しようとするが‥‥僅かに遅い。回避できない物には空蝉を使う準備もあった彼なのだが、『回避できない』と判断できたその瞬間。攻撃は既に彼を掠めていた。
「む‥‥うっ!」
毒が疾風の足の爪に傷つけられた傷口から流れ込むのを感じ、宗は即座にアウルを練る。
毒を払うには至らないが、与えられた傷は少しずつ治っていく。
だが、その為に後退し、距離を離したため。忍者の射程外へ自身を置くこととなり、張り巡らされた仕掛け糸が、今一度アトリアーナの動きを止める。
「隙ありだ‥‥斬らせてもらう!」
雅の払うような回し蹴り。それが再度『鋼壁』の足を捉え、転倒させたその隙に、神奈の漆黒に揺らぐ刃が、サーヴァントのその背後を捉える。
刻まれた傷は、深い。しかし、これだけでこの鋼の防壁を撃破するには、まだまだ時間は掛かるだろう。
(「先ずは‥‥回復を断っておくべきやな」)
そう考えた淳紅が、一旦戦線を離脱し‥‥サーヴァント後衛側へと、向かう。
●相討
「邪魔は、させません。 ‥‥行ってください」
淡々と語るように、久遠 冴弥(
jb0754)は己が召還した天翔る天馬に命令を下す。
嘶きを上げ、雷光をほどばしらせながら、全身に剣を持つ天馬は加速し‥‥空より砲女と銃士の間の空間を狙い、猛進する!
彼らを攻撃する事でそれを妨害し、リンドへの襲撃を防止する、と言う算段だろうか。
「‥‥縦横無尽に、駆け回って」
力を、流し込む。
まるで主の血を受けたかのように、その身を深紅に染め。剣を身に纏った天馬は、更に加速し、赤き光と化す。
それはありとあらゆる物を踏破、蹂躙しながら、一直線に、目的の地点へと向かっていく!
「――――」
無論、後衛の守りの要たる『参謀』が、これを見逃す訳は無い。その為に、後衛の全てが、このサーヴァントの付近から離れなかったのだから。
地に手を叩き付け、棘の壁を出現させる。そのままこのサーヴァントは、荒れ狂う天馬の前に立ちはだかる!
ドン。
ザクッ。
ドン。
ザクッ。
紅の光と化した天馬が一度突進する毎に、衝撃に棘の壁は砕かれ、『参謀』は地に叩き付けられる。
だが、棘の壁もまた、突進してきた天馬の体を引き裂くように傷つけ、その刃を折っていく。
そして、その主である冴弥にもまた、召還獣の受けた傷は、フィードバックされる。
「はぁ‥‥はぁ‥‥っ」
身を苛む痛みに、息が荒くなる。
だが、まだ倒れる訳には行かない。
「ぐぉっ!?」
紅の光が、意外な者を直撃する。リンドだ。
その余りの高速故に、駆け抜ける召還獣は範囲内の者が誰であるかを識別する事は出来ず、無差別に蹂躙する。
故に、敵に囲まれた形になっていたリンドにも。遠慮なくそれは、直撃する。
「ちぃ‥‥っ!」
既に棘の壁のカウンターを二発程、受けていた上での、味方からの一撃。残り体力はもはや少ない。
「‥‥厳しい‥‥ですわね」
朔耶とリンドが敵陣に踏み込んだがために、敵味方入り乱れたこの状態。
癒しの風を放てば恐らく敵毎回復させてしまうだろう。そう考えた朔耶が、味方を回復させるべく、ヒールを――
「――!」
放たれた銃弾が彼女の肩を貫き、その集中を乱す。多大な集中を経た後の、狙撃。リンドへ向かうはずだった回復が、阻害される。
(「ここで回復を行っても、多勢に無勢‥‥」)
攻撃が可能な敵は五体。次のターン、恐らくこれらは一斉に攻撃を行ってくるだろう。そうなれば‥‥
リンドは、覚悟を決める。
全ての力を、腕を通し、大剣へと注ぎ込む。星光を放つその剣は、一層輝きを増す。
「うぉぉぉぉおっ!」
肩から、『聖女』に向かって突進。全力を以って、その大剣はを横に薙ぎ払い、『聖女』を両断せんと、その刃が首を狙う!
「――――!」
冴弥の召還獣の攻撃を受け、既に虫の息となっている『参謀』。
だが、それでも、サーヴァントは仲間を守るべく。身を挺する!
