●始まりは自分たちだけの物
「警察も消防も、既に撤退した後ですか‥‥」
携帯をパチりと閉じて、天河 真奈美(
ja0907)がため息一つ。
本来なら、彼らにディアボロが範囲外に出た瞬間知らせてもらおうと思ったのだが‥‥考えてみれば当然だ。警察も消防も、要は一般人。このような状態で彼らが周囲をガードしていれば、ディアボロが範囲外へ出た瞬間彼らに襲い掛かり、大惨事を招きかねない。
その様な状況を、学園が許す筈はないのだ。
「頼れるのはやはり、自分たちだけ‥‥見えない厄介な罠も張り巡らされているのに、しかたありませんね‥‥」
同じくため息一つつく宮鷺カヅキ(
ja1962)を他所目に、クリスティン・ノール(
jb5470)とユウ・ターナー(
jb5471)のコンビは嬉しそうだ。
「静かな街を取り戻すですの! ユウねーさま、一緒に頑張りますですの!」
「うん、クリスちゃん、一緒に頑張ろうね♪」
手を繋いで、軽く握手。この様に、友人と共に依頼を受ける機は少ないのだろう。上機嫌で、二人は作戦区域へ向かっていく。
「よし、頑張ろう。薙刀も弓も新調したし‥‥準備は万全!」
気を取り直して、装備をチェック。新品の薙刀と弓の調子を確認し、真奈美もまた、元気な天使と悪魔のコンビの後ろから、戦闘区域へと、進んでいったのである。
●捜索開始の時は来た
「さらさらー、ですの」
背中に展開するは、光り輝く白の翼。
陸上組みに先行して、低空で飛行し進むクリス。その手に持っているのは、砂を入れた袋。
これを撒いて、粘液トラップの位置を探知しようと言う魂胆だ。空中には彼女の友人であるユウと、
「‥‥フン。出てきた瞬間叩きのめしてやるぜ」
両の拳をぶつけあった、建礼門院・入道二郎(
jb5672)が控えている。
そして、後ろを進む二人の内、真奈美が油断なく薙刀を構えて警護し‥‥それに守られる形になったカヅキが、『鋭敏聴覚』を用いて、モグラが地を掘り進む音からその位置を探知しようとするのが、今回の作戦だ。
「くっ‥‥ノイズが多いですね‥‥」
眉を顰め、何とか判別を試みるカヅキ。
『鋭敏聴覚』と言うスキルは、音を拾う事にかけては飛びぬけているのだが。音の分別‥‥フィルタリングに関してはイマイチだ。音が多ければそれらが混ざり合い、探知の精度は落ちる。
故に六体のモグラが地を掘り進むこの場合、探知に成功したのは『一番近い一体』のみ。そしてその場所は――
「真奈美さん、後ろです!」
「っ、!!」
咄嗟に払った真奈美の薙刀が、飛び出したモグラの爪とぶつかり合い、火花を散らす。
腕に力を込めて押し、反動で距離を取り‥‥そのまま武器を弓に切り替え、遠距離戦の用意。
●奇襲、戦闘、逃走、戦闘
(地上には痕跡はなく‥‥そもそもコンクリートです。それなりに深い所を掘り進んでいるのでしょうか)
一般動物のモグラが土が露出している所を掘り進むのは、その爪がコンクリートなどの硬い物を貫通しにくいからである。力や硬度が強化されているディアボロならば、その問題はない。
モグラが地を掘る際に地上が盛り上がるのは、彼らの体のサイズ分の土が、周囲で一番圧力が薄い場所へ押し出されるから。即ちこの現象が発生するのは、地上から浅い所を掘り進んでいる場合のみ。
頭の中で想定を修正しながら。真奈美は弓に矢を三本つかえて連射する。
二本の矢は振り上げられた両爪により弾かれているが、残りの一本は、モグラの胸に突き刺さる!
