●到着・救出
「無茶をし過ぎ――いえ、他人の事は言えないわね、私も」
戦況を見て、暮居 凪(
ja0503)が嘆息する。眼鏡をくいっと押し上げ、周囲の状況を観察する。
「さぁ、こちらへ。大丈夫。私達が必ず貴方達を助けます」
優しい手が、少女の手を取り、ゆっくりとお姫様抱っこの形で抱えあげる。
少女の手にぎゅっと握られた、鈴蘭の花束に目をやり。ユウ(
jb5639)は、やさしく微笑み掛ける。
「そのお花、しっかり持っててくださいね。」
黒い翼を広げ、優しい悪魔はゆっくりと舞い上がる。
一方、男性の方には、ロドルフォ・リウッツィ(
jb5648)が向かっていた。
「いってぇ‥‥しかもさみぃ!」
その背中に、氷の矢が突き刺さる。一般人の男性を救うため、と思えば価値はあると思えるのだが、それでも冷気が彼に絡み付く事は代わりない。
(「ちっ、どーせならかわいこちゃんの身代わりになりたかったんだが‥‥ま、仕方ないわな」)
ユウは既に少女を連れて、ゆっくりと飛行を開始している。彼女にむさ苦しい男を担がせる訳にはいかないと、自ら志願した結果がこれなのだ。
「あんたたちは‥‥?」
「撃退士ってもんだ。‥‥さっさと下がるぞ、忘れモンあったら拾っとけ!」
問答無用とばかりに男性を担ぎ上げ、ユウの物とは対照的な白い翼が広げられる。
そんな救出班の二人が上昇した瞬間、氷の怪人たちの注意は彼らに向けられる。
だが、その攻撃が放たれる前に、明鏡止水の心を以って隠蔽し、接近した蒸姫 ギア(
jb4049)が、怪人たちの後ろに出現する。
「ギア、人界で騒ぎ起こされるの嫌だから‥‥べっ、別に人間を心配してたり、烈焔の約束なんて知らないんだからなっ」
憎まれ口とは裏腹に、その目線は如何にも心配そうに親子に向けられている。
――果たして男性のツンデレと言う物は、需要があるのだろうか。
そんな疑問とは関係なく、彼の手から、蒸気が噴出される。
「お前達には暫く動きを止めて貰う‥‥ギアストリーム!」
周囲に蒸気が噴出されると共に陣が展開され、歯車の鎖が射出される。
まるでその場に縫い付けられたように後方に位置していたアイスマンたちの動きが止まる。その者たちの注意は自分の足を止めたギアに引き付けられ、一斉に周囲に冷気を放射する。
押し合う蒸気と冷気。だが、純粋な発生数で勝る冷気の方が押し勝ち、それはギアに纏わりつこうとする。
「自信過剰と言われるかもしれないけどね。この矢が届く範囲では仲間を傷つけさせないよ」
各務 与一(
jb2342)の矢は、その内いくつかを外す事に成功するが‥‥完全に、とはいかなかったらしい。
「寝ちゃ‥‥ダメ‥‥なのに」
冷気は体温を奪い、ギアを深き眠りに落とす。
そしてその間に、前に居り、ギアの呪縛陣に巻き込まれずに済んだアイスマンたちは、一斉にユウとロドルフォに向かい氷の矢と冷気を投射する!