ザシュッ。
光の刃が、土石の棘壁をまるでバターの如く両断。そのまま『参謀』の体をも、紙を裂くように切断する。
だが、飛び散った土石はリンドの全身を傷つけ、彼は終に、片膝を付く。
「役割は‥‥果たした」
突きつけられた『英雄』の銃口に、リンドはにやりと、笑みを浮かべた。
●圧し
リンドが倒れた事で、次に控える砲女が狙ったのは、既に多大なダメージを受けていた冴弥。
距離は十分すぎる程離れていたが、長い射程を持つ砲撃に対しては、それはたいした問題ではない。
「くっ‥‥かわせないか‥‥!?」
着弾した砲を回避するため、後ろに飛ぶ。だが、炸裂する砲弾が、彼女とエリアスを巻き込む。
元より体力が限界であった彼女が、この一撃を受けて尚動けたのは、朔耶の『神の兵士』の効果あっての物だろう。
「いいですね‥‥実に楽しいですよ! もっと、もっと、僕にあなたたちの事を教えてください!」
傷ついた腕をペロッと舐める。
戦が楽しくてしかたない。そんな表情を浮かべ、周囲に六重の魔方陣を展開し、一斉に炎弾を『聖女』に向かってエリアスが発射する。炎の連続砲撃は、聖女を燃え上がらせ‥‥
「ははは、まるで聖女の火あぶりですね!」
笑うエリアス。
「行け‥‥駆け回れ!」
一方、冴弥の命を受け、刃を纏う天馬は、傷ついたその体を押して、再度紅の光と化す。紅の光は、またもや味方前衛‥‥今度は、朔耶を巻き込んでしまうが、同時に等しくサーヴァントたちをも蹂躙した。
「今、癒します!」
次の一撃を受ければ冴弥は恐らく耐えられまい。そして癒しの風を扱うには少しだけ、スキル切り替え時間が掛かる。
朔耶は、術式を展開しながら、後退しようとする。
「うっ‥‥!?」
後退が、できなかった。
黒い影が、朔耶の脚に絡み付いたのである。すぐさま呪文を詠み直し、クリアランスを使用し、その影を払う。
「――――」
僅かな遅れ。砲が、今一度冴弥に向けられた。
●傾く天秤
「‥‥めんどくさい糸、ですの」
忍者によりアトリアーナが牽制されている関係で、『鋼壁』の撃破は思うように進んではいない。
「妨害がこれほど頻繁なのではな‥‥」
バックステップを取り、盾に直撃しした双剣の状態を見ながら、宗もまた舌打ちする。
彼の攻撃は鋼壁に阻まれているせいで、『疾風』には届かない。もっとも、相手の攻撃もほとんど彼には掠りすらしなかったのだが‥‥実際に掠った僅かな攻撃に付随される毒が、持久戦を不利な物にしていた。
「もう一度、試させてもらおう‥‥!」
再度大仰な構えを取る宗。注意を集めるための『ニンジャヒーロー』。
しばしの沈黙。
「っ!」
襲来した短剣を、前に飛び込み前転するように回避する。すぐさま地を蹴り、逆手の剣による反撃の一閃。だが、それは残像を捉えたのみ。
残像を多数残すこの技は、自らへの攻撃を逸らす、攻防一体の一手でもある。
――だが、千日手であった戦場を、宗のこの行動は変えた。
『忍者』が彼に誘き寄せられたと言う事は、即ち――
「雅、もう一度ですの!」
「はい、アトリさん!」
三角を描くようなステップ。多角的な動きを描き、雅が『鋼壁』へと接近する。
転倒狙いは既に『鋼壁』にも読めている。故に盾を構え、サーヴァントはそれを待ち構える。
「よそ見するな」
揺らぐ黒の刃が、その背中を抉る。斜めに袈裟に切り下ろした神奈は、敵の体勢が崩れたのを見ると、即座にその場から離れる。
――入れ替わるようにその位置に入った雅。跳躍し、空中回し蹴りが、サーヴァントの頭部を狙う!
ガン。
後頭部への強打が、サーヴァントの意識を刈り取る。
チャンスはこの一瞬、忍者の意識が味方から離れたここのみ――!
「今度こそ、砕く‥‥!」
頭上で斧を振り回し、引きずるように構える。そして、意識無き『鋼壁』の体を、両断するかの如く、横に振りぬく!
「――――!」
その一撃は、並みの悪魔ですら受けて完全に無事では済まなかっただろう。ましてや、サーヴァントならば尚更だ。
事前に神奈から受けた傷もあり、既にこのサーヴァントの体力はほぼ無いに等しい。アトリアーナが動かずとも、雅の牽制の一撃のみでも、倒せる――!