「シャー!」
痛みに凶暴性を刺激されたか、猛烈な勢いでモグラは自身を傷つけた真奈美へと大ジャンプ。
「そこですかね」
拳銃にて応戦、援護したカヅキの一撃はモグラの爪に直撃し、火花を散らす。
「モグラさん、大人しくするんだよ♪」
上から急降下し、機械剣を振り上げたユウは、然しモグラの飛び掛かりの速度に僅かに追いつけず、地面へと剣は突き刺さる。
「ちっ‥‥この状況じゃ狙えねぇ」
余りに距離が近い。この状況で自身の技を放てば、真奈美をも巻き込むこととなる。
仕方なく入道二郎は、手に集めた黒の気を四散させ、爪を構えて急降下する。
「ぐっ‥‥」
真奈美は考える。薙刀を持っていれば、払って迎撃する事も可能だった。だが手に今持っているのは、先ほど攻撃に使った弓のみ。横に転がり回避しようとするが、目の前に爪が迫り――
カンッ。
覚悟していた痛みは、然し訪れず。
真奈美は、何かが目の前でモグラの爪に衝突、その軌道を反らしたのが見えた気がした。
「チャンスは‥‥逃しません!」
その隙を突き、即座に薙刀に切り替え、大きく円を描くような軌跡で刃を振るい、胴を薙ぐ。
毛皮を引き裂かれ、血が噴き出したモグラ。流石に身の危険を感じたのか、即座にその場に地面に向かい飛び込もうとするが――
「クリスが相手しますですの!」
挑発のオーラをその身に纏うクリス。モグラは、まるで餌を見つけた動物のように、すちゃっと掘り進む筈だった地面を蹴り。一直線に彼女へ向かう。
「クリスちゃんナイスー☆」
空中から降り注ぐ矢。それはモグラを貫き、終に地面に縫いとめる。
空から、ユウが。軽くクリスにウィンクした。
●単独行動は危険の匂い
「さて、お目当てのディアボロたちはどこでしょうね」
壁走りを使い、周囲で一番高いと思われるビルの壁を駆け上った指宿 瑠璃(
jb5401)。
彼女の役割は、高所からのスライムの発見。
「ん、ちょっと高すぎましたか」
が、高所からの目視にはそれなりの視力を要する。上るのが高すぎても、ダメなのだ。そもそも、この高度でも発見できるほど目立つのであれば。目印を付ける必要など皆無であろう。
彼女が壁をそのまま滑り降りようとした、その瞬間。
「後ろっ!?」
彼女が滑っていた壁を割り、モグラが飛び出す。咄嗟に苦無で振り下ろされた爪を受け止めるが、足場が悪いために、そのまま加速して地面へと滑り降りる事になってしまう。
この速度ではまずい。撃退士の身体能力を持ってすれば、常人のように即死はしないだろうが‥‥それでもダメージは避けられまい。
「ひゃっ!こ、来ないでください‥‥」
はわわと表向きでは慌てながら、心の中では冷静に、状況を判断する。
(「探索のための単独行動が仇になりましたか」)
表向きの慌て様は飽くまでも偽装。弱みを見せ、相手を油断させるための、彼女の一種の習慣の様な物。最も、知能が低く、本能で動いている節がある野生動物は、それでも関係なく全力で襲撃してきているが‥‥持ち前の身のこなしで、足場の悪い壁面でありながらもなんとか回避し続けている。
「援護も届かない‥‥かな?」
ビルの高度の関係上。飛行高度に限度がある空挺組の援護も、今の彼女には届かない。ここは彼女だけで何とかするしかない。
幸い、敵の実力はそれ程高い訳ではない。爪が空振りし、頬を掠めた一瞬を突いて、弱みを示した少女の目は、一気に捕食者のそれへと変化する!
「‥‥そこですね」
苦無を突き刺すと共にそれから手を離し、一瞬で肩にかけてあった直刀を抜刀。そのまま一閃から、蹴撃を入れて空中へと飛ばす。
「いい位置だぜ」
振り向いた入道次郎が放つ闇の波動が。空中でモグラを消し飛ばした。
「よし、うまくいきましたね」
そのまま軽くガッツポーズ。だが、瑠璃はまだ危険地帯から脱出してはいない。
蹴り飛ばした前方の敵に気を取られた、その一瞬。背中の壁から更にモグラが這い出し、脚に向かって爪を振るう!
「‥‥ぅっ!? まだいましたか‥‥」
大きく刀を振り下ろすが、前のモグラの末路を見ており‥‥慎重になっているのか。即座に穴の中へとモグラは頭を引っ込める。刀はビルの壁面に当たり、キンッと金属音を鳴らす。
そしてその後方から、更に別のモグラが飛び出す。体勢が立て直せていない瑠璃の背中に、その爪は突き刺さ――
ドン。
――る事はなかった。どこからともなく飛来した一発の銃弾が、モグラの側頭部を打ち抜く。
そのまま、モグラはビルの壁をバウンドしながら、下へと落ちていく。
(「宮鷺さん、ありがとう」)
下に居る、メンバー中唯一の銃使いであるカヅキに軽く頭を下げる瑠璃。
この距離からでは、オートマチックでは届かない事知らずに‥‥
更に滑り落ちる途中。瑠璃は終に、光に照らされて体が一瞬乱反射したスライムの姿を捉える。
「いましたね‥‥一度やった作戦なんですけど、上手く行くでしょうか‥‥」
そこ目掛けて、彼女はペンライトをを投下する。