「君たちには悪いけどやらせはしないよ。これが俺のやるべき事だからね」
クイックショットを打ち込む事で、彼らの攻撃を妨害しようとする与一。しかし、攻撃を受けてアイスマンたちの体は僅かに揺らいだものの‥‥攻撃を行う事自体には問題はないらしい。依然として、怪物たちは攻撃を放ち続ける。
「っ‥‥大丈夫です、直撃さえ受けなければ‥‥」
俊敏な身のこなしで、左右に大きく揺れるように飛び、ユウは氷の矢を回避していく。与一の援護の甲斐もあって、ほとんどの攻撃は彼に掠りすらしていない。
(「あと少し‥‥っ!?」)
しかし、目の前に障害物となる建物を確認し、その後ろに飛び込もうとした瞬間。ついに一筋の冷気が彼女を捉える。
幸いにも、撃退士にダメージを与える程の冷気ではない。精々体温を奪う程度だ。
だが、懐にいる少女はそうも行かない。ぶるりと、花を抱えたまま震える彼女を、暖めるようにぎゅっと抱きしめ、ユウは建物の影へと滑り込む。
「ちっ、しくったぜ‥‥」
一方、最初に氷の矢を受け能力が低下した事もあり、やや回避に遅れたロドルフォ。氷結レーザーを受け、その場で落下してしまう。
「おっさん、早く一人でそっちの建物の中に逃げ込め、こっちで囮になる」
「で、でも――」
「早くしろ!こっちとていつまで耐えられるか分からねぇからな!」
男性が逃走したのを見送ったロドルフォは、改めて目の前の敵に向き直る。
「さーて、掛かってきやがれ!」
ありったけのアウルを防御に回し、鎧の様に纏う。
しかし、叩き込まれるであろう攻撃に彼が備えた瞬間、彼の目の前には炎の道が作られた。
●激戦の炎
「ふん」
藤田 烈焔が拳を振り上げ放ったその一撃――炎の道は、ロドルフォに狙いを付けていた三体のアイスマンの内二体を巻き込んだ。
「炎と氷が対照的なことだな‥‥なかなかに興味深い光景だ」
氷と炎が押し合う事で作られた水蒸気を、その大鎌で切り裂き。更に炎の道に巻き込まれなかった一体を、鎌で引き倒すようにして地に伏せる。
すぐさま鎌を戻し、防戦に備えたはアイリス・レイバルド(
jb1510)。完全に一般人の退避が完了するまでは、時間を稼ぐ‥‥それが作戦だった。
「敵の数が多い。共に戦うぞ」
アイリスの提案に、烈焔は静かに頷く。この厳しい状況。少しでも人手が多いに越した事はないのである。
「これ以上はやらせないわ‥‥こっちを、向きなさい!」
アウルを乗せた凪の言葉が放たれる。分析を繰り返し、最適化されたそれは、言葉を解せぬアイスマンたちの注意すらも引き寄せる。
押し寄せる氷の矢は、その代償。ダメージ自体は彼女に取ってそこまで高い訳ではないが‥‥如何せん数が多い。一発二発の冷気は彼女に対して通らなくとも、これだけの数の攻撃が降り注げば影響は出る物なのだ。
元より、回避より防御が得意な彼女。強引に回避を選ばず、最初から防御を選択していればもう少しダメージは減らせたかも知れないが‥‥
終に盾を構え、防御で耐える事を選択する凪。しかし、彼女に猛攻を仕掛けるアイスマンの後ろで、ギアが眠りから覚め、起き上がる。
「ギアも、一緒に戦うんだから! 石縛の粒子を孕み、かの者を石と為せ、蒸気の式よ!」
吹き上がる風に、砂が混じる。後方のアイスマンたちが、物言わぬ石像と化していく。
「よっし、チャンスだな!」
今まで後方に逃げていった男性を庇うため防御に徹していたロドルフォが動き出す。
体当たりの勢いそのままに、剣が氷の怪人の胴体を貫通する。
「スマートに‥‥当たらせて貰うぜ!」
その突進の勢いは止まらず。そのまま次の怪人をも突き飛ばす。
だが、敵とてただやられている訳ではない。剣に突き刺さったままの怪人が、両手を広げロドルフォに抱きつく。冷気は眠気を誘い、ロドルフォの動きが止まり‥‥その場に倒れこむ。
「まだ避難は終わらないのか?」
鎌を円形に振り回し、接近するアイスマンを退けながら。アイリスはユウが退避した方向を見る。
●反撃開始
「和子!」
「おとーさん!」
空中からゆっくりと舞い降り、ユウは男性の近くに少女を下ろす。
「この距離ならば暫くは安全でしょう。‥‥何か物音が聞こえたら、直ぐに逃げてください。いいですね」
自分の言葉に男性が頷いたのを確認し、ユウは微笑を浮かべ、空を舞う。
「必ず戻ります。安心して待っていてください」
最後に一度、少女の頭を撫で。味方の増援のため、優しい悪魔は今一度槍を掲げ、戦場に舞い戻る。
「――開封。そこは私の圏内よ」
防御に徹し、攻撃を全て受け止めた直後。カウンターとばかりに固まったアイスマンたちを、三連続の突きが同時に襲う。
一瞬の隙を突いて凪の放ったその連撃の内の一つは、先ほどロドルフォが突き刺したアイスマンの腹部の傷口を再度貫通。そしてそこへ‥‥烈焔の拳打が、直撃する!
ヒビが穴から少しずつ広がり‥‥ガラスのように、アイスマンが粉々に砕け散る。
「援護させてもらうわ」
与一の放った追撃の高速矢が、別の一体を打ち据える。砕くには至らなかったが、僅かにその体勢を崩す。
そこへ、空中から‥‥黒い翼の悪魔が降下する!