「よし、後は――!?」
笑みを浮かべた神奈の表情は、直ぐに厳しい物に変わる。
――盾を地に突き立てた『鋼壁』の体が、光の粒子に変わっていく。事前情報にあった「犠牲招術」か。
既に盾として役に立たない、体力が少ない己が生き残るより、もっと「役に立つ味方」を戦場に下ろすつもりなのだろう。全ては一個、その認識があるサーヴァント群だからこそ、出来た決断。
復活させたのは、果たして――
●焼滅
撃退士たちの前衛が失われた今、聖女対応班の状況は著しく悪化していた。
「が‥‥っ、ぁ‥‥」
降り注ぐ流星がその身を撃ったのに続いて、装甲を貫通する尖弾が、朔耶を貫く。『神の兵士』の効果によって何とか意識を失うのは免れているが、既にヒールの回数が切れている。
「っ‥‥‥」
クリアランスを用いて、何とか己の体に纏いついた流星の炎を消火するのが精一杯。
「アハハ、次はどんな物を見せてくれるんですか?」
エリアスの火炎弾が聖女を打ち据える。
だが、多勢に無勢。既にこの場に残る撃退士は、二名。
「――――!」
『英雄』の銃が、薙ぎ払うように振るわれる。
降り注ぐ弾丸の雨。
「すみ‥‥ません‥‥」
これによって、今まで耐え切って来た朔耶が、終にその場に倒れこむ。
「遅れてほんまごめん!」
駆け寄る淳紅。離された前線から駆け寄ってきたがために、やや到着が遅れたのだ。
丁度、敵は『聖女』付近に固まり、聖歌による回復を受けていた所である。
「これで‥‥」
歌声は即ち、空気の振動。螺旋を起こし、それは旋風となる。
旋風が、敵の間を縫い、『聖女』を直撃。その意識を刈り取る。
だが、要を攻撃されたサーヴァントたちが集中しての反撃を行うのも、また当然。『英雄』の掃射が今一度場を薙ぎ払い、回復役を失っていた撃退士たちの体力を削る。
「まずい‥‥!せめて‥‥」
最後の力を振り絞り、エリアスが光の矢を聖女に向かって打ち出す。それを回避するため、『聖女』は僅かに後退する。そしてこれは、淳紅が望んでいたチャンス。
「Io canto‥‥’Velato’!」
彼が走った跡に残された楽譜が解け、蜘蛛の巣の様に再構築され、ネットの様に落下する燃える流星を受け止める。降り注ぎ、纏わり付く炎を気にもせず、淳紅は『聖女』へ一直線に走る。
「君も歌うんやな‥‥歌唱力なら負けへんで」
右手を伸ばし、その喉元を掴む!
「歌謡いとして、格の違いを聴かせたる!」
歌声と共に、振動がその腕を伝い、共鳴の如く『聖女』の周りで螺旋を引き起こし、その声を封じる。
ザシュ。
『英雄』の剣が、淳紅の背を引き裂く。
だが、その手は緩む事はない。共鳴により『聖女』を引き裂くべく、更に声を張り上げ、螺旋の速度を増加させる。
降り注ぐ流星を、今一度音譜の障壁が受け止める。みしみしと障壁は音を上げ、降り注ぐ炎が淳紅の背を焼く。
「ぐっ‥‥けどな」
腕に、力を込める。
「これで、終わりやぁぁ!」
一際大きな音と共に、螺旋は『聖女』の体を引き裂き、ばらばらにする!
「やった――」
だが、喜ぶ暇も無く。彼の背を、巨大な砲弾が貫通した。
●高速戦争
「後は任せたぞ!」
『鋼壁』が撃破された事により、それに対応していた神奈たち三名は英雄を撃破すべく、後衛の方へ向かっていく。
「ああ、任せておけ」
宗はそれに答える。
――実の所、彼の状況ももそれ程良いわけではない。何発か受けた毒による体力の低下を相殺するため、疾風を既に使い切った状況にある。そして、それでも尚、体力は回復し切れなかったのだ。
だが、それは敵側にもまた同じ事が言える。仲間の死の怒りで加速しているとは言え、小回りが効かない『疾風』は、宗が振るう反撃の刃に、いくつも傷口をつけられていた。
(「そろそろ、頃合か」)
双剣を、逆手から通常の状態へ持ち変える。
「――――!」
襲い来る、蹴撃。
「遅い――!」
だが、その撃が彼に届く前に。宗の神速の刺撃が、疾風の両脇からその体内へと食い込む!