●スライム・バスター
「うーん、砂がうまく散らばらないですの」
一方、地上で砂を撒く事により、接着性の粘液を判別しようとしていたクリスは、意外な問題に悩まされていた。
この識別法が有効になるためには、やや強めの風が吹き、『接着されていない砂』を吹き飛ばす必要がある。つまり、その時その時の天候に左右されるのである。
「あ、来ましたですの」
螺旋の様な風が、その場を通過し。砂を巻き上げる。やや時間はかかってしまった物の、目の前の粘液が識別される事となる。
「踏まないよう気をつけるですの」
後方に警戒するよう伝えながら、その上を飛行し、飛び越える。
「っ!?」
塀の上を歩いていたカヅキが、急に足が動かなくなった事に気づく。
(「どうしてこんな所にまで‥‥?」)
そんな彼女の疑問は、目の前の光景によって答えられる事となる。
――ナメクジのように壁を這い上がり、取り込んだペンライトによって光り輝いたスライムが、彼女に接近してきているのだ。
この粘液は壁へ自身を留める為のツールでもあり。故にスライムは、壁へと上る事が出来たのである。
後退できないカヅキに、ゆっくりと近づくスライム。
(「‥‥しっかり狙って‥‥」)
バン。
狙い済ました銃弾が放たれ、スライムに直撃するが‥‥一撃で撃破できるほどこのディアボロはやわではない。
「流石に硬いですね。‥‥ですが‥‥」
彼女の口に、笑みが浮かぶと共に。一斉に後方から矢弾が飛来する。
殆どの者が遠距離用の兵器を装備している現状。動きの遅いスライムは、一度その場所が割れてしまえば‥‥ただの的に過ぎないのである。
ユウと真奈美が撃った矢が突き刺さった直後。入道二郎の闇気の一撃が、後ろからスライムに叩き込まれる。そして、闇の気が割れた、その中から。クリスが突進する!
「ここで‥‥仕留めますですの!」
横に薙いだ機械剣は、スライムを両断。ぺちゃりとその場に落ち、それはただの粘液と化したのである。
「踏まないように注意するですの!」
この粘液もまた、移動を妨害する効果がある可能性もある。
撃退士たちは、注意しながら回り込み、それを回避していく。
●追撃
撃破されたのは、モグラ三体とスライム一体。最も、ばら撒かれたペンライトが体に食い込んだスライムたちの二体目が、撃破されるのにもそう時間は掛からなかった。
「ちっ‥‥ねばねばしてきもちわりぃな」
遠距離技の『ダークブロウ』の使用回数が切れ、爪による接近戦に切り替えた入道二郎が、スライムを二つに引き裂くとともに噴き出した粘液を全身に被ってしまい、愚痴る。
その場で動けなくなるような事はないが、それでも敏捷さの低下は否めない。そんな彼の正面から、モグラが飛び出し、爪を向ける。こちらも爪で空中にて迎撃を試みるが‥‥粘液のせいで僅かに動きが遅れる。だが、
「大丈夫ですか?」
カヅキのストライクショットが、モグラを弾き飛ばす。強引に粘液を引きちぎるようにして、振り下ろされた入道二郎の左手の爪が、モグラを地面へ縫い付けるようにして叩き込む。
「ああ、大丈夫だぜ」
一方、そのカヅキが先に鋭敏聴覚を以って捕捉していたモグラとは、ユウ、クリス、そして真奈美が対峙していた。随時地面に潜り、再度出て奇襲を繰り返すという戦法に、カヅキが入道二郎のヘルプに入った事により探知手段を失った撃退士側は少し苦戦する物の――
「こっちに来るですの!」
狙いさえ分かれば、飛び出してくる場所を割り出すのはそう難しくは無い。
見事張られた、クリスのタウントの罠に飛び込んでしまったモグラは――
「クリスちゃんに触るなー☆」
構えていたユウと真奈美の一斉射によって押し戻され、
「お待たせです!」
上空から壁を滑り、降下した瑠璃により、一刀両断とされてしまったのであった。
●後片付け
粗方、ディアボロたちの撃破を確認した所で、撃退したちは、場の後片付けに入る。
「一体逃しましたか‥‥学園側は『対処するので大丈夫』とは言っておりましたが」
「んー、念のため、ですね」
瑠璃とカヅキが警戒する中。
「安心して住民の人が帰って来れる様、綺麗にしますですのー!」
「おー☆」
ユウとクリスが、屋内の床に着いた粘液や外の砂を、丁寧に片付けていく。
帰ってきた住民たちは、脱出前よりも綺麗になっていた家に驚いたそうな。
●幕間〜先生たちの後片付け〜
「京石先生、最後の一体は‥‥」
「仕留めておきました。ペンライトを使うのはいい考えだったのですが、スライムに消化、破壊される事で壊れ、光が消える事までは計算に入れてはいませんでしたね」
ばらばらになったスライムの破片は、ペイント弾でも打ち込まれていたか。真っ赤な色に染まっている。
「それを除いても、大した子達ですよ。幾つか危なっかしい所はありましたので手を出しましたが‥‥」
「ええ、この子達が、これからも生き残れるように願いたい物です」
空を見上げ、思いに耽る。
「戦争とは、残酷な物で御座いますので」