「お待たせしました」
槍を構えたまま翼を畳み、全体重を乗せてユウが急降下する。完全に奇襲を受ける形となったそのアイスマンは、与一の矢によってバランスを崩していた事もあり、完全に反応できずに一撃を受けてしまう。
――槍が、脳天から足元まで、一直線に氷の怪物を貫通する。
一瞬の間。
ユウが槍を抜くと同時に、穴からヒビが広がって行く。
「‥‥終わり、だよ!」
ギアの符から噴出される蒸気が、一つ一つ、氷の破片を吹き飛ばしていく。
そして、水蒸気レベルにまで溶解され、アイスマンは消失した。
――依然として、挑発の効果は消えてはいない。そしてそれは、凪が未だアイスマンたちの猛攻に晒されていると言う事。
「ぐっ‥‥まずい、わね」
初期に防御を行わない状態で受けたダメージが、思ったより響いているようだ。その場で膝をつく凪。
「急がないとな‥‥」
大きく鎌を振り回し一瞬の隙を作り出し、即座に武器を杖へと切り替える。
「アウルの彗星、味わってみるか?」
振るわれた杖の軌跡に導かれるように、空中から流星が落下する。
地面に着弾した流星は、閃光と共に大爆発を起こし‥‥周囲の敵を一斉に吹き飛ばす!
「丁度いい場所です」
空中で、吹き飛ばされるアイスマンの軌跡と交差するが如く、ユウが飛ぶ。
突き出した槍は、相対速度の甲斐もあり、空中でそれを貫通。そのまま槍を振り回し、付近のビルに向かって全力で叩き付ける!
砕け散る、コンクリートと氷の破片。更に引きずり出し、そのまま地面に向けて叩き付けると‥‥氷の怪物は、破片と化し、飛び散った。
残るアイスマンは、二体。
「‥‥問題ない。‥‥このまま溶かしてくれよう!」
両手でがっしりと、その内の一体を掴み。烈焔の手から、炎が噴き出す。
アウルで出来たその炎は、消えることはなく。少しずつアイスマンの体を蝕み、溶解させていく。
「おっさん、面白い技使うな‥‥!」
後ろからロドルフォが跳躍、縦一閃にてそれを両断する。
丁度与一の矢が、最後の一体を仕留めたその時であった。
●プレゼントの形
「皆さん、本当にありがとうございました」
「おじちゃんたちありがとー!」
再び、先ほど救助した一般人と合流した撃退士たち。
深々と頭を下げる男と、かわいらしく小さく頭を下げる少女。そして何かを思い出したかのように、両手を差し出す。
「これ、さっき山で採ったの。おじちゃんにあげる! ちょっと寒かったから、霜がついちゃってるけど」
「む‥‥丁度、花を採ってこようと思った所なのだが‥‥しかし、いいのか?お嬢ちゃんを助けたのは、全員の力だ」
「成る程、そういう事情でしたか」
メンバーの顔を目線で確認し、凪が頷く。
「そういう事情でしたら、どうぞ貰っていってください」
「お嬢ちゃんには、代わりにこれをプレゼント」
アイリスが差し出したのは、金属ワイヤーで作られた花の輪郭。
「山に来たんだ。何かは持ち帰らないと、割りにあわないだろ?」
「わーい!」
微笑かけるアイリスに、喜んでそれを受け取る少女。
「それも貸してくれ」
差し出した手に、烈焔は鈴蘭を置く。
アイリスが作業している間に、与一とロドルフォが近づく。
「本で読んだことがあります。鈴蘭の花言葉は『幸福の再来』や『純粋』。大切な人に贈るのにピッタリの花ですね」
「‥‥察していたか」
頭をぽりぽりと掻き、烈焔は恥ずかしそうな表情を見せる。
「大切な人には間違いはない。‥‥誰よりも強く、誰よりも守られるべきである女性だ」
「なら、貰っときなよ。あんたの恋心への供花として、その人に贈ってやれ」
ロドルフォの言葉に烈焔が振り向くと、アイリスが、彼に花束を差し出していた。
『誰よりも優しく、誰よりも守られるべき君に、幸あらん事を。君の笑顔を守るために――君が、笑っていられるように。俺はこの世を脅かす全てと戦おう。俺は、この花束を、君に捧げよう。』
そんなメッセージカードを添えて。僅かに霜を被った鈴蘭の花束は、藤田 烈焔が、誰よりも愛した、その女性に――届けられたのだった。