「‥‥これで、さよならだ‥‥挑む相手が悪かったな」
抜く。血が、その場から噴出する。
だが、片剣のみ、まるで挟まれたのかのように、抜けない。
「まさか――!」
最後の力で、筋肉で剣を挟みこんだというのか。空いた片剣で、『疾風』の片腕を両断すると、終に剣が抜ける。
「――サーヴァントにも、執念が‥‥」
ザシュッ。
剣を抜くため生じた、その僅かな隙。
背後から、忍者の刃が、宗の背に食い込んだ。
●残る者たちの戦い
「‥‥厳しい、ですか」
目の前のサーヴァントたちを見て、雅はその凛々しい眉をしかめる。
『鋼壁』が己を犠牲にして、復活させたのは――『参謀』。
故にこの戦場は――撃退士側、神奈、雅、アトリアーナと、サーヴァント側、『英雄』『参謀』『魔女』『砲女』『銃士』の戦いになっていたのだ。
『英雄』の掃射を警戒し、撃退士側は散開する。
「先ずは要を!」
光る足が、十字の軌跡を描き、雅の蹴撃が空中から『英雄』を狙う。
直撃。しかし、当たったのは、参謀が立ち上げた土石の壁。飛び散る土石が、雅に降り注ぐ。
「‥‥守りを解かないなら‥‥本体から先に狙うの」
斧を振り上げ、アトリアーナは参謀に向かって猛進する。それを遮るように、英雄が立ちはだかる。
「邪魔、なの」
このまま斧を振り下ろせば、参謀のカウンターの餌食になる可能性がある。腕力が非常に高い彼女だからこそ、カウンターを受けた場合のダメージも巨大だ。
英雄を無視し、回り込もうとする。だが、その横を横切った瞬間。剣が猛然と振り下ろされる。
その一撃に込められた力は半端ではなく、元より迎撃を考えていなかった事もあり、アトリアーナは弾かれ、参謀に距離を開けられる事となる。
「まだまだ、ですの」
再度接近すべく、足を踏み出す。その瞬間、地面から這い出る影が、彼女の足を縛り上げる。魔女の『呪陣』だ。
お互いの距離が離れていたがために、他に巻き込まれた仲間たちはいない。
素早く斧を背負い、リボルバーをポケットから引き出して銃撃する物の、彼女を警戒する英雄が間に立ちはだかり、それを庇う形で『参謀』が土石の盾を引き出し、ダメージを彼女に返す!
「やはり‥‥厄介だ。先に仕留めねばなるまい」
振るう黒の刃。影のように『英雄』の後ろへと忍び寄り、神奈が縦にそれを一閃する。庇った『参謀』の土石の盾が四散し、神奈にもダメージを返すが‥‥魔の力を帯びた一閃は相当の物である。反撃と引き換えに、参謀は再度両断され、その身は‥‥犠牲召術で呼び戻された代償か、灰塵と化す。
「今‥‥!」
神速の、蹴撃。二連で繰り出されたそれは、防衛を失った英雄の背後を直撃。前につんのめらせる。そこを、束縛を打ち払ったアトリアーナが、待ち構える。
「首、貰ったの」
一閃。
執行人の名を持つ大斧は、英雄の首を刎ねる。
●その結論
散らばるように、撃退士たちは努力していた。
しかし、その全員。武装が近距離である故に、攻撃の際には接近する必要があったのだ。
「しまった‥‥!」
纏わりつく影。そして、そこへ降り注ぐ砲弾!
炸裂する破片が、等しく撃退士たちを傷つける。
「むぐ‥‥せめて‥‥!」
三人の内、最も特殊抵抗が高い神奈が、束縛を抜け、砲撃した女性サーヴァントへと走る。
だが、その動きが途中で、止まる。
「糸か‥‥!」
それはつまり、これを用いるサーヴァントを牽制していたはずの、宗が倒れたと言う事。
至近距離で放たれた砲弾が、神奈を吹き飛ばし、地に叩き付ける。
撃退士たちの前衛は、全員近距離攻撃を主力としている。即ちそれは、束縛攻撃と‥‥遠距離中心であるサーヴァント後衛と、非常に相性が悪い事を意味している。
「ん‥‥っ!」
必死で束縛を引きちぎろうとする雅。だが、それが成された瞬間、その背中に忍者刀が突き刺さる!
「アトリさん‥‥これで見える‥‥んだよ」
薄れ行く意識の中、雅は尚も、己が友に、敵の位置を指し示す。
「雅!」
死神の斧が、忍者を切り伏せる。
次の瞬間、流星がその場に降り注いだ。
――爆炎の中。人影がゆらりと立ち上がる。
「次は‥‥誰」
猛然と突進するその人影は、サーヴァントたちに恐怖を感じさせるのに十分。
一斉に、砲弾と銃弾が、彼女に向かって飛ぶ!
「あ‥‥」
斧は、砲女の眼前にて、停止する。
終に、アトリアーナは、その場に倒れたのだった。
かくして、血戦は、終了した。
残された三体のサーヴァントは、いずこかへと消え去る。半身とも言える仲間を倒された故にか。それとも‥‥再来のチャンスを待つべく、か。
いずれにせよ、撃退士たちに今出来るのは、静かに休み、傷を癒す事のみ。
生きていれば、日は明日も、また昇るのだから。